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光る宇宙 その1

「乃人の最期を、話して貰えないか?」

ブラックハウスの食堂で、ナガモンはそうアークに話しかけた。士官用の食堂では、あずにゃんと京を除く艦橋スタッフ、そしてナガモンと黒猫が食事をとっていた。本来なら乃人もここにいるはずだった。もし彼女が生き残っていたら。

「…わかりました。」

アークはもっていたスプーンを皿に置き、水を一口飲んだ。向かいに座るカントーも手を止めた。つらい話はみんなで分け合い、ともに乗り越えるつもりだったからだ。

「京大尉の指揮で、ブラックハウスは敵のムサイ級を一隻、大破させました。ナガモン中尉が敵のオレンジ色の大型MAと戦闘に入った頃です。
そのムサイはこちらの弾幕をまともに浴びて、艦橋からは火を噴いていました。それでそのまま爆発の煙に包まれて…私たちは撃沈を確信しました。それで、次の敵へ向かおうとしたんです。」

アークはそこでまた水を飲んだ。そのときの緊張や興奮を思い出しているのかも知れない。ナガモンは先を促さず、アークが再びしゃべり出すのをじっと待った。
ナガモンにとってはもちろんだが、話し手のアークにとっても心が痛む内容だからだ。彼女のペースで話してもらう方がいい。

「その時でした。撃沈したはずの敵艦から、コムサイが飛び出してきたんです。爆散したように見えた敵艦の、下半分だけがまだそのままだったんです。ブラックハウスのすぐ目の前でした。それがどんどん迫ってきて、私は何が起きたかわからなくて、とにかくもうダメだと思いました。」

アークが机の上に置いていた手のひらをぎゅっと握りしめた。彼女の手は震えていた。今度はそのときの恐怖と絶望を思い出しているのに違いない。小刻みに振動するアークの手を、カントーが両手でやさしく包みこんだ。「自分がついている、おちついて」とでも言うようだった。実際それでアークは多少落ち着きを取り戻した。話は核心部分に入る。
「突然目の前が真っ白になったんです。私は、あぁ、これが死ぬってことなんだなって思いました。だけどそのすぐあとに、今度は視界が爆発したんです。一瞬ほんとに何がおこったのかまったくわかりませんでした。そしてら、艦長が『乃人さん…?』ってつぶやいて…それで私はようやくわかったんです。今のが WhiteCatだったんだって。京大尉がカントーにレーダーを確認するように言って、でもWhiteCatの反応は無くて…当然です、WhiteCat は、WhiteCatは私たちの目の前で…あぁあ…」
アークの瞳から涙が溢れた。もうそれ以上は彼女には話せなかった。アークのあとを継いで、カントーが口を開いた。
「そしたら今度は艦長がアークに無線で乃人を呼ぶように言って、だけどアークはもう泣き出す寸前で…とにかくもうダメだった。あずにゃんもがっくり椅子に崩れ落ちて、京大尉も私も呆然として、どうしていいかわからなくなってた。」
言いながら、カントーの表情も険しいものになっていた。泣きじゃくるアークの頭をなでてやっているが、泣きたいのはカントーも同じに違いなかった。
「ごめんなさいナガモン中尉!私がちゃんとしてなかったから、後ろからWhiteCatが来てるのに気づいてなかったから、乃人は…っ!」
突然声を荒げて、アークが泣きわめいた。必死に許しを請うアークを見て、ナガモンはなぜか苛立っていた。
なぜあやまるんだ。乃人は自分の判断でブラックハウスを守ったんだ。みんなを悲しませるためじゃない。みんなにこれからも笑って過ごして欲しかったから、乃人は命を投げ出してコムサイにぶつかっていったんじゃないか。だったら、泣いてちゃだめじゃないか。
「泣くなよアーク…乃人はさ、乃人はお前を泣かせようと思って死んだんじゃないんだ…乃人はみんなに笑って過ごして欲しくて…あれ?」
ナガモンの頬を一粒の涙が伝っていた。彼女はアークだけでなく、自分も泣いていたことにようやく気がついた。
「笑って過ごすなんて、無理に決まってるじゃないか…」
誰に言うのでもなく、ナガモンはそうつぶやいていた。それはすでに届かない場所へいってしまった乃人への不平だったかも知れないし、自分が泣いていることの言い訳だったかも知れない。ただナガモンはこの時、自分が本当に乃人の死を「理解」できたと思っていた。たとえ素直にそれを受け入れられなくても、とにかく乃人が死んだという事実はかえることはできない。ただその死の意味を変えるのは、残された自分たちの役割であり、使命なのだと思う。彼女の覚悟にこたえられるか、彼女が望んだとおり、自分たちは笑って過ごすことができるのか。それ次第で死はその意味を変えてしまう。
ならば、いつまでも悲しみに暮れているのはやめにしよう。彼女の望み通り、彼女なしでもわらってすごしていこう。決して彼女を忘れたりはしない。だから今だけは、こうしてとことんまで泣いてやるんだ。

