男の話をしよう。
 男は正義の味方になりたかった。正義の味方になれなかった者の未練を継ぎ、男は正義の味方であろうとした。
 運命の出会いを経て、戦争に身を投じ、そうして男は一つの選択を迫られた。
 正義の味方であることを諦めるか、貫くか。男は鉄の心でもってその手を血に染め正義の味方であることを選んだ。
 それからも男は正義の味方であり続けた。世界を蝕む淫婦、そしてその女を支持する民衆を相手どっても正義を貫き続けた。――その過程で、騙されているだけの無辜の民を手にかけても、彼の日常の象徴であった者をその手にかけることになってしまっても。

 その果ては、なんとも哀れな物に過ぎなかった。

 淫婦は男の決意を嘲笑うかのように、その手にかかることなく自死を遂げる。
 殺戮の末に囚われた男は法の裁きを受ける事もなく、その実力を惜しまれた政府により表向きは存在を抹消され名もなき公共の正義として政府の抑止力となった。
 かつて抱いた志を忘れ、感情は希薄になり、虚無を抱え続け、鉄心は腐り果てていく。
 そうして男はある任務を境にその姿を何処かへと消えさった。

 これは、そんな終わった筈の男の蛇足の話だ。

 どこかの倉で男が意識を取り戻す。
 自分が何者であったのか、辛うじて覚えている。
 自分が何をしていたか、朧気だがくだらないものだったという自覚がある。
 ここはどこか、酷く見覚えのある場所ではあるが男がこの場所で目覚めることはありえないとう確信を持っている。
 そして、男の眼前には一つの影が立っていた。
 小山の様な筋骨隆々の男だった。纏われた襤褸の様なマントの隙間から死神の如く赤く光る瞳が覗いている。だが、なによりも異質なものは体の至る所に装着された刀剣だろう。形状・刀身・雰囲気、そのどれもが異なる無数の魔剣。その出で立ちを一言で形容するならば剣鬼と呼ぶのが相応しいおぞましさだ。
 男が僅かに眉根を寄せる。かつての、とうに忘れたと思っていた記憶が錆びついた脳髄の底から染み出てきた。例え腐り果てたとしても完全に忘れ去ることなど出来なかった、運命との邂逅。反射的に、男は口を開いていた。

「セイバー、のサーヴァントか?」
「ああ、そういうものらしい」

 男の言葉に淡々と剣鬼は応えた。
 夜の闇を照らす月の光が倉の入り口から入り込み、剣鬼の背から照らす。かつて、男が剣の英霊と出会った場面を再現するかのように。

「問おう、お前が俺のマスターか」
『問おう、貴方が私のマスターか』

 あの時と同じ問いかけに腐り果てた男、衛宮士郎と呼ばれていた名無し(ロストマン)は、愚直に正義の味方であろうとした時分、騎士王たる女性と出会った時であれば決して浮かべることなどなかった皮肉気な笑みをその顔に浮かべた。


 決着はあっという間だった。
 標的はセイバーとランサーの二人、相応の実力者だっただろう。
 まず、彼らのマスターが狙われた。遠距離からの銃撃により二騎の騎士はそれぞれのマスターを護ることに意識を向けてしまう。それが命取りとなった。
 己が主の銃撃を合図に駆けだした剣鬼が20mは先にいるセイバー目がけて細剣を抜き打つと、遥か彼方にいた筈のセイバーの脳天に穴が穿たれる。無論、致命傷だ。
 同盟相手が屠られたランサーが激昂しながら槍をなぎ払うがそれは跳躍しながら躱され後方へと回られる。
 霊基が消滅していく最中のセイバーの真横へと降り立った剣鬼が、セイバーの携えていた両刃の西洋剣を掴みあげた。するといかなる異能か、粒子となって消滅するセイバーを尻目に彼の得物であった剣だけが消滅を止め元の形を保って剣鬼の手に収まったではないか。
 僅かな期間とはいえ仲間であった者から武器を強奪するという行為にランサーは額に青筋を浮かべて牙を剥く。怒りを力へと変えながら真名を解放しようとし、驚愕に体を強張らせた。

