希少種の価値 2 21KB
携帯電話が鳴り響く。
真っ黒く染まった木刀を残骸の上に放り投げた後、ゆっくりと携帯を手に取り、ディスプレイを確認する。
この番号は……、会社だな。実験が成功した報告か?
「はい。もしもーし?」
『お休みの所すみませんっ!もう見ましたかっ!?』
「んー?何がなんだか解らんのだが。実験が成功でもしたのか?」
『それは大失敗ですっ!"成功" の、せの字も見えません!』
……コノヤロウ。中々、いい根性してるじゃねぇか。
『パソコンありますか!?無いならテレビでもいいんですけどっ!あっ、でもパソコ……。』
「解った解った。ちょっと落ち着け。」
床に転がるゴミを無作法に蹴りつけ、部屋の端に移動させる。通行の邪魔だ。
HDDが駆動音を唸らせて、PCが立ち上がる。画面にはお馴染みのOSが主張していた。
「で、何をするんだ?パソコンは、操作準備オーケーだ。」
『おぉー!意外と万能ですね!凄いですよっ!?』
俺は猿か?そこまで感動してくれるなんて、光栄の極みですな!
『それでですね!……で、……なんですよ!』
「ふむふむ?」
一言多い部下の指示の元、PCを操作していく。
こんな奴が、仕事に関しては優秀な人材だから困る。頼りになるのか、ならないのか。難しい所だ。
操作を進めていくと、ある画像保管サイトに案内された。
「ほー。これはこれは。」
『どうです?いい情報でしょ!?』
「まあまあだな。」
煙草に火を付けて、紫煙を肺一杯に吸う。
視線の先にある画面の中に、ある書類が映し出されている。それは見てみたかった、あの、門外不出の極秘書類。
『今度奢ってくださいね!?』
「社内パソコンを、私用で使った事を黙認してやる。」
『ひどっ!?鬼っ!!! 』
軽口を交し合う上司と部下。
確かに有益な情報だった。こいつも、奢って貰える事を確信して、話に乗ってくれているのが解る。
さてと、早速拝見させて頂きますかね。
書類データーの流出。
今回は、企業がミスをしたのではない。個人がミスをして、情報が流れてしまった。という、謝罪報道が行われた。
世に流れた書類は、社外秘の印が押された数ページ。誰もが簡単に閲覧でき、コピーもされた。既に回収不能の事態となる。
その内容を見た多くの者は、顔を青くして絶望を受け入れた。
内容の中心は、ゆっくり繁殖に関する資料。詳細なデーターが乗っている。
数式の羅列が並び、一般人には認識出来ないような資料内容ではなく、簡素に纏められた部分が流出していた。
人々が1番に目を付けたのは、『植生妊娠では、多種の誕生は絶望的』の項目。
これで、植生妊娠薬品の個人販売をしていた者は、首を切られる形となった。手痛い仕打ちに頭を抱えるしかない。
2番目に興味が引かれたのは、『妊娠確率の値』の項目。
今までぼかされていた謎に満ちた部分が、詳細に明るみにでた。その無茶苦茶な確率に、繁殖を諦める人が大勢いた。
当然、凡種は不法投棄され、街中にれいむが溢れ出す。希少種は冷静にオークションで捌かれた。
この2項目だけで、個人の一攫千金を夢見る、新規参入者は激減する。
希少種、まりさやありすを放出する者が一時的に増え、価値が少し下がった時期があったが、ほんの一瞬で元の高値に戻っていく。