U.C.0079、12月25日。
連邦軍はソロモン要塞の完全制圧のために一部のブロックに立て籠もるジオン兵の掃討を開始し、その名称を「コンペイトウ」と改めた。そしてその基地機能を自らのものとして利用するため、破壊された施設の復旧を急いでいた。
戦死したティアンム提督に代わって第二連合艦隊の指揮をとっていたリンディ提督は、そのまま一時的にではあるがコンペイトウ最高司令官の役割を与えられていた。コンペイトウの最高司令官としての彼女にとって最初で最後の任務が、要塞内のG-5ブロックに立て籠もり頑強に抵抗するジオン兵たちを全滅させることであった。彼らは再三にわたる降伏勧告を徹底的に拒絶し、名誉ある戦死を遂げるまで籠城を続ける覚悟でいた。ゆえに、リンディは彼らを皆殺しにしなければならなかった。一刻も早くコンペイトウの基地機能を完全に復活させるには、それは避けられないことだった。
とはいえ、要塞の中枢とも言える中央司令室は連邦の手に墜ちていたため、リンディがその気になれば掃討は一瞬で完了できるはずだった。ジオン兵が立て籠もるG-5ブロックへの給気を止めればことは済むからだ。ジオン兵達は自らが立て籠もるブロックを完全に遮断していた。給気が止まっても逃げ出すことができない状況を自分で作り出していたのである。
だが、リンディ提督はその作戦の実行をなかなか決断できないでいた。もはやジオン兵達に抵抗する手段はないのだ。そんな彼らを、自分のサイン一つで窒息死に至らしめるのか。敵兵とはいえ、すでに交戦手段は失っている連中なのだ。詳しい人数はわからないが数百人に上るという報告もあった。彼女は上層部に働きかけ、もうしばらく降伏勧告を続けさせてくれるよう要請した。だが、答えはノーだった。上層部からの返答は単純にして明快であった。
「ただちにコンペイトウを完全に制圧せよ。」
リンディ提督は作戦の司令所にサインした。直ちにG-5ブロックへの空気の供給が停止された。実行してしまえばすべてが終わるのに5分とかからない作戦であった。
ソロモン改めコンペイトウ要塞のG-5ブロックへ、再び空気が送り込まれていた。同時にジオン兵によって封鎖されていた連絡路の復旧作業がはじまる。ほどなく、連絡路が確保された。
リンディ提督はジオン兵たちがどうなったかを自分の目で確かめにいった。念のためにクロノを連れて行った。自分が判断能力を失うかも知れないと思ったからだ。そのときはクロノに助けてもらわなければならない。
「本当にご自分で確認するんですか?」
G-5ブロックへ向かいながら、クロノは実母を心配していた。どれだけの死体を目の当たりにするかわかったものではないのだ。しかもその死体が自分の命令でつくられたものだったら、その光景が与えるショックはより大きいものになる。
「成りゆきとはいえ、私が下した判断です。自分のやったことを把握しておきたいわ。クロノには申し訳ないけど、ね。」
ほんとうにすまなそうな顔をしてリンディがいう。クロノは複雑な表情になる。
「もうすぐG-5ブロックです。」
それだけ言って、リンディの先に立った。本当に凄惨な光景だったら、無理矢理にでもリンディには見せないつもりだった。
そのとき、クロノの鼻孔を奇妙な匂いが刺激した。鉄と塩が入り交じったような匂い。それも濃厚な匂いだ。不快に鼻孔にからみつき、思わず顔をしかめる。
「この匂い…まさか…」
クロノはすでにゲートが開いているG-5ブロックへと飛び込んだ。そして、息を呑んだ。想像以上だった。リンディに見せてはいけない!
「ダメだ!見ちゃいけない!!」
同じく飛び込もうとしているリンディに叫んだ。だが、時すでに遅かった。
「なんてこと…」
リンディの見つめる先、G-5ブロックの中には、自分で自分の頭を撃ち抜いたジオン兵の死体が少なくとも100体以上漂っていた。無重力のブロック内に、飛び散った紫色の脳漿がぶちまけられている。それも百数十人分以上ある。死体からはまだ血が流れ出していた。窒息死した死体は皆無だった。全員が窒息する前に自決したらしかった。どの死体も不気味に目を見開いていた。それらすべてが鬼の形相だった。鬼の視線が一斉に自分に向けられる感覚。悪寒。
見れば、先にブロックに入っていた連邦軍の士官がそこに広がる惨状にこらえきれず、嘔吐を繰り返していた。はき出された吐瀉物が漂う脳漿や血と混じり合い、いっそう不快な匂いが充満していく。
「うっ…」
リンディが口元を押さえた。顔が真っ青だ。クロノは彼女を抱き寄せてブロックの外に連れ出す。
「だからやめておくべきだったんです!無理をしないで!」
「ごめんなさい…でも、もう大丈夫。」
リンディはどうにか嘔吐はこらえたらしかった。だがまだ顔色はよくない。
「あれが私のしたことなのね…」
「敵兵が自分で選んだ結末です。提督のせいでは…」
「いいえ。私の命令があの事態を引き起こしたのよ。言い逃れはできないわ。」
まだ青ざめている顔をクロノに向けて、リンディは言い放った。
「負け戦の次に悲惨なのは、勝ち戦ね…」


