プレリュード
別に、特に何の意味があったわけでもない。
ただ、困っているように見えた。
理由はそれだけで十分だった。
ツン「小物入れはいりませんか?丈夫、ゴホゴホ、な小物入れですよ?」
顔が上気して目を潤ませながら、物を売る女がいた。
具合が悪いのは見ればすぐにわかった、だから少し助けてやろうと思っただけだった。
男「全部、売ってくれ。」
明らかに「欲しいから」と言う理由ではなさそうな物言い、それに気づいたのか、
ツン「・・・哀れみですか?それなら結構です。」
寒い中、辛い思いをしながらも、それでも矜持を、威厳を漂わせ、彼女は俺を睨む。
何も言えず、俺はそのあとその場を去った。
2,3日しただろうか?
久々に通れば、また、彼女は小物入れを売っている。
顔色は、明らかに悪かった。
だから少しだけ見守ることにした。
理由?
倒れるのが、目に見えていたからだ。
ドサリ
案の定倒れた彼女、雪の中、震えながらも、それでも懸命に立ち上がって売り子をしようとする、彼女。
躓いてこけたようにしか見てない周りの人はそ知らぬ顔。
いまだに起き上がれず、必死に歯を食いしばる彼女の首を軽く打つ。
彼女は、ぐったりと倒れた。
~彼女からの視点~
寒い中、売り子をした。
急に足の感覚が消え、間近に迫る地面。
冷たい感触にダイブして初めてわかる「倒れた」ということ。
起き上がらなくては・・・起き上がって・・・売らなければ・・・
悲鳴を上げる体を腕で支えようとした、まさにそのとき。
首に軽い衝撃。
私は、抗う間もなく気を失った。
第1話 新しい始まり
次目を開ければ、そこは古ぼけた家だった。
暖炉に火は灯っておらず、久しく火をともした形跡も無い。
なのに体は温かく、優しく抱きしめられていた。
男「よう、起きたか?」
ツン「・・・何よ?体が目当てなわけ?」
男「・・・体を売ればまともな生活が出来そうなのに、それをしない少女を見た俺が、か?」
ツン「・・・誘拐してる以上、疑われて当然じゃない?」
男「まぁ、否定はしない。」
ツン「それに私を助けて、何の見返りを求めてるの?お金は無いわよ?」
男「見返りが無きゃ、助けちゃいけないのか?」
戸惑った、あまりにも、サラリと言ってのけたこの台詞が、
嘘に聞こえない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ツン「呆れた、自分も貧しい暮らしなのに?」
男「病人を放ってはおけないしな、ほら、薬。楽になるから、飲め」
ツン「医者気取り?訴えるわよ?」
男「生憎医者なんだ、ほら、飲め。」
ツン「貧しい医者がいたものね、腕が悪いんじゃない?」
男「そう言ってくれるな、医者がみんな裕福なわけじゃない、あと、しばらく外には出るな、これは命令だ、主治医のな」
ツン「勝手に決めないで、払うお金なんか無いんだから。」
男「じゃあ、出世払いだな、いつか、死ぬまでに返せ。」
ツン「フン、ばっかみたい。」
優しすぎる男と、素直になれない病気の少女。
この二人の物語は、こんな出会いで始まった。
おまけ
ツン「大体、こんなご時世で暖炉?一体いつの時代の人間よ」
男「シラネエよwww作者に聞けww」
第2話 甘えん坊な私
火が灯らない暖炉、くたびれた家。
とても医者の住む家とは思えない、そんな家。
そんな私は、そんな家の居候。
ツン「何で暖炉に火を入れないのよ!寒いじゃない!」
男「しょうがないだろ、金がねえんだから」
ツン「はん!私に薬を渡すほどのお金があるじゃない!」
男「あぁ~、スイマセンね!貧乏でさ!」
薬で使い切った、その一言は決して言わない。
私が飲んだ薬はそう安くない、私に飲ませた分だけで、10日分の薪ほどの値段。
それでも私に気を使わせまいとしているのだろうか?
