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 四月一日、昼過ぎ、渋谷区某所。
 結城理は半日前と同じく、しかし今度は昼食として紫関ラーメンを食べていた。

 とは言っても、別に昼過ぎまで眠り呆けていたという訳ではない。
 あの後副都心四区の様子を見てくると言って、アサシンが単独行動を開始した結果だ。
 当然アサシンに任せっきりにする訳にはいかないので、理も母校のある港区を始めとした都心三区を調査した。
 しかし残念ながら何の成果も得られず、集合場所とした紫関ラーメンで待ち惚け、そうして待っている間に昼も過ぎたため、昼食を取ることにしたのだ。

「よう。隣、失礼するぜ」

 そうしていると、背後から不意に声が掛けられる。
 そちらへと視線を向ければ、そこには覇気の欠けただらしない印象の男の姿。
 彼はこちらの返答を待たず、速やかに隣の席へと座っていた。

「やあ、吟遊詩人(オルフェウス)。また無事に会えてうれしいよ」
 そんな男へと親しげに声を掛ければ、男の方も呆れたように言葉を返してくる。
「それはこっちのセリフだぜ、竪琴弾き(オルフェウス)。よくもまあサーヴァント抜きで今日まで生き抜けたもんだよ」
 彼の言葉に、まったくもって同感だ、と半ば自嘲して肯定する。

 サーヴァントと共に戦うのが聖杯戦争の基本だというのに、なんだってマスター一人で戦わなければならないのか。
 いくら手厚い支援があったと言っても、物には限度というものがある。
 しかもつい半日前に、自分の戦いとは関係なしに死にかけていたことが判明したばかりだし。
 まあ、それはそうと。

「ホシノ先輩も久しぶり。元気にしてた?」
「それなりにね~。マコトくんも無事だったみたいで、良かった良かった」

 ひょっこりとこちらに顔を覗かせた少女――小鳥遊ホシノへと、挨拶をする。
 先程まで姿が見えなかったのは、単にその小柄な体躯が吟遊詩人(オルフェウス)の影に隠れていたからだろう。
 ただ見た目は小柄でも学年は彼女の方が上であるため、ホシノ先輩と呼ばせてもらっている。
 あと俺が紫関ラーメンを知ったのも、彼女が紹介してくれたからだったりする。

 更に付け加えるのなら、彼女はマスターで吟遊詩人(オルフェウス)はサーヴァント。
 彼を吟遊詩人(オルフェウス)と呼ぶのは、彼のクラスもアサシンで、クラス名で呼ぶとテスカトリポカと紛らわしくなるからだ。
 互いに“オルフェウス”に縁があった関係から、その区別も兼ねてオルフェウスと呼び合っている。
 ちなみに真名は知らない。

「先輩は、今からお昼?」
「うん、そうだよ~。お昼前にも少し食べたんだけど、やっぱりパフェじゃお腹は膨れないね~」
 ホシノ先輩はそう言いながら、大将へとラーメンを注文する。

 俺とホシノ先輩は、別に仲間でもなければ協力者でもない。
 こうして親しげに言葉を交わせるのは、お互い聖杯戦争に消極的だから、と言うだけだ。
 知り合い以上友達未満、というのだろうか。
 顔を合わせれば殺し合いはせず会話もするが、頼まれてもいない手助けをすることもない。そんな関係だ。

「そう言えば、マコトくんは自分のサーヴァントと合流できたの?」
「まあ、一応ね。そのあとすぐ情報収集だって言って単独行動を開始したけど」
「なんだおまえ、また自分のサーヴァントにほっぽり出されたのかよ」

 俺が食べ終わるのを待って聞いてきた先輩に素直に答えれば、吟遊詩人(オルフェウス)がそう茶化してくる。
 だが実際その通りなので言い返せず、それがまたアサシンへの不満を蓄積させる。
 ……ここはやはり、今一度アサシンと話し合う必要があるのではないだろうか。

「まあそれは置いといて。
 もしこの後の予定がまだ決まってないならさ、会ってあげて欲しい子がいるんだ」
「会って欲しい子?」
「うん。寳月ヤヨイちゃんって言うんだけどね、双亡亭を壊すための協力者を捜してるんだって」
「へえ。それは少し驚きだね。
 ……その人は、聖杯を欲しているのかな?」
「ん~、どちらとも言えないかな~。死ぬつもりはないけど、まずは双亡亭をどうにかしたいって感じみたい」
「なるほど」

