路地の中央で燃え盛る激しい炎。
舞い上がる黒煙が悪臭を放ちつつ視界を覆う。
不幸中の幸いか。それとも意図したものか。
炎の周辺の建物は跡形もなく破壊されており、火の手が広がる心配は無さそうだった。
付近に居た住人達の姿が消えると、水晶の巨人、ナケワメーケは破壊活動を停止した。
イースもまた、プリキュアの到来を待ち受けるかのように静かにその時を待った。
「何やってんだ! 早く逃げないと踏み潰されちゃうぞ!」
「だって、おにいちゃん。足に力が入らなくて立てないの」
逃げ遅れた最後の住人。子供たちだけで遊びに来ていたのだろう。十歳くらいの男の子と、もっと小さい
女の子の兄妹。
女の子は腰が抜けたのか立つこともできない。男の子が屈んで女の子を背負う。時折ふらつきながらも
走り出した。
火を恐れ、店舗沿いに逃げたのが失敗だった。崩れた建物の一部が二人に圧し掛かるように落下してきた。
「おにいちゃん、危ない!」
「うわあぁぁぁあ――――」
しかし、いつまでたっても痛みも衝撃も感じなかった。恐る恐る兄妹が目を開ける。
巨大な瓦礫を軽々と片手で支える黒衣の女性。光の粒子でできたような美しい髪が風になびく。
怒りと安堵と困惑。複雑な感情を浮かべる赤い瞳が兄妹を見つめる。
二人は一瞬、状況すら忘れて見惚れてしまった。
「何をしている。もたもたするな、目障りだ」
「あ……ありがとう、お姉ちゃん」
「ありがとう」
「……さっさと行け」
イースは、兄妹が離れたのを確認してから瓦礫を投げ飛ばす。
(ありがとうだと……私が起こした惨事とも知らずに……)
死なれでもしたら、以後、不幸を集められなくなってしまう。だから助けた。それだけだと自分に言い訳をする。
動揺を懸命に静める。自分に向けられた、感謝の言葉と笑顔の記憶を振り払う。愚かな子供の誤解がどれ
ほどのものか。
(どうしてしまったというのだ……私は……)
もっと徹底的に破壊していいはずだった。
全てを焼け野原にしてもいいはずだった。
たった、これしきのことで胸が痛い。
威嚇ばかりで、まるで住人を逃がすのが目的のようではないか。
日に日に、自分が自分でなくなっていくのを感じる。全力で戦えるのは今日で最後。そんな気がしていた。
『
翼をもがれた鳥(第五話)――――そして飛べない現実を知る(後編)――――』
引き裂かれ、積み重ねられた数台の車。叩き潰され、瓦礫と化したいくつもの建物。
いずれも、幾度となく利用したことのあるお店ばかりだった。
その前に立ち塞がる半透明の巨人。
それは、かつて見たことも無いほど精悍な体躯のナケワメーケ。
そして――――その一歩後ろに控えてこちらを睨み付ける黒衣の少女。
「せつな――――やっぱり、せつなだったんだね」
「思ったより早かったな。だが、お前の愛した場所はこの有様だ。それも――――お前の甘さが招いた事態
と知るがいい」
「どうして――――どうして、こんなことをするのっ!」
「言ったはずだ、メビウス様のためだ。怒り、憎しむがいい。そして――――今日ここで決着をつける!」
「怒ってるよ……凄く。だけど、――――憎しみなんて持たない。悲しいだけだよ!」
“チェインジ・プリキュア・ビートアップ”
ラブは携帯電話を手に取る。ピルンと融合して生まれたプリキュアの証、リンクルンのカギを開く。
伝えるメッセージは愛。友の幸せを願い、共に幸せをつかみたい想い。
戦う意思を送信し、戦う力を受信する。
全身が眩い光に包まれて、踊り――――走り――――飛ぶ!
変身のプロセス。聖なる儀式。そして――――生まれ変わる。
愛に満ち溢れた心を戦う力に変える。守りたいものがあるから強くなれる。
精神力の物質変換。想いを貫く勇気が、可憐な闘衣となって少女を包む。
大きな髪飾りは愛ある印。みんなで幸せになるために!
そして、降臨する伝説の愛の戦士。
ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたて!――――フレッシュ!――――
“キュア・ピーチ”
ピーチはわき目も振らずにイースに走り寄る。それを半透明の巨人、ナケワメーケが遮った!
