BATTLE ROYALE 世界の終わりまで戦い続ける者たち(前編)  ◆U1w5FvVRgk.



 きっかけは一人の少年の呼びかけであり、それを聞いたのは全部で十四人だった。
 狂人、アルター使い、復讐鬼、三人の高校生、二体の人形、騎士、弁護士、侍、大泥棒、二人の中学生。
 実に多種多様な顔ぶれである。
 この内、弁護士、侍、大泥棒、三人の高校生は遠ざかるか死亡した。
 残る出演者は少年を加えた九名。時間は十分間。
 この間の出来事はどのように表現するのが正しいだろうか。
 悲劇? 喜劇? 惨劇? 活劇? 運命劇? 群集劇?
 いやいや、狂人――浅倉威ならばこういうだろう。
『楽しい愉しい祭りの始まりだ』と。

 ■  ■  ■

「ぎゃあっ!」

 予期せぬ横合いからの衝撃に、織田敏憲は見た目通り蛙の潰れるような声を上げて吹き飛んだ。
 桐山が追いかけてこないかと背後ばかりに気を取られ、それ以外への注意を怠ったのが不味かった。
 何が起きたのか解らないまま、彼は受身を取る間もなく地面にその身を打ちつけて数度転がる。
 脇腹が痛む。いつも自然としている呼吸を行うのすら苦しい。
 もしかしたら、肋骨にヒビでも入ったのかもしれない。
 衝撃を受けた際の感触からして、何者かに横腹を蹴られたのだとは判った。
 絶え間なく襲う痛みに呻きながら、彼は襲撃者へと顔を向けた。
 そこに立っているのが桐山でありませんようにと祈りながら。
 普段の織田ならば、ここまで弱気な心持ちになりはしないだろう。
 むしろ高貴なる自分に蹴った下品な存在に怒りを向けるはずだ。
 しかし、こうなるのも無理は無い。
 何しろ、彼は一度桐山に殺されているのだから。
 しかも、倒れた状態で股間にサブマシンガンを打ち込まれるという無様な死に様である。
 これでトラウマにならない方がおかしい。

 果たして――織田が目にした襲撃者は男だった。だが、桐山ではない。
 内心ほっとしたが、次に湧き上がってきたのは怒り。
 何故、選ばれた存在である自分が地べたに這い蹲らなければならないのか。
 彼にはそれが許せなかった。
 目の前に佇むは暴力を奮ってきたことからも分かるとおり下品な奴僕。
 加えて男には織田の怒りを増幅させる要素がいくつもあった。

 織田敏憲の嫌いな奴その一 顔の良い男。
 男の顔は良かった。目鼻が整った、凛々しいと言える顔立ち。
 間違いなく美形に分類されるだろう。
 着ている白い騎士服がさらに顔の良さを引き立てている。
 織田の土塗れになった学生服とはえらい違いだ。

 嫌いな奴その二 背の高い男。
 男は背も高かった。162センチの織田と比べても15センチは上背がある。
 自分を高い位置から見下ろされるのが、織田には堪らなく不快だった。

 嫌いな奴その三 下品な人間。
 これは言うまでもない。いきなり人を蹴り飛ばす輩を下品と言わずなんと言うのか。
 結論として、男は織田が一番嫌いなタイプだった。

「下品な暴力奴僕の分際で高貴なオレを跪かせるなんて……許されるわけないだろ!」

 人並み外れた自尊心と怒りが痛覚すら忘れさせたのか、織田はよろよろと立ち上がった。
 相手は見たところ無手。デイパックすら背負っていない。
 対する織田の右手には、まだワルサーP38が握られていた。
 弾はまだ一発だけ残っている。
 あれほどの蹴りを受けて銃を離さなかった自分を心中で賞賛した。
 躊躇せず銃を男に向けて、左手も添えて狙いを付ける。
 織田と男の距離は精々数メートル。外す確率は低い。
 銃を持つ者と持たざる者。この差が高貴な存在と下品な奴の差だと、織田は悦に浸る。
 いくら格闘技に優れようが、銃相手ではどうしようもない。
 次の瞬間には男は恐怖に顔を歪ませ、見っとも無く命声を上げるはずだと織田は予測した。
 しかし、男は銃を向けられても微動だにしない。
 ただ能面のような無表情を織田に見せるだけだ。
 その無表情が織田に一瞬だけ桐山を思い出させたが。

