「てでいま~っと」
ある日、家に帰ってきた俺はいつものように部屋へ戻る前に、麦茶を飲もうとした。
リビングのドアを開けて中へ入ると、誰もいない。
「あれ? お袋どっか行ってんのか?」
あのちくりババア、家に鍵もかけねえで井戸端会議でもしてんのかね。
つまんねえことばっか話してる暇があるなら、料理のレパートリーでも少しは増やして欲しいぜ。今日もカレーに味噌汁か? ダチに話したら笑われちまったぞ、ちくしょー。せめてスープにしろ。
お袋の今日の手抜き料理を考えつつも、俺は冷蔵庫からパックの麦茶を取り出してコップへ注いであおる。
ふぅ――。夕飯の時間まで部屋戻って勉強でもしていよ。
空になったコップを流しに置いて、リビングを後にしようとしたが、そこで俺はテーブルの上に置かれているものを目ざとく発見した。
「親父、タバコ忘れて行ったのか」
クリスタルの灰皿の横に、ちょこんと置かれていたタバコと百円ライター。
最近は値上げしまくって、喫煙者も減り、風当たりが強くなっているとはいえ、親父は未だにタバコを吸い続けている。
趣味と言えそうなほど凝るものを持っていない親父にとって、酒とタバコは数少ない娯楽といってもいいのかもしれない。
酒を飲んだらアホみたいに怖え強面になっちまうが、酩酊するまで酔うわけでもなく、タバコだって俺たちの前じゃほとんど吸わない。匂いとかも考えてテーブルの下には小型の空気清浄機があったりする。
なわけでお袋も親父の二大娯楽については何も言わず、俺も特段やめて欲しいとも思っていないんだけどな。
親父の稼ぎで楽しんでいるんだから好きにしろって感じだ。
で、その親父様のタバコが目の前に置かれてあったのを見た俺は、
「…………タバコって美味いのか?」
誰だって思うよな? 健全に育ってきた子供心には当然沸いて出る知的好奇心。
小学生のときにも、親の目を盗んでこっそり吸ったような気がするが、どんな味だったかまでは全然思い出せない。
幸いにも、お袋は留守なようだし? ガキの頃に倣ってちょっとだけ、ちょっとだけ、ね?
俺はソファにどかっと座り込んでから、空気清浄機を取り出してスイッチをポン。
フィィィと機械が空気を吸い込みはじめる。
よし、これで大丈夫だろ。
おもむろに箱から一本取り出して、口に咥えてライターで火をつけて吸い出す。
「すぅ~~ボハァァ~~~~」
……………………マズ。
うげ、なんだよこれ? 苦いっつうかなんつうか、親父のやつ良くこんなの吸ってやがんな。
ダメだわ、俺にはタバコは合わね。
健康にも悪いって言われているし、それで良いのかもしんねえけど。
ただ、一吸いしただけじゃもったいねえし、せっかくなのでもう少しだけ味わっておこうかね?
――ビッグビジネスを成功させて帰ってきた高坂京介。愛すべき家族が戻ってきて、
『お兄様、帰っていらしてたのですね? 桐乃は嬉しいです!』
『ふふん、妹よ。なかなか家に戻れなかったが、今回の休暇はゆっくり出来そうだぞ?』
『本当ですか、お兄様。桐乃はとても嬉しゅうございますわ!』
『はっはっは、愛いやつ』
そしてタバコをくゆらせ、紫煙は仕事に疲れた男の心に清涼とした満足感を与えてくれるのであった――
………………………………まぁこういうのはノリだ。気にするな。
ソファの背もたれに肘を乗せて足を組み、俺はハードボイルドな気分に浸っていた。
「何やってんのアンタァァァァァ――――――ッ!」
「ぼへぇぇ!? ぐへ! げへ、かへへッ!?」
ハードボイルド高坂京介、突然の怒声にむせ返るの図。
いやどう見ても様になってねえよ! てかいきなり大声出しやがって!
俺はリビングの入り口で俺を指さしてニヤついているイジワルな家族に言ってやった。
「びっくりするだろうが桐乃! 驚かせてんじゃねえよ!」
「あんたが勝手に驚いたんでしょ。それより、タバコなんて吸っちゃっていっけないんだぁ」
「うるっせえな。てか家にいたんなら返事くらいしろよ」
「は? なんであたしが部屋から出てまでアンタに返事しなきゃいけないのよ。なに? 超可愛い妹に『おかえり』とか言って欲しかったわけ?」
「思ってない。あと自分で超可愛いとか言ってんな」
くっそ可愛くねえ。突然沸いて出てきたかと思えばこのイライラ感。さっき想像した桐乃とは一ミクロンも似てねえよ。まぁ似てたらそれはそれで怖いけど。
「あんたさー、親がいないからって調子のってタバコなんて吸って良いと思ってんの?」
桐乃はさっそくネチネチと俺を苛めだした。
「はぁ~あ、隠れてタバコだなんてショボすぎ~。お母さんたちが帰ってきたらさっそく報告するから」
「おまッ! お袋みてえなこと言ってんじゃねえよ? ちょっと一本だけ興味本位で吸ってただけだろ?」
お袋にチクられれば、あのババアは確実に親父へとチクるだろう。そうなれば、説教が飛んでくることは自明。
いい年してタバコ吸ったことを叱られるってどうよ? そんなのゴメンだぜ。
「チクんじゃねえぞ桐乃?」
俺がタバコを灰皿にもみ消しながら言うと桐乃は大人しく従う…………わけがねえだろこの超高慢ちきな妹様がよ。
スタスタと近づいてきてソファにどっかんと座り込むと、人差し指で自分の足元をくいくいと指し示して、
「正座」
こんちくしょぉぉぉぉ~~~~~~! てっめえ、どこまで横柄なんだよ?
