第九話 月夜のルナリアン
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ここは…一体…?
俺は、死んだのか…
薄暗いな…天国ってのはこんなにも薄ら寒いトコなのかよ…
いや、それとも地獄の入口か。こんな俺にはお似合いのトコかもな。
楽に死ねたんだ、それもまた一興。
面倒な人付き合いも、荒んだニートでいることももうねえ。
過去の悲劇から、俺も漸く解放される…もういいだろ、十分苦しんだんだ。
頑張ったよ、俺は。
俺は、死んだのか…
薄暗いな…天国ってのはこんなにも薄ら寒いトコなのかよ…
いや、それとも地獄の入口か。こんな俺にはお似合いのトコかもな。
楽に死ねたんだ、それもまた一興。
面倒な人付き合いも、荒んだニートでいることももうねえ。
過去の悲劇から、俺も漸く解放される…もういいだろ、十分苦しんだんだ。
頑張ったよ、俺は。
父さん、母さん、フィリアにディック…
クラン、アレス、シンシア…
クラン、アレス、シンシア…
………あー、まだ、死にたくねえなぁ…
デイヴィッド・リマーはやがて目を覚ます。
目を覚ました時、自分の顔のすぐ目の前には、顔を覗き込むようにしていた少年の顔があった。
「!」
デイヴは驚いて思いきり仰け反ろうとする。
が、そうしてしまったことが悲劇の始まりだった。
ゴツン!
自分の額と、少年の額が思いきりぶつかる。
「いった~…目が覚めたみたいだね、デイヴ。元気そうでなによりだ」
よろめいて額に手を当てる少年。あちゃ~、と呟きながら軽く舌を出す。
滑稽に見えるが、何よりも銀髪にちらほら覗く赤毛、という不思議な髪に目がいくせいでそんなことはどうでもよく思えてくる。
「ここは…お前は、誰だ」
同じく、頭に走る痛みに顔をしかめながらも、デイヴは目の前の少年を睨みつける。
「ああ、まだ動かない方がいい。一応傷の手当はしておいたけど、もう少し安静にしててね」
薄くほほ笑んだ少年。
怪訝に思い自らの体に目をやると、ガンダムマルスとの戦いによる負傷がすべて完治していた。
「おま、俺に、何しやがった…」
「傷を治したのさ、君が怪我をしていたから。…ああ、自己紹介がまだだったね、僕の名はハンス。宜しくね、デイヴ」
にっこりと無邪気な笑みを湛え、少年は右手を差し出す。
対してデイヴの方は左手を差し出す。
不意に、ぶつかり合う両者の手。ハンスは少し驚いたような顔をしてみせ、すぐにニヤリと笑う。
「…俺は左利きだ。それはそうと、お前は何者だ?何故俺のことを知っている?何で俺がここにいるのか理由を聞かせてくれ」
デイヴは目を細め、少年の瞳を捉える。
「そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃないか、デイヴ。君のことは姉さんから聞いていたよ。姉さん、すっかり君に夢中だ」
対してハンスは目を閉じて、やや皮肉を言うように冗談混じりで答える。
「姉さん、だと…?」
デイヴが訝しげにしていると、部屋の扉が開く。
扉の向こうには、自分を一時甘美な純白の世界へと誘った、金髪の美少女の姿があった。
「!お前…!!」
驚愕の表情を見せるデイヴ。
「デイヴ!目が覚めたのね!」
少女は駆け寄ると、上半身を起こしたまま横になっているデイヴに抱きつく。
「良かった!心配してたのよ!」
少女は嬉しそうに、デイヴを抱き締める。
デイヴは、鼻腔をくすぐる少女の香りに目を白黒させそうになるが、少女の手をとり突き放す。
「離れろ」
あん、少女が残念そうに言う。
「色々聞きたいことはあるが、お前らがまともに答えてくれそうもないことはよく分かった。とりあえず、俺がお前らに望むことは一つだ」
デイヴは人差し指を立てて言う。
「帰してくれ。そしてもう二度と俺に関わらないでくれ。そっとしといてくれ」
「三つもあるじゃない、欲張り~」
金髪の美少女、エリスがクスクスと笑う。
「残念ながら、その願いは一つしか聞けないね、デイヴ」
落ち着き払ったまま、答えるハンス。
「じゃあ関わらないでくれ」
「イヤ、それじゃなくて…ていうか答えるの早いなぁ…」
あはは、ハンスは人差し指で頬を軽く掻きながら、頼りなく笑う。
「デイヴをね、故郷に帰してアゲる」
エリスが先程デイヴがしてみせたように、人差し指を立ててから言う。
「故郷って…あのボロくせえ小惑星か?…まあ何でもいいよ。帰してくれりゃ」
ぶっきらぼうに言うデイヴ。もはやこの姉弟と問答する気はないらしい。
「そうじゃないの。地球よ、地球。ブルーアース。…地球は青かった!誰の言葉か知ってる?」
エリスが大げさなジェスチャーをしながら言う。
「地球…?ハッ、帰れるわけねえだろ。確かに俺はアースノイドだ。でも一旦地球を捨てた身だ」
デイヴは自嘲気味に言う。
この時代、地球生まれ地球育ちの「アースノイド」といえど、旅行等の事由以外で地球を離れ、コロニーや小惑星群に一度移住したならば、地球に戻ることなど出来ないにであった。
もっとも、旅行などといったことが出来る人種も、そうそういやしないのだが。
「あら、そんなことないわよ?…宇宙船地球号!誰の言葉か知ってる?」
首をかしげながら言うエリス。
「デイヴ。フィリア・シュード達は一旦地球に戻った。いや、何も君を見捨てたわけじゃない。君をもう一度きちんと探すため、本部に調査隊を呼びに行ったのさ、報告も兼ねて」
ハンスが口を挟む。
デイヴが口を開きかけたと同時に、ハンスは続ける。
「僕達は、今から君を火星開発公社の地球本社に送り届けるつもりだ。親友を、これ以上心配させたくはないだろ?」
ニコニコと微笑み続ける姉弟。
デイヴは根負けしたのか、ハァッと大きな溜息を一つ吐くと、諦めたように言う。
「お前らが何でフィリアのことや諸々の事情を知ってるのか、とかどうやって地球に帰る手筈を整えるんだ、とか気になることはたくさんあるが」
