少女の顔は――絶望と焦燥に染め上げられていた。
「そんな……夏凛、が……」
このまだ幼さを多分に残した娘が、世界を救うために異形の存在と戦う勇者であると言ったなら、一体どれだけの人間がそれを信じるだろうか。
いや、誰も信じないに違いない。
何故なら今の彼女に、勇者らしい部分はどこにもなかったから。
服が汚れることも構わず地べたにへたり込み、顔を真っ青にして歯をガチガチ鳴らしている。
その姿はどこからどう見ても、殺し合いに恐怖する哀れな少女でしかなかった。
いや――彼女は"恐怖"はしていない。
彼女はただ深く、本当に深く"絶望"しているのだ。
「ッ……う、おええぇ………ッ」
瞼を閉じれば、つい数秒前のことのようにその光景が蘇ってくる。
自分達に殺し合いをしろと言い放った浅黒い肌の男……ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
そのドフラミンゴに対し勇者らしい勇敢さで毅然と立ち向かった少女の名前は、三好夏凛といった。
勇者として申し分のない戦闘能力と気高い矜持を持っていた夏凛。
命を弄ぶ実験に否と声を張り上げた彼女の末路は、皆の知る通りである。
可憐な顔面が、首ごと宙を舞った。
千切れた断面から噴水のように赤い水が噴き出る様は、まるで趣味の悪い現代アートのようだった。
ぐしゃりと、水を吸った砂の詰まった袋を地面に叩き付けたような鈍い音と共に……地面へ打ち付けられた夏凛の首。
その光景を、少女は間近で見てしまった。
少女だけではない。彼女の妹も、友人二人も……夏凛と一緒に戦ってきた"勇者部"の全員が、それを見させられた。
口から吐瀉物を溢れさせながら、勇者にあるまじき絶望の表情を晒す少女は、"勇者部"の部長を務める身だ。
犬吠埼風。
その首にはやはり例外なく友人の命を奪ったのと同じ首輪が取り付けられており、支給品の収まったデイパックが傍らには無造作に置かれている。
「……っ、ごめん……ごめん、夏凛……ッ!!」
風は、謝罪の言葉を溢さずにはいられなかった。
予兆はあったのだ。
夏凛がドフラミンゴに啖呵を切り、蛮勇に走ろうとする予兆は。
ドフラミンゴの機嫌良さげな語りを聞いている最中から夏凛は苛立ちを隠し切れない様子だったし、そもそも彼女の性格を思えば、十分に予期の出来る展開だった。
にも関わらず……風は夏凛を止められなかった。
その結果が、これだ。
素直じゃない所はあっても、いつも勇敢でまっすぐだった勇者部の仲間は、死んだ。
勇者らしく何かを守って逝ったのならば、まだ救いようがある。
夏凛の死にはそれさえなかった。
抵抗は一蹴され、見せしめのように残虐に、あっさりと殺された。
彼女の人となりや努力をよく知っているからこそ、そんな友人の末路が痛かった。
どれほど無念だったろうと考えるだけで、胸が締め付けられる錯覚さえ覚える。
故にこそ仲間を惨殺したドフラミンゴに怒りを燃やし、風は悪魔の実験を打ち破るべく奮起する。
誰もがそう思うことだろう。
しかし今の風には、そんな勇者らしい選択を選び取る余裕すらありはしなかった。
何故か。それを解説するのなら、タイミングが悪かったから、としか言いようがない。
世界を守るために人類の敵、バーテックスと戦う存在――それが風や夏凛を始めとした勇者達である。
だが、その裏には絶望的な真実があった。勇者の切り札、『満開』に伴う代償。永久的な身体機能の喪失。
死ぬことも出来ず、勇者は生かされ続ける。
そしてそのシステムに巻き込まれ……風の妹は、夢を叶える声を失った。
自分達を騙していた、大赦。
その怒りから風は暴走を起こし、短気に走り……本来なら仲間達に止められて思い止まる所を、ドフラミンゴに拐われたのだ。
最初に風を阻む筈の夏凛は惨殺された。
加えて会場には、友奈、東郷、件の妹・犬吠埼樹までもが招かれている。
この状況で冷静に勇者らしい行動が出来るほど、犬吠埼風は怪物じみたメンタリティの持ち主ではなかった。
そう、彼女達は決して英雄などではない。
ただ力を与えられ、過酷な運命を背負わされただけの、中学生なのだ。
(……私が勇者部なんて作らなければ、樹や皆があんな目に遭うことはなかった)
思考が奇妙に冷えていく。
いや、冷えているのではない。
あまりにも過熱しているものだから、一周回って熱を感じなくなっているのだ。
風は今、冷静ではなかった。
皮肉にもそれは、ドフラミンゴに挑んだ時の夏凛と同じように。
(……私が勇者部なんて作らなければ、樹や皆がこんな実験に巻き込まれることも、きっとなかった)
無言の内に勇者への変身を完了させ、風は相棒の大剣をぐっと握り締める。
バーテックスを倒す為に戦っていた時でもこれほど強く握ったことはないというくらいに、強く、強く。
(――夏凛が死ぬことだってなかったんだ。だから、これは私の責任だ)
とはいえ風は、ドフラミンゴの甘言を真っ向から信じ込むほど馬鹿ではない。
あんな胡散臭い男の言い分など毛ほども信用していないから、夏凛を生き返らせるだとか、願いを叶える力を使って全てをなかったことに、とかは考えなかった。
