「立てよこの野郎!!」
ブラックハウスの士官室にユーノの声が響いた。彼は床にぶっ倒れているシンを見下ろしていた。
シンは両頬にユーノの鉄拳を受けていたが、まるで生気がないような目でただうなだれていた。
「立てって言ってるだろ!」
ユーノはシンの胸ぐらをつかみ、無理やり彼を立たせた。
「アルフは撃っちゃいけなかったんだ…お前はあのドムを撃っちゃいけなかったんだよ!」
シンの暗い瞳を凝視しらがら、ユーノはなおも叫んだ。それでも無抵抗のシンに、彼はますます怒りを募らせた。
「…知らなかったんだ…」
かすれた声でシンがつぶやいた。直後、ユーノの拳が再びシンを殴打した。シンは上体ごと吹っ飛ばされ、また地面に這いつくばった。
「知らなかったで許されると思ってるのか!フェイトは今、泣いてるんだぞ!お前にアルフを殺されて、泣いてるんだぞ!!」
そういうユーノも涙を浮かべていた。怒りと悔しさと空しさ。それらすべてがまじりあった涙だった。
フェイトは独房には入れられず、かつての京の部屋に収容されていた。アララギとヒタギがこっそりとそこへ導いたのだ。アルフを失って悲しみくれるフェイトを独房に一人閉じ込めることは心が痛かった。フェイトにはいまナノハが付き添っている。心優しい彼女のことだ。きっとフェイトと一緒に泣いているに違いない。その思いがますますユーノを熱くさせた。
「なんとか言えよ!おい!」
ユーノは再びシンを立たせようとした。だが、シンはもうぐったりとして動かなかった。無意味な抵抗に思えた。
ユーノは寝転んでいるシンの鳩尾に思いっきり蹴りを入れてやりたいと思った。なんでこいつは被害者面なのだ。だれがアルフを殺したと思っているんだ。誰がフェイトを悲しませたと思っているんだ。すまないと思っているなら、なんでフェイトに謝らないんだ。
部屋のドアが開いて、アララギが入ってきた。
「フェイトを京大尉の部屋に置いておくこと、クロノ副長の許可を取ってきた。あとは…」
アララギはそう言って、力なく倒れているシンを見やった。
「あとはフェイトが立ち直るのを待つしかない。もっとも、無理かもしれないけど…」
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11/25 20:20 URBANO BARON(e) [490]エルザス
489
ユーノもまた、シンを見下ろした。というより、見下した。やり場のない憤りをシンに対して覚えていた。ユーノにとっても、シンが何をするべきなのかはよくわからない。ただ、それがこうやってみじめな格好で地べたに這いつくばっていることでないのは確かだ。
「シンをフェイトのところに連れて行こう。謝らせるんだ。」
ユーノはアララギにいった。
「そうしなければ、シンもフェイトもダメになるだけだ。」
「待てよ、フェイトは今はシンと会いたくないんじゃないか?フェイトは、なんていうかその、優しいから…シンと会ってもどう接していいかわからないかもしれない。」
「思い切り罵ってやればいいんだ。どうして私の大切な人を奪ったんだ、ってね。」
「そんなわけないだろう!いまシンを連れて行ったって、フェイトを悲しませるだけだ!」
「なんで君にそれがわかる!」
「わかるよ!フェイトは優しい!だから、アルフを失って死ぬほど悲しくて、だけどシンを罵ることなんてできなくて、きっと二律背反に挟まれて、苦しみを上塗りしてしまうだけだ!」
「仲間を殺した相手に同情するっていうのか?お人よしだな!」
「違う!彼女は信じられないくらい善良なんだ!どうしてそれがわからない!」
