下駄箱で靴を履き替える。
昇降口の扉を開けると、そこはすでに真っ赤な夕暮れ時でした、とさ。


【遊佐】「……ありえん……」


シャントット先生に頼まれた(命令された)、お仕事の手伝い。
ここまでこき使われるとは思わんかったぞ!
あれは強制労働つーんだ!
……
でも、ま、まあ。
五体満足で居られたことをまずは喜ぼう!
うんうん。
……
はあ、疲れた。
早く帰って、風呂にでも入るか。

『カシャーン』

校庭に差し掛かった時、妙な音が聞こえた。

『カシャーン』

ん……運動部か?
いくら部活が盛んとはいえ、こんな時間まで、よくやるよなあ。

『カシャーン』

えと、あれは……棒高飛び?
そんな種目までやってるのか。



選択肢:
1:「見たことないし、ちょっと気になるな」
2:「早く家に帰って、風呂に入ろう」



【遊佐】「見たことないし、ちょっと気になるな」


俺は、校庭の隅に位置した棒高飛びのバーに近寄ることにした。


そこには凛とした少女が立っていた。
視線はバーに向けられていて――

既に、校庭は夕焼けに染まっている。
少女の影が長く長くなっていて。
そんな中で、長いポールを持った少女が一人で立っていた。
手にしたポールで、少女は正眼の構え。
俺が以前、テレビで見た棒高跳びの選手とはなんか違う。
彼女独特の構えなんだろうか?
が、その少女には、今の姿勢がしっくり来ているように、素人の俺には思えた。

鋭い視線だった。
まるで、目前にいる敵を刺し殺すのではないか?
そう思えて仕方がない程だ。

俺は息を止めた。
吐息すら邪魔するように思えて仕方がなかったから。

瞬間。少女は走りだす――!

俺には理解できなかった。
気がついたら、少女は真っ赤な空に向かって飛んでいた。
美しく形に反った背面飛び。
気がつけば、恐ろしい高さのバーを越えて、少女はマットに降り立っていた。

そして、そのまま真剣な視線をバーと大空へと向け続ける少女の姿――


【遊佐】「な、すっげ……!」


こんな近距離で見たことなかった。
すごい迫力だった。
少女は一呼吸ついた。
すると、バーの高さを上げ始めた。


【遊佐】「げ。あれ、どんだけの高さあるんだよ……!?」


校舎の2階ぐらには届く高さだった。
4メートルは超えてるよなあ!?


【遊佐】「そりゃ無理だろ……」


少女は高くジャンプする。
が、やはり高すぎた。接触。
バーが音をたてて落ちる。
失敗だった。

だが少女は失敗しては立ち上がる。
落ちたバーをかけては、また飛び越えようとする。

赤い夕暮れから赤紫に。
もう校庭には誰もいない。
さすがに部活動が盛んなヴァナ学とは言え、ここまでやっているやつは多くはない。

少女の走る音。
バーが落ちる音。
少女が落ちる音。
これだけがやたらと耳に届いてくる。

何度も何度も、少女は飛ぶこと続けていた。
あきらめる様子はない。
やけになっているとか、そんなんじゃない。
ひたむきに。
ただ一生懸命に。
前だけを向いていた。

目が離せなかった。

……
……
……
……
……
どのぐらいの時間、飛ぼうとしてたんだろう?
もうすでに、辺りは真っ暗だった。
少女は額の汗を、手でぬぐい放った。
一呼吸をついた。


【少女】「今日もありがとう、グングニル」
【少女】「明日は必ず飛んでみせよう」


グングニル……? ポールの事か?
うーん、棒高跳びなんて、さっぱりわからんからなあ。


【少女】「ん……? そこに誰かいるのか?」


あ!
や、やば!? 見つかった!?
え、え、えと。
……
ん? 別に見つかっても、おかしくないんじゃないか?
あまりの気迫に、ちょっとびびっったぞ……

俺は少女の前に向かっていった。


【遊佐】「あ、はい」
【遊佐】「ちょっとバリスタの準備で遅くなってしまって」
【遊佐】「練習の邪魔してすいませんでした」

【少女】「いや、それは問題ない。もう終わる予定だったからな」
【少女】「それにしても、こんなに遅い時間まで働いていたのか?」
【少女】「ご苦労だったな」


う、なんか、俺ほめられてる?ちょっと罪悪感。
うそです。
大分前に終わって、ずっとあなたの練習風景を見ていました。
それに、あなたの方がご苦労だったと思うんですが、俺。


【少女】「最近、このあたりも治安が悪い」
【少女】「すぐに帰った方がいい。ご両親も心配しているだろう」

【遊佐】「あ、はい。そ、そっすね!」


う、どうにも、この人には敬語になってしまうな。
なんていうか、無言のプレッシャーというか?


【遊佐】「でも、それなら、えと、君も危ないんじゃないですか?」

【少女】「ああ、私も後片付けして、もう帰宅するさ」
【少女】「遠慮は無用だ」

【遊佐】「なら、俺も片付け手伝いますよ」
【遊佐】「最近治安が悪い、なんて聞かされたら、先に一人だけ帰れませんよ」

【少女】「む……」
【少女】「逆に気を使わせてしまったか」
【少女】「これは一本取られたな」

【遊佐】「そーゆーわけです」


こっちこそ、すごい迫力のもの見せてもらったし。
見学料と思えば、片付けなんて安いぐらいの価値あったしな。


【遊佐】「じゃ、マットから片付けちゃいますか」
【遊佐】「えー……先輩っすよね…・・・?」

【少女】「村崎だ。3年の村崎龍子」

【俺】「りゅーさん?」

【村崎】「……ふぅ」
【村崎】「君もそう呼ぶのか……」
【村崎】「なぜ、皆、そうなるんだろうか……?」
【村崎】「……まあ、いい」
【村崎】「好きに呼ぶといい」


りゅー先輩が苦笑した。
最終更新:2007年04月03日 11:23