まるで生霊だ。
少年の姿から抱いた第一印象はそのようなものだった。
眦がやや垂れ気味の双眸に覇気はない。というより光がない。かと思えば鋭さだけは何故か人一倍にある。まるで眼球の代わりにクレバスが走っているかのような暗闇だ。日本の諺には『目は口ほどに物を言う』とあるが、こんな目では彼が何を考えているのかを推し量るのは不可能である。両目の下部は隈で黒ずんでおり、少年が漂わせるマイナスなイメェジをより一層際立たせていた。
体格は平凡。同世代の子供よりも非力にさえ見える。背中には長大な袋を背負っており、おそらく中に武器類を収納しているのだろうが、仮にそこから何かを取り出したところで、両の腕で満足に振り回せるか怪しく思えた。
そして何より──その身に纏う得体の知れない不気味さよ。
オーラと呼ぶべきか、気配と呼ぶべきか──少年と同じ空間にいるだけで、生温い粘性の液体でぬるりと満たされた浴槽に全身が浸かっているような不快感があった。
不吉。
不安。
不運。
不快。
不健康。
不気味。
そして──死。
どれだけ語彙を尽くしても、ポジティブな単語はひとつも出てこない。
まるで、生きながらに死んでいるような──
見る者にそんな印象を抱かせる少年だった。
「──はずだよな」
地面に仰向けで横たわりながらランサーは呟いた。
夜の空気で冷えたコンクリートに体温を徐々に奪われる感覚は不快である。ならばさっさと起き上がればいいのではないかと思われるかもしれないが、そうはいかない。
ランサーは下半身を失っていた。
つい数分前まではこのような姿ではなかった。健全だった両の足で東京の大地を踏み進んでいたランサーは、その最中に少年と遭遇。当初は少年が放つ不気味な気配に面食らったものの、少年がサーヴァントを引き連れておらず、霊体化や気配遮断といった小細工を弄しているようにも見えなかったため方針を襲撃に切り替えた。聖杯戦争におけるサーヴァントの不携帯は最重要武力の欠落と同義である。見るからに厄介な競合相手を盤面から排除するのに、これ以上の好機はあるまい。
そのような思索の末にランサーは少年を急襲し。
幾度かの攻防を交わし。
その最中に少年が背嚢から取り出した大振りの日本刀によって、腰を横一文字に切り離されたのである。
「…………」
下手人である少年は、何を言うこともなくランサーを見下ろしていた。
戦闘に勝利した直後だというのに両目には他者を打ち負かした高揚も、敗者への嘲りも籠っていない。感情がない、というわけではないのだろう。戦闘そのものに意味を見出す感性が欠如しているだけだ。
少年は普通の人間ではなかった。
理外の肉体強化で見てくれ以上の身体能力(パフォーマンス)を発揮していたし、同様の強化を施したのであろう日本刀はランサーの槍と打ち合える性能を有していた。戦闘中に少年に負わせた、普通なら活動の続行が不可能になる傷も、どういうわけか一瞬後には消えていた。
現代生まれの青二才じみた風貌をしていながら、その内には途轍もない異能を抱えていたのである。
サーヴァントも伴っていない単騎でこの戦力──少年は間違いなくこの聖杯戦争における『上澄み』だった。
そんな思考と共に、ランサーは口元に笑みを浮かべた。相手の力量を正しく見極められなかった己に向けた嘲りだった。
そして──槍に手を伸ばす。
肉体の五割近くが欠損した今、掴んだ槍を杖替わりにしたところで立ち上がれるはずがない。
だけど。
それでも。
「このまま終われるか」
腕が動き、その先に得物があるのなら──最後の一撃くらい放てるはずだ。
「せめて手前が必死になってサーヴァントを呼び出したくなるくらいには、ドデカい一撃をお見舞いしてやるよ」
戦略の問題ではない。
ランサーが敗れた今、彼の主(マスター)の敗退も確実となった。ここからどう足掻いた所で、それが覆ることはない。
いま彼を突き動かしているのは、ただの意地。
自分の聖杯戦争を「たったひとりのマスターに敗れた」で完結させない為の終活だ。
これから放たれるは通常の宝具に非ず。
壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)──『宝具の破壊』という対価(しばり)を払うことで本来以上の火力を発揮する必殺技だ。
更に支払う対価は宝具だけではない。
どうせ遠からず消滅する身なのだ。この際、残存していた全魔力を一滴残らず注ぎ込み、霊核さえも対価にしてみせよう──そのような覚悟を固め、ランサーは槍を握る手に力を籠めた。
