第1火星コロニー、自治区代表官邸。
陽光の元にも、ドルダの情報は届いていた。
相次いで掃討されるドール部隊。
交戦した2部隊の内、1部隊は壊滅。交戦とも呼べない一瞬の出来事だった。
そしてもう1つのニコラスの部隊では、残存したのは2機のみ。1機は中破している。
ドルダと戦うまで、火星コロニー義勇軍は無敵に近い状態だった。
か弱い小鳥を猟銃で撃ち殺す人間。
だがそんな人間を、慈悲もなく焼き尽くす破滅の天使。
正に、そういった形容が相応しいヒエラルキーが完成しつつあった。
「スウィフト君、報告を感謝する。デボン君も無事で何よりだ」
『いや、こっちも機体を損失してすまねぇ……パイロットもな』
『ダン・デボン。この身、火星コロニーが独立するその日まで捧げるつもりです!』
モニターに映るニコラスとダン。
軌道エレベータ宇宙ステーションから最も近い第26火星コロニーよりの通信である。
火星圏のコロニーはほとんどが義勇軍によって制圧された。
今現在、一部の駐留軍が小規模な抵抗を行っている。
それも、鎮圧されるのは時間の問題だろう。
だが、軽視はできない。
地球からの増援。そして、いずれは地球に向けての侵攻を行う。
火星から出払った後に、再び息を吹き返されるのだけは避けなければならない。
「そのアンノウンMS。奴が妨げにならなければいいが」
『あの戦闘力は尋常じゃねぇ。ビーム兵器じゃ歯が立たん』
悔しそうに、ニコラスの声が震えた。
ドルダとの圧倒的な力の差。それを思い知る一戦であった。
「ビームが効かない、か。厄介な存在だな。実弾兵器の製造を進めなければか」
『MSが使うならそれなりのデカさにもなるか。俺達の規模の小ささを踏まえると……頭が下がるぜ』
『ビーム兵器はエネルギーを消費するだけですからね。作るのが楽な兵器ですよ』
「接収したイーグルクロウの武装を改修し、騙し騙し使っていくしかあるまい」
そう言うと、陽光は短く息を吐いた。
そんな彼をモニター越し見て、ニコラスは苦笑する。
陽光とニコラスに、大した面識はない。
火星コロニーの独立の中心的人物と、その支持者。それだけの関係である。
この独立戦争が始まる以前、まだ大規模な武力衝突もなく独立運動で抗議がなされていた頃、
独立戦争の開始に向け義勇軍発足の活動が水面下で進む中、陽光とニコラスは出会った。
その時の陽光は毅然とした態度で、指導者としての立場から弱みは決して見せなかった。
だが、今モニターに映るのは、時より疲れた表情を見せる、紛れもない人の子だった。
安心すると同時、少しばかり心配になる。
一人張り詰めて、壊れてしまわないか。
今後、また大きなアクシデントがあった時、どうなるか。
一瞬だけ、ニコラスは眉を顰めた。
『で、あれは、アンノウンMSだっけか? チッ、言いづれぇ……』
『ガンダムじゃ!』
通信に割り込んで、老人の声が響いた。
モニター全体を占める皺だらけの顔。
「プロフェッサー・ティモールか。盗み聞きとは感心しないが」
『コールウェイティングはしたわい。ロストテクノロジーのアーカイブからログが見つかったぞ』
モニターに静止画の映像が現れる。
そこには、ドルダに似た顔の造形のモビルスーツが映し出されていた。
『似てるな……あれに。だがなんだ? ロストテクノロジーがなんとかって』
ロストテクノロジー。過去の超技術。
義勇軍でも、陽光と近しい者、そしてティモールしか知らない最重要機密。
地球の者達が運用するMAをいとも簡単に打ち負かしたMSの開発技術他、
様々な情報を引き出すことができる火星の衛星ダイモスにある遺跡。
それはかつて、現在の文明が発達するそれ以前に、
別の超高度文明が存在していたことの証だった。
その事実が陽光の口から語られる。
『マジかよ。なんだよそれは……』
『…………』
唖然となるニコラスと、絶句するダン。
現在の地球人類の技術では、MSの開発は到底不可能に近い。
人型ロボットの構想が考え出されても、それを実現させるまでには至らなかった。
『それがこの、独立戦争を勝つための策だってわけか』
「そうだ。君達になら話せると思って明かしたが、このことは内密にしてもらいたい」
『あぁ。いや、言っても理解できんだろ。俺もまだあんた等が冗談言ってると思ってる』
苦笑いで、その笑みもぎこちない。
しかし、陽光達の顔を見れば、それが冗談などではないとわかる。
『あ、あの、地球圏圏にも、そのような遺跡はないのでしょうか』
そんな中、気になった疑問を、ダンが口にした。
『無いから、この世界なんだろうが』
「いや、意図して隠蔽している可能性もある。例えば月の国、とか」
机上の空論。
真偽は、この会話に参加している全員が知らない。
「プロフェッサー。この映像について、説明を頼む」
『ガンダム。数ある歴史の中の戦争で、常にその中心に立ち、勝利に導いてきた存在じゃ』
『……勝ち目ねーじゃん』
ニコラスの一言に、静まり返る室内。
『わ、儂は、ロストテクノロジーの情報をただ読んだだけじゃぞ!』
ティモールが狼狽えた。
別の歴史でも、圧倒的な強さを誇っていたということは変わらないらしい。
「だが、これは教訓となる。その、ガンダムを倒すな」
過去の超技術の流用がきくのなら、こちらも相応の兵器を創り出せばいい。
相応。否、凌駕する兵器を。
「あれを持っているのが民間だというのも好都合だ」
火星に降りた後、火星の地でダイモスと同じような遺跡を見つけたのだろう。
そこで、ガンダムを発見した。
「だが調査には期限がある。遺跡を完全に把握する時間まではなかった」
ガンダム。それしか持ち帰れなかったのだろう。
「それに加えあの大火力。いずれは持て余す」
追っ手を振り払うためとはいえ、一般人がそうそう戦闘を続けられるはずもない。
人の心があるのなら、殺すことに躊躇いもあるだろう。
やむを得ず。それは何度も続かない。陽光はそう結論を出した。
自信に満ちた顔をしている陽光を見て、ニコラスは安心して小さく笑みを浮かべた。
『で、追撃隊の編成はいつだ? もちろん、俺は参加させてもらうがな』
『自分も、粉骨砕身で任務に当たりたいと思っています!』
「頼もしい。現在、マイケル・ミッチェル隊が先行している。それに合流してくれ」
隊の名を聞いて、ニコラスはあからさまに嫌な顔をする。
それには陽光も気付き、堅い表情を少し崩した。
「何か気になることでも。スウィフト君」
『いや、奴が好かねぇだけさ。子供でも必要とならば兵として使うべし』
『武装蜂起の直前に隊長格のパイロット達が集まった際の発言ですね』
ダンが言うように、そういったミーティングが過去に開かれたことがある。
数で劣る勢力にとって、少年兵を起用することは珍しくないことだ。
マイケル・ミッチェルという男は、そうパイロットの増強を訴え、波紋を呼んだ。
倫理観が違うパイロット達の中には、このことに明らかな嫌悪を示す者もいた。
「私もその考えを、全肯定したわけではない」
現にマイケル・ミッチェルの隊には、10代のパイロットが数名所属している。