風が考えたのは、仲間を守ること。
こんな下らない実験の為に命を落とす勇者部員がもう一人だって生まれないように、戦うことだった。
ドフラミンゴと、ではない。他の参加者と、だ。
――犬吠埼風は覚悟を決める。人を殺す覚悟をだ。
勇者部の仲間以外の参加者を積極的に排除して、危険分子を減らすことで皆を守る。
当然それは、勇者を名乗る人間のやることではない。
風のやろうとしていることはただの人殺しで、仲間を守る為、などというのは所詮言い訳だ。
理解した上で、それでも、と風は剣を握る。
彼女はもう、一人の仲間も失いたくはなかった。
その為なら誰かを殺したって良いと思うくらいには、風は追い詰められていた。
「……幻滅されちゃうだろうな」
そう声に出して、しかし違うとすぐに否定する。
勇者部の皆が仲間思いで優しい子達ばかりなのは、風もよく知っていることだ。
自分が道を踏み外したと知れば、彼女達はきっと自分を止めに走ってくるだろう。
顔面を殴られるくらいは覚悟しておいた方がいいだろうなと、風は苦笑した。
……仲間は守る。けれど会いたくはない。
そんな矛盾を抱えながら、風は足音を殺して夜闇に溶け込む。
皆を生かすという理想さえ叶えられたなら、この会場を出られずに果ててしまったって構わない――
風は、そんなことすら思っていた。
自暴自棄と言われても否定できない精神状態で、闇夜に忍ぶは堕ちた勇者。
そんな彼女の視界に収まった最初の獲物は、奇しくも風達"勇者"のように、どこか現実感のない装いの持ち主だった。
桜色と呼べるだろう薄い桃色のショートヘアに、花飾りがあしらわれた黒いヘアバンド。
服は学生服に近いものだが、所々の花飾りが現実感を失わせている。
子供向けの魔法少女アニメに出てきそうな子だと、風は場違いにもそんな感想を抱いた。
……こんな子を、今から殺すのか。
覚悟を決めた筈の風の心に、一抹の翳りが差す。
(――迷うな、犬吠埼風! ……お前がやらなきゃ、また仲間が死ぬかもしれないんだぞ……!!)
弱気に染まりかけた自分を必死に鼓舞して、風は音を極力漏らさないように三度深呼吸し、よし、と意味もなく頷いた。
人を殺す為に刃を振るったことなどある訳もない。
ただ、当たり前だが人はバーテックスに比べて脆弱だ。
バーテックスのような怪物とすら勝負が出来る勇者の力なら、特に苦もなく、……苦しみを与えることもなく殺せる筈。
外道を往くことを決めた風だが、彼女も出来ることなら相手を苦しませ、甚振って殺すような真似はしたくない。
一撃で、何が起きたのかすら分からないくらいの一瞬で、命を奪う。
せめてもの良心として、風は殺人の際にそう心掛けていくつもりでいた。
(……首を刎ねよう。それなら多分、一撃で終わらせてやれる)
数時間前なら考えもしなかったような思考。
戻れない所まで来てしまったなと自罰しながら風は大剣を携え――無防備な少女へと突撃する。
掛け声すらあげずに距離を詰め、振り向きかけた首筋に刃を一閃。
襲撃する前に何度も頭の中で繰り返した流れだ。
……しかし結論から言えば、風の剣が何かを捉えることはなかった。
すかっ、という空気を切る手応え。
"んな――"と、予想外の事態に風は思わず声を漏らしてしまう。
風が獲物に定めた少女は、彼女が勇者として培った経験と地力を総動員して行った奇襲攻撃を、何ら動揺した様子もなく、ステップ一つで回避してのけたのだ。
その淀みない動きは、まるで風が仕掛けてくることをあらかじめ"知っていた"かのようでさえあった。
空振った大剣を急いで引き戻し、少女の反撃に備えて構える。
だがそれも無駄に終わったことを、脚部に走る鈍い痛みと、襲ってくる浮遊感が知らせていた。
視界が大きく揺らぎ、気付いた時には、風は星々の犇めく夜空を見上げていた。
動転して一も二もなく防御に走った風の足を少女は己の細足で払い、一瞬で風のバランスを崩壊させてみせた。
そうなれば後は倒れるだけ。
仰向けに倒れた風は、何が何だか分からないといった顔で空を見上げるしかない。
精霊の防御が完全に働いていないことにすら、意識を向ける余裕がなかった。
そんな彼女の視界に、初めて標的の少女の顔が写った。
――思わず息を呑むほどに可愛らしい人相。
だからこそ、その両目が明らかに浮いていた。
彼女の瞳に宿るのは、そのファンシーとも言える装いにまるで似合わない冷たい色彩だった。
全てを見透かし、何かを悟ったような瞳。
風の背筋に冷たいものが走ったのは、当然のことと言えるだろう。
「あなたは――」
「う、おああああああああッ!!!」
少女が何か喋りかけたのをかき消すように咆哮して、風は大剣片手に起き上がらんとする。
されどその動作は、少女が一歩踏み込み、風の胸板を蹴りつけたことで中断された。
その華奢な体からどうやったらこんな力が出るのかと言うほどの衝撃が、風を無理矢理地面へ押し倒す。
それからも風は抵抗を試みたが、全て少女の的確な動作を前に阻止された。
(ッ……どうして!? 何で、こいつ、こんなに……!!)