(ふん、どうせただの強がりだろ。下品な奴僕の精一杯の下品な抵抗という訳だ)

 さして気にせず、薄ら笑いすら浮かべる。
 そして、高貴なる存在を傷付けた愚か者に天誅を与えようと引き金に力を込めて。
 ふと、織田の脳裏にある光景が過ぎった。
 桐山の印象が強すぎて、彼は忘れていた。
 前の殺し合いで棍棒しか携えていなかった杉村弘樹に背後から銃を向けた事。
 確実に仕留めたと思ったのに、直後に銃弾を避けられた上に手痛い反撃を受けた事を今さら思い出す。
 弾丸が放たれる直前、織田は眼前の男の瞳が赤く輝くのを見たような気がした。

 ■  ■  ■

 パチパチと拍手が鳴る。
 スザクはそちらに目を向けて、対象を認識した途端、今までの無表情が穏やかな相貌に変化した。
 拍手を鳴らすのはローゼンメイデン第一ドール・水銀燈
 スザクの【最愛の存在】である。

「お見事ねぇ。それが貴方の言っていたギアスの力?」
「うん。あまり使いたくはなかったけど。君の為なら喜んで使わせてもらうよ」

 本当に好ましくないと思ってるのだろう、スザクの言葉には自嘲と嫌悪が混じっていた。
 もっとも、水銀燈にはスザクの気持ちなど知ったことではない。
 手駒としてスザクが使えるのならどのような力であろうと関係ないのだ。
 水銀燈の視線の先には、スザクの傍らで倒れ伏す少年があった。
 鮮やかな手並みだった。
 銃弾を避けたと思ったら、次の瞬間には首筋に当身を入れて気絶させたのだ。
 スザクと戦っていたら、こうなっていたのは水銀燈だったかもしれない。
 改めて敵に回さなくてよかったと、水銀燈は本心から思った。

「落ち込む必要は無いわ。むしろそれだけの力を持つことを誇るべきよぉ」
「ありがとう。そう言ってもらえたら嬉しいよ」

【最愛の存在】に褒められ、スザクは照れ臭そうに微笑んだ。
 単純だなと考えながら、水銀燈は戦果の報告を求める。

「それで、そいつは銃以外に何を持ってたの?」
「ああ、これとこれなんだけど」

 スザクが少年の支給品を見せ付ける。
 それらを目にした途端、不満げに水銀燈は顔を顰めた。

「どっちも私は使えそうにないわねぇ。そいつの持ち物はあんたが持ってなさい」
「じゃあ、遠慮なく頂いておくよ」

 スザクは銃のみ弾丸を込めてから携え、残りの支給品をデイパックに戻した。
 後は少年の処遇を決めるだけだ。

「それで、彼はどうするの?」
「そうねぇ……放っておきましょう。そんな醜い男の死体なんて見たくないわ」

 白目を剥いて気絶している少年の顔を見ると、水銀燈に嫌悪感がありありと浮かんだ。
 スザクは水銀燈の言葉に逆らわずに頷いた。
 元から彼に逆らう自由など無いのだが。

「そうだね、弾が勿体無い。鎌を使っても血で切れ味が悪くなるかもしれないからね」

 本人が聞いたら憤慨しそうな言葉を言い捨ててから、スザクと水銀燈は歩みを再開した。
 後に残されたのは、無様な顔を晒す少年のみだった。

「そういえば、ルルーシュ、だったかしら? あんたにギアスを掛けたのは」
「……ああ、そうだよ」
「友達……だったのよねぇ?」
「うん。友達だった。でも、あいつがユフィを殺し、僕が彼を皇帝に売った事でその関係は終わったんだ」
「ふーん……それじゃあ、私が仲直りしなさいと言ったらできる?」
「ッ!? ……君と会ってから、何故か彼への恨みが少しだけ薄れたんだ。
 どうしてもというなら、できると思う」
「そう」