他にも、マイケルの意見に賛同した隊長格のパイロットの中には、
志願した子供をパイロットとして採用した者もいるという。
「独立した後の火星圏の未来を創るのは、私達ではない」
キッとした、真剣な瞳で、ニコラスを見る。
「我々は多くの者を殺す。だがその荷を、子供達にまで背負わせる必要はないのだ」
『ヘッ……馬鹿だぜ、あんた』
同じような志の瞳が、陽光を見つめ返す。
『出来る限りはしてみせるさ。それがガキ共の押し付けになろうともな』
『自分も、お供いたしますっ!』
「すまない。任せた」
『任された! 通信終了ッ!!』
モニターから、ニコラスとダンの顔が消える。
部下達の中から、涙を堪える声が聞こえた。
「プロフェッサー・ティモール。貴殿にまで火星独立の理想を押し付けるつもりはないが」
『わかっておるわい。儂は儂の造りたい物を造るだけじゃて。実弾兵器の件も引き受けても良いぞ』
「助かる」
一言に感謝を込めて、陽光は言った。
ティモールは「ゲゲッ」と気味悪く笑い、通信を切った。
静かになった室内で、陽光はまた息を吐いた。
だが、それは疲れからくる溜息などではない。
決意を新たにするための、区切りだった。
陽光の元にも、ドルダの情報は届いていた。
相次いで掃討されるドール部隊。
交戦した2部隊の内、1部隊は壊滅。交戦とも呼べない一瞬の出来事だった。
そしてもう1つのニコラスの部隊では、残存したのは2機のみ。1機は中破している。
ドルダと戦うまで、火星コロニー義勇軍は無敵に近い状態だった。
か弱い小鳥を猟銃で撃ち殺す人間。
だがそんな人間を、慈悲もなく焼き尽くす破滅の天使。
正に、そういった形容が相応しいヒエラルキーが完成しつつあった。
「スウィフト君、報告を感謝する。デボン君も無事で何よりだ」
『いや、こっちも機体を損失してすまねぇ……パイロットもな』
『ダン・デボン。この身、火星コロニーが独立するその日まで捧げるつもりです!』
モニターに映るニコラスとダン。
軌道エレベータ宇宙ステーションから最も近い第26火星コロニーよりの通信である。
火星圏のコロニーはほとんどが義勇軍によって制圧された。
今現在、一部の駐留軍が小規模な抵抗を行っている。
それも、鎮圧されるのは時間の問題だろう。
だが、軽視はできない。
地球からの増援。そして、いずれは地球に向けての侵攻を行う。
火星から出払った後に、再び息を吹き返されるのだけは避けなければならない。
「そのアンノウンMS。奴が妨げにならなければいいが」
『あの戦闘力は尋常じゃねぇ。ビーム兵器じゃ歯が立たん』
悔しそうに、ニコラスの声が震えた。
ドルダとの圧倒的な力の差。それを思い知る一戦であった。
「ビームが効かない、か。厄介な存在だな。実弾兵器の製造を進めなければか」
『MSが使うならそれなりのデカさにもなるか。俺達の規模の小ささを踏まえると……頭が下がるぜ』
『ビーム兵器はエネルギーを消費するだけですからね。作るのが楽な兵器ですよ』
「接収したイーグルクロウの武装を改修し、騙し騙し使っていくしかあるまい」
そう言うと、陽光は短く息を吐いた。
そんな彼をモニター越し見て、ニコラスは苦笑する。
陽光とニコラスに、大した面識はない。
火星コロニーの独立の中心的人物と、その支持者。それだけの関係である。
この独立戦争が始まる以前、まだ大規模な武力衝突もなく独立運動で抗議がなされていた頃、
独立戦争の開始に向け義勇軍発足の活動が水面下で進む中、陽光とニコラスは出会った。
その時の陽光は毅然とした態度で、指導者としての立場から弱みは決して見せなかった。
だが、今モニターに映るのは、時より疲れた表情を見せる、紛れもない人の子だった。
安心すると同時、少しばかり心配になる。
一人張り詰めて、壊れてしまわないか。
今後、また大きなアクシデントがあった時、どうなるか。
一瞬だけ、ニコラスは眉を顰めた。
『で、あれは、アンノウンMSだっけか? チッ、言いづれぇ……』
『ガンダムじゃ!』
通信に割り込んで、老人の声が響いた。
モニター全体を占める皺だらけの顔。
「プロフェッサー・ティモールか。盗み聞きとは感心しないが」
『コールウェイティングはしたわい。ロストテクノロジーのアーカイブからログが見つかったぞ』
モニターに静止画の映像が現れる。
そこには、ドルダに似た顔の造形のモビルスーツが映し出されていた。
『似てるな……あれに。だがなんだ? ロストテクノロジーがなんとかって』
ロストテクノロジー。過去の超技術。
義勇軍でも、陽光と近しい者、そしてティモールしか知らない最重要機密。
地球の者達が運用するMAをいとも簡単に打ち負かしたMSの開発技術他、
様々な情報を引き出すことができる火星の衛星ダイモスにある遺跡。
それはかつて、現在の文明が発達するそれ以前に、
別の超高度文明が存在していたことの証だった。
その事実が陽光の口から語られる。
『マジかよ。なんだよそれは……』
『…………』
唖然となるニコラスと、絶句するダン。
現在の地球人類の技術では、MSの開発は到底不可能に近い。
人型ロボットの構想が考え出されても、それを実現させるまでには至らなかった。
『それがこの、独立戦争を勝つための策だってわけか』
「そうだ。君達になら話せると思って明かしたが、このことは内密にしてもらいたい」
『あぁ。いや、言っても理解できんだろ。俺もまだあんた等が冗談言ってると思ってる』
苦笑いで、その笑みもぎこちない。
しかし、陽光達の顔を見れば、それが冗談などではないとわかる。
『あ、あの、地球圏圏にも、そのような遺跡はないのでしょうか』
そんな中、気になった疑問を、ダンが口にした。
『無いから、この世界なんだろうが』
「いや、意図して隠蔽している可能性もある。例えば月の国、とか」
机上の空論。
真偽は、この会話に参加している全員が知らない。
「プロフェッサー。この映像について、説明を頼む」
『ガンダム。数ある歴史の中の戦争で、常にその中心に立ち、勝利に導いてきた存在じゃ』
『……勝ち目ねーじゃん』
ニコラスの一言に、静まり返る室内。
『わ、儂は、ロストテクノロジーの情報をただ読んだだけじゃぞ!』
ティモールが狼狽えた。
別の歴史でも、圧倒的な強さを誇っていたということは変わらないらしい。
「だが、これは教訓となる。その、ガンダムを倒すな」
過去の超技術の流用がきくのなら、こちらも相応の兵器を創り出せばいい。
相応。否、凌駕する兵器を。
「あれを持っているのが民間だというのも好都合だ」
火星に降りた後、火星の地でダイモスと同じような遺跡を見つけたのだろう。
そこで、ガンダムを発見した。
「だが調査には期限がある。遺跡を完全に把握する時間まではなかった」
ガンダム。それしか持ち帰れなかったのだろう。
「それに加えあの大火力。いずれは持て余す」
追っ手を振り払うためとはいえ、一般人がそうそう戦闘を続けられるはずもない。
人の心があるのなら、殺すことに躊躇いもあるだろう。