兄に対する礼儀無し! 全ッ然無し! すげえ、俺の妹すごいよ。どう間違って育ってしまえばこんな態度するようになんのよ?
傍から見ればいっそ清々しささえ感じるんじゃねえのか?
「早く」
またしても単語ぶつ切りで俺を足元に跪かせようとする。
何が早くだこのやろう! 俺をナメるのもいい加減にしろよッ!?
「あの、喉渇いてませんか? お話長くなりそうなんで麦茶用意してきますね」
俺は桐乃のために麦茶を用意してやり、正座した。
「桐乃さん、タバコ吸っていたことはご内密に
お願いしたいなぁ?」
「んっ、んっ。くはぁ~。――え~、どうしっよかなぁぁぁ? もう見ちゃったしぃ」
「そこをなんとか頼むよ」
「う~~ん、困ったなぁぁ~。どーして出来の良い妹がダメ兄貴の言うこと聞かなきゃいけないんだろぉぉ?」
すっげえムカつく喋り方してきやがるよコイツ。
「だいたいさぁ? タバコなんて美味しいの? 匂いだってくさいし体に良くないから、アタシとしてはお父さんには止めて欲しいんだよね」
「いや、たまたま置いてあったから吸っただけで、美味くはねえよ」
「へぇ~」桐乃は箱から一本取り出して匂いを嗅いでいる。
「くん、くん。火がついて無いと良く分かんないじゃん。あたしもちょっとだけ吸ってみようかな?」
おいおい、おまえ俺がタバコ吸っていてそれを責めてんのもう忘れたの? バカなの? 天然なの?
「不味いんだからやめとけって」
「あんた自分が吸ってるくせに妹には吸うなって言うの? おかしくない?」
「おまえ、話が完全にすり替わってんぞ? 俺みたいに興味が沸いて出てきたんかも知れねえけどさ、とにかく吸うなよな?」
桐乃がタバコ吸えば共犯ってことになるんだが、なんでだか吸わせたくはない。
狭量というか兄のエゴっていうのか、とにかく妹のタバコ吸っている姿見たくないって気持ちがぐるぐる渦を巻く。
「健康にも悪いんだし。丈夫な赤ちゃん産めなくなっても知ら――グヘッ!?」
脳天に桐乃の手刀が振り下ろされた。
「なにっしやがる! 舌噛んじまったじゃねえか!?」
「ス、スケベ! いやぁぁ~キモいキモいキモい! 今の発言、超キモかった! あたしにセ、セクハラするとか有り得ないんですけどォ!?」
「か、
勘違いすんな!? 俺はあくまで健康に悪いってことをだなぁ?」
「ひぃ~犯される! こっちくんなシスコン! 変態スケベ! キモ虫!」
ミニスカだってえのに両足でゲシゲシと足蹴にしてくる妹様の正面に俺は座っているもんだから、もろにパンツが見えてしまう。
手で防御しながら俺は妹からの攻撃に抗議した。言わなくて良いことも、ついうっかりと添えて。
「イテ、痛ぇな、蹴ってくんなよ! パンツ見えてんぞ!?」
「ッ!? い、いやあああぁぁ――――! このど痴漢! 死んでよ、もう!」
「ちょ!? 悪かった! 失言でした許してください! クリスタル灰皿を装備しようとすんの止めてぇ――ッ!?」
耳まで真っ赤になっている涙目の桐乃に必死に謝り、おやつにと買ってあったスナック菓子とコーラを献上して、撲殺される危険が去ったのはそれから十分後。
ぱりぱりとスナックを食べ、チッと十秒に一回は舌打ちしながら桐乃は足を組んで俺を睥睨している。
「あーマジきもかった。妹のパンツに欲情しちゃうとか、これだからシスコンはさぁ」
欲情してねえよ、そもそも俺を蹴ったくってパンツを見せてきやがったのはてめぇだろが!?