 スザクの言葉に素っ気なく答えながら、水銀燈は思った。
 ああ、自分と真紅に似ているなと。

 ローゼンメイデン第一ドール・水銀燈。
 彼女が目覚めたのは姉妹たちの中でも一番遅かった。
 本来なら長女である水銀燈は最初に誕生して、最も長く活動しているはずだ。
 しかし、彼女の父であるローゼンは水銀燈を未完成の状態で放置した。理由は不明だ。
 未完成品に核であるローザミスティカが与えられる事もなく、彼女はそのまま眠り続けるはずだった。
 だが、ローゼンに会いたいという一念から水銀燈は動き出してしまう。
 歩くことも出来ず、亡霊のように彷徨う果てに出会ったのが真紅だった。
 水銀燈は真紅から様々な事を教えられ、そのおかげで歩けるようにまでなった。
 水銀燈は真紅に感謝していた。
 それが哀れみから来ているとも知らずに。

 真紅はアリスゲームの存在を水銀燈に教えなかった。
 ローザミスティカが無い水銀燈は、いずれ機能を停止してしまう。
 真紅は当時の媒介に水銀燈を預ける際に迷惑にならないよう、水銀燈に優しくしてきたのだ。
 それを知ったのは、Nのフィールドでの真紅と蒼星石の戦いに巻き込まれ、水銀燈が死ぬ間際だったが。
 されど、水銀燈は死ななかった。
 Nのフィールドに沈んでいく水銀燈に、ローゼンが現れローザミスティカを与えたのだ。
 今度こそ水銀燈はローゼンメイデンとして復活し、真紅と再会した。
 が、真紅は水銀燈を未完成という理由からローゼンメイデンであることを否定した。
 激昂した水銀燈は、真紅がローゼンから与えられたブローチを破壊した。
 それで二人の仲は決裂。今ではお互いに敵愾心しか抱いていない。
 聞いた限り、スザクとルルーシュも最初は仲が良かったが、今では敵対しているという。
 そんな二人が薬の効果もあるとはいえ、同行しているのは何の因果だろうか。

(もし、真紅がスザクと同じ状態で仲直りしたいとかほざいたら、私はどう思うかしら……
 絶対に良い思いはしないわねぇ。むしろ真紅をそんな風にした奴に怒りを向けるわ)

 ルルーシュと会ったら殺しておこうかと考えながら、水銀燈は操り人形と一緒に進む。
 その心配が杞憂であることを彼女はまだ知らない。

 ■  ■  ■

 振り下ろされる橙色の鋏を蛇の尾を模した黄金の剣が受け止める。
 戦闘開始から何度か繰り返された光景がまた作られた。
 互角の鍔迫り合い――とはいかない。

「……つまらん。この程度か?」
「ッ!」

 受ける側である王蛇――浅倉威が攻める側であるシザース――蒼星石に失望を告げた。
 軽い。蒼星石の一撃一撃は浅倉にしてみればあまりにも軽かった。
 右手一本で受け止めてまだ余力が余るほどだ。
 仮面ライダーに変身しているとはいえ、蒼星石の背丈は浅倉より一回り小さいことに加え女の子だ。
 力比べとなると分が悪くなるのは当然だろう。
 そんな事情など浅倉からすれば知ったことではないが。
 余裕がある浅倉は、追撃とばかりに鍔迫り合いの状態のまま左手に持つ杖を蒼星石に叩きつけようとして。

「見え見えなんだよ!」

 右手のベノサーベルで鋏ごと蒼星石を弾き飛ばすと、連続した動きで体を左に半回転させて杖を振るう。
 浅倉に背後から迫っていた八つの宝玉。
 橘あすかの操るエタニティ・エイトだ。
 地面に落ちた蒼星石が転がっていくのを尻目に、浅倉は自分に迫る宝玉を叩き落そうとして、

