幸せの星(前編) ◆ew5bR2RQj.
「夜の遊園地っていいところですねー、貴女もそう思うでしょう、さがみさん?」
「…………か、かがみよ」
「あっ、すいません。人の名前を覚えるのはどうも苦手でしてねぇ」
両手を広げながら上機嫌で話すクーガーと、口元をハンカチで押さえ言葉を吐き出すかがみ。
対照的な状態の二人は今、遊園地にいた。
遊園地と言えば常に人々で賑わっているイメージがあるが、それはお日様が顔を見せている昼間の話。
昼間は長蛇の列を作る人気アトラクションも夜が更ければ動くことはなく、むしろ機械的で無機質な感覚が不気味さを与えた。
最もこの遊園地には、端からアトラクション目当てで訪れる者などいないのだが。
柊かがみが
ミハエル・ギャレットに救われかけ、それを
ストレイト・クーガーが妨害してからおよそ一時間。
彼らは今、G−10にいる。
これだけ聞けば全く問題はないようだが、おかしな要素が一つあるのだ。
元々彼らがいたのは会場の中心に位置するF−5なのだが、今は端にあるG−10のエリア。
これだけの距離を僅か一時間で移動するのは、常人には不可能なのである。
しかし現実彼らはF−10にいる。ではどうやってここまで移動したのだろうか。
答えはクーガーのアルター、ラディカル・グッドスピード。
ミハエルと戦闘時には自らの脚部に使用していたが、本来の用途は別である。
このアルターの真の能力は、あらゆる乗り物のを自分専用のアルターに改造し速度を劇的に上昇させるものなのだ。
かがみと情報交換を済ませたクーガーが自らの支給品を確認した結果、出てきたのが軽トラック。
一般的な大きさのデイパックから軽トラが現れた光景を見て、かがみが思わずツッコミを入れたが、
彼は何の問題もないかのように受け流し、高らかと自らに与えられた能力の名を叫び上げる。
するとトラックは奇妙な光に包まれ、独りでに解体されていく。
全ての部品が解体された後、今度は新しい車体を形成していき――――。
数秒もしないうちに、濃厚なピンク色の塗装が施されたスポーツカーへと変形した。
かがみは目前の車を見て彼の趣味の悪さを疑ったが、命の恩人にそれを告げるのはさすがに憚られる。
そんなことを思案しているうちに、彼に市街に行くかどうかの結論を迫られ、
結局ある程度のリスクを背負うことになるが、妹や友人がいる可能性の高い市街地に赴くことを選んだ。
かがみの選択、それ自体は間違いではなかった。
彼女の友人の大半は山間部にいたのだが、公園から東側に位置する小島には一人も居ない。
それに対して市街地には一人だけではあるが、友人はいるのである。
ならば彼女は何を間違えたのか、答えは市街地に行くための手段である。
確かにクーガーのアルターは、移動手段としては間違いなく最速だろう。
だがこのアルターには致命的な欠点が一つ存在する。
それは乗り心地の悪さ、それは彼の運転技術と相まって最悪と呼べる段階にあった。
カーブを曲がることで全身が大きく揺れ。
車体が跳ねることで喉元に嫌な物が込上げ。
直線を全速力で走るだけで意識が遥か彼方に吹き飛ぶ。
市街の中の目的地を特に指定していなかったことが災いし、彼女は会場の端にある遊園地に辿りつくまでこの責め苦に苛まれる羽目になった。
これがこの一時間における彼らの経緯である。
車から降りてしばらく経過するも眩暈や吐き気との戦いは未だ終わらず、休憩を余儀なくされた。
「遊園地とは素晴らしいところです、デートコースとしては王道を通り越してもはや常識
恋愛初級者から上級者、誰もが安心して女性を誘うことの出来る施設です
しかしその際にどうしても付きまとってくるのがものがあります、それが何か分かりますか?
そぉう! 待ち時間です。アトラクションに乗るときは長蛇の列に並んで長い時間を過ごさなければなりません
誰もがこの時間を退屈な時間だと思うでしょう、し・か・し、私はある時、気付いたのです!
この時間があるからこそ、アトラクション達はより面白く、よりスピーディーに感じられるのです!
