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避2-712

 四つ葉町の森の奥、ラビリンスの地球侵略の拠点。占い館は時空の狭間にその存在を隠蔽していた。
 長い通路を、肩を怒らせながらウエスターは会議室に向かって歩く。
 生来の陽気な性格は鳴りを潜め、不機嫌を隠そうともしない。先日のイースとの直接戦闘以来、彼の不満は頂点に
 達していた。

 室内では既にサウラーが席に着き、コーヒーを啜っていた。
 普段以上に溢れる角砂糖の山。頂は黒い液体を吸い切れずに、未だ白さを保っていた。
 物憂げな表情。ウエスターとは異なるものの、彼もまた苦悩を抱えているに違いなかった。

 滅多に使われることのない部屋。戦果と引き換えにしなければ何も得ることのできない彼らは、基本的に単独行動
 を好んだ。
 今回はウエスターが共同戦線を申し出たのだ。重要な情報を掴んだから、手を貸せと。


「コンサートにはかなりの数の人間共が集まるそうだ。四人目だけでなく、イースも参加すると聞いている」
「君らしくない作戦だね、窮鼠猫を噛むという諺もある。追い詰めるより、脅して譲歩させたほうが良くないかい?」
「それこそ俺たちの誇りに反する。徹底的に壊してイースの目を覚まさせる!」
「気に入らないね」


 情報の有用さと作戦の成功率は認めながらも、サウラーは首を縦に振らない。彼好みの絡め手の作戦にしたつも
 りだった。
 力押しだけでは決してイースは戻ってこない。それを、この前の戦いでウエスターは感じていた。


「お前は何を企んでいる? まさか、わざとイースを敵側に居つかせようとしてるんじゃないだろうな!」
「物事は、上から、あるいは斜めから見るものさ。僕は観察しているだけだ」

「そうやって寝返る方法でも見つけようとしてるんじゃあるまいな?」
「そういう君こそイースにこだわりすぎだ。彼女の二の舞を演じないように気をつけるんだね」


 ウエスターの目つきが険しさを増す。サウラーが戦いを仕掛けるたびに、イースは一つ、また一つと人間社会での
 居場所を固めていった。
 畳み掛けるチャンスは、幾度となくあったにも関わらずにだ。
 信頼すべき仲間に不信感を抱いている。そんな自分が嫌で、更に苛立ちを募らせる。


「今回の作戦には、お前のナケワメーケの特殊能力が必要だ。力ずくでも協力してもらうぞ」
「条件がある。一度だけでいい、イースに投降を呼びかける。いいね?」

「好きにしろ」


 細かい作戦は任せると言い放って、ウエスターは大股で部屋を出て行く。
 今回、彼はソレワターセの封印も解くつもりでいる。決戦の予感を感じる。もう、回避は出来そうになかった。


「ラビリンスに生まれた者が、ラビリンス以外で生きていけるはずがない」

 かつて自分が自信を持って口にした言葉を、今度は力なくつぶやいた。
 彼にはウエスターのように単純に、居場所さえ奪えばイースは戻ってくると信じることはできなかった。


「イース、君のストーリーのクライマックスだ。どんなエンディングを見せてくれるのか、僕も心して読もう」


 サウラーのつぶやきには、寂しさと悲しさと、そして一欠片の羨望が入り混じっていた。
 また一口、カップの中身を喉に流し込んで想いを巡らせる。
 希望を得た後に絶望に突き落とされる者と、希望を持つことすら許されぬ者、一体どちらが恵まれているのだろ
 うと。







翼をもがれた鳥(第十九話)――――ファイナル・コンサート――――』







 四つ葉町郊外にある巨大競技場。その広大な敷地が、立錐の余地もなく人で埋め尽くされる。
 観客動員数は過去十年で最大。追加発売された臨時チケットまでもがあっという間に売り切れたという。

 少年少女から老夫婦まで、幅広いファン層が開演を待ちつつ三万の座席を埋め尽くす。
 チケットを取ることができず、それでも諦め切れなかった人々が競技場の周りを取り囲む。
 彼らに対する配慮として、周囲には無料で見られる大きなスクリーンがいくつも設けられていた。