 双亡亭についての噂は俺も知っている。
 確かにいつかは対処しなければならない問題だけど、まさか今の段階でどうにかしようとしている人がいるなんて。

「うん、いいよ。協力できるかはともかく、会うだけ会ってみよう」
「ほんと? うへへ、よかった。
 ちょっと待ってね。今から会えるか、その子に確認するから」

 ホシノ先輩はそう言ってスマホを取り出し、その寳月ヤヨイという少女へと電話をかけ始めた。


      ◆


 寳月夜宵は現在、バーサーカーの運転する大型バイクのサイドカーに乗車し街中を移動していた。
 向かう先は豊島区の〈双亡亭〉。バーサーカーの大型バイク――ゴールデンベアー号Ⅱは、法定速度ギリギリで現状における最終目標が佇む地へと向かっていた。

「それで大将、これからどうするんだ?」
「双亡亭に向かう。聖杯戦争が本格した今、あそこがどんな様子か一度確認しておきたい」
「OK、敵情視察だな。とっとと終わらせて、仲間集めにもどろうぜ」

 それがファミレスを後にし小鳥遊ホシノと別れた後、バーサーカーと交わした会話の一部。
 目を離している間に何かしらの変化が起きていたなら、それに合わせて対応を変える必要がある。
 理想を言えば他の参加者の手によって既に排除されていれば良いのだが、まずそれはないだろう。
 むしろ最悪の可能性――状況が悪化し、すぐにでも攻め込む必要性が出てきた場合を考えた方が現実的だ。

「その場合の対処法は……大暴れしているサーヴァントを誘導する、とか?」

 双亡亭に挑むには、まだまだ戦力が足りない。
 それでも行動しなければならないのなら、どうするべきか。
 差し当たって思い浮かぶのは、〈龍〉や郊外の地区を消滅させたサーヴァントを、どうにかしてぶつける事だろう。
 あれほどの力を持つサーヴァントなら、わざわざ屋敷の中に攻め込まず、外から壊すことも不可能ではないだろう。
 しかし。

「どうやって誘導する? 仲間に出来れば最上。でも、断られた場合は?」

 その場合はどうするのか。
 即座に思い浮かぶのは、わざと挑発して戦闘を引き起こし、相手の攻撃に双亡亭を巻き込むことだ。
 相手の敵意や攻撃を誘導するのは、形代を使った身代わりを始めとする夜宵の十八番だ。
 その場合、仮に双亡亭を破壊できたとしても、そのまま利用した相手との戦闘になる。 
 だが、それで双亡亭が破壊できるのなら、十分必要経費と言えるだろう。
 しかしそれ以前の問題として。

「まず見つけないと話にならない」

 たとえ〈龍〉たちが双亡亭を破壊できるとしても、そもそも見つけられなければ誘導も何もない。
 それでは結局単騎で攻め込むしかなく、しかし現状における勝算はゼロに等しい。
 まず間違いなく、自分たちは双亡亭に憑り殺されるだろう。

「小鳥遊ホシノとの繋がりができたのは、幸いだった」

 この先小鳥遊ホシノがどうするにせよ、双亡亭への対処は避けられない。
 たとえ単騎で突入しなければならない事態になったとしても、事前に彼女へと連絡できれば、双亡亭の状態を伝えられる。
 そうすれば双亡亭を放置してどうしようもなくなる、という事態だけは避けられるはずだ。

「協力を得られるなら、それが一番だけど」
 あの様子では当分は難しいだろう。
 と。そんなふうに、小鳥遊ホシノの事を考えていたからだろう。

「止まって、バーサーカー」
 不意に視界の端を過ぎったものに、即座にバーサーカーへと停車指示を出す。
「どうした大将。なんか見つけたのか?」
 いきなりの思惟に困惑しながらも、バーサーカーは事故を起こさないように、しかし素早く減速する。

「あ、おい大将!」
「たぶん、マスターを見つけた」
 バイクが停車しきるより早くサイドカーから跳び下り、見えたものを確かめるために駆け戻る。
 するとやはり、頭上にヘイローを浮かべた黒衣に白髪の少女がそこにいた。

「ん? なに、プーちゃんの知り合い?」
「否定。初めて会う人物です」

 こちらの目的が自分達であることに気づいたのだろう。
 白黒の少女とその隣にいた男性が足を止め、怪訝そうにこちらへと向き直る。
 おそらく少女がマスターで、男性がサーヴァントだろう。

「おい大将、一人で先行くと危ねえぞ」
 少し遅れてバーサーカーがやってくる。
 遅れたのはバイクを路肩に寄せていたからか。

「お? お前、もしかして金ちゃんか?」
 そんなバーサーカーを見て、今度は男性の方が反応する。
「知ってる人?」
「……いや、知らねえ……と思う」
 バーサーカーは自信なさ気に応えるが、相手は親しい友人とばったり会ったかのような雰囲気だ。