しかしこんな当然の主張などコイツの前ではまかり通る道理では無い。
今までも俺を右往左往させてきた妹の言動は、しっかりと経験となって俺の中にインプットされているので、言い返す愚を冒さず「悪かったっつうの」とイヤイヤながらも折れてやる。
だったら初めからそうしろって? うっせえ、ほっとけや。
「タバコは吸うわ、チョー可愛い妹にセクハラと痴漢を働くわ。も、最悪。あたしアンタのおかげでめっちゃ不機嫌にされたんですけど、どうしてくれんの? ――む。コーラ、早く」
麦茶を飲み干してコップを差し出す桐乃に、とくとくとコーラをお注ぎする俺は相変わらず正座のまま。
情けない、俺ひたすらに情けない。
なんか素直に説教されてた方がマシだったんじゃねえか?
「だからこうして、菓子をくれてやったんじゃねえかよ。まだ足りねえってのか?」
「あ、の、ね~。こんなモンだけで許されるとか思ってんの? ありえなくない?」
「じゃあどうしろっていうんだよ」
「死ねば?」
「アホかてめぇ!? 出来るわけねえだろ!」
くあああぁぁ、やっぱコイツに腰を低くすんの間違ってる気がするわ!
「チッ、しょうがないなぁ。それじゃあ別のことでいい、それでアタシを喜ばせることね。――ふつう刑務所送りになって死刑になるのが妥当なところを免除してあげんだから泣いて感謝しなさいよ」
なんでオマエそこまで偉そうなの? 嬉しそうにニヤニヤ笑ってんのも気色悪いしよ。
「別のことでオマエ喜ばせるって、分っかんねえよ。具体的に言え」
「……フン。それくらい、自分で考えてよね」
桐乃はツイと顔をそむけてそう言うと、ソファから立ち上がり、リビングを出て階段を上がっていってしまった。
「は~、またかよ」
桐乃はなんでだか自分のして欲しいことを言わずに俺に考えさせるフシがある。
いったいなんだってんだ? 要求があんなら口にした方が分かりやすいだろうによぉ。
漠然と『喜ばせること』って言われても、どうすりゃ良いのか分かるわけねえだろ!
またどっかに連れてけば良いのか? それともバカ高いアクセサリーでも買わす気かよ?
だいたいアイツ最近絶好調じゃねえか。俺がどうにかしなくても勝手に黒猫たちとつるんで楽しそうにしてんだから俺にムチャ振りしてどうしよってんだ。
「あ~~~~~~~~めんどくせぇ疲れる! …………はぁ。取りあえず、部屋に戻るか」
なぜか桐乃を喜ばせなきゃならなくなった不条理に肩を落としながら俺は部屋へと戻っていった。
次の日、俺は部屋で桐乃をいかにして喜ばせれば良いのかを考えていた。
ムカつく妹になんでこうまで心を砕いてやらにゃならんのかねぇと思っちゃいるが、同時にアイツが喜んでいる顔を見てみたいってのが若干ながら頭の中に入りこんでいる俺。
妹に甘いっていうのかな、こういうのって? ひょっとして俺ってやっぱシスコンなのか?
もやもやとして掴みようの無い桐乃への気持ちにどうも落ちつかない。
くっそ、シスコンなんかじゃねーよ! あいつが生意気なのが悪い。お袋とかにはチクってないようだが、昨日はずっと俺を無視してやがったしな!
…………フン、まぁいいさ。
ご機嫌取る方法だとでも割り切って思案を巡らせるとしよう。不機嫌のまま放置して、もっとヒデェこと言い出されたらたまらんしな。
「はーやれやれ、我侭な妹を持つと苦労するぜ」
頭を振って、それからまた思考すること十数分。
う~~~~ん、桐乃、桐乃、桐乃。
桐乃といえばクソ生意気、クソ生意気といえば桐乃。
桐乃といえば見た目可愛いけど、中身は可愛くない。
可愛くない桐乃は俺の妹。
俺の妹といえば桐乃。
桐乃といえば妹、妹と言えばシスコン、シスコンと言えば変態、変態と言えばエロゲー、エロゲーと言えば桐乃。
俺の妹はクソ生意気で可愛いけど可愛くなくてシスコンで変態でエロゲー好き。
「お」
ピンポーン。
頭の中で正解の音が鳴る。ループしがちな連想ゲームの果てに行き着いた答え、
「エロゲーを買ってやろう、妹モノの」
我ながら見事な妹へのプロファイリング。これは桐乃は絶対喜ぶはずだぜ、なんせ俺の妹様はクソ生意気で可愛いけど…………、もういいか。
俺は早速机に向かってパソコンを立ち上げインターネットでエロゲーを検索し始めた。
オンラインショップやら沢山出てきたが、適当に大手そうなサイトを選んで妹モノのエロゲーの物色を始める。
が、
「これ、桐乃の部屋で見たぞ。これも。これは押し付けられて先月やらされたな」
サムネイル表示されているエロゲーはだいたい見たことがあるやつばっかだった。
さすが桐乃、さすがエロゲーシスター桐乃!
俺の見込みが甘すぎたのか、妹モノで検索ひっかけたタイトルは桐乃の部屋の押入れにあるものが多数だ。
こりゃあかんわ。見たことないやつもあるが、おそらくチェックした上で買わなかったやつなんだろう。
にわかな俺がそんなの選んで買ったところでアイツは『いらね』とか切り捨てて、その後にこってりと俺に妹モノのエロゲー講義を開始しちまうのが目に浮かぶ。
振り出しに戻って考えなきゃいかんのか?