やむを得ず。それは何度も続かない。陽光はそう結論を出した。
自信に満ちた顔をしている陽光を見て、ニコラスは安心して小さく笑みを浮かべた。
『で、追撃隊の編成はいつだ? もちろん、俺は参加させてもらうがな』
『自分も、粉骨砕身で任務に当たりたいと思っています!』
「頼もしい。現在、マイケル・ミッチェル隊が先行している。それに合流してくれ」
隊の名を聞いて、ニコラスはあからさまに嫌な顔をする。
それには陽光も気付き、堅い表情を少し崩した。
「何か気になることでも。スウィフト君」
『いや、奴が好かねぇだけさ。子供でも必要とならば兵として使うべし』
『武装蜂起の直前に隊長格のパイロット達が集まった際の発言ですね』
ダンが言うように、そういったミーティングが過去に開かれたことがある。
数で劣る勢力にとって、少年兵を起用することは珍しくないことだ。
マイケル・ミッチェルという男は、そうパイロットの増強を訴え、波紋を呼んだ。
倫理観が違うパイロット達の中には、このことに明らかな嫌悪を示す者もいた。
「私もその考えを、全肯定したわけではない」
現にマイケル・ミッチェルの隊には、10代のパイロットが数名所属している。
他にも、マイケルの意見に賛同した隊長格のパイロットの中には、
志願した子供をパイロットとして採用した者もいるという。
「独立した後の火星圏の未来を創るのは、私達ではない」
キッとした、真剣な瞳で、ニコラスを見る。
「我々は多くの者を殺す。だがその荷を、子供達にまで背負わせる必要はないのだ」
『ヘッ……馬鹿だぜ、あんた』
同じような志の瞳が、陽光を見つめ返す。
『出来る限りはしてみせるさ。それがガキ共の押し付けになろうともな』
『自分も、お供いたしますっ!』
「すまない。任せた」
『任された! 通信終了ッ!!』
モニターから、ニコラスとダンの顔が消える。
部下達の中から、涙を堪える声が聞こえた。
「プロフェッサー・ティモール。貴殿にまで火星独立の理想を押し付けるつもりはないが」
『わかっておるわい。儂は儂の造りたい物を造るだけじゃて。実弾兵器の件も引き受けても良いぞ』
「助かる」
一言に感謝を込めて、陽光は言った。
ティモールは「ゲゲッ」と気味悪く笑い、通信を切った。
静かになった室内で、陽光はまた息を吐いた。
だが、それは疲れからくる溜息などではない。
決意を新たにするための、区切りだった。
輸送船のハッチが開き、ドルダが収容される。
格納庫では、クランとモモがシンシアの帰りを待っていた。
ドルダが停止し、解放されたコックピットからシンシアが出てくる。
「シンシアっ!」
シンシアが降りてきた途端、クランは飛び出していた。
シンシアを抱き締めると、存在していることを確かめるように顔に触れる。
「な、なに? お姉ちゃん、くすぐったいよ」
「ごめんなさい。でも、心配で。無事で良かったわ」
困っているシンシアに、クランは安堵した笑みを見せる。
「クランさん、あれに乗って飛び出そうとしたんですよぉ。
自分が閉所、暗所、その中で揺れを感じることの恐怖症だって忘れて」
「モモちゃん! 恥ずかしいんだからやめてっ!」
ニヤニヤして言うモモに、クランは顔を紅潮させて抗議した。
そんなクランの腕の中で、シンシアが疑問に思う。
「あれ?」
最初は、グワライダーのことだと思った。
しかし、庫内を見回してみると、それが間違いだということに気付く。
格納庫には、グワライダーだけではなく、3機のローズもあったのだ。
先程まで交戦していたのと同一の機種だけに、一瞬身震いするシンシア。
それを腕の中で感じ、クランは「大丈夫よ」と背中をさすった。
「シンシア君は無事のようだな」
操縦室にいたギデオン達がやってくる。
「操縦は?」
「オートパイロットに切り替えた。デブリ宙域に近付いたら知らせが入る」
「デブリ宙域?」
「そこを突き切れば、距離的には公社の支部がある29コロニーが近い」
「デブリ宙域での航行経験はおありで?」
「これで3回目だ」
迷いなく、ギデオンは頼もしげに言ってみせた。
それに対して、反論せずに、クランは笑う。
二人の間には、信頼が生まれていた。
そんな二人を、むすっとした顔で睨む男が一人。
「ヴァイスさん、どうかされました?」
「なんでもねーよ」
ミランダの心配も、虫の居所が悪いのか素っ気ない。
「それよりもこの人型だ。独立派がこさえた機体だよな」
話の流れを変えるように、大きめ声でヴァイスが言う。
皆が、ローズに目を向けた。
人が乗る戦闘兵器といえばMAが普通だと思っていたクラン達にとっては、
この人型の機体、即ちMSは大変に珍しく、興味深い代物であった。
技師のヴァイスだけだけではなく、ギデオンも厳しい視線をローズに送っている。
「気に入らんな」
そして、重い口調でそう吐き捨てた。
ギデオンの表情は、とても穏やかとは言えなかった。
「ど、どうしたんスか?」
女性陣から押され、恐る恐るヴァイスが尋ねる。
ギラッとした目がヴァイスを見た。
「この機体にはロマンがない!!」
「ロ、ロマン?」
「人型の魅せる脚線美は認めよう! だがこの機体はなっとらん!」
拳を握り、そして震わせ、ギデオンは叫んだ。
「だから私はこの機体を見た時ピンときた。改造してしまおうと! ナギサカ君!」
「はい!?」
「船外活動の許可を!」
「きょ、許可します」
凄まれて、思わず言われた通りに許可してしまった。
3機のローズに対して不気味な笑い声を上げるギデオンに、
他の5人はどうすることもできず一歩退いて傍観するしかない。
「ぬはははは! そうだな。私が改造を施した暁には、機体名をグワッシュとしよう!」
その後、火星圏駐留軍にも一般化するMS。
そのMSの原型となる機体グワッシュ。
そのグワッシュを私用に何体も所有し、各地のジャンク屋からパーツを選りすぐり、
カスタムしたものが注目され、ギデオンは後にマスターグワッシュという異名を持つようになる。
しかしこれは、本筋より逸脱した別の物語だが。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なぁに?」
騒いでいるギデオンから離れて、シンシアはクランに声をかけた。
「わたし、何も思い出せないでしょう?」
「え、えぇ。そうね……」
「わたしは何と戦ってるの? わたし何も知らないから。世界のこととか」
「何もわからず、戦わせてごめんなさい。貴女にも、知る権利はあるわね」
クランは膝をつき、シンシアと目線を同じにする。
そして、柔らかい表情で、微笑みかけた。
だがその表情もすぐに、険しいものに変わる。
「貴女がドルダで戦ったのは、恐らくは火星コロニーの独立派。
此処、火星圏では、厳しい食料自給制限から独立運動が盛んだった」
その結果が、現在の状況である。
武装蜂起。MSによる戦闘行為。
コロニー、軌道エレベータ宇宙ステーションなどの施設占拠。
火星圏は戦渦の中であった。
