「創生せよ、天に描いた星辰を───我らは煌めく流れ星」
餓えた獣のように四肢を繰り、謳うように断罪刃を鳴らす。
中点を越えた太陽の下、アサシンは影の如き軌跡を残し、獲物を目掛けて円を描くように疾駆する。
「――――――」
対するは漆黒の甲冑を纏う少女騎士。
セイバーはその手の黒剣に魔力を滾らせ、一撃を以って返り討ちにせんと待ち構える。
「輝く御身の尊さを、己はついぞ知り得ない。尊き者の破滅を祈る傲岸不遜な畜生王」
紡がれる詠唱。徐々に詰められる互いの距離。
先制を仕掛けたのは―――やはりアサシン。
自身の背後へと回ったアサシンへの視線を切らすまいと、セイバーが首を回したその瞬間に合わせて投げナイフを投擲。
直後に速度を一段上げてセイバーの視線をすれ違う様に躱し、即座に方向転換。セイバー目掛けて加速する。
――同時にセイバーが動く。
首どころか全身を回転させて瞬時にアサシンを再補足。
回転により生じた捻りを利用し剣を薙ぎ払い、荒れ狂う魔力を放射する。
先んじて投擲したナイフは、その余波だけで吹き飛ばされた。
(チッ、読まれたか)
自身を飲み込まんと迫る黒い奔流に、アサシンは咄嗟の回避を余儀なくされる。
だが左右への回避は出来ない。残る回避方向は上方のみ。
加速の勢いをそのまま跳躍力へと変換し、黒い魔力光が地面を焼き融かすさまを眼下にする。
そして当然、着地点にはセイバーが待ち構える。
再度投げナイフを投擲するが、当然のごとく切り払われる。
頼れるものは、自身の肉体とその手の刃、そして――――
「散れ!」
「ッお――――!!」
振り抜かれるセイバーの剣と、迎え撃つアサシンのナイフ。
黒の刃と銀の刃が激突し激しく火花を散らす。
―――その瞬間。
「ッ――――!?」
自身の握る剣より伝わった違和感に、セイバーは必殺の機を逃す。
その隙をついてするりとアサシンが着地し、そのままセイバーの懐へと潜り込んだ。
この機を逃すまいと、銀の刃が閃く。
自らの首を刈り取らんと迫る凶刃を、セイバーは大きく仰け反って回避する。
当然、アサシンの攻撃はそれだけでは終わらない。
上下左右、縦横無尽。狙いは首だけでなく、手首や足首など、鎧で守られた箇所も含まれている。
つまり結局は“首”。
ほとんど一瞬で繰り出される刃を受けてはいけないと、セイバーは己の直感に従い、どうにか剣を割り込ませ弾き返す。
そして辛うじて体勢を立て直しアサシンのナイフを受け止めると、セイバーはそのまま切り伏せんと剣に魔力を込め、
「ッ、貴様……!」
敵を叩き切るためではなく、弾き飛ばすために剣から魔力を放出した。
その衝撃に逆らわず、アサシンは軽々と弾き飛ばされ、セイバーから距離をとる。
「顎門が吐くは万の呪詛、喰らい尽くすは億の希望。
苦しみ嘆けとどうしようもなく切に切に、神の零落を願うのだ」
その口に、悠々と詠唱を重ねながら。
「やってくれるな、アサシン……」
そんなアサシンを、セイバーは苛立たし気に睨み付ける。
アサシンと打ち合ったあの瞬間、剣から伝わった異様な感触。それを感じ取った瞬間、セイバーは直感したのだ。
このままアサシンと打ち合えば、そう遠からず自分は敗北する、と。
おそらくは超振動による攻撃。
もしアサシンと打ち合い続ければ、剣から伝達した振動によってダメージが蓄積し、最終的に剣を握れなくなる。
実際、剣を握る両手からは、すでに若干の痺れを感じ取っていた。
おそらく、最初に捉えたはずのアサシンのナイフを容易く逃してしまったのも、超振動によるものだったのだろう。
そして剣を握れなくなれば、その瞬間にアサシンの刃は自分の首を刈るだろう。
対抗策は二つ。
剣を握れなくなる前に叩き切るか、そもそもアサシンと打ち合わないか。
その二択を前にセイバーは、
「ふん、舐められたものだ」
自らの剣に黒い極光を纏わせ、そのまま一振りすることで、己が答えを示した。
(近づけば叩き切る。近づかなくても叩き切るってか。
勘弁してほしいぜ、まったく。単純な破壊力なら、ヴァルゼライド以上じゃねぇか)
今のあの剣と打ち合えば、その瞬間自身のナイフは破壊されるだろう。
放たれる魔力の密度から、アサシンはそう理解する。
ただ打ち合うだけなら、あのヴァルゼライド相手であっても可能としたアダマンタイト製のナイフが、だ。
加えてあのセイバーは、それほどの魔力を遠距離攻撃として放射できる。
食らえば当然、自分など一撃死だ。
(ああヤダヤダ。なんでアサシンの俺が、セイバーと真正面からやり合わねぇといけねぇんだよ)
真面目に勘弁してほしい。
本気でそう思いながらも、アサシンはさらに詠唱を重ねていく。
「絢爛たる輝きなど、一切滅びてしまえばいいと」
戦いに賭ける意欲は薄くとも、死ぬつもりなど毛頭ないのだから――――。
§ § §