そうして完成したのは字義通り必殺の奥義。たった一投で少年の命を奪って余りある威力を有する破滅の槍である。
ランサーは背筋の力だけで地面から跳ね上がり、最後の一撃を射出せんと振りかぶる。
そして──
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■■■■■■■「ねェ」■■■■■■■
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冥府の奥底から囁くような声。
今や半分になった肌が粟立ち、戦闘中でもかかなかった量の冷や汗が流れた。
同時に、背後から腕が現れる。
ただの腕ではない。
怪物の腕だ。
その表皮に血色はなく、死人のように青白い。しかし力が感じられないかというとそのようなことはなく、むしろ活力(エネルギー)に満ちた大木の幹を思わせる巨腕である。そんな腕がランサーの体を包む。少女が遊びで花を摘むように無造作な動きだったが、全身全霊を掛けた彼の一投を急停止させるにはそれだけで十分だった。
「なにしてるのォ?」怪物は問う。
「いま終わったところだよ、リカちゃん」親し気な口調で返す少年。
ランサーは自分を掴んだ者の正体を探るべく、首から上だけを動かして振り返り──すぐに後悔した。
目に映ったのが心胆を寒からしむる化物だったからだ。
大きく裂けた口。その中には乱杭歯がぎっしりと生えており、聞く者の頭蓋を内から掻き毟るような声を奏でている。本来なら口から上にあるはずの鼻や目は無く、のっぺらぼうのようだった。後頭部からは髪の代わりに得体の知れない斑模様の管が何本も伸びている。
一目で分かる異形、異様、怪異──気の弱い者が直視すれば、それだけで心臓が止まりかねない外見だ。
これが少年の従えるサーヴァント?
否。
違う。
これは……、こんなものは【英霊】ではない。
もっと悍ましく、恐ろしく、呪いに満ちた【何か】だ。
ならば──結局。
少年のサーヴァントはどこにいるのだろう?
「あ……」
消滅まであと数舜、今際の際になってようやく気付く。
「……あれ、は」
東京の街を覆う夜空。その一角に聳え立つ高層ビルの屋上から、こちらを見下ろす人影に。
同類だから分かる──サーヴァントだ。
位置関係から察するに、一瞬、少年のサーヴァントかと思ったが──確信は持てない。
だって──放っている気配があまりにも違いすぎる。
少年が暗闇だとしたらあれは光。
夜空に瞬き、銀河を照らす星々にも似た鮮烈な気配で、それは夜の屋上に佇んでいた。
◆
「ふーん。もう終わったんだ」
高層ビルの最上階から一部始終を眺めていた少女は少年──乙骨憂太の付近に降り立つ。
流れ星のように俊敏で、舞い落ちる花びらのように柔らかな着地だったが──この場合、比喩に真っ先に使いたくなるのは流れ星でも花びらでもなく『天使』であろう。
誰が見てもそう思うはずだ。
少女の姿は天使そっくりなのだから。
頭上に浮かぶ天輪(ヘイロー)。腰から生えた白い羽──まさに聖書に語られる天使そのものである。
「『聖杯(ホーリーグレイル)』なんて仰々しい名前が付いている戦争だから、どんな強敵が登場するのかと思っていたけれど……、大したことなかったね」
「そうでもありません」
刀を鞘に納めながら乙骨は言う。
「僕に反転術式がなければ勝っていたのは彼の方だったし、リカちゃんがいなかったら最後は危なかった──限り限りの戦いでした。僕はただ、恵まれていただけに過ぎません」
「へえ」
「初戦でこれだ」
乙骨は少女を見つめて言う。
訴えかけるような視線だった。
「これから戦いが進めば進むほど敵はより強くなる。いつか僕とリカちゃんだけではどうにもならなくなる。だから──」
「だから──私に協力してほしいって言いたいの?」
これまで特級呪術師として多くの猛者と出会ってきた乙骨には分かる。
少女の強さが。
彼女の協力があれば聖杯戦争をより潤滑に進めることができるだろう──しかし。
「はっはー、無理無理」
少女のモチベーションは高くなかった。
「こんな霊基(クラス)で召喚されてやる気出せって方が無理な話じゃんね──まあ魔術師(キャスター)で呼ばれるのに比べたら、遥かにマシかもしれないけど」
やる気が出ない──人理に名を遺した豪傑が一騎の発言とは思えない口ぶりだ。
己の情緒を第一に掲げ、考えなしに吐き出した言葉が周囲にどのような影響を及ぼすかを想像できていない。きっと、今しがた口にした台詞すら、暫く経てば忘れてしまっているだろう。