「私達は軍人じゃないわ。火星の調査に来ていたの。そこで、ドルダを見つけて」
「それでわたしが、乗った?」
「……そう」
「そうなんだ……何も思い出せないや」
当然である。
クランが少女に与えたシンシアという名前は、偽り。
少女はクランの妹ではないし、調査隊の一員でもない。
火星の地下施設で眠っていた、正体不明の存在だ。
(けれど、この子には知る権利がある。この子を連れてきたのは、私なのだから)
心の中でそう呟いて、クランは話を続けた。
「地球圏では地球圏連合加盟各国が中心となって世界を引っ張っているわ」
だが、一枚岩ではない。
「ロシアでは連邦の再編成に伴って、離脱対象の地域と内戦状態。
イギリスと中央・南アメリカ連邦は、旧カナダとの国境を巡って
運動家達が火星コロニーの独立派のように暴動を起こしているわ。
中東では宗教関係で過激な原理主義者達のテロ行為が激化している」
並べられる数々の不穏な事柄に、シンシアの顔が曇った。
そんなシンシアに、クランは先程の柔らかい、暖かな笑みを見せて、安心させる。
「でも悪いことばかりじゃないわ。ESEANU(エセアヌ)や月の国、コロニーなんかは割と治安が良いのよ」
火星圏のコロニーとは違ってね。と、苦笑しつつクランはそう付け足した。
「おい。国名ずらずら並べただけじゃ、この子なんもわかんねぇだろ」
クランの説明を聞いていたヴァイスがきつい口調で指摘する。
「コロニーなんかはテロリズム・イヤーのせいでピリピリしてやがるし」
「そうね……」
左腕を押さえながら、クランは小さな声を吐いた。
「ちょっとぉ! ヴァイスさん少しは考えてくださいよぉ!」
「いいのよ。モモちゃん」
「よくないです。クランさんはトラウマを抱えるんです! 少しは気を使ってください!」
珍しく、モモが真剣な表情で怒声を上げた。
医療担当としての行動か、はたまた仲間を想ってか。或いはそのどちらもなのか。
モモはこう見えて、職務には真っ当な人間である。
クランや他の者は、初めて顔を合わせたその日に、モモのカウンセリングを受けた。
元々は怪我などの治療が専門で、世界情勢が不安定なこの時世、
様々な分野に対応すべく精神面のケアも力を入れるのだと語った。
彼女の不思議と明るく、前向きな雰囲気に、クランは自身の過去を話したのかも知れない。
「もう平気よ。ありがとう」
クランはそう微笑んで、立ち上がる。
「シンシアもごめんね。わからない話しちゃって」
「うぅん」
クランのことは心配であったが、クランが笑いかけるので、シンシアも笑い返す。
「ミランダさん、悪いんだけど地球圏の最近の状況をもっと詳しく説明してあげて」
話を振られて、びくっとミランダが反応した。
格納庫では、クランとモモがシンシアの帰りを待っていた。
ドルダが停止し、解放されたコックピットからシンシアが出てくる。
「シンシアっ!」
シンシアが降りてきた途端、クランは飛び出していた。
シンシアを抱き締めると、存在していることを確かめるように顔に触れる。
「な、なに? お姉ちゃん、くすぐったいよ」
「ごめんなさい。でも、心配で。無事で良かったわ」
困っているシンシアに、クランは安堵した笑みを見せる。
「クランさん、あれに乗って飛び出そうとしたんですよぉ。
自分が閉所、暗所、その中で揺れを感じることの恐怖症だって忘れて」
「モモちゃん! 恥ずかしいんだからやめてっ!」
ニヤニヤして言うモモに、クランは顔を紅潮させて抗議した。
そんなクランの腕の中で、シンシアが疑問に思う。
「あれ?」
最初は、グワライダーのことだと思った。
しかし、庫内を見回してみると、それが間違いだということに気付く。
格納庫には、グワライダーだけではなく、3機のローズもあったのだ。
先程まで交戦していたのと同一の機種だけに、一瞬身震いするシンシア。
それを腕の中で感じ、クランは「大丈夫よ」と背中をさすった。
「シンシア君は無事のようだな」
操縦室にいたギデオン達がやってくる。
「操縦は?」
「オートパイロットに切り替えた。デブリ宙域に近付いたら知らせが入る」
「デブリ宙域?」
「そこを突き切れば、距離的には公社の支部がある29コロニーが近い」
「デブリ宙域での航行経験はおありで?」
「これで3回目だ」
迷いなく、ギデオンは頼もしげに言ってみせた。
それに対して、反論せずに、クランは笑う。
二人の間には、信頼が生まれていた。
そんな二人を、むすっとした顔で睨む男が一人。
「ヴァイスさん、どうかされました?」
「なんでもねーよ」
ミランダの心配も、虫の居所が悪いのか素っ気ない。
「それよりもこの人型だ。独立派がこさえた機体だよな」
話の流れを変えるように、大きめ声でヴァイスが言う。
皆が、ローズに目を向けた。
人が乗る戦闘兵器といえばMAが普通だと思っていたクラン達にとっては、
この人型の機体、即ちMSは大変に珍しく、興味深い代物であった。
技師のヴァイスだけだけではなく、ギデオンも厳しい視線をローズに送っている。
「気に入らんな」
そして、重い口調でそう吐き捨てた。
ギデオンの表情は、とても穏やかとは言えなかった。
「ど、どうしたんスか?」
女性陣から押され、恐る恐るヴァイスが尋ねる。
ギラッとした目がヴァイスを見た。
「この機体にはロマンがない!!」
「ロ、ロマン?」
「人型の魅せる脚線美は認めよう! だがこの機体はなっとらん!」
拳を握り、そして震わせ、ギデオンは叫んだ。
「だから私はこの機体を見た時ピンときた。改造してしまおうと! ナギサカ君!」
「はい!?」
「船外活動の許可を!」
「きょ、許可します」
凄まれて、思わず言われた通りに許可してしまった。
3機のローズに対して不気味な笑い声を上げるギデオンに、
他の5人はどうすることもできず一歩退いて傍観するしかない。
「ぬはははは! そうだな。私が改造を施した暁には、機体名をグワッシュとしよう!」
その後、火星圏駐留軍にも一般化するMS。
そのMSの原型となる機体グワッシュ。
そのグワッシュを私用に何体も所有し、各地のジャンク屋からパーツを選りすぐり、
カスタムしたものが注目され、ギデオンは後にマスターグワッシュという異名を持つようになる。
しかしこれは、本筋より逸脱した別の物語だが。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なぁに?」
騒いでいるギデオンから離れて、シンシアはクランに声をかけた。
「わたし、何も思い出せないでしょう?」
「え、えぇ。そうね……」
「わたしは何と戦ってるの? わたし何も知らないから。世界のこととか」
「何もわからず、戦わせてごめんなさい。貴女にも、知る権利はあるわね」
クランは膝をつき、シンシアと目線を同じにする。
そして、柔らかい表情で、微笑みかけた。
だがその表情もすぐに、険しいものに変わる。
「貴女がドルダで戦ったのは、恐らくは火星コロニーの独立派。
此処、火星圏では、厳しい食料自給制限から独立運動が盛んだった」
