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 運命というものが、もしも本当にあるのなら。
 自分はそれに、選ばれなかった人間だと。
 少年は、そう自己評価していた。

 最初は、ただほしかった。
 のけ者にされたことが、悔しかった。
 羨ましかった。運命に選ばれたあの子のように、なりたかった。

 ほしいとねだったものが手に入らなかった時、人が取る選択肢はふたつだ。
 残念だけれど仕方ないと、悔しい気持ちを切り捨てて前を向く。
 そしてもしくは、その悔しさをずっと抱えたまま生きていく。
 少年の場合は、後者だった。

 自分が弱いから、手に入らなかった。
 自分が弱いから、選ばれなかった。
 自分が弱いから――負けてしまった。
 絶対に負けちゃいけないバトルに、惨めに敗れ去った。

 少年は決めた。強くなろうと。
 二度と負けないために。
 いつも強くて格好いい、誰からも頼りにされる"選ばれたあの子"のようになるために。
 血反吐を吐く思いで努力した。弱さを罪と呼んで、強くあることだけを正しさと据えた。
 弱さなんてものは、何かを得るためには重荷でしかない。
 だから捨てた。誰に何を言われようと、すべてに聞く耳を持たなかった。
 強く、強く、強く、強く――いつかの悔しさを濯ぐために。
 少年は、強くなった。
 とても。とても、強くなった。


 そして、当たり前のようにもう一度敗れ去った。


(――ああ)


 なぜ、自分の手はいつも届かないのだろう。
 こんなにたくさん、努力をしたのに。
 強くなって、みんなに嫌われてきたのに。
 それでも、必死で伸ばしたこの手は届かない。
 何かを掴むこともなく、惨めに空を切るばかり。

 どうして。
 なんで。
 自分だけが、いつもこうなのだろう。




(――なんで、俺は)


 羨ましい。
 羨ましい。
 羨ましくて、たまらない。
 強い人が。選ばれる人が。手の届く人が。
 誰にでも好かれて、愛されて、何も変えることなくどこにでも歩いていける人が。
 羨ましい。何故、どうして。こんなに焦がれているのに、どうしてこんなにも差があるのだろう。
 どうして、どうして――


(――なんで、俺は、ああじゃないんだ)


 膝から崩れ落ちたその瞬間、世界までもが崩れていくのがわかった。
 慌てふためく気にもなれず、どこかへ墜落していく感覚に身を委ねた。
 見上げる空、さっきまで自分がいた世界はどこまでも明るく照らされていて。
 ますます、自分という存在が惨めでたまらなくなってくる。
 あっちは、いつだってあんなにも明るいのに。
 なんでこっちは、こんなに暗いんだ。

 羨ましい。
 ほしい。
 あんな風に、なりたい。
 俺も、俺だって、俺だって――。

 堕ちていく願いの星は、ただ昏く。
 暗がりに埋もれるように、死骸の沼へ沈んでいく。
 裂けた酸塊(すぐり)の実が、水面に落ちる。
 ぽちゃん、と泣き言のような音を立てて波紋が広がり。
 溶けるようにして消えていく、その今際に。


 どうしようもなく冥い運命(なにか)が、落ちた果実を水底から見上げていた。


◆◆



 死が満ちる、敗者の集う、骸の世界。
 積み上がった億万の髑髏が、大地を成して。
 その骨肉から出た臭気のような未練が、空を騙る。

 そこで、わけもわからないままに少年は死にかけていた。
 何も得られないまま、失意のまま冥界に落ちてきた哀れな敗者。
 彼の前には今、一体の怪物が立っている。
 どのポケモンよりも屈強で、そして恐ろしい気配を漂わした巨人だった。