イースは出てこない。後ろに退き、ナケワメーケに戦いの指令を下す。
「こんなものがせつなの出した答えだと言うのなら! あたしは絶対に認めない! 叩き潰して、今度こそ
ちゃんと聞かせてもらうから」
“クリスタル・ゲージング”
「邪魔しないで!」
ナケワメーケの拳とピーチの拳が激突する。圧倒的な力の差の前に、弾き飛ばされるピーチ。
立ち上がる暇もなく距離をつめられ、追撃を加えられる。
――――疾い!
ピーチは地面を転がってかろうじて連打を避けていく。しかし、その先にある街路樹にぶつかって動きが
止まる。
その一瞬の隙を突いて巨人の足がピーチを蹴り上げた。
街路樹を圧し折りピーチの身体が宙に舞う。背中から雷に打たれたような激痛が走る。そして連続攻撃!
落下のタイミングを見計らって、ピーチの腹部に巨人の拳がめり込んだ。
「がっ……はっ……」
悶絶してうずくまるピーチの肩と足を巨人が掴む。そして、そのまま雑巾を絞るがごとく捻りあげた。
ミシミシと嫌な音を立てながら少女の小柄な体があらん方向に曲がっていく。
「きぃやぁぁぁ――――」
「やれっ! そのまま――――捻じ切ってしまえ!」
「ぁぁぁぁああああああ」
「っ――――やめろ!」
「…………ぁ……せ……つな、お願い……話を……させて」
「これが最後通告だ、投降しろ。いや……二度とプリキュアにならないと誓って去れ!」
「できないよ……せつなのことも、絶対あきらめないから」
「ならば――――――ここで散るがいい!」
「きぃやぁぁぁぁああああ」
「早く――――早く、止めを刺せ!」
ピーチの悲鳴に耳を塞ぐように、イースが怒鳴る。その両目には涙が溢れていた。
苦し――――かった。
ナケワメーケのコントロールには、苦痛など伴わないというのに。
ナキサケーベを使っていた時よりも、辛くて――――苦しかった。
泣いている――――自分の中のせつなが泣いている。ピーチと運命を共にしようとしている。
そして、元のイースに戻るのだ。忠実で、冷酷で、残忍で、孤独なラビリンスの幹部に――――
それは、絶望的な想いだった。
“ダブル・プリキュア・キック!!”
閃光の如く空間を切り裂き、青と黄色の軌跡がナケワメーケに突き刺さる。
たまらず吹き飛び、背後の建物に叩きつけられる。巨人の手から解き放たれたピーチが、道路に転がり
落ちた。
「パイン! ピーチを!」
「ベリー! 後ろっ!!」
ダメージを感じさせずに、すぐさま反撃を開始するナケワメーケ。恐るべき俊敏性でベリーの背後に迫る。
強敵なのはわかっていた。攻撃を捨てて回避に専念する。驚異的なスピードで振り回される腕を、足を、
紙一重でベリーは避けていく。
「ベリー、ピーチは無事よ。意識は戻ってないけど」
「パインはそのままピーチに付いてて! こいつはアタシが!」
ベリーは、徐々に巨人の動きを見切りつつあった。
確かに――――疾い。
プリキュアに匹敵するほど速いナケワメーケは初めてかもしれない。
だが、プリキュア並みであって、それ以上ではない。威力は大きくても、動きが単調で先読みはたやすい。
最速の敵幹部、サウラーとやりあったことのあるベリーには、避けられないほどの動きではなかった。
無理をせず守りに専念し、ピーチの回復を待つ。三人でかかれば容易に倒せると判断した。
しかし、ここでナケワメーケの持つもう一つの力、特殊能力が発動した。
“スクライイング“
過去と未来を映し出すという水晶占いの秘術。巨人の胸の水晶球が、一瞬先のベリーの未来を映し出す。
頭部に蹴りを被弾、弾け跳び電柱に叩きつけられる映像。
「きゃあぁぁぁ――――」
身体が硬直し、自然と巨人に吸い寄せられるように動く。蹴りが飛んでくるがブロックしようにも腕が動か
ない。
避けようにも身体が動かない。迫り来る攻撃に恐怖を感じながらも、何も出来ない。
見たままの映像通りにベリーは電柱に叩きつけられた。
「ベリィー――――!!」
パインが悲鳴を上げる。ベリーは霞む意識を気力で繋ぎとめつつ、片手を上げて無事を知らせる。
不可避の攻撃。これほどタチの悪いものは無い。
せめてもの救いは、攻撃の種類と角度とタイミングがわかっていることだった。
避けることも、受けることもできなくても、心で備えることはできる。それだけで、不意の攻撃に比べれば
大きくダメージを減らすことができた。
“スクライイング“