「■■■、■■■■」

 剣鬼が強奪した剣の真名を口にする。
 ありえないことだ。真名を口にしたということはその宝具の本来の性能を発揮できるということだ。如何にして剣鬼がセイバーの宝具と真名を知りえたというのか、いや、知りえたとして他者の宝具の解放など余程縁の深いサーヴァント同士でもなければ出来よう筈がない。しかし彼の眼前に確たる事実として他者の宝具を解放してみせた剣鬼がいる。
 その動揺・驚愕・困惑が致命的な隙となった。剣鬼の強奪した剣から放たれた光弾がランサーの胴体を穿ち焼失させる。
 恨み言を呟きながらランサーの霊基もまた粒子の塵となって消滅していき、そこで大勢は決した。
 真名解放の影響か今度こそ霊基が崩壊していく剣を見やった後に、剣鬼は今しがた自身が屠った二騎の英霊が守ろうとしていた者達へと向き直ろうとした矢先、二発の乾いた音が鳴り響きドサリと何かが倒れる音が続けてする。
 剣鬼が音のした方へ視線を向けると、いつの間にそこにいたのか彼のマスターである士郎がその仕事を終えていた。手にした拳銃から紫煙が立ち上りその傍らには物言わぬ死体となった物が二つ転がっている。

「周囲にサーヴァントの気配はない。ひとまず今回の戦闘はここで終わりだろう」
「そうか」

 セイバーの言葉に淡々とした声色で士郎が返す。一仕事を終えた剣鬼に労いの言葉もないが、彼は特に気にした様子もない。
 聖杯戦争の概要を把握した後、衛宮士郎が選択した方針はこれまでの彼が歩んできた方法をなぞる物だった。
 聖杯という危険物の破壊、そして聖杯に願いを託そうとしている者達の殺害である。
 相手が誰であろうと、どんな願いであろうとも平等にすべてを否定し殺す。数多の死を積み重ね血塗れの道程を歩んできた自身にはそれ以外の選択肢など許されるものではないと士郎は結論づけていた。
 士郎にとって幸運だったのは彼のサーヴァントである剣鬼、おぞましきトロアがその方針に異を唱えなかったことだろう。
 まず最初に願いを尋ねられた時、トロアは士郎に願いはないと答えた。生前、おぞましきトロアとしてすべきことを行えた彼に聖杯に賭ける程の未練はなかったのだ。そのうえで士郎の目的を聞いた時にトロアが思い出したのは彼の義理の父である本物のおぞましきトロアのことである。魔剣によってもたらされる災いの抑止力と自己を定義し、関わる物を全て殺して回った先代のトロアの姿が聖杯を破壊すると宣言した士郎に重なって見えた。
 恐らく自分が呼ばれたのはそういう縁もあるのだろうと自分の中で納得し、トロアは二つ返事で士郎の方針に賛同したのだ。
 交わす言葉すらなく士郎は路地裏の闇にその身を隠し、追従するようにトロアの姿が霊体化により姿を消す。後には死体だけが残された。



 夢を見ている。自分とは異なる者の人生という名の夢を。

 おぞましきトロアと俺に名乗ったサーヴァントらしき男が、奴の腰ほどもない背丈の小男と食卓を囲んでいる。その会話から小男こそが本来のおぞましきトロアであり、あいつはヤコンという名の男であるらしいことは理解できた。
 真のトロアは争いを生む魔剣という道具をそれに関わる全てを皆殺しにし収奪を行い、魔剣を不吉なものと認知させ関わろうとする者をなくすことにより抑止力足らんとしたようだった。目撃した罪のない民すら殺したと呟くその声色に後悔の念を感じとる。