言葉を切るデイヴ。
「…分かったよ。おもしれえじゃねえか、そんなに言うなら俺を地球に連れてってくれよ」
その言葉を聞いて喜ぶ姉弟。
「嬉しい!それじゃ、早速準備しなくちゃね」
「良かったね、姉さん。デイヴ、僕は用事があるからここを離れられないんだけど、姉さんと二人で良い旅を」
二人で、という言葉を聞いて若干イヤそうな顔をするデイヴ。
「何よぉ」
エリスがふくれっ面でデイヴを見る。
「…別に。で、どうやって帰んだよ」
「決まってるじゃない、ドルチェを使うのよ♪」
満面の笑みで、人差し指を振りながら、言うエリス。
「冗談じゃねえ!またあの機体に乗れって言うのかよ!」
「だって今あれしかないんだもーん」
「ふざけるな!」
「じゃあ帰るのやめよっか?ずっとここで二人で暮らすのもいいわね。毎日デイヴの好きな物、作ったげる」
「もっとふざけるな!」
「…なによぉー」
テンポ良く掛け合う二人。そこにハンスが口を挟む。
「心配しなくていい、デイヴ。戦いなんて起こりやしないし、考えてもない。あくまで君を送り届ける為の、手段さ」
デイヴは両手で頭を掻きながら叫び出す。
「…だぁー!ちくしょう!分かったよ、分かったから俺を帰せ!もうどうにでもなりやがれ!」
「そうこなくちゃ♪」
寝台から立ち上がり歩き出すデイヴィッド・リマーの手を取ると、金髪の美少女、エリスはニヤリと笑ったまま、ガンダムドルチェの格納庫へと歩き出した。
地球にいた頃は、夜に兄弟三人でよく月を眺めたものだ。
その美しさに感嘆の溜息を洩らしていると、シンシアなどはよくこう言っていた。
『私、いつか月に行ってみたいなぁ…だってこんなに遠くから眺めてても綺麗なんだもの。ホントに行ったら、きっともっと綺麗よ!』
力説するシンシアの目はキラキラと輝いている。
それを聞いたアレスが、わぁー、と洩らし張り切ってから言う。
『だったらいつか、僕がお姉ちゃん達を月に連れて行ってあげるよ!こーんなでっかい宇宙船を造って、父さんと、母さんと、五人で行くんだ!』
両手を一杯に広げて見せるアレス。
『本当!?約束よ?アレス』
シンシアが、心から嬉しそうな笑顔を浮かべる。
『うん!僕、うーんと勉強して、大きな宇宙船を造ってみせるから!』
張り切るアレス。
そんな二人を見て、クランは言うのだ。
『あら、でもこないだの算数のテストがあの点数じゃ、どうかしらね?』
『あぁ、お姉ちゃん!それは言わないでよ~…』
クスクスと笑うシンシア。
やがてその笑いは、二人にも広がって…
そして父と母も笑って、家族全体を、温かい光が包むのだった…
目を覚ました時、自分の顔のすぐ目の前には、顔を覗き込むようにしていた少年の顔があった。
「!」
デイヴは驚いて思いきり仰け反ろうとする。
が、そうしてしまったことが悲劇の始まりだった。
ゴツン!
自分の額と、少年の額が思いきりぶつかる。
「いった~…目が覚めたみたいだね、デイヴ。元気そうでなによりだ」
よろめいて額に手を当てる少年。あちゃ~、と呟きながら軽く舌を出す。
滑稽に見えるが、何よりも銀髪にちらほら覗く赤毛、という不思議な髪に目がいくせいでそんなことはどうでもよく思えてくる。
「ここは…お前は、誰だ」
同じく、頭に走る痛みに顔をしかめながらも、デイヴは目の前の少年を睨みつける。
「ああ、まだ動かない方がいい。一応傷の手当はしておいたけど、もう少し安静にしててね」
薄くほほ笑んだ少年。
怪訝に思い自らの体に目をやると、ガンダムマルスとの戦いによる負傷がすべて完治していた。
「おま、俺に、何しやがった…」
「傷を治したのさ、君が怪我をしていたから。…ああ、自己紹介がまだだったね、僕の名はハンス。宜しくね、デイヴ」
にっこりと無邪気な笑みを湛え、少年は右手を差し出す。
対してデイヴの方は左手を差し出す。
不意に、ぶつかり合う両者の手。ハンスは少し驚いたような顔をしてみせ、すぐにニヤリと笑う。
「…俺は左利きだ。それはそうと、お前は何者だ?何故俺のことを知っている?何で俺がここにいるのか理由を聞かせてくれ」
デイヴは目を細め、少年の瞳を捉える。
「そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃないか、デイヴ。君のことは姉さんから聞いていたよ。姉さん、すっかり君に夢中だ」
対してハンスは目を閉じて、やや皮肉を言うように冗談混じりで答える。
「姉さん、だと…?」
デイヴが訝しげにしていると、部屋の扉が開く。
扉の向こうには、自分を一時甘美な純白の世界へと誘った、金髪の美少女の姿があった。
「!お前…!!」
驚愕の表情を見せるデイヴ。
「デイヴ!目が覚めたのね!」
少女は駆け寄ると、上半身を起こしたまま横になっているデイヴに抱きつく。
「良かった!心配してたのよ!」
少女は嬉しそうに、デイヴを抱き締める。
デイヴは、鼻腔をくすぐる少女の香りに目を白黒させそうになるが、少女の手をとり突き放す。
「離れろ」
あん、少女が残念そうに言う。
「色々聞きたいことはあるが、お前らがまともに答えてくれそうもないことはよく分かった。とりあえず、俺がお前らに望むことは一つだ」
デイヴは人差し指を立てて言う。
「帰してくれ。そしてもう二度と俺に関わらないでくれ。そっとしといてくれ」
「三つもあるじゃない、欲張り~」
金髪の美少女、エリスがクスクスと笑う。
「残念ながら、その願いは一つしか聞けないね、デイヴ」
落ち着き払ったまま、答えるハンス。
「じゃあ関わらないでくれ」
「イヤ、それじゃなくて…ていうか答えるの早いなぁ…」
あはは、ハンスは人差し指で頬を軽く掻きながら、頼りなく笑う。
「デイヴをね、故郷に帰してアゲる」
エリスが先程デイヴがしてみせたように、人差し指を立ててから言う。
「故郷って…あのボロくせえ小惑星か?…まあ何でもいいよ。帰してくれりゃ」