 八基ものコーナーライティングの照明が、夕暮れの会場を煌々と照らし出す。
 通常は各国の国旗が掲げられる無数のポールに、トリニティのシンボルマークのフラッグが旗めく。
 メインステージ・中央巨大ステージ・バックステージ、その他、急ごしらえで作られたとは思えない豪華なセット
 が並ぶ。
 もはやどこが特等席なのかもわからない。三位一体の名の如く、観客全員が一つになって応援できるようにと用意
 されたものだった。


「ちょっと! 話が違う。数千人じゃなかったっけ? 桁が違うって……」
「わたし、絶対むり」
「落ち……着いて、美希たん、ブッキー。こんな時は羊を数えるといいんだよ。一匹~二匹~」
「寝てどうするのよ。それを言うなら、人という字を書いて飲み込むんでしょ」


 控え室を抜け出して、会場を見にいったクローバーがパニックを起こす。
 蒼白となって震える美希。立ってることすら怪しい祈里。混乱しておかしなことを口走るラブ。
 みんな落ち着きなさい! と、せつながたしなめる。
 ラビリンスの幹部であった彼女には、これを上回る数の人々の前で演説した経験もあった。


「本当に落ち着いて、ラブちゃん、美希ちゃん、祈里ちゃん。あなたたちの出番はまだ先よ」
「数がどれほど多くても、一人一人はあなたたちと同じ人間よ。それを忘れないでね」
「すぐに慣れるわ。しばらくは私たちのコンサートを楽しんでね」

 見かねてミユキ、レイカ、ナナが順に声をかける。楽しむ余裕なんて無いと心の中で反論しつつも、頑張りますっ
 て声を揃えて返事した。
 せつなは冷静に彼女たちの様子をうかがう。ミユキを含め三人とも全くの自然体で、気負った様子も何もない。
 あの夜のことは、何かの間違いだったんじゃないかとすら思えた。

 せつなは一人、控え室を抜け出した。出口と避難経路のチェック。会場の設備と座席表による観客の配置の確認。
 スケジュールによる時間ごとのステージの切り替え。その全てを頭に叩き込む。最後の確認を終えると同時に、会
 場が爆発的な熱気に包まれる。

 華々しい音楽と共に、メインステージから無数の花火が上がる。
 花火の煙が散ってもステージの曇りは晴れない。ドライアイスの霧が立ち込める中、色とりどりの照明が幻想的な
 光景を創り出す。
 やがて方々を照らしていた照明が一箇所に集う。後光が差すような美しい演出の中、ミユキ、ナナ、レイカの影が
 実体化する。“トリニティ”が登場した。


(いけないっ、早く戻らないと)


 スタッフ専用通路を利用して会場へと急ぐ。出番はまだ先だが、遅くなれば騒ぎになるかもしれない。
 メインステージの前に出た。ここから裏口に廻って……。
 目前に控えたステージを前に、せつなの思考が止まる。舞台に目が釘付けになる。


(なに、これ? これが――――“トリニティ”のステージだというの?)


 たった三人の動きに目が離せない。振り付けもその動きも、十分に頭に叩き込んでいるにも関わらず。
 大音響のミュージックが魂を揺さぶる。トリニティのダンスに意識の全てが持っていかれる。彼女たちの一挙手一
 投足に、魔力でもあるかのように。
 鼓動が高まる。抑えようと無意識の内に両手で胸を抱く。そこで鳥肌が立っていることに気が付いた。
 ダンス会場を襲ったことは何度もある。しかし、正面からステージを観たのはこれが初めてだった。
 わからない。このステージが特別なのか、ダンスを始めた今の自分だからそう感じるのか。身体が自分の意思を離
 れて勝手に動き出す。

 会場全体が、まるで一つの生き物になったような感覚。そして、自分もそこに飲み込まれていくような浮遊感。
 トリニティがステップを決めるたびに、それを指令にして全体がうねる。“会場中が一つになる”何度も聞いた
 言葉だが、ここまでハッキリと感じ取れるものだなんて思わなかった。


「せつな! せつな! こんな所にいたんだ、探したよ」
「あっ――――えっ? ラブ?」

「そうだよ。どうしたの? 具合でも悪くなったの?」
「ううん、大丈夫。心配かけてごめんなさい。平気よ」


 なんとか我を取り戻し、ステージ裏に廻る。手を引かれて待機室に案内される。
 そこには、先ほどと変わらず青ざめた表情の美希と祈里がいた。
 ラブは一見、ずいぶんと落ち着いたように見える。しかし、せつなと繋いだ手は緊張で冷え切っていた。


