供無(くない)


概要


生物(魔導)学的に存在を保証され且つ特別高レベルの知能を認められていない「普通の知的生命体」と、それらを超越する精神を持たない低位の神の精神構造は非常に近しい性質を持っている。
そうなると、彼・彼女ら低位の神はそれら「普通の知的生命体」と同じく、度を越えた恐怖や怒り、若しくは物理的衝撃によって知能を損う危険が待ち受けている場合も有る。
他の低位高位関わらない神格の発する力による発狂を防ぐ(というより元々それによって狂う性質を持たない)事は出来るが、自らの精神による圧迫からは逃れられない。
その不幸な機会に恵まれてしまったのが、供無である。
彼らは「落神(おちがみ)」や「亡(鳴)御霊(なきみたま)」とも呼ばれ、狂ってしまった事による奇矯な振る舞いや能力の悪用で、最終的には魔物や悪霊等と同じ扱いを受ける。
当然、その背に負われていた信者達も最初のうちは悲しみ苦しむものの、沈みきった船に何時までもしがみついていようと思う者は非常に少ない。
残された供無が生き残る為には、先代の神(親)か次代の神(子供)、もしくは血縁でない他の神に力を封じられ、生きていくに足るだけの神威を与えられるしかないのである。

なお、低位の神同士で見知った他の神等が供無に身を落としてしまった時、しばしば
「~~(地名)の所の~~(個人名、現界名)にクナイが刺さった」と隠語を交えて語られる。

由来は想像し易いと思われるものの、発狂から信者を失い、自活と信者の働きにより捧げられる「供」物が「無」くなる事から、供無と呼ばれる。
「落神」は神としての威容を失い、地に落ちるイメージより。
「亡御霊」は、御霊(神の魂)が能力を失い死んだも同然と周囲より見なされる事から。
「亡」の字が時として「鳴」へと変わるのは、狂ってしまった神格が狂乱する様、その中の笑い泣き、怒りなどによって響く声からである。

余談

ジェイソン「その…まあ、何というか、お悔やみ申し上げる」
ドブソン「知的生命がどうとかのくだりで、普通の普通のと言われているけど、一体どう言う基準なんだい?」
ジェイソン「まあそこは…うん、まあな。いっぱい居るだろ、モノを考えられる生き物って」
ドブソン「うん、まあそうだね」
ジェイソン「まあその中の普通の…うーん、一番数の多そげなところ?」
ドブソン「かなり曖昧だね…」
ジェイソン「世の中たぶんそんなもんだよ、きっと恐らく」
ドブソン「その御神の表現にも曖昧さがよく現われていると思うよ」
ジェイソン「ハッハッハッハッ…」


(※虎眼の世界観による設定の一つであり、他作者様の創作の幅をなんら狭める物ではありません)
最終更新:2013年06月14日 23:29