「そう、わかった」
 バーサーカーの事が一方的に知られているというのは気に掛かるが、敵意がないのなら今はそれでいい。
 改めて二人へと向き直り、こちらの要望を口にする。

「あなた達と話がしたい。そしてできれば、協力して欲しいことがある」


    §  §  §


 あれから場所を移動し、互いに自己紹介と、こちらの要望を伝える。
 どうやらあちらの男性――釈迦が知っていたのは、私のバーサーカーではなくその並行同位体らしい。
 それでも一目で真名を看破できたあたり、雰囲気はよく似ているのだろう。

「なんか悪いな、オレっちが一方的に忘れちまったみたいな感じで。……えっと、お釈迦サマ?」
「釈迦でいいよ。まあサーヴァントならそういう事も有るだろうさ。バーサーカー同士、改めて仲良くしようや」
「おう! よろしくな、シャカ!」

 どうやらバーサーカーたちの方は、早くも意気投合したらしい。釈迦が友人だと言っていたのは嘘ではないようだ。
 一方の白黒の少女――プラナは、何かを考えているのか、じっと黙って目を瞑っている。
 小鳥遊ホシノのアサシンの逆鱗に触れてしまった時と同じ失敗をしないよう、注意して言葉を選んだつもりだが、また何かを間違えてしまったのだろうか。
 そうして、その沈黙が何分か続いた後、

「謝罪。時間が掛かってしまい、申し訳ありません。
 あなたの聖杯への願いを、私の理解に落とし込むのに時間が掛かってしまいました」

 パチリ、と目を開いてそう口にした。

「そして、貴女の要望は大体理解しました」
「それで、答えは?」
「返答。あなたの協力要請に応じます」
「ありがとう。今は少しでも味方が欲しいから、とても助かる」
「いいえ。あなたが多くの仲間を集めれば、わたしもその方たちと戦闘を伴わない交流が可能となります。
 それは、この都市を旅し、見聞を広めたいという私の目的にも沿うものです」

 どうやら、上手く協力関係を結べたらしい。
 協力する目的と一緒に、私の願いも教えたのがよかったのだろうか。
 プラナの様子からすると、それも大きな要因になってそうな気がする。

「質問。あなたはこの後、どうするつもりですか?
 時間に余裕があるのであれば、幽霊……魂という概念について、お教え願いたいのですが」
「教えるのは構わないけど、その前に一つ質問。あなたは双亡亭について知ってる?」
「返答、否定。双亡亭に関する情報は、噂以上のものは知りません」
「じゃあまずは双亡亭を見に行こう。あそこのヤバさは、実際に見た方が実感できる。
 霊魂については、その道中で教える」
「確認。そう言うことでよろしいでしょうか、バーサーカー」
「オレは構わねえよ。これはあくまでプーちゃんの旅だからな、どこに向かうかを決めるのは君だ」

 プラナのバーサーカーも異論はないらしい。
 両手を頭の後ろで組んで、自然体で成り行きを見届けている。

 話しを聞くに、彼――釈迦は名前を借りただけの別人という訳ではなく、どうやら“本物”らしい。
 ただし、別世界の、という注釈が頭に付くため、私の世界における“その人物”と同じに考えていいかは疑問が残るが。
 それでも仏教の開祖という事実に変わりはない。
 彼の協力を得られれば、現世における私の目的において何かしらの力に出来るだろうか。
 と思い、それが意味のない考えであることに直ぐに気付く。

 これは聖杯戦争。
 生き残れるのは一組だけ。
 もし彼の助力を現世まで持ち越そうとするのなら、優勝以外の生還手段を見つけ出す必要がある。
 それにそもそも、まずは双亡亭をどうにかしないと話にならない。

 だからその問題を解決するために、すぐに向かおうと二人へと、
「じゃあ―――」
 早く行こう、と言おうとしたところで、スマホの着信音に遮られた。
 スマホを取り出して相手を確認してみれば、そこには数時間前に別れたばかりの〈小鳥遊ホシノ〉の名前があった。
 即座に画面をフリックし、通話に応じる。

「もしもし。……うん、大丈夫。
 ……そう。……わかった、場所は―――。
 問題ない。……うん、じゃあまた」

 そうしていくつか彼女とやり取りをした後、通話を切る。

「予定変更、先に人と会うことになった。
 プラナはどうする?」
「返答。もしよろしければ、私もその人に会ってみたいです」
「それは大丈夫だと思う。
 それじゃあ相手を待たせるといけないから、すぐに移動しよう」

 向かう先は、渋谷区の紫関ラーメン。移動にはバーサーカーのバイクを使う。
 プラナは私と一緒にサイドカーに乗って、彼女のバーサーカーには霊体化してもらおう。
 ……バーサーカーが二騎、ちょっと区別が面倒くさい。何か、区別しやすい呼び方を考えておこう。