「どうしよう、ラブちゃん。もうすぐ出番よ」
「やっぱり無理よ。ちゃんとトリニティと練習したのは本番前のリハだけじゃない」
「大丈夫だよ。ビデオで何度も合わせたじゃん!」

「ビデオとは……違うわ」

「せつな?」

 全員がせつなの方に振り返る。震える声に、ただならぬものを感じたからだ。
 せつなは、さっきステージで感じたことを説明する。あそこに立つ三人は、トリニティは、私たちの知っている存
 在ではないと。


「そう言えば、アタシたちもこんな大きなコンサートを間近で観るのは始めてね」
「もう、時間がないよ」
「……みんな、手を繋いで円になって!」
「ラブ?」


 唯一落ち着いていたせつなまで不安になって、チーム全員がバラバラになる。その時、ラブが号令をかけた。
 円陣というのではない。両手を繋いで、互いに背中を向けて輪になった。
 心を内に向けるのではなく、外に向けるためだとラブは言った。これから、自分たちは大勢の人にダンスを見ても
 らうんだからと。


「色々なことがあったよね。せつなと戦ったこともあった。もう駄目なんじゃないかって思ったこともあった」
「――――ダンスのしすぎで、倒れたこともあったわね」
「遅刻して、ミユキさんを怒らせちゃったり」
「全部、私のせいじゃない……」

「その全てを乗り越えて、あたしたちはここにいるの。できないことなんてあると思う?」
「そうね、アタシたちは完璧のはずよ」
「うん、そうだね。きっと上手くいくって信じてみる」
「わかったわ。精一杯がんばるだけよね」


 繋いだ互いの手がほんのりと温かみを取り戻す。緊張から身体がほぐれてきた証拠だった。
 それぞれの瞳に力が甦る。その時、スタッフが駆け寄ってきた。


「クローバーの皆さん、準備してください。この次が出番です」
『ハイッ!!!!』


 MCが後ろ手で合図をする。スタッフがGOサインを出す。ラブたちは大きく深呼吸した。
 自分たちは、これから一番好きなことをやりに行くんだ。気後れなんてする必要ない!
 ラブ、美希、祈里、せつな。四人は勢いよくステージに向かって駆け出した。


「これより紹介しますは、トリニティが密かに育成していると噂のユニット、“クローバー”です。“トリニティ”
 との合同ダンスをお楽しみください!」


 会場がさらに沸きあがる。割れんばかりの歓声がステージを襲う。
 紹介されるなんて聞いてない。合同ダンスなんて聞いてない。ただのバックダンサーだったはず。
 ラブたちは混乱する。ミユキのサプライズだった。もっともこれだけの規模だ、むしろハメられたと言っても良い
 だろう。

 再び動揺するラブたちに、ミユキが向き直る。パン! と両手を叩いた。ダンスレッスンで注意する時のクセだっ
 た。
 言葉は交わさず、一人一人の目を見る。そして、大きく片手を振り上げた。「わたしたちに付いてきなさい」そう、
 合図するかのように。
 それだけで、ラブたちは落ち着きを取り戻す。苦楽を共にした長いレッスンの日々。絶対的な信頼の絆。そして、
 無謬の憧れが彼女たちを支える。
 ただ一人、ダンスを始めたばかりのせつなを置き去りにして――――

 伴奏が始まる。かつて、クローバーがダンス大会で使用するつもりだったトリニティの代表曲。
 それを四人向けに、ミユキが振り付けをアレンジしたものだ。

 会場が一瞬にして静まり返る。しかし、プレッシャーは軽くならない。
 足が震える。身体に力が入らない。笑顔に自信が持てない。乗り越えたはずの引け目が再びせつなを蝕む。
 期待という名の、無数の意思の奔流に押し流されそうになる。六万の瞳が生み出す膨大な視線が、圧倒的な迫力を
 持って突き刺さる。


(違う! ラビリンスの国民とは、根本的に何かが違う。こんな気持ちは味わったことがない)


 せつなは、すくみそうになる身体を懸命に奮い立たせる。音楽に集中して、意識をリズムに乗せていく。
 落ち着け! と自分に言い聞かせる。やるべきことは全てやってきたはず。
 三位一体の第一段階である、心・技・体の調和。まずは――――自分自身を一つにする。


