蛍
雑踏が流れていく。
大通りの交差点は多くの人が行き交っていた。
様々な格好をした人たちが足早にそれぞれの目的地へ向かう。
角に面したビルの壁には、巨大なテレビが掛かっていて、CMを映し出している。
その映像が急に切り替わった。
アナウンサーが座り、深刻な顔でニュースを告げる。
「臨時ニュースです。
アメリカ・ミネソタ州に核ミサイルが打ち込まれた事件で、中国政府は誤射を主張していましたが
議会の決定を受けてアメリカ大統領は報復攻撃を加えると先ほど発表されました」
人々は足を止めて、一様に画面を見上げた。
ニュースよりも興味を引くものが、上空に現れていた。
「なお、発射されたミサイルは日本にも向かっているとの情報が――」
アナウンサーが言い終わる前に画面は途切れた。
上空のミサイルが一瞬で膨れ上がり、人々の目の前で巨大な火の玉になった。
それは何もかもを飲み込んで、世界を白く染めた。
* * * * *
暗闇に包まれた街の姿がぼんやり浮かび上がった。
一か月前なら、空が暗くなるころに灯り始める街灯はどれも折れ曲がって割れている。
ビルの窓やネオンの看板は割れて破片が地面に落ちていた。
無事なものにも明りは灯っていなかった。
街中が停電になったようだった。
この街だけでなく世界中がこうなのだった。
巨大なビルが半ばから折れて巨大な生物の骸のような姿を晒している。
コンクリートの舗装は地面に空いた大穴によって大きく裂けていた。
大穴の隙間から、ぼんやりとした光の塊が覗いている。
いくつかの小さな塊に分かれたそれは、静かに動いて地中へと潜っていった。
日が沈みかけた街を照らしているのは、この光だった。
光の一つはすっと飛び上がると、飛び去った。
その先には、廃墟となったデパートがあった。
光が割れた窓の一つに入る。
デパートは沈黙していた。
きらびやかな商品やお客で溢れんばかりだった店内は、今や荒れ果てて誰もいない。
地下では、止まった冷蔵庫から嫌な匂いが漏れている。
地下のフロアから少し奥に入った場所に、両開きの扉があった。
在庫を置く倉庫だった。
扉の奥には、二人の男女がいる。
辺りには缶詰やペットボトルの空き容器が転がっている。
二人は一つの毛布にくるまって、壁にもたれて座っていた。
男が女に話しかける。
「寒くないか……?」
「うん、でも、こうしていると安心する」
女も話しかけた。
「わたしたちのほかに誰もいないのかな」
「ああ、いたとしても俺たちと同じように、放射能にやられているだろうな」
二人は死の淵にいた。
世界中を襲った、大量のミサイルが撒き散らした放射能によって体を蝕まれているのだった。
しばらく前から食事もとっていない。
消化器官の粘膜が放射線によって破壊され、食べても体の中を素通りしてしまうのだった。
「非常食、役に立たなかったね」
「役に立つ時は、ここの食料が全部なくなったときだ。
それまで生きていられるかな」
二人は黙った。
やがてどちらともなく体を寄せ合い、首をもたれかけた。
そのまま二人は眠りに落ちた。
その頃、食料品を置く棚の上で眠っていたれいむが目を覚ました。
「ゆ?」
隣にはまりさがすやすや眠っている。
鏡餅のように棚に置かれていたれいむは、そこから飛び降りた。
ミサイルが街を襲ったとき、多くのゆっくりも灰となった。
だが、生き残ったゆっくりは饅頭だからか、放射能の中でも平気だった。
掃除するも人もいなくなった街の中で、焼け残ったごみなどを漁って暮らしていた。
二匹は幸運なつがいだった。
街の下を流れる暗渠の中に潜んでいて奇跡的に無事だった二匹は、
様変わりした地上に這い上がって驚いた。
非常食として男女に拾われて、デパートの地下倉庫で一緒に暮らしている。
あまり食料がないので、普段はよく眠っているが、空腹を感じて目を覚ました。
「ゆっ、おなかすいたよ!」
「ゆふん?」
まりさも目を覚ました。
二匹でそろって眠っている男女のそばに跳ねていく。
「おにーさん、おなかすいたよ! かんづめさんちょうだいね!」
「おなかすいたよ!」
二人は返事をしない。
ぴくりとも動かずに、ゆっくりたちを無視している。
「ゆゆ、おにーさんたちへんじしないよ?」
「きっとねてるんだよ! おこしたらおこられちゃうよ!」
以前にも、人間はこのように喋らずにじっとしていることがあった。
不安になって騒ぐと、むくりと起き出してうるさいといった。
人間さんもすーやすーやするんだと、二匹はその時初めて知った。
「ねちゃったんだね! つまんないよ!」
「まりさたちでかりにいこうね!」
「そうだね! おにーさんたち、ゆっくりしていってね!」
男は答えない。
蛍光灯が毛布にくるまれた二人を照らしていた。