「甘い!」

 宝玉と杖の先端であるコブラの頭を模した部分が衝突する間際、あすかは一纏めだった宝玉を散開させた。
 今度は撹乱を目的としたのか、変則的な動きを見せる。
 しかし、浅倉には、仮面ライダーには通用しない。
 強化された視力をもってすれば宝玉の軌道を追うなど容易いことだ。

 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ

 浅倉は右手のベノサーベルと左手のべノバイザーを振り回し、宝玉を次々と落としていく。
 さながらハエ叩きの要領か。
 蒼星石が起き上がり空中に浮遊した頃には、宝玉は全て砕かれていた。

「そんな、僕の玉が……でも、まだ!」

 瞬間的に呆然としたあすかだが、すぐさま気を持ち直すと周囲の木や地面を分解して宝玉を構成していく。
 蒼星石も再び攻撃を開始しようと鋏を構えるが。

「もういい」

 地の底から響くような、浅倉の低い声が静止を命じた。
 思わず、あすかと蒼星石の動きが止まる。
 それほど、浅倉の声には凄みがあった。
 怒り、失望、飽き。
 三つの感情を混ぜて言霊として吐き出したようにも感じられた。

(イライラするぜ……)

 戦いで発散されるはずだった浅倉の苛立ちは、益々募っていた。
 同じ仮面ライダーだから楽しみにしていれば、浅薄で軽薄な攻撃しかしてこない体たらく。
 もう一人の男が操る宝玉も変則的な動きを楽しめたのは最初だけだ。
 明らかにこの二人は力が足りなかった。
 これなら先ほど戦った大剣の男の方が歯応えがあった。
 浅倉が食してきたものに例えるなら、あの男が生卵、二人はそこらへんで捕まえたトカゲだろうか。
 ルルーシュを殺しそびれた直後なら、まだ苛立ちを発散できただろう。
 しかし、一度実力者と戦った後でこの二人と戦っても物足りなさが残るだけだ。
 故に浅倉はこの戦いを終わらせ、なおかつ次の獲物を探せる方法を取ることにした。

 ■  ■  ■

(どうしよう……)

 右手のシザースピンチを構えたまま、蒼星石は思案する。
 このままでの勝算は低い。
 蒼星石はここまでの戦闘をそう分析した。
 数の上では二対一と勝っている。
 蒼星石とあすかの総合的な力量が浅倉に劣っている訳でもないはずだ。
 問題は経験と相性か。

 まず浅倉は仮面ライダーの力を使いこなしている。
 ここまでの間に何度か使用したのか、元々の持ち主なのかは分からない。
 いずれにしろ、体捌きや武装などの扱いから使い慣れているのは間違いない。
 対する蒼星石はこの戦闘が初めての変身だ。
 戦闘経験こそ豊富だと自負しているが、どうにも突然向上した身体能力に振り回される。
 加えて人間相手の戦闘経験も全く無く、体格差から力ではかなわない。

 次にあすかの宝玉。
 見た限りでは戦闘では変則的な動きで惑わし、相手を拘束なりして戦うのが主な戦法だろう。
 汎用性の高さは認めるが、蒼星石同様パワーに欠ける。
 だから浅倉のように力押しで攻めてくる相手には弱い。
 器用貧乏という言葉が適している能力だ。

 同時に攻撃しても、蒼星石をあっさりといなした後に宝玉に対処されてしまう。
 このままでは明らかにジリ貧だ。
 それでも、まだマシな状況とも言えた。
 周囲に反射物が無いので、浅倉は切り札を使えない。
 あすかも出来る限り反射させないように宝玉を操ってくれている。
 使えないのは蒼星石も同じだが、互いに切り札の撃ち合いになる方が不味い。
 撃ち合った結果、蒼星石が負けてしまえば前線で戦う者がいなくなってしまう。
 生身で宝玉の拘束を破ってくる浅倉に、あすか一人では対処できないだろう。
 一般人である桐山と悟史に頼る訳にもいかない。
 いっそのこと時間切れまで粘り、生身の状態の浅倉と戦うべきかとまで考えていたときだった。
 浅倉が持っていたサーベルを上方に放り投げたのは。

「「え?」」

 蒼星石とあすかの声が重なる。
 態々自分の武器を手放す理由が思い浮かばず、思わずサーベル目でを追ってしまう。
 サーベルはクルクルと回転しながら高度を増していき、とうとう森の木々を突き抜け空に躍り出た。
 木々の隙間から見える、白み始めた空に浮かぶサーベルは僅かに昇る朝日を反射して輝いている。
 そう、まるで鏡のようにキラキラと。

(しまった!?)

