霞が関からほど近い、斜歯の医療施設。
常より遥かに厳重な態勢が敷かれたその場所にて、黒潮一人は身を休めていた。
「……結局、何も変わらなかった……いや、ひとつ大きく変わったか。」
「鞍馬のこれからの動向について、現在調査を急がせているヨ。」
返事を返すうちの一名は、Dr斜歯である。
「葬儀は済ませたらしい。次期頭領を巡ってひと悶着あるかといったところかネ。」
「ああ頼む。私は今手が回らんからな。会合については、感染症にかかったことにしてキャンセルしてもらおう。」
「第二研究所のデータについては、先だって送付した通りだ。例の件については……」
ベッドに横になった姿のまま、複数の端末を操作し、各所の部下とやり取りをする。
大統一を間近とした大流派といえども、一つの組織に過ぎない。
それをまとめ上げる彼がいてこその、斜歯忍軍なのであろう。
頭領はかくも忙しい。
「何も変わらなかった闘いだったが、収穫はあった。」
「三種の神器を再現できればまた一歩目標に近づく。」
「解析は済んだ。今回ばかりは、私もそちらに力を入れなければな……」
それはあらゆる忍法、あらゆる人心を掌握する、全能を汎用とする万能。
斜歯忍軍。"最高経営責任者(CEO)"。
国士無双、黒潮一人。
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柳生の屋敷。その庭の一角に、一本の大太刀が突き立てられている。
墓を建てるなという三巌の言いつけに従って用意された、簡素な荼毘の証。
もちろん、彼は墓を建てず、弔いもせずというのが許される立場の人間では無かった。
しかるべき葬儀は大々的に執り行われ、日本剣術の正統なる伝統者に対し、数々の惜辞が送られた。
しかるべき墓碑が建立され、柳生の歴史とともに、その業績が展示されている。
しかし、真に三巌の遺志を識る門下生たちは、主を失った屋敷の庭の端、一本刺した剥き身の大太刀へと手を合わせる。
ここに集いしは、柳生の門下生にして、三巌の遺志を継ぐ鞍馬神流の上忍頭たち。
たった一つの頭領の座をかけて、闘いが始まろうとしていると、そう理解していないものは一人としていない。
三巌の墓標を前に、手を合わせ、黙祷し、頭を上げた刹那、一斉に斬りかかる。
彼ら皆、三巌の遺志を識る者たち。これが、三巌と対して真なる供養たると識る者たちである。
三巌の遺志は、継がれている。
勝利したのは、三巌の墓を模して突き立てられた大太刀を抜いて窮地を脱した一人の男。
師の墓標さえも闘いの道具とする彼ならば、三巌の遺志に違うことはないだろう。
それは自在の剣戟を一つの太刀筋に帰結させる、剣の術理を否定する剣闘士。
鞍馬神流。剣闘士“ブレードバトラー”。
深剣、柳生三巌。
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それは、どことも知れぬ暗闇の中。
影が、二つ。
あるいは、それは影か真かもしれぬ暗闇の中であるとしても。
二人の足取りは、どこか真っすぐで、ゆくべき先を知っているかのようでさえあった。
「"天上天下"は残念だったけど……」
「"深剣"だけでも、あの人には良いお土産になるよね。」
「彼岸にては、敵う由もない。か。」
影の一人は、石蒜。もう一人の影を見遣り、涼し気な雰囲気を漂わせている。
影の一人は、三巌。もう一つの影に従いて歩く彼は、その身に幾本の断ち痕を残している。
既に三度。
どことも知れぬ暗闇の中で、石蒜を目の前にして直ぐに理解へと至った三巌が、嬉しそうに挑む闘いが。
既に三度。
一太刀も返すことのなく、石蒜の鎌にその存在を断たれた敗北が。
此処は既に此岸にあらず。
彼処において、彼岸において、死神に敵う道理は無い。
「さっ、行こうか。お望み通りこれからいくらでも戦えるよ?」
にこり、と笑いかける。
「おうよ。永劫の深みの先、いずれ勝ってみせよう。」
「それは楽しみだね。」
「"ようこそ、こちら側へ"」
その言葉を最後に、二つの影が暗闇へと溶けていく。
それは“死”そのものの象徴。彼方より現れし絶対なる訪れ。
死神(リーパー)。ハグレモノ。
"死に近き"石蒜。