その結果が、現在の状況である。
武装蜂起。MSによる戦闘行為。
コロニー、軌道エレベータ宇宙ステーションなどの施設占拠。
火星圏は戦渦の中であった。
「私達は軍人じゃないわ。火星の調査に来ていたの。そこで、ドルダを見つけて」
「それでわたしが、乗った?」
「……そう」
「そうなんだ……何も思い出せないや」
当然である。
クランが少女に与えたシンシアという名前は、偽り。
少女はクランの妹ではないし、調査隊の一員でもない。
火星の地下施設で眠っていた、正体不明の存在だ。
(けれど、この子には知る権利がある。この子を連れてきたのは、私なのだから)
心の中でそう呟いて、クランは話を続けた。
「地球圏では地球圏連合加盟各国が中心となって世界を引っ張っているわ」
だが、一枚岩ではない。
「ロシアでは連邦の再編成に伴って、離脱対象の地域と内戦状態。
イギリスと中央・南アメリカ連邦は、旧カナダとの国境を巡って
運動家達が火星コロニーの独立派のように暴動を起こしているわ。
中東では宗教関係で過激な原理主義者達のテロ行為が激化している」
並べられる数々の不穏な事柄に、シンシアの顔が曇った。
そんなシンシアに、クランは先程の柔らかい、暖かな笑みを見せて、安心させる。
「でも悪いことばかりじゃないわ。ESEANU(エセアヌ)や月の国、コロニーなんかは割と治安が良いのよ」
火星圏のコロニーとは違ってね。と、苦笑しつつクランはそう付け足した。
「おい。国名ずらずら並べただけじゃ、この子なんもわかんねぇだろ」
クランの説明を聞いていたヴァイスがきつい口調で指摘する。
「コロニーなんかはテロリズム・イヤーのせいでピリピリしてやがるし」
「そうね……」
左腕を押さえながら、クランは小さな声を吐いた。
「ちょっとぉ! ヴァイスさん少しは考えてくださいよぉ!」
「いいのよ。モモちゃん」
「よくないです。クランさんはトラウマを抱えるんです! 少しは気を使ってください!」
珍しく、モモが真剣な表情で怒声を上げた。
医療担当としての行動か、はたまた仲間を想ってか。或いはそのどちらもなのか。
モモはこう見えて、職務には真っ当な人間である。
クランや他の者は、初めて顔を合わせたその日に、モモのカウンセリングを受けた。
元々は怪我などの治療が専門で、世界情勢が不安定なこの時世、
様々な分野に対応すべく精神面のケアも力を入れるのだと語った。
彼女の不思議と明るく、前向きな雰囲気に、クランは自身の過去を話したのかも知れない。
「もう平気よ。ありがとう」
クランはそう微笑んで、立ち上がる。
「シンシアもごめんね。わからない話しちゃって」
「うぅん」
クランのことは心配であったが、クランが笑いかけるので、シンシアも笑い返す。
「ミランダさん、悪いんだけど地球圏の最近の状況をもっと詳しく説明してあげて」
話を振られて、びくっとミランダが反応した。
その顔は、少々強張り、困惑している。
「すみません。私、地理は余り詳しくなくて……」
こめかみから頬にかけて、汗が垂れる。
いつも尖った口調のミランダだったが、この時だけは緊張したような、声に張りがなかった。
「そう。じゃあ仕方ないわ。おいおい、ね」
「うん。いつでもいいよ。だってわたしとお姉ちゃんは姉妹なんだから、いつでも一緒でしょ?」
無邪気に、笑う。
そんな笑みに、クランは胸が痛んだ。
だが、それを隠して、シンシアの頭を撫でた。
こうして、この話題は終了した。
何か煮え切らないまま、未だにローズの前で不気味に笑っているギデオンの姿があった。
「すみません。私、地理は余り詳しくなくて……」
こめかみから頬にかけて、汗が垂れる。
いつも尖った口調のミランダだったが、この時だけは緊張したような、声に張りがなかった。
「そう。じゃあ仕方ないわ。おいおい、ね」
「うん。いつでもいいよ。だってわたしとお姉ちゃんは姉妹なんだから、いつでも一緒でしょ?」
無邪気に、笑う。
そんな笑みに、クランは胸が痛んだ。
だが、それを隠して、シンシアの頭を撫でた。
こうして、この話題は終了した。
何か煮え切らないまま、未だにローズの前で不気味に笑っているギデオンの姿があった。
しばらくして、アラートが鳴る。
デブリ宙域への侵入を示すサインだ。
ギデオン、ヴァイス、ミランダが操縦席に向かう。
「隊長、熱源です」
ミランダが報告する。
「熱源? 熱を持ったものでもあるのか……まさか、独立派か?」
「いや、そうじゃないっぽいスよ」
振り向いたギデオンに向けて、ヴァイスが指をさした。
目視できる距離に、小型の作業艇が見える。
「一般用の作業艇に見えるが、独立派ではないのか?」
「ジャンク屋全般が使ってるデブリ回収用の作業艇っスね」
自信を持って、ヴァイスが言う。
ジャンク屋が独立派ではないという確信はなかったが、
ジャンク屋が攻撃してくる可能性は低いとヴァイスは判断した。
ジャンク屋は人類の生活圏のどこにでも存在し、
人種や民族を越えて互いに協力し合い活動している。
時には利益に目が眩み小競り合いを起こすこともあるが、
基本的にジャンク屋は皆、争いを好まないのである。
「俺も昔はジャンク屋だったからわかるんスよ。奴等とは今も交流ありますからね」
だから、自信があった。
「そうか。なら、私もそれを信じてみよう」
力強く、ギデオンが頷く。
「……それに、上手くすればグワッシュへ改造できるパーツが手に入るかも知れないしな」
「そ、そこっスか……」
「ぬはははは……トロニクス君、ついてきたまえ。ウォン君、後は任せた!」
「え? あ、はい。了解しました」
呆然とギデオンを見送るミランダ。
ヴァイスはトボトボとギデオンについていくしかなかった。
船内にあったノーマルスーツを着て、二人は作業艇へと向かう。
反対するかと思われたクランも、ギデオンの豹変ぶりに半ば諦めて何も言わず送り出した。
ギデオンとヴァイスが、作業艇に接近する。
救難信号は出されていなかった。もしや搭乗者はもう生存していないのか。
ハッチを開けようと、ギデオンが合図を送る。
それにヴァイスが了解したと返し、ハッチのロック解除を試みる。
しかし次の瞬間、作業艇が二人を振り払うかのように動き始めた。
間一髪、二人は巻き込まれずに済む。
「なんなんだよ! お前等は!?」
「お兄ちゃん……」
突然動いた作業艇。
その中には、少年と少女の二人がいた。
デブリ宙域への侵入を示すサインだ。
ギデオン、ヴァイス、ミランダが操縦席に向かう。
「隊長、熱源です」
ミランダが報告する。
「熱源? 熱を持ったものでもあるのか……まさか、独立派か?」
「いや、そうじゃないっぽいスよ」
振り向いたギデオンに向けて、ヴァイスが指をさした。
目視できる距離に、小型の作業艇が見える。
「一般用の作業艇に見えるが、独立派ではないのか?」
「ジャンク屋全般が使ってるデブリ回収用の作業艇っスね」
自信を持って、ヴァイスが言う。
ジャンク屋が独立派ではないという確信はなかったが、
