「ねえ、ちょっと訊いていい?」
「何だよ?」
「どうして、アタシはこんなところに居るワケ?」
いつも以上に不機嫌な様子で我が妹・桐乃様が問いかける。
それもそのはず。今、
俺と桐乃は『田村屋』の店舗兼住宅二階の一室に居る。
早い話が、麻奈実の部屋に居るわけだ。
麻奈実のことを毛嫌いしているはずの桐乃がなぜ麻奈実の部屋に居るかって?
それはな‥‥‥
「麻奈実んところの店を手伝いに行くよ」
俺がお袋にそう言って田村屋の手伝いに出かけようとすると、
桐乃が俺の前に立ちはだかった。
「ふーん。また地味子のトコに行くワケ? ホントに手伝いなんてすんの?」
「なんだ、疑うのかよ? 店が書き入れ時とかで人手が欲しいんだってよ」
「そーんなコト言っちゃって、ホントはイチャつくつもりでしょ!」
「なに言ってんだ。そんなに疑うのなら、一緒に来て監視でもするか?」
迂闊だった。突き放すつもりで、つい好戦的な台詞を吐いちまった。
「そこまで言うなら、監視してあげてもいいケド?」
こういう実にくだらない流れで、俺と桐乃は田村屋まで来た訳だ。
要するに、桐乃は自分から麻奈実の家に来たってことなのだが、
そのくせ桐乃は、麻奈実の部屋に居ることが実に不本意そうな顔をしている。
いつものこととは言え、我が妹ながら我が侭が過ぎるぞ。
「ほんとうに久しぶりだねえ。桐乃ちゃんがうちに来るなんて」
麻奈実がお茶を入れながらニコニコした顔で話し始めた。
「ふたりともお茶と和菓子でいいかなぁ?」
「おう、ありがとうよ」
「アタシ、和菓子よりもケーキがいいな。それと紅茶にしてくんない?」
お前、よそ様の家でご馳走になるってのに、その態度は何だよ。
「あぁッ、ごめんなさいッ! ケーキと紅茶は無いの‥‥‥」
「チッ。つかえねえ!」
「お前、いい加減にしろよ! せっかく麻奈実が用意してくれたのに!!」
「別にィ、アタシが出してくれって頼んだワケじゃないし」
「てめ、このッ!!」
「やめて! きょうちゃん!! あたしがいけないんだから」
桐乃の理不尽な態度にもかかわらず、麻奈実は全部自分のせいだと言うんだな。
まったく、どんだけお人好しなんだよ。
いきなりそんなゴタゴタがあったものの、俺はなんとか田村屋の手伝いを終え、
俺たち三人は再び麻奈実の部屋で寛ぐことになった。
「ねえ、なんか面白いコト無いの?」
退屈を持て余した桐乃が不機嫌そうに言う。
「じゃあ、この前私が行った旅行の写真でも見る?」
「げ。地味なネタ!」
うーん。こればかりは桐乃に同意だな。
でもせっかく見せてくれるというのだから見てみますか。
「これが、親戚で集まって旅行に行ってきた時の写真なんだよお」
麻奈実は、プリントした写真を俺たちに見せた。
麻奈実の家族のほか、親戚の人たちだろう。結構な人数が写っていた。
その中にちょっと目を引く女性がひとり。
「お前の親戚にこんな若い女の人がいたのか?」
「ああ、ゆかりおばさん。最近会ってなかったんだけどね」
「叔母さん? 従姉妹じゃないのか? ずいぶん若そうだし」
「若く見えるよね? でも本当は(ピー)歳なんだよお」
「え!? (ピー)歳? ウソだろ!?」
「ウッソ、マジで!? これで(ピー)歳?」
「うん、(ピー)歳。でも自分じゃ『永遠の17歳』って言ってるけどね」
「ああ、そう‥‥‥なんだ」
俺と桐乃は二人でゆかりおばさんに驚いた。
世の中には人知を超えた領域ってものがあるんだな、と思ったよ。
「でも、桐乃ちゃんがこの部屋の来たのって何年振りかなあ?」
「よく覚えてないケド‥‥‥」
「桐乃ちゃんがうちに初めて来たときのことを覚えてる?」
「だから、覚えてないって言ってんでしょ!」
「初めて桐乃ちゃんがうちに来たときのことは、わたし、よおく覚えているよ」
また麻奈実の昔話か。
本当にこいつの昔の思い出話は俺の記憶に欠片すら残ってないんだよな。
今度はどんな話をしてくれるのやら‥‥‥
あー、桐乃のヤツ、クソつまらなそうな顔をしてやがる。
そして麻奈実は昔のことをひとつひとつ思い出すように話し始めた。
「桐乃ちゃんが初めてうちに来たとき、きょうちゃんと一緒だったんだよね。
そしてきょうちゃんってば、桐乃ちゃんのことをすっごく自慢していたよねえ。
かわいいとか、誰にも渡さないとか言っちゃって、聞いてて恥ずかしかったよ」
な‥‥‥なんだそれ? そんなノロケ紛いの妹自慢って俺的に黒歴史だろ!!