感謝はしている、治らないとは言え・・・・楽になった。
ツン「自分の生活も儘なら無いくせに人を養うなんて出来ると思ってんの?ばっかじゃないの!?」
男「うっせ!俺の命令は絶対だ!とっとと寝ろ!病人!」
ツン「だったらいつまで抱きしめてるの!?寝れないでしょ!」
男「こうしてる方があったかいんだよ!黙って寝ろ!」
感謝の言葉を言いたいのに。
出るのは憎まれ口。
素直になりたいのに、なれない私のジレンマ。
ツン(普段はもっと素直だと思ってたのにな・・・自分。)
素直になれないその理由。
それはツンにもわからない。
唯一つわかるのは。
男の胸の中は。
暖かく、そして安らかだったこと。
翌日
男「ちょっと出かけてくる。」
ツン「ちょっと!病人置いていく気!?」
男「飯買わなきゃ、お前も俺も飢え死にするぞ?それともなんだ?寂しいのか?」
ツン「・・・!そんなわけ無いでしょ!早く行け!ばか!」
男「しっかり寝とけよ。」
そういって案内されたのは男の寝室。
医者で、病院気取っていながらベッドはこれ一つ。
昨日凍えきった体は男抱き合って寝たことで普通に戻っている。
ツン「・・・///!」
ツン「男と・・・抱き合って・・・///!」
体全体が上気するのがわかる。
何を私はこんなに興奮しているのか?
それはわからなかった。
潜り込んだ男の布団は、少しだけ暖かかった。
鉄で冷たい雰囲気を漂わせるベッドにしては意外な暖かさ。
特に考えるでもなしに、潜り込む。
疲れが溜まっている・・・すぐに私は、眠りに落ちた。
第3話 私は患者であいつは医者で・・・
しばらくして、男が帰ってきた。
遅い。あまりにも遅かった。
文句の一つでも言ってやらないときがすまない。
ツン「遅すぎ!病人放ってどこほっつき歩いてたのよ!」
男「・・・」
ツン「!ちょっと、斧なんか持って・・・どうする気よ!?」
男の片手に握られている斧。
左手にあるのは・・・大きな袋。
男「切り刻んだりしないから、ほれ、これでも食ってろ。」
大きな袋には大きめのおにぎりが3つ。
それを私に渡して、男は外に出た。
ツン「・・・・」
気に食わなかった、何でか知らないけど・・・
気に食わなかった。
しょうがないから、おにぎりをぱくつく。
少ない塩での味付け、具の無い質素なおにぎり。
とてもおいしい代物じゃないけど・・・
やっぱりどこか、暖かい。
外から聞こえる、少し焦った獅子嚇しの音を聞きながら、
1つ完食した私は、再び眠りについた。
パチパチパチパチ
部屋全体が暖かくなって。
何かが小さくはじける様な音で目を覚ます。
暖炉には、火が灯っていた。
男「具合はどうだ?」
すぐ近くにいた男が話しかける。
この男・・・寝顔見たな。
ツン「いいわけないでしょ!良かったらこんな家、すぐに出て行ってやる!」
男「ま、それもそうだな、安静にしてしばらく寝てろ。」
これは・・・
病気の私と、貧乏医者の。
二人の奇妙な物語。
第4話 愚者(けんじゃ)の微笑み
男がくれた薬はよく効いていた。
診断したのかはわからないが・・・
間違いなく私の病名や、症状を知っているのだろう。
今日も男は家で、医者としての仕事をしている。
男「よーし、坊主。これを飲めば、良くなる。ちゃんと書いてあるとおりに飲むんだぞ?」
子供「わかった!先生、ありがとう」
子供に大人気の男は、子供にわかりやすいように説明して薬を渡していく。
子供「はい、先生、お金~。」
男「はいはい、確かに頂きましたよ~」
一応お金は取っているようだ。
患者は今日見た限りでも結構な数。
それでもこの医者は、その日暮らしの毎日。
金遣いは・・・荒いのだろうか?
しばらくすると、男が戻ってくる。
男の顔はにこやかだ。
ツン「へぇ~、意外にもきっちり医者、やってるのね。」
男「じゃないと、食っていけないからな。」
ツン「今日はいつもより何倍くらい来てたの?」
あれだけの数が来て、その日暮らしはまず有り得ない。
でも、男の返答は予想外なものだった。
男「いつもどおりかな。相変わらずやんちゃなガキどもが多くてな。」
ツン「それで・・・なんでその日暮らしなわけ?あれだけの患者を抱えてれば・・・」
もう少し、まともな生活が送れるだろうに。
男「相手はお金の無い家の子供たちだからね。一人50円、100円じゃ~儲からないよ」
にこやかに笑う男、そんな男の笑顔は眩しくもあり・・・
愚かしくも見えた。
第5話 崩壊
発言から受けた第一印象は・・・
良く言えば、物好き。
悪く言えば・・・
変人、ガイキチ。
ツン「・・・馬鹿?」
男「いきなりだな。何が馬鹿なんだ?」
ツン「その程度のお金で・・・暮らしていけるとでも思ってるの!?」
男「おーおー!居候の分際で。よく吼える。」
ツン「っ!言ってやるわよ!その程度のお金で居候させようだなんて!馬鹿にもほどがあるわ!」
男「・・・・」
ツン「私に構ってなんかないで、放っていたら!あんたはましな生活が・・・」
男「・・・・心配してくれてるんだな・・・?」
ツン「ち、違うわよ!大体、そ、そんな貧乏人に、や、養われたくなんか、私だって・・・!」
言ってから、後悔する。決して、本心ではない。
感謝しているのに・・・男は・・・悪くなんか無いのに・・・
嫌われたくないのに・・・でも・・・嫌われた、だろう・・・
それでも、男のためにも、
男の生活のためにも、
私は出て行かなくてはならないと思った。
ツン「あんたなんかに養われるなんて!真っ平だわ!」
覚悟を決めた。嫌われても、構わなかった。
嫌われたくないのは事実。
でも、私のために男が貧しい思いを。
これ以上に貧しい暮らしをするのは。
私のプライドが、許さない。
ツン「その日暮らしの人間なんかに!養われて満足するほど、私は!