 ――脳裏に、あの女を守るために自分に立ちはだかった人々が脳裏を過る。そして銃口を俺へと向けたあの人も――

 トロアは魔剣の抑止者であることを自分の代だけで終わらせると口にした。自分の行いは誤りであると。正義感から端を発した行いは血に濡れ後悔に満ちた取り返しのつかない物に成り果てたと。
 だが、ヤコンはトロアの言を否定した。

「……俺は父さんの息子だ。父さんのやってきたことを間違いだなんて言わない」
「そうか。ありがとう」

『――そうか、安心した』

 義息の言葉に穏やかな表情を浮かべるトロアが、一人の男と重なった。

 視界が暗転し、映る景色が変わる。
 新しく映った光景は一言で言えば死地だった。
 上空から急襲する飛龍を迎え撃つのは剣の丘の最中に立つトロアの姿。その姿に微かに既視感を覚える。
 地面に刺さった無数の剣と飛龍が繰り出す多種多様の秘宝の応酬が始まる。互いに実力は伯仲し一つ何かが誤っただけで瓦解するであろう絶妙な拮抗状態が生まれていた。
 そして決定的な瞬間が訪れる。飛龍に強奪された光の刃がトロアの上半身と下半身を両断し、そして勝利を確認する事もなく飛龍は死地から飛び去った。残されたのは無力に震えていたヤコンと死に行くトロアだけだ。
 己の無力と怯懦を嘆き、謝罪をしながらもヤコンが続ける。

「父さん……!父さん!俺がやる!俺が、光の魔剣を取り返す!父さんの後を継ぐ!全部、大丈夫だから……!父さん!」

 涙に濡れながら決意を口にするヤコンを前に、自分の代で伝説に幕を降ろそうとしていた筈の男はどこか嬉しそうな、穏やかな笑みを浮かべて事切れた。
 そうしておぞましきトロアは死んだ。伝説といえど誰も無敵ではない。だが、その伝説の意思を継ぐ者はいた。ヤコンはトロアとなった。今はあの男こそがおぞましきトロアであった。

『うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。』
『まかせろって、爺さんの夢は
────俺が、ちゃんと形にしてやっから』

 月の光る夜の下でした約束が脳裏にフラッシュバックする。とうに忘れたものだと思っていたが、存外しつこく残っていたらしい。もっとも、そんな志など腐りきった俺にはもはや意味のないものであるのだが。
 だが、なるほど。こんな俺にあてがわれるにしては随分と人の出来たサーヴァントだと思っていたが、合点はいった。ある意味では縁召喚と言えるのかもしれない。
 もっとも奴の口ぶり、そして奴の武器の中にあった光の剣らしき剣からしてしっかりと『おぞましきトロア』を完遂して終われたようではある。そんな男を正義の味方の成り損ないに充てるとは、いやはやここの聖杯に意思があるとするならばさぞかしいい性格をしていることだろう。

 次第に俺の意識がぼやけていく。目覚めが近いのだろうか。
 果たして目が覚めた俺はこの夢で見た物を覚えているだろうか。まあ、どちらでも構わないな。
 ここで見た物がなんであれ、俺がやることは変わらない。先代のトロアと俺は同じだ。
 今更この在り方を変えようなど許されない。そうやって俺は生き、終わった男だ。
 だからここでもそうやって生きてそうやって終わりを迎える。俺はそれでいい。

 名も失った死人が最後に骨をうずめるのが冥府だなんて、こんなに似合いの話もないさ。


【CLASS】
 セイバー

【真名】
 おぞましきトロア@異修羅

【性別】
 男性

【属性】
 秩序・中庸

【ステータス】
 筋力A 耐久A 敏捷B 魔力D 幸運C 宝具D

【クラス別スキル】
対魔力:D
 魔術に対する抵抗力。詠唱が一工程(シングルアクション)の魔術を無効化。魔力除けのアミュレット程度の耐性。

騎乗:B
 乗り物を乗りこなす能力。Bランクでは、大抵の乗り物は乗りこなせるが、幻想種は乗りこなせないレベルである。

【固有スキル】
心眼(真):C
 修行・鍛錬によって培った洞察力。
 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
 逆転の可能性が数%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