諦めかけてうなだれていると、そこで俺は「まてよ?」新たな考えを思いついた。
「エロゲーが無いんなら、作っちまえば良いんじゃねえか?」
前に俺は黒猫のゲーム製作を手伝ったことがあるんだが、そのとき黒猫はこの手のノベルゲームは簡単なものならスキルが無くとも作れると言っていた。
そんときはふ~んとさして興味を抱かなかったが。
「ものは試しだ、聞いてみるか」
携帯を取り出して電話をかけるとコール音が数回鳴って相手が出た。
『こんにちは先輩』
「よう、黒猫。元気してたか?」
『別に、普通よ。それより今日はいったいどうしたと言うの? また妹にでも苛められたのかしら?』
「おう。聞いてくれよ。俺、妹モノのエロゲーを作りたいんだ!」
プッ。ツー、ツー、ツー…………。
「このアマ切りやがった!?」
くっそ、いきなりそれはねえんじゃね? 俺おかしいこと言った? 言ったような気がするけども!
俺は電話をかけなおす。
コール音を二十回くらい鳴り響かせるとようやく黒猫が電話の向こう側に現れてくれた。
『……チッ。分かったわ、話してみなさいな。くだらない内容だったら呪い殺すわよ』
今コイツ桐乃みてえに舌打ちしなかった?
黒猫も毒を吐き散らすことにかけて桐乃と肩を並べる。慣れてきてはいるものの黒猫よ、その嫌そうな口ぶりをもうちょいソフトにしてくれませんか?
ちょっぴし傷ついたチキンハートを慰めつつ俺は用件を話しはじめた。
かくかくしかじか。
「――というわけなんだよ」
『ふぅん。確かに先輩でも作れるようなフリーツールはあるわよ』
「本当か? それどうやったら手に入るんだ? 出来れば簡単に説明もしてくれるとありがたいんだが」
『私が持っているから、それを渡してあげる。先輩、チャットソフトはパソコンにインストールしているわよね?』
「ああ。ほとんど使ったことねえけど、たぶん入ったままになってる」
『そう、なら立ち上げてちょうだい、私もログインするから。……文章で教えた方が口頭で伝えるより効率的だしね』
言われる通りに従って、四苦八苦しながらも俺は黒猫からツールを受け取り、使い方を教わった。
どうやら背景や立ち絵ってやつもテンプレート素材として揃っており、足りなければネット上で提供してくれているサイトもあるのでそこからダウンロードすればいいらしい。
『一通り教えたけれど、理解出来たかしら? 分岐せずに一本道のルートだけで作っていけば、あなたでもそこそこのゲームが作れると思うけど』
「ああ、たぶん大丈夫なんじゃないかと思う。他に気をつけるようなことってあるか?」
『ずぶの素人が無理なことはしないことね。一週間でも二週間でもきっちり期間を絞って与えられたリソースの中で作っていくこと。あまり長くすると破綻してしまうわよ?』
なるほどな、無駄にのめり込んでだらだら続けても良いことは無いってわけか。
幾度かゲームを制作していた黒猫を見ていたからこそ俺はその言に信服する。
「了解、サンキューな。――また分からないことがあったら教えてくれ」
『……っふふ。せいぜい妹の為に頑張ってちょうだい』
黒猫は励ましなのか嘲笑なのか分からない笑いを残して電話を切った。
チャットのログウインドウには懇切丁寧に俺でもゲームが作れるようにと大量の文面が残っている。もしかしたら、自分の好きなことを人に教えれたのが楽しかったのかもしんねえな。
出来上がったら、もう一度お礼を言うとしよう。
「おっしゃ! ほんじゃあ、やってみるかね」
それから。
俺は制作期間を二週間と定めて人生初のゲーム作りを開始しだした。
教えてもらったフリーの制作ツールは、黒猫の言う通り俺でもなんとか分かるくらいのシロモノだった。
自分であらかじめ設定しておいたシーンごとのフォルダにそれぞれ絵やら音楽やらを入れておけば、あとは勝手にノベルゲームとして動いてくれるらしい。
と言ってもややこしいことはややこしいんだが、お試し版みたいなあらかじめ付属していたゲームもあるので、それを参考にも出来る。
なかなか便利な世の中になったもんだね。
てなわけで教えてもらったサイトから背景やら音楽やら、桐乃の好きそうな妹系キャラの絵をかき集めてきて準備完了。
いざシナリオを書き始める俺。
「つうても、どう書けば良いんだ?」
黒猫曰く、あまり長くならないようにした方が良いということらしいが、当然身は弁えているさ。
んーと、人が文字を読む速度ってのは一分間に五百字前後ってのを聞いたことがあるな。
「つうことは仮に二時間で終わるシナリオを考えるとしたら、六万字。四百字原稿で百五十枚分かよ。うげ……レポート書いてるんじゃねえんだぞ、おい」
見直しをする時間も含めて計算すると一日数千字はシナリオを書き進めなきゃいかんということか? 無理に決まってんだろ!
