リビアでは、
ブラックハウスとヒップギグが闇夜の中で南進を始めようとしていた。この広い砂漠のどこに
ロンメル隊が潜んでいるのか、全くわからなかった。だが間違いなく敵はいるのだ。
ブラックハウスはヒップギグに先行し、フェンダー級のそれより強力なレーダーを駆使して警戒に当たっていた。だが砂漠地帯のミノフスキー粒子濃度は意外に高く、レーダーはほとんど頼りにならなかった。
それでも
ブラックハウス隊は砂漠を進む。夜が明ける頃には、二隻の船はロンメル隊の懐深くに入り込んでいたのだった。
「レーダーに微弱な反応!9時の方向、距離8000にMSがいる模様です。数は3、接近してきます!」
朝日が差し込む艦橋では、今日もまたカントーが接敵を報告していた。クルーの視線が一斉に左舷に向けられる。起伏がある地形のためMSの姿は確認できないが、敵が移動したためにあがったらしい砂埃が見えた。
砂埃はかなり大規模に上がっていた。
「三機のMSだけとは思えません。かなりの大部隊と思われます。」
双眼鏡を覗いていた京があずにゃんに言った。あずにゃんも同感だった。少なくとも戦車が10輌はいそうだ。さもなければあれほどの砂塵が舞い上がることはないだろう。
「ロンメル隊は私たちが思っているよりも強大なものなのかも知れません。先手を打って攻撃します。MS隊発進準備!」
あずにゃんはそう言うと受話器をとり、ヒップギグを呼び出した。艦橋正面のモニターにヒップギグのリツが映し出される。
「リツ先輩、左翼の敵に攻撃をかけます。ヒップギグは艦砲射撃で支援をお願いします。ブラックハウスはこのまま敵に向かいます!」
「合点承知だよ!ミオ、左翼の敵に主砲全力射撃用意!!」
「まず副砲で距離を測った方がいいんじゃないか?」
「チマチマしたのは嫌い!」
通信が切れ、アークがあずにゃんに報告を上げる。
「
ブラックサンとマスパは発進準備完了、
ヤラナイカも間もなく出られます!BlackCatはジャイアントバズの最終調整がまだ終わりません!」
あずにゃんはそれを聞くと今度は艦内通信を開いた。
「ハルヒさん、ジャイアントバズの調整はまだかかりますか?」
「わからないけど、5分でなんとかしてみせるわ。」
「4分でお願いします。」
「やってみる。ユキ!手伝ってちょうだい!」
通信が切れ、あずにゃんは再び受話器を置いた。丁度その時、後方のヒップギグが全砲門を一斉に開いた。
ロンメルは自ら砂漠仕様のザクを駆り、最前線で指揮をとっていた。だが、彼の指揮するMSは自身のものを含めて3機しかいなかった。カントーの報告は正しかったのである。しかし、MSに付随して走るトラックがいた。
トラックの荷台には航空機用のプロペラエンジンが回っており、これが砂塵を派手に舞いあげていたのである。これこそ、ロンメルが得意とした砂漠ならではの欺瞞作戦であった。彼はこの他にも農業用の犂のような装備も用いていた。
これはプラウと呼ばれ、トラックの両サイドに取り付けられていた。プラウからは数本の爪が伸び、これが地面を引っ掻いて舞い上がる砂塵を倍増させていたのである。
ロンメルは少数の部隊を大部隊に見せかけるこうした手段によって、物量に勝る連邦軍に何度も手痛い一撃をくわえていたのだ。しかし彼の作戦の真の意図は単に部隊を大きく見せることではなかった。
ロンメルを含めた三機のザクはあくまでも囮であった。彼は自分の位置からブラックハウス隊を挟んだ反対側、つまり西の方向に部隊の主力を配置していたのである。
この主力部隊、砂漠仕様のザク15機は、砂漠の稜線に隠れながらゆっくりとヒップギグに近づきつつあった。
ヒップギグは囮役であるロンメル達に熾烈な砲撃を繰り返していた。ロンメルはザクを細かく機動させながら直撃をさけ、チャンスを伺っていた。主力部隊がヒップギグのすぐ近くまで接近した時、彼らは一斉に突撃をかける算段になっていた。