プライドの低い女じゃない!」
覚悟した。
覚悟を決めた。
その瞬間から、どうしてだろう、私の口からは、すらすらと。
罵倒の言葉が紡がれる。
もう、止まらない。
最初のどもりが嘘のように。
もう、いいと思った。
言葉の刃が、男の、私に対する優しさを切り刻もうとも。
男の生活に、迷惑はかけたくない。
だから、追い出されよう。
男が二度と私に気をかけないように。
完璧に壊してしまえば・・・きっと・・・
そしてもう1度、覚悟しよう。
もう、戻れない。
第6話 懺悔と涙
ツン「ハァッ・・・ハァッ」
全部、言い切った。
男「・・・・・」
男は無言だった。
顔色一つ変えない。
何で・・・・
何で!!
どうしてお前は・・・
そんな哀れむような目で見るんだ!!
ツン「哀れむような目で、私を見るな!」
声を張り上げる。
そうでないと、男の瞳に。
吸い込まれそうな気がして。
男が、ゆらりと動く。
手を、振りかぶった。
目をつぶった。
叩かれるだけのことは言ったのだ。
これも、覚悟のうちだった。
しかし・・・・
待てど待てども。
恐れた衝撃はやってこない。
少しだけ、目を開ける。
衝撃は、まさにその瞬間に。
私を襲った。
男は、私を抱きしめていた。
強く、優しく、離すまいと。
今謝れば、
「さっきのは嘘」と言えば、まだ戻れる気がした。
でも、
覚悟を決めたのだ。
ツン「・・・気安く触らないで、貧乏人は大ッ嫌いなのよ。」
冷め切った心で、自分を見る。
なんて・・・愚かなんだろう?
男は、ゆっくり顔を上げた。
男「貧乏人は嫌いで、養われるのは嫌か?」
ツン「・・・・当然よ、わかったなら、離して。」
立ち上がろうとする、ベッドが少し、きしむ音を立てる。
男「じゃあ、何故お前は・・・泣いているんだ?」
ツン「!泣いてなんか・・・」
私の頬からたった1滴の雫がこぼれる。
その瞬間・・・
私の中で何かがはじけた。
覚悟していたのに、
嫌われて追い出されようと。
願っていたのに。
泣くのは、家を出てから、
男から去ってからと決めていたのに。
涙をせき止めていたダムから漏れ出していた、涙の流れは。
男の言葉を背に受け、ダムにヒビをいれ。
決壊した。
涙は、もう、止まらない。
そして、もうごまかしきれないと。
悟った。
ツン「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・!」
壊れた、CDのように、繰り返す。
ツン「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
涙も言葉も止まらない。
私は・・・
男のそばに、居たかったのかも知れない・・・。
第7話 本当の始まり
男は、私が泣き止むまで、抱きしめていてくれた。
泣き止むころには、私はすっかりと泣きつかれ、そのまま、意識が飛んだように、眠った。
次、目を覚ましたとき。
優しい腕の中で目を覚ましたとき。
私は気づいた。
あぁ、私はこんなにも、男を。
愛してしまったのだ。
第8話 安らぎ
腕の中で目を覚ました私、男の腕は硬いが、優しく私を包み込んでいた。
少し顔を男の方に向ければ、少しだけ微笑んだ男の顔。
何か、少しだけ気恥ずかしい。
ツン「ちょっと!なに笑ってんのよ?」
男「いやぁ、可愛い寝顔だな、と思ってな。」
ツン「/////馬鹿!変態!サイテー!」
恥ずかしさをごまかすためにも男の胸をぽかぽか叩く。
そしたら男は私を胸に抱き寄せ。
男「ほら、また具合悪くするから、寝てろ。」
良いようにかわされてる気がして。
悔しく思うが、男の胸の中にいる心地よさに。
少しだけ安堵して。
そっと男の背に手を回して、私はもう一度眠った。
ぎゅっと男を抱きしめる。
次、目覚めたとき。
男がそばから消えていないように、
祈りながら、
私は少し、眠りに就く。
第9話 二人で迎える、朝
体の節々が少し痛み、少し気だるげな感じではあったが、眠気は無く疲れもすっかり取れていた。
倒れこむほどの疲れがほぼ癒されたためか、どこかからだが軽い。
男をしっかりと抱きしめていたはずの腕の中は空っぽ
それでも慌てる必要は無い。
背中に大きな存在を感じる、
いつの間にか立場は逆転していた
自分の頭が乗っかっている男の腕に少しだけ頬をこすりつける。
猫みたいだな、なんて自嘲的に思う。
これじゃぁ、まるで・・・・ペットだ。
男「ん・・・目、覚めたか?」
ふと後ろから声がかかる
やば、今やってるの気づかれた?
