第八話 世界の声
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さあ、耳をすましてごらん。
聴こえる、聴こえる。世界の声が。
知っているものは、いつでもそのままの姿であるとは限らないんだよ。
聴こえる、聴こえる。世界の声が。
知っているものは、いつでもそのままの姿であるとは限らないんだよ。
宇宙要塞ハーフムーン。
月を割った、半月のようなボウル型の小惑星。
火星圏における地球連邦軍火星方面駐留軍…つまり、「火星コロニー軍」の最重要拠点…
その付近を、一機の大型輸送艦が飛行していた。ずんぐりとしたその赤色の輸送艦は、カナリヤの同型艦『テレウス』である。
無駄な区画の多いカナリヤとは違って多数のMSを搭載でき、現在、その広い格納庫には三十機ものMSが鎮座していた。
三十機近くのローズの中に一機だけ全身を黒く塗装した機体があった。頭部の形状も少し異なっている。
黒い機体、ドル・デーのコックピットには、赤毛の男が瞑想するような面持ちで佇んでいた。
『レオ五郎右衛門隊長、玉音放送が始まったみたいです』
通信でレオ五郎右衛門と呼ばれて、赤毛の男は微かに目じりを震わした。レオ五郎右衛門というのは洗礼名である。
スペースノイドの彼がコンパニヤというマーズノイドの宗教に入信してから一年の月日が過ぎている。しかし珍妙な洗礼名には未だに慣れることが出来ないでいた。
部下にはなるべく元の名前で呼んでもらいたかったが、彼らは火星の独立にかこつけて、今では公然と互いの洗礼名を呼び合うようになっている。そこに悪意が感じられないだけに赤毛の男としては決まりが悪い。
『ああ! 教皇ペトロ四郎猊下はなんと神々しいお方なのでしょう。満ち満ちた霊(アニマ)が目に見えるようです』
画面にいるペトロ四郎の姿に部下は感極まる様子であったが、赤毛の男からしてみれば、その老人は柔和な顔立ちという以外には別に取りたてて言うべきこともない老人である。
赤毛の男は恍惚とする部下たちを窘めて、あらためて作戦内容を確認させた。作戦開始は演説が終るのと同時である。
船体下部のハッチが幾つも開いて、下半身を固定された逆さ吊りのローズが姿を現した。
『ゼスス・キリシテ、サンタ・マリヤ、サンチャゴ』
全パイロットの合唱が聞える。赤毛の男も控えめに祈りの文句を唱えた。
『ゼスス・キリシテ、サンタ・マリヤ、サンチャゴ』
下半身の固定装置が外された。重力に引かれたローズが順々に降下していく。
やがて「火星コロニー義勇軍・ダイモス」所属のMS、ローズが手にしたビームライフルを構える。
その数およそ三十。半端な戦力ではない。戦争でも始めるつもりなのだろうか。
対してそれを迎え討とうとするのは火星コロニー軍最新鋭MS、ガーランド。
その数はおよそ百。ローズの三倍以上はいる。
『どういうことだ!ベイト大佐!』
ハーフムーン司令室より響き渡る男の怒声。
火星コロニー軍・ハーフムーン司令のアーロン・キム少将の声であった。
「故郷に錦を飾りたくなりましてね、少将閣下殿。ガンダムマルスの力は我らマーズノイドのためにこそ用いられるべきでしょう」
『火星の重力に中てられて先祖返りしたか、マスター・ベイト。だが、そう簡単にこのハーフムーンが落とせると思うな!この要塞の強固さは、貴様も知っているはずだ』
しかし、真紅の機体のコックピットに坐る男は唇の端を歪めるに過ぎなかった。
通信の相手に対するものとは別に表示されたウインドウには、三重冠を被って白い法衣を着た老人が、巨大な十字架の前に立って演説する場面が映し出されている。
この映像は地球と火星圏の全コロニーに向けて放送されていた。
演説の主な内容は、マーズノイドの独立宣言と地球連邦政府への宣戦布告である。
先日宗谷陽光が行ったものとは、随分趣が違う。
「門は開かれました。去勢された人類が目覚めねばならぬ時がきたのです」
『狂信者が世迷い事を』
「水に落ちた犬を打たぬは人の子弟を誤る。狆はことに水中に打ち落としてさらに追い打たねばならぬ――古代の俚諺です。閣下を捕虜には致しません。
革命成就のために敢えて汚名を、この私、トマス金鍔次兵衛が!」
真紅の機体、ドル・デーの持つビームスマートガンのレドームが回転を始める。ガーランド隊がライフルの引き金に手をかけた。