 少年はそれを、情けない格好のまま見上げることしかできずにいた。
 それもその筈だ――彼はポケモントレーナーとしては確かに強い。いや、強くなった、というべきだろうか。
 弱さや甘さ、そして優しさ。
 そうした人として大切なものを全部贅肉として排除した彼は、努力の甲斐あってとても強くなっていた。
 今の自分なら"あの子"に勝てると、そう思い上がってしまうくらいには。
 けれどそんな強さも、一個のモンスターボールも道具もないこの状況では何の意味はない。
 所詮彼はポケモントレーナー。共に並んで戦ってくれる仲間たちがいなければ、単なる弱くて脆い五体がそこにあるだけだ。

 尻餅をついて、歯の根が合わないまま自分にとっての死神を見上げる。
 死者を死に還すもの。サーヴァント。
 この圧倒的な"強さ"を前にしては、少年がこれまで磨き上げてきたなけなしの"強さ"など何の役にも立たなかった。
 強さの象徴として変えた外見も、今じゃ余計に惨めさに拍車をかける役割しか果たしていない。

(ああ……死ぬんだ。死んじゃうんだな、俺)

 なんて皮肉だろうと、そう思う。
 いらないものを何もかも捨てて、そうやって強くなった気でいた。
 そんな自分が、今は世界から見捨てられてこうしてゴミ溜めのような場所で終わろうとしている。

 自分は、どこで間違えたのだろう。
 リーグ部の皆にひどいことを言ってしまった時だろうか。
 自分なんかが強くなろうと思ってしまった時だろうか。
 それとも、あの子にバトルを挑んだ時?
 あの夜に、あの子たちの会話を盗み聞きしてしまった時?
 真実(ほんとう)なんて何も知らず、無邪気に憧れてしまった時?

 ああ、そうだ。
 きっと、強くなろうとなんてしなければよかった。
 欲しがったりなんか。上を見上げたりなんか、しなければよかったのだ。

 人には、生き物には、身の丈というものがある。
 弱いなら強いものの後ろに隠れていればいい。
 特別なことなんて望まずに、うたた寝したくなるような穏やかな日々に浸かっていればいいのだ。


 井戸の中のポケモンが大海原を知らないのは悪いことじゃない。
 弱いなら、弱いなりに自分の世界だけで生きていればいい。
 何も欲しがることなんてなく。
 何かに憧れることも、せず。
 ただ与えられた幸福を噛み分けて、日々の安らかさに微笑んでいればそれでよかった。

(考えなくても、わかってたことじゃんか。俺が、おれなんかが……)

 あの子に敵うはずも。
 鬼さまに見合うはずも、なかった。
 頭ではわかってたことだ。
 なのにそれを見ようとしなかった、見ないふりをした、だからこんなことになっている。

(ごめん、ねーちゃん。おれ……バカだったよ)

 振り上げられた、大剣を見上げる。
 刀身が反射した光がやけに眩しい。
 それはまるで、誰からも愛される、強くて格好いいあの子のようで。

(おれなんかが、手なんて、伸ばすべきじゃなかった……)

 網膜へ無遠慮に降り注ぐその光は、どこまでも無神経だった。
 見上げるものの気持ちなんて、何ひとつわかっちゃいない。
 きっと人を羨んだことも、手を伸ばしても手に入らなかったことなんてなかったのだろう。
 まるで物語の主人公(ヒーロー)のようなあの子のことを、少年は、思い出して。
 そして――

(おれ、なんかが……)

 なんだか。
 無償に。

(……………………ふざけんな)

 無償に――すごく。
 すごく、苛ついた。


「ふざ、けんな……!」


 気付けば吠えていた。
 そんなことをしたって無駄だって、わかりきっているのに。



「羨ましかった……! おれだって、おれだって、あんなふうになりたかった!
 鬼さま、ほしかった……! だから強くなった、それの、なにが……!!」

 それの何が、悪いことなのだと。
 弱いものは、下から見上げるしかないのかと。
 そうやって羨んでは、自分じゃ届かないからと諦めていればいいのかと。
 少年は、吠えていた。目の前の巨人に対してじゃない。
 それはきっと、自分を見放した運命への咆哮。
 理不尽に自分を裏切り続けた世界をこそ、彼は今際の際で呪っていた。