ツン「男・・・今何してたか、見た?」
ちょっと声色にドスを効かせて尋ねる、答えようによっちゃ制裁を加えなければならない。
こっちには最高裁まで争う準備g
男「あぁ、わりい、うとうとしててな・・・何かしてたのか?」
ホッとすると同時に少し残念だ。
ん?・・・残念・・・?
ツン「ッッ!べ、別に気づいて欲しかったとかじゃなくて・・・!最高裁までの準備が無駄になって残念、て思っただけなんだから!」
脳内のせりふが駄々漏れになってるとも気づかず叫ぶ。
男「最高裁?大丈夫か?顔真っ赤だぞ?」
男がツンの脳内で何が起こってるかなど露も知らずに問いかける。
そんな男の追求を避けるべく・・・
ツン「やかましいやかましい!なんでもないの!平気なの!」
そして、自分の心の感情を振り払うべく大声を出す。
また新たな二人の1日が始まった。
第10話 探索
男の家に居候を初めてはや一週間。
居候―もちろんただボケッと居座るつもりは無い―する以上、この家についてある程度のことは把握しておかなければならないし、何か手伝えそうなことを探さなければならない。
自称主治医の命令を聞いてる限り今しばらく外に出ることは禁止らしい、
雪が降り積もっていて、凍えるように寒いので当然といえば当然かもしれないが。
男はもうとっくに家を出た。
なにやら往診があるらしい。
雪にはしゃぐ子供達は当然彼らの足でやってくるが、町の老人達はそうもいかない。
だからこういう日は男自らが彼らの家まで出向く。
だから今日は私にとっては大チャンスだ。
ツン「えっと・・・ここが居間で・・・」
いくらずっと寝てたとはいえ、間取りまで把握してないのはさすがに問題ありだ。
今日1日で間取りを把握、部屋の片づけを・・・と思っていたのだが・・・。
ツン「意外にきれいなのよね・・・この家。」
ぼろいだけで中はいたって整理が行き届いている、否、物が少ない。
あるのは治療道具や、薬品ばかり。
おまけに・・・
ツン「・・・解熱鎮痛、消炎、抗癌、向精神、睡眠薬に抗生物質・・・ステロイドに漢方まで・・・大体のものは揃ってるし、麻酔もあるか・・・足りないのは抗欝薬くらいかな?町医者としては十分・・・か」
町医者程度で麻酔、しかも全身用まで準備されてるのはいかがなものか・・・。
ここで手術でもやるつもりなのだろうか?
少しばかり疑問を残しつつ棚を閉めて鍵を掛ける。
唯一文句として言いたいのは、・・・・『鍵を指しっぱなしにするな』と言ったところか。
これは注意を促しておくべきだと、頭のメモ帳に記録して他の部屋も見て回る。
そして・・・
ツン「男の・・・部屋・・・」
目の前に廊下と部屋を分ける扉が立ちふさがっている。
鍵は・・・
がちゃ・・・
ツン「開いてる・・・」
同居人の部屋、同居している身としては当然気になるものである。
しかし、居候の身で覗いていいものなのか・・・
プライバシーとか何とかの問題が・・・
ツン「男は、私の寝顔、み、見たんだから!これくらい見る権利、あ、あるわ!」
と自分を説得させる。
そして、ついに。
禁断の扉を開ける。
第11話 扉の向こう
がちゃり。
誰もいないとはわかっていても、なぜかこっそり開ける。
これが罪悪感の裏返しなのかどうか、彼女にはわからない
ゆっくりと扉を引く。
そこには・・・
ツン「うわ・・・すごい・・・」
あったのはありとあらゆる手術器具。
使う機会など無いだろうに保存状態はとても良さそうだ。
男の性格が垣間見える。
ツン「まぁ・・・見知らぬ人間を保護するほどの男だしね・・・」
それほど広くない部屋いっぱいに溢れかえる手術台などの機器、
その上に丁寧に並べておいてある、メスやクーパー、ペアンにコッヘル・・・etcetc
ツン「剪刀、鑷子、針に鉗子にメス・・・さすがに電気メスは無いか・・・でもこれだけあれば・・・手袋にガウン・・・足りないのは・・・人ぐらいか・・・」
十分とはいえないものの、手術するのに必要な機器から器具は大体揃っている。
簡単な手術なら、ここでも行える、ただ・・・
ツン「一人で手術は明らかに無理よね・・・何より機械出しの人がいないと・・・」
一人で手術する時は、大変困難を極める
まず執刀医が必要とするものを即座に手渡せる人間がいなければ手術は厳しすぎる。
一人ですべてをこなせるのは・・・
男にはそれほどの実力があるのだろうか?
