太平洋沖。
四隻の大きな船が大海原を駆けていく。
「Oh! 見えて来ましたネ……エキゾチック・ジャパン!!」
その内の一隻の甲板の上、最前線で目を細めて遠くを見やる女が一人。
白い軍服に身を包んだ、金髪碧眼の少女であった。
「凡そまだ見ぬニュー・フロンティア。何もかもが楽しみなのデスが……」
ワクワクとした感情に目を輝かせながら、身を震わせて感情を表現する。
「かの国にミッシェルみたいな娘が降り立つ時には作法があると聞いていマス!」
ミッシェルと自らを呼んだ少女は、笑顔で意を決したように拳を握り……
「郷に入っては郷に従え(when in Rome, do as the Romans do)、デース!」
――そのまま、直下の水面へとダイブした。
神奈川県・横須賀市。
海上自衛隊の駐屯地では、船から足音をコツコツと響かせて降りて来る者がいた。
公安隠密局。護国の楯である。
埠頭に降り立ち、何事もなく夕日が沈んでゆく太平洋の先の水平線を眺める。
本日の忍務も、何事も無く完遂できそうだ。
凪いだ海を眺めるその心は、この上なく穏やかだった。
――瞬きひとつの内に、四つの黒い鉄の塊が現れるまでは。
「……はっ!?」
一度、また一度目を閉じてから開き、自らの頬を抓る。
落ち着いた彼女らしくもない行動を繰り返した後、目の前の光景が現実であることを再確認する。
――間違いない、軍艦だ。
本能的に危険を察知し、早く大本営に知らせなければと瞬時に判断。
護国の楯は海に背を向け駆け出した。そうしようとしたはずだった。
「――待ってくだサイ、そこのオネーサン!」
明るい少女の声に、返したはずの踵が自然とそちらの方を向いてしまう。
年齢からすれば、高校生だろうか。
夕焼けにくらむ目に映ったのは、太陽より煌めく金髪に、海の色より深い碧眼。
透き通るような肌に、イタズラっぽく笑う表情。
――そして、無骨な基地には全く似合わない、真っ黒なビキニだった。
全てが異質な目の前の女こそ、この異常事態の元凶に違いない。
普段通り冷静でさえいられたならば、議論の余地なくそう結論づけられていただろう。
しかしながら護国の楯は、何故かその女から目を離すことが出来ずにいた。
「ミッシェル、この国にはさっき来たばっかりなのデス。ヒトリボッチで、淋しいデス」
その弱々しい口調は心を揺さぶり、どことなく寂寞とした感情が引き起こされる。
一歩また一歩と近づいてくる美少女に、釘付けにされてしまう。
「――だからミッシェルは、アナタと”トモダチ”になりたいデス!」
声色一転、弾けんばかりの笑顔になったミッシェル。
突然右手を捕まれ、たじろぐ護国の楯。
――思えば、最後にこうして人肌に触れたのは、いつだっただろうか。
「ねッ? いいでしょう、アテナ?」
「う、あ」
アテナと名前で呼ばれた護国の楯が最期にかろうじて発せたのは、言葉とも呼べない返答だけであった。
「OKデスね! ――それじゃ、バイバイデス!」
襲いかかったのは、数え切れないほどの銃声。
恥ずべき背中の銃痕で埋め尽くされ、護国の楯は還らぬ人となった。
「……あっけないデス。”こんなの”が国を守ってたってことデスか?」
亡骸を前にしゃがみ込み、物足りなさそうな顔をするミッシェル。
「でもでも、その力は十分役に立ったのデス。誇るといいデスよ」
ミッシェルの後ろで虚ろな表情の自衛官たちが整列し、彼女に向かって敬礼をする。
彼らは護国の楯に忠実に付き従っていた部下たちだった。
弾けんばかりの笑顔を向け、彼らの腕に自分の腕を絡ませながら、ミッシェルは海に向かって叫ぶ。
「ぜーんぶ、ミッシェルのものデース!」
その顔には明るくも何処かに影のある笑みが浮かんでいた。
それは海原の果ての果てより、誰にも予期されることなく現れる。
それは他人の心を容易く掴み、”トモダチ”の力を我が物とする。
それは多彩な攻撃を幾重にも張り巡らせ、全くの同時にその全てを叩き込む。
見る者全てが魅惑される、帰国子女にして水着姿の美少女である。
私立御斎学園。"交換留学生"(フレンドシップ)。
黒船、ミッシェル・ペリー。
最終更新:2021年04月28日 20:07