●7月16日(月) 早朝 遊佐宅
ジリジリとなる目覚まし時計を叩き落し、ベッドからゆっくりと起き上がった。
俺は首をゆっくり回し、腕や足、背中の状態を確かめるように伸ばす。
昨日は全身
筋肉痛で一歩も動けず、ずっと家で休養をとっていた。
おかげで今朝は調子が良さそうだ。
グッと伸びをしてゆっくり息を吐きながら力を抜いた。
体の調子を確かめた後、カーテンに手を掛け勢い良く開けると、朝なのに強い日差しが差し込み、
眩しさから目を庇うように咄嗟に手をかざした。
今日も良い天気だった。
窓と部屋のドアを開けると、部屋の中を風が通り抜けて、
じっとりとした部屋の空気が幾らか清涼とした物に変わった。
ふと窓の外に耳をやると、ジジジジと蝉が鳴いている。
夏の本番はまだまだこれからにも関わらず、蝉達は命を全力で歌っていた。
【俺】「転校して2週間か……、あっという間だったな」
自分も全力でこの2週間を駆け抜けた。
俺とスタートを共にした蝉は生を謳歌し終えるが、俺はまだまだここからだ。
今日から生活の一部が新しく生まれ変わる。
俺は空手部部員だ!
●同日 朝 通学路
……と、未来に淡い希望を抱いた少年みたいな朝を迎えたが、
そもそもなんで空手部に入ってるんだろうとか思ったり、
学校が近くにつれ不安のような気持ちが込み上げてくる。
なんとなくノリで入ってしまった感は否めない。
……でも、甲賀先輩がやたらと彼女達の輪から俺を遠ざけようとしていて、
クラスに友達といえる人物も出来たのに、一人ぼっちになったような……、
転校したての時の寂しい気持ちを感じて、どうしてもその輪に加わりたかった。
しかし、空手部か……。
元は聖に運動不足を指摘され、何度か見学をすることになったが、
まともに体験できたのはその内の1回。
正直早まったかなぁ、なんて思ったりもするが武僧先輩に、
もとい乳にお近づきになるチャンスは逃したくない。
別に巨乳派というわけではないのだが、あれには魔性ともいえる……。
【???】「また、みぃ姉の胸の事考えてはるんですか?」
【俺】「チ、チガウヨ!?ソンナコト、カンガエテナイヨ!?」
声のした方を振り向くと、そこには思ったとおり久々津さんが立っていた。
来る方向同じだったのか、油断した。
その手には高慢ちきなマトン君も納まっており、しきりにマトン君の手をパタパタと振っていた。
【舞】「おはようございます、先輩!」
【俺】「おはよう」
久々津さんは元気に、可愛らしい笑顔で挨拶をした。
普段ならその笑顔の裏に、黒子のように待機している毒素がちらちらと見え隠れしたりするのだが、
今日は機嫌も良く、何より少し嬉しそうに見えた。
【俺】「なんか楽しそう、というより嬉しそうだね。
何か良いことでもあったの?」
久々津さんは、無邪気にえへへと笑い「あのね?」と理由を話してくれた。
【舞】「先輩が空手部に入って、これから3人で部活が出来る事がうれしいの!」
【俺】「!?」
俺は雷にでも撃たれたかのような衝撃を受けた!
こんな子に可愛らしく純真な笑顔でうれしいの!なんて言われた日にゃ、
たとえロリコンでなくても心踊るもの!
そう、これはフラグなんだ!この先、一緒に部活をしていくうちに愛が芽生え、
二人は幸せ一杯のカップルに!そうだ、そうに違いないね!
