同窓 ◆uBMOCQkEHY氏
しづかは森の中を当てもなく走っていた。
べたつくような深い闇。
せせら笑うような木々のざわめきが、心の奥にある怯えをかきあげる。
しづかは気絶している間、アカギによって勝手に運ばれ、目覚めた途端、勝手に捨てられた。
当然のことながら、方向感覚は失われ、自分がどこにいるのか皆目見当もつかない。
べたつくような深い闇。
せせら笑うような木々のざわめきが、心の奥にある怯えをかきあげる。
しづかは気絶している間、アカギによって勝手に運ばれ、目覚めた途端、勝手に捨てられた。
当然のことながら、方向感覚は失われ、自分がどこにいるのか皆目見当もつかない。
「ここ……どこなんだよっ……!」
今にも泣きそうなほどにか細い声で訴える。
頼れるものはいない。
安心を求めるかの如く、唯一の凶器であるハサミを力一杯握りしめる。
とにかく見覚えのある場所にたどり着きたい。
それが今の彼女の思考の全てであった。
今にも泣きそうなほどにか細い声で訴える。
頼れるものはいない。
安心を求めるかの如く、唯一の凶器であるハサミを力一杯握りしめる。
とにかく見覚えのある場所にたどり着きたい。
それが今の彼女の思考の全てであった。
「え…これは……!」
しづかは足を止めた。
闇夜の冴えた空気の中から火薬の臭いをかぎ取ってしまったのだ。
しづかは足を止めた。
闇夜の冴えた空気の中から火薬の臭いをかぎ取ってしまったのだ。
「もしかして、私……元いた場所に戻っちまってるのか……」
しづかの脳裏に蘇る。
天が地雷を踏んだ瞬間に発せられた白い閃光。
血臭と硝煙が混濁する不愉快な焦げ臭さ。
だらしなく弛緩する天の死に顔。
しづかの脳裏に蘇る。
天が地雷を踏んだ瞬間に発せられた白い閃光。
血臭と硝煙が混濁する不愉快な焦げ臭さ。
だらしなく弛緩する天の死に顔。
記憶から消し去りたいほどに忌まわしい記憶がしづかを震え上がらせる。
「嫌だ……あそこだけは嫌だっ……!」
しづかは恐怖に呑まれないように耳を塞ぎ、歯を食いしばり耐える。
力を持たない少女ができる唯一の防衛策。
仕方ないことであるが、それ故に気付かなかった。
背後から忍び寄る存在に――。
存在は囁く。
「しづか……」
「誰だっ!」
しづかは弾かれたかのように振り返るや否や、手に握るハサミを声の方向へ振り下ろした。
本来ならハサミの刃が存在の筋肉に突き刺さるはずであった。
しかし、ハサミに手ごたえはなかった。
目標物を失ったハサミはそのまま地面に突き刺さる。
相手はしづかのハサミの軌道を察し、寸前の所で右に逸れ、攻撃をかわしてしまったのだ。
「しまった…」
しづかは戦慄し、総毛立つ。
今のしづかは前のめりに倒れ、膝をついている状態――相手に背中を晒している状態である。
(ヤバいっ!殺されるっ!)
しづかは落石から身を守るかのように、身体を屈めた。
条件反射の防衛手段。
本来なら逃げるべきであったが、それを選択する余裕など今のしづかは持ち合わせていない。
しづかは死を覚悟した。
(殺されるっ!殺されるっ!)
