首元に静かに手をやり、そこに硬く、冷たい感覚があるのを確かめる。
次に指を首と、そこに巻き付けられた金属製のリングの隙間にそっと差し込んでみる。
……指先をねじ込むくらいは可能だが、逆に言えばそこまでだ。
これを反応させずに外すのは、専門的な技術と器具がなければまず不可能だろう。
美しい銀髪を夜風に靡かせて一人嘆息する、純白のケープを思わせる程きめ細やかな肌を持った美少女。
だが、解る者が見ればまた別の感想を抱くだろう。どちらにせよ、見る者を驚愕させるのは変わらない。
彼女は一介の少女としておくにはあまりにも可憐で、――それ以上に強かった。
小難しい理屈の介入してくる余地なく、ただ純粋に強かった。
(……首輪の解除は現状不可能。参加者の人数は五十人と二人。会場の四方は海だし、脱出を図ったとして、あの男がみすみすそれを見逃すとは思えない)
努めて沈着に、少女は自分が置かれている現状を分析する。
冷たさすら感じさせる鉄面皮とは裏腹に、しかし彼女の体は、小さく震え出していた。
少女の名前はリンネ・ベルリネッタ。
DSAA・U15ワールドランク一位の座を恣にする、連戦連勝の天才格闘家である。
その強靭な肉体と有り余る才能で幾多の敵手を打ちのめしてきた彼女は、しかし無感動な戦闘狂では決してなかった。
(……フーちゃん……)
その証拠に幼さを多分に残した顔立ちには不安の色が浮かび、噛み締められた歯は時折カタカタと音を鳴らしている。
怖い。
死という生物共通の"破滅"が隣人として付き纏っている現状で平静を保っていられるほど、リンネは超人ではない。
いや、そもそも――元々、彼女は超人でも傑物でもないのだ。
それどころか、誰よりも弱い心の持ち主なのだった。
(私、どうしたら……)
名簿に名前のあった、決別した筈の幼馴染の顔が脳裏に浮かぶ。
それを必死に振り払おうとしながら、リンネは無人の一室の隅で膝を抱え、顔を伏せた。
そんな自分の姿を客観的に見たリンネの頭に、濁流のように流れ込んでくる記憶がある。
まだ弱く、幼く、情けない"リンネ・ベルリネッタ"だった頃の記憶。
虐げられるがままでやり返すこともせず、弱者の立場に甘んじ続けていた自分。
自分が弱かったというそれだけの理由で、大事な人の最期の瞬間に立ち会えなかった忌まわしい記憶。
今のリンネを形作るに至った、始まりの記憶が蘇ってくる。
(……違う)
もう、あの頃のリンネはどこにもいない。
弱いせいで何かを失う、そんな情けない自分は捨て去ったのだ。
顔を上げ、唇を噛み締めて歯の鳴る音を封殺し、拳を強く握り締めて強引にリング上の自分を呼び起こす。
ワールドランク一位の、"リンネ・ベルリネッタ"を。苦い記憶と決別した強いリンネこそが、今の自分なのだから。
(ジルコーチは居ない。居るのはヴィヴィオ選手、アインハルト選手、ミウラ選手、……そして、フーちゃん)
何故ナカジマジムの選手ばかりがこんなに参加させられているのかは分からない。
ただ、参加者の中で面識があるのは彼女達だけだ。
自分に殺し合いをする気がない以上、彼女達とはいずれ合流する必要があるだろう。リンネはそう考えていた。
……ただし"フーちゃん"ことフーカ・レヴェントンとだけは、あまり顔を合わせたくないのだったが。
リンネはどちらかと言えば無情な戦いをするファイターだ。
しかしそれは、あくまでもリング上のみの話。
生きねばならないからと言って、無情に他人を殺せるほど人間味を捨ててはいない。
故に目指すのは首輪を解除しての脱出、ないしは主催打倒。
その為にもまず、前提条件である首輪の解除をどうにかして済ませてしまう必要がある。
今挙げた知り合いの中に、そんな高度な技術を持っていそうな人間は一人も居ない。
最悪、会場に一人も解除の技術を持った人物が居ないことすら考えられる。
尤も、それは最悪の未来だ。
そうなってしまえば、いよいよ打つ手はなくなってしまう。
(……とにかく。まずは誰か、他の参加者と合流する必要が――)
そこまでリンネが考えた、まさにその時の出来事だった。
リンネが居るのは市街地エリアの一角、やや大きめの民家の一室である。
進んで此処に入ったわけではなく、目を覚ました時からこの部屋に居た。
元の住人が存在するのかどうかも分からない家の中に、扉の開く音が響き渡ったのだ。
「……ッ!」
思わずリンネは、扉の方を向く。