長い長い待ち時間から解放された後に、乗るジェットコースター!
係員のお姉さんに案内されながら座る椅子の感触! 自動でレバーが降りてくる時の緊張感!
そして機械の音と共にだんだんと上がっていく車体!! そしてそしてぇ――――――――」
かがみは休憩したいのにも関わらず、クーガーは早口でひたすら話しかけてくる。。
彼の男性にしては高めの声が脳を刺激し、彼女の頭痛をさらに促進させているのだ。
最初は黙って聞き流していたが、数分経っても終わらず文句の一つでも言ってやろうかと思っていた、その時。
「やぁ、かがみん」
クーガーの早口に紛れて、聞き覚えのある声がかがみの耳朶に届いた。
「あ……あ……」
昨日も聞いたはずなのに、懐かしく聞こえる声。
「なに泣いてんの、かがみ? ひょっとして私に会えて嬉しかった?」
「な、泣いてなんかないわよ、泣いてなんか……」
小柄な身体に青く長い髪、そして頭の天辺に生えたアホ毛。
泉こなた、捜し求めていた学友の一人がかがみの目の前にいるのだ。
思わずかがみはこなたへと駆け、そして彼女の身体を抱きしめてしまう。
こんなに簡単に出会ってしまってもいいのか、そう思いつつも彼女はこなたを抱きしめ続けた。
「怪我とかしてない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。それよりかがみ、そっちのサングラスのお兄さんは?」
抱きしめてくるかがみの背に手を伸ばしつつ、こなたは彼女を見守るように佇む男に首を向ける。
「初めまして小さなお嬢ちゃん、俺の名前はストレイト・クーガー、常に最速を求める男です
どうです? さがみさんのお友達なら俺と一緒に世界最速のドライブにでも行きませんか?」
「かがみよ! っていうか絶対にやめときなさい、こなた。乗ったら絶対に後悔するわよ」
「はは、クーガーって面白いね。私は泉こなただよ、よろしく。でも今は席を外してもらえないかな?
ちょっとかがみと二人で話がしたいんだ、ごめんね」
「えぇーっと……いい?」
かがみは首をクーガーの方に向けて尋ねる。
二人だけで話すということは、命の恩人であるクーガーを一時的とはいえ省くことになってしまう。
その程度で彼が気を悪くするは考えづらいが、それでも何となく悪いと考えてしまうのが人の常だろう。
「大丈夫ですよ、俺はこの程度で拗ねたりなんかしませんから
今はご友人との時間を大切にしてください」
クーガーはそう答えた後、車に寄りかかりながら空を仰ぎ始める。
その姿を確認した二人は、こなたの判断で最寄のベンチへと向かっていった。
こなたの、判断で。
「……今まで誰かに襲われたりとかしなかった?」
「目付きの鋭いおじさんに襲われたけどなんとか逃げてきたよ、あの時は流石に死を覚悟したねぇ」
「はぁ……心配かけないでよ、もう。そういう私もミハエルって奴に殺されかけたけどね、あんたも――――」
会ったら注意しなさいよ、と付け加える。
ベンチに腰を掛けたものの双方共に話題を提供することが出来ず、数十秒が経過した所で先ほどの質問をかがみがしたのだ。
こなたはその質問に対し世間話でもするかのように答え、それが彼女の不安を煽った。
「ねぇ、かがみは遊園地のアトラクションで何が一番好き?」
「ちょ、今はそんな話をしてる場合じゃないでしょ……うーん、やっぱりジェットコースターかな」
こんな状況に不謹慎だと思いつつも、彼女の上に敷かれたレールを見ながら言う。
