身体が消えていく。指先の感覚が失われ。胸元から流れる血液の滴る音すらも、決して手放せない宝物のように感じた。
心臓よりも大切な、生きていくための"核"が壊れている。手遅れ、なんて可愛らしい言葉じゃない。調理を済ませた後のフライパンのような、今の己は『全てが終わったあとの余熱』のようなものだ。
吹いてしまえば消えてしまう。冷めてしまうのもあと僅か。
『妹』が。『友達』が。瞳に涙を溜めて、それが、今にも溢れてしまいそうで。
"さようなら"、なんて。
悲しいだけの別れの言葉は───嫌だな、なんて。
この脚にあともう少し時間が残されていれば。
彼女たちに駆け寄ったというのに。
この腕にあともう少し時間が残されていれば。
思い切り、全身で彼女たちを抱きしめたというのに。
───わたしよりも、あんたたちの方が泣きそうで。
わたしの涙なんて、引っ込んじゃった。
「なんて顔してるのよ」
贈る言葉は激励で。浮かべる表情は笑顔で。
生きていたかった。そんな想いを心に残して、わたしは消えた。
「頑張りなさい! お姉ちゃんが見守ってるからね!」
○ ● ○
───三組目。
この短期間で、脱落を目にしたサーヴァントとマスターの数。
無論、自ら襲った訳ではない。自衛の結果であり、少女の見通す眼が偶然捉えたものであったり。
だからこそ、違うと断言できる。
『聖杯戦争』は。こんなものじゃない。
「…って言ってもね。わたしも実経験がある訳じゃないんだけど」
立ち並ぶ四階建ての廃墟の数々。その中の一つで、少女は呟いた。前を見ても後ろを見ても灰色の空間。何があるわけでもない、何がないわけでもない、ただの廃ビルの一つ。
その中で、壁に身を預けていた。
褐色の肌に、桃色の髪。実年齢より少し大人びた容姿に、艶のある雰囲気。
クロエ・フォン・アインツベルン。聖杯戦争の御三家、アイツベルンの───少し事情は変わるものの、同じ姓を持つ少女だった。
「………」
何をする気にもなれず、深いため息を吐く。
この世界にあるものは、何もかもが偽物だ。人も、建物も、何もかも。
家に帰る気にはなれなかった。家族の顔した偽物が暮らしていると思うと、どんな顔をすればいいのかわからない。
学校には行った。魔力の供給の都合上、(趣味の問題も多少はあるが)学校は都合が良かった。
同年代の女子学生と唇を重ねたが、魔力の供給という問題においては解決はしなかった。その上、魔力の『質』が違う───周りの人間も、ただの人間でないことも理解してしまった。
何もかもが、異質の世界。
冥界。眉唾物だと思っていた情報が、現実味を帯びてきた。
ふふ、と自嘲する。どうせあの世なら、もうちょっとバカンスができる空間を想像していた。
「───アーチャー、いる?」
「いるさ。僕はサーヴァントだからね。索敵と緊急時以外、君からは離れないつもりだよ」
「…それはちょっとキモくない?」
「キモ…ッ!?」
クロエの呼び掛けに、男が答える。魔力は形を成し、白装束を纏った弓兵が現れる。
「…君はもう少し小学生らしく、自覚を持った方がいい。おそらくマスターの中でも下から数えた方が早い年齢だ、狙われる可能性を」
「いいから。アレ、ちょうだい」
「…どうして僕の周りはこう、話を聞かない人間ばかりなんだ」
弓兵がクロエの隣に筒状のものを置く。カランと音を立てた銀製のそれを、クロエは蓋を開け中身を口内に放り込む。
こくこくと喉が動くたびに、身体に活力が戻る感覚。液状の中身を飲み終えた頃には、クロエの身体は活力に───魔力に満ちていた。
「あとは味さえ良ければ満点なんだけどね」
「飲用ではないし、そも飲んだのも君が初めてなんだ。無茶を言わないでくれ」
「冗談よ。これがあるだけ感謝してるわ」
筒状のものを床に置き。クロエは再び何をするわけでもなく、壁に身を預けた。
白装束の弓兵は何も言わず、彼女を見守るように立っていた。
そして。五分ほど、経った頃だろうか。
少女は自らの膝を抱き、顔を埋めた。
「…わたし、この聖杯戦争みたいな悪趣味なモノに乗る気なんて、なかった」
ぽつり、と呟いた。