「なにをッ!」
ユーノはアララギを殴りつけていた。不意を突かれたアララギは吹っ飛ばされ、壁に背中を叩きつけた。
「ぐはっ!」
肺が圧迫され、アララギは一瞬呼吸ができなくなる。
「……この野郎!!」
飛び跳ねるように身を乗り出して、アララギもユーノを殴りつけた。ユーノの拳よりずっと強烈だった。吹っ飛びかけるユーノの胸ぐらをつかみ、アララギはなおもユーノに殴り掛かる。
「シンが謝ったって、もうアルフは帰ってこないんだぞ!」
「だからってなにも償わなくていいのか?!」
今度は殴られていたユーノが逆にアララギの胸ぐらをつかみ、彼の顔面に思いっきり頭突きをかました。アララギは自分の鼻の骨が折れるのを聞いた。
「今はそっとしておこうって言ってるんだよ!」
鼻血を出したアララギがそう叫んでユーノを殴ろうとした瞬間、またしてもドアが開いた。入ってきた人物を見て、アララギは硬直してしまった。
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11/25 20:22 URBANO BARON(e) [491]エルザス
490
「……随分とはしゃいでるわね。」
ヒタギ・センジョウガハラであった。
「私抜きで楽しそうね、アララギくん。不愉快だわ。」
「せ、センジョウガハラ…」
「私にはフェイトを励ますよういっておいて、自分はお友達と殴り合いなんて、いい身分ね。」
「あ、いや…」
「万死に値するわ。」
瞬間、アララギだけでなく、ユーノまでもが戦慄を覚えた。
「アララギくん、フェイトは深く傷ついているわ。そして、彼も。」
ヒタギはそう言って、ひそかに涙を流していたシンを指差した。シンは倒れた姿勢のままで、音も立てず、さめざめと泣いていた。
「こんな時どうすればいいか、あいにく私にはわからないわ。それはアララギ君も、ユーノ戦術アドバイザーも同じみたいだけど、どうかしら、この際二人のやりたいようにやらせてみない?アララギ君の言葉を借りるのならば、こんな時人は―――」
「勝手に一人で助かるだけ、か。」
厳密に言えば、それはアララギ自身の言葉ではなかった。だが、そんなことはこの際どうでもよい。
「そうだな。二人の願いがあるなら、まずはそれを聞いてやろう。話はそれからだ。」
アララギはそういうと、這いつくばっているシンをゆっくりと抱き起した。
「もしお前に少しでも後悔の気持ちがあるなら、どうしたいか言ってくれ。僕たちが力になる。」
シンの眼をまっすぐ見据えて、はっきりとそういった。シンは今や嗚咽に苦しんでいるようだった。すがるような目でアララギをみたシンは、震える声でこう言った。
「どうすればいいのか…わからない…」
シンの瞳からひときわ大きな涙の塊があふれ出し、シンは目を閉じてしまった。
アララギは途方に暮れた。一方でそれもそうだと思った。自分がシンの立場だったとして、いったい自分に何ができただろうか。本当に許しを乞いにフェイトのもとへ行くだろうか。「君の友達を殺してしまってごめんなさい」、そんなことを言いに彼女のもとへ行けるだろうか。厚かましいにもほどがあるだろう。それほどの資格があるとさえ思わないはずだ。そうだ、自分ならまずフェイトに会う資格すらないと思うに違いない。どんな形で会ったって、彼女を傷つけるだけだ。
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11/25 20:24 URBANO BARON(e) [492]エルザス
491
ならばどうすればいい?