しづかは呪詛のように心の中で言葉を繰り返しながら、その瞬間を待つ。
しかし、しづかが感じたのは激痛ではなく、温かい手の感触と身を案じる言葉であった。
「大丈夫か……しづか……何があった……?」
「え……」
その低い声には聞き覚えがあった。
何よりもその声はしづかの名前を知っていて――
「な……仲根っ!」
金色の短髪、分厚いたらこ唇、見上げる程の長身。
同じ中学校に通っていた仲根秀平、その人であった。
「どうして……お前、こんな所にっ!!」
しづかは驚きと歓喜の余り、声を荒げて仲根の肩にしがみつく。
しかし、仲根は同じように喜ぶどころか、手でしづかの口を塞ぎ、“静かにするように”と人差し指を自分の唇にあて合図する。
「ここら辺で、ヤバいことがあったんだろ……?とにかく一旦、離れるぞ……」
「あ……あぁ……」
確かに騒いでいれば、誰かに見つかってしまう可能性がある。
冷静さを取り戻したしづかは黙って仲根の後についていった。
「嫌だ……あそこだけは嫌だっ……!」
しづかは恐怖に呑まれないように耳を塞ぎ、歯を食いしばり耐える。
力を持たない少女ができる唯一の防衛策。
仕方ないことであるが、それ故に気付かなかった。
背後から忍び寄る存在に――。
存在は囁く。
「しづか……」
「誰だっ!」
しづかは弾かれたかのように振り返るや否や、手に握るハサミを声の方向へ振り下ろした。
本来ならハサミの刃が存在の筋肉に突き刺さるはずであった。
しかし、ハサミに手ごたえはなかった。
目標物を失ったハサミはそのまま地面に突き刺さる。
相手はしづかのハサミの軌道を察し、寸前の所で右に逸れ、攻撃をかわしてしまったのだ。
「しまった…」
しづかは戦慄し、総毛立つ。
今のしづかは前のめりに倒れ、膝をついている状態――相手に背中を晒している状態である。
(ヤバいっ!殺されるっ!)
しづかは落石から身を守るかのように、身体を屈めた。
条件反射の防衛手段。
本来なら逃げるべきであったが、それを選択する余裕など今のしづかは持ち合わせていない。
しづかは死を覚悟した。
(殺されるっ!殺されるっ!)
しづかは呪詛のように心の中で言葉を繰り返しながら、その瞬間を待つ。
しかし、しづかが感じたのは激痛ではなく、温かい手の感触と身を案じる言葉であった。
「大丈夫か……しづか……何があった……?」
「え……」
その低い声には聞き覚えがあった。
何よりもその声はしづかの名前を知っていて――
「な……仲根っ!」
金色の短髪、分厚いたらこ唇、見上げる程の長身。
同じ中学校に通っていた仲根秀平、その人であった。
「どうして……お前、こんな所にっ!!」
しづかは驚きと歓喜の余り、声を荒げて仲根の肩にしがみつく。
しかし、仲根は同じように喜ぶどころか、手でしづかの口を塞ぎ、“静かにするように”と人差し指を自分の唇にあて合図する。
「ここら辺で、ヤバいことがあったんだろ……?とにかく一旦、離れるぞ……」
「あ……あぁ……」
確かに騒いでいれば、誰かに見つかってしまう可能性がある。
冷静さを取り戻したしづかは黙って仲根の後についていった。
◆
「で……何があった……?」
仲根達は病院から大分離れた北の方角の森の中――E-5の北にいた。
ここより東北の空は火事が起こったのか、煌々と赤く染まっている。
しかし、炎自体は見えず、熱気は感じないため、問題ないと思われる。
低い確率ではあるが、それでも危険と隣り合わせの休憩場所。
しかし、裏返せば、あえて近づこうとする人間がいないことも事実。
しかも、この周囲は茂みが多いため身を隠しやすい。
仲根がこの場で腰を落ち着かせたのも、これらの要因からであった。
仲根達は病院から大分離れた北の方角の森の中――E-5の北にいた。
ここより東北の空は火事が起こったのか、煌々と赤く染まっている。
しかし、炎自体は見えず、熱気は感じないため、問題ないと思われる。
低い確率ではあるが、それでも危険と隣り合わせの休憩場所。
しかし、裏返せば、あえて近づこうとする人間がいないことも事実。
しかも、この周囲は茂みが多いため身を隠しやすい。
仲根がこの場で腰を落ち着かせたのも、これらの要因からであった。
「何って……それは……」
仲根が配慮して休憩場所を選んだにもかかわらず、しづかの言葉は続かない。
押し潰されてしまいそうなほどに沈痛な面持ちから察するに、仲根を拒んでいるというよりも、
記憶を呼び覚ますことを拒んでいるようである。
「しづか……」
仲根は深く嘆息する。
仲根が配慮して休憩場所を選んだにもかかわらず、しづかの言葉は続かない。
押し潰されてしまいそうなほどに沈痛な面持ちから察するに、仲根を拒んでいるというよりも、