少女は汗の一滴も流さず、風の抵抗を潰し続けている。
彼女は何か言っているようだったが、ヒートアップしている風の耳には入らない。
(こんなに……これじゃまるで、私の考えを読んでるみたいじゃないか……!!)
それでも風は諦めようとしない。
彼我の実力差を痛感させられても尚、服を砂塗れにしても尚。
どうにかしてこの状況を覆し、眼の前の少女を倒そうと躍起になっている。
……彼女の言葉には一切耳を傾けずに。
そんな様子に、暫く何か語りかけていた少女も小さく嘆息する。
そして少女はその場に屈み込むと、風の腹に足を乗せて動きを縫い止め、顔面を鷲掴みにした。
「ぐ……こ、の……離――っ」
「少し、頭を冷やして」
掴んだ頭を少しだけ前方に引いて、それから地面に骨が砕けない程度の威力で打ち付ける。
ごんという鈍い音がして――風の眼球がぐるんと上を向き。
加熱化した勇者の思考回路は、闇に閉ざされた。
◇◇◇
「話、全然聞いてくれなかったな」
小さく呟いて、勇者を一蹴した少女――もとい魔法少女"スノーホワイト"は、犬吠埼風の両手に何かを取り付けた。
石の手錠だ。石は石でも、ただの石ではない。
付属していた説明書によると、"海楼石"とかいう特別な物らしい。
"悪魔の実の能力者を無力化する"という文章の意味はスノーホワイトには分からなかったが、少し触ってみたところ、その強度は結構なものだった。
取り敢えず彼女が目を覚まし、ある程度落ち着くまではこれで拘束しておくのが安全だろう。
人目に付かない物陰へと風の体を背負って移動し、壁に凭れるように彼女を安置。
そうして、ようやくスノーホワイトは一息ついた。
スノーホワイトの魔法は"困っている人の心の声が聞こえる"というものだ。
人助けを生業とする魔法少女にはまさにもってこいの魔法で、事実人助けをしようと思うなら、これ以上の魔法はそうないとスノーホワイト自身そう思っている。
しかし彼女が魔法少女として成長していく中で、彼女の魔法も進化をし続けていった。
それも、割とえげつない方向に。
今やスノーホワイトの魔法は、戦闘中に相手の弱点が分かる、というレベルにまで達している。
反射的・無意識的な心の声も逃さず聞き届ける今の彼女の魔法を前に、奇襲攻撃などは余程の広範囲火力攻撃であるか、スノーホワイトのスペックを遥かに凌駕してでもいない限りは殆ど通用しないと言っていい。
犬吠埼風の襲撃を予見し、その抵抗を全て完璧に潰すことが出来たのは、こういった事情があってのことだ。
だが、これでも彼女の魔法は今、結構な弱体化を食らっていた。
強力すぎるとでも判断されたのか、何らかの手段で、心の声を聞き取れる範囲が大幅に縮小されているのだ。
風が奇襲を目論んでいることを、彼女に数メートル程まで間合いを詰められなければ感知できなかった。
……このことから偶然、スノーホワイトはその事実に気付くことが出来たのだが。
主催者……ドンキホーテ・ドフラミンゴは、スノーホワイトの知らない人物だった。
"魔法の国"の関係者である可能性が高いと踏んでいるが、それならわざわざ機械仕掛けの首輪なんて用意するだろうか、とも思う。
素性は不明。実験とやらを通して何がしたいのかも不明。
そういえばあの時"麦わら"とか呼ばれていた青年は、ドフラミンゴのことを知っている様子だったが――如何せん名前が分からない。
他の参加者を探しつつ、出会った参加者に"麦わら"に心当たりはないかと訊いていくべきだろう。
いずれにせよ、スノーホワイトは殺し合いに乗るつもりは毛ほどもない。
自分可愛さに他人を犠牲にするつもりもなければ、願いを叶えるなんて話を信じてやるつもりもない。
実験を破綻させ、ドフラミンゴを倒す。
その為に同じ志を持つ仲間を集めつつ、会場に巣食う危険人物達に対処していく……それがスノーホワイトの方針だった。
スノーホワイトは性善説を信じてはいない。