それからの戦いは、半ば一方的なものとなっていた。
セイバーは剣に纏わせた極光を絶やすことなく、アサシンに打ち合うことを許さない。
かといってアサシンが距離を取れば、容赦なく魔力の奔流を撃ち放つ。
今のアサシンは、嵐の海に投げ出された小舟にも等しい存在だと言えるだろう。
つまり、いずれは転覆し、黒光の海に飲まれることが目に見えている。
………だというのに。
「わからないな」
セイバーのマスターである青年――オルフェは、そう独り言ちる。
アコードとしての能力によって、オルフェは相手の感情を読み取れる。
バーサーカーたちと相対した時の反省を踏まえ読み取ったのは表層のみだが、それでもその機微くらいは察知できる。
だというのに、セイバーの猛攻に曝されているアサシンからは、その暴威に対する恐れは有れど、迫る敗北に対する焦りが見えてこない。
そしてそれは、奴のマスターである少女も同様だ。
サーヴァントが敗北し消滅すれば、そのマスターは実質的に死ぬことになる。それがこの聖杯戦争だ。
だというのに、二騎の戦いを見つめる彼女からは、死を恐れる感情が読み取れない。
それはつまり、この状況から逆転できる切り札を、アサシンが有しているという事に他ならない。
――ではその切り札とは何だ。
戦いの合間に挟まれる詠唱か? いいや違う。
確かに詠唱の完遂がアサシンを利することは間違いないだろう。だが一つのミスで敗北する状況にもかかわらず、詠唱の完遂を焦る様子はない。
むしろ、わざと朗々と謳い上げることによって、こちらの焦りを引き出そうとしている様子さえ読み取れる。
つまり、本命は別にあるのだ。
そのことを、持ち前の直感によってセイバーも察しているのだろう。
だから一度でも攻撃を当てれば勝てるにも関わらず、攻め切ることが出来ないでいる。
――ならば、それに対処することが、マスターとしての自分の役割だろう。
「君は何故、そうも呑気にしていられる?」
先の独り言から繋げる様に、アサシンのマスターへと問いかける。
「ん? それはおじさんに聞いてるの?」
「他に誰がいる」
「いや~君ってばずっとだんまりだったからねぇ。
他のマスターと話すことなんてないってタイプの人かと思ってたよ」
その予測は正しい。
生存目的であれ、聖杯目的であれ、戦いに積極的なマスターは特にその傾向がある。
そしてその手のマスターが相手へと話しかける時は、大抵が相手から情報を引き出そうとする時だ。今まさに、自分がそうしようとしているように。
そのことをアサシンのマスターも知っているのだろう。彼女へと話しかけた途端、自身に向けられた警戒が一段階上昇した。
故にまず、私の問いを、自分の優位性による余裕から行ったものだと誤認させる。
「アサシンの敗北は確実だ。今は上手く凌いでいるが、いずれはセイバーによって倒される。
それはつまり、君自身の死をも意味する。だというのに君には、焦る様子が全くない。
……君は、死が恐ろしくないのか?」
言葉を紡ぎながら、彼女に関する情報を整理・統合させる。
―――小鳥遊ホシノ。
小柄な体躯ながら、勉学・運動両面で優秀な成績を残し、生徒会長を務める高校三年生。
しかしある時を境に登校しなくなり、それまでの関係者からの一切の連絡を絶っている。
彼女がマスターとなったのはおそらく、その辺りのタイミングだろう。
目の前の面倒くさそうな様子からは想像できないが、随分と優秀な生徒だったようだ。
だがこの冥界におけるプロフィールはある程度現実に即したものであることから、彼女も相応の能力を有していることは間違いない。
事実、最初に顔を合わせた時から今に至るまでに、彼女の警戒が解かれたことは一瞬もない。
今見せている怠惰な言動は、ある種の擬態という事だ。
―――もう一段階、踏み込む。
「死が恐くないのかって? もちろん怖いに決まってるじゃん。
死にたがりになったつもりはないよ、私?」
「ならば何故そうもへらへらとしていられる。
まさか、君のアサシンがここから逆転できると信じているのか?」
「さあ、どうだろうね~」
小鳥遊ホシノの精神波動を探査する。
彼女から読み解けるものは、第一に警戒。続いて、煩雑、憂鬱、引け目、逡巡、懊悩。そして、自責。
見事なまでに負の感情ばかりだ。
そのことから察するに、どうやら彼女は、聖杯戦争で戦うこと、相手マスターを殺すことそのものに迷いを懐いているようだ。
彼女の様子は、それ故のもの。
アサシンを信頼しているのではなく、負けたのならそれで仕方がない。代わりに相手を殺さずに済む、と受け入れているのだ。
「……君に、願いはないのか?」
「――――、そりゃあ願いがないとは言わないけどさ。
いきなりこんな場所で目を覚まして、他の人たちと殺し合いをして、最後の一組に成ったら願いが叶いますって言われて、それで納得できる? 信用できる?