『撃てば、貴様も死ぬぞ』
「我らが天主(デウス)
さんたくるすの御しるしをもて
我らが敵をのがしめ給え
天主ぱあてれ
ひいりよ すぴりつさんとの
御名をもて あめん」
男が奇妙な祈祷文を詠い終えたのと同時にウインドウに映る老人の演説も終了し、一拍置いてビームスマートガンから一筋の赤い閃光が放たれた。
司令部のある建物の外壁が爆発した途端、ガーランド隊の約半数の機体が、残る半数の味方に銃口を向けて引き金を引いた。彼らは示し合わせていたのである。
連邦軍のガーランド隊は不意の裏切りになす術も無く破壊されて、同士討ちにもならなかった。
『ベイト大佐――いえ、トマス金鍔次兵衛枢機卿猊下。連邦軍施設の制圧および軌道上監視衛星の破壊は滞りなく進んでおります。あと数時間もすれば完了するでしょう。
ダイモスに同意を表明したコロニーは、現在のところ全体の約六割。異教徒の多いアルカディア地域などの新興コロニー郡は中立を主張しておりますが、それも時間の問題です』
「報告ご苦労、アンデレ権八郎」
そう、その中には、アレス・ルナーク…
そして、彼の駆る真紅の戦神、ガンダムマルスの姿もあった。
但し、その様相は異なる。
機体の全身は重厚なフォルムに覆われ、その存在感を圧倒的なほどに示している。
ガンダムマルスの怒りの姿とも呼べる、「ガンダムマルス ムスペルヘイム」であった。
マルスもその重厚な追加装甲に内蔵されたミサイル類で、ハーフムーンを制圧してゆく。
派手な爆発とは裏腹に、建物の損傷自体は大したものではなかった。
外壁から内部の司令室にかけて、整った円形の穴が開き、そこから見える床のタイルに軽い焦げ付きがあるきりである。穴を塞ぐだけで司令室は機能を取り戻すであろう。
出力、照準ともにおそろしく精密なその射撃は、ガンダムマルスの性能の為せる業であった。
しかし、連邦軍にも意地という名の面子がある。
キム少将の機転により、すぐさま地球本部の軍隊からの増援が送られてくる。
その数、ムウシコス三十、ドグッシュ百。
本格的な戦争が、幕を開けようとしていた…
月を割った、半月のようなボウル型の小惑星。
火星圏における地球連邦軍火星方面駐留軍…つまり、「火星コロニー軍」の最重要拠点…
その付近を、一機の大型輸送艦が飛行していた。ずんぐりとしたその赤色の輸送艦は、カナリヤの同型艦『テレウス』である。
無駄な区画の多いカナリヤとは違って多数のMSを搭載でき、現在、その広い格納庫には三十機ものMSが鎮座していた。
三十機近くのローズの中に一機だけ全身を黒く塗装した機体があった。頭部の形状も少し異なっている。
黒い機体、ドル・デーのコックピットには、赤毛の男が瞑想するような面持ちで佇んでいた。
『レオ五郎右衛門隊長、玉音放送が始まったみたいです』
通信でレオ五郎右衛門と呼ばれて、赤毛の男は微かに目じりを震わした。レオ五郎右衛門というのは洗礼名である。
スペースノイドの彼がコンパニヤというマーズノイドの宗教に入信してから一年の月日が過ぎている。しかし珍妙な洗礼名には未だに慣れることが出来ないでいた。
部下にはなるべく元の名前で呼んでもらいたかったが、彼らは火星の独立にかこつけて、今では公然と互いの洗礼名を呼び合うようになっている。そこに悪意が感じられないだけに赤毛の男としては決まりが悪い。
『ああ! 教皇ペトロ四郎猊下はなんと神々しいお方なのでしょう。満ち満ちた霊(アニマ)が目に見えるようです』
画面にいるペトロ四郎の姿に部下は感極まる様子であったが、赤毛の男からしてみれば、その老人は柔和な顔立ちという以外には別に取りたてて言うべきこともない老人である。
赤毛の男は恍惚とする部下たちを窘めて、あらためて作戦内容を確認させた。作戦開始は演説が終るのと同時である。
船体下部のハッチが幾つも開いて、下半身を固定された逆さ吊りのローズが姿を現した。
『ゼスス・キリシテ、サンタ・マリヤ、サンチャゴ』
全パイロットの合唱が聞える。赤毛の男も控えめに祈りの文句を唱えた。
『ゼスス・キリシテ、サンタ・マリヤ、サンチャゴ』
下半身の固定装置が外された。重力に引かれたローズが順々に降下していく。
やがて「火星コロニー義勇軍・ダイモス」所属のMS、ローズが手にしたビームライフルを構える。
その数およそ三十。半端な戦力ではない。戦争でも始めるつもりなのだろうか。