ツン「設備が整っていながら、人が足りない・・・か・・・」
ふと一人ごちる。
ただ認識のために吐き出された、意味を与えられずに放り出された言葉は空中を彷徨い消えていく。
この手術器具も・・・意味を持たされても意義を失った手術器具は・・・ただ忘れ去られ消えていくだろう。
人を救うために産み出され、おそらくは数多くの生を見、死を見てきただろう歴戦の器具(ツワモノ)たち。
一人しかいない、人を雇い入れるお金がないこの病院にこの道具たちの意義を見出す場所はなかった。
ただひたすら手入れをされ、出番を待ち、緩やかに流れるときの中に埋もれていく。
あまりにも悲しい結末、そして逃れられない宿命
それでも・・・
ツン「出番が無いと、『分からない』だけでもあなたたちは幸せなのかもしれない。」
ふと思い出す、
それは、彼女の幼いころの、まだ自分の家にいたころのお話。
第12話 追憶
??「あなたは、ただ私たちの後を継ぐために勉強をすればいいのよ!」
幼ツン「はい、お母様」
??「このビデオを見ておきなさい。あとでいろいろと質問するからそのつもりで。」
幼ツン「はい、お父様」
ただひたすらに、両親の言いつけを守る。
是非は無い、ただ両親の言葉が彼女の全てであり、生き方であった。
??「そのとおりです。さすがは私の娘、」
幼ツン「ありがとうございます、お母様」
??「お前は、正当なシューワルト家の跡継ぎとしての誇りがあるのか!?」
幼ツン「ごめんなさい、お父様、もう2度といたしません。」
親が、私が何をすれば喜び、怒るのか。
時間はそれを教えてくれた。
親を喜ばせるために、ただひたすらに。
何も考えない、ただ、ただ私は。
人形のように生きればいいのだ。
それでも、構わないと思った。
人形が末永く愛されるのは、人形にとってそれは至福ともいえる喜びなのだから。
たとえ自身(わたし)が私として生きていなくても、
無機物の人形としてただ存在してるだけでも。
それは私を必要としてくれてる証なのだから。
しかし人形(わたし)の幸せは長くは続かなかった。
医者「残念ながら不治の病です・・・お気の毒ですが・・・」
??「貴様・・!脳外科医の誇りは無いのか!?」
医者「ですが、シューワルト殿!私よりもあなたの方が、脳外科医としても・・・いえ、全ての分野において」
??「黙れ!もう貴様など当てにはしない!」
医者「ですが!娘さんに無理させれば発病が早まります!延命治療を受ければいずれ新たな手術法が・・」
??「何をぬけぬけと・・・!そういって今まで30年間、ただ一人を除いてこの奇病から生き残ったものはいないじゃないか!」
医者「ですから、その医者が見つかれ・・・」
??「助かるかどうかも分からん手術に金を出すつもりは無い!完全に直るか、死ぬか、どちらかだ。」
医者「あんた・・・自分の娘だぞ!?それでも・・・」
??「私の後を継げない娘など娘ではない!顔も見たくないわ!」
医者「・・・ならば、せめて病院で入院を・・・治療はしませんので治療費はいりません。」
??「ふん、まぁいいだろう。顔も見たくないからな。いい機会だ、あの小娘、貴様にくれてやる」
私は売られた。
飽きられてしまった人形が棄てられてしまうように。
意義を失った人形(わたし)はあまりにも簡単に捨てられた。否、棄てられた。ソウ、ステラレタ。
オカアサマ!オトウサマ!ムカエニキテ!!ココカラダシテ!
届かない心の叫び、体の筋肉が衰え体力も日に日に低下していくのが目に見えて分かる。
いずれ歩けなくなるだろう、春まできっともたない。
そう分かったとたん、
人形に意思が宿った。
抜け出そう!