二匹はこっそりと倉庫を抜けだした。
階段を一段ずつ登り、外れて蝶番にぶら下がっているドアを抜けて、一回のフロアに出た。
割れて落ちた窓や蛍光灯の破片をよけながら、出口へ向かう。
正面入り口のガラスはすべて割れていた。
そこから外へ出た二匹は、荒廃した街を眺めた。
辺りは薄暗闇に覆われている。
夕焼けは厚い黒雲に隠れていた。
その下に瓦礫の山となった街が死んだように広がっている。
二匹はご飯を求めて歩き出した。
途中、大穴があいている道路を避けて、さらに進む。
やがて水道管が破裂して噴き出した水が、地面に溜まっている所へ出た。
何かの加減でそこだけ地面がくぼんで、濁った水が溜まっている。
瓦礫の間に挟まれたその空間に、うごめくものがあった。
野生動物は今やほとんどいない。虫にしては大きかった。
ちょうどれいむたちくらいの大きさの黒いものが、触角をうごめかせて水場に群がっていた。
れいむは物おじせずに叫んだ。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
すると群がっているそれらから、いくつもの挨拶が帰ってきた。
答えたのは緑色の髪と虫のような羽をもつ、りぐるだった。
彼らは荒廃した街でも生き延びていた。
れいむは訊ねる。
「おみずさんのんでるの?」
「うん、れいむたちものむといいよ!」
りぐるたちは二匹のために場所を空けた。
口をつけると、舌で舐め取った。
「ごーくごーく、それなりー」
濁った水でも、喉は潤った。
れいむは顔を上げた。
気になっていたことを訊ねてみる。
「にんげんさんは、どこいったの?」
「りぐるたちはしらない。でも、ごはんさんはにんげんのくらしているところにあるからね。
にんげんがいなくなっちゃって、ごはんもすくなくなったみたい」
「ふーん」
れいむたちはあまり深刻に受け止めていなかった。
何しろ、倉庫に戻れば、お兄さんが缶詰を開けてくれるのだから。
そのうち、辺りが本格的に暗くなってきた。
相変わらず厚い雲に覆われて見えないが、その向こうでは太陽が地平線に沈もうとしていた。
瓦礫や地面の隙間にできた影がじわじわと広がっていき、すぐに街を覆い尽くした。
それと同時に、りぐるたちの体が内側からぼんやりと光り始める。
水場が光に覆われ、れいむたちは歓声を上げる。
「ゆっ、りぐるたちはそろそろいくよ!」
不思議な光を放つりぐるたちは、集まって跳び立つ準備をした。
まりさは一目見て格好いいと感じた。
魂を抜かれたように訊ねる。
「どこへいくの?」
「きれいなおみずさんがあるところ!」
一匹のりぐるが振り向いて答える。
りぐるたちがいっせいに飛び立ち、最後のりぐるも後を追った。
地面から光の柱が吹き上がったように見えた。
星一つ見えない夜空に、蛍のように淡い光の粒が何十も舞い上がった。
それらは空中で広がって散っていく。
不思議な軌道を描いて、れいむたちに別れを告げた。
れいむたちはそれを見上げた。
見る間に遠くなっていく光を、ずっと見つめていた。
「ゆゆ、いいなぁ……」
「まりさたちも、ぴかぴかしたいよ!」
まりさの願いはすぐに叶えられた。
れいむたちの体が、かすかに光り始める。
りぐるたちと同じ光だった。
「れいむ、ひかってるよ!?」
「まりさもだよ!!」
二匹は、おさげともみあげを取り合って喜んだ。
見ると、周囲に崩れた建物の中にも、ぽつりぽつりと同じ光が見える。
「あんなにたくさんいるよ!」
「みんなひかってる!」
ゆっくりたちが光を発している。
かつての街灯の光よりずっと弱いが、それはどんな小さな隙間や建物の中にもあった。
見る者があれば、神秘的な光景に写ったかも知れない。
それは放射性物質の光だった。
凝集されて取り込まれた放射性物質は体内の餡子に蓄積され、暗くなると光を発するようになる。
生き延びたゆっくりたちは皆例外なく、汚染された食べ物や水を飲んでいた。
空は相変わらず曇っていた。
地上では星々のようなゆっくりたちの光がいくつも灯っている。
本物の星はまだ見えなかった。
「おにーさんたちに、しらせにいこうね!」
「きっとびっくりするよ!」
二匹は並んで元来た道を戻って行った。
もはや動くもののないデパートの地下倉庫へと。
あとがき
蛍の放流のニュースを見て急に書きたくなりました
いろいろ変なところがあって申し訳ないです
Wikiの名前が意外としっくりきたので
これからゆ焼きあきと名乗らせていただきます
どうぞよろしくお願いします
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『ふたば系ゆっくりいじめ 1330 蛍』
最終更新:2010年07月27日 17:29