「それはそうと、小鳥遊ホシノと知り合いだったのですね」
「うん、そう。と言っても、今日初めて会ったばかりだけど。
 そう言うプラナこそ、彼女の知り合い?」
「……ある意味では、そうですね」

 その辺りの事も、ちゃんと彼女に聞いた方がよさそうだ。
 手早く移動の準備を整えながら、プラナを見てそう思う。


      ◆


「それじゃまたね、マコトくん。ヤヨイによろしくね~」
「ホシノ先輩こそ元気でね。次会う事が出来たなら、今度は俺のおすすめの店を紹介するよ。
 吟遊詩人(オルフェウス)も、先輩の事よろしくね」
「言われるまでもねえよ竪琴弾き(オルフェウス)。あんたこそ、早々に死ぬんじゃねえぞ」

 昼食を食べ終えたホシノ先輩たちは、そう言って紫関ラーメンを後にする。
 人を紹介しておきながら立ち会わないのは、今日の午前に初めて会ってしかも協力への返答を保留したため、顔を会わせ辛いかららしい。
 確かに、予定や急用でもないのに別れて数時間でまた再会というのは、どうにも締まらない気持ちになるだろう。
 遠ざかっていく彼女たちの背中を見届けて、テスカトリポカが来るまでの時間潰しに、何か追加注文でもしようかと踵を返すと、

「ようマスター、オレというモノがありながらずいぶん親しげだったじゃねえか。
 しかもお相手は、まさかの冥王(ハデス)と来た。こいつはちょっとした驚きだぜ」

 入れ替わるように本人が現れ、そんなことを言ってきた。
 ようやく待ち人……待ち神?……(きた)る。しかも言い方的に、どうやら隠れて様子を見ていたようだ。

「やあアサシン、戻っていたのなら姿を見せればよかったのに。
 ところで冥王(ハデス)って?」
「あの男の二つ名だよ。冥府に関わる連中で、あいつを知らねぇ奴はまずいねえよ。
 つっても、召喚の際にその情報を持ち出せるかは別だがな。オレが奴さんを知ってるのも、ここが特殊な領域だからだ。
 ……ま、今あいつに関して言えるのは、人狼(リュカオン)の方ならともかく、冥王(ハデス)のあいつを、俺は戦士として認めねえってことぐらいだな」

 戦士として認めないとは、また厳しいことを言う。
 確かに彼は、ホシノ先輩とは違う理由で戦いへの気概に欠けている。
 しかし戦士たちの神でもあるテスカトリポカがそこまで言うということは、彼にも何かあるのかもしれない。
 ただまあ、そこまで気にする必要もないだろう。
 テスカトリポカの言い方からしても、あくまで線引きとして認めないと言うだけで、彼自身を嫌悪しているわけではないようだし。

「それはそうと、だ。
 マスターの方はどうだった? 母校とやらも見てきたんだろう?」
「残念ながら、特に何もなかったよ。分かったことは、都心三区に好戦的なマスターはいないってことくらいだね。
 そう言うアサシンの方はどうだったんだい?」
「そうだな、あくまで遠くから見た感じでは、だが……目ぼしいグループは主に二つだな。
 一つは昨晩やり合っていたドラゴンズプラス一だ。プラス一の方は昨晩とは変わっているが、ヤバさの方は段違いに跳ね上がってるぜ。何しろ一都市を平気で消し飛ばす奴だからな」
「それは……」
 テスカトリポカの言う通り、確かにヤバい。

 聖杯戦争の舞台が23区に絞られる前に起きていた、都市の消滅現象。
 それを起こした謎のサーヴァントが、昨夜空中戦を繰り広げたドラゴンたちと戦ったらしい。
 それはつまり、その消滅の担い手もまた、空中戦を可能とするだけの能力を持っているという事に他ならない。

 一方のこちらには、空中戦を行えるだけの機動力はない。
 出来てもペルソナの力でどうにか、と言ったところで、場合によっては空から一方的に攻撃を受ける事になるかもしれない。
 である以上、もしそのサーヴァントと戦うのであれば、最低でもニュクスとの戦いに赴いた時並の覚悟は必要になるだろう。

「そしてもう一つだが、こっちは一つ目とは違う意味でヤベえ。
 何しろこいつら、積極的にNPC連中を殺して回ってやがった。それも、“ヒーロー”を呼び出すっていう目的の為だけにだ。
 こいつらが誰か、分かるだろうマスター。そう、昨日の昼間に派手に暴れていた怪物連中だ。
 わざわざNPCを虐殺した理由も、昨日やられたやり返しだな」
「…………」