ぶっきらぼうに言うデイヴ。もはやこの姉弟と問答する気はないらしい。
「そうじゃないの。地球よ、地球。ブルーアース。…地球は青かった!誰の言葉か知ってる?」
エリスが大げさなジェスチャーをしながら言う。
「地球…?ハッ、帰れるわけねえだろ。確かに俺はアースノイドだ。でも一旦地球を捨てた身だ」
デイヴは自嘲気味に言う。
この時代、地球生まれ地球育ちの「アースノイド」といえど、旅行等の事由以外で地球を離れ、コロニーや小惑星群に一度移住したならば、地球に戻ることなど出来ないにであった。
もっとも、旅行などといったことが出来る人種も、そうそういやしないのだが。
「あら、そんなことないわよ?…宇宙船地球号!誰の言葉か知ってる?」
首をかしげながら言うエリス。
「デイヴ。フィリア・シュード達は一旦地球に戻った。いや、何も君を見捨てたわけじゃない。君をもう一度きちんと探すため、本部に調査隊を呼びに行ったのさ、報告も兼ねて」
ハンスが口を挟む。
デイヴが口を開きかけたと同時に、ハンスは続ける。
「僕達は、今から君を火星開発公社の地球本社に送り届けるつもりだ。親友を、これ以上心配させたくはないだろ?」
ニコニコと微笑み続ける姉弟。
デイヴは根負けしたのか、ハァッと大きな溜息を一つ吐くと、諦めたように言う。
「お前らが何でフィリアのことや諸々の事情を知ってるのか、とかどうやって地球に帰る手筈を整えるんだ、とか気になることはたくさんあるが」
言葉を切るデイヴ。
「…分かったよ。おもしれえじゃねえか、そんなに言うなら俺を地球に連れてってくれよ」
その言葉を聞いて喜ぶ姉弟。
「嬉しい!それじゃ、早速準備しなくちゃね」
「良かったね、姉さん。デイヴ、僕は用事があるからここを離れられないんだけど、姉さんと二人で良い旅を」
二人で、という言葉を聞いて若干イヤそうな顔をするデイヴ。
「何よぉ」
エリスがふくれっ面でデイヴを見る。
「…別に。で、どうやって帰んだよ」
「決まってるじゃない、ドルチェを使うのよ♪」
満面の笑みで、人差し指を振りながら、言うエリス。
「冗談じゃねえ!またあの機体に乗れって言うのかよ!」
「だって今あれしかないんだもーん」
「ふざけるな!」
「じゃあ帰るのやめよっか?ずっとここで二人で暮らすのもいいわね。毎日デイヴの好きな物、作ったげる」
「もっとふざけるな!」
「…なによぉー」
テンポ良く掛け合う二人。そこにハンスが口を挟む。
「心配しなくていい、デイヴ。戦いなんて起こりやしないし、考えてもない。あくまで君を送り届ける為の、手段さ」
デイヴは両手で頭を掻きながら叫び出す。
「…だぁー!ちくしょう!分かったよ、分かったから俺を帰せ!もうどうにでもなりやがれ!」
「そうこなくちゃ♪」
寝台から立ち上がり歩き出すデイヴィッド・リマーの手を取ると、金髪の美少女、エリスはニヤリと笑ったまま、ガンダムドルチェの格納庫へと歩き出した。
地球にいた頃は、夜に兄弟三人でよく月を眺めたものだ。
その美しさに感嘆の溜息を洩らしていると、シンシアなどはよくこう言っていた。
『私、いつか月に行ってみたいなぁ…だってこんなに遠くから眺めてても綺麗なんだもの。ホントに行ったら、きっともっと綺麗よ!』
力説するシンシアの目はキラキラと輝いている。
それを聞いたアレスが、わぁー、と洩らし張り切ってから言う。
『だったらいつか、僕がお姉ちゃん達を月に連れて行ってあげるよ!こーんなでっかい宇宙船を造って、父さんと、母さんと、五人で行くんだ!』
両手を一杯に広げて見せるアレス。
『本当!?約束よ?アレス』
シンシアが、心から嬉しそうな笑顔を浮かべる。
『うん!僕、うーんと勉強して、大きな宇宙船を造ってみせるから!』
張り切るアレス。
そんな二人を見て、クランは言うのだ。
『あら、でもこないだの算数のテストがあの点数じゃ、どうかしらね?』
『あぁ、お姉ちゃん!それは言わないでよ~…』
クスクスと笑うシンシア。
やがてその笑いは、二人にも広がって…
そして父と母も笑って、家族全体を、温かい光が包むのだった…
(そういえば、そんなこともあったっけ)
何も見つからない状況を不安に思いつつも、クランはそんな昔のことを思い出し、笑っていた。
いつだってそうだった。
辛い時こそ、笑わなきゃ…
それは彼女が、彼女の人生そのものから学んできた教訓だった。
(この辺一体は探し終えたわね…)
クランは確認するように辺りを見渡すと、踵を返し、再び月の大地を歩きだす。
何も見つからない状況を不安に思いつつも、クランはそんな昔のことを思い出し、笑っていた。
いつだってそうだった。
辛い時こそ、笑わなきゃ…
それは彼女が、彼女の人生そのものから学んできた教訓だった。
(この辺一体は探し終えたわね…)
クランは確認するように辺りを見渡すと、踵を返し、再び月の大地を歩きだす。
地球に到着したフィリア・シュード達第七次調査団は、直に報告書を作成し、同時にデイヴィッド・リマー捜索の申し立てを行っていた。
しかし、デイヴ捜索の件は曖昧にされたまま、アルフ・スメッグヘッド教授とディック・オメコスキー中尉、そして隊の主任であった自分とが、公社の重鎮から呼び出されていたのだった。
「失礼します」
扉を開けるフィリア。
スメッグヘッドとディックは既に部屋で待機していた。
部屋の中にある椅子に腰かけていた男がフィリアの姿を確認すると、片手を挙げて陽気に微笑む。
「やあ、よく来てくれたよ、シュード主任。俺は公社のカナン・ラヴホールド。一応人事課のモンだ。宜しく」
男と握手を交わす。
そして男の傍に控えていた女性が、恭しく自己紹介をする。
「同じく、人事課のヴァニラ・ヴァニニですわ」
「フィリア・シュードです、宜しく」
挨拶を済ませると、男、カナンが再び椅子に座る。
「早速本題に入ろう。実は、あなた達三人は連邦政府のお偉いさんに呼び出されててね。今から彼に会いにいかなければならないんだ」