「なんだかんだで答えてくれるツンデレかがみ萌え〜」
「な、あんたって奴はこんな時までも……」
「それにしてもすごいかっこうだねぇ、かがみん、それメイド服?」
「う、うるさいわね! 仕方ないでしょ、制服が濡れちゃったんだから……」
普段の調子とまるで変わらないこなたに呆れ、思わず溜め息を吐くかがみ。
しかしこの状況下でも変わらないこなたに対して、確かな安堵感も覚えていた。
「やっぱり男女二人で観覧車に乗るのは、もう立派なフラグだよ〜」
「そう? 私はその程度じゃ甘いと思うけど」
その後も遊園地の話題に二人は花を咲かせている。
二人とも笑顔を浮かべており、談笑と呼ぶに相応しい状態であった。
が、かがみは今が殺し合いに参加しているということを忘れられずにいる。
単純に彼女がこなたほど能天気な性格ではないというのもあるのだが、それ以前に一つ大きな違和感が渦巻いていた。
こなたがあまりにも、能天気すぎるのだ。
確かに彼女は楽観的な性格であり、テスト期間中も直前まで遊び呆けている。
他にも三年生になっても未だ進路が決まっていなかったりと、彼女の性格を説明する事例は他にいくらでもあった。
だがこなたは、従姉妹が見せしめとして処刑されても笑っていられる人間なのだろうか。
答えは否だ。こなたと共有してきた三年間の思い出が、かがみにそう告げている。
小早川ゆたかが殺された時に、彼女が感じた絶望感は生半可ではなかった。
時間が経ってしまった今でさえ、咽び泣きたい衝動に駆られる。
ゆたかとの付き合いが薄い部類にいた彼女でさえ、こうなのだ。
家族同然だったこなたが感じる絶望は、彼女の想像にも及ばない域に達しているだろう。
では何故、こなたはいつもの調子と変わらないのか。
「こなた……あんたこれからどうするの?」
遊園地の話題を強引に終了させ、こなたに問いかけるかがみ。。
この話題ならば真面目な雰囲気にならざるを得ないだろう、そういう目論みが彼女にはある。
が、それ以上に今のこなたの真意を知りたいという気持ちが、彼女を強く支配していた。
「これからって?」
「な……あ、あんた……」
車から降りた直後の吐き気と眩暈が蘇るような回答、正確には悪化するだが。
友人に会えた喜びで一時的には緩和できたものの、やはりクーガーの車は強烈で会話しているうちにぶり返していたのだ。
「だからこの……バトルロワイアルのことよ」
会場に飛ばされる直前、白い空間で最後に聞いた単語を口にする。
「あぁ、なんだ、そんなの簡単じゃん」
思わず自分の耳を疑うかがみ。
彼女が数時間悩み続けている疑問の解答を、こなたは簡単に導き出したというのか。
こなたの次の言葉に一抹の不安を覚えながらも、彼女は耳を傾ける。
「――――だって、これはゲームなんだよ?」
「……は?」
こなたの発言が理解できず、かがみは間抜けな声を出してしまう。
「だからさ、こんなことが現実ににあるわけないじゃん
いきなり変な世界に飛ばされてさ、殺し合いをしろだなんておかしいよね? 常識的に考えて」
確かにこなたの言っていることは至極真っ当である。
しかしかがみがミハエルに首を絞められた時に感じた感触は、現実の死を直面させる生々しさを帯びており、
その事実が嫌でもかがみに現実だと認識させていた。
この異常な世界において、至極真っ当などという言葉はもはや通用しないのである。
「多分私たちはなにかのゲームの世界に入っちゃったんだよ、これって凄いことだとだよね?