ジャンク屋が攻撃してくる可能性は低いとヴァイスは判断した。
ジャンク屋は人類の生活圏のどこにでも存在し、
人種や民族を越えて互いに協力し合い活動している。
時には利益に目が眩み小競り合いを起こすこともあるが、
基本的にジャンク屋は皆、争いを好まないのである。
「俺も昔はジャンク屋だったからわかるんスよ。奴等とは今も交流ありますからね」
だから、自信があった。
「そうか。なら、私もそれを信じてみよう」
力強く、ギデオンが頷く。
「……それに、上手くすればグワッシュへ改造できるパーツが手に入るかも知れないしな」
「そ、そこっスか……」
「ぬはははは……トロニクス君、ついてきたまえ。ウォン君、後は任せた!」
「え? あ、はい。了解しました」
呆然とギデオンを見送るミランダ。
ヴァイスはトボトボとギデオンについていくしかなかった。
船内にあったノーマルスーツを着て、二人は作業艇へと向かう。
反対するかと思われたクランも、ギデオンの豹変ぶりに半ば諦めて何も言わず送り出した。
ギデオンとヴァイスが、作業艇に接近する。
救難信号は出されていなかった。もしや搭乗者はもう生存していないのか。
ハッチを開けようと、ギデオンが合図を送る。
それにヴァイスが了解したと返し、ハッチのロック解除を試みる。
しかし次の瞬間、作業艇が二人を振り払うかのように動き始めた。
間一髪、二人は巻き込まれずに済む。
「なんなんだよ! お前等は!?」
「お兄ちゃん……」
突然動いた作業艇。
その中には、少年と少女の二人がいた。
(ここでCM)
ヘルメット越しに見える幼い顔。
ギデオンとヴァイスが回収したのは、デブリではなく二人の子供だった。
寄り添い、固く握り合った手は、深い絆を感じさせる。
兄妹。そう見るのが正しい。
憔悴し、輸送船の格納庫に着いた途端、床に倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですかっ!?」
格納庫にはクランとモモとシンシアが、ギデオンとヴァイスの帰りを待っていた。
職業柄か、モモがいち早く兄妹の元に駆け寄る。
「隊長、この子達は?」
クランは横目で兄妹を見ながら、ギデオンに尋ねた。
「作業艇にいたので保護した」
「その作業艇が突然動き出したのには肝が冷えたぜ……ったく」
小さく息をつき、ギデオンが答える。
ヴァイスは怪訝そうな表情をして、兄妹に目をやった。
疲れた様子の兄妹を起き上げようとするモモ。
だが、その手は兄らしき少年に振り払われてしまう。
「俺達は、アンタ等独立派なんかの世話にはならねぇ!!」
怒りに任せた声が、格納庫に響く。
「俺達の親父は、アンタ等に無理矢理連れ去られたんだ!」
悔しさに滲む瞳。
そんな兄を見る妹の瞳もまた、悲哀に満ちていた。
クラン達は、言葉を失ってしまう。
この兄妹の父親がどのような人物なのかは知らない。
しかし、独立派のこのような行いは許せるはずもなかった。
「違うのよ。私達は、火星コロニー独立派ではないわ」
安心させるように、優しい声でクランが言う。
「信じられるかよ! 現にこの船には奴等の機体があるじゃねぇか!!」
「それは、私達が独立派の船を奪って軌道エレベータのステーションから逃げて来たからなの」
落ち着かせるために、クランは決して口調を荒げることはなかった。
穏やかな微笑み。
それは、シンシアに、かつて共に過ごした本当の妹に向けるような、微笑みだった。
「お前等、もしかしてシドーのオッサンのガキ達か?」
そんな中、思い出したかのようにヴァイスが疑問を投げかけた。
少年が、眉を顰めながらヴァイスを見た。
「俺だって。はぐれ者のヴァイスだ」
「ヴァイス……」
少年が名を復唱する。
記憶の中を潜り、探り、そして。
「あ! 親父が半人前のガキだって言ってたヴァイスか!」
ヴァイスは、勢いよく音を立て、床に倒れ込んだ。
ギデオンとヴァイスが回収したのは、デブリではなく二人の子供だった。
寄り添い、固く握り合った手は、深い絆を感じさせる。
兄妹。そう見るのが正しい。
憔悴し、輸送船の格納庫に着いた途端、床に倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですかっ!?」
格納庫にはクランとモモとシンシアが、ギデオンとヴァイスの帰りを待っていた。
職業柄か、モモがいち早く兄妹の元に駆け寄る。
「隊長、この子達は?」
クランは横目で兄妹を見ながら、ギデオンに尋ねた。
「作業艇にいたので保護した」
「その作業艇が突然動き出したのには肝が冷えたぜ……ったく」
小さく息をつき、ギデオンが答える。
ヴァイスは怪訝そうな表情をして、兄妹に目をやった。
疲れた様子の兄妹を起き上げようとするモモ。
だが、その手は兄らしき少年に振り払われてしまう。
「俺達は、アンタ等独立派なんかの世話にはならねぇ!!」
怒りに任せた声が、格納庫に響く。
「俺達の親父は、アンタ等に無理矢理連れ去られたんだ!」
悔しさに滲む瞳。
そんな兄を見る妹の瞳もまた、悲哀に満ちていた。
クラン達は、言葉を失ってしまう。
この兄妹の父親がどのような人物なのかは知らない。
しかし、独立派のこのような行いは許せるはずもなかった。
「違うのよ。私達は、火星コロニー独立派ではないわ」
安心させるように、優しい声でクランが言う。
「信じられるかよ! 現にこの船には奴等の機体があるじゃねぇか!!」
「それは、私達が独立派の船を奪って軌道エレベータのステーションから逃げて来たからなの」
落ち着かせるために、クランは決して口調を荒げることはなかった。
穏やかな微笑み。
それは、シンシアに、かつて共に過ごした本当の妹に向けるような、微笑みだった。
「お前等、もしかしてシドーのオッサンのガキ達か?」
そんな中、思い出したかのようにヴァイスが疑問を投げかけた。
少年が、眉を顰めながらヴァイスを見た。
「俺だって。はぐれ者のヴァイスだ」
「ヴァイス……」
少年が名を復唱する。
記憶の中を潜り、探り、そして。
「あ! 親父が半人前のガキだって言ってたヴァイスか!」
ヴァイスは、勢いよく音を立て、床に倒れ込んだ。
「兄が本当に、失礼なことをしました!」
クラン達に向けて、少女が必死に頭を下げる。
クランの説得と、ヴァイスの言葉により、誤解はなくなった。
場所を談話室に移し事情を聞くことになったが、兄であるシオン・紫藤は恥ずかしそうに膝を抱え顔を埋めてしまった。
そんな兄を叱るように、妹のヘルガ・紫藤が腕を掴んで立ち上がらせる。
「ほら、お兄ちゃんも謝らないと!」
「…………ゴメンナサイ……」
聞こえるか聞こえないかといった程度の声量で、シオンが言う。
クラン達は苦笑するしかなかったが、一件落着に胸を撫で下ろした。
「わかってくれたならいいんだ。だがよ、オッサンが連れ去られたってのはどういうことだ?」
本題は、そこである。
誤解は消え和やかだった空気が、ピンと張り詰める。
ヘルガは悲しそうに俯き、悔しげな表情に戻ったシオンがゆっくりと口を開く。