供給があまりにも少なすぎるのだ。
もはや、工場の生産でもどうにもならない。
れいむが産まれる位なら、最後まで希少種に赤ちゃんを作らず、ゆん生を終わらせる飼い主も増えた。
その事により、偶発的に誕生する固体も減った。それが、希少種不足に拍車をかける。
まだまだ、世界の混迷は続いている。
俺は、舐めるように書類に目を通す。
「………ふ~ん?」
なるほど。良く調べ上げているデーターだ。
組み合わせの出産割合を、詳細な数値化をして記載している。参考になるぜ。
これでは、そうそう多種が産まれない事も理解できる。出産の手間と、この産まれてくる確率では、当然、割りに合わない。
個人では手を出し辛いだろう。それに、高価な多種同士でも期待値が低い。使い潰す気持ちで試みても、報われるかどうかも怪しい。
それに、これから希少種の精子餡が高値で取引されると予想。無理に潰すより、種馬ゆっくりとして生かしておく選択が賢い。
埴生妊娠がアウトなら、胎生妊娠方法に切り替える人が必ず出てくるはずだ。
この書類確認で辞める者はいるだろうが、続けていく者もいるはず。なんせ、希少種は依然、高値で取引されている。
個人繁殖が減った事で、更に価値が上がる可能性も出てきたのだ。
「まあ、俺ならやらねえな。」
さっと目を通しただけで、これはリスクだらけだと解る。良い所を探すのが難しい位だ。
「うーん……。」
絶望的な書類内容だと思う。
でも、それは個人レベルでの絶望だ。企業が諦める内容ではない。
今でも、大手企業からは、月に数体の希少種を市場に出している。供給が全く無い訳ではないのだ。
シンプルに考えれば、産める確率を上げる手段を重点的に研究して、成功させれば良い。
しかし、その計画を実行しているうちの会社も進展が無い。そこに何かがあるのか?
解らない。とりあえず、今、確実に言える事は、この書類が不完全だと言うこと………、
「ぐりぐりしないでねっ!?あんこさんがでちゃうよっ!」
「お?」
締めの言葉を途中で邪魔させられた。
俺の右手首の下で、体をよじよじさせながら、講義するれいむ。口元には、紐とテープが空を泳いでいる、
「ぐりぐりぐりぐりっ!れいむおかしくなっちゃうよっ!?ゆっくりはんせいしてねっ!」
これは、我が社の製品。『れいむまうすぱっと』だ。
柔らかで張りのある弾力のお腹が、あなたの手首を優しくサポート。人肌の体温が、手首をほぐし、快適なマウス操作を約束します。
これがまた、ビックリするほど売れなかった。製品アンケートも散々な結果だ。キモイに始まり、ウザイで終わる。
唯一、逆パーフェクトの栄冠に輝いた、自慢できない一品だ。うん。使用感は最悪の一言に尽きるね。返品させろ。
「はんせいしたなら……、あぁあぁぁぁあっ!?いだいよっ!つぶれちゃうよっ!?」
この、まっぱれいむ。机にれいむ置いただけじゃねぇか。うんしー穴加工はされてるけど、涙腺全開で机は濡れるし、
キーボード上に無断で転がってきての、強制タイピング機能まで付いてやがる。
「やべでぇえぇえぇぇっ゛!?かわいいれいぶが、づぶれじゃぁあぁぁあああああああっ゛!!!??」
圧がかかっただけで、口元を塞いでる箇所は解れて開くし、せめて転がらないように、背面を平らに加工しやがれっ!客を舐めるなっ!
