犬吠埼樹が目を覚ました時、そこは通い慣れた学校、見慣れた教室の中だった。
窓越しに見える夜空は、一面墨で塗ったみたいな黒に染まっている。
涙を流してしまったせいか、両目がヒリヒリと嫌な痛みを放っていた。
「……」
もしかしたらあれは夢だったのかもしれない。
樹は一瞬、そんな都合のいいことを考えた。
しかし現実から逃げることを、首から伝わってくる金属質の冷たさが許してくれない。
勇者部の大事な仲間、三好夏凛。
少し素直じゃないところはあったが、根は優しくて仲間思いな人だった。
樹にとっても、勇者部の他の皆にとっても、かけがえのない友人だった。
「……」
だが、そんな夏凛は死んだ。
彼女の首が飛んだ瞬間のことを、今も鮮明に思い出せる。
あまりにも冗談みたいな光景で、一瞬何が起こったのか本当に分からなかった。
千切れた首の切断面から噴き上がった血が頬に触れた時、その不快な感触を経て初めて、樹は夏凛の死を認識した。
友奈は泣いていた。
樹も泣いていた。
風と東郷は茫然としていた。
「……」
どうして夏凛さんが死ななければならなかったのか。
声に出そうとしても、樹の口は何も言葉を発してくれない。
――彼女達勇者には、"満開"という切り札が存在する。
スマートフォンの満開ゲージが満たされた時発動可能になるそれは、まさしく逆境を覆す力を秘めている。
身体能力の爆発的な向上、平常時よりも遥かに強力な武装の獲得。
詰みの状況ですら跳ね除けて勇者を未来に導いてくれる満開は、まさに夢の力だ。
されど、世の中美味い話には裏があるのが常というもの。
その例に漏れず、この満開にも大きな落とし穴があった。
「……」
それが"散華"……身体機能一つの永久的な欠落だ。
失う機能は目であったり、耳であったりと使用者によって異なるが、犬吠埼樹の場合は"声"だった。
発声機能の欠落。それは少女から言葉と夢を奪い去った。
それでも樹は、自分に突き付けられた過酷な運命を呪ってはいない。
声をなくし、友をなくし。
喋ることも出来ない身体で、絶望的な殺し合いへの反抗を強要されても。
“でも――”
樹の目にはそれでも光があった。
与えられた苦難と喪失を物ともせず、明日へ進もうとする意思の光があった。
仮に声ではなく手足が不具に成り果てていたとしても、樹は決して諦めはしなかったろう。
声があるのなら、人を言葉で説得することが出来る。
今の自分は声がないが、その分歩き、戦う為の手足はきちんと備わっている。
なら――やるべきことは一つだ。
“止めよう――勇者として”
勇者として、この哀しみを生み続けるだけの殺し合いを止める。
きっと、死んでしまった夏凛もそれを望んでいる筈だ。
それに、他の皆もきっとそうしているだろうから。
樹は、戦うことを決めた。
恐怖心がないといえば嘘になるが、それを上回る勇気が彼女の中で燃え上がっていた。
「……」
頷きの動作は決心の現れだ。
そうと決まればこうしてはいられないと、樹は座り慣れた自分の席を立ち上がってデイパックを背負い教室の外へ出る。
夜の讃州中学は昼間からは考えられない程、不気味に静まり返っていた。
そもそも何故――ドンキホーテ・ドフラミンゴが用意した殺し合いの会場に自分の通う中学校があるのか。
そこからして大分不思議なものがあったが、支給された
マップを見た瞬間、樹は深く考えるのは辞めようと思った。
10×10の枠組みに収まってしまうような小さな島にこれだけの町が密集している時点でまずおかしいのだ。
となると会場の施設や街は、ドフラミンゴがわざわざ再現したのだろう。
具体的な手段までは流石に分からないが――相手はこんな大掛かりな事を起こせる輩だ。
きっと自分には想像も付かない何らかの手段があるんだろうと、樹はそう割り切って考えることにした。
「……」
やはり第一に考えるべきは、勇者部の皆との合流だ。
他の参加者を守るのはもちろんだが、それでも皆のことが気がかりでないといえば嘘になる。
それに、今後どう動くかを勇者同士で話し合い、共有しておきたいというのもあった。
今回の事件は、いつものように襲ってきた敵を倒せば解決という単純な話ではない。
何も考えずに立ち回るのでは恐らくダメだ。
色んなことを考えながら、一人でも多くの命を救うために頑張る。
その為にも、やはり勇者部の仲間とは早い内に合流しておきたい。
“でも、それなら……此処に居たままの方がいい、のかなあ”
考える。自分がもし、別なエリアで目覚めていたなら。
その状況でマップを見て、讃州中学の名前を見つけたなら。
……他の勇者部メンバーと落ち合えると考え、まずは此処を目指す筈だ。
ならば、このまま待っているべきなのだろうか。
そんな、見方によっては怠惰ともいえる時間の使い方をしていいものか……悩む樹の耳に、不可思議な音が飛び込んできた。
“……物音?”