こりゃ勉強とかやることやる時間を少し割いてゲーム作りに当てたとしても、せいぜい一時間かちょっとで終わる内容になりそうだな。
早くも前途が多大なことに目の前が暗くなってくる。
しかし、もう後には引き返せないよな。黒猫にも世話になってるんだし。
なによりこれは――自分で言い出したことだ。
勉強もそうだが、少しづつ努力していくことを俺は桐乃から教わった。視線の先に終わりが見えないようなことでも、あいつは一歩一歩前進して今の桐乃になっている。
羨ましくも誇らしい俺の妹。
……そんなあいつの頑張っている姿をちっとは真似てみようと思う。
「ケッ、やってやるよ。チョー面白い妹ゲー作ってやるから泣いて喜びやがれ!」
俺はキーボードを強く打鍵してシナリオに取りかかり始めた。
桐乃を喜ばせるために、なにより俺が満足するために。
――かくして二週間。
と、三日。
「へ、へへへ……。出来た……ぜ」
苦心惨憺の末にどうにかゲームが完成した。
とても順調とは言えない苦難の道。
いやー濃い二週間と三日だったぜ。
家の中じゃず~っとパソコンとにらめっこをしてさ。飯を食ったら直ぐに部屋へ篭もってカチャカチャとシナリオを書く日々だった。
普段と違う行動に桐乃は訝しげに『あんた変なことしてんじゃないでしょうね?』って言ってきたが、上手くかわしてバレないようにこつこつ、こつこつ。
一本道なのにデバッグしてたらなぜか台詞が飛んだりして、黒猫をチャットに呼び出して罵倒されながらどこがおかしいか調べてもらったりして。
「そして今! ひゃっほぉぉ――ッ! やぁっと出来上がったぜこの野郎! 待ってろ桐乃、今持って行くからよぉ!」
エロゲーをコンプリートしたときと同じようなハイテンション状態でUSBメモリに出来上がったゲームを入れて、妹の部屋をノックすると、ドアが開き桐乃が顔を覗かせた。
「何か用?」
「桐乃、エロゲーしようぜッ!」
バタン。
ドアは勢い良く閉まった。
「おまッ!? こら開けやがれ桐乃!」
鍵がかけられる前にパッとノブを手に掴んでドアを開けて部屋に入ろうとしたが、向こうからもノブを掴んでいるのか、なかなか開かない。
「こ、このぉ! 大人しくドアから手を放せ桐乃! そしてエロゲーをしろ!」
「ひぃぃ~~キ、キモい! アンタ何考えてんのよ!? 妹の部屋に押し入ってどうする気!? お、大声出すよ!」
「もう出してんじゃねえかよ! だからエロゲーだよ、エロゲー!」
「はぁ? 意味分かんない。ど、どうしてアタシがあんたに言われてエロゲーしなきゃなんないワケ? ――はッ! ま、まままさか。ついにシスコンがおかしくなった!?」
「おかしくなってねえよ! それにシスコンはてめぇだ! 俺の方が力が強いんだから無駄な抵抗はやめろ桐乃!」
「……ッ!? お、犯される! あたし兄貴に犯されちゃう!? ぃやあぁ、スケベ! 変態! 入ってくんなボケぇ!」
「どういう勘違いをしてるんだテメェは!? ちげぇよ、俺が作ったゲームしろって言ってんの!」
「あ、あたしアンタとなんて! ダメ! ダメだからね! あんたの作ったゲームなんか――――――は? ゲーム?」
いきなりドアを放されて、全力で引っ張っていた俺は力の作用に従っておもいっきり体がのけぞり後ろの壁へとぶつかってしまった。
「痛ったぁ! いきなり手を放すなよ。くっそう、頭が割れたらどうすんだ」
「うるさい! あんたがキモいこと言うからでしょ。で? ゲームってどういうこと?」
「おまえ二週間くらい前に俺がタバコ吸ってたら言ったじゃねえか。喜ばせるようなことしろってさ」
頭をさすりながら俺がそもそものことの始まりを言ってやると桐乃は呆けたような顔になって、
「アタシそんなこと言ったっけ?」
すっ呆けているような目じゃない。本気で完全に忘れている目だ。
…………こ、このやろう! 俺がおまえの言葉を真に受けて頑張ってたのにそれあんまりじゃねえ!?
「言ったよ! 確かに言った! だから俺はこうしておまえが好きそうな妹モノのエロゲー考えて作ってやったんだっつうの!」
「あ、あたし……に?」
「他に誰がいるってんだよ」
「へ、へ~。最近なんか様子がおかしいと思ってたら……。ふ、ふ~ん。そんなことしてたんだ」
俺から顔を背けて桐乃は腕組みしながら身体をぷるぷる震わせている。
おまえ、笑ってやがんのか?