 やられたらやり返す、というのは理解できる。
 けどそのために、何の関係もないNPCを積極的に狙うとは……。
 いや、そもそも、彼らは昨日の時点で見境なしに暴れていた。
 それほど自分たちの力に自信があるのか、もしくは何かの作戦なのか。それとも単なる考えなしの行動か。
 主従共に人ならざる怪物であるというだけあって、その思考が全く理解できない。
 彼らについて解るのは、その行動が悪意に満ちたものだ、という事だけ。
 行動は予測できないのに被害だけは確実に発生する、というのは、ある意味ではシャドウよりも厄介だ。

「いや参ったね。どいつもこいつも都心近くに集まって、揃いも揃って早々にドンパチ始めてやがって。
 まさかとは思うが、一日で戦いを終わらせる気じゃねぇだろうなアイツら」
「それは何というか、俺としてもその……困るな」

 何故ならそれは、自分たちが様子見をしている間に、ほとんどのマスターが脱落したという事に他ならないからだ。
 生きている人たちを生還させることを目的としている以上、何もしないうちにその人たちが死んでいた、というのは問題だろう。
 一応ホシノ先輩や寳月夜宵さんが生きていることから、全滅だけはないのは確かだが。

 ただまあ、このまま様子見を続けるのは、どちらの目的からしてもナシだろう。

「それでマスター、どいつを殺す(・・・・・・)?」

 そうして放たれる、アサシンの言葉。
 その声色の酷薄さに、思考が一息に凍り付く。

「オレはオマエのサーヴァントだ。そしてサーヴァントとは、マスターの武器だ。
 銃はオレが構えよう。標準もオレが定めよう。弾を弾倉に入れ、遊底を引き、安全装置もオレが外そう。
 ―――だが。
 殺すのはオマエだ。引き金を引くのは、オマエの殺意だ」

 すぐ隣から放たれる威圧に、知らず息が詰まり、唾を呑む。
 戦うために呼ばれた全能神(サーヴァント)が、己を従える結城理(マスター)にその務めを果たせと言っている。

「さあ、選びな。オレの獲物はどいつだ、マスター。
 やたらと好戦的なドラゴンどもか、そいつら二匹を同時に相手取れる消滅か、それとも殺しを愉しむ怪物どもか。
 あるいはそいつ等が暴れてる裏で、こそこそと暗躍している連中を狩り出すっていうのも、選択肢としちゃアリだぜ」

 ま、オマエの事だからヒーローどもは狙わねぇだろうが。と、アサシンは茶化すように付け加えるが、その言葉の冷たさは何も変わっていない。
 迂闊な言葉は口にできない。もし返答を間違えれば、その瞬間彼は俺を見限り、彼自身の判断で戦場に赴き、死をまき散らすだろう。
 さあ、どうする? と数多の死を見届けてきた瞳が、次に見届ける死を選べと決断を迫っている。
 それに対し、俺は。

「あ、意気込んでるところ悪いんだけど、この後人と会う約束をしてるんだ。
 誰と戦うかは、その子との話し合いが終わってからでいいかな?」

 それは後で、と。躊躇なく返答を棚上げした。

「なんでも、双亡亭を壊すために協力者を集めているらしくてね。
 話し合いの結果によってはその子に協力することになるから、方針はまだ決められないんだ」
「おおっと、こいつは一足遅れたか。なら仕方ないな。
 ――しっかし、双亡亭ねぇ」
「何か問題があるのかい」

 どうやら(テスカトリポカ)のルールに抵触せずに済んだようだ、と内心で安堵しつつ複雑な顔をする彼へと問いかける。
 だが彼は、いいや、と小さく首を振って返答をした。

「それがマスターとしての決定なら、サーヴァントのオレに否はねえさ。
 それより、その話し相手はいつ来るんだ?」
「そう時間はかからないと思うけど」
「オーケー。ならそいつらが来るまでの間に、副都心で起きた事について詳しく教えておこう」

 テスカトリポカの様子は疑問に思うが、こうなったら必要がない限り教えてくれないだろう。
 あるいは、何かしらの対価でも用意すれば行けるかもしれないが、そこまでする理由もない。
 今は彼から聞いたことを整理して、今後の戦いに備えておこう。


【中野区/一日目・午後】

寶月夜宵@ダークギャザリング】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]過渡期の御霊、Sトンネルの霊の髪、鬼子母神の指、マルバスの指輪
[道具]東京都の地図(冥界化の版図を記載)
[所持金]小学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:まずは双亡亭攻略。
1.紫関ラーメンに向かう。
2.移動の間に、プラナに霊魂について教える。ついでに小鳥遊ホシノについて聞く。
3.双亡亭ぶっ壊し作戦、継続中。協力相手求む。
4.脱出の手段があるなら探っていく。
5.仏教の開祖なら、“神”や“空亡”に対抗できる?
[備考]
※情報屋の葬者(脱落済み)と情報のやり取りをしていました。ゼファーが交流してたのと同じ相手です。
※ホシノと連絡先を交換しました。