「お偉いさん、ねえ」
ディックが怪訝そうな顔をする。
スメッグヘッド教授は少し機嫌が悪そうだ。
「手短に済ませて貰いたいものだな。私には、時間が惜しい」
「ソイツはちょっと、難しいかもしれません、教授。なにせ彼は、相当マイペースなので」
カナンが教授の呟きに答える。
「さあ、行きましょう。ご案内いたしますわ」
ヴァニラが言うと、小型の五、六人乗り程度の飛空挺(この世界における乗用車のようなものだ)が、姿を現す。
カナンが両手で窓を開き、高らかに言う。
「ジャイアントマンの元へ」
しかし、デイヴ捜索の件は曖昧にされたまま、アルフ・スメッグヘッド教授とディック・オメコスキー中尉、そして隊の主任であった自分とが、公社の重鎮から呼び出されていたのだった。
「失礼します」
扉を開けるフィリア。
スメッグヘッドとディックは既に部屋で待機していた。
部屋の中にある椅子に腰かけていた男がフィリアの姿を確認すると、片手を挙げて陽気に微笑む。
「やあ、よく来てくれたよ、シュード主任。俺は公社のカナン・ラヴホールド。一応人事課のモンだ。宜しく」
男と握手を交わす。
そして男の傍に控えていた女性が、恭しく自己紹介をする。
「同じく、人事課のヴァニラ・ヴァニニですわ」
「フィリア・シュードです、宜しく」
挨拶を済ませると、男、カナンが再び椅子に座る。
「早速本題に入ろう。実は、あなた達三人は連邦政府のお偉いさんに呼び出されててね。今から彼に会いにいかなければならないんだ」
「お偉いさん、ねえ」
ディックが怪訝そうな顔をする。
スメッグヘッド教授は少し機嫌が悪そうだ。
「手短に済ませて貰いたいものだな。私には、時間が惜しい」
「ソイツはちょっと、難しいかもしれません、教授。なにせ彼は、相当マイペースなので」
カナンが教授の呟きに答える。
「さあ、行きましょう。ご案内いたしますわ」
ヴァニラが言うと、小型の五、六人乗り程度の飛空挺(この世界における乗用車のようなものだ)が、姿を現す。
カナンが両手で窓を開き、高らかに言う。
「ジャイアントマンの元へ」
(あった…!)
クランは、人々の暮らす街のようなものを確認する。
(早速、ナルコレプシーに連絡をとらなきゃ)
手慣れた動作で、通信を入れてから言う。
「ナルコレプシー、こちら01。人々の居住区を発見。応答されたし」
ザザ…ザザ…ザー
『こちら、ナルコレプシー。01、現地点の座標を転送されたし』
事務的に答える女性の声。ミランダのものだろう。
「了解。指定座標ポイントの転送、完了。現地で待機行動に移る」
『了解』
通信を切る。
「なんとか、助かったようね…」
クランは安堵の溜息を洩らし、再び星空を見上げた。
クランは、人々の暮らす街のようなものを確認する。
(早速、ナルコレプシーに連絡をとらなきゃ)
手慣れた動作で、通信を入れてから言う。
「ナルコレプシー、こちら01。人々の居住区を発見。応答されたし」
ザザ…ザザ…ザー
『こちら、ナルコレプシー。01、現地点の座標を転送されたし』
事務的に答える女性の声。ミランダのものだろう。
「了解。指定座標ポイントの転送、完了。現地で待機行動に移る」
『了解』
通信を切る。
「なんとか、助かったようね…」
クランは安堵の溜息を洩らし、再び星空を見上げた。
後編へ続く
コロニー、ジュネス…
反地球連邦政府組織である火星義勇軍「ダイモス」の本拠地…
火星圏コロニー群で生まれ育った「マーズノイド」の、マーズノイドによる、マーズノイドの為の宗教、「コンパニヤ」を信仰する人々が、一人の老人を見つめている。
柔和な顔立ちの老人は、教皇である、ペトロ四郎という男だ。
時々、チリン、と鈴が鳴らされ、人々は一点を仰いで何か呪文のようなものを暗唱していた。
ここは相変わらずのようだ。
そして神殿のようなこの場所の奥の奥…
深い闇の中で話をする男が二人。
少年と、その祖父だった。
「ゲッゲッゲッ。アレスよ、やっと事の重大さが理解出来たようじゃな。して、どうだったね、ドルダは?ハーフムーン攻略戦のせいでまともに話が聞けんかったからな」
高らかに笑うティモール・ルナーク博士。アレスはやや決まりが悪そうにしながらも口を開く。
「一筋縄ではいきそうにないな。あの能力はムスペルヘイムでも危ういかもしれない」
言いながら目を瞑り、アレスは一つのカード型端末をテーブルにかざす。
すると、テーブルを媒体とし、闇の中にガンダムドルダ・ドルチェとの交戦記録が浮かび上がる。
それを見てティモールは、ほうほう、と言ってニヤニヤ笑ったり、心の底から驚いたような表情をしてみせたりと、実にコロコロ表情を変えていった。
「ふむ、ドルダのみならず、ドルチェか…厄介なことになってきたな。こちらにはドル・デーがあるとはいえ、これは…」
顎の辺りを撫でるようにして、ティモールは目を細める。
唐突に、アレスが言う。
「ドルダには、クランが乗っていた」
それを聞いたティモールは椅子から転げ落ちる。
「な、なんと!クランが…!?しかし、一体何故…?」
「分からない。ただ、確かにクランだった。実際操縦していたのはシンシア…もどきだったがな」
「何故あの娘が…いや、そしてシンシア、もどき…本当に、シンシアの姿形をしていたのだな?」
「ああ。実際に目にしたが、あれはシンシアだ。2年前の、15歳の時の姿形だった」
「ウーム、まさか本当にそうだとは…」
顎に手を当てたまま、首を傾げるティモール。
「やはりお主の言った通りか、エステル」
部屋の入口の方を一瞥し、ティモールは言う。
「立ち聞きなど、趣味が悪いものだ。こちらへ来い」
すると、部屋の中に、金髪の少年が入ってくる。
「すみません、博士。けれど僕、どうしてもアレスのことが気になって…でも邪魔したら悪いかな、って」
「ふん、お前とワシらの間柄じゃ。何を今更」