確かに冷静になって考えるとアホらしい気がしないでもない。
作っている間も実は度々そう思ったが、そこは一度始めたことを投げ出すのはいかがなものかと自分を叱咤して打ち消していた。
「ま、そういうことだよ。ほれ、こん中に入っているから遊んでみてくれ」
「しょうがなぁ~~い。今さっきのアンタめちゃくちゃキモかったけどそれは忘れてあげて、せっかくあたしの為に作ったってんならやってあげてもいいよ。超優しい妹に感謝してよねっ」
「へいへい、ありがとうごぜえます」
ゲームが完成して少しハイになり過ぎていたテンションも頭打ったせいか落ち着いてきて、俺はとりあえず受け取ってもらえたことに安堵しながら自分の部屋に戻ろうとした。
「ちょっと勝手に戻ろうとしないでよ。一緒にすんだからね」
「……俺も?」
「当たり前でしょう、あんたが作ったんだから。ほら、早く入りなさいよ」
腕を引っ張られて桐乃の部屋に連れ込まれ、俺たちはテーブルにノーパソを広げて二人並んだ。
さっきまで入ってくんなとか言っていたくせに。
「なんか言った?」
「いやなんにも」
…………鋭いね、桐乃ちゃん。
桐乃はUSBメモリをノーパソに挿し込んでさっそくゲームを起動する。
「一応説明すっとだな。ヒロインは一人でルートとかねえし二時間もあれば充分読み終わる内容。二週間くらいで初心者の俺が出来るのはこれくらいだったわ」
「ふーん。ま、そんなもんっしょ」
てっきり短いとか文句を言うかと思ったが、桐乃はやけに楽しそうな顔を浮かべて、マウスをクリックしてゲームを進めだす。
嫌々ながらプレイされるよりはマシだし、こんな桐乃の様子は苦労して作った甲斐があった達成感を与えてくれるので悪い気はしない。
「この妹ちゃん可愛いね。アンタもかなり分かってきたんじゃない」
シナリオを読み進めながら、桐乃は俺が創りあげた妹キャラに対して好感想を言う。
「黒髪ツインテールだしさぁ。『妹と恋しよっ』のしおりちゃんがちょっと大人になったみたいな感じで。素直で健気だし、お兄ちゃんのこと慕ってくれてるし。うへへ、いいなぁ~可愛いなぁ」
「…………そうか。気に入ってくれてるみたいで良かったよ」
俺の考えた妹のキャラに桐乃は萌え萌えしているようで、しまりの無いデレッとした顔を俺の横で見せてくる。
まあこのキャラは桐乃が好きそうな妹を考える上でモデルにした人物がいるからな。
でも誰がって言うと怒るから内緒にしておこう。
さて、それから。
桐乃がゲームを進めるのを隣で座って見守っているうちに、シナリオも後半部分に差し掛かってくると。
「……………………」
俺はひじょ~~~に挙動不審に陥った。
しまったぁぁ――――! これ俺が書いたエロシーンを桐乃に見られてんじゃねえかよぉぉぉ!?
作っているときは完璧に忘れていたよ!
桐乃に借りてたゲームのそういうシーンを参考にしながら書いてったけど、あんときは書けども書けども終わりが見えてこない閉塞感から抜け出したい一心で、誰に見せるもんだということは頭からすっぽり抜けていた。
この時になって事態を冷静になって見つめることになった俺。
実の妹の桐乃に妹モノのエロゲーを作ってやり、きっちりとエロシーンを読ませている兄。
………………………………………………どうみても変態です。
おぉぉおぉぉぉおお! 血がぁぁぁ、血が沸騰するぅぅぅぅ!? は、恥ずかしいってレベルを超越してるぞこれぇ!?
そうっと桐乃の横顔を盗み見ると、たんたんと読み進めているようだ。
コイツはエロゲーマニアつっても、妹が好きなだけであってあまりそういうシーンは気にしないとか言っていたな。
よ、良し! いいぞ桐乃。そのまま静かに読んどけ!
俺はおまえにエロいもん読ませる為に作ったんじゃないからね? 純真に楽しんでもらおうとしてただけなんだから、そんな優しい兄貴様の心を汲んでくれよ!?
顔を紅潮させてイヤな汗を浮かべながら俺は必死に心の中で桐乃にお願いを捧げた。
口に出していないのにそんな俺の切実な願いが聞こえたかのような鋭い桐乃ちゃんは、
「……あんたさぁ、妹にこんなエロシーン読ませるとか。キモ」
ぃやあああああああああああっ! もう貝になりたい、暗い海の底で貝になってしまいたいよ俺は!
「勘違いすんなよにゃ! こ、こりぇはおまえがエロゲーやらしぇすぎぃらしぇれ~!」
「なにキョドってんのよシスコン。やっばぁ~い」
「うるっせえよ! いいからまだ続きあんだから、ちゃっちゃっちゃ~と進めろよぉバカァ!」
「はいはい。これ以上シスコンを刺激して襲われたら怖いしぃ~」
「するかッ!」
うぅ、今更ながらやっぱり別のもんにしとけば良かったと後悔しそうだぜ。
なんで俺エロゲー作ろうなんて思っちまったんだろ?