そんなことを桐乃の前で言うなよ。俺、殺されるぞ。
恐る恐る桐乃の顔を見ると、顔を赤らめ、口をパクパクさせていた。
まるで酸欠状態の金魚みたいだ。そんな桐乃を意に介さず、麻奈実は続けた。
「でね、きょうちゃんを桐乃ちゃんにとられたような気持ちになっちゃって
わたし、すっごく悔しかったの」
俺、オワタ。麻奈実、俺の骨は拾ってくれるよな?
「わたしにはお兄ちゃんがいないから、桐乃ちゃんのこと、羨ましかったなぁ」
「そんなに羨ましいのなら、代わってあげてもいいケド?」
酸欠金魚状態から復帰した桐乃が憎まれ口をたたきやがった。
「もう桐乃ちゃん。そんなこと言っちゃ、きょうちゃん、かわいそうでしょ!
きょうちゃんは、桐乃ちゃんのことを今でも大事に思っているんだよ?」
「う‥‥‥」
珍しい瞬間だった。憎まれ口をたたく桐乃を麻奈実がたしなめるなんて。
しかも桐乃が珍しく、麻奈実に気圧されている。こんなこともあるんだな。
「また昔みたいに、きょうちゃんと桐乃ちゃんの仲が良くなるといいね」
昔みたいに‥‥‥か。それは難しい相談ですぜ、麻奈実氏。
「あ、お菓子をもっと持ってくるから、ちょっと待っててね」
オイ、こんな空気にしておきながら俺と桐乃を二人っきりにする気かよ?
「‥‥‥」
「‥‥‥」
どうすんだよ、この空気。
「「あのさ、」」
言葉が被った。ここはひとつ、俺が主導権を取るとするか。
「なあ、麻奈実にああいう態度取り続けるのって疲れるんじゃねえか?」
「だってしょうがないじゃん。アタシ、地味子のことがアレだし‥‥‥」
「なんつーか、もうちょっとカドの立たない態度を取るとかあるだろ」
「でも、どうすりゃいいのよ?」
「麻奈実と仲良くしろ、ってのは無理か?」
「無理!」
即答ktkr。コイツ、どんだけ麻奈実のことを嫌ってんだよ。
「じゃあさ、麻奈実の言う『昔みたいに俺と仲良く』ってのも無理か?」
「ナニそれ? このアタシにアンタと仲良くしろっての? うげえ、キモぉ」
我ながら、無茶な提案だったと思う。桐乃の反応も当然だろう。
「麻奈実は俺たちのことを心配しているんだぞ。心配かけさせるのもアレだから、
せめて仲良くするフリだけでも‥‥‥」
「なんでアタシが地味子のために気を遣う必要があんの? バカじゃん!?」
「麻奈実のためじゃねえ! 俺のために気を遣ってくれないか?」
「アンタ‥‥‥自分でナニ言ってるかわかってんの?」
わかっている‥‥‥つもりだ。
「つまり、アタシにウソを吐けって言うの?」
「‥‥‥そうだ」
「そこまで言うのなら、アタシに何か見返りあるんでしょうね?」
「わかった。何でも言うこと聞くよ」
「ウソじゃないでしょうね? 絶対だかんね!」
「おまたせしました」
麻奈実がお菓子を持ってきた。
俺が桐乃に目配せをすると、桐乃は意を決したかのように話し始めた。
「あ、あのさ、ま、まなちゃん‥‥‥」
「ふええぇぇっ!? 『まなちゃん』!?」
桐乃のヤツ、そこから入るのかよ! 麻奈実がひどく驚くのも当然だ。
「アタシ、あ、兄貴とケンカばかりしていたけど、
これからはもう少し仲良くしよう‥‥‥と思ってんの」
「ほんとう? 桐乃ちゃん」
「む、昔みたいに、兄貴と仲良く‥‥‥できたらいいなって思ったり。
それに本当はアタシ、兄貴のことを」
「そうなんだあ。桐乃ちゃん。昔みたいにきょうちゃんと仲良くしてね」
「うん‥‥‥、仲良く‥‥‥するよ、まなちゃん」
「きょうちゃん、桐乃ちゃんとこれからも仲良くしてね」
「ああ、任せておけ!」
ガチガチで違和感ありまくりだった桐乃のウソ。まあこんなもんか。
それにしても、麻奈実が遮ったせいでわからなかったが、
『本当は俺のこと』って桐乃は何を言いたかったのだろう?
