目が覚めた時、背中に冷たく硬い感触があった。
見てみれば、それは墓石だった。
書いてある名前に覚えはない。
何処の誰かは知らないが、死んだ後にこんな催しの小道具に使われるとは災難なことだ。
“……にしても、どうなってやがる”
自分の傷一つない腹筋を服越しに撫で、逆蔵十三は苛立ちを隠し切れない様子で舌打つ。
それも詮無きことだろう。
何せ逆蔵にとって今の状況は、何もかもが理解不能であった。
未来機関の殺し合いはどうなったのか。
自分は腹を貫かれ瀕死の重傷を負っていた筈だが、こうして軽く触ってみた分には痛みは愚か、傷跡すら見当たらない。
「あのクソ野郎に治されたってことか」
考えられる可能性はそれだけだ。
だが、それでも非現実的な話であることは変わらない。
どんな最先端の医療技術を用いても、あの深手をこんなにあっさり治すなど普通に考えれば不可能だ。
しかし事実、逆蔵の身体にあった筈の致命傷は完全に消えている。
ほぼ気合だけで生き永らえている状態だったにも関わらず、だ。
「……余計な真似しやがって」
吐き捨てる。
本当に、余計なことをしてくれたものだ。
何もかもが腹立たしい。
何より――口ではそう言いつつ、内心では延命されたことに安堵している自分がいること。
“未練がましい男だな、俺も……”
全てを懸けて尽くすと決めた相手に見捨てられ、それでもまだ其奴の役に立ちたいと考えている。
ドフラミンゴの"実験"というイレギュラーな状況で、彼を助けられることに喜びを感じている。
女々しい。情けない。見苦しい。
自罰の言葉は山程思い付くし、いっそ死んだ方がとも思う。
“良いさ……アイツが居るってんなら、俺がやることは一つだ”
それに、確かめたいこともある。
あの"セレモニー"の時、逆蔵は群衆の中に未来機関の同胞――宗方京助の姿を見出した。
宗方が居るなら自分は、今まで通り彼を支える為に全力を尽くすだけだ。
見捨てられても、切り捨てられても、それだけは変わらない。
問題は、彼の他に誰が居るのかということ。
断っておくと逆蔵は、別に他の未来機関支部長が招かれていたとしても、一切合流などは考えていない。
端的に言って、信用出来ないからだ。
あの殺し合いは中断されてしまったが、彼らから襲撃者の嫌疑が晴れたわけではない。
そうでなくとも、気に入らない面子ばかりだ。
逆蔵は、少なくとも"今のところは"殺し合いに乗るつもりはなかった。
それでも、宗方以外の支部長と協力して主催打破に向け動きたいとは微塵も思わない。
その理由は、先程述べた通りである。
――気に入らない。
かつて"超高校級の絶望"を打倒した苗木誠やその仲間達であれば、確かに反主催勢力の基盤となることも可能だろう。
支部長の座にまで上り詰めた才能溢れる男にはあるまじき、非合理的で感情的な考え。
逆蔵自身、下らない私怨、逆恨みだとは分かっている。
だからと言って、こればかりは如何ともし難いところだった。
「……は?」
名簿を開き、目を通し。
宗方と自分の名前を確認し、次の名前を見たところで視線が釘付けになる。
右側に並ぶ安藤、十六夜、忌村の名前など、最早目にすら入っていなかった。
「雪染……!?」
雪染ちさ。
その名前がそこにあることは有り得ない。
何故なら彼女は、あの殺し合いで一番最初に殺害された被害者である。
致命傷とはいえまだ生命活動自体は続いていた自分とは訳が違う。
「わけが分からねえぞ、どういうことだよ一体。
アイツが本当は生きてたってのか? だったらあの死体は替え玉――いや、そんなことは有り得ねえ!」
雪染とも、付き合いは長いのだ。
服装と髪型を似せた程度の替え玉ならば、あの切羽詰まった状況でも確実に看破出来た筈。
百歩譲って自分の目が腐っていたとしても、彼女と親密だった宗方に分からない筈はない。
断言出来る。あの時、襲撃者に殺害された雪染ちさの死体は、間違いなく本物の雪染のものだった。
なら、この会場に居るという"雪染ちさ"は一体何者なのか。
