●7月20日 金曜日 朝 自宅
今日は早朝から雨だった。
昨日、あんなに綺麗な夕焼けが出ていたのにも関わらず、
空はどす黒い雲に覆われて、太陽の影すら見ることが出来ない。
天気というものは、こうも精神に影響する物なのだろうか。
俺はなんとなく憂鬱な気分になっていた。

しかし、雨だからって学校を休むわけにもいかず、
朝食を食べて家を出た。


●同日 朝 通学路
外は所謂ドシャ降り。
傘を差してはいるが、足元は跳ね返った雨で濡れて気持ちが悪い。
靴に水も染み込み歩きづらい。

登校途中の生徒もまばらに見えてきたが、
やはり皆どことなく憂鬱そうに歩いている。
まあ、こんな雨の中で登校なんて億劫以外の何者でもない。
俺もその憂鬱な生徒Aになり、なるべく急いで学校へ行ってしまおうとしている時だった。
聞き覚えのある声が響いているのに気が付く。
武僧先輩だった。

武僧先輩は傘も差さずに久々津さんの名を呼んでいる。
何事かと駆け寄ると、俺に気が付いた武僧先輩は俺にしがみつくと、
舞を見てないかと尋ねてきた。

【俺】「と、とにかく落ち着いて。一体何があったんです?」
【都】「舞が!舞がどこにもおらへん!」
【俺】「久々津さんが……?家とか、もう学校とかでは?」
武僧先輩は首を横に振ってどこにもおらんねん!と叫んだ。
こんなに取り乱している武僧先輩は初めて見る。
これはただ事じゃない。
俺も一緒に探すべきか……。
しかし、どこを?

【村崎】「都!どうだ、見つかったか!?」
【都】「リューちゃん!」
村崎先輩が駆け寄ってきた。
先輩も同様に、ずぶ濡れで久々津さんを探していたようだ。
村崎先輩の問いに武僧先輩が首を振ると「そうか……」と落胆した。
武僧先輩は村崎先輩にしがみつき嗚咽を漏らして泣いている。

【俺】「村崎先輩、俺も探します」
【村崎】「遊佐君……。わかった、お願いしよう。
     遊佐君は学校へ行ってくれないか?
     しのぶにこの事を伝えて欲しい。
     あと、もしかしたら舞が学校に来るかもしれないから。
     スマンがなるべく急いでくれ」
【俺】「わかりました。ああ、じゃあこの傘使ってください。
    このままじゃ体が冷えて風邪を引いてしまいます」
【村崎】「ありがとう。けれど、この雨じゃあってもなくても同じだ。
     気持ちだけ貰っておくよ」
そういうと武僧先輩を引き連れて、再び通学路を探しに行った。

兎に角、今は学校へ急いで行き、甲賀先輩に伝えなければ。


●同日 朝 学校
学校に着いた俺は、まっさきに3年生の教室へと急いだ。
しかし、甲賀先輩の姿はなく、他の先輩に聞いてみるも、今日はまだ見ていないとの事だった。
いつも突然湧いて来るから、居そうな場所なんてわかりもしない。
くそっ!肝心な時に会えないなんて!

俺は仕方がなく自分の教室に戻る。
もしかしたら、そこに居る可能性もあるし。
しかし、その可能性はあっさり潰え、いつもの朝の教室しかなかった。

【中島】「おはよう。今日は散々だな。朝からこんなドシャ降りでよぉ。
     気が滅入るぜ」
【俺】「ああ……」
誰か、甲賀先輩の居場所を知ってそうな人物はいないものか。

【中島】「……どうした?」
【俺】「甲賀先輩。甲賀先輩を探している」
【中島】「甲賀先輩を?珍しいな。
     変わり者だとは思っていたが、ついに甲賀先輩にまで手を出すか」
【俺】「違う!」
俺が声を荒げると、教室が静まり返った。
中島は目を丸くしたまま、いつもの反応と違う俺に戸惑っているようだ。
自分が焦っていることに気がつき、頭を振って落ち着かせようと試みた。

【俺】「……すまん。怒鳴ったりして」
【中島】「あ、ああ……、気にするな。……なにがあった?」
ただ事じゃない事態にましろちゃん達もどうしたの?と声を掛けた。

【俺】「甲賀先輩を探しているんだ。
    あの人、いつも急に湧くけど、いつもはどこに居るのか知らないから……」
ましろちゃんは指を顎にあて、うーんと唸った。
そしてすぐに首を横に振り「ごめんなさい、私もわからない」と答えた。

【聖】「あいつは神出鬼没で、基本的にどこにいるかわからないからな。
    3年の教室か、生徒会室にいなければわからない」
【俺】「そうか、生徒会室はまだ探してない!」
【早乙女】「生徒会室ならさっき行ったが、書記の子しかおらなんだ。
      私も書類を渡さなければいけないというのに困っておる」
【俺】「……そう。ありがとう」
どうすれば。