対してそれを迎え討とうとするのは火星コロニー軍最新鋭MS、ガーランド。
その数はおよそ百。ローズの三倍以上はいる。
『どういうことだ!ベイト大佐!』
ハーフムーン司令室より響き渡る男の怒声。
火星コロニー軍・ハーフムーン司令のアーロン・キム少将の声であった。
「故郷に錦を飾りたくなりましてね、少将閣下殿。ガンダムマルスの力は我らマーズノイドのためにこそ用いられるべきでしょう」
『火星の重力に中てられて先祖返りしたか、マスター・ベイト。だが、そう簡単にこのハーフムーンが落とせると思うな!この要塞の強固さは、貴様も知っているはずだ』
しかし、真紅の機体のコックピットに坐る男は唇の端を歪めるに過ぎなかった。
通信の相手に対するものとは別に表示されたウインドウには、三重冠を被って白い法衣を着た老人が、巨大な十字架の前に立って演説する場面が映し出されている。
この映像は地球と火星圏の全コロニーに向けて放送されていた。
演説の主な内容は、マーズノイドの独立宣言と地球連邦政府への宣戦布告である。
先日宗谷陽光が行ったものとは、随分趣が違う。
「門は開かれました。去勢された人類が目覚めねばならぬ時がきたのです」
『狂信者が世迷い事を』
「水に落ちた犬を打たぬは人の子弟を誤る。狆はことに水中に打ち落としてさらに追い打たねばならぬ――古代の俚諺です。閣下を捕虜には致しません。
革命成就のために敢えて汚名を、この私、トマス金鍔次兵衛が!」
真紅の機体、ドル・デーの持つビームスマートガンのレドームが回転を始める。ガーランド隊がライフルの引き金に手をかけた。
『撃てば、貴様も死ぬぞ』
「我らが天主(デウス)
さんたくるすの御しるしをもて
我らが敵をのがしめ給え
天主ぱあてれ
ひいりよ すぴりつさんとの
御名をもて あめん」
男が奇妙な祈祷文を詠い終えたのと同時にウインドウに映る老人の演説も終了し、一拍置いてビームスマートガンから一筋の赤い閃光が放たれた。
司令部のある建物の外壁が爆発した途端、ガーランド隊の約半数の機体が、残る半数の味方に銃口を向けて引き金を引いた。彼らは示し合わせていたのである。
連邦軍のガーランド隊は不意の裏切りになす術も無く破壊されて、同士討ちにもならなかった。
『ベイト大佐――いえ、トマス金鍔次兵衛枢機卿猊下。連邦軍施設の制圧および軌道上監視衛星の破壊は滞りなく進んでおります。あと数時間もすれば完了するでしょう。
ダイモスに同意を表明したコロニーは、現在のところ全体の約六割。異教徒の多いアルカディア地域などの新興コロニー郡は中立を主張しておりますが、それも時間の問題です』
「報告ご苦労、アンデレ権八郎」
そう、その中には、アレス・ルナーク…
そして、彼の駆る真紅の戦神、ガンダムマルスの姿もあった。
但し、その様相は異なる。
機体の全身は重厚なフォルムに覆われ、その存在感を圧倒的なほどに示している。
ガンダムマルスの怒りの姿とも呼べる、「ガンダムマルス ムスペルヘイム」であった。
マルスもその重厚な追加装甲に内蔵されたミサイル類で、ハーフムーンを制圧してゆく。
派手な爆発とは裏腹に、建物の損傷自体は大したものではなかった。
外壁から内部の司令室にかけて、整った円形の穴が開き、そこから見える床のタイルに軽い焦げ付きがあるきりである。穴を塞ぐだけで司令室は機能を取り戻すであろう。
出力、照準ともにおそろしく精密なその射撃は、ガンダムマルスの性能の為せる業であった。
しかし、連邦軍にも意地という名の面子がある。
キム少将の機転により、すぐさま地球本部の軍隊からの増援が送られてくる。
その数、ムウシコス三十、ドグッシュ百。
本格的な戦争が、幕を開けようとしていた…
「これで、二十五…!」
呟いた陽光は、機体の持つビーム刀で、向ってくるガーランドを袈裟斬りにしつつ言う。
ローズとは違う機体、少数量産機、ドル・デーに搭乗した彼も、ハーフムーン制圧作戦に参加していたのだった。
「さすが宗谷大尉…!」
ローズパイロット達は、陽光を素直に称える。
「大尉がいれば俺達も大船に乗ったつもりで戦えるな!」
「無駄口を叩くな」
そんなローズパイロット達に向けて、陽光は威厳のある声で静かに言う。
「は、はっ!」
ローズパイロット達は一斉に静かになり、殲滅戦に集中する。
(!増援か!)