しかしそれを待つ間にブラックハウスからMSが発進してきた。マスタースパークはブラックハウスの甲板上にあがり、100mmマシンガンを握ったヤラナイカと相変わらず素手のブラックサンが展開しながらロンメルの方に向かってくる。
ロンメルの周りには二隻の戦艦から発射される無数の砲弾が次々に降り注ぎ、砂塵をさらに巻き上げてロンメル達の機体を隠してしまった。ロンメルはプロペラエンジンを積んだトラックに後退を命じた。
すでに敵はこちらの全容を確認することはできないだろう。トラックの役目は終わった。ここからはMSの仕事だ。
† † † † †
わたしとシンはマスパの援護射撃の下をゆっくりと進んでいた。マスパが載っているブラックハウスはわたし達すぐ後ろにいて、さらに後方4000mに砲撃を続けるヒップギグがいた。着弾地点はもう目の前だ。
かなり激しい砲撃だが、敵がこれをしのいでいる可能性は十分ある。あたりは砲弾の爆発が舞い上げた砂塵のせいで視界が悪い。わたしは通信でブラックハウスに言った。
「敵の位置を確認するからヒップギグに砲撃を止めさせて。これじゃなんにも見えないよ。」
間もなくヒップギグが砲撃を止め、徐々に視界がクリアになってきた。
「気をつけてシン。何機の敵がいるかわからないよ!」
「わかってますよ!」
シンが答えた時、遥か後方、ヒップギグの背後に一発の信号弾が上がった。
「なんだ?あれ…」
シンのヤラナイカが後ろを振り向いた。その瞬間、砂塵のベールを振り払い、一機のザクがヤラナイカに襲いかかった。
「シン!後ろッ!!」
わたしは慌ててヤラナイカの元へ駆け出した。その途端、今度は遠くのヒップギグで爆発が起こった。艦尾が炎と黒煙に包まれ、今にも艦橋が飲み込まれそうだった。
そして正面に視線を戻すと、ヤラナイカとザクが取っ組み合って地面を転がっていた。
「シン!今行くよ!!」
だが、わたしの進路を阻むように、新たなザクが飛び出して来た。ザクはマシンガンをブラックサンの足元に撃ち込み、砂埃がもうもうと舞い上がった。
「こいつッ、目潰しのつもりか!!」
わたしはブラックサンを一歩下がらせ、見えなくなった敵を探した。劣悪な視界状況の中、わたしは背後に敵機の影を見た気がした。
「そこかッ!!」
振り向き様にブラックサンの右腕を繰り出し、確かに何かを掴んだ。だがそれはバイタルチャージを起動する前に弾けてしまった。
「風船ッ?!ダミーか!」
刹那、わたしの直感が真後ろにいる敵を察知していた。すぐさまもう一度振り向こうとするが、わたしの操作に機体の反応がついてこない。ブラックサンは振り返る前に強烈な衝撃を受け、地面に押し倒された。
見上げると、ヒートホークを振り下ろそうとしているザクの姿が目に入った。
† † † † †
「艦尾に被弾!ヘリ格納庫より出火しています!!」
「ザクが突撃してきます!!」
ヒップギグの艦橋では、突然現れた新たな敵を前にクルーの焦っているような報告が飛び交っていた。
「両舷全速前進、取り舵いっぱい!ブラックハウスに合流してから反撃に移るよ!」
リツが素早く命令を下し、動き出したヒップギグの行く手に一機のザクが立ちはだかる。
「主砲!当てなくていいからザクに砲撃!」
リツの命令が直ちに実行され、第一砲塔の3門の40.6cm砲が同時に火を吹いた。砲弾はほぼ水平に飛翔し、ザクを飛び越えてその後方に着弾したが、爆風はザクを後ろから吹き飛ばしザクの機体はすくなくとも100mは飛ばされて地面に激突した。
ようやくザクが立ち上がった時には、今度は副砲の12.7cm砲が正確に照準を測ってザクを撃ち抜かんとしていた。発射された砲弾は主砲のそれより速い初速でザクを捉え、機体は胴体を爆散させながら崩れ落ちた。
しかしその間に他のザクはヒップギグに追いすがり、至近距離から後部第3砲塔と撃ち合いを演じていた。戦艦の主要部分は「自艦の主砲攻撃に耐えうる防御力」を持つよう設計されている。そして各砲塔の正面防盾もその例外ではなかった。