別に性悪説がお好みという訳でもないが、殺し合いに乗る参加者は少なくないと踏んでいる。
……現に今しがた短気に走った少女を撃破したが、彼女など、会場全体で見れば氷山の一角に過ぎまい。
問題は山積みだ。一つ一つ丁寧に、一つ残さず綺麗に片付けていく必要がある。
そんな思いを胸に、スノーホワイトは支給品の端末を取り出して名簿を起動、視線を這わせ始めた。
彼女はまだ、名簿を半分ほどまでしか呼んでいない。
風の心の声を感知してしまったことで、中断を余儀なくされてしまったからだ。
風の向かい側に立ち、参加者達の名前を確認していく――と、そこで、不意にスノーホワイトの顔が強張った。
居ては困る名前があった、というのがまず一つ。
具体的に言えば"ピティ・フレデリカ"が、まさにそれだった。
スノーホワイトが最初に撃破した魔法少女であり、最悪のクズと称されるどうしようもない大悪党。
彼女を野放しにしていれば、悪戯に事態は混迷化し、犠牲はどこまでも増えていくだろう。
早急に見つけなければ不味い。
だがスノーホワイトを真に驚かせたのは、そのフレデリカの後に並んでいる三つの名前だった。
「……ありえない」
ポスタリィ、そしてレイン・ポゥ。
スノーホワイトが実際に関与した訳ではなかったが、彼女達はとある事件に巻き込まれ、命を落としたと聞いている。
特に後者は、街一つを潰すレベルの争いの事実上の発端ともなった恐るべき暗殺者だ。
この名簿の記述を信じるならば――何と死んだ魔法少女達までもが、実験に参加させられているという。
スノーホワイトはありえない、と言った。
しかしそうなると、ドフラミンゴは死んだ人物の名前を無意味に載せているか、名前を騙る影武者でも混ぜ込んだということになる。
それもまた、どうにも考え難い話だ。
となればやはり、名簿の死者達は何らかの手段で蘇らされた"本物"なのか。
スノーホワイトは暫らく考えて、……結局、結論を先送りにした。
今の時点では情報が少なすぎて、とてもではないが判断不可能だ。
ドフラミンゴを知る"麦わら"に会うよりも優先して、この死人達に関する情報を集める必要があるだろう。
一分一秒として放置はしたくない。
可能な限り早急に見つけ出し、対処する必要がある。
「…………」
……その為にも、この少女――犬吠埼風には早く目覚めてもらわねば困るのだが、生憎と起きる気配は現状ない。
仕方がないのでスノーホワイトは、再び思考に没頭することにした。
「…………」
無言で端末をしまい、スノーホワイトは沈黙したまま、拘束した勇者の覚醒を待つ。
夜は、まだ長い。
夜天の照らされる気配は、まだない。
【一日目 深夜】
【I-5 路地裏】
【スノーホワイト@魔法少女育成計画】
[状態]健康
[装備]風の大剣@結城友奈は勇者である
[支給品]基本支給品一式、ランダム支給品1~2(確認済、武器有り)
[思考・行動]
基本:ドフラミンゴを倒し、実験を終わらせる
0.目の前の少女(風)が起きるまで待つ。
1.ポスタリィ、レイン・ポゥの情報を集める。
2.ピティ・フレデリカに最大限の警戒。発見次第倒す。
3."麦わら"なる人物を探す
4.早い内に自分の端末を探し、ファルと合流したい
[備考]
※『JOKERS』後からの参戦です。
※制限により、心の声を聞ける範囲が大幅に狭まっています。
※同様に制限で、魔法少女としての身体能力もある程度劣化しています。
【犬吠埼風@結城友奈は勇者である】
[状態]疲労(中)、全身にダメージ(中)、拘束中
[装備]海楼石の手錠@ONE PIECE
[支給品]基本支給品一式、ランダム支給品1~2
[思考・行動]
基本:仲間を守る。その為に他の参加者を排除する。
0.…………
[備考]
※九話、夏凛と交戦する直前からの参戦です。
※制限により、精霊の防御機能は一切発動しません。
最終更新:2017年02月25日 19:31