私は無理。そんな信用できないモノに、私の願いは託せない。
だから私は、ただみんなのところへ帰りたいだけ。大切な友達との日常に戻りたいだけなんだ」
精神波動を通じて伝わってくる、小鳥遊ホシノの心象風景。
砂漠化により、今にも砂に飲まれそうなとある学園。
終わらない借金返済の日々。信用できない大人たち。
そして、その学園で共に過ごす、かわいい後輩たち/大好きな先輩。
「だがその日常へと戻るには、聖杯を手に入れる他ない。
そして聖杯を手に入れるには、他マスターを殺すしかなく、聖杯を手に入れたのならば、願いを叶える権利が与えられる。
聖杯が叶えるという願いの真偽はともかく、成すべき事に変わりはないだろう」
すると小鳥遊ホシノは、僅かに驚いたように目を見開いたあと、自嘲するように小さく笑う。
「そっか。あなたは、割り切れちゃう人なんだね。……まあそうだよね、戦いに積極的みたいだし。
私はそんなふうには割り切れないなぁ。できれば私は、誰も殺したくはないんだ。
だって、一度でも殺す“選択”をしてしまったら、私は自分の手を、自分の意志で汚すことになる。
そんな血で汚れた手で帰ったら、みんなの青春を、その血で汚すことになっちゃう。
そうなってしまったら、それはもう、私の帰りたい日常じゃない。
聖杯では、私の願いは叶えられないんだ」
心象風景が乖離する。
小鳥遊ホシノの後輩たちと、先輩。彼女の懐くイメージにおいて、その二つが揃わないことにオルフェは気付く。
そして理解する。小鳥遊ホシノの語るみんなとの日常の“みんな”の中に、唯一、先輩だけが含まれていないことに。
………おそらくは、すでに亡くなっている。
なるほど。死者蘇生など、それこそ奇跡にでも縋らねば叶わぬ願いだろう。
そしてその奇跡を成す聖杯を求め他マスターを殺害すれば、同時に彼女にとっての日常が失われる。
なるほど。選べぬはずだ、迷うはずだ。
譲れぬ願いと譲れぬ日常。小鳥遊ホシノは今、その二つを天秤に掛けられているのだ。
敗北に対する恐怖がないのも、そのどちらかを切り捨てなければならないくらいなら、という思いからだろう。
――――――十分だ。
「ならば私に従え、小鳥遊ホシノ」
人類の管理者として生み出された者として、自身の選択に迷う少女へと告げる。
もう少し精査すれば、先輩とやらの死因も探れただろうが、その必要はもうない。
下手に探り過ぎれば違和感を持たれる可能性もあるし、それに“碇”はすでに打ち込んだ。
「それ、どういう意味?」
小鳥遊ホシノの警戒レベルが、さらに一段上昇する。
だが遅い。私達の戦いは、すでに決着がついている。
その妖瞳に赤い燐光を浮かべた彼女は気付いていない。
そうやって警戒を向ける相手に、自分の考えを口にしたのは何故か、という事を。
そして気付いていないことを、わざわざ教えてやる理由などない。
「言葉通りの意味だ。
君が道に迷うのなら、私が示してやろう、と言っているのだ。
もちろん他マスターの殺害を強要などしない。サーヴァントとの戦いは、全て私たちが担おう。
君たちはただ情報を集め、戦いの準備を手伝ってくれるだけでいい。
それだけで、君の望み通り、元の日常に帰れることを約束しよう」
嘘ではない。嘘ではないが、真実でもない。
そもそもオルフェは、ホシノの協力など必要としていない。
彼が求めたのは、アサシンが隠し持つであろう切り札に関する情報だ。
セイバーがアサシンに倒されるとは思っていない。だがその宝具によって、今後の戦いに影響が出るかもしれない。
余裕が抜けきらないアサシンの精神波動から、そう思う程度にはその宝具を警戒していた。
しかしその情報は、小鳥遊ホシノからは得られそうにない。おそらくは彼女も知らないのだろう。
だからと言ってアサシンの精神に触れることは、バーサーカー相手の経験から避けたかった。
そしてそもそも、無理に情報を引き出す必要などない。
するべき事はあくまで、アサシンの切り札を封じる事。
たとえその正体がわからずとも、マスターが下ってしまえば、アサシンにその宝具を使う理由はなくなるのだ。
「そんなこと――」
「出来る訳がないと? いいや、出来るとも。
最後の一組になるまでの殺し合いとは言うが、そもそも最後の一組とはどうやって判定する?
もし一組だけを除いた他のマスター全員が自らのサーヴァントに自害を命じたとしたら、一体誰が勝者となる」
「っ!?」
オルフェの言葉に、ホシノは思わず息を呑む。
もしこの冥界に存在するサーヴァントが一騎だけとなった場合、当然そのサーヴァントとマスターが“最後の一組”となる。
しかし、たとえサーヴァントを失ったとしても、そのマスターが即座に死霊へと変質するわけではない。
つまり僅かな時間であれば、他のマスターが生きている状態のまま、聖杯が――現世への門が現れる条件が達成されるのだ。
「……けど、それは――」
「無論、これはあくまで可能性の話だ。
勝敗の判定は、マスターの生死によって決められるものかもしれず、真実は実際に聖杯が現れるまで分からない。
たとえ聖杯が現れたとしても、帰還できるのは聖杯の所有者だけかもしれない。
――――だが、それで何の問題がる」
内心だけでなく表情にすら迷いを浮かべ始めたホシノへと、オルフェは言葉を紡ぐ。
「たとえ帰還できる者が聖杯の所有者だけだとしても、その時は聖杯にこう願えばいい。今生きている全てのマスターに帰還の権利を、と。
聖杯が真に全ての願いを叶えるのなら、それで帰還できぬ筈がない。
そして、勝敗の判定基準が解らない事が不安なのであれば、その時こそ戦いによって決着を付ければいい。
そうすれば必要最低限の戦いで聖杯が手に入り、現世への帰還だけでなく、その願いすら叶うだろう」
そしてその迷う心へと、致命的な言葉を叩き付ける。
「それに、こうして今日まで生き延びてきたのだ。
君にも他のマスターに襲われそれを倒した経験は――一度ならずあるだろう?」
「ッ……!」
「最後の戦いも、それと変わらない。
私は聖杯を得るために君たちと戦い、君はただ、それを返り討ちにすればいい」
「……………………」
ホシノは俯き、完全に言葉を失う。
当然だろう。この聖杯戦争において他のマスターを殺していないマスターは、ほぼいないのだから。
殺しを厭うマスターというのは、彼女に限らずそれなりに存在した。
だが聖杯を求めるマスターがいる以上、戦いからは決して逃れられない。
そしてマスターとサーヴァント、どちらか一方でも殺してしまえば、いずれはもう一方も実質的に死ぬ。
そう。今生き残っているマスターは、直接的であれ間接的であれ、結果として相手を殺したという経験を有しているのだ。
例外があるとすれば、サーヴァントも含め完全に引き籠ったマスターか、ヒーローを自称し街を飛び回っている連中くらいだろう。
小鳥遊ホシノもまたその例外ではなかった、というだけの話だ。
彼女はすでに、見殺しにする、返り討ちにする、という選択を行っている。
その手が未だに汚れていなくとも、その足元はすでに、そうしたマスターたちの血で濡れているのだ。
「さあ、どうする?