第3砲塔はザク・マシンガンの弾丸をはね返し、逆にザクに40.6cm砲弾を叩きこんだ。あまりの近距離のため、砲弾の芯管は作動せず、直撃を受けたザクは胸に巨大な貫通痕をつけて倒れた。
しかしロンメル隊主力のザクはヒップギグを追うのをやめようとはしなかった。ヒップギグはすでにブラックハウスからさほど離れていない場所まで来ていた。ブラックハウスの後部ミサイルが発射され、群がるザク13機が一斉に回避行動を取る。
ミサイルが地面に着弾し、またしても砂塵が舞い上がって視界を奪った。
この隙にヒップギグはその船体をブラックハウスの横に並走させた。二隻の戦艦の目前では、ロンメルを含む三機のザクと黒猫のブラックサン、そしてシンのヤラナイカが入り乱れて戦っていた。
黒猫とシンは不慣れな砂漠に足を取られ、機体がもつ起動力を生かしきれていなかった。一方のザクは砂漠戦に熟練しており、わざと砂塵を巻き上げ黒猫達を翻弄しつつ、はるかに高性能なはずの連邦のMS相手に善戦を続けていた。
† † † † †
BlackCat の修理を手伝っている最中に、オレは一人の整備兵からパイロットスーツを手渡された。小柄で寡黙なその女性整備兵は黙ってスーツを差し出してきたのだ。胸のプレートの文字は「ユキ・ナガト」と読めた。
たしかSOS団の整備兵で、専門はコンピュータの筈だ。今まで話したことはなかった。
「あなた、私と同じ感じがする。何故?」
ナガトはオレに向かっていきなりそう言ったのだ。戦闘中なのにオレたちの周囲はやけに静かで、オレたち二人だけが別世界にいるような気がした。オレは驚いたはずなのに妙に落ち着いて答えていた。
「確かに、オレたちは似ている気がするな。でも違うのは、これまで誰と出会い、どう生きて来たかってこと。お前とオレは似てるけど、同じじゃないよ。」
「そう…。…頑張って。」
ナガトは無表情のままそう言うと、足早にオレのもとから去っていった。再び周囲が騒がしくなり、ハルヒの声が聞こえて来た。
「ナガモン中尉!もうすぐ修理が終わるわ!さっさと着替えなさい!!あんたたち、中尉の着替え覗いたら承知しないわよ!!」
減るもんじゃなしに、別に構わないと思うのだが。
† † † † †
ブラックハウスの射撃指揮所では、砲術長のトレインがやきもきしながら戦闘を見守っていた。すぐにでも主砲のレールガンでザクを撃ち抜いてやりたかったが、 MSは互いにもつれあうようにして戦っており、味方を撃ってしまう危険があった。
悔しいが黒猫達を支援することはできない。トレインはそう判断すると、艦内通信を艦橋に繋いだ。
「艦長!ブラックハウスは黒猫達の方を向いてたって役には立たない!後方のザクを狙うから船を反転させてくれ!!」
「正気ですかトレインさん?!戦闘の真っ最中ですよ!」
あずにゃんはトレインの突然の提案に思わず大きな声で反応していた。だが、確かに今のMS戦闘を支援することはブラックハウスには不可能だった。魔理沙まで「トレインの言う通りだぜ!」と通信を入れてきた。
その時、アークがあずにゃんを振り返って叫んだ。
「BlackCatの発進準備が完了しました!」
これを聞いた瞬間、あずにゃんはトレインの提案をのむことに決めていた。
「BlackCatは直ちに発進してください。BlackCatの射出後、ブラックハウスは180度回頭、後方の敵を叩きます!!」
「いいぜ艦長。あんたはいい!」
トレインはそうひとりごち、BlackCatの発進を待った。
「シン・ナガモン、BlackCat、イきます!!」
カタパルトからBlackCatが飛び出し、黒猫とシンのもとへ向かって行く。直後にブラックハウスが超信地旋回し、後方にいたザクに狙いを定めた。レールガンが射撃を開始し、ヒップギグの砲撃と相まって猛烈な弾幕が展開された。