目の前でなおも泣き続けるシンを見ながら、アララギは自分の薄っぺらさを呪っていた。どんなに頭を使っても、一つもいい考えは浮かんでこない。絶望的な状況にあきらめてしまっている自分がいるように思えた。自分は、なんて弱い…
「まったく、情けないわね、男って。フェイトに同情せざるを得ないわね。」
不意に、ヒタギが侮蔑するような声をだした。誰を侮蔑しているかは定かではない。言葉からしてすべての男を侮蔑していてもおかしくはない。
「一ついいこと教えてあげるわ。フェイトは、あなたと話したがっているわよ。」
シンのことをまっすぐ見据えて、ヒタギは平たんな口調でそう言った。
「『ちゃんと話して、わかりあいたい』ですって。見上げたものね。男どもにここまで寛容なんて。」
「本当なのか…?」
絶望に浸りきっていたシンが、暗い目でヒタギのことを見た。
「本当よ。」
それをまっすぐ見つめ返して、ヒタギは言った。
「…フェイト…」
シンはまたしてもうつむき、呆然とつぶやいた。
「信じられないわね。あんなに小さな躰で、背負いきれないくらいの運命を一人で背負って。」
「運命を…」
「でもそれは、あなたも同じなんじゃないかしら?」
ヒタギのその言葉にハッと気づいたように顔をあげて、シンは宣言した。
「フェイトと会う。会って話す。許してもらえるとは思ってないけど、話さなきゃだめだ。」
「そう。」
ヒタギはそれだけ言って、そっとドアを開けた。シンはとてつもない勢いで部屋を飛び出していった。
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11/25 20:25 URBANO BARON(e) [493]エルザス
492
「魔理沙、応答願います!こちらパチュリー。魔理沙!返事して!」
制圧の始まったア・バオア・クー要塞内部で、パチュリーとアリスは魔理沙を探し回っていた。魔理沙に呼びかけ続けるパチュリーの声はすでにかすれ、アリスの眼は泣き腫らして真っ赤だった。
「まりざ…」
ついに声が出なくなり、パチュリーの瞳にも涙が浮かんだ。
不意にアリスのストロードールが立ち止り、アリスはパチュリーに言った。
「これまでね…魔理沙のことはあきらめるしかないわ…」
「!?」
パチュリーはわが耳を疑った。アリスが「魔理沙のことはあきらめる」なんていうはずがないと思っていた。それほどまでにアリスは魔理沙のことを強く想っていたのだから。
「そんな、アリス…まだ、魔理沙はどこかにいるかも…」
「いないわよ!!」
アリスは突然声を荒げた。
「魔理沙はいない…もうここにはいない…それがわかるの…」
涙ながらのアリスの声を聴いて、パチュリーは自分たちの限界を認めた。
そう、最初からわかっていたのだ。魔理沙が姿を消したあの時から、本当はすべてわかっていた。だけどそれを認められなくて、認めたくなくて、二人はいままでずっと要塞内をさまよってきたのだった。
「自分勝手すぎよね…自分から要塞に入りたいって言って、勝手にどっか行っちゃうんだから…」
もうパチュリーは聞きたくなかった。アリスの言葉は、自分たちにはつらすぎた。胸が張り裂けそうだった。心が消え果そうだった。
「アリス、ブラックハウスに戻りましょう。戦闘停止命令がでているわ。これで戦争も終わりよ…」
「…そうね…」
戦争の最後の最後で、魔理沙は命を落とした。その事実にまた悲しみがこみあげてくるが、ふたりはもうそれを我慢した。涙は止められないが、生きて帰らなければならない。なんとしても、生きなければならない。
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11/25 20:31 URBANO BARON(e) [494]エルザス
493
「許してくれ…!」
泣き腫らした顔を隠しもせず、シンはフェイトに頭を下げた。あふれ出す涙が次々に床に落ちた。
フェイトはナノハに抱きかかえられるようにしながら、それを見ていた。何かを言いたい、何かを言わなければいけないとわかっているのに、言葉が見つからなかった。いま頭に浮かぶのは、アルフのことばかりだった。
ずっと一緒にいられると思った。今度こそ一緒にいられると。だけど、その夢ははかなくも消え去った。人の夢と書いて、儚い。
一人では生きてゆけないと思った。アルフがいなくては、自分だっていないようなものだと。だけど今、アルフが死んだのに自分はまだそこにいた。フェイトは逃げ出したかった。自分から逃げ出したかった。