そっぽ向かせて懊悩していると、桐乃は俺をからかうのは止めて、今度は素っ気のない声で話しかけてきた。
「これってさー……、あんたが考えたの?」
「あん? どういうことだ?」
「だってアンタ、よく沙織や黒いのとかに聞いてんじゃん。あいつらに泣きついたら作ってみろとか言われたんじゃない?」
「いや、俺が考えたよ。どうやってゲーム作るかは黒猫に相談したけど」
「……それじゃ、どうしてエロゲー作ろうとしたの?」
「それは――」
ちょうど俺も考えていたとこだよ。
黒猫や沙織に聞いて、またオタ系のイベントに連れていくでもコイツは喜んだろう。
それ以前にこのバカ妹は自分で俺に告げたことも忘れているようでもあったし? ひょっとしたら次の日にプリンでも買ってやりゃあそれで済んだ話だったとも思える。
なのにどうしてだ?
俺は二週間前にさかのぼって思惟する。
妹のことを、桐乃のことを考えて、どうすればヘソが曲がった妹が喜ぶのかを悩んだ末に行き着いた答えがエロゲーだった。
吹き出しちまうような話だ。
普通考え付くか? エロゲーだぞ、エロゲー。妹とはいえ女の子へのプレゼントとすれば最低の最低だ。
数年後に黒歴史化して未来の俺は恥ずかしさに絶叫すること間違いないね。
けど……、
「オマエのこと考えてたら、思いついた。もちっと考えりゃ別の案も浮かんだかもしんねえけど、今回は、な。しょうがねえだろ」
けど、の後に色々たくさん理由が浮かんだが、小っ恥ずかしいんで桐乃の顔を見ずにすげない台詞を吐くと、
「ふぅん……。ま、まぁ、頑張ったみたいだから……特別に……よ、喜んであげる。……あんたがしてくれたこと」
桐乃は途切れ途切れに言葉を並べ、一応の俺の目的が達成したことを伝えた。
「そりゃどうも」
「…………フン」と小さく鼻を鳴らして、桐乃はまたゲームを進めだす。
……そっか。いちおうコイツ喜んではくれてんのな。
また少し、俺と桐乃の遠く離れている距離が近づいた気がした。以前は近づこうともしなかった距離が。
カチカチとマウスをクリックしていき、そろそろゲームも終わりが近づく。
俺の書いたシナリオはたいしたもんじゃない。
徐々に心を通わせていくみたいな、あるいは二人を引き裂くような大事件が起こるといった複雑な話を作る技術なんて皆無だからな。
終始お兄ちゃんにイチャイチャ懐いてくる妹のシーンが続いていき、最後の方でちょっとした口喧嘩したあとに仲直りをしてハッピーエンドという、山も谷も無いようなお話だ。
それっぽいかなとネットで見つけた、櫛歯に金属が当たって音を奏でる優しげなBGMが流れて、窓から入り込む夕陽の中で兄妹は幸せそうに笑いあう。
そして終わりを告げるエンドマーク。
「……短いだろうけど、これでおしまいだ」
「……うん、案外良かったかも。妹ちゃん可愛かった」
マウスから手を放して桐乃は感想を漏らす。
「へへん、あんたエロゲーマーとしてレベル高くなってきてるよ?」
「嬉しくねえよ」
「その心意気は大切! そだね、まだまだアンタに足りないものが沢山あるから、これからも精進することね」
これ以上どこを精進しろってんだよ? どこにも伸ばすところなんてねえよ。それに、そういう意味で言ったんじゃねえ、見当違いな合点すんな。
でも、無邪気に笑っている姿が可愛く思わないでも無かったので、隣に座って熱く講釈を語り始めた桐乃につきあって俺は話を拝聴していた……。
「――つうことで、アンタまだ全然ダメ。あたしと同じように語るためには更なるエロゲーが必要ね。はいコレとコレ、来週末までにクリアすること!」
…………拝聴していたら三時間経過しました、ええ。
なげ~~~~よッ! このバカ妹! バカ、ほんとコイツ妹バカ! 妹バカ、桐乃様と呼んであげて良いと思う!
わざわざ押入れからパッケージ取り出してきて、この作品の妹はこうであれはどうでとかシーンを見つつ説明しだすわ、俺にやらせたゲームの復習とか言い出してそれぞれのヒロインの感想をスピーチされるしよお!?
ようやく開放されて自分の部屋に戻ろうとしたとき、渡されたのは俺が未プレイなエロゲー。もちろん妹モノ。
「桐乃さん、ゲーム作ってたから俺少し休みたい。……ダメ?」
「ダメ」
「……………………」
「泣いたってダメなもんはダメ」
「……………………」
「きったないなぁ、鼻水出してもダメ」
鬼かこいつは?