【俺】「ぐはっ!」
俺の妄想は突然絶たれる。
久々津さんの拳、もといマトン君のヘッドバッドが俺の腹にめり込んだ。
【舞】「……先輩。思うとること口に出すん、やめたほうがええんちゃいますか?」
【俺】「………………はひ、すびませ……ん」
朝から大ダメージを受けた俺は、ヨロヨロと久々津さんに引きずられ登校する事になった。
●同日 昼 学校
今日の授業は体育祭の後ということもあってか、
先生や生徒達に覇気は無く、まだ残る疲れに少しでも負担をかけないように、
ダラダラとゆったりした授業が続いた。
寝ている生徒もちらほらといるが、この日だけはお咎めなしだった。
そして、いつのまにやらお昼時。
【中島】「あ、ああぁぁ。うぐあうぅあぁぁぁ……」
【俺】「……なんでそんなに死にかけてるんだよ」
【中島】「例え、昨日が日曜だとしても、
バリスタの疲れなんてとれるものか……。
クラス中、いや学校中が瀕死だぜ……」
たしかに学校中覇気が感じられないのは気が付いていたが、
割と平気な俺がおかしいのだろうか。
【聖】「意外とタフだな、お前は」
【俺】「お前も大丈夫そうに見えるが?」
聖は肩をすくめ、「ましろの前だからな」と一言言って去って行った。
【中島】「武僧先輩や村崎先輩と戦ったんだ。
なんで平気なんだよ、お前」
【俺】「確かに昨日は全身筋肉痛で、一日動けなかったが」
【中島】「それだけで済むとは、恐れ入った……。
初めは無理だろうと思ってたが、空手部でも十分やっていけそうだな」
【俺】「無理だと思ってたのか……」
【中島】「当たり前だ。うちの運動部はそれなりのレベルだ。
必然と練習もきつくなる。
が、お前ならやっていけるだろう……。
しゃべることすら億劫だ……」
【俺】「ああ、悪かった……。しっかり休んでくれ」
中島は軽く頷くとそのまま深い眠りに付いた。
昼も食べる気力が無いとは、重症だな。
俺は用意しておいたパンを開けかじった。
【???】「遊佐先輩~、おいやすかー?」
この声は久々津さんか?
呼ばれたほうを向くと、ドアの影からちょこっと顔を出し、
教室をキョロキョロと見渡している久々津さんがいた。
【俺】「ここだよ、久々津さん!」
久々津さんに答えて手を振ると、俺に小さく手招きをした。
呼ばれて教室の外へ出てみると、久々津さんは俺の袖を掴みくいくいっと引っ張った。
どうやらどこかに連れて行きたいらしかった。
俺は「うん」と頷くと久々津さんについて行った。
中庭への通用口が近くなると、久々津さんは俺の手を取り小走りになった。
何があるのだろうと思っていると、久々津さんは振り向き俺に笑いかける。
しかし、俺は要領を得ない。
中庭に出るとこんなに暑い日にも関わらず、結構な人が木陰などで昼食をとっていた。
その中に武僧先輩の姿もあった。
【舞】「みぃ姉!」
【都】「舞ぃ、こっちや!準備は出来とるでぇ!」
はて……、皆でお昼を食べようとかそんな事だろうか?
久々津さんに引っ張られ、わけもわからず武僧先輩のもとへたどり着くと、
久々津さんは敷かれたレジャーシートにちょこんと座った。
そして、隣をポンポンと叩く。
ここに座れということらしい。
とりあえず「お邪魔します」と言ってから、指定された場所に座った。
【俺】「あの~……、一体これは?」
【都&舞】「おめでとう!」
言葉と同時に2つの破裂音が響いた。
それがクラッカーだと気付いたのは、体に巻きついた紙の紐を見た後だった。
【舞】「おめでとう、先輩!」
【俺】「……あ、う?」
【都】「にゃはは、空手部入部祝いや!おめでとう!
そして、ようこそ空手部へ!」
【俺】「あ……、ああ!