「…ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
エステルが傍にある椅子に腰かける。
この少年の素性の一切は謎だった。
ティモール・ルナーク博士の優秀な第一助手でありながら、試作MSドル・デー一号機のテストパイロットにして、アレスの親友。
これが、ダイモスにおける少年の立ち位置であり、それ以上でも以下でもない。
素性の一切等に拘るティモールなどではない。
優秀な頭脳と優秀な腕。加えて精神的にやや不安定な孫の支えと呼べる存在であるだけで、十分過ぎるほどだった。
「これは僕の仮説に過ぎませんが」
エステルがゆっくりと口を開く。
「あの古代地下遺跡には、何か人の残留思念や記憶のようなものを読み取る極小の粒子が、あると思うんです」
「何故そう言える?」
鋭くエステルを見据えるティモール。
「ガンダムマルスの機体より、二種類の未確認粒子を確認出来ました。一つはナノマシン。これは傷の治療等に応用が可能であるとかんがえられます。そして…」
エステルが一旦言葉を切り、再び口を開く。
「もう一種類の粒子の反応を調査しようとした際、信じられないことに、アレスと二機のガンダム達との戦闘の様子・思念が僕の頭に流れ混んで来て…」
「な、なんと!?ウーム、ワシが新型MSの設計に精を出しとる間に、そんなことが…」
驚いた表情のアレスとティモール。
そしてアレスが口を開く。
「つまりドルダの少女、シンシアもどきは、最初に遺跡に入ったクランの思念を読み取った、ということか」
「僕の仮説ではね。実際のメカニズムは全くといっていいほど解明されていない」
エステルが両手を上げて言う。
「ウウム…こうしちゃおれん!ワシは今すぐその粒子の研究に取りかかることにしよう!」
バン!とテーブルを叩き、席を立つティモール。
急いで駆け出そうとする。
と、急に扉を開いた所で止まり、後ろを振り返らずに言う。
「…クランは、どうしていた?」
急な問いかけに、目を丸くするアレス。一呼吸置いてから、口を開く。
「立派な人だよ、姉さんは。今は火星開発公社で働いていると言った。俺の為に涙も流してくれた」
アレスが静かに答えるのを聞いて、ティモールはやや安堵したように言う。
「…そうか」
祖父はそれだけ言うと、扉の奥の更なる闇へと足を踏み込んで行った。
「……」
アレスは窓の外を見る。
窓の外のコロニーの外壁には、周囲の状況を知ることが出来るようにする為の、更なる窓がついていた。
そこから覗く月光を見て、少年は暫し物思いに耽る。
「……」
静かに、止まった時間を共有する二人の少年。
やがて、頃合いを見計らって、エステルが言う。
「綺麗な月夜だね、アレス。同じ月を、お姉さんも眺めているといい」
少年エステルも同じようにして月を見上げる。
それから暫く、二人の少年は氷の彫像のように、動きを止めたのだった。
反地球連邦政府組織である火星義勇軍「ダイモス」の本拠地…
火星圏コロニー群で生まれ育った「マーズノイド」の、マーズノイドによる、マーズノイドの為の宗教、「コンパニヤ」を信仰する人々が、一人の老人を見つめている。
柔和な顔立ちの老人は、教皇である、ペトロ四郎という男だ。
時々、チリン、と鈴が鳴らされ、人々は一点を仰いで何か呪文のようなものを暗唱していた。
ここは相変わらずのようだ。
そして神殿のようなこの場所の奥の奥…
深い闇の中で話をする男が二人。
少年と、その祖父だった。
「ゲッゲッゲッ。アレスよ、やっと事の重大さが理解出来たようじゃな。して、どうだったね、ドルダは?ハーフムーン攻略戦のせいでまともに話が聞けんかったからな」
高らかに笑うティモール・ルナーク博士。アレスはやや決まりが悪そうにしながらも口を開く。
「一筋縄ではいきそうにないな。あの能力はムスペルヘイムでも危ういかもしれない」
言いながら目を瞑り、アレスは一つのカード型端末をテーブルにかざす。
すると、テーブルを媒体とし、闇の中にガンダムドルダ・ドルチェとの交戦記録が浮かび上がる。
それを見てティモールは、ほうほう、と言ってニヤニヤ笑ったり、心の底から驚いたような表情をしてみせたりと、実にコロコロ表情を変えていった。
「ふむ、ドルダのみならず、ドルチェか…厄介なことになってきたな。こちらにはドル・デーがあるとはいえ、これは…」
顎の辺りを撫でるようにして、ティモールは目を細める。
唐突に、アレスが言う。
「ドルダには、クランが乗っていた」
それを聞いたティモールは椅子から転げ落ちる。
「な、なんと!クランが…!?しかし、一体何故…?」
「分からない。ただ、確かにクランだった。実際操縦していたのはシンシア…もどきだったがな」
「何故あの娘が…いや、そしてシンシア、もどき…本当に、シンシアの姿形をしていたのだな?」
「ああ。実際に目にしたが、あれはシンシアだ。2年前の、15歳の時の姿形だった」
「ウーム、まさか本当にそうだとは…」
顎に手を当てたまま、首を傾げるティモール。
「やはりお主の言った通りか、エステル」
部屋の入口の方を一瞥し、ティモールは言う。
「立ち聞きなど、趣味が悪いものだ。こちらへ来い」
すると、部屋の中に、金髪の少年が入ってくる。
「すみません、博士。けれど僕、どうしてもアレスのことが気になって…でも邪魔したら悪いかな、って」
「ふん、お前とワシらの間柄じゃ。何を今更」
「…ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
エステルが傍にある椅子に腰かける。
この少年の素性の一切は謎だった。
ティモール・ルナーク博士の優秀な第一助手でありながら、試作MSドル・デー一号機のテストパイロットにして、アレスの親友。
これが、ダイモスにおける少年の立ち位置であり、それ以上でも以下でもない。
素性の一切等に拘るティモールなどではない。