向かってきたドグッシュ隊を鋭い眼光で捉え、陽光は身構える。
「皆、敵機の増援だ!マイケル・ミッチェル隊、先行せよ!」
陽光が言うと同時にすかさず踊り出る数機のローズ。
素早い動きと巧みなフォーメーションで次々とドグッシュを撃墜してゆく。
余程優秀なパイロット達なのだろう。
続いて陽光はドル・デーの持つビーム刀を二刀流に構え、雄叫びをあげる。
「私に続けェ!すべては火星コロニー群の独立の為に!」
おおおおおおおおおお!
生まれついての実質的指導者である宗谷陽光の怒号に続き、ローズ達は統制のとれた動きで次々とドグッシュを破壊していった。
「ガンダムマルス ムスペルヘイム、目標を溶解する」
アレスは冷たく呟くと、手にしたビームバズーカのトリガーを引く。
ドオオオォォォォ!
ドルダのバスターライフル、ドルチェのロングレンジビームライフルに負けず劣らずの破壊力で、要塞ハーフムーンを撃滅させてゆく。
「炎と熱の世界」の名を冠する火星の神は、存分にその性能を発揮していた。
元々ガンダムドルダの滷獲、それができない場合破壊を目的とし、製造されたこの機体であるが、要塞攻略戦に適した形態でもあるのだった。
「この裏切り者共が!」
向かってくるガーランド。
マルスは落ち着き払った動きで、左手首部追加装甲に収納された捕縛用のグラップルスティンガーを射出する。
「!うああああ!」
ガーランドを挟み、そのまま刃で機体を両断する。
「俺の邪魔を、するな…!」
クランやシンシアに見せた時とは対照的な、それでいてデイヴやエリスに見せた憎しみとは少し異なる類の瞳をしたアレスが、静かに呟く。
呟いた陽光は、機体の持つビーム刀で、向ってくるガーランドを袈裟斬りにしつつ言う。
ローズとは違う機体、少数量産機、ドル・デーに搭乗した彼も、ハーフムーン制圧作戦に参加していたのだった。
「さすが宗谷大尉…!」
ローズパイロット達は、陽光を素直に称える。
「大尉がいれば俺達も大船に乗ったつもりで戦えるな!」
「無駄口を叩くな」
そんなローズパイロット達に向けて、陽光は威厳のある声で静かに言う。
「は、はっ!」
ローズパイロット達は一斉に静かになり、殲滅戦に集中する。
(!増援か!)
向かってきたドグッシュ隊を鋭い眼光で捉え、陽光は身構える。
「皆、敵機の増援だ!マイケル・ミッチェル隊、先行せよ!」
陽光が言うと同時にすかさず踊り出る数機のローズ。
素早い動きと巧みなフォーメーションで次々とドグッシュを撃墜してゆく。
余程優秀なパイロット達なのだろう。
続いて陽光はドル・デーの持つビーム刀を二刀流に構え、雄叫びをあげる。
「私に続けェ!すべては火星コロニー群の独立の為に!」
おおおおおおおおおお!
生まれついての実質的指導者である宗谷陽光の怒号に続き、ローズ達は統制のとれた動きで次々とドグッシュを破壊していった。
「ガンダムマルス ムスペルヘイム、目標を溶解する」
アレスは冷たく呟くと、手にしたビームバズーカのトリガーを引く。
ドオオオォォォォ!