 浅倉の考えに気付き、蒼星石は止めようとしたがもう遅い。
 既に浅倉はカードをベルトから取り出し、杖にセットしていたのだから。

『ADVENT』

 無機質な機械音声が杖から奏でられ、直後に上空を巨大な影が覆った。

「あすか君、下がって!」

 自分の後方に居るあすかに退避を促しながら、蒼星石も後ろに飛ぶ。
 二人が跳び引いた次の瞬間には、彼女らの立っていた場所から5メートルほど先にそれは落ちてきた。
 ドンッ! と地響きが轟く。
 蛇だ。現れたのは浅倉の纏うライダースーツと同色の、紫色の体皮の蛇だった。
 しかし、蒼星石もあすかもこのような蛇は見たことがない。
 当たり前だ。6メートルを超える大蛇などそう簡単にお目にかかれる代物ではない。

(これが、ミラーモンスター……)

 仮面ライダーと契約しているミラーモンスター。
 蒼星石のシザースのデッキもモンスターと契約しているが、この状況では出しても仕方ない。
 シザースの説明書にはこう書かれていた。
【ボルキャンサー:身長2メートル24センチ、体重165キロ】と。
 目の前の大蛇はボルキャンサーより4メートルは巨大だ。
 例え出したとしても大蛇に絞め殺されるのがオチだろう。
 呆気に取られる二人に構わず浅倉は跳躍し、大蛇の頭頂部に着地。
 途端に大蛇が頭上の木々にぶつかるギリギリまで身を起こし、高所から蒼星石たちを見下ろし始めた。
 大蛇が鎌首をもたげる様は、主の命令を今かと待ち構えているようにも見えた。
 蒼星石が背後を見てみれば、橘あすかが自分と同じく顔を青ざめていた。
 戦況は絶望的だと、蒼星石は思う。

(でも、やれる事はある)

 意を決し、蒼星石はあすかに生き延びる手段を告げる。

「あすか君、ここを離れよう」
「……そうですね。この状況では逃げるのも止むを得ません。では桐山と北条さんにも言わないと」
「いや、逃げるのは僕たちだけだよ」
「ええ!?」

 蒼星石の返答に、あすかは驚きの声を上げた。
 予想もしていないことを言われれば当然か。

「な、何を言ってるんですか! 二人を見捨てろと!?」

 慌てるあすかの問いに、蒼星石は首を振る。

「違う。ここであの蛇に暴れられたら彼らにも被害が及ぶかもしれない。
 それにこれは僕たちが勝つ手段でもあるんだ」
「どういうことですか?」
「彼の持っているのが僕のデッキと同じ物なら10分経てば変身が解けるはずだ。
 そして、変身が解ければモンスターは消える」
「そうか、それまで逃げ切れば……」

 蒼星石が頷くとほぼ同時に、浅倉の命令が大蛇に放たれた。

「餌だ。食っていいぞ」

 希望が叶えられ、大蛇は歓喜の雄叫びを響かせる。
 それが合図となり、蒼星石とあすかは後方に駆け出した。

「鬼ごっこか? いいぜ、少しでも楽しませろよ」

 頭頂部に浅倉を乗せたまま、大蛇もまた地を這いながら二人を追いかけ始めた。

 変身解除まで、あと五分。

 ■  ■  ■

 歩みを進めていた水銀燈とスザクは、突如として響き渡った地響きと咆哮に足を止めた。
 音の発生源は自分たちの前方、つまり目的地の方角だ。
 この先で何かが起こっているのは間違いない。
 緊張感が漂い始めた矢先、二人は森の中をこちらに向かって走ってくる二人組みを捉えた。
 スザクと同年代ぐらいの少年と、水銀燈と同サイズの鎧を纏った誰か。
 水銀燈は少年の方に見覚えがあった。
 確か、蒼星石と同行していた男だ。
 ならば、小さい方の正体は自ずと予想が付いた。