君にとっても、決して悪い提案ではないと思うが」
そして人間は、一度でも“選択”をしてしまえば、その結果がよほどの忌避感を齎したものでもない限りは、同じ選択に対する敷居が下がる。
つまり小鳥遊ホシノに、この提案を断る理由は存在しない。
彼女はこれまでと同じように、私が殺すマスターを見殺しにし、その最後で私を返り討ちにするために戦えばいい。
対する私はその時まで彼女を利用し、その中でアサシンの情報を暴いていけばいいだけだ。
「………………。
一つだけ、教えて」
そんな考えを察することなく、ホシノはオルフェへと問いかける。
「聖杯に願いを託せるとしたら、あなたは何を願うの?」
自らの行動を決めるための、最後の問いを。
「なるほど、当然の疑問だな」
少女の問いに頷きを返す。
現世への帰還に聖杯への願いが必要な場合、それを願うのは最後の一組だ。
だが、相手を信用して協力したのに、最後の最後で裏切られては目も当てられない。
故に目的が分からない相手を信用することは難しく、自身の願いを託す事などできないだろう。
しかし私の願いは、決して隠すようなものではない。
余計な手間を省くためにも、ここは答えておくのが正当だろう。
「私の願いは、ディスティニープランの完遂だ」
「ディスティニープラン?」
「遺伝子を解析する事によって人材の再評価と人員の再配置を行う、究極の人類救済プランだ。
このプランの下、人類は年齢や経験、生まれに関わらず、その適性に合った職や地位を与えられるようになる。
これを世界規模で行う事で、国家間はもちろん、人類間のあらゆる争いを失くすことがディスティニープランの最終目標。
私はそれを管理し、人々を導く者として生み出された。故に、その使命を完遂する事こそが私の望み。
そのためにも現世へと帰還し、私は私の役割を取り戻す必要がある。
そして聖杯の存在は、その計画に入っていない。有れば有用ではあるが、必須というほどではない。
よって先程説明したように、他マスターの帰還を願うことも決して不可能ではない」
唯一懸念点を上げるとするのなら、現世にて死んだはずの私が帰還した場合、“現世の私がどういう状態になるか”だ。
だがそれは、今考えた所で意味のない事柄だ。
今必要なのは、如何にして聖杯戦争を勝ち上がるかという事。
そのためにも。
「答えを聞こうか、小鳥遊ホシノ。
私に従うか、それともセイバーの手で、アサシン諸共ここで消えるか」
「っ……、私は……でも……」
小鳥遊ホシノは、未だに迷いを見せている。
だが迷うという事は、取り得る選択肢としては十分に有り得るという事。
である以上、彼女はもはや、アコードの能力からは逃れられない。
故に、彼女へと最後の駄目押しをしようとして。
「おっと。そいつに答えるのは、少し待ってもらうぜ」
他ならぬ彼女のサーヴァントよって、その一押しを遮られることとなった。
§ § §
それまでの一進一退とも言えた攻防から一転して、アサシンはそれまで以上に大きく飛び退き、セイバーから距離を取る。
対するセイバーからの追撃はない。事の成り行きを見守るつもりなのか、構えこそ解いていないが、剣に纏っていた魔力を解いて様子を窺っている。
「アサシン……」
オルフェの誘いに待ったを掛けたアサシンへと、ホシノは怪訝な表情を浮かべる。
幾度か攻撃が掠めたのだろう。アサシンの服装は戦闘開始前と比べ、随分と傷だらけになっていた。
それでも目立った怪我が一つもないことが、アサシンの戦闘技巧の高さを表していた。
そんなアサシンはナイフを構え、セイバーへと警戒を向けたまま、己がマスターへととんでもないことを口にした。
「……マスター、悪いんだけどよ。
そいつの下に付くんなら、俺はここで降りさせてもらう ぜ」
「――――、へ? 今、何て言ったの?」
その内容にホシノは思わず自分の耳を疑い、アサシンへと問い返す。
「契約を切らせてもらうって言ったんだよ。俺自身、サーヴァントとしてはどうかと思うけどな」
だがアサシンから帰ってきたのは、紛れもない契約破棄の宣告。
そのオルフェに対する強い拒絶に、ホシノは思わず言葉を失う。
寶月夜宵との話し合いの時にも彼は強い憤りを覗かせたが、ここまで明確に切り捨てることはなかった。
一体オルフェの何を、彼は受け入れられないと言うのか。
「……一応、理由を聞いても?」
一方のオルフェもまた、苛立たしさと困惑が入り混じった様子を見せている。
これまでも同盟を結ぶことを拒否するサーヴァントはいた。
だがそのために、マスターとの契約を断って聖杯戦争から降りるなどと口にする者はいなかった。
さすがのオルフェも、問答が遮られた苛立ちに困惑が入り混じることを避けられなかったのだ。
そんなふうに戸惑う二人へと、アサシンは答える。
「おまえのその……なんとかプラン?」
「ディスティニープランだ」
「そうそうそれ。そいつの話が聞こえた時、俺は一瞬、いいんじゃね? と思った。