記憶を呼び覚ますことを拒んでいるようである。
「しづか……」
仲根は深く嘆息する。
話はかなり前に遡る。
森田と別れた後、仲根は林の中を北へ駆けていた。
すでに時刻は午前2時を過ぎており、普通の人間ならば眠気が身体を襲い始める頃である。
しかし、仲根の顔には疲労の色は浮き上がっていない。
それどころが、瞳にはギラギラとした生気に溢れた輝きさえある。
仲根をここまで駆り立てるもの――それは仲根が手にするメモに隠されていた。
森田と別れた後、仲根は林の中を北へ駆けていた。
すでに時刻は午前2時を過ぎており、普通の人間ならば眠気が身体を襲い始める頃である。
しかし、仲根の顔には疲労の色は浮き上がっていない。
それどころが、瞳にはギラギラとした生気に溢れた輝きさえある。
仲根をここまで駆り立てるもの――それは仲根が手にするメモに隠されていた。
――黒沢は石田光司、治という参加者と一緒にC-4の民家にいる。
治が昏睡状態のため、よほどのことがない限り、
朝まで移動することはないと思われる。
急げば、合流できるかもしれない。
それと、棄権は不可能だ。
棄権申告はD-4のホテルで申し込むが、そこがすでに禁止エリアとなっているからだ。
この情報を黒沢たちにも伝えてくれ。
そして、人を殺す以外の方法で黒沢を助けるんだ。
治が昏睡状態のため、よほどのことがない限り、
朝まで移動することはないと思われる。
急げば、合流できるかもしれない。
それと、棄権は不可能だ。
棄権申告はD-4のホテルで申し込むが、そこがすでに禁止エリアとなっているからだ。
この情報を黒沢たちにも伝えてくれ。
そして、人を殺す以外の方法で黒沢を助けるんだ。
仲根を返り討ちにした男――森田が残したメッセージ。
黒沢を見つける唯一の手掛かり。
勿論、仲根とて、その言葉を鵜呑みにはしていない。
ただ、黒沢の居場所を知る術がない今、縋れるものはこの情報しかない。
闇雲に探すよりはまだ、建設的である。
「兄さん……どこに……」
黒沢を見つける唯一の手掛かり。
勿論、仲根とて、その言葉を鵜呑みにはしていない。
ただ、黒沢の居場所を知る術がない今、縋れるものはこの情報しかない。
闇雲に探すよりはまだ、建設的である。
「兄さん……どこに……」
ドドォーーーーーーーーンッ………
「えっ!」
仲根は我に返った。
林の遠くがほのかに光るや、地鳴りのような震えと太鼓を力一杯打ち鳴らしたような爆発音が、静寂を破壊する。
「何だっ…!?」
その音はまさに今向かおうとしていた北の方角。
確か記憶が正しければ、この先は病院がある。
「何があった……」
胸騒ぎがする。
仲根がいる場所からでは距離があるためか、何が起こっているのか分からない。
「どうすれば……」
その現場に行くべきか否か。
仲根が逡巡した直後だった。
爆発音がした方角から、次は軽い発砲音――銃声が響いた。
仲根に空寒い緊張が走る。
「マズいっ!」
仲根は咄嗟に辺りを見渡し、近くの木の陰に隠れた。
今までの仲根ならば、黒沢の身を案じて、危険を顧みずに現場に直行していただろう。
しかし、黒沢の居場所を把握している今、無益な戦闘は避けたかった。
何より、現場に居合わせている人物はその音から、何らかの爆薬と拳銃を所持していることは明白である。
いくら仲根がナイフの扱いと拳に自信があると言っても、人間を一撃で仕留めることができる凶悪な火器にかなうはずがない。
もし、姿を見せれば、体のいい銃弾の的になるのは目に見えていた。
「少し間を置いてから……行こうっ!」
結果的にこの判断が仲根を救った。
爆発音は天が踏んだ地雷。
銃声は利根川と一条がアカギに向かって行った発砲である。
天が地雷を踏み、絶命したのをきっかけに、利根川と一条がアカギを標的に攻撃を開始した。
アカギは機転を利かし、それを回避。
気絶するしづかを抱え逃亡した。
利根川と一条はアカギ捜索を開始。
それから間を置いて病院から出てきたひろゆきと平山も、首輪探知機を頼りにアカギを探し始めた。
これらの混戦は当時、多数の人間が係わっていた事もあり、長い時間を要した。
もし、ここで仲根が介入していたら、更にややこしい事態になっていただろう。
場合によっては、利根川や一条の餌食になっていたかもしれない。
仲根はしばらくの間、木陰に隠れて耳を澄ます。
やがて、辺りは全ての音が持ち去られたような静けさを取り戻した。
仲根は安全になったことを聴覚で確認すると、再び北へ向かって歩み出した。
その道中、仲根はしづかを見つけ、戦闘の現場である病院を避けるように移動し、今に至る。