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10/16 02:43 Windows(PC) [399]エルザス
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ついに完全制圧が宣言されたコンペイトウへ、連邦軍の最高司令官、レビル将軍が到着した。将軍は予定されている「星一号作戦」の陣頭指揮をとるためにここへやってきたのだ。
星一号作戦。それは、ジオンの残る軍事拠点であるグラナダと宇宙要塞ア・バオア・クーをやり過ごし、一気にサイド3本国へと侵攻するという野心的な作戦であった。とはいえ、彼我兵力やそもそもの国力を考えれば、すでに連邦軍の勝利は確実なものと言えた。あとはどの段階でジオンが停戦交渉に応じるか、それだけが連邦にとっての問題だったのだ。連邦としても無益な戦いはしたくなかった。星一号作戦発令の暁には敵味方ともに甚大な被害が出ることは確実だ。できることならばそのような犠牲を出すことなく、停戦を成立させることが望ましかった。
だが、組織内の強硬派はたとえ停戦交渉が始まったとしても星一号作戦を強行すべしという意見をあらわにしていた。彼らを後押ししたのは戦争の継続を望む大企業集団、すでに補正を重ねすぎて破滅的な価格となっている予算案を提出した官僚、軍とのつながりを利用して議会での発言権を強めようとする政治家、そして、人類の総人口の半分を奪ったジオンへの純粋な復讐の念であった。星一号作戦が強行された裏にはギレン・ザビを危険視するレビル将軍の強い希望があったことも忘れてはならない。
一方のジオン総帥ギレン・ザビは、未だに停戦交渉に臨むそぶりを見せなかった。ギレンはそれどころか、新たな決戦兵器使用の裁可を公王デギン・ザビに迫っていた。
その兵器は名を「ソーラ・レイ」という。サイド3のコロニーの1つ「マハル」の住民を強制退去させ、直径6kmのコロニーそのものを転用し超巨大レーザー砲へと改造した狂気の兵器だ。ギレンはようやくできあがったばかりのソーラ・レイを、一刻も早く使用できるよう技術主任のアサクラ大佐に命じていた。直径 6kmものレーザーなら、発射角度を絶妙に調整することで連邦軍艦隊の大半を消滅させることも可能だった。
その連邦軍艦隊、ジオン本国攻略を目指すレビル将軍の第一連合艦隊は、第一大隊から順にコンペイトウを発進しようとしていた。だがその矢先、コンペイトウの連邦軍は思わぬ事態に直面することになる。

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最終更新:2010年11月05日 00:00
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