空気に溶けていきそうな、小さな声。千切れてしまいそうな心を必死に繋ぎ止めている少女の思い。
「冥界とか御免だわ。こんな気味の悪い場所、一秒だって居たくない」
「…そうだね」
白装束の弓兵は、ただ相槌を打った。余計な言葉を挟まず、ただ心と言葉だけに耳を傾けた。
僅かの沈黙。急かすこともなく、弓兵は待っている。
「───でも。でも、ね」
溢れた言葉。それは、大人びた外見に閉ざされた心の雫。
「やっぱりわたし、生きて、いたい。生きていたいの。死ぬのとか、嫌なの」
生きていたい。ただそれだけのこと。
誰もが願う奇跡。誰もが当たり前だと思っている奇跡。
それがどれだけの価値があることか、少女は知っている。それがどれだけの奇跡の上に積み上げられた『普通』なのか、少女は知っている。
「みんなのところに、帰りたい」
一度は覚悟したはずだった。笑顔で、きっちりと残されたものたちを励ませた。わたしはやることをやれた。そんな言葉で覆っていた彼女の心に、僅かに残っていた罅。
死にたくない。たったそれだけの、簡単な言葉。
「……僕は」
───弓兵が次に言葉を紡ぐことはなく。
轟音と土煙と共に、弓兵は面白いくらい棒立ちのまま、圧倒的な暴力に飲み込まれた。
「■■■、■■」
少女はぼんやりと、起きた事象を眺めていた。展開に脳が追いついていない。
山羊の頭部で自らの顔を隠した大男。それが、自らの身の丈ほどの大剣で、廃ビルの壁ごと弓兵を叩き潰した。
簡単なことだった。俯き、完全に奇襲を警戒していなかったクロエ。その意識外。遥か向こう。
敵マスターの索敵により発見されたアーチャーに向かい、ただ一直線に、規格外の速度で。バーサーカーが、飛んだ。
よそ見もなく。脇目も振らず、ただアーチャーを潰すためだけに。
無論。クロエが驚いているのは、バーサーカーにだけではない。
振り下ろされた大剣を、簡単に貰った弓兵に対しても。
「───君、バーサーカーのクラスだろう? 恐らく、マスターの指示で飛んできたんだろう。
尊敬するよ。君のマスターは探知に優れていると見える」
そして。その暴力を、日差しを遮るように掲げた腕で、しっかりと受け止めていることに対しても。
アーチャーのクラスには劣るようだけどね、と涼しく告げる弓兵の細腕の前で、バーサーカーの大剣が震えている。恐怖ではない。筋肉を隆起させ、腕ごと断ち切ろうと押している大剣が、ピクリとも動かないのだ。
「その上、マスターが幼い女性で尚且つ心が弱っている瞬間を狙う。素晴らしいね、大層誇りある魔術師の家系なんだろう。
未熟で混血の僕にはこんな暴力的な戦法、思い浮かびもしなかったよ」
素手で、大剣を振り払う。大きくのけ反ったバーサーカーの胸に、弓兵は指先を向ける。
現れるは光の弓。煌々と輝く魔力の奔流。
冥界の大源が弓を成し、滅す光が矢を紡ぐ。
「さようなら、名も知らぬ英雄。
───君は、仕える人間を間違えた」
疾ッ、と。
僅かな吐息と共に放たれた矢が、バーサーカーの胸を貫いた。
○ ● ○
「バーサーカー、何やってんだよ…!」
バーサーカーと弓兵が接敵した、遥か向こう。
ビルの屋上で、魔術師は探知の魔術の範囲を拡大させ、戦局の把握を図る。
魔術師の作戦は完璧だった。彼の家に伝わる探知の魔術。自らの感覚を広げ、自己を溶かし、果てには世界と同化し根源へ至ることを目的とした魔術。その派生。
結果、触覚として高精度・広範囲の探知を可能とした魔術師は、バーサーカーのデメリットを緩和していた。
狂戦士とは英雄としての経験・戦況の判断や意思の疎通───理性を失う代わりに、御し易く尚且つステータスを上昇させるクラス。
要するに、戦うだけの兵器を作るのだ。
そして魔術師は己の魔術と組み合わせ、結果的に欠点を解決した。
即ち。広い探知にて先回りし、弱っている主従に感知される前にありったけの魔力でバーサーカーを飛ばし、一撃の内に屠る。
接敵、即殺。それが、魔術師の作戦だった。
バーサーカーがサーヴァントに止められている。
───令呪を使うか。