一方のザクも残る全機が直撃を避けながらマシンガンを乱射し、二隻の戦艦の周囲に無数の弾丸が撃ち込まれた。両者の射撃戦は激烈を極め、一機のザクが直撃を受けて大破したが、他のザクはひるまなかった。
ブラックハウス甲板上でマスタースパークを操る魔理沙は、目の前で展開される猛烈な弾幕に心奪われていた。そしてその中に飛び込んで行きたい衝動にかられた。
マスタースパークは自身の機体とブラックハウスとを繋ぐエネルギーケーブルをひきちぎり、濃密な弾幕の中へと突進していった。決して移動速度の速くないマスタースパークだが、魔理沙は際どいタイミングで弾幕をかわしながら走った。
星屑のような弾丸がマスタースパークを掠めて飛んでいき、ブラックハウスのクルー達はその光景に息をのんだ。だが、魔理沙はあくまで弾道を見切り、一発の直撃弾もくらわなかった。
そしてマスタースパークは、ついに敵のザクすべてを射程に捉えた。ここからなら敵の12機のザク全てを狙える。
「弾幕ごっこはこれで終りだぜ!マスタースパァァァァァァァク!!!!!!」
まばゆい光とともに、魔理沙の渾身の一撃が放たれた。4機のザクが瞬時に消滅し、5機のザクが慌てて地面に伏せたが、それらは地面ごと粉砕された。残る3機のザクはどうにか魔理沙の攻撃をよけ、取り乱しながら退却を開始した。
トレインのレールガンが一機を瞬殺し、その砲弾が舞い上げた砂埃で敵は見えなくなった。
一方、MS同士の戦いは未だに混戦状態のままだった。ナガモンが黒猫とシンに合流し数の上では互角になったものの、やはり彼女も砂漠戦は初めてだった。
アームストロング砲に代わって取り付けられたジャイアントバズーカを使おうにも、彼我の距離が近すぎて味方を誤射してしまう可能性があった。
やむなくビームサーベルを使っても、軟弱な地面のため大きな太刀筋でそれを振るうことはできず、斬りかかったところでヒートホークにあっさりと弾かれてしまうのだ。
「ブラックハウス、冗談じゃない!MSだけじゃ無理だ!一度敵から離れるから支援してくれ!!」
シンがそう叫び、弾がきれた100mmマシンガンを敵に投げつけた。シンと戦っていたザクはヒートホークでそれを真っ二つにし、シンのヤラナイカにとびかかった。だが、その足元に芯管を抜いた砲弾が着弾した。
ヒップギグの12.7cm砲だった。ザクは一度は退いたものの、再びヤラナイカを追撃しようとした。だが、ロンメルのザクがそれを制した。
「隊長?!」
「これ以上は無駄だ、
シュトライヒ。退却するぞ!本隊がやられたのだ!!体勢を立て直して、再び攻撃にでる!」
ロンメルのザクは自分の足で砂を巻き上げ、それに隠れて退却を開始した。しかし、ナガモンは経験と勘で敵機のおよその位置をつかんでいた。ナガモンは敵の進路と速度を計算し、狙いすました一撃を放った。
「そこぉ!!」
BlackCatのジャイアントバズーカがついに火を吹き、ロンメルの隣を行くザクが背中に直撃を受けた。ロンメルの耳に部下の断末魔が無線を介してはっきりと聞こえた。
「ぎゃあぁああぁぁあ!!!!」
「シュトライヒ!!」
ザクの内部から炎が上がり、ロンメルの部下は生きながらにしてその身を焼かれた。しかし、ロンメルにはどうすることもできなかった。ぐずぐずしていては自分も同じ運命を辿るだろう。
「この恨み、決して忘れんぞ!ガンダム!!」
ロンメルはそう叫び、戦場から離脱していった。
「敵のMSは全て退却していきます。」
ブラックハウスの艦橋ではカントーがほっとしたような口調で報告していた。
「船体で被弾した箇所の確認を急いで下さい。しばらく戦闘体勢を継続します。アークさん、MS隊に着艦するように伝えて下さい。ヒップギグの被害は?」
あずにゃんがてきぱきと指示を飛ばし、京に尋ねた。
「艦尾の火災はおさまりつつあります。敵の規模からすれば軽微な被害です。ヒップギグの練度はかなり高い。」