ありがとうございます!」
こういうことだった。
俺が入部するにあたり、武僧先輩がお昼をご馳走してくれるためにお弁当を作ってきていたのだ。
いくつも並べられた重箱の中身は、色とりどりの料理がぎっしりが詰まっていて、
どれもこれも美味しそうに見えた。
久々津さんは、紙の取り皿に料理を取り分けて俺に差し出した。
ありがとうと受け取り顔を近づけると、良い香りがほのかに漂い、
その香りに胃が刺激され、余計にお腹が空くのを感じた。
【俺】「頂きます」
まずは一口大の卵焼きをパクリ。
ふわりとした食感のだし巻き卵。
しかし、ただのだし巻き卵じゃない。
出汁の自己主張は弱めだが、その代わりに別の味が存在をアピールしている。
2つで一つ分の自己主張。双方が手を取り、俺はここにいるとアピールしているのだ。
出汁のとり方は完璧。
昆布は引き出し昆布の技法を云々。
しかし、このもう一つの味はなんだ!?
木苺ではない、スグリでもない、さくらんぼでも苔桃でもない……。
桑の実だ!そうだろう!
【都】「どうや、それ?卵にウナギ入れてみたんやけど」
【俺】「ウナギか!なるほど、とても美味しいです」
素人の舌は当てにならないわけだが、武僧先輩の作った料理はどれも美味しかった。
オーソドックスな物から、すこし工夫がなされた物。
その全てが初めて味わうかのような新鮮さを持っていたが、
それと同時にどこか懐かしいような、優しい味に満たされていた。
俺が一人で武僧先輩の料理に感動していると、久々津さんが色々教えてくれた。
武僧先輩はお爺様と二人暮らしで、家事全般は全て武僧先輩がしている事。
ここにある野菜の殆どは自家栽培な事。
両親が世界中を旅していて、子供の頃から料理をしていたため料理が上手い事。
なるほど、どうりで。
それを話している久々津さんはとても楽しそうだった。
まるで自分の姉を自慢するかのように、嬉しそうに話すのだ。
二人はどんな関係なんだろう。
とても仲が良いのは見て取れた。
※選択肢
1:「久々津さんみたいな妹欲しかったなぁ」=舞 好感度UP
2:「俺も武僧先輩みたいなお姉ちゃん欲しかったなぁ」=都 好感度UP
※選択肢1↓
【俺】「……久々津さんみたいな妹ほしかったなぁ」
【舞】「えっ?」
【俺】「いや、なんか武僧先輩を自慢をしている姿が、本当の姉妹みたいに見えてね。
武僧先輩が羨ましいなぁ、こんなに可愛い妹さんがいて」
【都】「せやろ~?舞は誰よりもかわええんよ?
舞はあたしが独り占めするから、遊佐君にもあげへん。
ん?どないしたん、舞?」
久々津さんは顔を赤くして俯いていた。
可愛いと言ったから照れたのだろうか?
モジモジとしている久々津さんは、そっち系の人にはたまらないほど可愛らしく見えた。
【舞】「みぃ姉と本当の姉妹に見えたって、本当?」
どうやら可愛いという言葉に照れたわけじゃないらしい……。
【俺】「うん、見えたよ?
なんだ、可愛いって言って照れてたのかと思ったよ」
俺がそう言うと久々津さんはクスクスと笑い、人を見下すような目で俺を見た。
【舞】「先輩、そんな言葉でうちが照れるとでも思うてはるんですか?
うちがかいらしいのは当たり前なんどすえ?」
うわっ……、可愛くねぇ。
一瞬でも萌た俺がバカだった。
【都】「にゃはは……」
武僧先輩も対応に困っているようだ。
※選択肢2
【俺】「俺も武僧先輩みたいなお姉ちゃん欲しかったなぁ」
【都】「にゃはは、あたしみたいなお姉ちゃん?