魔術師は歯噛みしながら、冷静に判断を下した。ここでバーサーカーを失っては元も子もない。ここであの主従を生かしては接敵即殺の戦法が使えなくなる可能性すらある。
「…令呪を」
ぱん、と。
令呪を使おうと右手の甲を掲げたマスターの肘から上が、消えた。
それが。アーチャーの狙撃によるものだと気づいたのは、いつだったか。
その後の魔術師の未来を知るものはいない。
サーヴァントを失い、令呪を失い。
亡者の一部と化すまで、後僅か。
○ ● ○
「───アーチャー?」
「君のサーヴァントとしてこれから戦うにあたって、二つ条件がある」
「…へ?」
残す言葉もなく、消えていくバーサーカーを前に、弓兵…アーチャーは何事もなかったかのように話を続ける。
傷一つないその身体は、本物の『サーヴァントの戦い』を見せつけられているようだった。
「一つ。魔力の補給はこの『銀筒』を使うこと。幸い、僕はアーチャークラスで、戦いにおいても使用する魔力は少ないサーヴァントだ。この銀筒に集めて飲むだけで君は大分楽になるだろう。
ここが冥界なら、霊子───いや、ここでは魔力か。僕はそれには困らないからね」
「え、その」
「さすがに粘膜接触での魔力供給はその歳では早過ぎる。そして言うまでもなく下品だ。
そういうものに興味を持つなとは言わないが、歳を考えるべきだよ、君は」
「げ、下品…!?」
少女、クロエ。二度目の事態に追いつけず。
辛うじて女として聞き逃せない暴言には反応したものの、アーチャーの次ぐ言葉に流される。
「二つ目。できるだけでいい、後衛に徹してくれ。おそらく君も魔術師だ、いざとなれば命を奪うことに抵抗はないだろう。魔力が無くなれば消える魔術師、というのも珍しいと思うが…。
マスターは僕がこの誇りに懸けて護ってみせる」
「はあ…」
続け様に届けられたその言葉に、ポカンとしたまま、動けずのクロエ。
なんというか。疑問が一つだけ、ふつふつとクロエのうちから湧き上がってくる。
「あー、アーチャー? …一つだけ聞いていい?」
「…? 何か不満が?」
「いや…どうしてそんなに助けてくれるのかなって。
なんというか…今のを聞くと、アーチャーも願いを叶えたいというか…わたしを護る方を優先してるように聞こえるわ」
アーチャーの眼鏡の奥に隠した瞳が、揺れる。
クロエは更に疑問符を頭の上に浮かべながら、こちらを見ている。
───ああ、そうか。
───君は、こういう気持ちだったのか。
アーチャーは、口を曲げて。顎に力を入れて。
「『気に食わねえ』。それだけだよ」
仲間に見られたら、なんて言われていただろうか。
生前の景色を思い浮かべつつ、アーチャーは微笑んだ。
「…何今の。モノマネ?」
「そうさ。友達の…世界一の馬鹿のね」
【CLASS】
アーチャー
【ステータス】
筋力 C 耐久 B 敏捷 A 魔力 EX 幸運 C 宝具 A
【属性】
秩序・善
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。
【保有スキル】
滅却師:A+
周囲の霊子を扱う滅却師である証。Aランクは、血装などの素手での戦いから霊子の絶対隷属まで可能である。
霊脈、地脈、マナを使い己の戦いに利用する。つまり、魔力の供給を必要としない。
このランクにまでなると道具を通してマスターへの供給すら可能な魔力生成量であるが、マスターという現世への要石を失った場合、このスキルだけでは少々の猶予はあれど、現界の魔力を賄いきれず消滅する。
滅却十字:A+
弓兵としての連射速度。アーチャーはこれを極めており、1200以上の連射速射と可能とする。
また超遠距離射撃も可能としており、一種の千里眼スキルとしても発動する。
道具作成(滅却師):B
滅却師としての道具作成能力。
『魂を切り裂くもの』から『散霊手套を砕いた霊子崩壊チップ』、『銀筒』まで戦闘に使用するものを作成できる。
…なお、これは滅却師の能力ではないが。
頼めば服やぬいぐるみなども作ってくれる。手先の器用さ。
友の形:C
アーチャーは合理的な手段を好む。