私たちは今、ゲームの世界の住人なんだよ、あんなに憧れ――――」
「あ、あんた……どうしちゃったのよ?」
こなたの発言に寒気を覚えたかがみは、こなたの肩を掴み揺さぶり始める。
「どうしちゃったって……これがいつもの私だよ?」
「いつもの私って……あんた、ゆたかちゃんが!」
かがみは最初にこなたに会った時の態度から判断して、ゆたかの死を乗り越えたと思っていた。
それをわざわざ言及する必要は無いと考え、決してゆたかのことは言うまいと思っていた。
思っていたが、今のこなたに対し抱いた恐怖心が思わずその単語を告げさせていた。
「ゆーちゃんは死んじゃったよ、でもさ、ゲームの世界なんだから生き返らせる方法があるに決まってるじゃん
言ってたでしょ? 最後まで生き残ったら願いを一つ叶えてくれるって」
揺さぶり続けていた手が硬直し、全身が凍りついたかのような感覚に襲われるかがみ。
殺し合いに生き残ること、即ちそれは他の参加者全員を抹殺することを意味する。
つまりこなたは殺し合いに乗ることを決意していると、彼女は気付かされた。
「だから私はあの子にリセットボタンを貰うことにしたんだ、そうすれば全部元通り
私達は全員で元の世界に帰れるよ。そこでさ、かがみ。お願いがあるんだけどいい?」
「な、なによ……?」
一刻も早くこなたの元から離れなければならないにも関わらず、一ミリもその場から動くことが出来ないかがみ。
こなたに対する恐怖心、そして変貌してしまった友人を説得しなければならないという意志が彼女の体を磔にしていた。
「リセットボタンを手に入れるの手伝ってくれないかな? 多分私一人じゃ無理だと思う
でも私たち全員で頑張れば、必ず――――」
「し、死んじゃった人を生き返らせるなんて……む、無理に決まってるじゃない!」
「駄目かな? かがみ」
「駄目も何も……」
こなたの誘いは確かに魅惑的であり、甘美な誘惑だ。
しかしそれはあくまで実現可能ならばの話であり、少なくともかがみの常識の中には死者を蘇生させる方法など存在しない。
そうかがみは考えてしまい、二の句を告げられずにいた。
「もういいよ」
こなたは落胆したように吐き捨てる。
「もういいって……」
「だからもういい、かがみにはもう頼らないよ。ごめんね」
「あ、あんたねぇ!」
こなたの発言に苛立ちを、それ以上の悲しみを乗せてかがみは怒鳴る。
「もう……ゆたかちゃんは死んじゃったのよ! もうそれは変えられないの!
それにゆたかちゃんが……ゆたかちゃんが自分のために他の人を殺すあんたを見て喜ぶと思う!?」
「喜ばない、それくらい分かってるよ、ゆーちゃんはとっても優しい子だもんね
でも、それでも生き返らせなきゃ駄目なんだよ。だから――――」
こなたの瞳に視線を合わせ言葉を叩きつけるも、こなたの心には届かない。
そして、初めて気が付いた。
今のこなたの瞳に光は存在せず、暗闇に彩られた虚無が広がっていることに。
そして、ようやく確信した。
こなたはゆたかの死を受け入れられず、狂ってしまったのだと。
「――――サイト、お願い」
「分かった、ルイズ」
こなたの合図で、背後の茂みから現れる少年。
その少年は長剣を両手で握っており、瞳にもこなたと同じように光が無い。
「こな……た?」
「大丈夫だよ、かがみ。すぐに生き返らせてあげる
だから今は……ごめんね」
かがみはこなたの異変に気付くのが、あまりにも遅すぎた。
故に女神の剣の恩恵を受け、身体能力が上昇した少年から逃げる時間など無く。
彼女が少年の姿をその瞳に宿した時には、既に長剣が振り下ろされていた。
――――振り下ろした長剣を持ち上げる才人、その際に付着した土が零れ落ちる。
女神の剣はその切れ味に従い、目の前の物を一刀両断していた。
頭の先から、脚まで真っ二つに。
彼女達が、座っていたベンチを。
「ふぅ、危なかったですね」
死を覚悟して閉じた眼を、かがみは開く。
その瞳に映るのは、遠い位置から呆然と自分を見つめるこなたと才人。
現状が理解できず混乱するかがみ、自分の体が誰かに支えられていると気付くとさらに加速していく。
その後一通り周囲を見渡し、最後に顔を上げる。
「怪我は無いですか? さがみさん?」