ドルダのバスターライフル、ドルチェのロングレンジビームライフルに負けず劣らずの破壊力で、要塞ハーフムーンを撃滅させてゆく。
「炎と熱の世界」の名を冠する火星の神は、存分にその性能を発揮していた。
元々ガンダムドルダの滷獲、それができない場合破壊を目的とし、製造されたこの機体であるが、要塞攻略戦に適した形態でもあるのだった。
「この裏切り者共が!」
向かってくるガーランド。
マルスは落ち着き払った動きで、左手首部追加装甲に収納された捕縛用のグラップルスティンガーを射出する。
「!うああああ!」
ガーランドを挟み、そのまま刃で機体を両断する。
「俺の邪魔を、するな…!」
クランやシンシアに見せた時とは対照的な、それでいてデイヴやエリスに見せた憎しみとは少し異なる類の瞳をしたアレスが、静かに呟く。
裏切ったガーランドの中にはガンダムマルスやドル・デーを向いて祈るように両手を組んで跪いている機体や、大げさに十字を切る仕草をして見せる機体があった。
建物に空いた穴の横に、端末や内装の残骸、それから生身の人間が放り出されていた。気圧差で外に吸い出されたのである。
ベイトが少将閣下と呼んだ老人もそこに混じっている。
彼らの直接の死因はマルスのビームによるものではなく、主に野外活動服を着ていないことによるものであった。
最期に顔を歪める余地があったのは、火星の半端なテラ・フォーミングが理由であろう。ベイトは胸に下げた十字架に手を触れて、
「いんぴいあんぱあしすゥ
えっぽろすぺりたちすゥ
じりがつなうすゥ
おむにぽてんす……」
という古代語の呪文を唱えた。スペースノイドの元同僚たちを弔う意味があったかはわからない。彼の表情は小揺るぎもしていなかった。
建物に空いた穴の横に、端末や内装の残骸、それから生身の人間が放り出されていた。気圧差で外に吸い出されたのである。
ベイトが少将閣下と呼んだ老人もそこに混じっている。
彼らの直接の死因はマルスのビームによるものではなく、主に野外活動服を着ていないことによるものであった。
最期に顔を歪める余地があったのは、火星の半端なテラ・フォーミングが理由であろう。ベイトは胸に下げた十字架に手を触れて、
「いんぴいあんぱあしすゥ
えっぽろすぺりたちすゥ
じりがつなうすゥ
おむにぽてんす……」
という古代語の呪文を唱えた。スペースノイドの元同僚たちを弔う意味があったかはわからない。彼の表情は小揺るぎもしていなかった。
(ああ…!)
先程の黒く塗装されたドル・デーに搭乗した男、レオ五郎右衛門、いや、ジミー・アン元火星コロニー軍大尉は顔をくしゃくしゃに歪めていた。
元々気が優しく、争いごとを好まない性格の為、彼は自らが為したことに相当な後ろめたさを感じていた。
(私は…私は…)
地球連邦政府の圧政のせいで、コロニーに住まう愛する妻と息子を失い、途方にくれていたところを、気の合う同僚である宗谷陽光に誘われたのだった。
ほら、この男も。
どうしようもない、世界の声が物語る。
相応の悲劇を持たぬ人の方が珍しいこの世界。
『ジミー、君の力を借りたい。我々の大いなる過去と未来の為、共に闘おう!』
MSパイロットとして優秀な彼は、元々の大尉という称号もあってか、直ぐに専用のドル・デーを与えられた。
しかし、心根が優しく小心者である彼は、現在の状況をひたすら憂いていた。
(ああ、リンダ、ハンス…私は…)
亡き妻と息子の名を呼び、赤毛の男は一人、むせび泣いた。
先程の黒く塗装されたドル・デーに搭乗した男、レオ五郎右衛門、いや、ジミー・アン元火星コロニー軍大尉は顔をくしゃくしゃに歪めていた。
元々気が優しく、争いごとを好まない性格の為、彼は自らが為したことに相当な後ろめたさを感じていた。
(私は…私は…)
地球連邦政府の圧政のせいで、コロニーに住まう愛する妻と息子を失い、途方にくれていたところを、気の合う同僚である宗谷陽光に誘われたのだった。
ほら、この男も。
どうしようもない、世界の声が物語る。
相応の悲劇を持たぬ人の方が珍しいこの世界。
『ジミー、君の力を借りたい。我々の大いなる過去と未来の為、共に闘おう!』
MSパイロットとして優秀な彼は、元々の大尉という称号もあってか、直ぐに専用のドル・デーを与えられた。
しかし、心根が優しく小心者である彼は、現在の状況をひたすら憂いていた。
(ああ、リンダ、ハンス…私は…)
亡き妻と息子の名を呼び、赤毛の男は一人、むせび泣いた。
…これが、進宇宙歴102年に起こった、後の歴史に言うところの、「半月崩落事変」である。
死者2万余名、行方不明者3万余名、負傷者二百余名…
しかし、これほどの事件も、これから起こる悲劇の序曲に過ぎないのだった…
分厚いスーツ越しですら、冴えた空気を感じている。
白銀に光る肌を眺めながら、クランはゆっくりと月の大地に降り立った。
弛んだコードを引き寄せた。ぴん、と張りつめたのを確認して、背部からエアを吐き出しながら彼女は飛んだ。
「ナルコレプシー、こちら01よ」
『オーケー、聞こえてる。デブリには気を付けろよ』
答えるのはヴァイス。先日クランが行方不明になりかけたのを気にしているのか、なんだか優しい声だ。