仲根は我に返った。
林の遠くがほのかに光るや、地鳴りのような震えと太鼓を力一杯打ち鳴らしたような爆発音が、静寂を破壊する。
「何だっ…!?」
その音はまさに今向かおうとしていた北の方角。
確か記憶が正しければ、この先は病院がある。
「何があった……」
胸騒ぎがする。
仲根がいる場所からでは距離があるためか、何が起こっているのか分からない。
「どうすれば……」
その現場に行くべきか否か。
仲根が逡巡した直後だった。
爆発音がした方角から、次は軽い発砲音――銃声が響いた。
仲根に空寒い緊張が走る。
「マズいっ!」
仲根は咄嗟に辺りを見渡し、近くの木の陰に隠れた。
今までの仲根ならば、黒沢の身を案じて、危険を顧みずに現場に直行していただろう。
しかし、黒沢の居場所を把握している今、無益な戦闘は避けたかった。
何より、現場に居合わせている人物はその音から、何らかの爆薬と拳銃を所持していることは明白である。
いくら仲根がナイフの扱いと拳に自信があると言っても、人間を一撃で仕留めることができる凶悪な火器にかなうはずがない。
もし、姿を見せれば、体のいい銃弾の的になるのは目に見えていた。
「少し間を置いてから……行こうっ!」
結果的にこの判断が仲根を救った。
爆発音は天が踏んだ地雷。
銃声は利根川と一条がアカギに向かって行った発砲である。
天が地雷を踏み、絶命したのをきっかけに、利根川と一条がアカギを標的に攻撃を開始した。
アカギは機転を利かし、それを回避。
気絶するしづかを抱え逃亡した。
利根川と一条はアカギ捜索を開始。
それから間を置いて病院から出てきたひろゆきと平山も、首輪探知機を頼りにアカギを探し始めた。
これらの混戦は当時、多数の人間が係わっていた事もあり、長い時間を要した。
もし、ここで仲根が介入していたら、更にややこしい事態になっていただろう。
場合によっては、利根川や一条の餌食になっていたかもしれない。
仲根はしばらくの間、木陰に隠れて耳を澄ます。
やがて、辺りは全ての音が持ち去られたような静けさを取り戻した。
仲根は安全になったことを聴覚で確認すると、再び北へ向かって歩み出した。
その道中、仲根はしづかを見つけ、戦闘の現場である病院を避けるように移動し、今に至る。
仲根達は病院から随分離れた場所で休んでおり、戦いの余熱は感じられない。
それでも、病院の乱戦の際に発せられたと思われる、火薬と硝煙と僅かな血臭は空気に紛れ漂っている。
その臭いに反応したしづかの表情は何かを思い出したかのように更に重く憔悴した。
しづかが一向に語ろうとしないため、何があったのかを断定することは出来ない。
しかし、彼女がその渦中にいて、残虐極まりない体験をしたのは確かであろう。
口を閉ざしてしまうのも、仕方ないことであった。
仲根はしづかが話し出すまで待ち続けたが、期待も空しくしづかの口は心同様、塞ぎこんだままであった。
森の中という一種の閉ざされた空間の中で、両者はしばし沈黙の静けさを共有する。
「しづか……」
仲根は再び、嘆息した。
しづかの心情を察し、ある程度沈黙が続くことは覚悟していたが、この状況が続けば、黒沢に再会できる確率は低くなる。
もはや時間のロスでしかない。
仲根はしづかに一つの提案をした。
「なぁ……兄さんのところに……一緒に行かないか……」
「兄さんって……黒沢っていう冴えないおっさんのところかっ!」
しづかは“ふざけんなっ!”と言わんばかりに唇をわなわなと震わせ、仲根を睨みつける。
かつて、しづかは不良仲間を引き連れて、黒沢をオヤジ狩りのターゲットにした。
しづかの誘いに応じた黒沢を、まんまと車に乗せ、近くの河原でリンチしたのだ。
もし、今、合流すれば、しづかに待っているのは黒沢からの報復であろう。
「別にそんな男に頼らなくてもいいだろっ!」
「し……しづか……」
しづかの荒々しい剣幕に仲根は閉口した。
仲根もしづかが黒沢を強襲した経緯を知っている。
しづかが黒沢に会うことを嫌がることも理解できる。
それでも仲根は首を横に振った。
「俺は兄さんに会いに行く……嫌なら置いていく……」
仲根は立ち上がった。
今の仲根にとって重要なことは黒沢が生きて脱出できるかどうかである。
その価値観の中にしづかが入る余地はない。
「じゃあな……」
仲根が立ち去ろうとしたその時だった。
「ま…待ってくれっ!」
しづかが仲根のジャンパーの裾を強く引っ張ったのだ。
しづかは縋るように仲根を諭す。
「黒沢って男、本当に信用できるのかっ!大人ってのはなぁ……いや、大人に限らず、人間ってのはなぁ、
わがままで……貪欲で……自分のためなら、いくらでも残忍になれるっ!