優秀な頭脳と優秀な腕。加えて精神的にやや不安定な孫の支えと呼べる存在であるだけで、十分過ぎるほどだった。
「これは僕の仮説に過ぎませんが」
エステルがゆっくりと口を開く。
「あの古代地下遺跡には、何か人の残留思念や記憶のようなものを読み取る極小の粒子が、あると思うんです」
「何故そう言える?」
鋭くエステルを見据えるティモール。
「ガンダムマルスの機体より、二種類の未確認粒子を確認出来ました。一つはナノマシン。これは傷の治療等に応用が可能であるとかんがえられます。そして…」
エステルが一旦言葉を切り、再び口を開く。
「もう一種類の粒子の反応を調査しようとした際、信じられないことに、アレスと二機のガンダム達との戦闘の様子・思念が僕の頭に流れ混んで来て…」
「な、なんと!?ウーム、ワシが新型MSの設計に精を出しとる間に、そんなことが…」
驚いた表情のアレスとティモール。
そしてアレスが口を開く。
「つまりドルダの少女、シンシアもどきは、最初に遺跡に入ったクランの思念を読み取った、ということか」
「僕の仮説ではね。実際のメカニズムは全くといっていいほど解明されていない」
エステルが両手を上げて言う。
「ウウム…こうしちゃおれん!ワシは今すぐその粒子の研究に取りかかることにしよう!」
バン!とテーブルを叩き、席を立つティモール。
急いで駆け出そうとする。
と、急に扉を開いた所で止まり、後ろを振り返らずに言う。
「…クランは、どうしていた?」
急な問いかけに、目を丸くするアレス。一呼吸置いてから、口を開く。
「立派な人だよ、姉さんは。今は火星開発公社で働いていると言った。俺の為に涙も流してくれた」
アレスが静かに答えるのを聞いて、ティモールはやや安堵したように言う。
「…そうか」
祖父はそれだけ言うと、扉の奥の更なる闇へと足を踏み込んで行った。
「……」
アレスは窓の外を見る。
窓の外のコロニーの外壁には、周囲の状況を知ることが出来るようにする為の、更なる窓がついていた。
そこから覗く月光を見て、少年は暫し物思いに耽る。
「……」
静かに、止まった時間を共有する二人の少年。
やがて、頃合いを見計らって、エステルが言う。
「綺麗な月夜だね、アレス。同じ月を、お姉さんも眺めているといい」
少年エステルも同じようにして月を見上げる。
それから暫く、二人の少年は氷の彫像のように、動きを止めたのだった。
ナルコレプシーと合流したクランは、艦の中に入り、調査隊の面々と街に入る手筈を整えようとしていた。
月の中心部とも呼べる街、ルナリアン。
人々は、月にも移住していたのだった。
ドーム状をしているその都市の入口へと向かう第一次調査隊。
「わぁー…ね、見て下さいよ、クランさん!私、月の街なんて初めて見ました!」
はしゃぐモモ。シンシアも、心なしかそわそわしている。
「私も、初めて」
シンシアの呟きを耳にしたモモは、シンシアを見てニコッと微笑むと、シンシアもそれに応えるようにしてモモに微笑む。
シンシアは、今ではすっかりモモ・マレーンと仲良くなっていた。
「ここが、ルナリアンか…私も来るのは初めてだ」
ギデオンが感慨深そうに言う。
ヴァイスはと言うと、格納庫に収納されたガンダムドルダに興味を持ったらしく、色々いじくり回している。
やがて、ミランダが口を開く。
「ルナリアン東ゲートに到着。緊急信号と、入港許可を求める信号を、送ってみます」
「ウム、頼んだ」
ミランダが通信機器をいじくると、信号が送られる。
暫くして、返事が送られてくる。
火星開発公社の飛行挺であること、現在危機にある為一時保護を求めることなどの旨を、了承してくれたのだった。
月には地球圏コロニーも火星圏コロニーもない。しかし、火星開発公社の第二支社が、ここには存在している。
故に、公社の飛行挺である、ナルコレプシーの呼びかけには思いのほか簡単に応じてくれた。
『了解いたしました。識別コード04728、ナルコレプシーの入港を許可致します』
事務的な返事だ。しかし、悪意のようなものは感じられない。
ゲートが開くと、ナルコレプシーは月夜の街、ルナリアンへと入港して行った。
月の中心部とも呼べる街、ルナリアン。
人々は、月にも移住していたのだった。
ドーム状をしているその都市の入口へと向かう第一次調査隊。
「わぁー…ね、見て下さいよ、クランさん!私、月の街なんて初めて見ました!」
はしゃぐモモ。シンシアも、心なしかそわそわしている。
「私も、初めて」
シンシアの呟きを耳にしたモモは、シンシアを見てニコッと微笑むと、シンシアもそれに応えるようにしてモモに微笑む。
シンシアは、今ではすっかりモモ・マレーンと仲良くなっていた。
「ここが、ルナリアンか…私も来るのは初めてだ」
ギデオンが感慨深そうに言う。
ヴァイスはと言うと、格納庫に収納されたガンダムドルダに興味を持ったらしく、色々いじくり回している。
やがて、ミランダが口を開く。
「ルナリアン東ゲートに到着。緊急信号と、入港許可を求める信号を、送ってみます」
「ウム、頼んだ」
ミランダが通信機器をいじくると、信号が送られる。
暫くして、返事が送られてくる。
火星開発公社の飛行挺であること、現在危機にある為一時保護を求めることなどの旨を、了承してくれたのだった。
月には地球圏コロニーも火星圏コロニーもない。しかし、火星開発公社の第二支社が、ここには存在している。
故に、公社の飛行挺である、ナルコレプシーの呼びかけには思いのほか簡単に応じてくれた。
『了解いたしました。識別コード04728、ナルコレプシーの入港を許可致します』
事務的な返事だ。しかし、悪意のようなものは感じられない。
ゲートが開くと、ナルコレプシーは月夜の街、ルナリアンへと入港して行った。
中に入ると、ドームの環境が整えられているせいか、人々は地球と同じようにして暮らしていた。
いわばここは、月の上に存在するコロニーと言っても過言ではない。