「させないっ!」
再びベリーを映し出そうとする巨人の前にパインが回りこむ。
水晶球に映るパインの映像。それを再現するように、腹部に拳を受けてパインが弾け飛び、うずくまる。
すかさず追撃に移る巨人。しかしベリーがフォローに入る。
胸の水晶球が煌くたびに確実に攻撃を受けるベリーとパイン。しかし、水晶球は同時に二つは映し出せ
ない。
互いにフォローに回ることで、致命的なダメージを受けずになんとか凌げるようになっていた。
「ラブ……キュアピーチはどうなった……」
フラフラとイースが立ち上がる。ベリーとパインの乱入。しかし、それに一番安堵していたのはイースだ
ったのかもしれない。
無事と聞いてほっとした。しばらくの間、呆然として座り込んでしまっていた。
ベリーなど放っておいて、パインを蹴散らし、ピーチに止めを与えるべきだった。もう――――それもで
きなかった。
あの時の攻撃がイースの最後の意地だった。散り散りに乱れた心が闘志を奪う。今は――――ただ、
ラブのことが心配だった。
「いない――――ピーチはどこに……」
「あたしならここだよ、せつな」
背後から声がしてイースは身構える。しかし、ピーチは構えようとせず、自然体のままイースとの距離を
縮めた。
「気を失った振りをしていたとはな……。しかし、そんなダメージで私と戦えると思うのか?」
「友達が苦しんでいるのに寝てられないよ。それに、召還中はせつなも戦えないんでしょ」
「全力を出せないだけだ! 今のお前なら倒せる!」
「そっか。じゃあ――――とことんやるよ、せつな」
ピーチが矢のように襲いかかる。両手でブロックしたものの、威力を殺しきれず転倒させられる。起き上
がった目の前にはピーチの拳があった。
ピーチも傷付いていた。本来の力など到底出せはしない。それでも――――イースに分の悪すぎる戦い
だった。
スイッチオーバーは強化。変身であるプリキュアと違い、解除するたびに傷が癒えたりはしない。昨日の
戦いでイースの身体はボロボロだった。
そして、初めて使う強化されたナケワメーケ。軽々使いこなすウエスターが信じられない。特殊能力を使
い出してからは、体中から力を抜き取られていくような感覚に襲われた。
そして、召還中によるパワーの減退。集中力の低下。
何より、もう、イースは心が折れてしまっていた。
異様な光景だった。苦しみの声をあげて泣いているのは、一方的に攻め立てているピーチだった。
イースは途中から防御すら捨てた。一撃ブロックしただけで腕の感覚がなくなる。次に受ければ動かなく
なるだろう。そしたらもう、戦えなくなる。
ピーチは話したいのだろう。だがイースはそれこそを一番恐れた。最も自分を脅かすもの、それはラブの
せつなへの想い。
当たりもしない攻撃をノロノロと繰り出しつつ、ピーチの攻撃に弱った身体を晒す。
こんな苦痛がどれほどのものか。心が痛いよりずっといい。むしろ安らいだ表情で打たれ続け、そして
――――力尽き、崩れ落ちた。
ピーチは駆け寄ってイースの体を抱き起こす。両目から溢れ落ちる涙がイースの頬を濡らした。
「せつなっ!」
「もういい……私の負けだ。止めを刺せ」
「ごめん……せつな。ごめん……ごめん……ごめん」
「私はせつなではない、イース。結局お前の目には、一度も私の姿は映らなかった」
「だったら、イースでいいよ」
「なに?」
「あたしはイースも含めてせつなが好き。だから、一緒にやり直そうよ」
「イースである……私と? どれだけ――――奪ってきたか、壊してきたか知ってて言うのか!」
「その分、あたしはたくさん救って、守ってきたよ。それを半分こしようよ」
「何を……言っている?」
「あたしの幸せを半分あげる。だから、せつなの、イースの不幸を半分ちょうだい。
そして、せつなの悩みや苦しみを聞かせて。その代わり、あたしの夢や喜びを聞かせてあげる。
楽しいことも、辛いことも、悲しいことも、全部分け合って乗り越えて行こうよ。二人一緒なら、
きっと今からでもやり直せるよ」
「馬鹿ね……。そんなこと……そんなこと……できるわけないのに……」
そこから先は涙で言葉にならなかった。何も話せなくなったイースを、ピーチは優しく抱きしめた。
ピーチももう限界だった。そして、イースを抱きしめた安心感から気が緩んでしまっていた。
だから――――背後から迫る影に気が付くことはなかった。