この狭く、いやになるくらい白くて清潔な病室から。
何処にいくか決めてない、でも、
こんなとこでくたばるのはごめんだ。
飢えて死ぬのも構わない
男どもにレイプされて死ぬのも・・・構わない
ただ、今14年間存在してきてやっと産まれてきそうな私(こころ)がここにはいる。
こんな病室ではきっと産まれてこない。
だから外に出よう、私の思うままに生きてみよう。
せめて死ぬまでに、私(こころ)が・・・
本当の私が生まれてきますように。
こうして私は、初めて自ら行動を起こした。
男と出会ったのはこの時からわずか日にして2日のことだった。
第13話 思考の渦の中で
痛ましい記憶。
いつまでも自分を・・・死までの短い時間、確実に自分の心を蝕むだろう。
忘れ去るにはあまりにも長すぎた『人形としての』時間。
抜け出してからまだおよそ10日ほど。
今頃病院のほうはパニックになってるだろう。
でも自分の知ったことではなかった。
たとえ、病院で生きながらえたとしても。
あれは、『生』ではなかった
帰るつもりはなかった、
今私はこうして『生』きている、それだけで十分だった。
自分らしく生き、そして誰かに見守られながら。
自分を利用しようと考えてる連中にではなくて、誰か少しでも自分のみを案じてくれる人に見守られて死ぬこと。
長い長い、人形としての時間耐えてきた自分にもそれくらいの幸せは願ってもいいのではないだろうか?
男は、自分が死んだら、悲しんでくれるのだろうか・・・?
底の無い思考の渦に自分が落ちていくのが知覚できる。
考えてもしょうがないことではある、そんなことは少し考えればわかることだし、もうわかりきってることだ。
それでも、考えずにはいられない。
ねぇ、男・・・
あなたは私が死んだら、私のために・・・
泣いてくれる?
第14話 男の秘密
いったい何分考え込んでいただろうか。
いや、もしかしたら「何時間」かも知れないが、窓から差し込んでくる日差しはまだ弱い、それほど時間はたってないだろう。
私は思考の渦の中から抜け出す。
私の興味は再びいつ使われるかわからない器具達に向けられる。
その中で・・・
ツン「あれ?どうしてここには物が・・・?」
部屋の四隅のうちのひとつ、入り口から見てすぐ左の隅っこ、そしてそこに続く床には不自然なまでに物が無い。
部屋全体があらゆる器具でごった返してる感があるのにそこだけはまるで・・・まるで・・・
ツン「・・・通り道?」
そう、通り道かのように物が無いのだ。
ツンの中で再び好奇心が頭をもたげてくる。
その好奇心に逆らうことなく、目的地へ進む。
そこにあったのは・・・
ツン「地下への・・・扉・・・?」
扉が存在していた、特に鍵もなく、ノブもない。
ただ指を引っ掛けられる程度の穴が開いた金属製の出っ張りがあった。
もはや何も躊躇することはない。
出っ張りの穴に指を入れ力をこめて引く。
ガチャリ。
扉は開いた。
そこには階段、まるでダンジョンかのように存在するコンクリート打ちつけの階段。
奥からはかび臭いにおい。
なにやら、怪しげな臭いがする。
少しずつ頭をもたげる男への不信感。
こんな地下をいったい・・・何に使っているのだ?
もはや当初の予定の「部屋の片付けと部屋割りの把握」はツンの頭から吹っ飛んでいた。
ゆっくりと階段に足を踏み入れる。
人体実験場?拉致監禁した人を拘束する場所?
はたまた・・・死体置き場?
いやな想像が頭を駆け抜ける。
ここから逃げ出すのは簡単だが、まだそう決まったわけではない。
確認するだけ、男の無実を確認するだけ。
自分にそう言い聞かせ階段を下りる。
その瞬間だった。
うかつにも足を滑らせる、階段から落ちそうになる。
しっかり両手で階段をつかんだ。
転落することは避けられた、が。
がちゃん!
支えを失った扉は自重であるべきところへ納まる
慌てて駆け寄ったが扉の裏地にさっきのような鍵のようなものはない。
思いっきり押し上げるものの、扉は閉ざされたままだ。
どうやら・・・
暗い地下に閉じ込められたようだ。
第15話 精神的外傷(トラウマ)
扉をたたく、否殴る。
自分の手が傷つく感覚はもはや無い。
長いこと扉をたたいていたせいか、彼女の手は血に濡れていた。
もっとも彼女にはもはや、時間の感覚を取り戻す術は無い。
暗いところは嫌いだ・・・
狭いところは嫌いだ・・・
暗い記憶、自分がもはや用無しと断定された暗い病室。
閉ざされて、ただ見える外は憧れで決して届かない世界だった。
もはや、今となっては何の役にも立たない知識を詰め込むために、外の世界を絶たれた。
短い命を無為に散らすために、短い命を悪戯に延ばし騙すために閉じ込められ、外の世界を絶たれた。
自分の全てを奪い、台無しにされた世界は彼女にとって恐怖以外の何ものでもなかった。
ダシテ!ココカラダシテ!