“何であれ、注意するに越したことはねえか”
死者が蘇った等という荒唐無稽な話は、可能性の内にすら含めない。
第一逆蔵は、ドフラミンゴが語った全知全能の力とやらについても全く信用していないのだ。
殺し合いに乗って首尾よく優勝したとして、おめでとうでは死ねと、呆気なく首を飛ばされるのが関の山だろう。
あの手の輩は、所詮そんなものだ。
となるとこの会場に居るらしい"雪染ちさ"は、それこそ替え玉と考えるべきだろう。
信用に値する相手では断じてない。
実際に会ってみたいという思いがないといえば嘘になるが、現状はこれ以上考えても無駄だと、逆蔵は判断した。
「で……安藤に十六夜、忌村か」
残る三名の見知った名前を前に、思わず口から嘆息が溢れる。
安藤流流歌と十六夜惣之助はそもそも論外。
流流歌は躊躇なく他人を殺せる性格の持ち主だし、十六夜は彼女の恋人だ。
仮に殺し合いに乗っていなかったとしても、二人は――特に流流歌の方は人格が厄介過ぎる。
もっと言えば、あの女は腐っているのだ。
忌村静子については、まだ信用出来る。
薬剤師としての才覚も、その人格も。
流流歌と十六夜に比べれば、何倍もマシである。
それでも、逆蔵は狙って合流しようとする必要はないと考えた。
忌村だけではない。宗方についても、そうだ。
宗方に自分は一度見捨てられている。
腹を貫かれ、殺されかけた。今更どんな顔をして彼に会えばいいのか、逆蔵には分からない。
“だが……アイツの敵は、俺の敵だ”
だから、見えないところから宗方を助ける。
彼は間違いなく殺し合いに背き、主催を討つ方向で物を考えている筈だ。
ならば自分は、それを邪魔する障害物の除去に努める。
宗方京助の敵を――殺す。
あの殺し合いの時と同じだ。
彼がそれを望まなくとも、期待せずとも。
自分はまた、宗方の為の暴力装置となろう。
「……行くか」
背を墓石から離し、立ち上がる。
まずは取り敢えず島を適当に一周でもしてみるかと、そう思った瞬間のことだった。
「――おーい、そこのあんた!!」
声がした。
まだ少年期の面影の残る、中学生かそこらの声だった。
「……あ?」
「おっと、そうおっかない目で見ないでくれよ。俺は殺し合いなんてする気はないんだ」
軽薄そうなガキというのが、逆蔵の彼に対する第一印象だ。
両手を挙げて笑みを浮かべている様はなかなかどうして癪に障る。
だが、胆は座っているようだった。
この状況だというのに、彼からは一切の物怖じした様子を感じない。
ただの能天気な馬鹿かとも思ったが、どうやらそれも違うようだ。
その根拠は彼の目――そこには逆蔵が忌む"ある男"のような、特大の死線を潜った者特有の光があった。
「俺の名前は七原秋也。重ねて言うが、殺し合いには乗っちゃいない。あんたはどうだ?」
「ハッ。何だって見ず知らずのてめえにンなことを教えなくちゃならねえんだよ」
「おいおい、コミュニケーションくらいしてくれよ」
少年――七原秋也は逆蔵の返答に参ったな、という顔をする。
逆蔵にしてみれば、彼が何者かなど極めてどうでもいいし、興味もなかった。
殺し合いに乗っていないのならば、今のところは自分が排除すべき相手ではない。
ならばそれは、干渉する必要もない相手であるということだ。
「仕方ない、じゃあ一方的に喋らせてもらうぜ。
あんた長話とか嫌いそうだからさ、いきなり核心に入るけど――」
粗雑にあしらっても尚しつこく喋る七原に、逆蔵はいっそ拳の一発でも打ち込んでやろうかと思う。
そうすれば恨みは買うだろうが、静かにはなるだろう。
時間の節約と精神衛生の為だ、悪く思うんじゃねえぞ――そう思って拳を握り締めた時、七原が無視できないことを口にした。
「――俺はこの殺し合い……"プログラム"を、一度経験してる」
「……何?」
プログラム。耳慣れない単語だったが、それについては一旦置く。
重要なのは目の前の七原という少年が一度、今回のような殺し合いを経験しているということ。
「ただ取締役はあんな派手な男じゃなかったし、全知全能の力なんて素敵な賞品もありゃしなかったけどな。