【バーサーカー(坂田金時)@Fate/grand order】
[状態]健康
[装備]黄金喰い
[道具] ゴールデンベアー号Ⅱ
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:夜宵を護り戦う。
0.安全運転で全速だ!
1.夜宵に付き添う。
2.お釈迦サマとか、驚きだぜ。
[備考]

【ゴールデンベアー号Ⅱ】
冥界における移動手段として用意した、サイドカー付きのハーレー。
当然宝具ではなく、変形機構などは持たない。
あと無免許。

プラナ@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]傘型ショットガン
[道具]
[所持金]無理をしなければ生活に支障がない程度
[思考・状況]
基本行動方針:旅をする
1.寳月夜宵から魂の概念について教わる。
2.もし、“あなた”の魂があるのなら……。
3.セイバーのマスター(オルフェ)に対する関心
[備考]

【バーサーカー(釈迦)@終末のワルキューレ】
[状態]疲労(小)
[装備]『六道棍』
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ゆるりとやっていく。旅は楽しくなくちゃね。
1.もう少しのんびりしたかったけど、思った通りに行かないのも旅の醍醐味だしな。
2.まさかこっちでも金ちゃんに会えるとは、嬉しいねえ。
[備考]


【渋谷区・柴関ラーメン屋台前/1日目・午後】

結城理@PERSONA3】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]小剣、召喚銃
[道具]
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:冥界を閉じて、生きている人を生還させる。
1.寳月夜宵を待つ。その間に、テスカトリポカから副都心で起きた事について聞く。
2.情報収集。詠子からの情報は貴重だけど……。
3.獣……?
[備考]
※十叶詠子に協力を頼み、連絡を取り合っています。
 携帯番号は登録できないので、こちらからかける事はできません。

【アサシン(テスカトリポカ)@Fate/Grand order】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:闘争の活性化。
0.さて、戦争の場はどこかね。
1.副都心での出来事(午前中まで)をマスターに話す。
2.双亡亭とはまた。マスターは知ってんのかねぇ。
3.魔女、ねぇ。
[備考]
※召喚時期に多大なリソースを使って、冥界内のルールを整備してします。
※ベルベットルーム@PERSONA3は許可の元で借用しています。
 エリザベス等、部屋の住人が出入りする事はありません。


      ◆


「うへ~。いい感じにお腹いっぱいだし、そろそろお昼寝にしようかな~」
『お、いいんじゃねえの? まああんたの場合、腹が膨れたからじゃなくて寝不足が原因だけどな』

 結城理と別れた後、小鳥遊ホシノは多くの人が行き交う街並みを歩いていた。
 アサシンはすでに霊体化しておりその姿を見ることは出来ないが、大きな声を出すわけでなければ、独り言染みた会話を気にするNPCはいない。

『聖杯戦争の戦闘は、現世なら夜間に隠れてするのが原則だからそうおかしくはないんだが、ここは冥界だからなぁ』
「うへぇ~。しょうがないじゃん。夜間パトロールが癖になってるんだからさ~」

 ここはアビドスではなくその必要はないと解ってはいても、習慣というのはなかなか抜けない。
 アサシンへと文句を返しながらもスマホを取り出し、近くにちょうどいい公園とかはないかなと周辺検索をする。
 そこへ。

『マスター』
 先程とは違う、鋭く研ぎ澄まされた声が放たれた。
「わかってる」
 アサシンの発した警鐘に、即座にスマホを切って前を向く。

 視線を上げた先には、見逃しようのない黒。
 薄い金髪に黒い服装の少女が、その外見からは想像もつかないほどの存在感と共にそこにいた。
 ―――サーヴァントだ。
 しかもまだずいぶん距離があるというのに、少女のサーヴァントはその髪と同じ薄金の瞳を、まっすぐにこちらへと向けている。
 つまり完全に捕捉されている。
 付け加えるなら、その威圧的かつ挑発的な眼差しは、どう見ても友好的な雰囲気ではない。

「んはぁ~、めんどくさぁ」
 ホシノの口から、堪らずそんな言葉が突いて出る。

 アサシンは今も気配を遮断しているはずだから、捕捉された理由は彼ではない。
 であれば当然、その理由は自分にある。――ヘイローだ。
 この街の女子学生NPCにもヘイローはいる。だがその数は極端に少なく、ヘイローがあればそれはマスターだと見做してまず間違いないレベルだ。