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「――なるほど、彼が冥界でも戦い続けると言うのなら、彼らしいというものです。」
どことはなしに、その影武者を真似たようにひとりごちるのは、安倍信明である。
場所は首都高。一台の車が周遊するその後部座席で、タブレット端末を操り、『六合統一の儀』以降の彼らの動向を細かに追跡している。
決戦で負ったはずの太刀傷は見当たらない。
瞬時に治癒してみせたのか、あるいは真に斬られてはいなかったのか。
そもそも、その場に居たのは彼自身であったのか。
それとも、この場に居るのが彼自身であるのか。
概そ、動向の確認が済んで。
「しばらく、彼らが表に立つことはない。それなら、私もしばらくは影のままでいられそうです。」
彼が居るのは、高速道路という見まがうはずのない場所で。
しかし、誰もがそれを見失う。
「影なので、日の当たるところからは退散しましょう。」
その車を、その存在を見失った首都高の先。
道路脇に見えるビル壁のディスプレイには、影武者であり偽物――進次郎の笑顔が大きく映し出されていた。
それは三千年の歴史を歩み、一億の命を背負う国体の守り手。
比良坂機関。”最後の砦”
国体護持、阿部信明。
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太平洋上。梯形に陣行する四隻の黒船。
その一つ、サラトガ号の看板上で、仁王立ちするミッシェルの姿がある。
「テンジョーもテンゲも手には入りませんでしたが……」
その表情は、敗北を喫したにしては晴れやかであった。
「”トモダチ”はいっぱい出来マシタ! 秘密裏な条約も結んだことデスし、今回はこのくらいでカンベンしてアゲましょう!」
その背後では、サラトガ号の船員たち、その一人一人が海外の御斎にて修練を積んだ忍者たちが、情報の処理と、艦船の整備に尽力している。
そして、奥の私信室では、交渉術のエリートたちが、各国に広がる御斎の忍者たちとの連合交渉を取り纏めている。
それは、『ミッシェルのために』。
「最後の様子を見るに、またチャンスもありそうデスし……」
「ワールドワイドに広がるオトギのパワー、見くびらないでくださいネ? ジャパニーズピープル?」
アッハッハ、と高らかに笑うミッシェルだった。
それは如何なる者の心も掴み、その力を我が物とする侵略者。
私立御斎学園。"交換留学生"(フレンドシップ)。
黒船、ミッシェル・ペリー。
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ゴン、と。
最後の音を立てて、岩戸は閉ざされた。
『六合統一』の、忍者界最大のその祭囃子に口を開いた岩戸は、暫くその封を解くことは無いのだろう。
唯仁はそこに坐し、臥し、また漂っている。
封がされている永劫の間。
あるいは、彼がその神性から解放されるその刻まで。
「案外、悪くないものでした。」
神の力を解析され、力を奪われる。
唯の人に戻るような感覚。
「いつか、全ての隠鬼の血統の子たちも、ただの人として幸せに暮らせる世の中が来ると……」
「期待していますよ?一人さん。」
それは誰も知らぬ、誰も語らぬ。故にこそ顕れる神代の神秘。
親王(インペリアル)。現人神(デミゴット)。
隠されし唯仁。
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忍神の遺した万能の秘儀、“天上天下”。
どんな願いも叶えるというその忍法は、されど誰にも扱うことすら出来なかった。
───ここに、6人の修羅が集うまでは。
それはあらゆる忍法に精通し、あらゆる忍法を手中に収める者。
それは誰よりも武芸を極め、すべての神器を封じる者。
それは如何なるものも捉えられず、なにものにも縛られぬ者。
それは悠久の歴史を受け継ぎ、国の礎を守り抜く者。
それは未だ若木なれど、故に無限の可能性を有する者。
それは人に非ずとも、なればこそ神と崇められる者。
全員が、頭領。
全員が、最強。
忍術バトルRPGシノビガミ 頭領セッション
「畏神(ビガミ)」
______終。
最終更新:2021年05月18日 10:06