無人の建物の中で音が鳴ること自体は珍しくない。
建物が軋む音であったり、何か物が自然に落ちた音であったり。
だが、聞こえたのは確実に人が居なければ鳴らない類の音だった。
がさりという布が擦れるような音。
続けて、明らかな人間の足音。
耳を澄ませばそれは一度ではなく、二度、三度と連続して聞こえてくる。
“誰か、いる……!”
他の参加者の存在。
普通はまず警戒するべき場面なのだろうが、樹の場合はそうではなかった。
勇者部の誰かだったならそれでいいし、乗っていない参加者だったとしても合流したいことに変わりはない。
乗っている参加者だったなら危険だが――それでも縮こまって震えているよりかは動いた方が何倍もマシだ。
意を決して樹は、物音の方へと歩を進めていく。
音は断続的に結構な音量で聞こえている為、幸い特定は容易かった。
歩くこと四十秒ほど――辿り着いたのは空き教室。
その中から、足音は聞こえていた。
盗み聞きするようで気が引けるが、念の為まずは改めて耳を澄ましてみる。
「……?」
すると樹は、怪訝な顔をした。
“この人、何してるんだろう……?”
部屋の中の足音は、ずっと同じ場所をぐるぐる回っているのだ。
道理で、絶えず音が聞こえているわけである。
不審ではあるが、そんなことをして何になるのかが今ひとつ分からない。
結局僅かな逡巡の後、一応三回のノックをした上で、樹はおずおずとドアを開けるのだった。
本当は声を掛けたいところだったのだが――生憎と樹は声を出せない。
要らない誤解を生まないためにも、開扉と同時に両手を上に挙げて戦意がないことを精一杯アピールする。
斯くして開かれたドアの向こう。
殺風景な部屋の中で、樹を睨め付ける視線がある。
足音の主、今は視線の主であるその人物は、恐ろしい殺人者ではなかった。
かと言って――恐怖に震えている哀れな一般人というわけでもない。
「―――」
竹筒の口枷で口元を塞がれた、小柄な少女だった。
その首には"実験"の参加者であることを意味する鉄の首輪。
フーフーと肩を鳴らして樹を睨み付けている姿は野良犬の類を彷彿とさせる。
“え、えーと……”
私は敵じゃないよと口で言えれば早い場面にも、満開の代償のせいで手間を強いられる。
すっかり慣れてきた筆談で意思を伝えようとも思ったが、今デイパックに手など入れようものなら飛び掛かられそうだ。
何しろ余程機嫌が悪いのか、口枷の少女は常に樹を威嚇しているのだ。
さて、どうしたものか――少し考えた末、樹が取った選択肢はごくごく単純で、ある意味安易なものであった。
「……、……! …………、……!!」
即ち、ジェスチャー。
手話の心得などない為ほとんどがむしゃらだ。
せめて敵意がないことさえ通じてくれればそれでいい。
そういう思いで手を動かす樹の思いが、果たして少女に通じたのか――
「―――」
まだ警戒の色は消えていないが、少女の様子が少しだけ落ち着く。
視線に宿る剣呑な色合いも、心なしか幾らか和らいだように見える。
そのことに安堵しつつ、樹は彼女に信用してもらえるよう、柔らかい表情を心がけながらコミュニケーションを取りに掛かるのだった。
◇
彼女とコミュニケーションを取ってみて分かったことは一つだけだ。
それが、彼女はどうやら樹と同じく"喋れない"らしいこと。
というのも、どういうわけか口枷を外そうとしないのだ。
樹が外してあげようとしたところ、頭を振って拒否された。
樹はその時なんとなく、要らない親切だと言われたような気がした。
三十分ほどの時間を費やして、成果らしい成果はそれだけ。
名簿を見せて名前を確認しようと思ったが、これも上手く行かなかった。
筆談が通じるかも一応は試した。しかしその結果は、推して知るべしである。
お互い声を出せない、文を通じての意思疎通も不可能。
なかなかに前途多難な滑り出しと言わざるを得なかった。
“でも……なんとなくだけど、この子のしたいことは分かる”
喋れないことについてはほとんど確実だ。
その点これは、完全な樹の憶測。フィーリングである。
“あなたは――きっと、誰かを探したいんだよね?”
