夜更けだった。空には深い藍の天鵞絨(ビロード)のカーテンが降り、無数の綺羅星を散りばめている。酷く綺麗な星月夜だった。
しかしその下・・・レンダが突っ立っている場所は焦土が広がるばかりであった。命の面影など少しもなく、ただロボの残骸が転がる焼けた大地を、冷たい風が撫ぜる。
かつてここは平原が広がっていたが、その痕跡はまるで無い。十日ほど前に全部燃えた。レンダの知り合いの研究者の一人・・・アイザックが繰り出した巨大ロボ「ライニグング」とそれに従う数多のロボによって、この平原は戦場と化してしまったのだ。
結果、かつて同じように志を共にした他の研究者達とアイザックの死によってその戦いは終息した。・・・「死」という生物的言葉が彼らに当てはまるのか、些か迷うが。


「・・・みんないなくなっちゃった。」


あの子も、と呟く。自分が造ったロボット。知らないことを知る度に目を輝かせる自分を喜ばせたくて、と未知の技術を持つアイザックたちに加担した我が子。



「憎んだりなんか、してない。でも、アイツのした事が許される事じゃないってのは・・・。」


突然、声が聞こえた。レンダの声だった。けれど彼女は今しがたまで物思いにふけっていて、一言も声を発していない。
驚いて声がしたほうを振り返ると、そこには彼女自身がいた。目の前の彼女は笑っている。けれどそこには姿鏡が置かれているわけでもなく、ましてや幻覚や夢などでもない。
ひとつだけ、最も有力な可能性があった。


「・・・アイザック達についてた『鉢屋』ね。」


言うと、目の前の彼女は、また別の笑みを浮かべる。そうして絹を裏地にするように身を翻らせると、同時に突風に桜吹雪が舞った。
思わずレンダが目を瞑り、突風が止んだ頃に開けてみると、そこには一昔風の貴族衣装に狐の面をつけた男がいた。舞う桜吹雪は星月夜によく映えている。


「生きてたのね。」

「ワタシはあの条件下では死なないサ。」

「召喚獣のことは専門外だから分からないけど、そーみたいなんだし。」

「そうなんダ。」

「・・・何が目的?あたしを、殺しにでも来たの?」

「いえネ、それは違うヨ。ワタシに貴方を殺す理由も価値もない。」


ころころ、と今度は誰の声でもない声で笑う。しかしその表情は狐の面に遮られて見えることはない。
それをみて、ほうとレンダは溜息をつく。そうして力なくゆるゆると、言うのだ。


「そうね。もう、終わったんだし。」

「・・・果たして本当にそうカナ?」


そう問い返されて、何が、というように鉢屋を睨めつけた。どうもこの男・・・否、召喚獣は享劇的な言い回しをする。しかし睨みつけた先にあるのは仮面で、その表情と真意を知ることは出来なかった。
その視線を受けて鉢屋は懐から一つの透明な硝子瓶のようなものを取り出した。中には紅くホログラムが揺らいでいる。
それが何なのかレンダにはすぐにわかった。何かのデータの結晶だ。でも、何の?
そんな彼女の心中を察してか、鉢屋は口を開く。


「アノ人達が今回の事件で使った数々の技術データだ。」

「!!」


レンダと彼女に依頼された傭兵達に立ちはだかったアイザック達のそれは、他の科学者や研究者にとって、全く新しい未知の技術であり「力」であった。それを欲さない者達がいないわけではないことを、レンダはその身をもって理解している。彼女自身の探究心は勿論、残された彼女に周りが求めていることは、そのデータの採取及び解析と再構築だったから。
かつてアイザックたちが所有していたデータベースやロボからはそれらを検出することは出来なかった。既にすべてアンインストールされた後だったのだ。
つまり、今目の前の召喚獣が所有しているものが、この星に残された唯一の「解(こたえ)」なのだ。
鉢屋はレンダの目の前で、その解(こたえ)を真上に放り投げる。そして。



「・・・コレで、本当にお終いだ。」



宙で回りながら落ちてくるそれを忍ばせていた小太刀で一閃した。
澄んだ音。砕ける硝子。空気に溶けてく紅。その喪失は誰にも止められない。


「なっ・・・!」


それはレンダも例外ではなかった。求めていた技術が、解(こたえ)が、星月に照らされて煌きながら、儚く、彼女の目の前で消えていく。


「何のつもりよう!?」


鉢屋の真意を理解しかね、思わずレンダは声を荒げて問いかけた。それにすら鉢屋は揺るぐことなく、むしろわざとらしく小首を傾げる仕草をしてから、そののっぺりとした狐の面で答える。


「言っただろう?コレで、本当にお終いなんだ。すべてを知るのはワタシだけ、そしてワタシはこのすべてを死ぬまで誰にも漏らさずに生きていく。何時の時代も、すべてが語られることはナイ。」

「・・・・・。」

「よくわからない、という顔をしてるネ。この技術はもう誰の手にも渡らない方がイイってコトさ。」


そこまで言われて、レンダはやっと鉢屋の意図を理解できた。そうだ、現に今、この技術を我先にと求めてのいざこざが水面下で起きているのだ。そして仮に、この技術が良からぬことを考える者の手に渡ったりでもしたら。
いや、あの技術による力・・・例えば今目の前に広がっている焦土を作った元凶・・・をみても尚、それを欲する者はどうせ少なからず良からぬことを考えてるのだろう。それならばいっそ、そんな戦乱の種は無くなってしまったほうがいいのだ。


「・・・それでいいわよぅ。もう、あんなことはたくさん。」

「だろう?」


深く溜息をつくレンダに、鉢屋はそうやってくつくつと笑った。やはり仮面のせいでその表情をみることはできながったが。
そしてレンダははた、と気付く。というか、疑問が思い浮かんだのだ。


「あんた、なんでここまで?」


今度は鉢屋が意図を解りかねる番だった。それで首を傾げると、今度はレンダも言葉を選んで問いかける。



「アンタ、何でアイザックに付いてたんだし。・・・それなら何で今アイザックのデータをブッ壊すの?」


ああ、と鉢屋は納得したように呟いてから答えた。


「最初は何か面白そうなコトが起きてるな、と思って顔をだしたんだヨ。そしてそれがどういうものか、どんな風になっていくかを知りたくてネェ。側にいて見守っていたワケさ。」


それだけのつもりだったんだけど、とそこで言葉を止める。その様子に疑問符を浮かべるレンダに鉢屋は、気にしないでおくれ、とその先を知ることをやんわりと否定した。なのでレンダもそれ以上は問い詰めないことにした。
そのかわり彼は、そうだ、と夜空を見上げる。


「そういえばワタシもあの人たちに連れられて宇宙にいってねネェ。とても綺麗だった。」

「・・・そう。」

「でも・・・。」


と、鉢屋はここで言葉を途ぎらせ、空に向けていた目線を、焼け野が原へと向ける。




「私達が欲しかったモノは、この星にしかないんだよネ。」




その言葉に、そうみたいね、と短く、けれどどこか思うところがあるように答えてから、レンダも同じように目の前の焦土へと向ける。



それから彼女が「彼」に出会うことはなかった。





最終更新:2012年03月28日 01:02