ちょっと違った未来36




<第三部・現実世界>


 ――京介と桐乃の結婚式から10年後


「そうですか、そうですか…。はい、はい…。ありがとうございます」

「…」ウズウズ

「わかりました…。はい、はい、では失礼します」

 ピッ

「京介、どうだった!?」

「ああ。受かってたよ、試験」

「はああああ~~~!!良かったぁ~~~~!!」

「はは!ありがとな!桐乃!」

 目の前にいるのは俺の義理の妹であり妻である高坂桐乃。今は自らが所属していた美咲さんの事務所の一部の運営と後輩の育成を任せられている自慢のお嫁さんだ。

 ここは俺達で暮らすマンション。今は二人とも実家から出ている。

 10年前、俺達は結婚をした。俺は卒業と同時に警察学校に入る前に。桐乃は当時学生結婚だった。

 その後俺は無事半人前とはいえ警察官に任官され、国民の生命と安全を守るお仕事をしているってわけだ。

 未だに市民に嫌われまくってる上にちょっと職質したらこの顔を見てか、舐められっ放しだけどな!トホホ…。

「でも良かったね!これでようやく肩の荷が降りたっていうかさぁ~」

「ああ…」

 今の電話は俺の上司に当たる警部補からの連絡だ。

 俺は此度の警察の内部の昇進試験で見事、巡査部長の試験に合格を果たした。

 試験は法律の試験に加え、警察実務の試験が多数ある。

 巡査部長の上にも警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監…と順に並んでいるが、競争率等諸々の事情を考えたら巡査部長の試験が一番難しい。

 その厳しい難関に見事合格を果たした、ってわけだ。

 …ちなみに俺のようなノンキャリアの警察官だと、上がれる階級は良く頑張って警部・警視レベルだと思う。大体は巡査部長・警部補止まりだ。実際親父も警部補でその昇進を終えている。そこから上は国Ⅰを突破した東大閥の警察官僚達が席巻しているからだ。

 とは言っても彼らは霞ヶ関の警察庁に籍を置く人達で、警察官というよりは法律制定や予算を扱う行政官といった色が非常に強い。だから俺達千葉県警のような地方の現場にまで出向いてくることはほとんどありえないし、実際警察官になってからのこの10年間、一緒に仕事をした事もない。

 完全に違う人種、ってわけだ。

「今日はお祝いしなくちゃね!もう夜だしどっかで食事でもする?」

「そうだな…。よし、今日は皆でパーッと食べに行くか!」

 そうして俺は俺の『家族』に声を掛ける。

「涼介、優乃!パパとママは今から一緒に外でご飯食べようと思うんだけど、どうだ?何か食べたいものとかあるか?」

 俺は最愛の息子の涼介と優乃…まだまだ小さい幼子の二人の目線にあわせて声を掛けた。

「ハンバーグ~」

 息子の涼介が元気よく答える。

「お~ハンバーグかぁ~!野菜も沢山食べようなぁ~!」

「ピーマンにがい~」

「はは!慣れたら上手いって!優乃は~!」

「けーき~」

「よーしわかった!栄養のあるご飯をしっかり食べたらデザートに食べような!」

「あい~」

 二人は宝石のような瞳を輝かせて俺達を見詰める。

 結婚式の後、俺達は二人の子宝に恵まれた。

 一人目は桐乃が大学を卒業してからすぐに。その時の子供が涼介。そして続けて優乃が。

「ママ~」

「はいはい。涼介はいつまで経っても甘えんぼなんだから」

 桐乃が抱っこをねだる涼介を抱える。本当に涼介はいつまで経っても甘えん坊だ。こんなんでこの先やっていけんのかと不安を感じる。…だがこの涼介の雰囲気といい言葉の受け答えといいどっちかと言えば桐乃似のような気がするんだよな…。

 俺がそのことをいうと瑠璃達は、

『何がどちらかというと、よ。涼介は顔は貴方似だけど、頭の中身は明らかに桐乃似じゃない』

 と、子煩悩ここに極まれりといった顔でやれやれと言って受け答えしてくる。ぐぬぬ…。てめーは未だに独身だろうが!