だって簡単に自分に向いた仕事が解るんだぜ? 将来的に使わない勉強をする必要も、いくらやっても実らない努力をする必要もねえ。
それまでの努力がとか、適性の合った仕事が自分の希望と違うだとか倫理的にどうのだとか、適性が全くねえ奴はどうするんだとか。
そんなことは知ったことじゃねえ。どっかの頭のいい連中が考えればいい。
そもそも仕事が与えられない最底辺の連中からしたら、向こうから仕事が来るだけで十分に有難いからな」
出てきたのは肯定の言葉。
アサインは社会の底辺に生きた者としての視点から、ディスティニープランを是とした。
そこにどうしようもないダメ人間の意見が混じっていることに若干思う所がありながらも、オルフェは再び問い返す。
ならば何故、と。
「おまえさ。現世でこのプランを実行するために、一体どれだけの人間を殺した?」
「――――――」
その場の空気が、一瞬で張り詰める。
訊いたアサシンはもちろん、訊かれたオルフェも、傍で聞いていたホシノにも緊張が奔る。
ただ一人セイバーだけが、変わらぬ沈黙を通している。
「ああ、一応言っておくが、あんたと敵対したり、なんとかプランを受け入れなかった連中は含めなくていいぞ。
俺はな、プランを受け入れ、あんたに従っていた人たちを、たった一人でも殺したのか? って聞いてるんだ」
「――――――――」
オルフェからの答えは、ない。
「だろうな」
沈黙を肯定と見做し、アサシンが短く吐き捨てる。
「俺があんたを認められないのは、それが理由だ。
あんたは使命とやらを完遂するためなら、平気で他人を犠牲に出来る。場合によっては仲間だろうとな。
そんな奴をリーダーにしてみろ。実に効率よく利用できるだけ利用されて、邪魔になったら塵のように捨てられるだろうさ。
それは死ぬのと何が違う。下手すりゃ死ぬより酷い末路になるだろうよ。だったら利用される前に、自分から脱落した方がまだマシだ」
その言葉を受けたオルフェは僅かに俯き、顔を上げる。
そこには先程までの澄ました表情はなく、ある種の怒りが浮かんでいた。
「それの何が悪い。
ディスティニープランが完遂されれば世界からは争いがなくなる。
人類がどれだけ歴史を重ねようと、宇宙に進出してもなお果たされなかった、真なる世界平和の実現。彼らはそのための礎となったのだ!
彼らの犠牲を無駄にしないためにも、私は使命を果たさなければならないのだ!!」
「だからあんたには従えないんだよ」
だが続いて放たれたオルフェの言葉に、アサシンはどこか憐れむような表情を浮かべる。
同時に彼が脳裏に思い描いたのは、己が宿敵。
使命を果たすと口にするオルフェに、その姿が僅かに重なって見えたのだ。
「……少しだけ、あんたと似た奴を知ってるよ。
そいつは俺と同じ凡人で、でもどんな不利や逆境だろうと“まだだ”の一言で覆す、あんたの言うなんとかプランとは真逆の奴だった。
そして同時に、悪を決して許せない、誰かの為に戦える紛れもない大英雄だった」
一方のオルフェは、何か眩しいモノでも見たかのように目を細める。
「そいつがな、言うんだよ。犠牲にしたやつの無念を背負う、それを礎に使命を果たすってよ。
――――ふざけんじゃねえぞ、そんなこと誰が頼んだよ。
悪の根絶? 世界平和? ああ、立派なことだ心から尊敬するよ。
けどな、どんなご立派な理由を並べ立てようが、結局殺したことに変わりはねえだろう。
礎だと? 嫌なこった。大義、使命、尊き者の責務なんて、知ったことか。なんで顔も知らない誰かのために、犠牲になってやらなきゃならない。
そもそも俺たちは、おまえに想いを託した覚えはねえ。
そんなに人類が救いたきゃ、どっか他所でやってくれ。他人を巻き込むなよ、迷惑なんだよおまえらは!」
だが、それも一瞬。
平和への信念を肯定しながらもそのための犠牲を拒絶するアサシンに、オルフェは真っ直ぐに向き直る。
その貌には先程までとは違う、明確な殺意が宿っていた。
「どうあっても、私に従えないというのだな」
「そう言ってるだろ、さっきからよ」
「そうか。ならば貴様のマスターの返答を待つまでもない。
殺せ、セイバー」
下される命令。直後、セイバーからこれまで以上の魔力が放たれる。
「風よ……吼え上がれ!」
その言葉の如く大火の如く荒れ狂うそれは、黒い極光となってその手の剣へと収束する。
真名解放に至らずとも、それに近い広域攻撃。
大きく距離を取っていたアサシンに、その一撃を回避することは出来ない。
――――故に。
「超新星───」
アサシンの口から、最後の一節が紡ぎ出された――――。
◆
「凍結、解除――――――I am the bone of my sword」
◆
「―――卑王鉄槌!!」
放たれる黒い極光。
もはやどこにも逃げ場などない。
―――もとより、もう逃げるつもりはない。
中断していた詠唱を再開すべく、アサシンは媒体となるナイフを構え、