耳を澄ませば彼女の鋭敏な聴力は、家の中を歩き回る足音を聞き取った。
やや暫く逡巡した後、リンネは努めて静かにその場から立ち上がり――扉を開いて、廊下に顔を出す。
誰も居ないことを確認すると細心の注意を払いながら、家の中へ踏み入ってきた何者かを発見すべく、足を進めた。
もしも殺し合いに乗っていない人物ならば、それでいい。
だがもしも殺し合いに乗っていたのなら、無力化する。
リング外での暴力は決して褒められたことではないが、状況が状況だ。
悪戯に邪な考えを持つ人物が暴れ回ることを阻止する為にも、危険因子は潰しておく必要がある。
覚悟を決めたリンネと足音の主が遭遇するのに、然程の時間は要さなかった。
廊下の向こうから歩いてくるその人物を、リンネもその向こうから視認することが出来た。
「……」
リンネは、思わず自分の目を擦った。
何しろ状況が状況だ。緊張の余り私の目はおかしくなってしまったみたいだと、本気でそう思った。
「……は?」
しかし、此方に手を振りながら駆け寄ってくる"それ"の姿は変わらない。
"それ"は二本の足で歩き、人間のように二本の腕を持っていた。
だが腕の先端、人間でいう手首にあたる部分は白いゴムまりだ。
顔も鼻の部分には赤いトマトのような球状の物体が付いていて、動物のようなひげが左右対称に六本生えている。
おまけに肌の色は青い。そもそもあれを肌と呼んでいいのかすら微妙なものがあった。
頭と胴の継ぎ目の部分には、リンネの付けているものと同じ首輪が填められている辺り……参加者ではあるのだろうが。
「よかった、こんなに早く他の参加者に会えるなんて」
呆気に取られるリンネの目の前まで駆けてきた"それ"は、聞いているとどこか安心する優しい声でそう言った。
殺し合いに乗っていないのだろうかだとか、そういう諸々を考える前に、少女の口から言葉が漏れた。
「……青い、タヌキ?」
「……」
すると。目の前の仮称・青ダヌキの顔が見る見る真っ赤になっていった。
「――ぼ、ぼくはタヌキじゃな~~~~~~~~~~~いっ!!!!」
言うまでもなく、それは二十二世紀の子守用猫型ロボット……ドラえもんにとって、禁句の一言だった。
◇◇◇
「はあ、猫型ロボット……」
最早親の顔より見たと言ってもいいテンプレートなやり取りを終えて、リンネとドラえもんは情報交換を始めていた。
リンネの住まうミッドチルダでも、こうやって自我を持った上で自立駆動するロボットくらい軽く開発できるだろう。
だからロボットという話には然程驚かなかったが、流石に猫を模したロボットだということには気付けなかった。
"猫にしては耳が……"と小さくリンネが呟くと、彼は遠い目をして"色々ありまして……"と話を濁した。
子守用ロボットにも、触れられたくない過去の一つ二つはあるらしい。
「ま、まあそれはともかく。リンネちゃんは、この人達を探したいってことでいいんだよね?」
露骨に話を反らして、ドラえもんが名簿のヴィヴィオ、アインハルト、ミウラの部分をゴムまりの手でなぞった。
「この人達、リンネちゃんの友達?」
「友達……というわけではありません。しかし、頼りになるのは確かです」
にべもなく、リンネは答えた。
嘘は言っていない。高町ヴィヴィオを始めとした三人は確かに見知った相手だが、友達と呼べる間柄では絶対にない。
超えるべき障害物と、いつか辿り着く高み。
リンネと彼女達の関係は、それ以上でも以下でもない。
「そ、そっか……ぼくの方はこの三人かな。
野比のび太くん、ジャイアンこと剛田武、骨川スネ夫、しずかちゃんはいなくて――」
少しやりにくそうな様子を滲ませながら、自分の友人の紹介に入るドラえもん。
のび太、ジャイアン、スネ夫と名簿を読み上げていったところで、名簿をなぞる手が突然止まった。
「どうかしましたか?」
「そんな、バカな……ありえない……!」
まるで幽霊でも見たような顔で、ドラえもんは"骨川スネ夫"の右隣に記された名前を凝視する。
ありえない、そこにあってはならない名前だった。
過去に恐るべき野望を企て、今は牢獄の奥底で厳重に囚われている筈の"時空犯罪者"。
「ギガゾンビ……!!」
まるで小学生が適当に考えたみたいな名前だと、リンネは思った。
しかしドラえもんの浮かべる戦慄の表情が、件の人物が只ならぬ危険人物であると理解させる。
「その方は……危険な方なんですね」
無言で、ドラえもんは頷く。