巨人の胸の水晶が光るたびに、確実に攻撃を食らいダメージを受ける。
そんな絶望的な戦い。身をすり減らすだけの消耗戦も長くは続かなかった。
突如、ナケワメーケの攻撃が鈍くなった。特殊能力が発動しなくなった。
「一体、何があったというの?」
「ベリー、見て! ピーチが居ない」
「戦って……いる。イースと。気が付いたのね!」
「いけるよ、ベリー!」
巨人はもはや暴走状態だった。近くにいるもの、動くものにただ襲いかかるだけのモノ。
ベリーとパインは巨人の周囲を円を描くように回転しつつ攻撃を加える。
常に一人は囮、反対にいる者が死角からの攻撃を繰り出す。頑強な体躯に無数の亀裂が入っていく。
“ダブル・プリキュア・パンチ“
“コンビネーション・プリキュア・キック“
畳み掛けるような前後左右から繰り出す連続攻撃に、ついに俊敏な巨人も膝を突いた。
ベリーとパインの呼びかけに応じて、希望の青いカギと祈りの黄色いカギ、プリキュアの妖精が姿を現す。
くるくると舞い踊り、リンクルンの封印を解き放つ。
「とうっ!」
「えいっ!」
開放の儀式、二人の乙女の口付け。
そしてリンクルンのローラーを回す。
ベリーは水平に切り裂くように。パインは優しく弾くように。
“響け! 希望のリズム! キュアスティック・ベリーソード!”
“癒せ! 祈りのハーモニー! キュアスティック・パインフルート!”
ベリーは帯刀からの抜刀の動きで――――パインはフルートを奏でるように。
それぞれのスティックの鍵盤から聖なるメロディが鳴り響く!
“悪いの・悪いの・飛んで行け! プリキュア・エスポワール・シャワー!!”
“悪いの・悪いの・飛んで行け! プリキュア・ヒーリング・ブレアー!!”
凝縮されたエネルギーが解放を求めて先端に集う。
スペードとダイヤの形をした力の結晶が、光弾となって水晶の巨人、ナケワメーケに襲いかかる。
そして、開放の言葉と共に巨大なハートに膨れ上がって対象物を浄化する。
“フレ――――ッシュ!!”
「「はあぁぁぁぁぁ――――」」
額の宝玉が崩れ落ちる。巨人の肉体が、浄化の光に焼かれて失われていく。
本来の姿である、占いの水晶球に戻る。
無数の亀裂で白く濁った水晶球は、そのまま地面に落下して砕け散った。
召還者の闘志と、核となる対象物によって力を変化させるナケワメーケ。
改良されたウエスターのパワーストーンと、多くの人々の幸せと不幸を映し出して蓄積した水晶球。そして、
イースの悲壮な覚悟。
これまでで最強とも思えるナケワメーケの、これが最後であった。
「よくやった、と誉めてやりたいところだがな、プリキュアども」
「「ウエスター!!」」
悠然と歩み寄るラビリンスの幹部の一角、ウエスター。
変わった男で、普段はおちゃらけていい加減な戦いをすることも多い。
しかし、今の表情は鬼気迫るものであり、全身から発せられる闘志は、ベリーとパインすら怯ませるほど
だった。
そして、その逞しい両肩には気を失った二人の少女が担がれていた。
「くっ、ピーチを離しなさい、ウエスター!」
「イースも離してあげて!」
「どちらも連れて帰るつもりだったが、イースのピーチへの借りは返しておいてやろう」
ウエスターは気を失ったピーチを放り投げた。
無事を確認して抱き寄せるパイン。ベリーは構えを解かずにウエスターを威嚇する。
「イースも置いて行きなさい。そうすれば、あなたは見逃してあげる」
「イースを、せつなさんを返して。もう……あなたたちの元には置いておけない」
「イースの説得を試みているようだが、無駄だ。ラビリンスの国民は、メビウス様を裏切ることは決して無い」
「そんなの、やってみなければわからないわ!」
「現に、せつなさんはラブちゃんに心を開き始めているもの」
「ならば教えておいてやろう。ラビリンスの国民は生まれた時から寿命を管理されているのだ。仮に寝返った
としても、その先に永らえる命は無い」
「そんな……」
「そんなことって……」
勝利の高揚感も、ピーチを取り戻した安堵も、何もかも全て吹き飛んでしまった。
絶望を二人が襲う。
ラブのためにも、せつなを救い出す。
二人で立てていた計画も、何もかもが甘かった。
地面にへたり込んで動けなくなったベリーとパインを横目に見ながら、ウエスターは静かに歩み去って行った。
最終更新:2010年11月12日 23:11