そこには不敵な笑みを浮かべる男、ストレイト・クーガーがいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
時間は数十分前に遡る。
平賀才人が泉こなたをルイズと呼び抱きしめた直後に、彼らは車の走行音を耳に捉えた。
隠すつもりがないのか、走行音は深夜の闇に騒音として響き渡っており、
音の聞こえる方向と配布された地図から、車の目的地を遊園地と断定。
少し悩んだ結果、彼らは遊園地に先回りすることにした。無論、殺害するために。
彼らが遊園地に到着して身を潜めていると、車が遊園地の広場に到着した。
それを隠れたまま監視する二人、程なくして車のドアが開く。
中からは顔色の悪いツインテールの少女と、サングラスをかけた怪しい男が現れる。
少女の方は脆弱な一般人に見えるが、サングラスの男の実力は未知数。
ここはやはり奇襲を仕掛け、実力を発揮される前に殺すか、などと考えていた時。
不意にこなた、いや『ルイズ』が声を上げた。
「かがみ……」
懐かしげに、ぽつりと呟く『ルイズ』
話を聞くと、少女の方が彼女の学友、柊かがみであると教えられ、
『ルイズ』の判断から、才人の企てた奇襲作戦はより安全で確実な方法に変化した。
まず『ルイズ』が二人に近づき、かがみをベンチに誘い出す。
そこで彼女にこのゲームをクリアして、
V.V.にリセットボタンをもらう手伝いを申請する。
承諾されればそれでよし、拒否された場合は才人が背後から切り裂く。
これが『ルイズ』の思いついた作戦の全貌だ。
障害はやはりサングラスの男であったが、都合のいいことに誘い出すのに不自然ではなく、
彼から離れた距離の場所に、ベンチが設置されていたのだ。
この作戦ならば、最低一人はノルマを稼げると思っていた。
しかし現実は完全な失敗、かがみは救出されサングラスの男には敵意を感づかれてしまっている。
『ルイズ』の誤算はサングラスの男――――クーガーにとってベンチまでの距離は、一瞬もあれば詰められる程度のものだったということだ。
抱きかかえたかがみを自らの車の傍に避難させ、再び戦地に赴くクーガー。
その歩調は戦闘に対する緊張など一片も無く、彼が手足れであることを才人に実感させる。
思わず唾を飲む才人。
程なくしてクーガーは、才人から十メートル程離れた位置で前進を停止した。
「何故、かがみさんを襲った?」
無風の空間で放たれる言葉、それは何物にも邪魔されること無く才人の耳に届く。
「俺のご主人様に頼まれたからだ」
才人の声もまた、騒音に邪魔されることなくクーガーの耳に届いた。
「……そこまで大事か、ご主人様の言葉ってのはよ?」
「ああ、大事だ」
もう二度と失わない、もう二度と離さない。
言葉では現さないが、才人は自らの心でそう繰り返す。
「くだらねぇなぁ、自分の意思の介していない行動に何の価値がある?」
「くだらねぇ……だと? お前は知らないんだ! 自分の大切な人の傍で仕える喜びを」
「ならば何故止めない!? お前の大切な人が自分の大切な人を殺そうとするのを!!」
感情を爆発させたかのような問い、遠めに見ているだけだった才人は知る由も無かった。
かがみがこなたを見かけた時、心の底から嬉しそうのはにかんだ事を。
そしてその顔を見た時のクーガーが、心の底から安堵したことを。
「うるさい……うるさい、うるさい、うるさい!」
左手で額を押さえ悶える才人、もうクーガーの問いに答える気など無い。
右手で握り締めた女神の剣を前方に突きつけ、クーガーを威嚇する。
「俺は……俺はあいつと一緒にいられればいいんだ!」
才人は剣を片手に握り締め、クーガーに切り掛からんと突撃する。
「ああ、そうかい、ラディカル・グッドスピード脚部限定!」
クーガーの周辺の地面が抉り取られ、消滅した破片が彼の脚に装甲を形成していく。
その間約数秒、装甲が完成した時点で既にクーガーは飛び出していた。
「ヒール・アンド・トゥー!」
長距離を一瞬で無にする速さから、飛び蹴りが放たれた。
「ぐうっ!」
食いしばった歯から声が漏れる。
先に才人が仕掛けたはずなのに、先攻を取ったのはクーガー。
高速の領域から放たれる飛び蹴りは、女神の剣の加護で敏捷性が上昇していた才人でも受け止めるだけで精一杯だった。
「うぉおおおおっ!」