おっと、これは「ウソ」だったよな。
チッ、ウソの意味を読み取ろうなんてバカなことを考えたもんだな、俺。
「邪魔したな」
「ううん、邪魔だなんて。お店を手伝ってくれてありがとう、きょうちゃん」
「アタシ、先に行ってるから」
桐乃はそう言うと、さっさと外に出て行った。
「麻奈実。今日はありがとうな。お前の昔話、桐乃に効いたみたいだぞ」
「‥‥‥」
「どうした、麻奈実?」
「きょうちゃん、あのね‥‥‥」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
俺が田村屋の外に出ると、待ち構えていた桐乃と出くわした。
「ナニやってたの? イチャイチャしてキモッ」
俺は桐乃と並んで我が家に向けて歩き始めた。
「しかし地味子って昔話が好きなんだね。全然覚えてないことばっかり」
「‥‥‥」
「アンタもアンタよ。あたしにウソなんか吐かせちゃってさ」
「‥‥‥」
「約束通り、アタシの言うことを聞いてもらうからね」
「‥‥‥」
「ちょっと、聞いてんの!?」
「桐乃―――」
俺はそう言うと、桐乃の右肩に右手をかけて桐乃を抱き寄せた。
「ちょ、ナニすんのよ!?」
「オマエ、ウソを吐いたのが気に入らないのなら、あのウソをホントにしようぜ」
「ナニ言ってんの?」
「つまり、オマエが言った通り、俺たち仲良くしようってこった」
「ハァ? ワケわかんない。つーか、キモいから馴れ馴れしくすんな!」
俺は、さっきの麻奈実の告白を思い出していた。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「きょうちゃん、あのね‥‥‥、さっきの話はうそだったの」
「え?」
「きょうちゃんが桐乃ちゃんのことをすっごく自慢してたとか、
かわいいとか誰にも渡さないとか言ったってこと、うそなの」
「どういうことだ? 俺、自分の記憶にないだけだと思ってたぞ!?」
「だって、今の桐乃ちゃんってきょうちゃんとよくケンカしているでしょ?
だからぁ、きょうちゃんは本当は桐乃ちゃんのことを昔から大事に思って
いるって桐乃ちゃんに思ってもらいたくてうそを吐いたの」
「お前、ウソは嫌いっていつも言っているだろ? それなのにウソを?」
そんな問いかけに麻奈実は微笑みながらこう返してきた。
「きょうちゃんと桐乃ちゃんが仲良くなるなら、わたし、うそだってつくよ?」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「ちょっと、キモイから放せっつってんの!!」
「ダメだ!」
「つーか、いきなりどうしちゃったのよ!?」
「うるさい! グスッ」
「ア、アンタ、泣いてんの?」
俺は泣いていた。
俺と桐乃の仲を取り持つために麻奈実にウソを吐かせてしまったことに対して
自分自身が情けなかった。
「オマエだって、自分の吐いたウソ、無駄にしたくないだろ?」
「よく意味がわからないケド、アンタが泣くほどなんだからよっぽどなのね」
「ああそうだ。よっぽどなことがあったんだよ!」
「そう‥‥‥なんだ」
「だから今日だけ、いやせめて家に着くまでは仲良くしてくれないか?」
「ん‥‥‥、わかった‥‥‥」
「ありがとよ」
「
勘違いしないでよね!! これはさっきの約束を守ってもらってるダケだし」
「約束?」
「そう。『何でも言うこと聞く』ってアレ」
ああ、そうだったな。そんな約束をしていたな。
「だからあ、アタシの言うことを聞いてよね!」
「ああ、何でも言ってくれよ」
「アンタと腕を組んで‥‥‥いいかな? ってコレは命令! 拒否権無いから」
「ああ、もちろんだ」
桐乃は少し赤くなった顔にわずかな笑みを浮かべて、俺の右腕に両手を絡めた。
「おい、ちょっと腕、絞めすぎ」
「ナニ? 何か文句あんの?」
「無いよ」
ちょっと歪だけど、これで俺たち『仲良く』なれただろうか。
形はどうあれ、お前のウソは無駄にしないぞ、麻奈実。
俺が桐乃の肩を強く抱き寄せると、桐乃は俺の肩に頭を預けてきた。
すっかり暗くなった帰り道、俺たちを家まで導くように月明かりが輝いていた。
『そのウソ、ホント』 【了】
最終更新:2011年02月27日 23:13