直後、黒い極光がアサシンを飲み込み、
―――死に絶えろ、死に絶えろ、すべて残らず塵と化せ。
―――人肉を喰らえ。我欲に穢れろ。我が身は既に邪悪な狼、牙が乾いて今も疼く。
―――ならばこそ、黄泉の底で今は眠れよ愛き骸。嘆きの琴と、慟哭の詩を、涙と共に奏でよう。
―――怨みの叫びよ、天に轟け。虚しく闇へ吼えるのだ。
その四節は、ホシノとオルフェが話し合う最中、セイバーの猛攻を凌ぎながら追加で紡がれた起動詠唱だ。
だがそれは、アサシンが有する宝具の詠唱ではない。
彼の宝具はその特異性も相まって、マスターへと膨大な魔力消費を強いてしまう。
そのためアサシンは、宝具の前身となった能力 “狂い哭け、罪深き銀の人狼よ”を調律し使用していた。
故にその呼称を仮想星辰宝具。
紡がれる真名を―――
「超新星───“狂い哭け、罪深き銀の人狼よ・滅奏之型”ッ!」
「――――――!」
その異常に、その一撃を放ったセイバーがまず気付き、
「ば、馬鹿なっ……!」
ついでそのマスターであるオルフェが、彼らしからぬ驚愕の声を上げる。
「うそ……」
そして最後に、アサシンのマスターであるホシノが、その光景に自身の目を疑った。
「ッォ………!」
セイバーの放った黒い極光が、斬り裂かれていた。
彼のナイフが放つ黒い闇に触れた瞬間、その輝きが消え去るように。
そうして黒い極光の放流が止まった時、消え去っているはずのアサシンは、当然のようにそこに健在だった。
「ッ――――!」
即座に第二射を放つセイバー。
「――無駄だ」
しかし一切の溜めなく放たれたそれは、先程とは異なり、あまりにも容易く切り払われた。
「貴様、星殺しか――!」
それにより、セイバーはその正体を看破する。
星殺し。星の輝きに対する反存在。
即ち――――星の聖剣を担う、己にとっての天敵であると。
「――――――」
セイバーを目掛け、アサシンが疾駆する。
「っ!?」
その速度は先程までの比ではない。
極光の射出は間に合わず、セイバーは先と同じように剣に纏わせ、アサシンを迎え撃つ。
しかし。
「ぐ!? きさ、ま……ッ!」
纏った魔力は容易く斬り裂かれ、セイバーの剣とアサシンのナイフが直接鎬を削る。
そしてそうなれば当然、アサシンのナイフから放たれる超振動が触れ合う剣から伝達し、セイバーへと直接ダメージを与える。
だがそれだけではない。
アサシンの身体から放たれる闇の粒子の輝きは、セイバーの鎧をただ触れただけで劣化させていく。
「これは、魔力そのものを対消滅させているのか!」
セイバーの纏う鎧は、その魔力によって高密度に編まれることで形成されたものだ。
だがそれ故に、魔力の流れを断つ槍などに対してはその防御力を発揮できない。
もしこの能力が瞬時に発動可能であり、最初に接近された際に直感に従わず、アサシンの攻撃を鎧で防ごうとしていたならば、鎧は紙切れの様に斬り裂かれ致命的なダメージを受けていただろう。
加えて。
「どうしたセイバー。随分と苦しそうじゃねぇか。さっきまでの余裕はどこへ行ったんだ?」
「貴様……っ!」
アサシンの挑発に、セイバーは睨み返す事しか出来ない。
それも当然。
セイバーの戦闘能力は、スキル魔力放出によって発揮されるものだからだ。
そう“魔力”放出。当然、アサシンの放つ魔力に対する反粒子の影響を強く受けてしまう。
つまりセイバーは、今のアサシンに近づくだけで本来の戦闘能力を発揮できなり、むしろ魔力を過剰に消耗させられてしまうのだ。
まさに天敵。悪夢の如き逆襲劇。
今のアサシンに対して、セイバーが近接戦闘で敵う道理など存在しない。
故に、もしセイバーに、この状況からの勝ち目があるとするのなら―――。
「形勢逆転だな、騎士様よ」
「嘗めるなよ、暗殺者!」
鍔競り合うアサシンのナイフを受け流し、セイバーが剣を地面へと突き立てる。
即座に剣から放たれた魔力が二人の足場を崩壊させ、舞い上がった粉塵がその姿を隠す。
当然その程度の足止めで獲物を逃す暗殺者ではない、が。
粉塵から勢いよくセイバーが飛び出す。だがその勢いは、今のアサシンに迫るほど。
アサシンの全速力なら追いつけるが、それは事前に分かっていればこそ。
重厚な鎧を纏っていたセイバーを基準に追撃を掛けたアサシンでは、その速度に追いつけない。
「なるほど。鎧の魔力も速度に変えたのか」
アサシンから大きく距離を取ったセイバーは、先程までと違い鎧を纏っていなかった。
魔力で編まれた鎧だからこそ可能な荒業。
セイバーは鎧を魔力へと戻すことで、この一瞬に限り、速度においてアサシンを上回ったのだ。
そして同時に、アサシンから大きく距離を取ったことで、反粒子の影響からも脱していた。
だがそれも、この一度限り。次に接近されれば、逃れることは出来ないだろう。
故に。
「マスター、宝具の使用許可を」
反粒子の影響を受けない遠距離から、対消滅を上回る大火力を以って消滅させる。