京がヒップギグのほうを見ながら言った。
「今回の勝利の立役者はヒップギグと魔理沙さんですね。」
「たしかにそうですが、彼女の判断は賢明とは言えません。ただでさえ動きの鈍いマスパで、あの弾幕の中に突っ込んでいくなんて、狂気の沙汰としか言いようがありません。」
そのマスパは今、砂漠の軟弱な地面に足をとられて動けなくなっていたのだった。
「助けてくれ~!!」
魔理沙の慌てた声が通信から聞こえて、シンのヤラナイカがマスパのもとに向かった。ヤラナイカは半ば砂に埋まりかけているマスタースパークを助け出し、ブラックハウスの所までエスコートしてきた。魔理沙はシンに通信を入れる。
「ありがとな、シン。」
魔理沙はシンににっこりと微笑んだ。シンはモニターに映る魔理沙の笑顔を見て、なんだか気恥ずかしい感じがして思わず視線をそらした。
「…別に、これくらいな。」
その様子を見ていた黒猫がシンを茶化す。
「あれれ、
シン・アスカくん、ひょっとして照れてるのかな?」
「なっ!!違いますよ猫さん!」
「みんな~シンは魔理沙にありがとって言われて照れてますよ~。」
「そんなんじゃないって!魔理沙もなんとか言えよ!」
シンは魔理沙に自分を擁護して欲しかったのだが、魔理沙はそれとは全く違う言葉を口にした。
「私じゃ、ダメなのか?」
「はぁ?!」
ちょっと伏し目勝ちな魔理沙の言葉に、シンは何と答えればいいのかわからなくなってしまった。もっとも、当のシン以外はみんな魔理沙がふざけているだけなのを知っていた。
「妬けるなシン。お幸せにな。」
「ナガモンさんまで!やめて下さいって!」
「わたし達は先にブラックハウスに戻ろっか、ナガモン。」
「そうだな。」
ブラックサンとBlackCatはヤラナイカとマスタースパークを残して行ってしまった。モニターの魔理沙を見ると、彼女はやけに楽しそうに笑っていた。
「…それじゃ、帰ろうか。」
「おう!」
シンがおずおずと尋ねると、魔理沙が元気よく答えた。ヤラナイカはマスタースパークが足を取られないようにその機体をそっと支え、ブラックハウスに向かって歩き出した。その様子は後ろから見ると、まるで寄り添い合う恋人同士のようだった。
「二人とも、さっさと戻らないか!まだ戦闘体勢なんだぞ!まったく…」
突然京が言った。京は何故か自分の頬を赤らめていた。こういう場面には弱いらしい。
ブラックハウスがMSを全機収容したあと、リツとミオが作戦会議の為にやってきた。両艦の艦長と副長、そしてパイロット達と整備班からMKⅡが士官室に集まった。今回は乃人も一緒だ。
「MS戦力が一機欠けた状態での戦闘だったわけですが、現状の戦力ではかなり苦戦を強いられそうですね。」
まずあずにゃんがそう切り出した。ナガモンも同意する。
「数の上でも劣勢だし、それにもまして敵は砂漠での戦いに熟練してる。数値化できない不安要素があるよ。」
「乃人准尉の容体はどうなんだ?」
ミオが乃人に尋ねた。
「自分ではたいしたことないと思ってるんですが、阿部さんから絶対安静だと言われてます。」
乃人がすぐにでも出られると言わんばかりの口調で言った。しかし、彼女の淡い期待は京大尉の言葉によって断ち切られた。
「アベ軍医のいいつけは守らなければなりません。乃人准尉は出撃させられません。」
京がきっぱりと言い放つと、黒猫が手を上げた。
「ブラックハウスの格納庫に、予備の
コアファイターがずっと置いてあるけど、あれは使えないの?」
黒猫の質問にMKⅡが答える。
「もちろん稼動状態にしてあるよ。だけどパイロットがいないんだろう?」
「MSならともかく、コアファイター単体なら動かせる人いるんじゃない?整備兵さんとか、整備ができるなら動かせる人もいるんじゃない?聞いてみる価値はあると思うよ。」
黒猫がそう言うと、一同が顔を見合わせた。黒猫の言葉にはやけに説得力があった。案外あっさりと見つかるのではないか?