 逆に優乃は見た目と性格こそ桐乃そっくりだが、その他の中身は完全に俺似だという。

 桐乃と涼介のやりとりをを見た優乃は、

「まま~」

「はいはい。優乃も。京介、優乃が抱っこしてほしいみたい。お願い

「おう」

 そうやって俺が優乃を抱っこして、ってあら?

「ママ~。優乃のこと、抱っこしてあげて~?」

「あらあら。涼介はいつもいつも妹想いのお兄ちゃんですね~?」

「そんなんじゃないもん」

 プイッと顔を背ける我が息子。この年から既にツンデレの兆候が見事に見えていた。恐ろしき我が血脈…。

「おにいたん~」

「うん~?」

「えへへ~。ありがとう~」

「…おう」

 地面に降りた涼介は、照れくさそうに鼻を人差し指ですりすりしている。

 …全くこいつらは。

「ほんとにこの子大丈夫かな?どっかの誰かさんみたいなシスコンに育たなきゃいいんだけど?」

「おい?!そりゃねーよ?!」

 大体お前もお前で相当なブラコンだろうが?!

「ふふ…冗談だって。あーあ、こうしているとあたし達の小さい頃を思い出すね~」

「ああ。そうだな。小さい頃からおまえも可愛かったな~。涼介が優乃にしてやってるみたいにしてやって…」

「ふ~ん…。い、一応聞いてあげるけど何してくれたの?あんた」

「おしめの取替え」

 バキッ!

「いてえっ?!」

「乙女に向かって何てこと言うのよ?!」

「乙女って齢か?!年齢を考えろ、年齢を?!この経産婦!」

 ブチッ

「あ、ああああんた…!い、今言ってはならないことを言ったわね…?!」

「ひいっ?!」

 プルプルと背後に地獄の業火を煮えたぎらせるは我が妹妻(2×)。年齢のことを心の中でも言及するとますます暴れかねないので伏せておく。

 それを見た涼介と優乃は。

「きゃはははは!!」

「ぱぱおもしろ~い!」

 …我が息子娘にも笑われる高坂家におけるこの父の扱い…。こんなのが世間に知れたら…。普段指導してる職場の後輩に何ていえばいいんだよ…。

 …その時心の中から知人の声の記憶がこだまする。

 『あら?凶介さんが情けないシスコンであることなんて周知の事実ではなくて?』

 うるせーよ?!てめーだって姉さんにシスコンだろうが?!あと名前を間違えるな、名前を!不吉なんだよ!

 …なんで30越えてもこんなノリなの?俺…。

 誤解のないように言っておくけど、こいつらの前だけだから!職場だとしっかりしてるから!

 でもこんな昔のノリをしてるからか、よく世間の皆さまから「若いですね~」って言われるんだぜ?ふっふっふ!警察の夜勤での痛めつけにも負けない肌年齢!溢れる若さ!

 …三人目頑張っちゃおっかな~。

「…」じ~っと。

 そうして俺がじっとりとした目線を桐乃に向けると、桐乃は、

「ちょ、ちょっと!?何て目でこっち見てんの?!」

「いや~。優乃を抱えるお前を見てると幸せだなぁって」

「ウソ!絶対ウソ!今のはあたしの身体を狙ったいやらしい視線だった!背筋が凍ったもん!!もう!ホントやめてよね?!」

「んなことねーよ!」

「夫婦間でも強姦罪は成立するんだからね?!今度そんなねちっこい嫌らしい視線送ってきたらあやせ呼ぶから!!」

「それだけはやめてっ?!」

 『桐乃に何かあったその時の為に…お兄さんを…ふっふっふ…!』

 この前夜にスポーツバッグを持った(大魔王)あやせに道端で会った。

 どこに行くんだ?って尋ねたら、キックボクシングのジムだという。

 その場で華麗なシャドーを始めるあやせ。驚く通行人。

 何の為にって尋ねたら…。そりゃあ…。

 (ごくり…)