いや、まだやることはある。
学校で久々津さんを探さなければ。
もしかしたら来ているかもしれない。
俺は1年生の教室へ向かった。

【中島】「あ、おい!どうしたんだよ!」
【聖】「なんだ、あいつ。いつもおかしいが、今日は一段とおかしいな」
【ましろ】「……うーん、大丈夫かなぁ」


●同日 昼 教室

結局、久々津さんは学校に来ていなかった。
甲賀先輩の姿も無い。
武僧先輩や村崎先輩も来ていないらしい。

外はまだ雨が降っている。
朝よりは小降りになったとはいえ、それでもまだ強い。
先輩達二人は大丈夫だろうか。

【ましろ】「遊佐君、大丈夫?凄く顔色が悪いよ?
      授業中も上の空だったし……」
窓の外を見て考え事をしていたら、ましろちゃんが心配そうに顔を覗き込んでいた。

【俺】「ああ……、うん。俺は大丈夫だよ。
    ちょっと色々あって……」
【ましろ】「……何か力になれることある?」
【俺】「…………。ごめん、今はわからない」
【ましろ】「うん、わかった。……なにか出来そうなことがあったら言ってね?」
【俺】「ありがとう」

【村崎】「遊佐君はいるか?」
【俺】「村崎先輩!」
呼ばれて振り向くと、村崎先輩がずぶ濡れのまま教室の外に立っていた。
ましろちゃんは持ってきていた自分用のタオルを持ち出し、
村崎先輩に駆け寄って肩にかけた。

【俺】「先輩、久々津さんは……」
村崎先輩は首を横に振った。
【村崎】「都がまだ探している。
     私は一度学校の様子を見に来たのだが、
     その様子だと芳しくは無いようだな……」
【俺】「すみません。久々津さんどころか、甲賀先輩も見つからず……」
【村崎】「君が謝る必要は無い。しかし、やはりアイツは何か知っているな」
【俺】「えっ……?」
【村崎】「アイツはそういうやつだ。
     だが……、さて、こうなると如何したものか」
村崎先輩は力なく考え込む。
雨で体力を奪われているのだろう。
そして、大きく膝が折れ倒れそうになってしまった。
咄嗟にましろちゃんは村崎先輩に肩を貸すと「保健室に連れて行く」と言い、
そのまま村崎先輩を連れて行った。

【聖】「何をぼーっとしている。お前も行け」
【俺】「あ、うん。すまん」

急いでましろちゃんに追いつき、もう片方の肩を自分にかけ手伝った。
保健室の前に着くと、少し待っててねと外で待たされた。
十分ほど経っただろうか、保健室のドアが開き中へ通された。

村崎先輩が居ると思われるベッドはカーテンで覆われている。
【ましろ】「開けちゃだめだよ?」
俺はその意味を察し「わかった」と答えた。

【村崎】「すまない、遊佐君。
     頼まれてもらってもいいだろうか」
【俺】「はい」
【村崎】「都を連れ戻して来て欲しい。
     体力馬鹿とはいえ、あれももう限界のはず……。
     たのむ」
【俺】「わかりました。すぐに連れて帰ります。
    えっと、村崎先輩のことお願い」
【ましろ】「うん、いってらっしゃ!」

俺は保健室を飛び出しそのまま下駄箱へ向かった。
傘を持って行くかどうか一瞬考えたが、
帰りに使うかもしれないと思い持って行くことにした。
外は朝ほどではないが、強い雨が振っている。
たしかにこれでは、傘は意味が無いかもしれないな。
俺は傘を差さずに飛び出した。

●同日 昼 通学路周辺

あっという間に全身がずぶ濡れになり、
靴の中に溜まった水は足を出す度にグジュグジュとなる。
普段なら気持ちが悪いものだが、もはやそんな事はどうでもよくなっていた。
15分くらい通学路周辺を探し回り、見つからないまま公園に辿り着くと、
そこには武僧先輩ともう一つ人影があった。
甲賀先輩だった。
皆と同様にずぶ濡れで制服は少し泥で汚れている。

【俺】「先輩!」

【都】「なんでや!なんで黙っとった!」
【しのぶ】「あたしが話すことじゃない。
      アレは舞が自分で話さなければいけない事なの」
二人は言い争いをしているように見えた。
会話の内容はよく分からない。
ただ、それが久々津さんに関係のあることだというのは理解できた。
そして、武僧先輩は激情に駆られ拳があがる。