「だあ~!議論してても始まらない!!今から格納庫行ってきいてみようよ!」
リツが立ち上がってそう叫んだ。反論するものはいなかった。MKⅡ曰く彼女の班にはパイロット候補はいないらしい。となると、候補はSOS団から探すことになる。
一同が左舷格納庫に来ると、ハルヒが大声で作業の音頭をとっていた。
「たかが砂ごとき、なんとかして見せなさい!!このSOS団の名にかけて!」
整備作業は機体のあちこちに入り込んだ砂粒によって難航しているらしい。シンのヤラナイカなどは敵と取っ組み合いながら地面を転がったのだから無理もない。
ハルヒはあずにゃん達に気がつくともう一度檄を飛ばした。
「ほら!艦長達が見に来たわよ!!麗しの美少女たちに、いいところを見せてやりなさい!!」
整備兵たちに気合いが入り、作業効率が上がり始めた。
「それで?」
ハルヒがあずにゃんのほうを向いて言った。
「なにか用かしら?」
「ハルヒさん、実は今コアファイターを操縦できる人を探しているんです。SOS団の皆さんの中にはいませんか?」
「そうね…、キョンは操縦できたけど、入院中だし、コイズミ君は阿部さんと一緒にキョンの治療に当たってるからダメ、みくるちゃんも乗れるらしいけどやめたほうがいいわね。ユキはわからないけど…みんなに聞いてみるわ。」
ハルヒはそう言って団員たちのほうを向くと、再び大声で叫んだ。
「みんな、手を休めずに聞きなさい!この中にコアファイターを操縦できる人がいたら挙手しなさい!ただの整備兵には興味ありません!!」
一瞬の静寂のあと、再び作業が再開された。この中にはいないらしい。と、一同はシンがおずおずと手を挙げていることに気づいた。黒猫が笑いながらシンにいう。
「シンがあげてどうするんだよー。戦力を増やそうって話なんだよ?」
一同が爆笑し、シンが決まり悪そうに手を下げる。
「どうやらコアファイターは使いようがないみたいですね。とりあえずのところは現行の戦力でやるしかありません。元々ブラックハウスだけだったわけですし、先輩達が来てくれただけでもありがたいです。」
あずにゃんが明るい口調で言った。確かにその通りだった。元々ブラックハウス単独での作戦だったところに、ムスカの尽力のおかげかはわからないが、とにかくヒップギグが応援に来てくれた。前途を悲観するには早すぎる。
現に今日の戦闘では魔理沙の大活躍もあり13機もの敵MSを葬った。この仲間とならやれる。そんな希望がわいてきたのだ。だが、一同の中でただ一人、そう簡単には楽観的になれない者がいた。
ブラックハウス副長の京大尉その人である。彼女は内心に漠然とした不安をいだいていた。もし次に今日と同じ規模の敵が襲って来たら、今度こそ無事ではすまない。
今日の戦闘はたまたま魔理沙が被弾しなかったから勝てたものの、その幸運がいつまでも続くとは思えない。
彼女は自分が少しネガティブになりすぎだと思った。無理もない。ブラックハウス内の風紀は乱れに乱れ、それを注意する者は実直な京くらいだったのである。更に、先日のあずにゃんとの不和が京の心を未だに締め付けていたのだった
。自分の意見が間違っていたとまでは思わないが、辛い立場はあずにゃんも一緒なのに、ついきつい言い方をしてしまった。しかし京はそのことをまだあずにゃんに謝っていなかった。
だが、素直に謝ることもできる気がしなかった。どうすればいいのだろう…。その時京の頭に、ふとアベ軍医のことが浮かんだ。彼なら相談に乗ってくれるかもしれない。
作戦会議はその場で解散となり、一同は三三五五散っていった。京はその足で医務室へ向かった。医務室に入ると、アベはいつものように白衣ではなく青いツナギを着て部屋の中のベンチに座っていた。
医務室の中に公園にあるようなベンチがあるのはいかにも不自然だが、今さら驚く京ではなかった。しかし真面目な京なので服装だけは注意した。
「その格好ではダメだと何度言えばわかるんですか、アベ軍医?」
「入ってくるなりお小言か大尉?まあ座ったらどうだ?」
京はアベの示した椅子に座り、彼と向かいあった。