(っ――――でき……ない)


 身体が思うように動かない。技が決まらない。何より心が弾まない。楽しさを感じるなんてできない。
 みんなの呼吸がつかめない。ラブ、美希、祈里はなんとか形になっていた。自分の動きだけが、大きくみんなと離
 れていくのを感じる。
“不協和音”そんな言葉を思い出す。まるで、今の自分のことではないかと。たった一人のリズムの乱れが、七人の
 ダンスをバラバラにしてしまう。


「お嬢ちゃん、がんばれ――――!!」


 会場の最前列辺りから、観客の一人が立ち上がる。両手の拳を握り締め、優しさのこもった想いをぶつける。
 それに同調するかのように、いくつもの声援が飛ぶ。

 ドクン! とせつなの鼓動が高鳴る。
 たった一言に身体が震える。生まれて初めての応援。水面に生じた波紋のように何かが広がっていく。せつなの心
 を満たし、全身を駆け巡る。
 それが喜びだと気が付いた時、せつなの動きが変わる。重圧でかき消されたダンスの喜びの代わりに、せつなの
“心”の役割を果たす。
 狂っていた歯車が噛み合う。心・技・体の完全なる調和を果たした時、洗練されたせつなのダンスは底知れぬ引力
 を発揮する。


(せつなっ!)
(せつな)
(せつなちゃん)


 クローバーのダンスが、本来の輝きを取り戻す。
 緊張は興奮に、重圧は喜びに、責任感は充実感に昇華していく。
 せつなの笑顔が三人の“心”を解きほぐし、その美しい動きが三人の“技”・“体”を覚醒させる。

 三位一体の第二段階、ダンスの統一が近くに感じる。ここからは――――未知の領域だ。
 魂を揺さぶるほどの重低音。美しく響き渡る高音域。迫力溢れる会場の音楽に自らのダンスを乗せていく。
 会場が揺れる。トリニティとは比べるべくもないものの、若葉のユニットが魅せる可憐なダンスに称賛の声が上が
 る。


(これが……ダンスだというの? 私はほんとうに――――何もわかってなかった)


 みんなの前で踊るってことが、こんなに素敵なことだったなんて。
 心は昂ぶっているのに意識は澄みわたり、視界は広く会場全体を捉える。
 身体に力が漲ってくる。三万の観客の喜びが、無限の活力となって流れ込んでくる。
 ステージとダンスの一体化。全身が熱く燃えたぎり、身体を動かすたびに地面を揺らしているような感覚を味わう。

 一番が終わり、二番目のパートが始まる。
 両手を大きく振って、観客の声援に応える。
 一瞬交わした仲間の視線に、漲る自信と無上の喜びを感じる。

 クローバーの真価、それは四人であること。より大きな単位のチームでありながら、ダンスの基本であるペアに分
 かれることもできる。
 同じ曲のダンスでありながら、トリニティと大きく振り付けが異なるのはそれが理由だった。
 シンメトリー、線対称になってコンビを入れ替えながら華麗に舞う。
 コントラスト、二人づつが強弱をつけて動きに変化をもたらす。
 カノン、同じ動作のタイミングをずらし、流麗な波を作りだす。
 ユニゾン、トリニティの真髄、その系譜たるクローバーが同一のリズム、モーションで踊る。

 分離と融合の繰り返し。変幻自在なクローバーのダンスに観客が魅了される。
 ダンスは、メンバーが一人増えるごとに二乗倍で難易度が跳ね上がる。そして調和した時、二乗の勢いで迫力を増
 すのだ。


(これが――――ダンス。これが、ラブたちみんなの夢。私たちみんなの……幸せ)


 音楽に乗せて身体を動かす喜び。仲間と一緒に踊る喜び。それで、ダンスの魅力をわかったつもりになっていた。
 一人より二人、二人より四人、四人より――――大勢の人たち。
 喜びの輪を広げていくことで、幸せもまた、こんなに大きく広がっていく。

 会場が一つになって揺れる。無数の人々の想いが直接心の中に流れ込んでくる。
 音楽と歓声が混じり合う。そして起こる、もう一つの変化。
 これまで、音に寄り添うことしかできなかったせつなに、新たに芽生えるもの。
 まるで、自らの身体から旋律が生み出されているような感覚。音楽とダンスの一体化であった。