まだそこらの小学生の方が思慮深いというものだ。
「それに私とは真逆なタイプのあなたが上(マスター)っていうのも気に食わないし」
「じゃあ僕が下の立場でいいですよ。マスターの肩書が似合わないなんて自分が一番思っていますし……」
「なにそれ。卑屈すぎて引くんだけど。それとも逆ギレ? こっわー」
「…………」
まともなマスターなら早々に縁切りを視野に入れること間違いなしの問題児。それが、乙骨憂太の元に召喚されたサーヴァントだった。
「そもそもさあ」
少女は言う。
「あなたが勝ち残りたい理由って何? 死にたくないから?」
「え? どうして? 自分の命なんかの為に戦うって、おかしくないですか?」
少女は一瞬、先ほどのような口先だけではない本気の『引くんだけど』な表情を見せた。
「じゃあ……、どうしても叶えたい願いがあるとか?──あなたの言うリカちゃんが関係していたりして」
「それは──」
暫くの無言を経た後、少年は言った。
「──既に叶えました」
乙骨憂太はかつて、愛する人の死を拒んだ。
だけど、それは間違っていた。
幼心に祈り、そして叶えてしまった願いは結果として愛する人の在り方を歪め、多くの人を傷つけたのである。
だから──乙骨は聖杯に願いを託さない。
超常頼みで叶えた私欲がどんな悲劇に繋がるのかを、思い知っているのだから。
「そもそも僕は最後まで勝ち残ろうとは思っていません。この結界(コロニー)……なのかな? とにかく聖杯戦争の会場から脱出して、元の世界に戻りたいだけなんです」
「なーんだ。あれだけ色々言っておいて生還希望? 結局は自分の為ってこと?」
「先生の為です」
「────」
あれだけ口を挟むのに忙しなかったサーヴァントが初めて黙った。
というより。
息を呑んだ。
「ここでその言葉が出てくるのを予想できなかった」──とでも言いたげな驚き様だった。
「先生は僕がとても苦しんでいた時に助けてくれた」
打ちたての刀剣のように固く、熱の籠った声で乙骨は言う。
「これからあの人が戦おうとしている時に……助けることも、支えることも、代わりになることもできないなんて──絶対に嫌だ。だから早く戻らなくちゃいけないんです。元の世界に」
「………………………、わーお」
必死な乙骨に対し、少女は驚きつつもどこか得心しているような反応を返した。
「そっか。うん、そういうことなんだね。『どうしてこんなマスターの元に呼ばれたんだろう』って不思議だったけれど──」
【ミカは魔女じゃないよ】。
どうしようもなく不安定だった自分を救ってくれた、大切な一言──それを言ってくれた『先生』を少女は思い出す。
「──私たちって似た者同士だったんだ」
それはちっぽけな、縁と言えるかも怪しい繋がり。
それでも少女にとってそれは、乙骨と自分を重ねるのに十分な理由だった。
「おっけー!」天真爛漫な声で少女は言う。「いいよ、マスターくん。あなたを助けてあげる」
「え」急な承諾に驚きを隠せない乙骨。「ありがとうございます。……でも、なんで急に?」
「べっつにー? 大した理由なんてないよ。ただ──」
少女は言う。
にっ、と。
お姫様のように素敵な笑顔で。
「『自分の為になら戦ってあげてもいいかな』って思っただけ☆」
こうして。
冥府と化しつつある東京都に新たな主従が降り立った。
主(マスター)、乙骨憂太。
最強の呪術師・五条悟に次ぐ。
現代の、異能。
そして従者(サーヴァント)。
位階(クラス)、狂戦士(バーサーカー)。
真名、聖園ミカ。
奇跡犇めく箱舟にて燦然と輝く。
至上の、神秘。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
聖園ミカ@ブルーアーカイブ
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力A+ 耐久A 敏捷C 魔力B 幸運D 宝具B++
【クラススキル】
狂化:E+++
通常時のバーサーカーはこのスキルのランクが低く、従来のバーサーカーのように狂化で話が通じないということはない。精々がワガママな気分屋程度。
精神判定に失敗する度に本スキルのランクが上昇──暴走する(ステータスは最初から上記通りの高さに設定されている)。
他クラスでの召喚時、このスキルは【裏切りの魔女】(【無辜の怪物】の類似スキル)として発現する。