「だからあんまり出歩きたくなかったんだけどなあ~」

 とっとと姿を晦ますべきだった、と自分の迂闊さを若干恨みながらも、少女のサーヴァントへと付いてくるように指で示す。
 幸いというべきか、荒事になったとしても周りへの被害が少なそうな場所は、先程の検索で近場に見つけてあった。


    §  §  §


「それで、私に何の用?」

 近辺で一番大きな公園の中へと来たホシノは、背後へと振り返り黒衣の少女に問い掛ける。
 見ればそこには少女だけでなく、同じように黒いジャケットを着た金髪の青年もいる。
 おそらくは、少女のマスター。彼女の存在感に隠れて気付かなかったか、あるいは道中で合流したのだろう。

「ふん、愚問だな。聖杯戦争の参加者がこうして向き合ってすることなど、一つしかあるまい」

 ホシノの問いに、青年ではなく少女が答える。
 マスターよりも我の強いサーヴァントなのか、あるいは予測とは逆で、青年がサーヴァントで少女がマスターなのか。
 ……まあ、どちらであってもこの後の展開は変わらないだろうな、とホシノは少女の戦意を見て取り、内心で溜め息を吐く。

「そんなことはないよ。少し前にも、他のマスターに同盟を組まないかって誘われたし」
「ほう?」
「その人はねえ、双亡亭っていう幽霊屋敷をどうにかしたいんだって。
 みんな分かりやすい脅威にばっかり注意が行って、あそこの対処を後回しにしているからって」
「なるほどな」

 少女は腰に手を当て、納得がいったようにそう口にする。
 どうやら話が通じない相手、という訳ではないらしい。
 これはもしかしたらもしかするかも? と思い、誘いを掛けてみる。

「お姉さんたちもどう? 双亡亭の攻略、協力してくれない?」
「断る」
「だよねぇ」

 にべもない。
 まあ予想はしていた。短い会話の間ではあるが、少女の戦意には微塵の揺らぎもなかった。
 双亡亭の存在は少し調べればわかるし、どうするかをあらかじめ決めてあったのだろう。
 だとしても、ここまでバッサリとは思わなかったが。

「それで、貴様はいつ自らのサーヴァントを呼び出す。
 それとも……貴様が私の相手をする、などと言うつもりか?」
「まっさかあ~。いくらおじさんでも、サーヴァントと戦うのなんて無理無理~」
「ならば疾く呼び出すがいい。よもや私を前にして逃げだした、とは言うまいな」
「どうだろうねえ~。あの人は本当に駄目な大人だし、敵わないと思ったら逃げ出してるかも。
 ……ねえ、本当に戦わなきゃ、ダメ?」
「くどい」
「うへぇ……」

 こちらの言葉を一顧だにしない少女の対応に、ホシノは嫌々ながらもキャリーバッグから愛銃“Eye of Horus”を取り出す。
 あくまでも自身のサーヴァントを呼び出さないホシノに少女は眉を顰めるが、それも一瞬。
 僅かに目を瞑ったかと思えば、次の瞬間にはその右手に黒い直剣を顕現させ、その切っ先をホシノへと突き付ける。
 剣、すなわちセイバー。つまり予測通り、少女がサーヴァントで青年がマスターだったという訳だ。
 その事実を確認し、しかしホシノは怯むことなく、右手で構えた愛銃の銃口を少女――セイバーへと突き付け、

「それじゃあ、はじめよ~、か……あえ?」
 セイバーの剣から放たれ始めた黒い魔力の奔流に、やる気のない戦闘開始宣言を途切れさせる。

「愚か者が、身の程を誤ったな」
「ッ!?」
 ホシノはとっさに左手でバリスティックシールド“IRON HORUS”を展開するが。
 次の瞬間、セイバーの剣から放たれた黒い魔力の奔流が、大火となってあまりにも容易くホシノを飲み込んだ。

「…………」
 黒色の魔力によって焼き払われ、白煙を立ち昇らせる大地。
 日常において多くの人々が平穏を享受していたであろう公園は、ただの一撃で見るも無残なものへと変わり果てた。
 だがセイバーは剣の実体化を解くことなく、立ち上る白煙を睨みつけている。
 それもそのはず。白煙が風に散らされ開けた彼女の視界には、己が一撃で消し飛ばしたはずの少女が、未だに健在だったのだから。

「うへぇ~、死ぬかと思った~」
「驚いたな。加減したうえで狙いが逸れたとはいえ、我が一撃を受けてその程度とは」

 ホシノの盾は、その半分近くが赤熱し白煙を吐いている。
 だが言い換えればその程度。
 速射を優先し威力が低かった。僅かに狙いが逸れ直撃しなかった。言い訳はいくつか思い浮かぶが、それでも並のサーヴァントでは蒸発するであろう一撃だ。
 それを、ただのマスターでしかないホシノが無傷で防いだという事実は、セイバーをして驚嘆に値するものだった。
 ―――しかし。