 三位一体、その境地は自らの力で導くものだと思っていた。
 でも、違う――――そうじゃなかった。
 みんなの喜びが、応援が、ダンスを一緒に楽しむ気持ちが、音楽とダンスと会場を融合させていく。


(なんて、濃密な時間。まるで、一生分の喜びをたった数分に凝縮したみたい……)


 そして――――曲が終了した。

 華麗にポーズを決めるトリニティとクローバーに、割れんばかりの拍手が送られる。
 整列して、深々と礼をする。
 仲間の方を見る。ラブ、美希、祈里。みんな泣いていた。それで、自分も泣いていることに気が付いた。

 ミユキ、ナナ、レイカが振り返り、クローバーに拍手を送った。
 ミユキが優しい目で四人を見つめる。本当に最高の贈り物だった。

 せつなは、愛しげな視線で会場を見渡す。自分たちを支えてくれた人々。自分たちを励ましてくれた人々。
 喜びを分かち合って、高め合った観客という名の仲間。無数の人々の一人一人が、かけがえのない大切な存在に
 思えて――――


 ミユキがMCに合図してマイクを受け取る。両手でしっかりと握って、会場を見渡す。
 一呼吸置いてから、高らかに語りだした。


「クローバーは、わたしが個人的に指導しているユニットです。教え子であると同時に、わたしの憧れでもあります」

 ミユキはラブとの出会いを話しだす。ラビリンスに襲われていたのをラブに助けてもらったこと。
 トリニティに憧れ、ダンサーを目指す彼女たちを見て、一途に夢を追いかけていた頃の自分たちの情熱を思い出し
 たこと。
 そしてミユキ自身が、ダンサーとなって活躍する彼女たちを見てみたいこと。クローバーの最初のファンなんだっ
 てこと。
 だから、みんなもクローバーの名を忘れないでほしいって。きっといつか、華々しくデビューするからって。


「今から、重大な発表があります!」


 ミユキの表情に決意が宿る。何のことかと、レイカ、ナナ、ラブ、美希、祈里が目を丸くする。
 せつなは弾けるように駆け出した。ミユキのマイクを奪おうと手を伸ばす。
 キ――――ンと高い耳障りな音が走る。

 何があったのかと観客が騒ぎ出す。その時、会場全体を地響きが襲った。


「その通りだ。今からお前達に重大な発表がある。この会場はラビリンスが占拠した!」


 ラビリンスの幹部、ウエスターの声が響き渡る。
 会場中から悲鳴が上がり、観客が避難しようと出口に押し寄せる。

 しかし――――出口は無かった。

 あらゆる通路は植物の蔦によって封鎖され、それは競技場全体を覆っていた。


「無駄だ、競技場全体がソレワターセと同化している。どこにも逃げ場はないぞ。泣き、喚くがいい!」


 全てのスクリーンにウエスターの姿が映し出される。
 コンサートが狙われるのは珍しいことではない。しかし、逃げ場を断たれるなんて初めてだった。
 ラビリンスの襲撃は、破壊であって殲滅ではない。被害の大きさの割に、ほとんど怪我人が出ないのが特徴だった。

 中央巨大ステージが割れる。穿たれた穴から植物のようなものが現れる。
 見る見るうちに巨大化していき、全長二十メートルほどの樹木の怪物に成長した。
 両手両足は硬そうな樹皮で覆われており、先端は柔らかな触手状の蔦となって伸びる。本体の中央は二つに割れて
 おり、底の見えない深淵の闇が覗く。
 その闇の中央に、不気味に光る赤い目が動く。
 怪物の左右から水柱が迸る。飛び散る水しぶきと共に、ウエスターとサウラーの両者がソレワターセを挟むように
 登場する。
 トリニティのために用意された演出だった。それは、舞台装置の全てを彼らが掌握していることも意味していた。


「ミユキ! あなたたちも早く逃げて!」
「とにかく化け物から離れましょう。避難する人たちに巻き込まれないようにね!」

「――――みんなは、逃げて!」

「ミユキさん、何を!」
「無茶よ!」
「ダメです! ミユキさん!」


 ミユキは振り返りもせずに、中央ステージを目指す。
 逃げ惑う人々の流れを逆走するように、あちこちに身体をぶつけながら、


 瞳に、決意の光を宿しながら――――



最終更新:2011年05月07日 08:20