『東ゲートから、ナルコレプシーへ。ひとまず火星開発公社第二支社へと訪問されたし』
「了解した」
ギデオンが応答する。
街の中は、活気ある人々で賑わっていた。荒んだコロニー群や、地球等とはまた違い、ここには人のあるべき生活、というものが感じられる。
但し月地区も、地球連邦政府の圧政下にあることには変わりない。
いくつかの自治政府が存在するものの、それがきちんと自治政府としての役割を果たしているかと問われれば、微妙な所だ。
「火星開発公社月方面支社、確認。入港の許可を得たい。応答されたし」
ミランダが問うと、返事が返ってくる。
『こちら火星開発公社月方面支社。ナルコレプシー、その旨を良しとする。ポイントS46に、安全に着陸されたし』
やがてナルコレプシーは、指定された座標ポイントへと降下する。
久々に重力下の大地に降り立つ面々。
「ったく、一時はどうなることかと思ったぜ。誰かさんが危うく遭難しかけたせいで」
ヴァイスがぶっきらぼうに言う。
「あら、そんな言い方ないじゃない。月に降り立った時、何度も心配して通信を寄越してきたくせに」
クランがヴァイスに軽口で答える。
「……チッ」
ヴァイスは小さく舌打ちすると、クランの方を見もせずに、ずんずんと歩き出していく。
「なによ、すぐスネちゃって」
クランが少し溜息をつきながら言うのに、モモが独り言を呟く。
「…どんかーん」
とにかく一同は、火星開発公社第二支社、通称月方面支社の本部へと(ややこしいが)、足を踏み入れるのだった。
面会室に顔を出すと、一人の女性が、彼らを迎える。
「ようこそおいで下さいました。私はルナリアン。ルナリアン・スロウンです、以後お見知りおきを」
ウェーブがかった栗色の長い髪の、知的な雰囲気の女性だ。
「只今支社長の方が急用でして、皆さま方のご対応に、秘書である私が担当させていただくこととなりましたことをお詫び申し上げます」
「歓迎、いたみ入ります。火星開発公社地球圏コロニー支社、第一次火星調査隊隊長、ギデオン・マクドガルです」
「同じく副隊長のクラン・R・ナギサカです」
かまずに挨拶出来たギデオンすげえ。
とまあそんなことは置いといて、自己紹介が終了した後、ヴァイスが口を挟む。
「ルナリアンって…この街と同じ名前じゃねえか」
「ええ。父母は、公社の技術者だったんです。それで、この街の発展を願って、ということで名付けられたんです」
ヴァイスの問いにも笑顔で答えるルナリアン。
そして口を開く。
「とにかく皆さんもさぞやお疲れでしょう。詳しい話は後日にお伺いすることにして、近くのホテルを手配してあります。今夜はそこでゆっくりお休みになって下さい」
「では、お言葉に甘えまして、失礼します」
ギデオンに続き、部屋を出る面々。ルナリアンが笑顔で見送る。
五人、いや、六人は、これまでの疲れを癒そうと、手配されたホテルへと向かって行った。
「きゃーん! 久々のシャワータイムぅ!」
モモが嬉々として叫んだ。
女性陣は、真っ先にシャワー室を訪れていた。
「火星適応訓練のせいで、ここ最近はこうやってゆっくりとシャワーを浴びることもしてなかったわね……」
胸に温かいシャワーの水滴を当てながら、クランは体を火照らせていく。
「ふぅ…心の洗濯」
ミランダも、満悦といった感じで呟く。
汚れを、疲れを、そして痛みを、洗い流してゆく。
色々なことが起こり過ぎて、頭がパンクしそうになるクランを、温かなお湯が清めていゆく。
(本当に、色々なことがあったわね…)
火星での地下遺跡の発見。そこにいた謎のMS、ドルダと妹・シンシアに似た少女。
探し続けていた弟、アレスとの再会。そしてそのアレスが同じくガンダムと呼ばれるMSに搭乗していたこと。
現れた白いガンダムと、謎の少女。
自分の家族を、シンシアを、殺したと言った少女。
命の恩人、デイヴィッド・リマーとの邂逅。
一つ一つの出来事を思い出しながら、クランは体を清め続ける。
「あのぉ…クランさん?」
物思いに耽るクランを心配そうに覗き込むモモ。
「あ…大丈夫。ゴメンね。ボーッとしちゃってて」
クランは慌てて答える。
「じゃあ、私はあがるから。お先に」
シャワーを止め、バスタオルで軽く体を拭き、そそくさと出ていくクラン。
「…?」
モモは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐにまたお湯の温もりに酔いしれ出した。
いわばここは、月の上に存在するコロニーと言っても過言ではない。
『東ゲートから、ナルコレプシーへ。ひとまず火星開発公社第二支社へと訪問されたし』
「了解した」
ギデオンが応答する。
街の中は、活気ある人々で賑わっていた。荒んだコロニー群や、地球等とはまた違い、ここには人のあるべき生活、というものが感じられる。
但し月地区も、地球連邦政府の圧政下にあることには変わりない。
いくつかの自治政府が存在するものの、それがきちんと自治政府としての役割を果たしているかと問われれば、微妙な所だ。
「火星開発公社月方面支社、確認。入港の許可を得たい。応答されたし」
ミランダが問うと、返事が返ってくる。
『こちら火星開発公社月方面支社。ナルコレプシー、その旨を良しとする。ポイントS46に、安全に着陸されたし』
やがてナルコレプシーは、指定された座標ポイントへと降下する。
久々に重力下の大地に降り立つ面々。
「ったく、一時はどうなることかと思ったぜ。誰かさんが危うく遭難しかけたせいで」
ヴァイスがぶっきらぼうに言う。
「あら、そんな言い方ないじゃない。月に降り立った時、何度も心配して通信を寄越してきたくせに」
クランがヴァイスに軽口で答える。
「……チッ」
ヴァイスは小さく舌打ちすると、クランの方を見もせずに、ずんずんと歩き出していく。
「なによ、すぐスネちゃって」
クランが少し溜息をつきながら言うのに、モモが独り言を呟く。