「まさか、蒼星石?」
「あれが? 君の言ってた外見と随分違うな」
「ええ、何であんな格好してるのかは知らないけど、とにかく止めるわ……よ……?」
「駄目だ、逃げよう!」

 蒼星石たちの背後から追随する紫色の大蛇を認識した途端、水銀燈たちは転進した。
 スザクは己の身体能力を限界まで発揮させて走り、水銀燈は漆黒の翼をはためかせて全速力で飛ぶ。
 そんな二人に橙色の鎧を着た蒼星石が近づいていく。
 少年の方は少し後方を走っている。気のせいか息が荒い。
 もう少し速度を緩めれば、今にも大蛇のごはんと化しそうだ。

「水銀燈。君も来たのか」
「やっぱり、あんた蒼星石ねぇ。あれは何なのよ。誰か乗ってるようだけど」
「浅倉って名前らしいよ。僕も詳しいことは分からない。でも、今はとにかく逃げた方がいい」
「あら、心配してくれるのぉ? ダッサい格好になって性格まで変わったんじゃない」
「……別に。同じローゼンメイデンが食べられるところを見たくなかっただけだ。
 それより、さっさと飛んで逃げたらどうだい。君は僕より軽いんだから」
「……へぇ、言ってくれるわね。そういえば、ご自慢のシルクハットはどこいったのぉ。
 鎧の中で潰れてるのかしらぁ」
「無事だよ。期待外れでごめんね」
「あらあら、別に期待なんてしてないわよぉ。無駄に邪推するなんてお馬鹿さんねぇ」

 姉妹が話してるだけなのに、二人の間には険悪な空気しか存在せず、不機嫌な様子を見せ付けている。
 一方、彼女たちの傍らを走る男たちも言葉を交わしていた。

「そ、そこの貴方! どうして水銀燈と一緒に居るんですか!」
「決まっている。僕が彼女を守る騎士だからだ!」
「なっ……どうしてそういう話になるんですか!? 彼女がどれだけ危険なのか分かってるんですか!」
「理由なんかない。ただ、彼女が愛しいだけだ」
「理解できません。馬鹿ですか貴方は!」
「よく言われるよ」
「それに相手はどんなに綺麗でも人形ですよ。解ってるんですか!」
「そんなことは最初から受け入れているさ。それよりも、もう少し早く走らないと危ないよ」
「わ、分かってます!」

 喋りながらでも気遣う余裕を見せながら走るスザクと、息も絶え絶えに走る少年の姿は対照的だった。
 そして、最後尾の大蛇に乗る浅倉は、

『ADVENT』

 カードを杖にセットしていた。
 走る四人から見て西南の方向にある水溜りから、赤紫色のエイが飛び出してくる。
 エイは空中を緩やかに旋回したかと思うと、四人目掛けて前方から突っ込んできた。
 新たな化け物の出現に四人は驚きを露にするが、気を取られて回避に失敗する間抜けな結果にはならない。
 水銀燈は高度を上げて、男二人は右に、蒼星石は左に飛んでそれぞれエイの突撃を避ける。
 エイは誰も居ない地点を通過すると、再度上昇して空に浮かぶ少女に狙いを定めた。

「何でこっちに来るの、よぉ!」

 不運にも獲物として認識された水銀燈は、牽制代わりに羽の弾雨をエイに向ける。
 しかし、表面に当たった羽は弾かれ、ヒレに当たると真っ二つにされてしまう。
 ヒレの切れ味を見せ付けたエイの勢いは衰えず、真っ直ぐ水銀燈に向かう。
 水銀燈も更に高度を上げて避けるが、正直冷や汗ものだ。
 そして、エイはまた旋回して向かってこようとするだろう。
 厄介なものに懐かれたものだと、水銀燈は溜め息を吐いた。

