聖の同情


○ 放課後・屋上

  ましろの想い人について聞かされたときと同じ、人気の無い屋上。
  聖は柵に寄りかかって眼下に広がる風景を眺めている格好のまま、俺に向けて言葉を投げかけた。

聖:その落ち込みっぷり、どう見てもあの子に気があるよね。

  否定はしない。だけど、肯定するほどに心の内が定まっているわけでもなかった。
  その気持ちをそのまま、聖に伝えてもいいのだろうか。

俺:わからない。○○がいるって考えると思考が止まっちゃって。
聖:本当にわかってないな。

  聖は柵から手を離し、体をこちらへ向けた。

聖:あのとき言ったでしょ? 『何とも思っていないなら近づくな』

  それはつまり、思っている上で近づくのならば必要以上の干渉はしないということ?

俺:でも、あいつ、非の打ち所の無いいいやつだったし。
聖:いいやつだから、何なの?
俺:それは……
聖:いいやつってだけなら、あんただって充分いいやつだと思うよ。
俺:それは……え、そう、なの?

  自分がいいやつかなんて考えたことが無かった。
  俺とあいつと、どっちの方がいいやつなのだろう。

聖:そんなの比べたって何にもならないよ。それよりもあんたはどうしたいの?

  それがわからないから悩んでいるのだ。

聖:やれやれ。皆まで言わないとわからないかな。
俺:そりゃわからないよ、聖が何が言いたいのかなんて――
聖:デートに誘ってみなよ。

  それは突然の提案。あまりにも唐突で言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

俺:って! ぶしつけに何言ってんだよ。
聖:……ぶしつけの意味わかってる?

  わからずに使いました。

俺:とにかく急にそんなことを言われても困るよ。
聖:誰が困るの?
俺:それは……俺だけ、か? いやいや、ましろだって迷惑だろうし。
聖:そんなのわからないよ。

  わかるじゃないか!
  声を荒げそうになったが、のどの奥ギリギリのところで留まらせた。何必死になってんだろ。

聖:あのね。好きな人がいるといってもね、まだ付き合ってるわけじゃないんだ。○○がどう思ってるかだって知らないだろ。何も分からないのに考えすぎなんだよ。

  何故だか聖の顔が徐々に赤みを増していく。

聖:あー、何言ってんだ私。まったくこんなに世話が焼けるやつは初めてだ。まーとにかく、デートは置いとくとしても、たまにはましろと話してやってくれ。
俺:話す……?

  そういえば、ましろと最後に話したのはいつだっけ?
  ○○のことで色々あってから、どれだけ話しただろう。

  聖がこちらへ向けて歩き出す。

聖:じゃ、そういうことで。言うだけは言ったからね。あとはあんた次第。

  言いながら俺の肩を叩き、そのまま屋内へと姿を消した。
  俺は――結局どうすればいいのだろう。


○放課後・教室 三人称

  夕刻。
  客の入りが増えてきた喫茶店の片隅で、二人の少女が向かい合って座っていた。
  一人はグラスに入っているメロンソーダをストローから吸い込むことに集中している。
  もう一人は、砂糖もミルクも脇に置いたままで、コーヒーの入っているカップをただ見つめていた。

???:――聖ちゃん、どうだった?

  会話を切り出したのはコーヒーの少女。
  聖はストローから口を離した。中の緑色の液体はほとんど減っていない。

聖:言うだけは言ったよ。
???:そっか。ありがとう。

  コーヒーの少女は微笑んだ。
  対して聖はいまいち気持ちが晴れていなかった。

聖:あいつが、遊佐がましろを避けてるってのは、たぶん気のせいだよ。明日学校行ったら、いの一番に話しかけてみな。きっと普段通りに反応してくれるよ。

  ――たぶんね。
  屋上での遊佐の反応を見る限りでは確信出来ないでいた。
  遊佐に避けられている――そうましろに相談されたから、今日彼を屋上へ呼んだ。
  ただましろと話してやるように促すだけでよかったのに、余計なことを言ってしまわなかったか?
  何度思い返しても失敗した気がする。ああいうのは気になると何とかしたくなるのだけど、実際に何とかすることは下手なのだ。
  でも、

聖:私が招いたようなモンだしなあ。
ましろ:え?
聖:こっちの話。

  元々は聖がましろの想い人の話をしたのが始まりなのだ。ましろと話すなと言ったのは聖だ。能天気な遊佐のことだからあまり真に受けないだろうと思っていた。ちょっとだけ意識してくれればいい、その程度の気持ちで忠告したのに、それをまさか忠実に受け止めてしまうとは。
  結局あの日と今日とで全く逆のことを要求してしまったことになる。
  あれが無ければ遊佐が悩むことは無かった。むしろあれをきっかけとして、彼がましろのことを気にし始めてしまったようにも思えた。

ましろ:あ、○○くんだ。

  ましろの視線の先を振り向くと、入り口から店内を見回す同級生の姿があった。
  彼はすぐにこちらの存在に気づき、手を振る。

○○:や。そこを歩いてたら偶然見かけたんだ。何してたの?
ましろ:内緒話よん。
○○:何それ、怖いなー。俺の悪口だったりして。
ましろ:惜しい!
○○:マジで? ひょっとして来たらまずかったかな。
ましろ:そんなことないよ。冗談だってば。

  そんな二人の問答を聞いているうちに、自然と口元がほころびてしまった。

ましろ:ん、何?
聖:何でも。
ましろ:えー何? 何で笑ったの?
聖:だから何でもないって。
○○:隠すと余計気になるな。
ましろ:そーだよそーだよ。

  ――これは、デートなんてまた余計なこと言っちゃったかな。
  早いうちに遊佐を呼び出してフォローを入れる必要がありそうだ。


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最終更新:2009年06月03日 10:44