「あぶぼぢゅうぅうぅううううううっ゛!?」
れいむは口から餡子を大量に吐いて、とてもゆっくりした状態になった。
それを摘み上げ、部屋の端に寄せておいた残骸の上に投下する。纏めて置けば、後の処理が楽になる。
俺は、机の下に置いてあった、中型BOXの蓋を開ける。そこには、まっぱれいむの予備がスヤスヤと寝ていた。
製品安定機能搭載済みで、良く眠るらしい。でも、こいつらは元々そんな感じだと思うがな。
手前でゆっくりと寝ていた、まっぱれいむを一つ掴んで、机の上に放る。前任者の餡子で多少汚れたが、俺は気にしない。
勢い良く手首を乗せて、マウス操作を始める。れいむは体を跳ね上げて、俺の手を振り払おうとしていた。
……どの辺が優しくサポートしてくれるんだ?思いっきり挑戦的じゃねぇか。
力強い振動を起こすまっぱれいむに、キツめの一撃をお見舞いした。
「……!…………ゅゅ゛っ゛!!! 」
下半身にしていた加工が弾け、中身が机に広がる。
「あー、不良品だな。」
交換するのも面倒なので、このまま使用する事にした。
まっぱれいむの腹を圧迫する度に、中身が勢い良く飛び出してく。沈む腹が手首を包んで、なかなかの好感触。
欠点は机が汚くなる事だな。うん。やっぱりこれは売れない。
スタート直後から、きわもの製品として不評を浴びた我が社は、徹底したモニターをする事になった。
最近は、定期的に良品を世に送り出している。このまっぱれいむは、負の遺産として社員に配られた。
これでの現物支給じゃ無かった所が、安心すべき事だな。正直、肝を冷やしたぜ。
「ん?」
手首からスカスカの感触が脳に伝わる。
視線を向けると、ペラペラになったまっぱれいむ。何時の間にか、中身が全部搾り出されたらしい。
「脆すぎるだろ。」
新品を取り出すと、空中で勢いよく暴れ出す。これもまた楽しめそうだ。
強めに机上部に叩きつけて、大人しくなった所で操作開始。俺は不具合を探すモニター作業を、今日も忘れずに行った。
今日も実験は失敗だ。
運良くまりさが産まれたが、それ1体で打ち止めだった。喜んで損したぜ。
とりあえず、コーヒーを求めて事務所へと足を運ぶ。その途中、何かが視界の端に入ってくる。
白衣の青年が、小腋にれいむを抱えて、廊下に立っていた。
中々、シュールな光景だ。
小腋のれいむは、モミアゲを上下に揺らながら、垂れ目でこちらを観察している。
「本日の新薬も、満足な成果を上げられなかった事を、謝罪いたします。」
「……おぉ。気にするな。」
「ゆっ?おじさんはゆっくりできるひと?」
腰を折り、丁寧に謝罪する青年。
開発の難しさを知った俺は、この青年に当り散らす事はしなくなった。じっくりとやってくれ。
「そのれいむは、ペットか何かか?」
「ゆん!れいむはかわいいでしょ!?めろめろになってねっ!」
すると、青年は、『これですよ。』と、何かを掴んだみたいな形をした片手を、れいむの顔に滑らす。
それで全てを理解した。実験体か。
「これからお話をしませんか?伝えたい事もありますし。」
「今から?」
「ゆっふ~ん!とくべつにれいむのぴこぴこさん、もみもみしてもいいよっ!やさしくしてねっ!」
「あるデーターの報告もさせていただきますよ。まだまだ、仮の段階ですが。」
「ほう?興味がでてきたぜ。」
「ゆゆゆっ!?だめだよっ!いくられいむがかわいいからって、きょうみしんしんに、えっちなめでみないでねっ!?」
「コーヒー位ならだしますよ。でも、室内は禁煙なので、煙草は吸えませんけど。」
「お邪魔しますかね。」
「……ゆぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶっ!?」
空気を読まずに、会話に割り込むれいむの口を、青年は片手で覆い隠す。
もう少し早くして貰いたかった。今更感でやるせない。
「研究室は、此方にあります。」
「おう。」
「くるしかったよっ!でも、ゆっくりゆるすよっ!かいぬしさんはすてきだからねっ!
……あぁあぁぁぁっ!?れいぶのもみあげさんがぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっ゛!!!?? 」
青年は、ニヤニヤ笑うれいむの片モミアゲを無造作に千切り取り、廊下のゴミBOXに放り込む。
片モミれいむは、残ったモミアゲを必死に振りながら、治してくれと抗議している。
れいむ。意外とその姿、素敵だぜ?
薬臭い研究室。
病院に来たみたいだ。
「どうぞ。粗茶になりますが。」
「……………。」
「ゆえぇえぇぇぇえぇんっ゛!」
粗茶発言はおいておくとして、泣き喚く片モミれいむも別に興味を引かれない。
でも、ビーカーにコーヒーって……。これは、都市伝説じゃなかったのか?