ここに集められた連中はそんな奴らばっかなんだっ!黒沢だって、例外じゃないっ!
だから……」
気付くと、しづかの瞳から涙がはらはらと零れ落ちていた。
しづかはこのゲームで和也に襲われ、その後、一条からはリンチと土下座、脱衣を強制させられた。
その過程でしづかは理解した。
人間の本質は利己主義であり、生き残るためならどんな手段も選ばない、無秩序な生き物であることを。
勿論、道中、勝広や板倉や天など、誠実な人間にも出会ってはいた。
しかし、そのような人間は皆、その優しさ、甘さに付け込まれ、殺されてしまった。
このゲームが始まって、12時間以上経過している。
もし、黒沢が生き残っているとすれば、人間の本質を弁え、他者を踏み台するような外道だからであろう。
黒沢の人柄を知れば、そんなことをする人物ではないというのは自明なのだが、かつての黒沢に対する暴力への後ろめたさと、
度重なる悲劇によって膨れ上がってしまった疑心暗鬼が、しづかに黒沢拒絶の感情をもたらしていた。
しづかは小さく肩を震わせ、怯えた子供のように懇願する。
「大人なんて……信用できない……行くのは……嫌だ……」
「しづか……」
仲根は呆然とした。
震える少女に、かつての女帝の姿はなかった。
以前のしづかは暴力と性で学校の不良どもを従わせて、学校内で確固たる地位を築いていた。
誰しもその姿を見れば、恐怖に肝を冷やし、彼女の進路を率先して空けていく程に。
しかし、今のしづかに、あのおごり高ぶった不遜な威厳は微塵も感じられない。
恐怖に怯える年相応の少女の姿、否、両親とはぐれ、泣き叫ぶ幼子と言ってもよかった。
(あのしづかがここまで弱っちまうとはなぁ……)
仲根は困惑の表情を浮かべる。
暴君のしづかのプライドが崩壊するほどの苦難とはどれほどのものなのか。
経緯を聞かずとも、その凄惨さは想像できる。
(だからこそだ……だからこそ……)
「しづか……兄さんはな……」
仲根は思いを馳せるかのように、眼差しを遠くへ見据えた。
「ホームレスたちが不良の標的になった時も、見返りを求めず、自分の命をすり減らして戦った……
過去に因縁があるお前であっても、兄さんなら手を差し伸べるはず……」
仲根の心に、ホームレスを守るため、孤軍奮闘する黒沢の後ろ姿が鮮やかに蘇る。
勿論、ホームレスたちを助けた所で、黒沢に何か返ってくるわけでもない。
しかし、黒沢はそれを甘受した上で、私財を投げ打って不良たちとの戦いに備えた。
戦いの過程で、守られる側のホームレスたちの心が折れる場面も度々あった。
それでも黒沢は熱き魂で訴え続け、ホームレスたちに勝利と勇気をもたらした。
黒沢の雄姿は最も理想的な生き様として、今も仲根の心に焼き付けられている。
「兄さんは高潔な男っ……!お前も……オレも救ってくれる……だから、大丈夫だ……行こう……」
「え……“オレも”って、仲根もってことか……それって……」
しづかは仲根の言葉に、何か奥歯に引っ掛かったような違和感を覚える。
しかし、仲根はしづかの疑問に答えることなく、歩み始めてしまった。
「え……ちょっと待ってくれっ!」
しづかは慌てて立ち上がる。
しづかの意見を顧みない仲根のやり方に不満はあるが、今は同じ中学校出身の仲根以外信用できる者はいない。
しづかはふてくされながらも、渋々仲根の後についていったのであった。
それでも、病院の乱戦の際に発せられたと思われる、火薬と硝煙と僅かな血臭は空気に紛れ漂っている。
その臭いに反応したしづかの表情は何かを思い出したかのように更に重く憔悴した。
しづかが一向に語ろうとしないため、何があったのかを断定することは出来ない。
しかし、彼女がその渦中にいて、残虐極まりない体験をしたのは確かであろう。
口を閉ざしてしまうのも、仕方ないことであった。
仲根はしづかが話し出すまで待ち続けたが、期待も空しくしづかの口は心同様、塞ぎこんだままであった。