せやなぁ、あたしも遊佐君みたいな弟欲しかったわぁ」
【舞】「むぅー、みぃ姉はうちのお姉ちゃんなんよ!」
久々津さんは、折角お姉ちゃん自慢をしている所を割り込んだ事に腹を立てたようだ。
それを見て武僧先輩はにゃははと笑い、舞の頭を優しく撫でた。
久々津さんの機嫌は直らない。
【俺】「あはは、ごめんね。あまりにも仲の良さそうな姉妹に見えて、
羨ましくなっちゃったんだよ」
【舞】「……本当?」
久々津さんは疑いの目で俺を見つめた。
【俺】「ああ、本当だよ。本当に羨ましい。
俺は一人っ子だからさ、兄弟とかいいなって時々思うんだよ」
久々津さんが一瞬悲しそうな表情をした気がした。
けど、武僧先輩が「あたしも一人っ子やけど、舞がいるから寂しくないで~?」と言うと、
久々津さんの表情が緩み、笑顔に変わった。
※以下合流
【都】「そや、お昼さっさと食べんと、お昼休み終わってまうでー?」
【俺】「ああ、そうだった!」
【舞】「わっ、後15分しかないよ!?」
俺達はしっかり味わいつつ、ガツガツとお弁当を食べた。
なんとか時間内に食べきり、後片付けをして、俺は二人にお礼を言った。
武僧先輩は例には及ばずと言って、少し照れていた。
そして聞こえてくる予鈴の音。
少し慌ただしかったが、今日のお昼はとても楽しく、美味しかった。
お腹も一杯で午後の授業は眠くなりそうだ……。
いやー満足、満足。
教室に入り自分の机に目をやると、
食べかけの菓子パンが、ぽつんと寂しそうにこちらを見ていた。
あ……、ごめん。俺のパン。
●同日 放課後 学校
授業終了のチャイムが鳴る。
終始ぼんやりとしていた先生がはっとし、授業終了の合図をした。
ついでにHRも省略され、クラスメイトはのそのそと帰りの支度をしはじめた。
【中島】「…………」
中島はうつろな目で正面を見据えたまま動かない。
手をかざしてみるが反応は無かった。
【俺】「……間に合わなかったか」
俺は手を合わせ、中島の冥福を祈った。
【聖】「何してんだ……。そんなのほっておいて、お前も帰れ」
【ましろ】「磯野君、脱落だね」
【聖】「……ああ、ましろ。こいつは中島だ。
一文字もあってないぞ。……ましろも限界だな。早く帰ろう」
聖は弱弱しくそういうと、二人はおぼつかない足取りで、寄り添うように帰っていった。
中島の呼吸が止まっているような気がするが、まあ心配ないだろう。
どうせもう手遅れだし。
【舞】「遊佐せんぱーい!」
【俺】「ああ、久々津さん」
久々津さんはマトン君ではないほうの手で鞄を持っていたので、
マトン君の手を代わりに振っていた。
【俺】「今日はもう帰り?」
【舞】「ん?そうどすけど、……どうしてどす?」
久々津さんの顔に疑問符が沸いた。
【俺】「いや、部活とか無いのかなって」
【舞】「あはは、今日はどの部活もあらしまへん。
グラウンドの補修で業者さんが来てはるんよ」
【俺】「そうなんだ。まあ、あれだけ派手にぼこぼこにすれば、生徒の手に余るわなぁ」
【マトン】「都モ外デ待っテおる。サッサと支度セイ、愚か者メ」
【俺】「むむむ……?」
武僧先輩が外で待ってる?
【舞】「こらマトン君、急にそないな事言ってもわからへんよ」
【マトン】「一緒ニ帰ランかト、誘っテおるノダ。用がナケレバ、サッサと支度をスルが良イ」
【俺】「ああ、そういうことか。
わかった、すぐ用意するから先に下で待ってて!」
【舞】「はーい」
俺は急いで帰りの支度をした。
●同日 放課後 下駄箱
【俺】「ごめん、お待たせ!」
【都】「かまへんで~」
【舞】「ほな、いにまっせ」
俺達は学校を後にした。
【俺】「……暑い」
日はまだ高く、真昼の如く太陽の光は燦々と降り注いでいた。
熱せられたアスファルトの輻射熱と強い日差しで、体が焼かれているのを感じる。
【都】「にゃはは、これくらい我慢せんと、武道はでけへんでー?