ナルコレプシー…火星開発公社の小型飛行挺だ。
元々クラン達第一次調査隊が火星に降り立った時に使用されたものだったが、燃料が尽き、第七次調査団のカナリヤによって、燃料の補給を受けていたのだった。
『お姉ちゃん』
か弱い声。ドルダに搭乗していた少女、シンシアのものだ。
「シンシアも。何をそんな声を出すの?」
『違うの。いってらっしゃい』
「…行ってくるわ」
クランはゆっくりと歩き出す。これからどうするか、どうしなければならないのか…
考えた末、月面に存在する人々の町へと、これから踏み出すところだ。
(心配してくれているのかしら)
あの子の感じている事は分からないわ……、とクランは声には出さずに呟いた。
火星の地下遺跡でシンシアを発見してから、そしてガンダムドルチェの最後の攻撃から、命からがら逃げ出してから…
ドルダはカナリヤと合流することに成功したのだった。
フィリアは、共に地球へ向かうことを提案した。
しかし、今の時代、地球は立ち入り禁止だ。
特にコロニー生まれコロニー育ちのギデオンやヴァイス、ミランダなどは。
また同様に、クランとて18の時までは地球で暮らしていたが、一度地球を捨てた身である。
そう簡単に戻れるわけもなく、調査隊の面々は、少しの燃料をカナリヤから分けてもらい、月へと逃げ出して来たのだった。
ここにも、世界の声。コロニーの者は入ってくるな!
…クラン達の所属する公社の支部に戻るには、まず月を経由しなければならない、というのもあるのだが。
クランとナルコレプシーが通信を行えるのは、ノーマルスーツの腰から伸びた、緊急時の通信用コードのおかげだった。
命綱の役割も果たすそれが伸びる範囲は約1km以内。艦に搭載されていた月面図では、この近くに施設があるはずだったが――。
(何も無し、か)
地球所属である月ならばそうそう死にはしないだろうが、助けがなければ緩やかな死を待つのみである。
O2だって無限ではない。
クランには、急にメットが息苦しいものに思えてきた。
『クラン、大丈夫か?』
「大丈夫よ。それより、付近の警戒をきちんとしなさい。私ももう大分離れてるのよ」
『分かってるよ。なあ、本当に――』
「行ってくる」
通信を切り、クランは大地を蹴る。彼女の身体が、ゆっくりと旋回しながら宙を舞う。
星空。
蒼い影を残しながら、地球が流れていった。
「……感傷に浸る暇は無いのよ」
まず生きる事を考え、次にシンシアをどうするかを考え、それから――
目には見えないはずの、「やるべき事の山」が高く積もっている様が見えるようで、クランはうんざりした。
だが、それすらも今は許されない。まだ偵察任務は終わってはいないのだ。
星空に目を走らせる。
星々の冷たい光が、身体を突き刺すようだった。
「ウサギもカグヤも居ないのね」
呟きはナルコレプシーには届かない。今は通信を切っていた。
「異常無し。ついでに目標の施設も……」
一周して月面と向き合った身体を星空に向き直す。
感傷に浸る暇はない、と自らに言い聞かせつつも、クランは考えてしまう。
(アレス…)
クランの目からこぼれた涙が、白銀の大地を映す…
死者2万余名、行方不明者3万余名、負傷者二百余名…
しかし、これほどの事件も、これから起こる悲劇の序曲に過ぎないのだった…
分厚いスーツ越しですら、冴えた空気を感じている。
白銀に光る肌を眺めながら、クランはゆっくりと月の大地に降り立った。
弛んだコードを引き寄せた。ぴん、と張りつめたのを確認して、背部からエアを吐き出しながら彼女は飛んだ。
「ナルコレプシー、こちら01よ」
『オーケー、聞こえてる。デブリには気を付けろよ』
答えるのはヴァイス。先日クランが行方不明になりかけたのを気にしているのか、なんだか優しい声だ。
ナルコレプシー…火星開発公社の小型飛行挺だ。
元々クラン達第一次調査隊が火星に降り立った時に使用されたものだったが、燃料が尽き、第七次調査団のカナリヤによって、燃料の補給を受けていたのだった。
『お姉ちゃん』
か弱い声。ドルダに搭乗していた少女、シンシアのものだ。
「シンシアも。何をそんな声を出すの?」
『違うの。いってらっしゃい』
「…行ってくるわ」
クランはゆっくりと歩き出す。これからどうするか、どうしなければならないのか…
考えた末、月面に存在する人々の町へと、これから踏み出すところだ。
(心配してくれているのかしら)
あの子の感じている事は分からないわ……、とクランは声には出さずに呟いた。
火星の地下遺跡でシンシアを発見してから、そしてガンダムドルチェの最後の攻撃から、命からがら逃げ出してから…
ドルダはカナリヤと合流することに成功したのだった。
フィリアは、共に地球へ向かうことを提案した。
しかし、今の時代、地球は立ち入り禁止だ。
特にコロニー生まれコロニー育ちのギデオンやヴァイス、ミランダなどは。
また同様に、クランとて18の時までは地球で暮らしていたが、一度地球を捨てた身である。
そう簡単に戻れるわけもなく、調査隊の面々は、少しの燃料をカナリヤから分けてもらい、月へと逃げ出して来たのだった。
ここにも、世界の声。コロニーの者は入ってくるな!