「………飲むか?」
「ゆゆん?それはゆっくりできるもの?ゆっくりちょーだいね!」
「ほらよ。」
「ゆ~ん!いいにおいだよーっ!とってもゆっくりできそ……、あつ?あっつ゛!
あじゃあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ゛!!!?? 」
ダイレクトにコーヒーを口の中にぶち込む。
片モミれいむは、コーヒーをうがい状態にして撒き散らしながら、床の上で悶えている。
お前の尊い犠牲は無駄にしない。
「優しいんですね?おかわりをどうぞ。素晴らしい行動だと思います。」
「……………。」
犠牲は数秒後に無駄となる。ビーカーには、黒い液体が追加された。
もう、観念して飲もう。
「これって、なんだと思います?」
「ん?」
「やめてねっ!?れいむのあんよさん、くろくなっちゃうよっ!?」
コーヒーを啜り始めた俺に、青年が問いかけをしてきた。
青年は片モミれいむを両手で掴み、床に毀れたコーヒーを肌色の足に吸い込ませている。
片モミれいむは、雑巾の代用品らしい。面白いように水分を吸収していく。流石、饅頭。
「れいむだろ?」
「そうですね。れいむです。」
「ゅ゛っ゛!? 」
当たり前の事を何故聞いた?誰が見てもそう答えるだろうに
片モミれいむは、変わり果てた自分の姿に絶望し、大口を開けて声無き声を発している。
「それでは、これは何だと思いますか?」
「…ッ!オイッ!?それは………っ!!! 」
「心配しないでください。これは私物です。今日産まれた物ではありません。」
怒声が途中で止まる。目の前には黒帽子を被ったまりさが居た。
「そりゃ、まりさだろ……。」
それ以外に答えようが無い。
まりさにしか見えないんだから。
「ゆゆ?れいむ!どうしてないてるんだぜっ!?ゆっくりげんきだしてねっ!」
「ゆゆん!きれいなまりさだよっ!こんなにきたない、れいむのすがたをみないでっ!?」
「なにをいってるんだぜ?れいむは、こうばしいにおいがして、とってもゆっくりできるよっ!」
「ゆゆーんっ!こうばしくてごめんねっ!れいむはゆっくりできるゆっくりなんだねっ!?」
「けっこんしてねっ!まりさは、ほんきだよっ!」
「れいむをしあわせにしてねっ!きょうはすてきなけっこんきねんびだよっ!」
「れいむーーーっ!」
「まりさーーーっ!」
ひょいっ。と、持ち上げられた片モミれいむは、机の上に乗せられる。
その後、頬に刃物が滑り、大きな傷口を開けられ、人間の指がねじ込んで中身の餡子を抉り出された。
「れいぶぅうぅぅぅっ゛!?うわぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ゛!!! 」
コーヒーのアロマで陥落した新婚まりさが叫ぶ。愛するれいむが傷物にされてしまった。
その悲鳴にも人間達は関心を示さない。完全放置だ。
「これは、れいむの餡子です。」
「そうだな。そうにしか見えない。」
「あのまりさも、実はれいむだと言ったら信じますか?」
「………何だと?」
青年の研究で解った事。
れいむしか産まれない異常事態。
それは、種の強さが関係しているとの事。
れいむ種だからと言って、100%れいむな訳ではない。数%は多種の情報を蓄積しているはず。
他種にも、あてはまる事柄だ。何%かはれいむが入っている。雑種、と例えるのは適切なのだろうか?