【俺】「武僧先輩!ダメだ!」
俺は咄嗟に甲賀先輩の前に出た。
振り下ろされた拳は頬に当たり吹き飛ばされてしまった。

【都】「……遊佐……クン?」
【しのぶ】「ちょっ、遊佐!?」

すぐに甲賀先輩が駆け寄り俺を抱き起こしてくれた。
【俺】「……ぐっ、痛っ!」
【しのぶ】「馬鹿だねぇ、なんで都の前に出たのさ……」
【俺】「どんな理由かは知らないけど、親友を殴っちゃダメです……よ。
    いててっ……。流石に効くなぁ、武僧先輩のパンチは……あはは」
武僧先輩はフラフラと俺に近寄り、しゃがみこむと持っていたハンカチで俺の口元を拭いてくれた。
気がつかなかったが、切れて血が出ていたらしい。
武僧先輩の顔は泣きはらして酷い顔だった。
涙や鼻水も沢山出したのだろう顔は赤くなっている。
今も泣いているのかもしれないが、涙は雨と一緒になりわからない。

【しのぶ】「あたしは殴られて当然の行いをした。
      だから、あんたが出てくる幕じゃないって事。
      殴られ損だね、こりゃ」
【俺】「あはは……、酷い言われようだな。
    ああ、そうだ。これ使ってください、濡れちゃいますよ」
そういって俺は傘を広げた。

【しのぶ】「……いまさら、だね。でも、ありがとう」
甲賀先輩は滅多に見せない笑顔で答えた。
武僧先輩はというと、俺の頬に手をあてずっと泣いたままだった。

【俺】「もう痛くないから大丈夫ですよ、先輩」
本当はじんじんするけど、男ならここは我慢だな。

【都】「ごめんなさい。痛かったやろ?
    それと、ありがとな。遊佐君……」
武僧先輩はやさしく俺の頬をさすった。
俺はそれにやさしく微笑みかけ?て返した。つもり。
実際上手く笑えたかはわからないが、武僧先輩も優しく笑った。

【しのぶ】「……まさか、あんたに助けられるとは思わなかった。
      正直言うと、あたしにとってあんたは邪魔もの以外のなんでもなかった」
甲賀先輩はつらつらと話し始めた。
邪魔者?
たしかに、疎外感のようなものは感じていたが。
俺は要領を得ない。

【しのぶ】「詳しいことは、あたしからは言えない。
      知らないほうがいいこともあるよ。
      それに、あたしが話さなくても、いずれ都が話してくれるでしょ?
      ね、都」
急に話を振られた武僧先輩は素っ頓狂な声を出し、すぐに顔を暗くし、
そして、静かに頷き「今は……。もうちょい待ってな」と言った。

【俺】「はい。わかりました。
    先輩のタイミングで教えてください。
    もし、俺が話しても良い相手ならですけど」
武僧先輩は静かに笑った。

【しのぶ】「舞なら大丈夫だから、あたし達も学校に帰ろう」
【都】「えっ……?」
【しのぶ】「リューコもあんたも、探すべき場所を探さないでどうするのよ。
      舞の家には行ったの?」
【都】「……あっ」
甲賀先輩は深くため息をついた。
聞いたのに行ってなかったのか……。
それだけパニックになっていたという事だろう。
武僧先輩にとって久々津さんは単なる幼馴染ではないようだ。

【しのぶ】「舞は思うところがあって、しばらくうちらとは距離を置くって。
      家にはもういなかったけど、おばさんに聞いたよ。
      流石におばさんもショックを隠せないみたいだったけれど、
      ……察してあげて、都。おねがい」
武僧先輩は止まっていた涙が再び溢れ出し、声を上げて泣き出した。
俺にはなんのことだか、まったくわからない。
けれど、いずれ武僧先輩が話してくれるだろう。
その話を受け止められるような男になれていれば良いが……。

俺たちは学校へ戻ることにした。

【都】「ありがとな、遊佐君。
    もう少しで、取り返しのつかないことになるところやった……」
武僧先輩は俺の耳元で囁いた。


●数ヵ月後 しのぶ宅

【しのぶ】「どう?そっちの生活は。上手くやれてる?」
…………

【しのぶ】「そう、良かった。
      ん?皆?
      ああ、大丈夫。なんとかやってるよ」
…………

【しのぶ】「ううん、謝るのはあたしの方。
      知っていたのに力になってあげられなかった」
…………

【しのぶ】「うん、うん。
      遊佐なら大丈夫だよ。
      都がそのうち話すし。
      ……え?ああ、遊佐なら受け入れるさ」
…………

【しのぶ】「あの二人が?
      さあ、どうだろうねぇ。
      今のところは良い雰囲気のようだけど……」
…………

【しのぶ】「……そう。
      なんなら二人がくっつかないようにしようか?
      ……なんてね」
…………

【しのぶ】「もう何も気にする必要は無くなったし、
      こんどは自分の事を考えていきな。
      士郎もそれを望んでるはずだよ、舞」


END
最終更新:2009年06月15日 02:37