逃げられはしない。
救いは、ない。
突き付けられた事実があまりにも痛くて、フェイトはもうまともな思考なんてできないように思われた。アルフを失った悲しみを表そうとしたって、まったく言葉にできない。
思い出すのは、アルフの笑顔。笑顔ばかりが浮かんできて、泣いているフェイトにアルフが笑いかける。
「ありがとう、フェイト。あたしのためにこんなに悲しんでくれて。あたし、うれしいんだ。フェイトがこんなに悲しんでくれて。それだけフェイトが、あたしのことを想ってくれてたってことだからね。」
今度は少し落ち込んだ様子のアルフが現れて言う。
「だけど、やっぱり喜んでばかりもいられないよ。切ない嘘ついたけど、フェイトが悲しかったら、やっぱりあたしも悲しい。矛盾してるけど、ほんとにそうだから。」
そう言ってアルフは、きれいな涙のしずくを流すのだった。
「だから、ね?フェイト、もう泣かないで。あなたに逢えて、本当に良かった。感謝の気持ちがいっぱいで、とっても言葉にできないよ。」
また優しい笑顔のアルフ。
「ありがとう、フェイト。フェイトとは、こうしていつでも会えるから。だから今は、少しだけみんなと向き合ってあげて。あたしなら大丈夫だから。いつでもフェイトを見守ってるよ。」
「アルフ…!!」
フェイトは目を閉じたままナノハの服を強くつかんで、絶叫した。
「ありがとう…ありがとう…アルフ…ずっとそばにいてくれて…あなたに逢えてうれしかったのは、私のほうです…ありがとう…うぅ…うあぁぁ…」
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11/25 20:33 URBANO BARON(e) [495]エルザス
494
言葉にできなかった。悲しさと感謝の気持ちが入り混じって、フェイトの中を満たしていった。むせび泣くフェイトは、ますますナノハを強く抱きしめた。
ナノハは、泣き崩れるフェイトと、頭を下げたまま涙を流し続けるシンとを交互に見ていた。シンはずっと頭を下げたまま、フェイトはナノハに躰を預けたまま、ひたすらに耐えていた。自分の心がはちきれそうになるのを。ナノハにはそれがはっきりとわかった。
いま二人は、自分との壮絶な戦いを繰り広げているはずだ。葛藤と自責の念にさいなまれて、それでもそれをどうにかしたいと思って懸命にもがいている。
ふと気づくと、フェイトはどうにか呼吸を整えて、シンに話しかけようとしていた。
「あ、頭をあげてください…」
シンはその声にゆっくりと頭をもたげた。絶望色の瞳がフェイトを凝視していた。「いっそのこと殺してくれ」と、その眼は言っていた。
「アルフは、もう帰ってこないです…アルフは私にとって、ほとんど唯一の家族で…」
涙にぬれたフェイトを、ナノハは愛しいと思った。不謹慎だが、確かにそう思った。はたしてそれが泣きぬれていたからなのか、それとも彼女からみなぎる決意のせいなのかはわからない。だが、フェイトは美しかった。
「だけど、私はあなたを許します…アルフが、もう泣かないでって言ってるから…私は、笑って生きなきゃいけないから…」
そういってフェイトは、無理やり笑顔を作って見せたのだった。その時のシンの表情ほど哀れなものはなかった。涙でぐしょぐしょになった頬を小刻みに震わせて、聖人の愛を前にした犯罪者のような面持ちで全力で自分の罪を悔いていた。自戒の念で人が死ぬとしたら、この時シンはまちがいなく命を落としていただろう。
「俺を…こんな俺を…許してくれるのか…?」
ぎりぎり聞き取れるほどに震える声で、シンはそう絞り出した。
「はい。」
そう答えたフェイトの声は、もう震えてはいなかった。
「…っあぁ…」
そんな吐息を洩らして、シンはフェイトを抱きしめた。
「…ありがとう…俺は…必ずこの罪を償う…君を守るから…もう君を、悲しませはしないから…」
「…うん…」
そんなやり取りを見ていたナノハは、その時になって初めて自分も泣いていることに気が付いた。
U.C.0079年12月31日18時00分、ア・バオア・クーでの戦闘が鎮静に向かう中、ジオン公国のダルシア・バハロ首相は、デギン公王から生前に受けていた内密の依頼によってジオン公国を共和制に移行し、サイド6を通じて地球連邦政府へ終戦協定の締結を打診した。
これをもって、ジオン公国の始めた戦争は正式に終戦へ向かう運びとなったのである。
最終更新:2010年12月23日 19:48