暇さえあれば周囲をキョロキョロと見回して、心なしか外に出たそうにも見える。
樹にはその姿が、誰かを探し、合流したがっている風に見えた。
“だったら……”
中学校に留まっているのが安牌だというのは、樹にも分かる。
しかしこのままいつまでも彼女を引き止めておくのは、恐らく無理だろう。
終いには自分を無視して外に出ようとしてもおかしくない、樹はそう思う。
かと言って一人で外に出してしまうには、彼女はあまりにも危うかった。
喋れない、意思の疎通もままならない。
"乗った"参加者に襲われてしまえば、その身体はきっと容易く血に染まってしまう。
それなら、樹が――"勇者"が取るべき行動は一つだ。
「……、………、…………!」
またも身振り手振りで、樹は自分の意思を彼女に伝える。
一緒に行こう。
一緒に、あなたの大切な人を探そう。
通じているのかは皆目分からないが、そこは諦めずに根気よく手を動かすだけだ。
「――?」
当初は首を傾げていた、少女だったが。
「――。」
やがて何かを察したのか、座り込んでいた床からすっくと立ち上がる。
樹はその時、確かに自分の思いが通じた手応えを感じた。
そのことが何とも言えず嬉しくて、樹の顔が微笑みに彩られる。
そして樹は、少女にそっと己の手を差し出した。
同時に強く、決意する。
勇者として、まずはこの子を守ろう。
この子を、きっと探している誰かに合わせてあげよう。
“勇者なら、そうしなきゃだよね。こういう時だからこそ”
されど――犬吠埼樹はまだ知らない。
無力だと思っている目の前の少女が、実は人食いの怪物……"鬼"と呼ばれる化生であることを。
何も知らないまま、声を失った勇者は狂気の実験場を往く。
その行き着く果てに待つのは、勇者らしい栄光か。
それとも――冷たい絶望か。
それはまだ、誰にも分からない。
【一日目 深夜】
【H-7 讃州中学三階】
【犬吠埼樹@結城友奈は勇者である】
[状態]健康、発生機能が"散華"
[装備]なし
[支給品]基本支給品一式、ランダム支給品1~3(確認済、武器はなし)
[思考・行動]
基本:勇者として、一人でも多くの人を助ける。
0.女の子(禰豆子)を探し人に会わせる
1.勇者部の皆と合流
2.用が済んだら学校に戻って皆を待ちたい
[備考]
※声を失って以降からの参戦です。
※禰豆子の名前を知りません。
※制限により、精霊の自動防御は一切機能していません
【竈門禰豆子@鬼滅の刃】
[状態]健康
[装備]竹の口枷
[支給品]基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・行動]
基本:…………
1:…………(樹にはまだ微警戒)
[備考]
※VS蜘蛛家族編、累と対峙する前からの参戦です
※鬼としての不死性が劣化しています。
最終更新:2017年02月27日 21:25