全身に力を込め、強引にクーガーを振り払う。
そして今度こそクーガーの身体を、鋼鉄の刃で切り裂こうとしたが――――
「――――ッ!?」
才人の視界から、クーガーが消えていた。
周囲を見渡す才人、しかし何処にも彼の姿は見えない。
「遅い!」
何かの落下音、それが才人の耳に届く。
その正体に気付き彼が上を見上げたのと同時に、彼の両肩を鈍い衝撃が襲い掛かった。
「ぐあぁっ……!」
剣で防御し、辛うじて直撃は免れる。
しかし上空からの急降下で重力を纏った一撃は、才人の想像以上の威力を伴っていた。
そう、クーガーは剣を踏み台にして上空に飛来。
そして踵落しの要領で、才人に攻撃を加えたのだ。
「くそぉッ!」
剣に圧し掛かるクーガーを、再度強引に薙ぎ払う。
クーガーは華麗な動きで地面に着地するが、体勢は磐石とは呼べない。
その僅かな隙を突こうと、才人はコンクリートの地面を駆けた。
「足りないなぁ……全然足りない」
再度、才人の視界から消滅するクーガー。
またしても才人は逡巡し、僅かに動きが止まる。
その隙を掻い潜り、クーガーはまた現れた。
才人の背中を、蹴り飛ばしながら。
「ぐああぁっ!」
悲鳴を上げながら、地面を転がる才人。
背中に受けた一撃は肺の中に空気を与えず、彼は息苦しさに顔を歪めている。
が、その苦痛に浸っている暇は無く、彼が顔を上げた先には既にクーガーが迫ってきていた。
「俺を倒すには、圧倒的に速さが足りないッ!」
「うるさい!」
辛うじて立ち上がった才人は、死力を振り絞り何とかクーガーを遠ざけることに成功。
剣の柄を握る力を強め、才人はクーガーの攻撃に備えた。
その後も一進一退の攻防が続き、やがて数分が経過する。
「ハァ……ハァ……くっ!」
一般的に考慮すれば、数分というのは非常に短い時間であろう。
だが戦闘においては、一瞬の隙でさえ致命傷を招く。
とくに自らの俊敏性を用いて戦うクーガーとの戦闘であれば尚更であった。
「くらえッ!」
正面から迫り来る回し蹴り。
アルター能力により強化されたそれは、もはや剣や刀に匹敵する切れ味を持っている。
「ッ!」
迫る斬撃を剣で受け止める、すると金属音が鳴り響き火花が散った。
(本当に足に刃物でもついてんじゃないのか、こいつ……)
あくまでクーガーのアルターは脚部の装甲であり、才人が想像したような刃物はついていない。
にも関わらず、攻撃に鋭さが現れるのは何故だろうか。
答えは彼の速さが人智を超えているから、ただそれだけの理由である。
それだけの理由が、才人を圧倒し、苦しめているのだ。
「鈍い、鈍すぎる。そんなんじゃ俺の速さの足元にも及ばないぞぉ!」
受け止められた脚を早々に切り上げ、上空へ舞い上がる。
そして再び踵落しの要領で、落下し始めた。
さしずめこれは、悪人の首を断頭するためのギロチンと言った所だろうか。
「何度も……何度も同じ手はくらわねーんだよ!」
素早い動きで背後に後退する才人、その一秒後には彼が元々踏み締めた地面にギロチンが落下している。
最初の一撃は受け止めるだけしか出来なかったが、一度見てしまえば回避を可能にする実力が彼には備わっていた。
「うぉぉぉおおおおおッ!!」
剣を構えながら、才人は突進する。
踵落しの不発で発生した隙は大きく、この隙を逃す手は無い――――はずだった。
「ぐおぉっ!」
剣越しにも伝わる衝撃、身体を槍で穿たれたようなな衝撃。
しゃがみ込んでいたはずのクーガーは伸び切っていた脚の先端、爪先を突き出し、
もう片方の足をバネにして、強引な姿勢のまま迎撃したのだ。
「ハァ、ハァ……」
剣を杖代わりにして、才人は立ち上がる。
先の一撃によるダメージは剣越しだったためか、そこまで大きくは無い。
しかしクーガーの攻撃を受け止め、速さに対応するために消耗した体力は彼の身体を蝕んでいた。
「ようやく倒れたか……これで終わりだ! ラディカル・グッドスピード!」
クーガーは自らに宿った力の名を、高らかに宣言する。
それを聞いた才人は、疲労の蓄積された体に鞭を入れ、奮い立たせる。
そして一瞬でさえ見逃すまいとクーガーを視界の中に拘束し、剣を眼前に構えた。
が、いつまで経っても攻撃は来ないどころか、クーガーは不動の状態を保っている。
(誘ってるのか? それとも……?)