 俺は恐怖からかその夜は『あやせがジム通いしてるのは体型維持の為…あやせがジム通いしてるのは体系維持の為…』って念仏のように繰り返してたよ…。気づけば朝になってたけど…。

「…。もう、ばかなことばっかり言ってないで、行く準備するよ?」

「へいへい…」

「店にも予約していないし、今からだと…。皆で仲良く近くのファミレスにでも行かない?」

「そうだな。よっし!行くか!」

 涼介と優乃を余所行きの服に着替えさせて、4人で仲良く歩き出す。

 桐乃は優乃を抱っこして。俺は涼介の手を握って。

 車や自転車に注意しながら4人で仲良く歩き出す。

「パパ~」

「ん~?」

「パパのお手手大っきくてあったかい~」

「そっかそっか」

 俺は涼介の、愛するわが子の手をぎゅっと握り返す。

「僕も大きくなったらパパみたいになる~」

「はは!涼介はパパなんかよりずっと凄い男になれるさ!」

「ほんと~?」

「ああ!何しろ俺と桐乃の息子だからな!」

「あたしはともかくなんであんたが自信満々なのよ…」

 後ろから優乃を抱えながら着いてくる桐乃が嘆息する音が聞こえた。

「父親の意義を否定するな!」

 まったくこの女は!いくつになっても話しの腰を折って!

 そしたら桐乃は楽しそうに。

「あはは♪ウソウソ!あんたの凄さはあたしが一番よくわかってるって!」

 そう、我が事のように自慢気に笑った。

「ぱぱすごい~?」

 桐乃に抱っこされている優乃がそう尋ねる。

「うん。涼介や優乃ちゃんはまだまだ小さいからわからないかもしれないけどね…。パパは、お父さんは本当に凄い人なんだよ~」

「パパすごい~!僕大きくなったらパパみたいになる!」

「おう!もっと言ってやれ桐乃!」

「調子に乗るなっての…」

 ぼそっと呟く桐乃。

「僕もパパみたいに大きくなって~」

「うんうん」

「将来優乃のお婿さんになる~」

「ぶぼっ!?」

「ちょっ?!」

 俺と桐乃は慌てて目をむく。空気が口から二人同時に勢いよく漏れた。

「えへへ~。おにいたん~」

 優乃は優乃で満足げに照れている。

 ふんす、と何故か誇らしげなシスコン涼介。

 それを見て俺と桐乃は慌てて目を合わせる。

「ちょ…慌てすぎだっつの…」

「お、お前もだろうが…」

「ち、小さい子供の言葉でしょ…。ここは大人の余裕を持って…」

「お、俺達のことを考えてみろ…。んな悠長なこと言ってられるか…」

「で、でもぉ…」

 にこにこ見つめ合う仲睦まじき兄妹である我が息子達。それを尻目に早々の気苦労を背負い込む俺と桐乃。

 ああ…『まともじゃない子供達』ってこんなに気苦労するもんなんだな…。何の過ちもないように祈ろう…。

 俺だって桐乃とは血が繋がっていないから結婚したんだ。女として愛したんだ。

 これが血の繋がった実の妹だったらって?