森の中という一種の閉ざされた空間の中で、両者はしばし沈黙の静けさを共有する。
「しづか……」
仲根は再び、嘆息した。
しづかの心情を察し、ある程度沈黙が続くことは覚悟していたが、この状況が続けば、黒沢に再会できる確率は低くなる。
もはや時間のロスでしかない。
仲根はしづかに一つの提案をした。
「なぁ……兄さんのところに……一緒に行かないか……」
「兄さんって……黒沢っていう冴えないおっさんのところかっ!」
しづかは“ふざけんなっ!”と言わんばかりに唇をわなわなと震わせ、仲根を睨みつける。
かつて、しづかは不良仲間を引き連れて、黒沢をオヤジ狩りのターゲットにした。
しづかの誘いに応じた黒沢を、まんまと車に乗せ、近くの河原でリンチしたのだ。
もし、今、合流すれば、しづかに待っているのは黒沢からの報復であろう。
「別にそんな男に頼らなくてもいいだろっ!」
「し……しづか……」
しづかの荒々しい剣幕に仲根は閉口した。
仲根もしづかが黒沢を強襲した経緯を知っている。
しづかが黒沢に会うことを嫌がることも理解できる。
それでも仲根は首を横に振った。
「俺は兄さんに会いに行く……嫌なら置いていく……」
仲根は立ち上がった。
今の仲根にとって重要なことは黒沢が生きて脱出できるかどうかである。
その価値観の中にしづかが入る余地はない。
「じゃあな……」
仲根が立ち去ろうとしたその時だった。
「ま…待ってくれっ!」
しづかが仲根のジャンパーの裾を強く引っ張ったのだ。
しづかは縋るように仲根を諭す。
「黒沢って男、本当に信用できるのかっ!大人ってのはなぁ……いや、大人に限らず、人間ってのはなぁ、
わがままで……貪欲で……自分のためなら、いくらでも残忍になれるっ!
ここに集められた連中はそんな奴らばっかなんだっ!黒沢だって、例外じゃないっ!
だから……」
気付くと、しづかの瞳から涙がはらはらと零れ落ちていた。
しづかはこのゲームで和也に襲われ、その後、一条からはリンチと土下座、脱衣を強制させられた。
その過程でしづかは理解した。
人間の本質は利己主義であり、生き残るためならどんな手段も選ばない、無秩序な生き物であることを。
勿論、道中、勝広や板倉や天など、誠実な人間にも出会ってはいた。
しかし、そのような人間は皆、その優しさ、甘さに付け込まれ、殺されてしまった。
このゲームが始まって、12時間以上経過している。
もし、黒沢が生き残っているとすれば、人間の本質を弁え、他者を踏み台するような外道だからであろう。
黒沢の人柄を知れば、そんなことをする人物ではないというのは自明なのだが、かつての黒沢に対する暴力への後ろめたさと、
度重なる悲劇によって膨れ上がってしまった疑心暗鬼が、しづかに黒沢拒絶の感情をもたらしていた。
しづかは小さく肩を震わせ、怯えた子供のように懇願する。
「大人なんて……信用できない……行くのは……嫌だ……」
「しづか……」
仲根は呆然とした。
震える少女に、かつての女帝の姿はなかった。
以前のしづかは暴力と性で学校の不良どもを従わせて、学校内で確固たる地位を築いていた。
誰しもその姿を見れば、恐怖に肝を冷やし、彼女の進路を率先して空けていく程に。
しかし、今のしづかに、あのおごり高ぶった不遜な威厳は微塵も感じられない。
恐怖に怯える年相応の少女の姿、否、両親とはぐれ、泣き叫ぶ幼子と言ってもよかった。
(あのしづかがここまで弱っちまうとはなぁ……)
仲根は困惑の表情を浮かべる。
暴君のしづかのプライドが崩壊するほどの苦難とはどれほどのものなのか。
経緯を聞かずとも、その凄惨さは想像できる。
(だからこそだ……だからこそ……)
「しづか……兄さんはな……」
仲根は思いを馳せるかのように、眼差しを遠くへ見据えた。
「ホームレスたちが不良の標的になった時も、見返りを求めず、自分の命をすり減らして戦った……