…クラン達の所属する公社の支部に戻るには、まず月を経由しなければならない、というのもあるのだが。
クランとナルコレプシーが通信を行えるのは、ノーマルスーツの腰から伸びた、緊急時の通信用コードのおかげだった。
命綱の役割も果たすそれが伸びる範囲は約1km以内。艦に搭載されていた月面図では、この近くに施設があるはずだったが――。
(何も無し、か)
地球所属である月ならばそうそう死にはしないだろうが、助けがなければ緩やかな死を待つのみである。
O2だって無限ではない。
クランには、急にメットが息苦しいものに思えてきた。
『クラン、大丈夫か?』
「大丈夫よ。それより、付近の警戒をきちんとしなさい。私ももう大分離れてるのよ」
『分かってるよ。なあ、本当に――』
「行ってくる」
通信を切り、クランは大地を蹴る。彼女の身体が、ゆっくりと旋回しながら宙を舞う。
星空。
蒼い影を残しながら、地球が流れていった。
「……感傷に浸る暇は無いのよ」
まず生きる事を考え、次にシンシアをどうするかを考え、それから――
目には見えないはずの、「やるべき事の山」が高く積もっている様が見えるようで、クランはうんざりした。
だが、それすらも今は許されない。まだ偵察任務は終わってはいないのだ。
星空に目を走らせる。
星々の冷たい光が、身体を突き刺すようだった。
「ウサギもカグヤも居ないのね」
呟きはナルコレプシーには届かない。今は通信を切っていた。
「異常無し。ついでに目標の施設も……」
一周して月面と向き合った身体を星空に向き直す。
感傷に浸る暇はない、と自らに言い聞かせつつも、クランは考えてしまう。
(アレス…)
クランの目からこぼれた涙が、白銀の大地を映す…
「それでは皆様、良い夢を♪」
ドォォォォォォォ!
ガンダムドルチェによって放たれた最大出力のビームエネルギー。
「させない!」
絶望しかけた三人を余所に、一人シンシアだけが毅然とした表情で立ち向かう。
ドルダが、再び輝く。
やがてドルダの両肩から、虹色の光が輝いたと思うと、そのままビームフィールドが火星全体を包む。
「あああああああああああ!」
シンシアが叫ぶのと同時に、虹色のフィールドが、ドルチェのビームを吸収していく。
ドドドドドドドド!
ガンダムドルダは、力強くそのすべてを受けとめる。
しかしドルチェは、そんなことはもうどうでもいいとでも言うように、デイヴを乗せたまま離脱して行った。
ドルチェが去っていくのを見届けた後、シンシアは薄く笑うと、静かに気を失ったのだった。
『シンシア!アレス!』
叫ぶクラン。気を失ったシンシアを心配して。そして、自らの前から去っていくアレスを呼びとめるかのように。
クランは、あの時の光景を忘れることが出来ないのであった…
「アレス!」
帰還し、シャワーを浴び終えたアレスに、一人の少年が抱きつく。
陽気な表情の、金髪の美少年だ。
「エステル」
エステルと呼ばれた少年が問う。
「辛かっただろ、今度の作戦…」
「問題ない。もう後戻りは出来ないのだからな」
今度は心底悲しそうにアレスを心配して言うエステルと、気にも留めないといった表情のアレス。
「そっか。うん、なら良かった」
安心するエステル。
「ねぇ、アレス。この世界は悲しいことばかりだ。なにか辛いことがあっても、くじけちゃ駄目だよ」
「…分かっている」
「君には、僕がついてるから」
「……」
アレスの肩に手を置くエステル。
少年の素性の一切は謎だが、共にダイモスに所属する者として、エステルはアレスを何かと気づかい、弟のように接していた。
そしてアレスに気づかれないように、エステルは憂いを帯びた表情で想う。
(君の思っていることはわかるよ…辛いんだね、アレス)
二人の少年は、何も言わないまま、静かに同じ時を共有し続けた。
ドォォォォォォォ!