それが、現状におけるセイバーに残された、ただ一つの勝機だった。
「ッッ…………!?」
だがマスターからの応答はない。
よほどセイバーの力を信頼していたのだろう。
セイバーのマスターは未だに目の前の光景が信じられないと、驚愕の表情を浮かべている。
まったくもって同情する。
その信頼に正しく、セイバーは協力無比なサーヴァントだった。
それが“相性”などと言う、ただそれだけの理由で、ここまであっけなく封殺されてしまったのだから。
「なあ、セイバーのマスターさん。
最後に一つだけ教えてくれや」
セイバーが宝具の使用を求めた以上、次が最後の激突になる。
その前に聞くべきことを聞いておこうと、そのマスターへと問いかける。
「あんたさ、人々を導く者として生み出されたって言ったよな」
「そ、そうだ! だから私は―――」
「その人々って、“誰”のことだよ」
「――――――」
アサシンの問いをきっかけに、我を取り戻そうとしたオルフェが、止まる。
「あんたに逆らうやつを殺して、あんたに従うやつも殺して、それで一体“誰”を導くつもりなんだ、あんたは?」
「それ、は…………」
答えは、ない。
アサシンの問いに対し、オルフェはまたも、沈黙を返すことしか出来なかった。
「きさまは……貴様はいったい何なのだ――!」
代わりに口をついて出たのは、おまえは何者だという誰何であり、
バーサーカーとの接触からの反省で控えていた、サーヴァントに対するアコードの能力の発露だった。
「俺か? 俺はただの負け犬だよ。
あんたらの言う使命だとか運命だとか、そんなモノの歯車に磨り潰された、ちっぽけな砂粒だ」
―――そこには、闇があった。
民を救わんと、国に栄光を齎さんと、恒星の如く輝く男が生み出した、とても小さく、しかし底の無い闇黒の闇が。
それは、英雄が許容した唯一の犠牲であり、未来のためにと切り捨てた過去だった。
「そこにあえて付け加えるんなら、おまえらみたいなのが犠牲にしてきた“誰か”達の代表代理ってところか」
その、どこまでも果てしない闇の中に、
「あら、乙女の寝所に土足で踏み入るなんて、随分と不躾な人ね」
白い、銀の月のような少女がいた。
「!? ぐお……!?」
アサシンと同調しようとしたオルフェの精神波動が、その少女の一瞥で弾き返される。
――――否。逆に同調し返され、滅茶苦茶に掻き乱された。
「が、ああっ……!」
「マスター!?」
己がマスターの突然の異常に、セイバーが即座に声を掛けるが、オルフェに応える余裕はない。
同調は即座に切った。だが精神波動を掻き乱された影響か、これまで経験したことのない頭痛が彼を襲っていた。
気が狂いそうなほどに激しい激痛。それはともすれば、頭蓋を抉り脳を掻き毟りたいとさえ思うほど。
そうならなかったのは、アコードとして精神波動を操る術に長けていたが故か。
「おはよう、ゼファー。
何か、随分と大変なことになっているみたいね。私の手伝いはいるかしら?」
白銀の少女が、アサシンの背後に現れる。
その少女の姿は、向こう側が透けるほどに幽かでありながら、確かな存在感を放っている。
それをまるで、月の光が人の形に集まったかのようだと、ホシノはと思った。
「うへ!? これって、まさかあの子の……?」
だが同時に、これまでにない魔力の消耗が彼女へと襲い掛かった。
その理由をホシノは即座に理解する。
あの白銀の少女だ。彼女の顕現の維持に、自身の魔力が用いられているのだ。
彼女の名は、ヴェンデッタ
ゼファーの物語の始まりを告げた少女であり、逆襲劇の名を冠する彼の半身である。
「なんだ、起きたのかヴェンデッタ」
「起こされたのよ。あそこの彼が、貴方の心に触れてきた影響でね」
「マジかよ。じゃあ益々生かしておく理由はねえな。手を貸してくれ。
マスターも、しんどいかも知んねぇが、もうちょっとだけ踏ん張ってくれや」
アサシンの視界の先では、己がマスターの異常事態を受け、許可を取らずに宝具を発動しようとするセイバーがいる。
その剣から放たれる黒い魔力は、この戦闘における最大値。
仮想の反星辰光であれを防ぐことは、いくら相性が良くてもさすがに難しいだろう。
そう判断し、アサシンは自らの半身たる少女――ヴェンデッタと同調を開始する。
―――ゼファーの宝具の運用に、なぜ膨大な魔力が必要なのか。
単に燃費が悪い? いいや違う。その理由こそ、ヴェンデッタの存在に他ならない。
そもそもゼファーの宝具は、彼と少女が一つとなり、二人の能力が重なり合うことで創生されたもの。
当然その発動には少女との完全同調が必須であり、故に冥王としての彼が召喚されれば、付随するように彼女も共に召喚される。
だがゼファーが現界の維持に魔力を必要としない反動か、ヴェンデッタが活動するためには膨大な魔力を必要とした。
それ故にゼファーは、今まで少女に自身の奥底で眠って貰っていたのだ。