少女じみた不安定な精神性に由来するスキルだが、彼女の胸の奥にかつて自分を救ってくれた『あの言葉』がある限り、このスキルが実質的に機能することはない。
【保有スキル】
ティーパーティー:E
超巨大学園都市キヴォトスにおいて三大学園に数えられる一大勢力、トリニティ総合学園。
その中で主要な三つの派閥によって組織される生徒会こそが『ティーパーティー』である。
本来ならば所有者がスキルランクに応じたカリスマや軍略などを保有していることを示し、派閥の構成員をサーヴァント未満の霊基で呼び出して戦略的な運用を可能とするスキルなのだが、元来小難しい政争を不得手としていたバーサーカーにとってそれらの能力が元から高いはずもなく、また、彼女は生前に自らが起こした事件により『ティーパーティー』の座を追われた為、名ばかり程度のランクでのスキル所有に至っている。
星の呼び声:EX
バーサーカーが有する神秘。
バーサーカーは頑強なキヴォトスの生徒の中でも抜きん出た戦闘能力(ステータス)を持つ。怪力、頑強などの複合スキル。
あと隕石を落とす。
戦闘続行:B++
往生際が悪い。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。
【宝具】
『あの魂に祈りを(キリエ・エレイソン)』
ランク:B++ 種別:対人・対軍宝具 レンジ:10 最大捕捉:1
Kyrie Eleison。
幾つもの弾丸の連射の末に対象を中心として超新星爆発じみた爆発を発生させる。これら一連の攻撃は対象の残り体力が多ければ多いほど威力が増加する。
高火力の宝具だが、その分消費される魔力量(コスト)は甚大であり、そう簡単に連発できるものではない。
【weapon】
バーサーカーが愛用するサブマシンガン。
何の変哲もないサブマシンガンをデコレーションしたもの。暗闇の中でも星のように輝く特別な外観を持つ。
いつでもどこでもミカのために活躍する。
【人物背景】
かつて裏切りの魔女と呼ばれ、悪役に身を落とし、そして──ささやかな、けれども劇的な救いを得た少女。
【サーヴァントとしての願い】
特に無いが、今は機嫌がいいのでマスターに付き合ってあげてもいい。
【マスター】
乙骨憂太@呪術廻戦
【マスターとしての願い】
聖杯戦争の解決。元の世界への帰還。
【weapon】
【能力・技能】
人から流れ出る負のエネルギー・呪力をコントロールし、術式を運用することで常人から隔絶した異能を揮う者。
呪力総量が凄まじく、現代最強の呪術師と名高い五条悟を上回るほど。その呪力量に裏打ちされた強化術により肉体(フィジカル)と耐久(タフネス)を強化し、刀を用いた肉弾戦を得意とする。
また乙骨は負のエネルギーを掛け合わせることで正のエネルギーを生み出し、注ぎ込んだ対象の傷を回復する『反転術式』も会得している。
かつて乙骨に憑いていた特級過呪怨霊・祈本里香とは似て非なる式神のような存在。
その正体は里香の成仏後に残された外付けの術式と呪力の備蓄である。通常顕現の時点で並大抵の式神を上回る支援能力を持っているのだが、その真価は乙骨が指輪を通して『リカ』と接続したときに発揮される。
接続持続時間である5分の間のみ『術式の使用』『「リカ」の完全顕現』『「リカ」からの呪力供給』が可能となる。
『リカ』と接続している5分の間だけ、他者の術式を模倣(コピー)することができる。
本企画の乙骨は新宿における五条悟と両面宿儺の決戦直前にあたる時系列から呼び出されているので、包蔵(ストック)されている術式もその時期に相応しいものとなっている。
呪術の極致、領域展開。呪術師にとっては文字通りの必殺技に相当する代物。
乙骨憂太の領域は巨大な水引によってぐるりを囲まれ、無数の刀が突き刺さっている建築物の骨組みという形で展開される。その効果はこれまで模倣(コピー)し包蔵(ストック)している術式の中からひとつ選択し、必中術式として結界に付与するというもの。それ以外の術式は領域内の刀にランダムに宿っており、乙骨だけがその効果を引き出すことができる。どの刀にどの術式が宿っているかは乙骨も刀を手にするまで分からない。刀は一度術式を開放すると消滅するが、使用可能な本数に制限はない。
【人物背景】
呪術高専東京校の二年生。日本に4人しかいない特級呪術師のひとり。
温厚で仲間思いの性格をしている優しい少年なのだが、その反面、自分自身への関心が極めて低い。
最終更新:2024年05月28日 19:00