「独立派の奴等、技術者を集めてるみたいで、俺達がいたコロニーも制圧されて、
機械工学の偉い人だとか親父みたいなしがないジャンク屋まで連れて行かれたんだ」
火星コロニーの住民は、多くは独立の賛成派である。
しかし独立派のしていることは度を越し、板挟みの一般市民達は右往左往するしかなかった。
独立のためとはいえ、一般市民を無理矢理連行するというようなやり方は決して許せるものではない。
「俺達は間一髪、独立派の監視が厳しくなる前にあの作業艇でコロニーから逃げ出してきたんだ」
「全く、無茶をする……」
呆れたように、ギデオンが呟いた。
「だって! 俺は、俺達は嫌だったんだ! 俺達は地球圏で生まれ育った。
でもヘルガはテロリズム・イヤーのせいで本当の家族を失って……
俺と親父とヘルガは、そんなものがない世界を目指して火星圏に来たんだ!」
そう訴えるシオンの瞳は、涙で濡れていた。
テロリズム・イヤー。地球圏でその年、数えきれないほど各地でテロによる災害が発生した。
ビルは崩れ、街は焼かれ、完全に機能を失ったコロニーもあった。
人の泣く声、嘆く声が、止むことのなかった年。
クランは左腕を押さえる。それは強く、右手が痛くなるほどに。
「お姉ちゃん?」
「えっ……?」
気付くと、心配そうにしているシンシアの顔が飛び込んでくる。
「クランさん、大丈夫ですかぁ?」
モモもクランの異常を感じ取り、声をかける。
「えぇ、大丈夫よ。モモちゃん、私よりも二人を診てあげて」
「そうですか? わかりましたぁ」
納得はしていないようだったが、モモはクランから離れシオンとヘルガの元へ向かった。
「それじゃあ、栄養剤を打っときましょう」
救急用のバッグを片手に、モモはニコリと微笑んだ。
「打っとくって……まさか」
嫌な予感に顔を青くして、汗を流すシオン。
「もちろん、お注射ですよっ♪」
「い、いやだああああああ!!」
「お兄ちゃん……恥ずかしい」
和やかな空気が談話室に戻る。
だが、シンシアは未だクランの顔を悩ましげに見上げるばかり。
クランはシンシアの頭を撫で、安心させた。
「ごめんね。お姉ちゃんがこんなじゃ、駄目ね」
「うぅん。お姉ちゃんは、そのままでいて。私、そのままのお姉ちゃんが好き」
偽りの姉妹関係。
お姉ちゃん。そう慕ってくる少女に、クランの心はズキリと痛んだ。
こんな、自分が何者なのかもわからない少女を利用するようなやり方を、クランはしたくなかった。
このままコロニーに向かえれば、何事もなく全てが終わるのではないかと、淡い期待を抱いてしまう。
しかし、そんな期待を打ち消すように、スピーカーがキィンと耳鳴りのように響いた。
『独立派と思われる機体の熱源をキャッチしました』
スピーカーから流れてきたのは、操縦室に詰めていたミランダからの報告。
シンシア、モモ、紫藤兄妹を残して、クラン達は操縦室に向かった。
「状況は?」
「偵察でしょうか。すぐにいなくなりました」
ギデオンに訊かれて、素早くミランダが返答する。
「こちらも不要と思えた電力消費は全て落としておきましたが」
「それでいい。道中にデブリ帯を選んだのは目眩ましのためでもある」
ミランダの報告を聞いたギデオンが静かに言う。
「遮蔽物はもちろんだか、下手に攻撃を加えて危険物に誘爆……といったことも有り得るからな」
しかし、このまま見過ごしてくれるほど追撃部隊は甘くはないだろう。
そう考えて、ギデオンを踵を返し、操縦室から出て行った。
「トロニクス君、手伝ってくれ。また外で作業だ。
ナギサカ君は待機、シンシア君を機体に。火は入れるなよ」
クラン達に向けて、少女が必死に頭を下げる。
クランの説得と、ヴァイスの言葉により、誤解はなくなった。
場所を談話室に移し事情を聞くことになったが、兄であるシオン・紫藤は恥ずかしそうに膝を抱え顔を埋めてしまった。
そんな兄を叱るように、妹のヘルガ・紫藤が腕を掴んで立ち上がらせる。
「ほら、お兄ちゃんも謝らないと!」
「…………ゴメンナサイ……」
聞こえるか聞こえないかといった程度の声量で、シオンが言う。
クラン達は苦笑するしかなかったが、一件落着に胸を撫で下ろした。
「わかってくれたならいいんだ。だがよ、オッサンが連れ去られたってのはどういうことだ?」
本題は、そこである。
誤解は消え和やかだった空気が、ピンと張り詰める。
ヘルガは悲しそうに俯き、悔しげな表情に戻ったシオンがゆっくりと口を開く。
「独立派の奴等、技術者を集めてるみたいで、俺達がいたコロニーも制圧されて、
機械工学の偉い人だとか親父みたいなしがないジャンク屋まで連れて行かれたんだ」
火星コロニーの住民は、多くは独立の賛成派である。
しかし独立派のしていることは度を越し、板挟みの一般市民達は右往左往するしかなかった。
独立のためとはいえ、一般市民を無理矢理連行するというようなやり方は決して許せるものではない。
「俺達は間一髪、独立派の監視が厳しくなる前にあの作業艇でコロニーから逃げ出してきたんだ」
「全く、無茶をする……」
呆れたように、ギデオンが呟いた。
「だって! 俺は、俺達は嫌だったんだ! 俺達は地球圏で生まれ育った。
でもヘルガはテロリズム・イヤーのせいで本当の家族を失って……
俺と親父とヘルガは、そんなものがない世界を目指して火星圏に来たんだ!」
そう訴えるシオンの瞳は、涙で濡れていた。
テロリズム・イヤー。地球圏でその年、数えきれないほど各地でテロによる災害が発生した。
ビルは崩れ、街は焼かれ、完全に機能を失ったコロニーもあった。
人の泣く声、嘆く声が、止むことのなかった年。
クランは左腕を押さえる。それは強く、右手が痛くなるほどに。
「お姉ちゃん?」
「えっ……?」
気付くと、心配そうにしているシンシアの顔が飛び込んでくる。
「クランさん、大丈夫ですかぁ?」
モモもクランの異常を感じ取り、声をかける。
「えぇ、大丈夫よ。モモちゃん、私よりも二人を診てあげて」
「そうですか? わかりましたぁ」
納得はしていないようだったが、モモはクランから離れシオンとヘルガの元へ向かった。
「それじゃあ、栄養剤を打っときましょう」
救急用のバッグを片手に、モモはニコリと微笑んだ。
「打っとくって……まさか」
嫌な予感に顔を青くして、汗を流すシオン。
「もちろん、お注射ですよっ♪」
「い、いやだああああああ!!」
「お兄ちゃん……恥ずかしい」
和やかな空気が談話室に戻る。
だが、シンシアは未だクランの顔を悩ましげに見上げるばかり。
クランはシンシアの頭を撫で、安心させた。
「ごめんね。お姉ちゃんがこんなじゃ、駄目ね」
「うぅん。お姉ちゃんは、そのままでいて。私、そのままのお姉ちゃんが好き」
偽りの姉妹関係。
お姉ちゃん。そう慕ってくる少女に、クランの心はズキリと痛んだ。
こんな、自分が何者なのかもわからない少女を利用するようなやり方を、クランはしたくなかった。
このままコロニーに向かえれば、何事もなく全てが終わるのではないかと、淡い期待を抱いてしまう。