 どうしておれはああじゃない。
 おれだって、ああなりたかった。
 あんな風に、なってみたかった。
 だから強くなった。
 強くなりたい。もっと。こんなところで。まだ。

「くそ、ぉ…………っ」

 顔中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、土を握りしめた。
 されど、落ちてくる死の振り子は止まらない。
 少年の命運は、ここで断たれ。
 結局最後まで、彼は誰にも選ばれない。

 それが、彼に与えられた結末で。
 彼に許された、身の丈だった。
 井の中の蛙は蛙のまま井戸で死ねと神が言っている。

 強さを追い求め、焦がれた末の末路。
 身の程知らずの身体は断ち切られ、その無力な五体は死骸になって冥界に朽ち果てる。


 ――その、運命を。
 ――否と切り捨てる、小さな陰(かげ)が、あった。


「え……?」


 恐る恐る開いた視界の先で、少年は、信じられないものを見た。
 天を衝くような巨体で、自分の背丈の倍以上もあるような大剣を振り下ろした巨人。
 その一撃を、何分の一かの小柄なシルエットが受け止めていた。
 巨人の動揺が伝わってくる。大山のような巨躯をどれだけ駆使しても、ものの数センチさえ小人の棍棒を動かせない。



 緑色の半纏を羽織った、ちいさな子どものような姿。
 武器にするのは、なんてことのないただの棍棒。
 そこに蔦を巻きつけて、思いきり殴りつける。
 その姿を、そのかたちに――少年は、スグリは、きっと誰よりも憧れていた。

「あ、ぅ。え、ぁ」

 声が、うまく声になってくれない。
 尻もちをついたまま、ただ見つめるしかできない。
 何故。どうして。ここに――。
 感情が喃語のような音声になって漏れていく。
 そんなスグリの前で、影が、ゆらりと振り返った。

 鬼が、そこにいた。
 ちいさな、ちいさな鬼が。
 棍棒を片手に、そこにいた。
 忘れるはずもない、その姿。
 欲しくて、焦がれて、どうしても捨てられなかった憧れ。
 せわしなく開閉を繰り返す口で、それでも、スグリは呼んだ。



「……………………、鬼、さま………………?」



 それは。
 あの日、彼を選ばなかった運命。

 伝説の鬼、悲しいポケモン。
 夢にまで見た憧れが、そこにいて。
 今にも終わる筈だったスグリの物語を、その棍棒で文字通りつなぎ止めていた。

 見たことのないお面を被っていた。
 白い、どこまでも白い"きつねのめん"だ。
 ずっと見上げることしかできなかった憧れが、今は対等の目線にいる。
 そこに立って、自分のことを見つめている。
 この出会いに名を与えるとしたならば、やはりそれは"運命"と呼ぶべきなのだろう。

 スグリの言葉に、小さく頷いて。
 鬼さまは、小さく鳴いた。
 その鳴き声は、いつか聞いたのとは違って聞こえたけれど。
 そんなこと、大した問題であろう筈もない。
 大事なのはこの鬼がここにいて、自分を守ってくれているということ。
 自分の腕に煌めく狐の顔を模した三画の刻印が、呼応するように赫く輝いていること。

 スグリの、運命が。
 想い馳せ、そして夢破れた憧憬が。
 キタカミの里に伝わる、太古からの伝説が。
 ツタこんぼうを片手に、大地を駆けて戦った勇敢な鬼が。


 ――"お面の者"が、そこにいた。




「鬼さま……おれを、選んでくれたのか……?」

 巨人が、怒り狂って雄叫びをあげている。
 その轟音すら、今のスグリの耳には届かない。
 彼にあるのは困惑と、そして胸の奥から確かにこみ上げる喜びだった。
 渇ききっていた何もかもが、ゆるやかに癒やされていくのを感じる。
 キズぐすりを使ってもらったポケモンはこんな気持ちでいるのかもしれないと、そんなことを考えた。

 スグリの問いに答えることなく、鬼は無言で再び彼に背を向けた。
 けれどそれは、拒絶の意思を示しているわけじゃない。
 スグリだって、ポケモントレーナーだ。
 ポケモンが自分に背を向ける意味。
 背を向けて、敵に向かい合う意味。
 それはもちろん分かる。分からない、はずがないから。

(っ――なにしてんだ、おれ……!!)