あんたも知ってるだろ、国がやってる"プログラム"。正真正銘、俺がやらされたのはそれだった。
今回の"実験"と細かいところ以外はほとんど同じ。ドフラミンゴは間違いなく、"実験"をやるにあたって"プログラム"を参考にしてる筈だ」
「待て。お前、何を言ってる?」
「何って、だからドフラミンゴは"プログラム"を――」
「その前だ。国が、こんなことをやってるだと?」
「……おいおい、もしかして"プログラム"を知らないのか?」
驚いた様子を見せる七原に、驚きたいのはこっちだと心の中で毒づく逆蔵。
そもそもからして、今の発言は意味が分からなかった。
国が殺し合いを主催するなど、バカも休み休み言えという話だ。
"超高校級の絶望"の台頭によって世界中の秩序は一度破壊され、今も復興に向かっているとはいえまだまだどこもかしこも発展途上。
"絶望"が国家運営の真似事でもしていた可能性はあるが、彼の様子を見るにそういうわけではないらしい。
となるとあの絶望的事件の前にまで遡ることになるが、そっちはもっと有り得ない。
何しろ秩序が保たれているのだから、殺し合いの主催などそもそも口に出した時点でとんでもない非難を浴び、社会的に失墜してお終いだ。
「そんな下らねえ戯言をほざいて、俺が騙されるとでも思ったかよ」
「……オーケイ、オーケイ。なら悪いけど、もうちょっとだけ付き合ってくれ。情報の共有がしたい」
「必要ねえ。少なくとも俺はな」
「だったら時間の無駄と思った時点で、ぶん殴るなり投げ飛ばすなりして構わないさ。
頼むよ。今のあんたの答えは――俺としてもちょっと予想外だったんだ」
逆蔵は、すぐに七原を殴りはしなかった。
彼自身、七原の話が気にならないといえば嘘になるからだ。
あまりにも馬鹿げた、戯言としか思えない話。
にも関わらず、それを語る七原に嘘を言っている様子は全くなかった。
……もしやはり聞く必要のない話だったなら、その時は彼の言う通り殴り付けてやればいい。
そんな思いで、逆蔵は七原の求める"情報交換"に応じることにした。
七原にとって、逆蔵の語った内容は荒唐無稽に過ぎるものだった。
一人の女子高生が扇動の末に世界を滅ぼしたなんて話、フィクションの中でもそう見ない。
逆蔵にとっても、七原の語った内容は荒唐無稽に過ぎるものだった。
国ぐるみの殺し合いなど序の口だ。大東亜共和国等という国自体、逆蔵の知る歴史には存在しない。
お互いが、お互いの話の内容を前提からして理解出来ない。
そんなシュールですらある状況が、夜の墓地で繰り広げられていた。
「……こりゃお手上げだな。どうなってるんだかさっぱり分からない」
さしもの七原も、これには肩を竦めるしかない。
自分の知る常識が、相手には全く通じないのだ。
逆蔵もまた、苛立たしげな顔をしている。
彼が七原と同じ心境であるのは誰の目から見ても明白だった。
「これじゃあまるで――住んでる世界が違うみたいだぜ」
「……あ?」
「よくあるだろ、パラレル・ワールドってやつさ。
俺も馬鹿げた話だと思うけど……流石に此処まで話が噛み合わないと不自然だ」
パラレル・ワールド。
逆蔵とて、そのくらいは知っている。
俗に並行世界理論と呼ばれる考え方だ。
確かにそれに当て嵌めたなら、この状況を説明出来るだろう。
「……下らねえ」
だが、そんなことは有り得ない。
逆蔵はいよいよ興味を失って、その場で踵を返しかけた。
「何だ、もう行っちまうのかい?」
「誰かとつるむ気はねえ。付いて来るなら、痛い目を見て貰うぜ」
「やれやれ……そりゃ残念だ。じゃあ最後に一つだけ、お節介を焼かせてくれ」
七原は出来れば逆蔵と同行したいと考えていたが、こうまで頑なに拒否されては仕方がない。
しかし、彼に絶対に伝えておかねばならないことが一つあった。
もう二度と、不要な犠牲を出さない為に。
――"奴"の手に掛かって命を落とす人間が、出ないように。
「桐山和雄」
神童と呼ばれた、七原の同級生。
そして――