だがそれが、オルフェがアサシンの精神波動に干渉したことで覚醒した。
そしてヴェンデッタが目覚めるという事は、英雄譚への逆襲劇が始まるという事に他ならない。
「――――“約束された”」
明かされる真名。
刃は横に。
収束し、回転し、臨界に達する星の光。
セイバーはもはや黒色の太陽の如く、そのフレアとなった剣を両手で構え。
「天墜せよ、我が守護星──」
紡がれる一節。
詠唱が間に合わない? 知ったことかよ。
音なんて所詮は“空気の振動”だろ。と英雄への逆襲を謳い上げ。
唐突に割り込んだ爆発に、黒陽と凶星の決着は妨げられた。
「ッ!? マスター!」
爆心地は、小鳥遊ホシノ。
己がマスターを襲った一撃に、アサシンは思わず振り返る。
果たしてホシノは。
「ッ、ぐぅ……!?」
生きていた。
爆炎から吹き飛ばされるように、彼女が転がり出てくる。
爆発によって全身にダメージを負いながら、それでも五体満足でそこにいた。
「よかった」
『ゼファー!』
「っ、しま――グオ……ッ!?」
アサシンはその事に安堵の息を溢す。が、そんな隙を逃すセイバーではない。
真名の解放こそ中断されたが、込められた魔力はそのまま極光となってアサシンへと放たれた。
半身の声に咄嗟に反応し、反粒子によって極光を防ぐが、宝具の開帳を中断させられたのはアサシンも同じ。
仮想の反星辰光では、宝具解放に迫るほどに込められた魔力を即座に打ち消すことは出来ない。
即ち、今この一時、アサシンは己がマスターへと駆け寄ることが出来ない。
「まさか、狙撃手の仲間がいたなんて……!」
一方のホシノは自身が受けたダメージから、この爆撃の正体を看破する。
これは着弾と同時に爆発する特殊な弾頭を使った、遠距離からの狙撃に他ならないと。
しかもこのタイミングで仕掛けてきたという事は、この狙撃手はオルフェの仲間である可能性が高い。
即座に第一射の射角から狙撃手の位置を予想し、射線を塞ぐ様に盾を展開する。
「っく……!」
直後、炸裂する爆裂弾頭。すでに放たれていた第二射。
音とともに生じた衝撃が、盾を越えホシノへとダメージを与えてくる。
いつもであれば受け止め切れたはずのそれに、少女は堪らず苦悶を溢す。
――まずい。
完全に無防備な状態で受けたせいだろう。第一射のダメージが、思った以上に響いている。
そもそも第一射の時点で、キヴォトスの生徒でなければ即死だったのだ。
なのに即座に第二射を撃ってきたという事は、私の事を知っているということ。
相手は確実に私を殺しに来ている。このままではいけない、と狙撃手の射線から逃れようとして。
「―――闇に堕ちろ、小鳥遊ホシノ……!」
唐突に放たれたオルフェの叫びに、ドクン、とホシノの心臓が脈動した。
「………………、え?」
未知の衝撃がホシノを襲い、視界がぶれる。
頭が重い。目の前の窮状が二重写しになったようにかすみ、遠ざかる。
代わりに脳裏に浮かび上がってきたのは。
「ユメ……先輩……?」
とうに死んだはずの、大切な人の姿だった。
「どう、して……?」
自分の状態がわからない。
ついさっきまで、どんな状況だったのか。
どうして今、あの人の事を思い出しているのか。
なにも……何一つわからなくなって、私は、ただユメ先輩を――――。
「目を覚ましなさい!」
パン、と頬をはたかれた様な衝撃が、白い少女の声とともにはしった。
「ッ――――!」
掻き消えるユメ先輩の幻影。
入れ替わるように自分の状況を思い出し、とっさにその場から飛び退く。
「ぐうっ……!?」
直後、僅かに掠めた弾丸に、脚を深く抉られた。
まずい、まずい、まずい、まずい―――!
脚をやられた。辛うじて致命種にはならなかったが、すぐには走れない。
つまり今の自分は、狙撃手のいい的だ。
そして何よりまずいのは、相手が銃弾を変えてきた事。
掠めただけでこの威力。きっとこの弾丸は、“盾で防いでも貫通してくる”……!
それでもどうにか防ごうと、射線を遮るために盾を構え―――。
「――――――、あ」
それが無意味であることを、理屈でなく理解した。
迫る死の一射に延長される意識。
防ぐために射線上へと向けた視界の先では、一発の弾丸が、空間を捩じ切りながら私へと迫っている。
(ごめん、みんな。私、帰れないみたい)
これを防ぐ術は、私にはない。
だから、ここで死ぬのだと、かつてのように諦めて―――
(死んだら、ユメ先輩に会えるかな……?)
目を閉じて、大切な過去を目蓋の裏に思い浮かべ、―――。
(あ、でもこの世界だと、死んだら死霊になっちゃうのかな? ……って)
「……あれ?」
いつまでのやってこない死に、パチリ、と目を見開いた。
「大丈夫? 生きてる? そう、ならよかった」
するとそこには、赤い外套を着た銀髪の少女の姿。
彼女は花のように輝く盾を構えて、銃弾の射線上に立ち塞がっていた。
最終更新:2024年12月12日 14:04