 腑抜けた心に喝を入れて、座り込んだ地面から立ち上がる。
 何を呆けている。そんなことしてる場合か。


(おれだって……! ポケモントレーナーだろ!!)


 鬼さまが、指示を待っている。
 トレーナーの言葉を待って、大きな敵に立ち向かっている!
 その事実が、スグリの震える手足に力をくれた。
 震えが止まる。歯の根が噛み合う。
 回らなかった舌は、もう落ち着いた。
 乾いて貼り付いた唇を、皮が剥けるのも構わず一気に開いて。
 そして、そして――スグリは生まれてこの方出したこともないようなありったけの大声で、叫んだ――!


「オーガポン……鬼さま! 『ツタこんぼう』だ――――!!」


 ……キタカミの里に伝わる伝説。
 お面を被った、鬼のポケモン。
 その名はオーガポン。

 それがどう戦うのかなんて、よく知っている。
 だから叫んだ、スグリは吠えた。
 その命令(オーダー)に応えて、小さな鬼が駆け出した。
 嵐と、雷。ひこうタイプと、でんきタイプ。
 ふたつのタイプを兼ね備えるが如く輝いた『ツタこんぼう』が、真正面から巨人の剣に打ち込まれて。


 天を衝くようなその巨体を、紙切れみたいに吹き飛ばした。




「……はは」


 スグリは、笑った。
 笑うしかなかった、と言ってもいい。
 まるで夢のような光景だった。夢にまで見た、光景だった。

 願い、焦がれた鬼さまがここにいる。
 自分の声に応えて、こんな遠くの世界まで駆けつけてくれた。
 今度は、今度こそ、自分のことを選んでくれた。
 その事実に涙がこぼれる。恐怖から歓喜に変わった涙を恥じる必要は、もうない。

「ありがとう、鬼さま……っ」

 ありがとう。
 おれを、えらんでくれて。
 強くなる。強くなろう。もっともっと。
 おれを選んでくれた鬼さまに見合う、もっと強くてすごいトレーナーになろう。
 滂沱の涙を流しながら、スグリはそう決心する。
 そしてもう一度、声を張り上げた。
 今はもう、憧れて見上げるだけの無力な少年としてではなく。
 共に並んで強敵に挑む、ひとりのポケモントレーナーとして、スグリは叫んだ。

「鬼さまっ――行っっけぇえええ! もう一発、『ツタこんぼう』だ……!!」

 有無を言わさぬ連撃で、死神だった巨人を視界の端まで追いやっていく。
 そのちいさな背中を見つめるスグリの眼には、確かな希望の光が灯っていた。
 もう、彼が餓(かつ)えることはない。
 彼は運命に選ばれたのだから。
 今度こそ、もう誰にも負けることはないのだとそう信じる。
 そう、それこそ、皆に愛される強くてすごい"あの子"にだって。

 ひ、ひ。
 スグリは笑った。
 心のままに思いっきり、笑った。

 かつて手の届かなかった誰かに、見せつけるような。そんな、満面の笑顔だった。


◆◆



 男は、息を切らして駆けていた。
 柄ではないと思いながら、それでも足を止めることだけはできなかった。

 男は、お世辞にも褒められた人間性を持ってはいなかった。
 魔術の名家に生まれながら才能に恵まれず、優れた兄姉を羨んで過ごすばかりの日々。
 使うあてもない知識ばかり蓄えて、才能さえあれば、才能さえあればと苦虫を噛み潰すだけの人生だった。
 いつだって優れた誰かを見上げ、俺だって俺だってと羨むばかりの数十年だった。
 だからこそ男は、この冥界に迷い込んですぐさま歓喜した。
 今こそ俺の可能性を示す格好の機会だと有頂天になって、自傷行為のように積み上げてきた知識を総動員して勝利を目指した。