今の異常事態の原因は、他種の体に蓄積されたれいむ情報が、割合を多くとりすぎている為だとの仮説がある。
良い表現では、純正のれいむが誕生する可能性がある。悪く言えば侵食だ。
俺の足をグイグイと押して、喧嘩を売っている表面は黒帽子で金髪のまりさも、中身がれいむ情報の塊らしい。
だから、『まりさモドキ。』と、開発チームから字を付けられている。
この情報は流出データーに記載されていないが、多分、研究者なら誰でも発見しているだろうとの事。
そこまで、難しい検査では無いらしい。
「つまり……。どういう事だ?」
「希望としては、30%以上の他種情報を持った、検体が欲しい所ですね。泥に泥を混ぜても、進展はありませんので。」
それは厳しい注文だ。
この、『まりさモドキ』でさえ、市場では目玉が飛び出る位の価値がある。
研究の為とはいえ、領収書で落とすのは難しい。
「ありすとかはどうなるんだ?あいつら、中身違うだろ?」
俺は質問を投げかける。
れいむとまりさは、基本は餡子だ。中身が違う他種なら、れいむの餡が混じっていなければ説明がつかない。
「そうですね。これは、情報だけが浸透しているらしいので、餡子そのものは関係無いみたいです。」
それは、厄介な事態だな。
詳しく聞いていくと、中身を取り出して分析しなければ、比率が解らないらしい。
売り物を即刻傷物にする。と、言っているような物だ。ハズレも多々あるだろうし、消耗品扱いに拍車がかかる。
上に研究費を申請してみたのだが、既に却下済みだそうだ。それは、当然の成り行きだろう。
「仮説になりますが、れいむが希少種になっていた可能性もありますね。」
れいむ種だけが爆発的に増えた。
情報を強めたのが他種なら、今頃は、その種がゴミ扱いになっていた別世界がある。
今回は、たまたま、れいむだったのだと。
(……だったら、もっと可愛げのある奴が、選ばれたら良かったのに。)
俺は、そう思わずには居られなかった。
「れいぶのがだぎだっ!じねぇっ!じねぇえぇぇぇぇぇぇっ゛!?」
まりさが、俺の足に体当たりを続けていた。
痛くは無いのだが、とても鬱陶しい。
流石に、れいむのように潰すのは躊躇してしまう。なんせ、希少種扱いになっている現状では、足が竦むのだ。
それも目の前に立つ青年の私物らしいし。弁償とか言われたら困る。
「じねぇっ!じねぇえぇぇっ!?……ゆ?まりさのつよさに、たえられなかったんだね!
まだまだおわらないよっ!ゆっくりこうかいしてねっ!」
足を横に避けた事を、まりさは勘違いして、態度を大きくした。
既に、歴戦の覇者のような風格で、再度突撃してくる。あー、鬱陶しい。
「ゆん?」
青年はまりさを、自分の胸の辺りまで持ち上げた。
「かいぬしさん!しんぱいしないでねっ!まりさはつよいからよゆうだよっ!
あのげすを、せいさいするしめいを、はたさなければいけないんだぜっ!」
ゲスとは俺のことか?嫌われたもんだな。
と言うか、片モミれいむを切ったのは、その青年じゃないのか?何故こうなった?さっぱり解らん。
「もうよわってるから、いまがちゃんすなんだよっ!とどめのいちげき、ゆぼっ!!!?? 」
元居たケース内に、まりさは叩き込まれた。
重たい一撃を顔面に食らい、地面から上げた顔の口端から、折れた歯がボロボロと床に散らばる。
「どぼじでごんなごどずるのぉおぉぉぉぉぉっ!?」
「そういえば、まだご飯を与えていなかったね。一杯食べなさい。」
机の上で虫の息になっていた片モミれいむを、青年は掴む。
そのままケースの上部に運び、大きく頬に開いた傷口を、更に広げるように刃物で切開した。
「うばあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!れいぶぅうぅぅぅぅっ!?」
結婚宣言から新婚さん。すっきりもしないまま、パートナーがお空で崩れていく。
黒い帽子に黒い餡子が降り注ぐ。ゆっくり特有のゆっくり出来ない匂いが、体にも染み付いた。