愛嬌のある見た目にはとても不似合いな、重々しい動作だった。
「詳しく話せば長くなるけど、過去の世界を拠点にして自分の支配体制を敷こうとした大犯罪者だよ。
ツチダマというロボット達を部下に持ち、ギガゾンビ自身も二十三世紀の科学技術を使いこなす強敵だった……」
二十三世紀。ドラえもんが製造された時代が二十二世紀であることは、リンネも既に聞いていた。
となるとギガゾンビの持つ技術はざっと見積もって、その百年後の技術。
人間と何ら変わらないロボットを製造できるくらいに発達した技術が、そこから更に百年進むというのである。
確かに、そう考えると恐ろしい。
優先して無力化するべき参加者であることは疑うまでもないだろう。
「……相手が誰であろうと、やることは変わりません」
リンネは静かに、己の拳を握り締める。
天賦の才能と弛まぬ努力で身に着けた、少女らしからぬ鋼の肉体。
リンネ・ベルリネッタという無力な子供が、確かな強さを手にしたことの証左だ。
「敵なら、倒す。そして、越える。それだけです」
ドラえもんは、驚いたような顔で息を呑んだ。
リンネの年齢を実際に聞いたわけではないが、精々まだ中学生くらいの齢だろう。
まだまだ子供と言っていい、人生経験も浅い筈の彼女。
しかし今のリンネの言葉には、物凄い気迫があった。
この会場にいるまだ見ぬ敵を、全員倒してやる。
そんな強い意志を、ドラえもんは確かに感じ取った。
「……きみは……」
けれどドラえもんは、彼女を怖いとは思わなかった。
強さに溢れる彼女のことを、頼もしいとも思わなかった。
腐っても子守用ロボットの端くれだからなのか、彼はリンネの瞳の奥にある、弱々しいものの存在に気付いたのだ。
「きみは、怖いのかい?」
「ッ」
目の前のロボットから掛けられた予想外の言葉に、リンネはあからさまな動揺を見せる。
だが、それも一瞬。すぐにリンネの顔はいつもの鉄面皮に戻り、愛想っ気のない言葉が口から出た。
「そんな事はありません。私は、恐れてなんかいない」
本当に、とドラえもんは言わなかった。
そう言ったならきっと彼女を怒らせてしまうと悟ったからだ。
リンネが強い子だということは、ドラえもんにも分かる。
強くなければ、あんな気迫は出せない。あんな言葉は出て来ない。
けれど――きっとそれは、本当のリンネではない。ドラえもんはそう思った。
“怖いなんて感情は、弱さだ。私はついさっき、それと直面した上で打ち勝った。
恐れてなんかない……たとえどんな状況だろうと、私のすべきこと、目指すものは変わらない”
"強さ"に囚われた少女と、"弱さ"の隣にずっとあり続けたロボット。
絶対に有り得なかった筈の邂逅をもって、彼女と彼のバトル・ロワイアルは始まった。
【一日目 深夜】
【G-2 市街地(民家内)】
【リンネ・ベルリネッタ@Vivid Strike!】
[状態]健康
[装備]スクーデリア@Vivid Strike!
[支給品]基本支給品一式、ランダム支給品1~2
[思考・行動]
基本:生き残る。殺し合いをするつもりはない。
0.私は恐れてなんか、ない
1.殺し合いに乗った参加者は倒す。
2.とりあえずドラえもんさんと行動。場合によっては知り合いとの合流も視野。
3.フーちゃんには……会いたくない。
[備考]
※ウィンターカップ開幕直前からの参戦です。
※ドラえもんの知り合い(野比のび太、剛田武、骨川スネ夫、ギガゾンビ)のことを知りました。
【ドラえもん@ドラえもん】
[状態]健康
[装備]四次元ポケット@ドラえもん
[支給品]基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・行動]
基本:殺し合いを止めて、みんなで元の世界に帰る。
0.リンネちゃんと行動。少し心配。
1.のび太くん達、ヴィヴィオちゃん達との合流を目指す。
2.ギガゾンビに警戒。
[備考]
※参戦時期の概念はないようなものですが、少なくとも『映画ドラえもん のび太の新日本誕生』を経験しています。
※デイパックの代わりに四次元ポケット(支給品を除いて中身は空)が与えられています。
※リンネの知り合い(高町ヴィヴィオ、アインハルト・ストラトス、ミウラ・リナルディ)のことを知りました。
フーカについては意図的にリンネが言及していないため、知りません。
最終更新:2017年02月24日 18:26