「…どんかーん」
とにかく一同は、火星開発公社第二支社、通称月方面支社の本部へと(ややこしいが)、足を踏み入れるのだった。
面会室に顔を出すと、一人の女性が、彼らを迎える。
「ようこそおいで下さいました。私はルナリアン。ルナリアン・スロウンです、以後お見知りおきを」
ウェーブがかった栗色の長い髪の、知的な雰囲気の女性だ。
「只今支社長の方が急用でして、皆さま方のご対応に、秘書である私が担当させていただくこととなりましたことをお詫び申し上げます」
「歓迎、いたみ入ります。火星開発公社地球圏コロニー支社、第一次火星調査隊隊長、ギデオン・マクドガルです」
「同じく副隊長のクラン・R・ナギサカです」
かまずに挨拶出来たギデオンすげえ。
とまあそんなことは置いといて、自己紹介が終了した後、ヴァイスが口を挟む。
「ルナリアンって…この街と同じ名前じゃねえか」
「ええ。父母は、公社の技術者だったんです。それで、この街の発展を願って、ということで名付けられたんです」
ヴァイスの問いにも笑顔で答えるルナリアン。
そして口を開く。
「とにかく皆さんもさぞやお疲れでしょう。詳しい話は後日にお伺いすることにして、近くのホテルを手配してあります。今夜はそこでゆっくりお休みになって下さい」
「では、お言葉に甘えまして、失礼します」
ギデオンに続き、部屋を出る面々。ルナリアンが笑顔で見送る。
五人、いや、六人は、これまでの疲れを癒そうと、手配されたホテルへと向かって行った。
「きゃーん! 久々のシャワータイムぅ!」
モモが嬉々として叫んだ。
女性陣は、真っ先にシャワー室を訪れていた。
「火星適応訓練のせいで、ここ最近はこうやってゆっくりとシャワーを浴びることもしてなかったわね……」
胸に温かいシャワーの水滴を当てながら、クランは体を火照らせていく。
「ふぅ…心の洗濯」
ミランダも、満悦といった感じで呟く。
汚れを、疲れを、そして痛みを、洗い流してゆく。
色々なことが起こり過ぎて、頭がパンクしそうになるクランを、温かなお湯が清めていゆく。
(本当に、色々なことがあったわね…)
火星での地下遺跡の発見。そこにいた謎のMS、ドルダと妹・シンシアに似た少女。
探し続けていた弟、アレスとの再会。そしてそのアレスが同じくガンダムと呼ばれるMSに搭乗していたこと。
現れた白いガンダムと、謎の少女。
自分の家族を、シンシアを、殺したと言った少女。
命の恩人、デイヴィッド・リマーとの邂逅。
一つ一つの出来事を思い出しながら、クランは体を清め続ける。
「あのぉ…クランさん?」
物思いに耽るクランを心配そうに覗き込むモモ。
「あ…大丈夫。ゴメンね。ボーッとしちゃってて」
クランは慌てて答える。
「じゃあ、私はあがるから。お先に」
シャワーを止め、バスタオルで軽く体を拭き、そそくさと出ていくクラン。
「…?」
モモは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐにまたお湯の温もりに酔いしれ出した。
クランは自らに割り当てられた部屋に戻ると、窓から街の様子を眺め始める。
相変わらずボーッと物思いに耽っていると、不意に後ろから声が聞こえた。
「何を見てるの?お姉ちゃん」
「シンシア」
同じくシャワー室から出てきたシンシアだった。
「あ、いや…私、今月にいるんだんぁって思って…ほら、シンシアとアレスと月を見てた頃を思い出して」
言った後、クランは自らの失言に気づく。
そうだ、この娘は、アレスのことを…
シンシアは、クランの言ったことを無視して、クランの隣にやってきて、同じように街を眺める。
「綺麗、だね」
「…ええ」
勿論、その綺麗さは月の輝きによるものではなく、街のネオンだ。
「シンシア、ごめんなさい、私…」
クランは答えた後、やや気まずそうに謝る。
すると、シンシアは優しく言う。
「いいの。お姉ちゃんは悪くない。…少しずつ、思いだしていくから」
街の光が、より一層輝いて見えた。
「今はまだ、何もわからないけれど…思い出も優しさも。少しずつ、思いだしていくから」
言葉を切るシンシア。そして続ける。
「だから、待ってて。お姉ちゃん」
クランに向けて、精一杯の笑顔を見せるシンシア。
「…!」
クランは、その笑顔を正面から受け止め、そして再び窓の方を向き、街の光を仰ぐ。
「…そうね」
今、この月を、アレスは見ているだろうか…
そんなことを想いながら、クランはシンシアと二人並んで、月の街を見つめ続けた。
相変わらずボーッと物思いに耽っていると、不意に後ろから声が聞こえた。
「何を見てるの?お姉ちゃん」
「シンシア」
同じくシャワー室から出てきたシンシアだった。
「あ、いや…私、今月にいるんだんぁって思って…ほら、シンシアとアレスと月を見てた頃を思い出して」
言った後、クランは自らの失言に気づく。
そうだ、この娘は、アレスのことを…
シンシアは、クランの言ったことを無視して、クランの隣にやってきて、同じように街を眺める。
「綺麗、だね」
「…ええ」
勿論、その綺麗さは月の輝きによるものではなく、街のネオンだ。
「シンシア、ごめんなさい、私…」
クランは答えた後、やや気まずそうに謝る。
すると、シンシアは優しく言う。
「いいの。お姉ちゃんは悪くない。…少しずつ、思いだしていくから」
街の光が、より一層輝いて見えた。
「今はまだ、何もわからないけれど…思い出も優しさも。少しずつ、思いだしていくから」
言葉を切るシンシア。そして続ける。
「だから、待ってて。お姉ちゃん」
クランに向けて、精一杯の笑顔を見せるシンシア。
「…!」
クランは、その笑顔を正面から受け止め、そして再び窓の方を向き、街の光を仰ぐ。
「…そうね」
今、この月を、アレスは見ているだろうか…
そんなことを想いながら、クランはシンシアと二人並んで、月の街を見つめ続けた。
九話 終 十話に続く