先頭密着すれば火もまた涼し、や!」
【舞】「みぃ姉、先頭に密着してどないしなはります……。心頭滅却どす」
【俺】「……そういうのは、武道を習ってから出来るようになるんじゃ」
久々津さんは突っ込みをいれるも、やはり暑さの所為なのか少し元気がない。
あまり体の強い子には見えないしなぁ。
【俺】「久々津さん、ちょっと疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
そう声をかけると、久々津さんは大丈夫と俺にニコリと微笑んだ。
その顔には珠のような汗が流れ、少し顔色も悪く、我慢しているようにも見える。
やっぱりちょっと辛そうだった。
【舞】「大丈夫大丈夫。……でも、今日はちょっと日差しが強いかも」
【都】「舞、ちとやすもか?
あまり丈夫やないんやから、無理したらあかんで?」
やはり体が弱かったりするのか。なら、尚更休ませたほうが良さそうだ。
俺は辺りを見回し、休めそうな場所を探すと、丁度良さそうな公園を見つけた。
【俺】「ならあの公園なんてどうです?
木陰も多そうだし、多少はマシかも」
【都】「せやな、そうしよう」
俺達は公園に向かった。
●同日 放課後(夕方でない) 公園
公園には噴水があり、その近くに日陰もあり、涼むには絶好の場所だった。
俺達はその日陰になっているベンチに久々津さんを座らせて休む事にした。
【都】「なんか冷たい物買ってこよか?」
【俺】「あ、それなら俺が行って来ますよ。
何が良いですか?」
【都】「ええよ、あたしが行って来るから。
遊佐君は舞のこと見とってや~」
【舞】「みぃ姉、アイス食べたーい!
ガリガリ君!」
【都】「ほーい、舞はガリガリ君やね。
遊佐君は何がええ?」
【俺】「ああ、えっと。……じゃあ、久々津さんと同じ物で」
【都】「りょーかーい。ガリガリ君2つやね。
あたしは何にしよ?
ほなら、ちょと行ってくるわぁ」
武僧先輩は走り去った。
先輩にこんな事させて良いんだろうかと、若干気がとがめた。
久々津さんの様子を窺うと、日陰に入り少しは涼しくなったのか、顔色は良くなったように思える。
ハンカチで汗を拭きつつ、時折パタパタと団扇代わりにしていた。
しかし、見るからに暑そうにしているのだが、マトン君はしっかり嵌めている。
今くらいは取ったほうが良いような気もするが……。
【俺】「久々津さん。今だけでもマトン君外した方が良いんじゃない?
暑そうだし……」
【マトン】「ナン……ダト?」
マトン君は驚き、そして威圧するかのようにこちらを向いた。
俺は怯んでいる。
【俺】「うっ……。いや、だって手足に熱持ってると余計に暑く感じちゃうって聞くし……。
それにマトン君、黒いから熱そうだし」
【マトン】「ナルホド。確かニ、舞ノ手ハ暑クテ汗ダクダ。
シかシ、ソレデモ外さなイ理由ヲ考えたらドウダ?
貴様モ男ナらでりかしーヲ持テ」
と、マトン君に言われて俺は考え込んだ。
汗だくだけれど、外さない理由か……。
ああ、そうか。考えてみればずっと嵌めたままだし、蒸れて……。
うむ、これ以上は語るまい。
【俺】「ああ、失言だった。聞かなかったことにしてください」
【舞】「別にええんどすえ?至近距離で吸引したければ……」
久々津さんはヒヒヒと笑いながら、マトン君をじわりじわりと俺の顔、
正確に言えば鼻先に近づけてきた。
【俺】「も、申し訳御座いませんでしたっ!?」
しかし、無常にもマトン君を鼻に押し当てられてしまった。
咄嗟に息を止めはしたが、中途半端な呼吸だったため長くは持たない。
我慢の末、結局俺は大きく息を吸い込んでしまった。
【俺】「…………。あれ?」
臭くない。
久々津さんは「あははは」とお腹を押さえて笑っていた。
【舞】「あははは、流石にそれくらいのケアはしとります~。
これでもちゃんと女の子しとるんですよ?」
【俺】「あ、あはは。そうだよね、うん。