過去に因縁があるお前であっても、兄さんなら手を差し伸べるはず……」
仲根の心に、ホームレスを守るため、孤軍奮闘する黒沢の後ろ姿が鮮やかに蘇る。
勿論、ホームレスたちを助けた所で、黒沢に何か返ってくるわけでもない。
しかし、黒沢はそれを甘受した上で、私財を投げ打って不良たちとの戦いに備えた。
戦いの過程で、守られる側のホームレスたちの心が折れる場面も度々あった。
それでも黒沢は熱き魂で訴え続け、ホームレスたちに勝利と勇気をもたらした。
黒沢の雄姿は最も理想的な生き様として、今も仲根の心に焼き付けられている。
「兄さんは高潔な男っ……!お前も……オレも救ってくれる……だから、大丈夫だ……行こう……」
「え……“オレも”って、仲根もってことか……それって……」
しづかは仲根の言葉に、何か奥歯に引っ掛かったような違和感を覚える。
しかし、仲根はしづかの疑問に答えることなく、歩み始めてしまった。
「え……ちょっと待ってくれっ!」
しづかは慌てて立ち上がる。
しづかの意見を顧みない仲根のやり方に不満はあるが、今は同じ中学校出身の仲根以外信用できる者はいない。
しづかはふてくされながらも、渋々仲根の後についていったのであった。
【E-5/森/黎明】
【仲根秀平】
[状態]:前頭部と顔面に殴打によるダメージ 鼻から少量の出血
[道具]:カッターナイフ バタフライナイフ ライフジャケット 森田からのメモ 支給品一式×2
[所持金]:4000万円
[思考]:黒沢を探して今後の相談をする 黒沢と自分の棄権費用を稼ぐ 黒沢を生還させる 生還する 黒沢がいると思われるC-4の民家へ向かう
※森田からのメモには23時の時点での黒沢の状況と棄権が不可能であることが記されております。
[状態]:前頭部と顔面に殴打によるダメージ 鼻から少量の出血
[道具]:カッターナイフ バタフライナイフ ライフジャケット 森田からのメモ 支給品一式×2
[所持金]:4000万円
[思考]:黒沢を探して今後の相談をする 黒沢と自分の棄権費用を稼ぐ 黒沢を生還させる 生還する 黒沢がいると思われるC-4の民家へ向かう
※森田からのメモには23時の時点での黒沢の状況と棄権が不可能であることが記されております。
【しづか】
[状態]:首元に切り傷(止血済み) 頭部、腹部に打撲 人間不信 神経衰弱 ホテルの従業員服着用(男性用)
[道具]:鎖鎌 ハサミ1本 ミネラルウォーター1本 カラーボール 板倉の靴 通常支給品(食料のみ) アカギからのメモ
[所持金]:0円
[思考]:ゲームの主催者に対して激怒 誰も信用しない 一条を殺す 仲根についていく
※このゲームに集められたのは、犯罪者ばかりだと認識しています。それ故、誰も信用しないと決意しています。
※和也に対して恐怖心を抱いています。
※利根川から渡されたカラーボールは、まだディバックの脇の小ポケットに入っています。
※ひろゆきが剣術の使い手と勘違いしております。
[状態]:首元に切り傷(止血済み) 頭部、腹部に打撲 人間不信 神経衰弱 ホテルの従業員服着用(男性用)
[道具]:鎖鎌 ハサミ1本 ミネラルウォーター1本 カラーボール 板倉の靴 通常支給品(食料のみ) アカギからのメモ
[所持金]:0円
[思考]:ゲームの主催者に対して激怒 誰も信用しない 一条を殺す 仲根についていく
※このゲームに集められたのは、犯罪者ばかりだと認識しています。それ故、誰も信用しないと決意しています。
※和也に対して恐怖心を抱いています。
※利根川から渡されたカラーボールは、まだディバックの脇の小ポケットに入っています。
※ひろゆきが剣術の使い手と勘違いしております。
144:願意 | 投下順 | 146:主催 |
140:正義 | 時系列順 | 146:主催 |
121:慕効 | 仲根秀平 | 愚者(前編)(後編) |
124:光路 | しづか | 愚者(前編)(後編) |