大きな口を開けていた為、れいむの中身か飛び込んできて、慌てて吐き出す。
吐いた餡子と交じり合った目の前の黒山は、更に大きく聳えていく。
空から、ゴロリとれいむの眼球が落ちてきた。
まりさと目が合う、れいむの瞳。物言わぬその冷たい眼差しに、まりさは恐怖に震えた。
「これは形見さんだよ。大事にしてね?」
ヒラリと舞い落ちる赤いリボン。
黒い帽子のつばに引っ掛かって、垂れ下がる形になった。
『れいむっ!れいぶっ!』と、その場を動く事なく叫び続けるケース内のまりさ。
動くとれいむの餡子を踏み潰してしまう為、金縛りにあったかのように足は動かない。
『残さず食べるんだよ?』と、優しく言葉を掛けた青年が俺の元に戻ってくる。
「……いいのか?」
「何も問題ありません。コーヒーのおかわりいかがですか?」
「いや、遠慮しておく。」
大事なまりさでは無いのか?随分ぞんざいな扱いを受けているな。
その事を聞いてみると、『理論と請求を有利にさせる為の、自費投資です。』との答えが。
請求に対しての実りにはならなかったが、研究が進んだ事は喜ばしい事だと、嬉しそうに語る。
つまり、まりさモドキの役目は終わったと、暗に示しているようだ。
「昼飯の時間だな。一緒に食いに行くか?」
「いえ。申し訳ありませんが、今から用事がありまして。」
俺は青年に振られたようだ。一人で社食に向かう事にした。
『次の機会に。』との言葉を背に受けて、俺は研究所の扉を閉める。
次の機会。ね。
まぁ、そのうちな。
「ふぅ。」
青年は溜息を付く。
別に嫌だから断ったわけではない。本当に用事があったのだ。
ビーカーを片付けて、自分の机へと移動する。
遠くのケースでは、『れいむぅうぅっ!まりさのなかで、ゆっくりしてねっ!』と、狂ったように食べているまりさの姿が。
涙ながらに口を動かし、吐き気を我慢して飲み下す。腹が、ぱんぱんに膨れていく。
リボンを帽子の中に収納し、ケースの端で涙を流しながら、眠りに付いた。
嗚咽がここまで聞こえてくる。
それを背にしながら、青年は目の前にある銀色のケースを開く。
中には、ぱちぇりーが入っていた。
この研究所に与えられた資金で、購入した検体。
値が張る高級品の為、慎重に実験体とされてきた。
しかし、この検体は、ぱちぇりー種としての情報が低いとの、検査結果がでる。
抽出して開発してきた新薬も、効果が出ない訳は、根本的な部分が欠けていた為だった。
すやすやと、ケース内で寝息を立てるぱちぇりー。
この種はストレスに弱いので、麻酔と睡眠薬を与えられていた。
刃物や針で傷を付けられても起きる事は無い。昏睡に近い状態だからだ。
何も知らずに眠り続ける、哀れな哀れな眠り姫。
王子様が最後の実験の為に、甘い甘い薬をお姫様に流し込む。
「……むきゅ?」
「目は覚めたかい?」
青年は腕からバンドを外し、机の引き出しに仕舞う。
声を掛けられたぱちぇは、まだ眠そうに目を薄く開け、焦点が定まらない瞳を左右に動かした。
「おにいさんは、だれ?」
「ゆっくりさせない研究員です。」
笑顔で衝撃的な発言をする青年。ぱちぇは停止したままだ。
よく解らなかったので、もう一度質問しようと口を開けたとき、ぱちぇの頭に痛みが走る。
頭だけでは無い。その痛みは、満遍なく体中に広がっていく。目が一気に冴えた。
「ゆっ!ゆぶっ!ゆぐぶっごふっ!?」
えずくぱちぇに、白い錠剤を与える青年。
それを体内に入れられた後、不思議と痛みが治まっていく。ぱちぇの目に安息が戻ってきた。
ゆっくりできない発言は聞き間違いだったと、ぱちぇは自己判断した。
だって、今はこんなにゆっくり出来ているんだもの。悪いお兄さんでは無いはずだ。
感謝の言葉を述べようとしたその時、お兄さんの口元に人差し指が当てられる。
その行動をぱちぇは知っている。しーっ。だ。しーしーとは全く違う別の意味。
喋るな。の、合図。優秀なぱちぇは瞬時に理解して、口を閉ざす。
「感謝はいりませんよ。」