彼女の悲痛の叫びは届かない。
ツン「イヤァーーーーーーー!ここから・・・ここから出してぇ!」
そのとき、まさにそのとき
扉は開いた。
第16話 闇の中の光
男「ただいま~っと」
往診を済ませた男が帰宅する。
しかしその声に返事は無かった。
寝てるのかと思って覗いた寝室には誰もおらず、ベッドはすでに冷たくなっていた。
外に出たのか?と思って向かった玄関には彼女の唯一の靴が残っている。
これで少なくとも家にいることはわかった。
この時ばかりは家が狭いことに感謝する。
昔の家なら骨の折れる作業も、今の家なら比較的楽なはずだ。
男「ただいま~」
もう一度呼びかけるもやはり返事は無い。
男「ツン、いないのか~?」
やはり返事は無い。
家にも外にもいないツン。
徐々に不安が頭をもたげてくる。
男「お~い、いないのか?隠れた振りしてると飯抜きだぞ~?」
本人がいれば、きっと「ちょっと!そんなに私、食い意地張ってないわよ!」と怒りだしかねない内容だが、それでも返事は返らない。
もはや疑いようが無かった。
ツンの身に何かがあったのだ。
競歩から早足へ、そして駆け足へ。
部屋を駆けずり回って、ついでに確認した薬棚や貴重品には被害は無い。
物取りの犯行ではないようだ、
じゃあ、最初から・・・?
焦りが心を急かし、急いた心がさらに焦りを呼ぶ。
悪循環と心の奥ではわかっているのに、それでも焦る心を抑えることはできなかった。
奥の部屋に近づく。
ここから先は・・・
自分の部屋とトイレしかない。
ゆっくりと一番奥に備え付けられてるトイレに近づ・・・
音がした。
何かを叩くような切羽詰った音。
男「俺の部屋・・・!」
扉を引き剥がすように飛び込む。
中は無人、それでも音はここから・・・
男「そこか!」
部屋の片隅から響く、助けを求める音に男はとうとう気づいた。
駆け寄り、金具を掴み・・・
開いた。
その瞬間ツンが押し倒すかのように飛びついてきた。
男は、ただただ、その小さく華奢な体を抱きとめた。
~インテルメッツォ~
彼は彼女が泣き止むまで抱きしめていた。
いつまでそうしていただろうか?
往診で冷えた彼の体を、ドアを叩き続けて火照った彼女の体
二人の体温が混ざり合う。
彼女の涙が枯れる頃。
二人の体温は等しくなった。
第17話 それは善か悪なのか?
自然と涙は止まった、出始めた時と同じくらい自然に。
違いは顔がきっとぐしゃぐしゃになってるだろうということ。
今までの人生の中、泣いた事なんてなかった。
たった1週間で2回。
わからなくなる、それがいいことなのか悪いことなのか。
そして何より自分のことが。
男「・・・・」
男は何も言わない、泣き虫だな、とかそんな憎まれ口すらも。
あれ?でも男って、そういう憎まれ口たたく奴だったかな?
わからなかった、わからないことだらけだった。
1週間ぐらいで男のことを知ったつもりでいたわけではない。
それでも不安になる。
ねぇ、男?泣き虫っていけないことなのかな?
たずねれば答えてくれるだろうか?
もし答えてくれたとしても、’いけないこと’と答えられたら・・・
私はどうすればいいのだろうか?
思考の渦に落ちていく。
一筋縄ではいかないこと、それはこんなにも苦しいことなのか?
家の中での当たり前が通用しないこの世界。
「知らない」ことがあまりにも今の自分には大きすぎて。
頭が混乱する。何もまともに考えられ・・・
男の肩を掴んだその手に力がこもる。
まさにその時、男の、彼女の頭をを抱きしめた腕に少しだけ力をかかる。
いいんだよ?泣いてもいいんだよ?
それは恥ずかしいことじゃないから、それはいけないことじゃないから。
彼女の手から力が抜ける。
男の胸に顔を埋めて目を閉じた。
そして少しだけ思う。
もう・・・バカ・・・
第18話 扉の向こうには・・・あんた誰?