 もう一度言うが、男はお世辞にも褒められた人間ではなかった。
 そう、たとえば。サーヴァントを召喚もできていない少年葬者を見つけるなりすぐさま自分のサーヴァントに殺害の命令を下せる程度には、自分のために他人を犠牲にすることのできる人間だった。

 なのにそんな男が、今はまごうことなき使命感を胸に駆けていた。
 何のために? 決まっている。
 自分がさっきまで殺そうとしていた少年を助けるためだ。
 いや、それだけではない。この世界に生きるすべての人間、そしてこの世界の外にいるすべての生物を救うためにだ。

 男は、合理的な思考回路を有していた。
 だから相棒(トレーナー)のように、サーヴァントの戦う場所までわざわざ繰り出していったりなどしない。
 ある程度離れた位置に身を置いて、なけなしの魔術回路で使える遠見の魔術を使って戦場を監視しながら念話でサーヴァントに指示を下す。
 そんなスタイルを取っているから、すぐに言葉を届けることができなかった。
 今ほど自分の小心を悔やんだことはない。
 もしもあの場に自分が居合わせていたならば、すぐにでも声を張り上げて自分の見たものをあの少年に伝えることができたのに。

 ……あの少年は、"あれ"を鬼と呼んでいた。
 鬼。おに。確かにそうだろう。
 棍棒片手に巨人をなぎ倒す姿は確かに鬼と呼ぶに相応しい。
 だがきっと、いや絶対にそれは真実じゃない。
 断言したっていい。あれが。あんなものが、鬼(オーガ)なんて易しいものであっていいはずがない!


 あれは笑っていた。
 いや――嗤っていた。




 この世のすべて。
 あらゆる命を生き物を、みな平等に嘲笑っていた。
 そういう顔をしていた。白い、死人のように白いお面で。

 自分の英霊たる巨人を文字通り打ち砕いた、"あれ"の顔。
 それは今も男の脳裏に貼り付いて離れなかった。
 こうしている今も歯の根は合わず、股下は失禁でみっともなく汚れている。
 それでも駆けるのは、落伍者なりに、屑なりに持っていた一抹の善性の発露だった。

 あれを、野放しにしておいてはいけない。
 今すぐ、ああ今すぐに死を命じこの冥界を去らせなければならない。
 あれは違う。あれは、この冥界に掃いて捨てるほどいる英霊どもとはまったく話の違う存在だ。
 間違っても、間違ってもあれが聖杯に、かの奇跡に指先でも触れるようなことがあってはいけない。
 そうなった時に何が起こるか、一意専心に知識を蓄え続けたこの脳でさえまったく判断がつかないのだ。

 反英霊?
 シャドウサーヴァント?
 違う、それなら笑えるほど穏当だ。

 あれは絶対に、普通の尺度で測ることのできる存在ではない。
 もっと違う、もっと絶対的に終わっているものだ。
 英霊だとか何だとか、そういうものでさえまずなくて。
 例えるならそう、泥。痰壺。路地裏にぶち撒けられた汚物が腐敗して蝿や蛆が集っているような、そんな救いようのないもの。
 何かを穢すことしかできない、汚泥のような存在。
 だからこそ、男は駆けずにはいられなかった。
 あれが万一にでも、この冥界の外に出ないように。
 あれを自分を選んでくれた運命の鬼(オーガ)だなどと無邪気に信じている少年に、その真実を伝えるために。

 あれが何なのかは、未だにまったくわからない。
 でも断言できることは、やはりひとつだ。
 あれは鬼などではない。絶対に、そんなものではない。
 そう、強いて。強いて言うならば。

 獣そのものの眼を、お面に描かれた眼を細めて笑う貌は。
 鼻がもげるような獣臭を漂わせて、わざわい色の魔力を振りかざす姿は。
 言葉にして形容するのもおぞましいあれは、あれは――――




 どこまでも醜く、そしておぞましい。
 ただの、きつねのばけものだった。



.



