「そして、やはりアサシンか。大方、貴様を切ろうと私がマスターから離れた所を襲うのが、本来の貴様達の作戦だったのだろう」
 そう口にするセイバーの左手は、彼女のマスターである青年を庇う様に突き出され、彼へと迫っていた白銀の刃を受け止めていた。

「あらら、どうやら始めっからバレてたみたいだな」
 己が凶刃を受け止める黒い籠手の装着されたセイバーの左腕を見て、下手人であるアサシンは冷や汗と共にそう口にする
「いや、見事な一撃だ。貴様がマスターを庇おうとしなければ、あるいは一手遅れていたかもしれん」

 アサシンへと賛辞を呈するセイバーの右腕には、数本の投げナイフが刺さっている。
 彼女のホシノへの一撃が直撃しなかったのは、片手撃ちによってただでさえ安定を欠いていたところに、アサシンの一撃を受けたからだ。
 もしこれがなければ、セイバーがアサシンの凶刃を受け止めた所で、この二の刃によって青年は殺されていたかもしれなかった。
 だが同時に、セイバーの一撃はホシノに直撃し、少なくとも無傷では済まなかった事だろう。

「どうだか。あんたならその場合でも、俺の一撃を防げた気もするがね」
 その事実を正しく認識するアサシンは、セイバーの称賛に否を返す。
 次の瞬間。

「ふっ!」
 セイバーは左手でアサシンの刃を握りしめ後退を封じると同時に右手の黒剣を振り抜き、
「当たるかよ!」
 アサシンは己が異能によって少女の左手を弾き飛ばし、迫る黒剣から逃げ果せる。

「わりぃなマスター、しくじっちまった」
「仕方ないよ。まさかいきなり大技を撃ってくるだなんて思わなかったからね。
 さすがに直撃していたら、おじさんも危なかったよ~。ありがとねアサシン」
 ホシノの隣へと帰還したアサシンは己がマスターへとそう謝罪し、ホシノは自分を庇ったからだと逆に感謝する。

 まずはマスターであるホシノがあえて危険を晒し、その頑強さで相手サーヴァントの攻撃を受け止め、その隙にアサシンが敵マスターないし敵サーヴァントを仕留める。
 セイバーが口にした通り、それがこの聖杯戦争における二人の基本戦術だった。
 無論そこには、相手がアサシンの存在に感づき攻めあぐねる様なら、そのまま撤退するという消極策も含まれていた。
 だがその戦術は、セイバーの実力によって真正面から瓦解された。

「来い、一時戯れてやる」
 自身の右腕に刺さったナイフを抜き捨てたセイバーは、漆黒の鎧を纏い二人へと傲岸に告げる。

 完全な戦闘態勢に入った相手に、襲ってきたのはそちらだろう、と思いながらも、二人は戦闘意識のギアを一段上げる。
 この状況から逃げ出そうとしたところで、先程の一撃がより強力なものとなって放たれるだけだろう。
 である以上、あとはもう真正面からやり合うしかない。

「そんじゃあ、めんどくせぇけどやりますかね」
 アサシンは気だるげな態度を見せながらセイバーへと己がナイフを構え、
「ふあ~、めんどくさいけどしょうがないなぁ」
 ホシノは眠たげに欠伸をしながら盾と愛銃を構え直した。


      ◆


 高層ビルの屋上から、二キロ以上離れた場所に居る対象を確認する。
 距離は遠いが、眼球に強化の魔術を施せば問題なく視認可能。
 視線の先では、二組のマスターとサーヴァントが今まさに戦闘を開始しようとしていた。

「――投影、開始(トレース・オン)
 対象を確認し、一丁の狙撃銃を投影する。

 本来銃器の投影は困難だが、パーツ単位で投影してしまえばその難易度は大きく下がる。
 加えて今投影したものは、銃器というカテゴリでありながら“剣”の属性も併せ持つ特異な武器。
 情報が不完全ゆえに真名の解放は不可能だが、仮にも“剣”であるため他よりも高い投影精度を維持できる。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)
 込める銃弾も、宝具を弾頭へと加工した特別性。
 一発ごとの概念強度は大きく劣化するが、対象の強度・行動を想定し、確実に仕留められると想定したものを装填する。

工程完了(ロールアウト)全投影、待機(バレット・クリア)――――」

 銃を構え狙撃態勢をとる。
 後はただ、引き金を引くべき時を、静かに待ち続けるだけだ――――。


      ◆
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最終更新:2024年12月03日 19:38