「それで用件は?わざわざ服装を注意しにきたんじゃないだろ?」
「…実は相談に乗ってほしくて来ました。ブラックハウスのこれから、不安なことが色々あって…」
「そんなことをフォイフォイ俺に相談しちまっていいのか?まぁ話は聞かせてもらおうか。」
アベがそう言うと、京はコクリと頷きいま自分の胸にある不安を順に喋り始めた。艦内の風紀の乱れ、上層部からの無茶な指令、あずにゃんにきつく当たってしまったこと、そして戦力が足りないこと…。
アベは黙って聞いていたが、京が一通り話終えると言った。
「最大の問題は戦力不足だな。そのことが一番のストレスになって、いろんなことを悲観的にしか見られなくなってるんだ。はっきり言って軍事に関しては素人だが、他の問題はそれ自体はたいしたことじゃない。」
「そうですか…。しかし困りました。一番解決が難しい問題が原因なんて…」
「なんなら俺が力になってやろうか?」
「と、いいますと?」
「戦闘機は無理だが、MSなら操縦できる。」
「本当ですか?!」
「もちろん本格的な格闘戦なんかは無理だけどな。マシンガンくらいなら撃てるぞ。」
「そのこと、艦長はご存知ですか?」
「まさか。今初めて人に教えた。あまりあてにできないかもしれないが、戦闘に出る覚悟ならあるぞ。」
「さっそく艦長に報告してきます!!」
京は言うなり医務室を飛び出していった。彼女の心はすでに晴れやかだった。アベはほんの少し話しただけで、京の悩みを吹き飛ばしてしまった。
「本当にいい男なんだな…」
艦橋へと走りながら、彼女はそう呟いた。
艦橋では、あずにゃんがムスカと映像による通信を行なっていた。
「さらに増援が来るんですか?」
「そうだ。もっともMSが一機だけだがね。到着予定は明後日、ミデア輸送機と陸上巡洋艦一隻が一緒に来る。これらはブラックハウスへの補給完了後ただちに帰投させるが、また君の顔馴染みだよ。楽しみにしていたまえ。」
「はあ…」
「明後日までは今ある戦力で持ちこたえるのだ。その頃までにはクリミアの敵は二海峡打通作戦を開始しているだろう。そう長い戦いにはならない筈だ。期待しているぞ。以上だ。」
ムスカは一方的に通信を切り、はちゅねが接続を解除した。
「艦長、新たに増援が来るのですか?」
「京さん、いつの間に。そうですね、MSが一機だけらしいんですが。」
「実はアベ軍医がMSを操縦できるとのことで、出撃してもいいと言っています。シンをコアファイターに乗せて、軍医にはヤラナイカに乗ってもらえば、戦力は増強できます!」
京にしては珍しく、興奮した口調だった。あずにゃんは一瞬あっけにとられたが、我に返ると言った。
「私は阿部さんと直接話してみます。ヤラナイカに乗ってもらうかどうかはそれから私が判断します。副長はブラックハウスをヒップギグと共に100km南下させて下さい。今の通信で敵がここを察知したかも知れません。ここの指揮はまかせます。」
「了解しました。」
あずにゃんが医務室に向かって歩き出し、艦橋から出ようとした時、京は突然あずにゃんを呼び止めた。
「あの、艦長!」
あずにゃんが振り向く。
「なんですか?」
「その…あの…」
「?」
「このあいだは、すみませんでした。上官である艦長に対して、失礼なことを言ってしまって…」
あずにゃんは少し考えるようにして天井を見ると、ひらめいたようにこっちを見て言った。
「あのことなら全然気にしてません。京さんのことはいつも頼りにしてますし、いつも助けてもらってばかりです。それより、いいニュースを持ってきてくれてありがたいございました。」
あずにゃんは京に優しく笑いかけた。京のほうも微笑みを浮かべた。あずにゃんが行ってしまってから、京は考えるのだった。
もし自分が艦長になるとき、足りないものがあるとしたら、それはきっとあずにゃんの持つような優しさだろう。もっと艦長を見習わなきゃ。
あずにゃんはアベにシュミレータに乗ってもらい、戦闘シュミレーションを行った。聞けば、アベの実家は作業機械の修理とメンテナンスを行う会社だったらしい。