「あ」




 何かにぶつかった。
 すっ転んで、それを見上げた。
 ちいさな影が立っていた。
 白い、白いお面を被っていた。

 お面のはずなのに、ただの仮面のはずなのに。
 その口元を、まるで身体の一部のように"にたぁ"と歪めて。
 きつねのばけものが、笑っていた。


 ――――"白面の者"が、そこにいた。



◆◆





 この世には、陽と陰のふたつの気があるという。
 いわく、世界は原初の混沌が陰と陽の気に分離することで形成された。
 陽の気は、その名の通り上へ。輝きの方へ。
 そして陰の気は、下へ。遥か地の底へ沈み、淀み、わだかまって渦巻いていた。

 そこから、生まれ落ちたいのちがひとつあった、という。
 それは、この世の陰を司るもの。
 この世の陽、輝くすべてを羨むもの。
 恐るべき、恐れられることしかできない、きつねのばけものだった。

 かつて。
 ある少年と妖怪と、その旅路に呼応したすべての光に敗れたばけものは、肉体を失って"世界"そのものへと溶け落ちていった。
 故にそれは、今この時でさえ何のかたちも持っていない。
 陰の気そのもの、完全な純度の悪意と嫉妬で構成された莫大な容量の悪性情報と化して揺蕩っていた、そのはずだったのだ。

 けれど冥界の聖杯戦争は、あらゆる可能性を死者/葬者として招き寄せる。
 死骸の水面にぽちゃりと落ちた酸塊(すぐり)の実は、輝くものを羨んでいた。
 その羨望は、輝きを見上げて肥え太る幼い果実の香気は、揺蕩う陰の気を引き寄せた。
 少年は、魅入られたのだ。運命に、選ばれてしまったのだ。
 本来の未来ならば辿り着く筈もない、決別を果たす筈だった運命に。
 彼の中で育まれてきた悪徳に、いつか光に照らされて昇華されるはずだった陰(かげ)。
 それに滲み入るようにして、ばけものは這い寄ってきた。

 オーガポンは、彼に寄り添って笑っている。
 真実に気付くこともなく、あってはならない形で餓えを肯定された少年の横で有邪気に嗤っている。
 その愚かを、その幼さを、死人の顔に通ずる青さを、嘲笑っている。
 にせもののオーガポンが、鬼に化けたきつねが、哂っている。


 人類悪などであるはずがない。
 これは、愛など欠片も抱いていないから。

 鬼などであるはずがない。
 これは、九つの尾を持つばけものだから。

 でもきっと、運命ではある。
 これは、確かにスグリを選んだのだから。


 "白面の者"は今も眠っている。
 夢見るようにまどろんで、尾のひとつだけを水面に出していつか来るその時を待っている。
 あまねく恐怖と、あまねく絶望。あまねく陰の気が、この白面を染め上げるその時を、待ち焦がれている。
 そしてその時が来たならば。
 すべての陽(ひかり)を覆う陰(かげ)が、ぬらりと水底から這い上がってくるのだ。
 誰もが恐れ、言葉を噤み、真実をさえ覆い隠したくなるようなおぞましい伝説(かたち)を引っ提げて。
 それは、水底からやってくる。地の底、陰の澑まるところから。おぎゃあおぎゃあとそう哭いて、その尾を幽世に靡かせるのだ。