見たところクーガーの能力は、脚部を装甲で覆うこと。
彼の人智を超えた速さは、この装甲が原因であるのは間違いないだろう。
(ならば、さっきのは何なんだ)
単純な攻撃の不発というのは、絶対に有り得ない。
となれば自分をおびき出すための罠か、あるいは装甲を強化するのが目的か――――
「なっ!?」
才人は、気付いてしまった。
クーガーの脚部から装甲が消滅し、黒いブーツが姿を見せていること。
それと同時に、側面から一台の車が迫っていることに。
「くそッ!」
踵を翻し、才人は車からの逃走を図る。
だが迫る車は猛スピードで爆走しながら、彼を正確に追跡していた。
「何で付いてくるんだよ畜生!」
「何で付いて来るかって、そんなの単純だ
それが俺のアルターだからだ、自由自在に操縦することが出来るのさ」
クーガーが自らの能力を解説しだすが、才人にそれを聞いている余裕など無い。
ここで才人を追跡する車について解説をしよう
外装こそクーガー達が乗ってきた物と大差は無いが、実は一般的な小型車よりもさらに小さい形をしている。
何故ならばクーガーがアルター能力を使用したのは、遊園地によくあるアトラクションの車。
一般的にゴーカートと呼ばれる代物だからである。
「ゼェ、ゼェ……くそぉ!」
走り続け体力の限界が訪れた才人は、体を反転させ剣を構える。
車体を一刀両断しようと、両足に体重をかけたが――――
「うわああぁぁぁぁぁっ!」
暴走する車に抗うほどの力は無く、一瞬の拮抗の末に跳ね飛ばされてしまった。
「くあっ……あぁ……」
コンクリートの地面にうつ伏せに倒れ、苦しげに才人は呻く。
女神の剣の影響で防御力が上昇していたからか、致命に達するほどの傷は負っていない。
しかし身体は既に満身創痍、もはや剣を支えにしなければ直立できないほど。
これ以上の戦闘が不可能であるのは、既に明白だった。
「どうやら……俺の勝ちのようだな」
一歩、また一歩と最初に対峙した時のような歩調で、クーガーが前進してくる。
そこからはもはや余裕すら伺えていて、自らの勝利を確信した様子。
だがあくまでそれは余裕であり、油断ではない。
片時たりとも才人を視界から逃すことは無く、訝しげな動きをすれば一瞬で才人は仕留められてしまうだろう。
実力により裏付けされたその余裕は、絶対の自信となり彼の風格を形成していた。
(俺は……こんなところで……)
才人の頭の中に、様々な念が溢れ返る。
一度は死んでしまったかのように見えたルイズ、でもまた才人の前に姿を見せてくれた。
容姿は違うかもしれないけれど、確かに彼女は自分のことをルイズだと言った。
だから彼女は、ルイズなのだ。
そんな彼女が、才人に一つの願いを言った。
死んでしまった従姉妹を生き返らせたいから、主催者からリセットボタンを貰いたい、と。
それを聞いて才人は思った、あぁ、やっぱりルイズは優しいんだなぁ、と。
ルイズに対して誇りを抱いた才人は、ルイズの役に立ちたいと心から願った。
(それなのに……それなのに……)
現実は、この様である。
彼女が計画した作戦は失敗に終わり、尻拭いのためにと応戦した戦闘では惨敗。
なんという醜態、無様という言葉がこれほど似合う状況は他に無いだろう。
一歩、また一歩とクーガーが近づいてくる。
悠に三十メートルはあった距離も、彼の早足の前に縮められていく。
あと十秒もすれば、彼は才人の元に辿り付くであろう。
(ルイズ……ルイズ……)
自らのご主人様の名前を復唱する。
才人がここで彼に倒されれば、次の矛先は確実にルイズに向かう。
そんなことは絶対に許してはいけない、許すわけにはいかない。
(ルイズ、ルイズ、ルイズ、ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズッ!!)
「ルイズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
だから彼は叫んだ、世界で一番大切なご主人様の名前を。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
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最終更新:2010年06月12日 02:06