仕切り直し:C
 戦闘から離脱する能力。
 また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。

怪力:C
 一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。
 使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。

魔剣士:A
 数多の魔剣を自在に使いこなす剣士に畏怖とともにつけられた称号。
 自身の所持する無数の魔剣を使用した判定に有利な補正を得、また最適な魔剣を最適なタイミングで使用できる状況判断能力を持つ。

【宝具】

『ワイテの死神は死せず(おぞましきトロア)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
あらゆる魔剣・聖剣に『使われる』才能が宝具化したもの。初見であろうともそれが魔剣であるならばトロアは十全にその剣の性能を引き出すことが出来る。対象の剣を強奪し本来の使い手と同じ、あるいは本来の使い手以上にその性能を引き出して使用することが出来、真名解放すら可能とする。ただし本来の使い手ではない関係上、真名解放までした場合は代償として開放後に強奪した剣は消滅する。
魔剣というがこれはセイバーの世界において魔剣という呼称が使われているだけであり、聖剣など魔剣以外の呼称を持つ刀剣であってもこの宝具の対象となる。

それはかつての怪談に等しい技量を持ちながら、それを遥かに上回る膂力を持つ。
それは長き時代の全てよりかき集めた、無数の魔剣を所有している。
それは本来の自我すら超えて、全ての魔剣の奥義を操ることができる。
冥府の底よりなお蘇る、呪いの運命を取り立てる死神である。

魔剣士。山人。

おぞましきトロア。

【weapon】
魔剣:おぞましきトロアが所持する無数の魔剣。一振りごとに固有の特異能力をもつ

【人物背景】
魔剣の所有者の前に現れ、所有者と目撃者を殺戮して魔剣を奪っていくという伝説上の存在。先代のおぞましきトロアではなく、彼に両親を殺された後に養子となった聖域のヤコンというドワーフが死亡したトロアの名とその使命を受け継いでいる。
魔剣を狙う物や敵対者に対しては容赦も慈悲もないが本人の平素の性格は純朴で善人寄りである。

【サーヴァントとしての願い】
 ない。聖杯は破壊し聖杯で願いを叶えようとする者も排除する。かつてトロアが魔剣を奪い纏わる者を皆殺しにすることで血濡れの平和を築こうとしたように。

【マスターへの態度】
 悪感情は持っていないが厭世的な態度のマスターに対して持ち前の人の良さから心配をしている。


【マスター】
 衛宮士郎@Fate/Grand Order ‐Epic of Remnant‐ 亜種特異点EX 深海電脳楽土 SE.RA.PH

【マスターとしての願い】
 聖杯は破壊する。願いを叶えようとしている参加者は全て殺す

【能力・技能】
 投影魔術:物を投影して作り出す魔術。干将・莫耶という双剣を銃器に改造したものを良く投影して武器として使用する。

【人物背景】
 衛宮士郎のIF。鉄の心を持つことを選んだ世界線の成れの果ての一つ。
 ある女性が興した新興宗教の危険性に気付き、自分の信念を曲げて無辜の民や衛宮士郎にとっての日常の象徴すらもその手にかけながらも首魁である女性に死に逃げをされ、決定的に道を違えたことによって魔道へと堕ちた。
 その後は政府との取引によって秘密裏に活かされ「公共の正義」として政府の抑止力となって殺戮を繰り返し、摩耗し、最後はその姿を晦ませた。
 性格や口調こそサーヴァント:エミヤ・オルタに近いが彼はサーヴァントではなく生きている人間であるためFGOの様に霊基再臨による霊基崩壊や記憶の喪失および混濁は発生しない。

【方針】
 全参加者に対して敵対的。だまし討ちを前提として同盟などは考慮する。

【サーヴァントへの態度】
 聖杯戦争を勝ち抜くために必要な道具としては信用している。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2024年07月16日 21:15