「前の"プログラム"で、多分一番多く殺した奴だ。名簿にそいつの名前があった」
「……さっき言ってることと話が違うじゃねえか。
生き残ったのはお前と、中川とかいう女だけって言ってたろうが」
「そう、それが分からない」
七原の歯切れが悪くなる。
その"桐山和雄"の名前がそこにあることの意味が分からない、そんな声色だった。
「桐山は確かに死んだ――あいつは人間離れした奴だったけど、流石にあれで生きてたら人間じゃない」
だから、もしかしたら偽物って可能性もある。
少し言い悩んだ末、七原はそう付け足した。
逆蔵の足が止まる。彼にとってもそれは、他人事ではなかった。
雪染ちさ。死んだ筈の同期。何故か名簿に名前の記されている、死人。
「でも、偽物だったとしても……一応は気を付けておいてくれ。
オールバックのイケメンだ。前はイングラムって銃を使ってた」
「そうかよ。頭の片隅には留めといてやる」
逆蔵はぶっきらぼうにそう言い残し、また歩き始めた。
今度は、その足取りは止まらない。
敵の排除という目的のみを胸に、歩んでいく。
“桐山和雄……か”
雪染と同じ、既に死んでいる筈の人間。
だが殺し合いに乗るような危険人物であるならば、逆蔵にしてみれば本物だろうが偽物だろうが同じことだった。
宗方の障害になるのなら、誰であろうと殺す。幾らでも、潰す。
七原秋也は逆蔵十三に桐山に気を付けるよう促したが、彼は逆蔵の心境を見抜くことは出来なかった。
今の彼は、ある種自暴自棄の境地に近い。
そんな男に危険人物の名を教えたのなら、どうなるかは自明だ。
“見捨てられちまっても、アイツには生きてて欲しい。
その為になら、どれだけだってブッ殺してやるさ。――ああ、どれだけでもな”
危険な決意を瞳に宿して、"元・超高校級のボクサー"は夜の闇に消えていった。
「にしても大丈夫かね、あの人」
一人残された七原は、そう呟いた。
同行者の確保が急務と考える七原にしてみれば、あの場で逆蔵に着いて行く選択肢も十分にアリだった。
しかしそうしていたなら、躊躇なく彼は自分を殴り飛ばしただろう。
そう長い人生を生きているわけではないが、あの男からはそういう粗暴さを感じた。
どこか危うげな――辛うじて道を保っているような粗暴さを。
「……"超高校級の絶望"か。悪い冗談だぜ、全く」
彼から聞いた話を反芻して、七原は苦笑する。
正直、全てを信じたわけではない。
というより、信じられるような内容ではなかった。
なのに彼には全く嘘を言っている様子が見られなかったのが、困り物だった。
「ま、深くあれこれ考えるのは後回しだ。
まずは誰か、一緒に動いてくれる奴を探さないとなっ」
七原秋也――過去、"プログラム"を破壊して脱出した大東亜の反逆者。
その立ち位置は、この"実験"においても何ら変わらない。
狙うのは主催者、ドンキホーテ・ドフラミンゴへの痛烈な"ダンクシュート"。――それだけだ。
【一日目 深夜】
【A-5 墓地】
【逆蔵十三@ダンガンロンパ3】
[状態]健康
[装備]なし
[支給品]基本支給品一式、ランダム支給品1~3(確認済、武器あり)
[思考・行動]
基本:宗方を勝利させる
0.宗方の障害になる人物の抹殺。
1.桐山和雄は遭遇次第可能ならば殺害。
2.雪染や桐山のような"死んでいる筈の人間"には強い警戒。
3.誰かと徒党を組むつもりはない。
[備考]
※宗方に刺された直後からの参戦です。
※七原秋也から
【バトル・ロワイアル】の世界観について聞きました。
【七原秋也@バトル・ロワイアル】
[状態]健康
[装備]なし
[支給品]基本支給品一式、ランダム支給品1~3(確認済、武器あり)
[思考・行動]
基本:ドフラミンゴに強烈なダンクシュートを決める。
1:取り敢えずは仲間を探す。
2:桐山には最大限の注意。
[備考]
※本編終了後からの参戦です。
※逆蔵十三から【ダンガンロンパ3(未来編)】の世界観について聞きました。
最終更新:2017年02月26日 22:05