なんて素晴らしいお兄さんなのだろうか。
自分を助けてくれたのは、当たり前のことだと示している様な、魅力的なその笑顔。
感涙が、ぱちぇの頬を流れる。
「もうすぐ、死ぬのですから。」
収まった痛みが、また、頭に響いてくる。
急激では無く、滲んでくる感覚で痛みが沸いてきた。無意識に歯を食いしばる。
青年は閉ざしていたぱちぇの口に、透明なジェルを塗りこむ。白い煙が緩やかに昇り、皮に癒着した後、凝固した。
「んぎゅぎゅぎゅっ!?」
痛みが酷くなって、苦痛が増してくる。それを受けて、えれえれが腹の内部から外へと放出される。
しかし、ぱちぇの出口は閉ざされたままだ。口内に溜まって、喉の方へ逆流していく。次から次へと苦しみが押し寄せてきた。
目を見開き助けを求める。
向けた先には、全身傷痕だらけの、ボサボサ髪で飾りも無い、ゆっくり出来ないゆっくりがそこに居た。
頭の良いぱちぇは理解している。
これは、鏡さんに写った自分の姿だと。でも、理解したくないのだ。こんなに辛い現実は。
ぱちぇは、ぱちぇりーなのだ。飼い主さんが、綺麗だと言ってくれたぱちぇりーは、これじゃない。
「…………!!!?? 」
鏡の隣に写真が添えられた。
その写っているものは、笑顔でここに来た当時のぱちぇりーの、綺麗な姿。
残酷な対比を見せられたぱちぇりーは、体を振動させながら、生き地獄をその身に受け続ける。
「さて、どういう結果が出るのかが楽しみです。」
流出データーには、既に目を通している。
その内容に疑問を持っていた管理職に、研究班が知っている情報を話した。
だが、それは本来タブーだ。いくら開発チームだろうと、研究結果を教えるのは宜しくない。
部署も違うし、情報が悪戯に社内に広まったりしたら、自分は責任を取らなければいけなくなる。
だが、自分は話す事を選択した。
研究内容に関しては、かなり極秘の部分だったりする。
でも、まずは自分を信用して貰わなければならない。その為には、有益な情報提供をするのも当然のこと。
それに、あの人となら、目的の物が手に入る気がする。
「……おや?そろそろ限界ですか。」
考えごとをしていたら、何時の間にか、ぱちぇりーが動かなくなっていた。
死んではいない。虫の息という所だろう。かなりギリギリの状態だが。
生クリームを少量抜き取り、装置で測定開始。
その後、ぱちぇりーを液体が満ちたケース内に、静かに投入する。
測定結果が出るまでの間、遅めの昼食を取る事にした。青年は扉を開けて部屋を出る。
ぱちぇは、ケース内の中央で浮き沈みをしながら、周囲の液体をその身に吸収していった。
俺はベットの上で、煙草をふかす。
寝煙草は火事の元だが、何故か辞められない。クセはそうそう抜けないものだ。
気をつけて吸ってるから、大丈夫。大丈夫。
枕もとの携帯が揺れて、メールを受信した。
電話番号で受送信可能な、アドレス要らずの簡単メール。
携帯を開き、中身を確認する。
『今度の休日に、捕獲を手伝って頂けませんか?』
俺は少し思案した後、返信のメールを送信した。
※
・乱暴で大雑把な設定
・想像通りのテンプレ展開
・ビーカーにアルコールは経験済み
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- 結局れいむしか生まれなくなった原因は明かされないままかよつまんね。 -- 2013-08-07 09:38:28
- この作者どの作品も俺設定ばっかだな。 -- 2013-08-07 09:28:24
- テンプレだけでも困るがな・・・ -- 2012-10-03 04:15:54
- ぱちぇりーってなんだよ(´Д`)ぱちゅりーだろぅ -- 2011-08-16 21:10:15
- 俺設定だけで話が進むとあまり面白くない
テンプレートとは先人が生み出した英知の結晶 -- 2010-11-06 12:48:23
最終更新:2009年10月29日 19:57