いつも着ているツナギはその頃の名残だそうだ。アベがシュミレーションを終えると、あずにゃんはアベに向かって言った。
「すごいです阿部さん!これなら本当に実戦にでてもらえます!…でも、絶対にやられないでくださいね。阿部さんがいないと怪我を治してくれる人もいなくなっちゃいますから。」
「大丈夫だ。」
「明後日には新しい増援が到着するはずです。この作戦中の特例として、阿部さんにヤラナイカパイロットの任を与えます。」
あずにゃんが表情を引き締めてそう言い、アベに敬礼した。アベも手馴れた敬礼を返した。
ブラックハウスとヒップギグはすでにサハラ砂漠の奥深くに入り込んでいた。昼間は骨の髄まで溶かしそうな灼熱の砂漠も、夜になるとセーターがほしくなるほどに冷え込むのだ。
星が広がる空の下、二隻の戦艦が並んだまま停泊している。ブラックハウスの左舷格納庫では、ようやく出番が来たコアファイターにシンが乗り込んでいた。
「コアファイター発進準備完了。いつでも行けます。」
艦橋でアークが報告する。
「先輩たちによろしく伝えて下さい。行ってらっしゃい。」
あずにゃんがモニターの中のシンに微笑み、シンはぎこちなく頷いた。
「シン・アスカ、コアスプレンダー、いきます!!」
シンのコアファイターがカタパルトから飛び出して行くが、京が眉をつりあげて言った。
「コアスプレンダー?」
「コアファイターです。」
はちゅねが訂正すると、ジョーンズが意味深な言葉を口にした。
「彼は時代を間違えている。」
彼の言葉の意味は誰にもわからなかったが、とにかくシンは飛び立った。舞い上がったコアスプレンダーはすぐに反転して勢いを殺すと、ヒップギグの艦尾へと向かった。
先の戦闘でヒップギグは艦尾の格納庫を損傷していたが、すでにコアファイターの受け入れ準備は完了していた。艦尾飛行甲板上には、艦長のリツと副長のミオがわざわざシンを迎えに来ていた。
コアファイターは推進ノズルを真下に向けて空中に静止すると、そのまま下降してきた。甲板上を強い風が吹き荒れる。
「うわっ!!」
突然ミオが悲鳴を上げた。強い風で彼女の儚いスカートがめくられそうになったのだ。ミオは両手でスカートを必死に抑えつつ、リツと一緒にコアファイターに近づいていった。
リツはスカートの下に長いジャージをはいていたのでへっちゃらだった。
「おやおや~?ミオ中佐、何を慌ててるのかな?」
リツが意地悪な口調で言った。
「う、うるさいな!慌ててなんかない!!」
そんなやり取りをしているうちに、コアファイターがスムーズに着地し、シンが降りてきた。
「シン・アスカ、ただ今コアファイターとともに着任しました!」
シンが元気よく報告してから敬礼し、二人も敬礼を返す。
「ご苦労!ヒップギグに歓迎するよ!改めて、艦長のリツ・タイナカで~す!」
「ミオ・アキヤマだ。よろしく頼む。さっそく船を案内するよ。ついてきてくれ。」
そう言って歩き出した瞬間、ミオは何かにつまずいてしまった。
「うわぁっ!!」
ド派手な音がして、ミオが前のめりに倒れこんだ。その後ろにいたシンとリツの視界に、水色と白の縞々模様が飛び込んできた。
「縞…パン…」
リツがぽつりと呟いた。シンに至っては突然の出来事に目を見開いて呼吸するのも忘れてしまっていた。一瞬の静寂の後、ようやく我に返ったミオが慌ててスカートを抑え、涙ぐんだ目で叫んだ。
「み、み、見るなあああああああ!」
ミオは顔を両手にうずめた姿勢のまま、全力疾走で艦内へと入っていった。あとには未だに唖然としているシンと、カメラがなかったことを悔しがるリツが残された。
「くぅ~、カメラがある所でやってくれればなぁ…」
リツが言ったが、シンはまだ固まってしまっている。
「シン?どうした?お~い?」
リツがシンの顔の前で手を振ると、ようやくシンの意識が戻ってきた。
「あっ、すいません。びっくりして…」
「ふふ~ん、ミオの縞パンに見とれて声も出せなかったか。若いねぇ。」
最終更新:2010年11月02日 21:59