ガンダムドルチェによって放たれた最大出力のビームエネルギー。
「させない!」
絶望しかけた三人を余所に、一人シンシアだけが毅然とした表情で立ち向かう。
ドルダが、再び輝く。
やがてドルダの両肩から、虹色の光が輝いたと思うと、そのままビームフィールドが火星全体を包む。
「あああああああああああ!」
シンシアが叫ぶのと同時に、虹色のフィールドが、ドルチェのビームを吸収していく。
ドドドドドドドド!
ガンダムドルダは、力強くそのすべてを受けとめる。
しかしドルチェは、そんなことはもうどうでもいいとでも言うように、デイヴを乗せたまま離脱して行った。
ドルチェが去っていくのを見届けた後、シンシアは薄く笑うと、静かに気を失ったのだった。
『シンシア!アレス!』
叫ぶクラン。気を失ったシンシアを心配して。そして、自らの前から去っていくアレスを呼びとめるかのように。
クランは、あの時の光景を忘れることが出来ないのであった…
「アレス!」
帰還し、シャワーを浴び終えたアレスに、一人の少年が抱きつく。
陽気な表情の、金髪の美少年だ。
「エステル」
エステルと呼ばれた少年が問う。
「辛かっただろ、今度の作戦…」
「問題ない。もう後戻りは出来ないのだからな」
今度は心底悲しそうにアレスを心配して言うエステルと、気にも留めないといった表情のアレス。
「そっか。うん、なら良かった」
安心するエステル。
「ねぇ、アレス。この世界は悲しいことばかりだ。なにか辛いことがあっても、くじけちゃ駄目だよ」
「…分かっている」
「君には、僕がついてるから」
「……」
アレスの肩に手を置くエステル。
少年の素性の一切は謎だが、共にダイモスに所属する者として、エステルはアレスを何かと気づかい、弟のように接していた。
そしてアレスに気づかれないように、エステルは憂いを帯びた表情で想う。
(君の思っていることはわかるよ…辛いんだね、アレス)
二人の少年は、何も言わないまま、静かに同じ時を共有し続けた。
「お帰り、姉さん」
そこはどこかもわからない。天国のように明るい場所であり、闇のように暗い場所でもある。
炎と熱の世界とも、氷と闇の世界とも呼べるそんな場所で、少年の声が凛と響く。
「どうだった、ドルダは?僕らの新しい“妹”は?」
「ハンス」
ハンスと呼ばれた少年。薄い銀髪に、燃えるような赤毛がちらほら混じった不思議な髪をした美少年だ。
「失敗作。使えそうにないわ」
大袈裟なジェスチャーで、肩を竦めるようにしてエリスが言う。
「それで、彼の方は?」
少年が言う。
「今は、眠ってもらっているわ」
「まさか、連れて帰ってくるとはね。姉さんらしいや」
「もう!色々邪魔が入ったの!」
からかうように薄く、美しく笑う銀髪の少年と、ふくれっ面をしてみせる金髪の美少女。
「それで、これからどうするつもり?」
「ハンス…世界の声を、もっと、聞きたくない?」
ニヤリと嫌な笑みを見せる少女。
「ああ、そうだね」
少年は目を閉じて、薄く笑うだけだったが、考えていることは少女と同じのようだった。
そこはどこかもわからない。天国のように明るい場所であり、闇のように暗い場所でもある。
炎と熱の世界とも、氷と闇の世界とも呼べるそんな場所で、少年の声が凛と響く。
「どうだった、ドルダは?僕らの新しい“妹”は?」
「ハンス」
ハンスと呼ばれた少年。薄い銀髪に、燃えるような赤毛がちらほら混じった不思議な髪をした美少年だ。
「失敗作。使えそうにないわ」
大袈裟なジェスチャーで、肩を竦めるようにしてエリスが言う。
「それで、彼の方は?」
少年が言う。
「今は、眠ってもらっているわ」
「まさか、連れて帰ってくるとはね。姉さんらしいや」
「もう!色々邪魔が入ったの!」
からかうように薄く、美しく笑う銀髪の少年と、ふくれっ面をしてみせる金髪の美少女。
「それで、これからどうするつもり?」
「ハンス…世界の声を、もっと、聞きたくない?」
ニヤリと嫌な笑みを見せる少女。
「ああ、そうだね」
少年は目を閉じて、薄く笑うだけだったが、考えていることは少女と同じのようだった。
八話 終 九話に続く