「しつこいわねぇ」

 エイが来る前に羽で剣を形作る。
 効くかどうかは分からないが、現状で使える武器ではこれが一番だ。
 ちらりと真下を窺ってみれば、スザクが蒼星石の同行者と共に大蛇に立ち向かっていた。
 協力している風ではないが、どちらにしろ水銀燈の援護には来れそうもない。
 既に大蛇の頭頂部に浅倉は居ない。
 どこにいるのかと目を周囲に向ければ、彼は蒼星石の前に佇んでいた。

(そのままジャンクにしてくれれば手間が省けるわねぇ)

 そんなことを考えながら、水銀燈は三度目の回避に成功した。

 ■  ■  ■

「おい、新しいのも見つかった。お前とはそろそろ終わりにしようぜ」

 手前勝手なことを言いながら、浅倉がベルトからカードを引き抜く。
 浅倉を挟んだ反対側では、あすかが大蛇相手に戦っていた。
 宝玉を飛ばしてはいるが大蛇の口から放たれる粘液が溶かしている。
 水銀燈と一緒に居た少年も銃を撃つが表面に傷一つ付いていない。
 逃げる余裕は無さそうだ。

(まさか、もう一体モンスターが居たなんて)

 見通しが甘かったかと蒼星石は歯噛みした。
 自分にはモンスターが一体しか居なかったために、他のライダーもそうだと思い込んでしまった。
 結果はご覧の有り様だ。
 まだ、浅倉の体から限界時間を知らせる粒子は立ち上っていない。
 逃げられないなら、覚悟を決めるしかない。
 決意を固め、蒼星石はベルトからカードを引き抜く。

『FINAL VENT』
『FINAL VENT』

 機械音声が重なる。
 カードをセットするのはほぼ同時だった。
 蒼星石から西に数メートル先の水溜りから橙色の蟹――ボルキャンサーが現れる。
 蒼星石はそちらに駆け出し、浅倉も頭上を見上げた。
 赤紫色のエイ――エビルダイバーが降下してきていた。
 今まで相手をしていた水銀燈が驚いていた。
 蒼星石がボルキャンサーの前に立つと、浅倉も跳躍してエビルダイバーに着地する。
 ボルキャンサーの両腕の鋏が重ねられ、その上に飛び乗った蒼星石が跳ね上げられた。
 体を丸めた蒼星石が前方回転しながらエビルダイバーに体当たりを仕掛ける。
 浅倉はエビルダイバーをこちらに飛んでくる蒼星石に突っ込ませる。
 そして、両者が衝突した爆発音が辺りに響き渡った。

 シザースの【FINAL VENT】シザースアタックのAPは4000。
 王蛇が使う【FINAL VENT】ハイドベノンのAPは5000。

 数字だけ比べればシザース――蒼星石は撃ち負けるだろう。
 されど、ここに一つの事例がある。
 本来のシザースである須藤雅史は同じAP5000のナイトの飛翔斬に勝っているのだ。
 これは須藤がボルキャンサーに数名の人間を食わせたことで、能力が底上げされたからだと思われる。
 つまり、カード状での数字で負けていても勝つ可能性はあるのだ。
 はっきり言おう。スペック的に弱いと言われているシザースでも、このままぶつかれば王蛇に勝てる。



 但しこれは人間同士でぶつかった場合であり、人形が使った場合はその限りではない。
 そもそも、カードデッキは成人を対象に作られているので、人形の使用は想定されていない。
 なので人間より一回り小さい蒼星石が使ったとしたら、威力は削減されてしまうのは当然であり、
 結果的に撃ち負けた彼女が弾き飛ばされて木に衝突し、変身が解けても何の不思議も無いのである。
 そして、障害を排除したエビルダイバーが突き進み、ボルキャンサーを真っ二つにするのも当然の結果だ。
 次の瞬間にはボルキャンサーは爆散し、残ったエネルギーはエビルダイバーに吸収された。
 カードデッキも衝突の際に砕け散ってしまった。
 ここに最弱と呼ばれたライダー、仮面ライダーシザースは最期を迎えたのである。