 …。

 ごほん。まあ、そういう世界(原作12巻)もあるかもな。

 この件はもうやめよう。

 そうして俺達は夜の街を4人仲良く歩いていった。



~~~



 ファミレスから戻ると涼介と優乃はお腹が一杯になったからか、すぐにベットに寝てしまった。

 涼介は兄の意地からか、ファミレスの席でもなかなか眠ろうとしなかったが、優乃はケーキを食べるとすぐにこてん、と眠ってしまった。

 二人を子供部屋に寝かせた後、今は夫婦に寝室にいる。

「お疲れ様。あなた」

「ああ。ありがとう、桐乃」

 桐乃は俺の上着を脱がしてくれる。

 もうこの10年結婚してからずっとこいつは妻としての役目をしっかり全うしてくれている。こうして二人きりの時はたまに『あなた』と俺のことを呼ぶ。

 愛する桐乃が俺の妻…。

 その事実が、何年経っても、俺は愛おしくって愛おしくってたまらない。

「あれから…」

 俺は俺の上着をハンガーにかけてくれている桐乃に向かって、

「10年前のあの日から…随分色んなことがあったな…」

「…」

「あいつが…もう一人のお前がいなくなったあの日から、さ…」

「ええ…。そうね…」

 10年前のあの日…もう一人の黒髪の妹がこの世界を去ったあの日から、俺達の生活は一変した。

 桐乃との結婚。就職。厳しい警察学校での日々。仕事の為の法律実務の勉強。

 桐乃のモデルの引退と経営陣への参加。たまの執筆活動。

 刑事の試験。昇進試験。格闘技の訓練。

 ところで俺に警察官が務まるのかね?という疑問を持っている諸君。実は俺には格闘術の適性が思ったよりもあったらしく、今じゃいっぱしの刑事で現場からも上司・後輩問わず頼りにされていた。

 特に1対1の捕縛には誰よりも負けない自負がある。実際、県警から逮捕術の大会から優勝の賞ももらっている。今じゃ親父にも負けないほど強くなった。マル暴にいた時は突入の段取りから全て任されていたこともある。

 おほん。まあ、自慢は置いといて。

 そして。

 そして愛するわが子たちとの出会い。

 涼介を初めて見たときは…本当に可愛かった。これが俺の息子なのか?って。俺と桐乃の息子なのか?って。

 仕事が終わった親父や桐乃にずっとついてくれていたお袋、瑠璃に沙織に麻奈実にあやせに加奈子。

 赤城や瀬菜、それにゲー研の皆。日向ちゃんや珠希ちゃん。御鏡にブリジットにリア…。

 皆、皆来てくれた。

 そんな皆も、もう学生じゃない。皆社会に出て働く社会人だ。

 瑠璃はあれからシステムエンジニアとして相変わらずあの会社で働いている。現場はあいつが回しているらしい。あいかわらず休みになると俺達の家に遊びに来る。涼介や優乃のための手作りのお菓子やおもちゃを持って。

 優乃もだが、特に涼介が瑠璃に凄くよく懐いていて…。瑠璃お姉ちゃん瑠璃お姉ちゃん、って。それを見るたびに優乃がふくれっ面でむくれている。ははは…。

 あ、そうそう。瑠璃は独り身かって?ははは!

 彼氏?そんなもの 

 い る わ け が な い で し ょ う ! ! (爆) ! !

 …。ごほん。

 沙織は自分の会社の仕事を手伝っている。社長であるお父さんの秘書兼片腕ってわけだ。

 …意外だった。あいつはてっきり誰かと結婚するもんだと。だってあれだけ見合いしてたんだもんよ。

 その事を聞くと沙織には『女の心は海より深いのですわ。卿介さん』だとよ。(漢字、いいかげん直してくんねーすか?)

 しっかしあの女、齢を重ねる毎にますます美しさに磨きがかかってるんだよな~。あんなんじゃ周りの男が放っとかねえだろ。

 …それはそれで複雑だけどよ。

 …。

 あやせは会社のOLをしている。相変わらずその綺麗なおみ足を婚活の為にではなく男(誰かは言わねー。うう…)を抹殺するために磨いているようだ…。

 なんだよあの女まじこえーよ…。でも天使…(2×でも)。

 あやせもよく俺達の家に遊びに来てくれる。

 俺と桐乃が仕事で手が一杯の時なんかはお袋とあやせでよく涼介と優乃の面倒を見てもらったもんだ。

 二人ともあやせのことを『おばちゃんおばちゃん』と言って嬉しそうに懐いている。

 その度にあやせは『私はまだ二十歳代です!!』と顔を真っ赤にして叫んでいるが…。