いやぁ、失礼しました」
【都】「こーて来たで~~」
武僧先輩が紙袋を抱えて、走って帰ってきた。
【舞】「お帰りー、みぃ姉」
【俺】「すみません、お使いさせてしまって」
【都】「気にせんといてー。ほい、これ舞のガリガリ君。
……これがあたしのガリガリ君。
……んで、これが遊佐君のガリガリ君や」
がさごそと紙袋の中身を取り出し、それぞれ手渡された。
俺の手元には、そんなバナナと書かれたアイスが……。
※選択肢
1:「……これは」=舞 好感度UP
2:「そうそう、これこれ。ガリガリ君ね」=都 好感度UP
※選択肢1
【俺】「……これは」
俺は渡されたそんなバナナを見つめた。
【都】「あかんわぁ、遊佐君」
【俺】「えっ?……あ!」
俺はボケをスルーしてしまった。
なんてことだ。
久々津さんも首を振って、俺を否定している。
【舞】「しょうがないから、舞が教育しなおしてあげます。
覚悟しててくださいね?」
久々津さんは、心成しか少し楽しそうに言った。
どんな調教をされるのだろうと、少し恐怖を感じながら「はい、お願いします」と
震えた声で返事をした。
※選択肢2
【俺】「そうそう、これこれ。ガリガリ君ね。
袋を開けて中身を取り出すと、わぁ!バナナのアイスにチョコレートが~!
最近のガリガリ君はバナナの形してるんだね!
……そんなバナナ!」
【都】「にゃははは!」
……これが俺に出来る全力。
武僧先輩には満足していただけたようなのだが、お姫様の様子は……。
【舞】「……40点」
【俺】「くっ……」
【舞】「けど、先輩にしてみれば頑張ったと思いますどす。
だから許してあげます」
【俺】「……有り難き……幸せ」
※以下合流
●同日 公園 夕方
アイスを食べ終わる頃には日は少し傾き、昼間に比べれば幾らか過ごし易い気温になっていた。
【都】「舞、具合どやろ?」
【舞】「うん、もう大丈夫!」
それを聞いて武僧先輩はうんうんと頷いた。
【俺】「それじゃ、帰りましょうか」
【都】「せやなー、涼しくなったし帰ろう。
あたしと舞は一緒だけど、遊佐君は?」
武僧先輩はあっちと指差した。
その方角は俺の家とは反対方向のようだ。
【俺】「家は逆なので、ここでお別れですね」
【都】「そか。ほなら、また明日~」
【舞】「また明日~、先輩」
俺達はお別れの挨拶をしてそれぞれの帰路についた。
●同日 帰り道 夕方
ジジジジと蝉達の鳴き声は、夕暮れ時になっても止む気配はない。
それどころか、昼間に比べ生活音のボリュームが低くなった所為か、
一層激しく鳴いているように感じた。
【俺】「……二週間しかないしな」
【???】「なーに黄昏てるんだい?」
慌てて声のした方に振り向くと、甲賀先輩が立っていた。
【俺】「甲賀先輩!ビックリさせないでくださいよ!」
【しのぶ】「ははは、ごめんごめん。んで、二週間がどうしたって?蝉のこと?」
【俺】「ええ、まあ。夏の風物詩とはいえ、こうもうるさいと……」
【しのぶ】「ああ、それで二週間なのね。
けど……、蝉が地上に出て二週間で死ぬってのは俗説だよ」
【俺】「えええええ!?」
【しのぶ】「参考文献 Wikipedia。
んじゃ、あたしはここで。バイバイ」
【俺】「え、ああ。さようなら」
一通り言いたい事を言い切った甲賀先輩は、手を振って去っていった。
なんというか、マイペースな人だな。
そして俺は、蝉は二週間以上生きるのか。と一人で考えながら家路に着いた。
●同日 自宅自室 夜
今日は空手部入部祝いもしてもらって、良い一日だった。
あそこまで歓迎されては、頑張らないといけないな。
ゆくゆくは部活を背負って立つ、空手部の柱に!
……久々津さんの方が強そうだし、それは無理か。
あ……、そういえば部活の活動日聞いてないや。
うん……、明日……聞こぅ……zzzzzz
最終更新:2009年03月13日 19:58