【仮面ライダーシザース&ボルキャンサー 破壊】



「蒼星石!!」

 あすかの悲痛な呼びかけが森にこだまするが、蒼星石はうつ伏せに倒れたまま反応を示さない。
 嫌な予想図があすかの胸中を駆け巡るが、確かめるまでは諦めないとそちらに駆け出そうとする。
 しかし、あすかの進路に大蛇が立ちはだかった。
 丸呑みにしようと口を開いて襲い掛かってくるが、間一髪横っ飛びに回避できた。
 潜り抜ける方法を考えるが、全く思いつかない。
 それに万が一大蛇を突破しても、後ろから撃たれるだろう。
 水銀燈の同行者である少年があすかを撃たないのは、大蛇の注意が自分だけに向かないようにする為だ。
 それに水銀燈の仲間であるなら、蒼星石を助けに行くのを良しとはしない。
 更に上空の水銀燈から攻撃される恐れまである。
 だが、あすかに迷っている暇は与えられなかった。
 蟹のモンスターのエネルギーをエイに吸収させた浅倉が、蒼星石のもとにエイを向かわせたのだ。
 間違いなく止めを刺すつもりだ。

(駄目だ。ここで動かなければ僕は絶対に後悔する。
 ここからでもエタニティ・エクストラショットなら届くはずだ!)

 エタニティ・エクストラショットは二つの宝玉で弓を作り、残りの六つの宝玉を弾丸として射出する技だ。
 エタニティ・エクストラショットを浅倉に使えば、あすかは完全に無防備になる。
 しかし、後の事を考えている余裕はあすかに無かった。
 とにかく蒼星石を救わねばと無謀な特攻を慣行しようとした時、不釣り合いなエンジン音が聞こえてきた。
 その場の全員が音のする方向を向いた。
 何かが猛スピードで近づいてくる。

 それは一台のバイクだった。
 バイクはその場に居る者たちに振り向く暇を与えないほどのスピードで到来すると、
 蒼星石に迫るエイに突き進んでいく。
 予期せぬ存在の到来にさしもの浅倉も対応できず、エイにバイクの体当たりを許した。
 浅倉は直前にエイから飛び降りたのでダメージを負わなかったが、エイは錐揉みしながら遠ざかっていく。
 エイを弾き飛ばしたところで漸くバイクは停止。
 あすかたちにまざまざとその姿を見せつけた。
 全ては一瞬で終わり、あすかたちはただ呆然とバイクのワンマンショーを観ているしかできなかった。
 バイクの乗り手は黒い鎧を纏っていた。
 どことなく浅倉や蒼星石のものに似ているので、恐らくは仮面ライダーだろう。
 しかし、あすかには彼、もしくは彼女の正体に全く心当たりが無かった。

(誰でしょうか? 蒼星石を助けてくれたなら敵ではなさそうですが)

 そんなことを考えている間に、黒いライダーの後ろから誰かが降りようとしている。
 もう一人搭乗者が乗っているらしい。
 黒いライダーのインパクトが強すぎて、そっちに注意が行かなかったのだ。
 誰が現れるのかとあすかが見ていると。

「むぅ。振り落とされるかと思った。桐山さんスピード出しすぎですよ」
「大したことはない……お前は蒼星石を連れて離れていろ」
「え?」

 もう一人のバイクの搭乗者は北条悟史だった。
 そして、目の前のライダーを桐山と呼んでいる。
 つまり、黒いライダーの正体は。

「桐山、そこの貴方は桐山ですか!」

 悟史が蒼星石を抱えて離れていくのを確認してから、黒いライダー――桐山和雄は首肯した。

 ■  ■  ■


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064:危険地帯 浅倉威 069:BATTLE ROYALE 世界の終わりまで戦い続ける者たち(後編)
桐山和雄
蒼星石
織田敏憲
橘あすか
北条悟史
047:スザク と 銃口 水銀燈
枢木スザク



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最終更新:2010年06月12日 02:48