 狐は化かす。人の眼を。
 狐は化かす。人の心を。


 そして見上げる。
 輝くすべてを。
 羨み、嫉み、いつだって叫んでいる。
 名もなきけだものは、今もそこから世界を見上げているのだ。


【CLASS】
アヴェンジャー
【真名】
白面の者@うしおととら
【ステータス】
筋力A+ 耐久A 敏捷B 魔力A++ 幸運E 宝具EX
【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
復讐者:A++
 復讐者として、人の怨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。怨み・怨念が貯まりやすい。
 周囲から敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情はただちにアヴェンジャーの力へと変わる。

忘却補正:EX
 人は忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。
 時がどれほど流れようとも、その憎悪は決して晴れない。
 晴れるはずもない。彼はそれ以外のものを知らないのだから。

自己回復(魔力):A++
 復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。魔力を毎ターン回復する。
 破格の回復量により魔力切れという概念が存在しないに等しい。 

【保有スキル】
悪性情報:EX
 現実を犯す泥。領域を侵食する穢れ。
 恨み、嫉み、悪意、未練……あらゆる悪念の塊。人に害を及ぼすだけの存在。
 アヴェンジャーは原初の混沌から分離した陰の気から誕生した妖怪であり、更に敗北して肉体を失ったことで陰気のみの存在に堕ちた。
 サーヴァントならぬ悪性情報。実体のない、データとしてだけの存在。尾の一本をテクスチャ越しに出すのがせいぜいである。が――



九つの尾:E
 九尾の狐。それがアヴェンジャーの持つ本来の姿であり、この尾は彼にとっての宝具でもある。
 しかし今の彼は実体のなき悪性情報。九つの尾は内の一つを具現化させるのが精一杯。
 きつねのめんを被った、小さな鬼(オーガポン)。
 運命になれなかった少年に微笑む相棒。
 白面の者。

魔力放出(災):A++
 武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。
 絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費は通常の比ではないが、アヴェンジャーの場合性質上そのデメリットがほぼ消滅している。
 扱う魔力は嵐、そして雷。
 都を脅かし、不幸を振りまく、災いの魔。 

【宝具】
『悪性情報・白面の者』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
 白面の者。それは陰の化身たる存在であり、白面を恐れる心はかの者の力に変わる。
 負の感情を内包した攻撃を一律で無効化し、他者からの恐怖を受ければ受けるほど強化され、際限なく強くなっていく。
 実体なき悪性情報である白面は、この恐怖を糧に肥え太り、血と肉を殖やして羽化の時を待つ。
 形なき泥が形を得るほどに恐怖が満ちたその時、陰気の雫は現実へと滲出する。

 ―――大妖怪、陰の王。白面の者、降臨の時である。

【weapon】
『ツタこんぼう』

【人物背景】

 白面の者。
 憎悪。嫉妬。
 名もなき、きつねのばけもの。

【サーヴァントとしての願い】
 冥界に蘇り、すべての願いを糧に再び生者の国へ踏み出す。

【マスターへの態度】
 利用対象。
 良き、餌。


【マスター】
 スグリ@ポケットモンスタースカーレット・バイオレット

【マスターとしての願い】
 元の世界へ帰りたい

【能力・技能】
 勝利への執着。幼く、濃密な嫉妬心。
 陰の気を強く宿した、きつねの餌。

 かなめいし。

【人物背景】

 ブルベリーグチャンピオンとして主人公と戦い、敗北した直後からの参戦。
 運命に選ばれなかった少年。

【方針】
 当分は調査と、降ってくる火の粉を払ってまわる。
 無差別に誰彼かまわず殺し回るのにはさすがに躊躇がある。

【サーヴァントへの態度】
 鬼さま。自分を助けにやってきてくれたことに強い感謝と充実感を抱いている。
 その戦いぶりはスグリの心を打ち、自分はもう"選ばれなかった者"なんかじゃないのだと実感させてくれる。
 少しの違和感はあるけれど。まあ、些細なことだ。

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最終更新:2024年05月17日 01:45