 瑠璃や沙織がお姉さんなのに私はあやせおばちゃん、と言われるのは納得いきません!まるで私だけ老けているようじゃないですか!?とご機嫌斜めだ。

 これには理由がある。

 実は涼介が小さい頃、俺達は自分達の仕事も忙しかったからあやせやお袋によく預けていた。

 いつもいつも面倒見てくれるものだから、涼介はあやせのことを『親戚の叔母ちゃん』と勘違いしたのが事の発端。

 それが優乃にも口から口へと伝わって…。南無…。

 まあ色々言うことはあるんだけど、これくらいにしとこうと思う。加奈子や瀬菜にゲー研の皆と挙げたらキリがない。

 あ、でもこれだけは言っとかなきゃな。

「へへ…」

 麻奈実は俺達の結婚式の1年後に結婚した。

 相手?相手はそう、俺と同じどうしようもないシスコンのイケメン商社マン、赤城だ。

 実は赤城は大学卒業のその年の就職活動に失敗した。一方麻奈実は地元の市役所の試験に合格しており、内定が決まっていた。

 それでも麻奈実は待った。

 就職浪人と新社会人という互いの温度差をモロともせずに、だ。

 そして次の年、赤城はようやく大手の商社にて内定を取り付けた。

 麻奈実に男として認められたい、一緒にこの先も手を繋いで歩いていきたい、という思いからだ。

 そしてやっと就職することが出来、その時にあいつはプロポーズをした。

 キメ台詞は『一緒に仲良く齢を重ねていきませんか』だとよ。おお、くさいくさい。何てくさい。

 でもあのイケメンボイスで言ったらたちまち神なんだろうな~。なんという差別社会。

 それに麻奈実はもちろん『はい』と返事をし、大学からの交際の、赤城にとっちゃ、高校1年からの一目ぼれの片想いがようやく成就したというわけだ。

 本当に、本当によかったと思う。

 麻奈実は俺にとっちゃ大切な大切な幼馴染で、赤城も俺の高校からの大事な、今や腹を割って話せる親友で…。

「…」

 もう1つの世界の桐乃が元の世界に戻ったあの日から…。あれから相変わらず慌しい日々を俺も桐乃も過ごしていた。

 あれから俺達はあいつのことを忘れたことがない。

 あいつが『大好き』といってくれた世界は今日もまた旬欄と輝いてる。

「ねえ?」

「うん?どうした、桐乃」

 今は俺の配偶者となった、俺の妹が俺の傍にすっと寄り添う。

「あたし達…幸せだね…」

「…。ああ」

「すっごくすっごく…幸せだね」

「ああ…幸せすぎてどうにかなりそうだぜ…」

 そうして俺は桐乃を抱きしめ、キスをする。

「ん…」

「…」

 想いを遂げて結ばれた、中学生の頃からいつまでも変わらない、しっとりとした彼女の唇。

 そ、っと唇を重ねるだけの、キス。それは今まで育んできた愛情を確かめ、そしてまだ見ぬ未来への喜びを現す夫婦のキスだった。

「あんたはさ…」

「ん?」

「あんたは長生きしてよね…」

「…」

 俺の腕の中で抱きしめられながら、彼女は言う。

「あたしより…あたしより…ずっと…。ずっとずっと長生きしてよね…」

「…」

「あの子の世界のあんたみたいに…ならないで…」

「…」

「あたしを…あたし達を…置いていかないでね…」

「…ああ」

 ぎゅ、っと俺は俺の妻を抱きしめる。

 彼女は俺に全幅の信頼を寄せているのか、全ての体重を俺に預けてくる。

 事件の現場や暴力団の鉄火場で鍛え上げられた俺の肉体はそんな彼女の体重を難なく受け止めている。ハードな刑事の仕事にも耐えうる強い体と精神力。毎日のウエイトトレーニングと勤務後の道場での鍛錬で鍛え上げたタフな体。

 もう、10年前の小僧で無力だった大学生の俺じゃない。ましてや、高校生の時の心折られた俺じゃない。

「決して、死んだりしない」

「うん…」

「お前よりも長生きもしない…」

「…」

「一緒に…仲良く齢を取ろう…。そして、そして…願わくば一緒に…」

「…はい」

 再び最愛の妻をぎゅっと抱きしめ、その唇にキスをする。

 …一生をかけて守ると誓った、妹の…桐乃の体の体温と唇は、暖かかった。

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最終更新:2013年06月10日 19:18
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