あの日から私はまたしばらくの安静を強要された
男曰く
「病人が無茶したんだから当然だ」
とか。
血まみれになってしまった手には包帯が巻かれてある。
幸いにも骨には異常なく皮膚が裂けただけだが、あまり普段開け閉めしない扉らしく、傷口が化膿しないようにと一応消毒して抑えてある。
包帯を巻かれてるとき、あの部屋がいったいなんだったのか、男に聞いてみたけれど男は
「昔刑務所代わりとして使われてたけど使われなくなって破棄されてね。今は私的な資料部屋になってるんだよ。」と言っていた。
肝心な『私的な資料とはいったい何なのか?』は言葉を濁して詳しく話してはくれなかった。
今度また機会があったときに覗いてみようと思う。
薬棚の鍵が開いてたことを問い詰めてみたら、男の顔が急に真面目な顔になり「・・・またあいつか・・・」とつぶやいて苦々しい顔になった。
いったい『あいつとは誰なのか?』問い詰めようとした。
まさにそのときだった。
ズドン!といっそ潔いどころか破壊せんとする勢いで扉が開く。
古い扉はキシキシと悲鳴をあげ・・・
?「はぁ~い、ロル!元気!?今日朝勝手に少し薬拝借しちゃった、切らしてるときに限って必要になるからやーよね!、ってこのがきんちょ誰?」
私も聞きたい
あんた誰?
第19話 ぶち壊されてゆくもの
俺の名前はローラン、ファミリーネームは秘密だ。
ファミリーネームがついている、さしずめ、「あの一家」の一員であることに俺は落胆を通り越した失望、絶望、挙句吐き気すら感じるからだ。
ツンからは男と呼ばれてる、なぜか?
名前を明かしてないから。
なぜ名前を明かさないのか?
聞かれないからだ、そして向こうの名も尋ねない。
なぜか?
躊躇われるからだ。何か聞いてはいけないことのような気がする。
だから俺はあいつを「ツン」とよび、あいつは俺を「男」と呼ぶ。
それで良かった、何の不自由も無かった。
ところがその均衡はとあるやつの登場でやb・・・
?「ロル、聞いてるの!?」
そう、この空気の読めないやつのせいで破られたのだ。
それなのにこいつは俺に現実から逃避することすら許そうとしないらしい。
ツンのほうに顔を向けるとなにやらポカーンとした顔をしてる。
当然と言っちゃ当然だ。
突然、知らない女が尋ねてきたと思えば、家主よりえらそうにソファーにふんぞり返ってるんだから。
?「っで?この女はいったい何なの?」
ロル(男)「俺の受け持ちの患者だ、えらそうにふんぞり返る前に自己紹介したらどうだ?」
?「はぁ!?なんで私がわざわざあんたの患者なんかに自己紹介なんか・・・」
ロル「ツン、こいつはハリア・カーネリア。俺と同業者だ」
ハリア「な!勝手に人の名前を・・」
ロル「この家の中じゃ俺がルールだ。従ってもらうぞ?」
ハリア「・・・」
こいつには主導権を握らせてはいけない。
一度握らせると際限なくずるずる引きづられることになる。
そのとき憮然としたツンの顔が視界に入る。
・・・・・あれ?何で怒ってるんだ?
その一瞬の「間」が致命的な発言を許すこととなる。
ハリア「っで!?その女の自己紹介もさせたらどうなの?」
・・・・・ツンの憮然とした顔が青ざめた。
第20話 戦いの幕開け
ツンの顔から血の気が引く。
もともと顔色の良くなかった顔色が、今は蒼白になっている。
彼女の小さな手は震え、手のひらを突き破りそうなまでに強く握り締められている。
ハル「何かいっ・・・」
ロル「人のプライバシーを詮索することが主治医でもない君がする仕事ではないはずだ。」
そこまでにしてもらおう、とローランが 見かねて口を挟む。
これ以上、今の状況が続けば手遅れになる、そんな確信めいた予感がローランにはあった。
ハル「・・・ならあんたにはこの女の名前、わかってるのね?」
今のロルの言でハルが納得するはずが無かった。
ハルは追及の手を緩めない、ロルも必死だが、ハルも必死だった。
ロル「・・・知ってるさ。」
少し間をおいて答える。
一瞬ツンの顔がこわばる、ハルはそれを見逃さなかったが、ローランの決して口を割らない、そういった意思が見え隠れする瞳の前にこれ以上の詮索が、無意味であることを悟る。
否、悟らされる。
ハル「・・・またくるわ」
ロル「あぁ、いつでも来い」
悪役の負け台詞みたいだ、と内心情けなくなる。
が、それでもローランが拒絶せずにいてくれることを素直にうれしく思う。
ハル「あんなやつに・・・負けない。」
ローランの家を出て一人ごちる。
決して譲れない、譲るなんてできない。
ハルの思いは誰の耳に届くことなく、虚空へと掻き消えていった。
(未完(?)です。書き終わるまで期待せず、気長にお待ちください)
最終更新:2007年10月04日 16:49