友を信じ、命を懸けて危険地帯にまで身を投じるなど馬鹿のすることだ。
合理的ではない。およそ賢い人間のすることではない。
───しかし、『友達』とはそういうものだろう。
アーチャーが心から『正しい』と思えるもののために戦う時、幸運と筋力のステータスに補正がかかる。
【宝具】
『反立、現実を此処に(アンチサーシス)』
ランク:B 種別:対事象宝具 レンジ:1~20最大捕捉:1~20
対象Aと対象Bに起きた事象を選び「反転」させる。
例えば対象Aが傷を負ったなら対象Bに傷だけを移し、対象Aが不利な位置関係にいるならば無機物と位置を入れ替え有利を取る。
発動に制限はなく、スキル「滅却師」の効果で魔力の消費も少なくなっている。
『友よ、たった一時だけでも(フロィント・シルバープファイル)』
ランク: A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
「静止の銀」と呼ばれる、かつては滅却師の祖に放ち、全ての能力を一瞬だけ封じる鏃。それを使用した逸話が宝具と化したもの。
「対象の能力を一瞬だけ全て封じる」という一点だけが宝具として昇華された一矢。
滅却師の祖以外にも通用する宝具に進化しているが、しかし一瞬だけのため、追撃には誰かしらの存在───チャンスを託すだけの信頼を置く「誰か」の存在が必要となる。
ただし、この場は聖杯戦争。最強を証明し、願望器を奪い合う殺し合い。
果たして彼が認める者が現れるのか、否か。
【weapon】
- 滅却十字
- 魂を切り裂くもの
- その他、道具作成で作ったもの。
【人物背景】
虚と闘うために集まった霊力を持つ人間の種族。その混血であり、『霊王護神大戦』では、英雄とされる黒崎一護と共に滅却師の祖にトドメを刺したという。
性格は所謂クールだが、その中身は黒崎一護と張り合えるほどの熱血漢。
何のために力を手に入れたか。
何のために戦うのか。
祖父に問われたその理由を『友』に見出した誇り高き男。
出自に謎が多く、『BLEACH 千年血戦篇』のアニメ化により、更なる掘り下げが期待されている。
【サーヴァントとしての願い】
マスターを現世へ送り届ける。
かつて。友達が、自分にしてくれたように。
友達として、この誇りを胸に。
【マスターへの態度】
歳の離れた妹程度に思っているが、どうも保護者感覚が抜けない。
クロエのために魔力補給用の銀筒を多めに作っているのは秘密。
【マスター】
クロエ・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 3rei!!
【マスターとしての願い】
もう一度、イリヤや美遊───家族や友達の元で、生きたい。
【能力・技能】
英霊エミヤの能力を持つ、クロエの核。死の間際に粉砕されたが、冥界への到着と同時に復活している。
双剣、弓矢なんでもござれであり、高い戦闘能力を持つ。
【人物背景】
元々は両親が封印していたイリヤの小聖杯としての機能と人格であり、11年という長い年月と地脈およびカレイドステッキの魔力など様々な影響によって奇跡的に顕現した存在。
本来はイリヤの危機において一時的に人格が交代して彼女の安全を保持するための安全装置。
性格は小悪魔らしいところもあるが、根底にあるのは気丈に振る舞う少女。
生きていたい。
たったそれだけの願いが奇跡として叶い、そして消えた。
もう一度、家族たち、友達の元へ。生きて帰る。
『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 3rei!!』59話の終わりから参戦。
【方針】
生きて帰る。
そのためにも聖杯戦争に参加するような魔術師、向かってくる相手には容赦はしないが…もし、消極的な相手と出逢ったら?
【サーヴァントへの態度】
よくわからない。
生真面目過ぎるが思いやりのあるその態度に、もしや美遊と同じタイプでは、と思い始めている。
銀筒により魔力補給は実は味気なく、少し飽きている。
最終更新:2024年04月18日 19:29