「チッ。しゃあねえな、まあ時間があるときにやってやるよ」
「ちゃんと報告しにくんのよ。ときどきサボってないかチェックしに行くからねっ」
そう告げてドアを閉めた桐乃の顔はとても可愛くて微笑ましいものではあったが、俺は大きく息を吐く。
自分の部屋で机につっぷして。
「ったく嬉しそうに何時間も話してんじゃねえよ」
来週末? はは。無理に決まってんだろ、アホか!?
俺は一人心の中で文句を言う。
さっきまで一緒にいた桐乃の顔を思い浮かべながら――。
次の日曜日。
俺はベッドからもそもそと起きだすと時計を確認した。
「うげ、もう昼近いじゃねえかよ」
桐乃のやつが昨日の夜に部屋に入り込んできて、貸したゲームの進捗が遅いって怒鳴るんだよ。
おかげで昨日は深夜までエロゲー。まだ頭の中にヒロインの声が聞こえてくるようだぜ。
一階へ下りて洗顔を済ませてから部屋へ戻ると、パソコンを立ち上げる。
「もうちょいで終わりだし、今日中にコンプリートすっか」
起きて早々エロゲーを開始する俺ってエロゲーマーの鑑だな。
……嬉しくねえよ、全然。
と、ゲームを進める前にチャットソフトを立ち上げてみると黒猫と沙織がログインしていることに気が付いた。
そういや、まだ黒猫に礼を言ってなかったな。
俺はメッセージウィンドウを開いてキーボードを打鍵する。
京介 『よう、俺だ』
沙織 『あらあら凶介お兄様、こんにちは』
†千葉の堕天聖黒猫† 『起きるのが遅いわよ』
京介 『なんで俺が今起きたって分かんだよ? 沙織、字が違ってるぞ』
†千葉の堕天聖黒猫† 『っふ。私の真実の瞳を持ってすれば人間の行動など眉一つ動かすことなく分かるのよ』
沙織 『あらあらごめんなさい。狂介お兄様』
†千葉の堕天聖黒猫† 『それにしても珍しいわね、あなたがチャットに入るなんて』
京介 『あぁ、黒猫。おまえがいるの見かけたからな。沙織、字が違う』
沙織 『まあ兇介お兄様ったら、わたくしもいるのに酷いですわ!』
京介 『いや、ゲーム完成したから黒猫にはお礼を言おうと思ってな。沙織、字』
†千葉の堕天聖黒猫† 『ああ、あの子から聞いたわ。ずいぶんと喜んでいたみたいね』
沙織 『きりりんさんは自慢しまくっていましたわ。
恐介お兄様に作ってもらったんだって。なかでも萌え~な妹が良かったとか』
†千葉の堕天聖黒猫† 『私もプレイしたけど……。アナタああいう妹がお好みなのかしら?』
京介 『違えよ! あれは桐乃をモデルにしたんだよ。沙織、字が違うつってんだろ!』
沙織 『あら、きりりんさんをモデルにしたというのはどういうことでしょうか?
わたくしもプレイしましたけど、きりりんさんとはあまり……?』
†千葉の堕天聖黒猫† 『あなた、あの子をどういう目で見ているの? 恐ろしいまでの魔変換が脳で実行された?』
京介 『違うって。あんなー、実は桐乃の正反対を思い浮かべたキャラにしたんだよ。
生意気で素直じゃなくて、ずけずけ暴言吐き散らして、ぜ~んぜん言うこと聞かない可愛げない桐乃の反対』
沙織 『まぁまぁ叫介お兄様。そ、そんなことをいっては……』
京介 『はっはっはー。桐乃には秘密だから言うなよ』
†千葉の堕天聖黒猫† 『別に言いはしないけど。…………先輩、今すぐ逃げた方がいいわ』
京介 『なんで?』
沙織 『わたくし、良く効くお薬を持っていきますので、それまでの辛抱ですわ』
†千葉の堕天聖黒猫† 『先輩、沙織は家だけど私は自宅でチャットしていないの』
京介 『? 意味が分かんねえぞ? どこでチャットしているってんだ?』
†千葉の堕天聖黒猫† 『あなたの妹の部屋よ』
………………………………………………………………………。
「は?」
え? 黒猫って俺の家に来てんの、今?
そういや昨日桐乃がなんか言っていたような気がするが眠くて良く聞いていなかったっけ。
え? ええ? えっとつまり俺はどういうことになるんだろう。
まだ来ていない沙織に黒猫はチャットしていて、俺の妹の部屋でってことは、当然このチャット内容は桐乃のも見ていて……。
急激に凍りついて冷や汗が伝う背中。ガチャリと後ろのドアが開く音。やがてモニター画面に映りこむ俺を見下ろしてくる桐乃の顔。
俺は恐ろしくてとても振り向けない。
†千葉の堕天聖黒猫† 『遺言なら書いといてちょうだい。気が向いたら読んであげるから』
沙織 『あ、わたくしとしたことが字が間違っておりましたわ。京介お兄様♪』
桐乃のご機嫌を直すには次はどうすれば良いのやら。
まずはそうだな。正座してお菓子とジュースを貢いで後ろの妹様自身に伺ってみるとしよう――。
最終更新:2010年10月30日 11:21