しかし、そんな期待を打ち消すように、スピーカーがキィンと耳鳴りのように響いた。
『独立派と思われる機体の熱源をキャッチしました』
スピーカーから流れてきたのは、操縦室に詰めていたミランダからの報告。
シンシア、モモ、紫藤兄妹を残して、クラン達は操縦室に向かった。
「状況は?」
「偵察でしょうか。すぐにいなくなりました」
ギデオンに訊かれて、素早くミランダが返答する。
「こちらも不要と思えた電力消費は全て落としておきましたが」
「それでいい。道中にデブリ帯を選んだのは目眩ましのためでもある」
ミランダの報告を聞いたギデオンが静かに言う。
「遮蔽物はもちろんだか、下手に攻撃を加えて危険物に誘爆……といったことも有り得るからな」
しかし、このまま見過ごしてくれるほど追撃部隊は甘くはないだろう。
そう考えて、ギデオンを踵を返し、操縦室から出て行った。
「トロニクス君、手伝ってくれ。また外で作業だ。
ナギサカ君は待機、シンシア君を機体に。火は入れるなよ」
デブリ帯から少々外れた宙域。
待機する4機のローズの元に、1機のローズが合流する。
『何個かそれらしき熱源はあったわよ』
スピーカーから女の声が響いた。
それを聞き、コックピットの中で腕組みをしていた男が、ニヤリと口角を上げた。
マイケル・ミッチェル。ドルダ、及び調査隊の追撃任務を請け負った部隊の隊長。
『どうするの? すぐにでも仕掛ける?』
そして、偵察に出ていた女パイロット。
ターニャ・ソブロフ。マイケルの右腕的存在である。
「場所がわかっているなら好都合さ。彼等もデブリの中で篭城……なんてことはしてられないだろうからね」
調査隊の奪った輸送船は、三機のローズ以外はまともな物資は積まれていない。
機体を積み込んだだけで、必要な物資の搬入はまだだったと報告を受けている。
そうそう長く、あの場所に居座れるはずもない。
「こちらが仕掛けてやれば、逃げるために否が応でも動き出す」
己の作戦に対する自信。
火星開発公社の火星調査隊。
軍人や、自分達のように武力で決起した者達とは違う。
いくら強大な戦力を持っていようと、所詮は一般人。
戦うことより、逃げ、生き延びることを優先させるはずである。
「ディラン、タオとマオ、君達も大丈夫かな?」
マイケルがそう言うと、ディスプレイに『OK, Master.』と文字による通信が送られてきた。
タオとマオ。この二人のパイロットは、マイケルが隊に配属させた少年兵の兄弟である。
幼い頃に両親を失い、火星圏に近い小惑星でレアメタル採掘の労働をしていた。
労働は過酷なものであり、まだ年端もいかないタオとマオには辛く厳しいものであった。
その頃に労働を強いていた里親の虐待を受け、兄弟揃って声をなくしている。
ディランはそんな二人を多額の資金と引き替えに引き取ったのだ。
「ディラン、君はどうかな?」
返答がないもう一人のパイロットに、マイケルはもう一度問う。
『すまない。大丈夫だ』
スピーカーから、まだ成熟しきっていない少年の声が響いた。
だがその声には似つかわしくない、とても落ち着き払った口調であった。
『また地球圏のバンドの曲聴いてたの?』
『あぁ。だがもう止めた』
ターニャに訊かれ、鋭い瞳の少年が、変わらず淡々とした口調で返す。
この少年、ディラン・クロスもまた、マイケルによって集められた少年兵の一人だった。
『隊長達が俺を拾ってくれたことには感謝している。その分の恩は返すつもりだ』
その年不相応の口調や性格は、この少年にもまた過去に何かがあったことを窺わせる。
しかし、マイケルもターニャも彼の過去を知らなければ、聞くこともしなかった。
ディランはモビルスーツのパイロットとして志願し、マイケルがそれを採用した。
ただそれだけ。マイケルにとっては、過去などは関係ない。
(……大人も子供も、生きるのに必死なんだ。特にこの火星圏ではね)
空しい時代だと、ディランは心の中で嘆いた。
「だから行くのさ。大人も子供も、生きるためにさ」
マイケル・ミッチェル隊が、静かに動き出す。
輸送船と思われる熱源は数個。
可能性が低いものを、マイケルとターニャが排除する。
残ったのは、二つの熱源。
しかもその熱源は、互いに近い距離にあった。
(カモフラージュ。けど、余りにも浅はかだよ。調査隊の諸君)
別の熱源と近いからといって、重なって輸送船の熱源が隠れるわけではない。
ステルス艦でもない輸送船が、そうそう簡単に姿を消せるはずもない。
これが、一般人と戦場に生きる者の、差。
確信をもって、マイケルは隊を熱源に向けて進めた。
しかし、その時……
『マイケル、熱源が動き出したわよ!』
「なにッ……?」
突然、熱源が移動を開始する。
それも、二つの熱源が、同時に。
「チィッ! 考えを改めねばならないかな。相手はなかなかのギャンブラーだ」
二つの熱源ということは、隊を二つに割かなければならないということ。
戦力を減少させれば、迎い討てると思っているのか。
「なんにしても気に入ったね。ターニャ、君はタオとマオを連れ、デブリが少ない方に逃げた熱源を追え!」
『了解したわ!』
3機のローズが一方の熱源を追う。
「ターニャには悪いことをしたかな……」
ディランが、怪しく笑みを浮かべた。
「密集地帯に逃げた熱源。もしそれが本ボシならば、僕は彼等と戦いたい!」
マイケルはディランと共に、デブリが密集する宙域に向け移動を開始した。
「敢えて危険に飛び込む。その意気込みは良し!!」
待機する4機のローズの元に、1機のローズが合流する。
『何個かそれらしき熱源はあったわよ』
スピーカーから女の声が響いた。
それを聞き、コックピットの中で腕組みをしていた男が、ニヤリと口角を上げた。
マイケル・ミッチェル。ドルダ、及び調査隊の追撃任務を請け負った部隊の隊長。
『どうするの? すぐにでも仕掛ける?』
そして、偵察に出ていた女パイロット。
ターニャ・ソブロフ。マイケルの右腕的存在である。
「場所がわかっているなら好都合さ。彼等もデブリの中で篭城……なんてことはしてられないだろうからね」
調査隊の奪った輸送船は、三機のローズ以外はまともな物資は積まれていない。
機体を積み込んだだけで、必要な物資の搬入はまだだったと報告を受けている。
そうそう長く、あの場所に居座れるはずもない。
「こちらが仕掛けてやれば、逃げるために否が応でも動き出す」
己の作戦に対する自信。
火星開発公社の火星調査隊。
軍人や、自分達のように武力で決起した者達とは違う。
いくら強大な戦力を持っていようと、所詮は一般人。
戦うことより、逃げ、生き延びることを優先させるはずである。
「ディラン、タオとマオ、君達も大丈夫かな?」
マイケルがそう言うと、ディスプレイに『OK, Master.』と文字による通信が送られてきた。
タオとマオ。この二人のパイロットは、マイケルが隊に配属させた少年兵の兄弟である。
幼い頃に両親を失い、火星圏に近い小惑星でレアメタル採掘の労働をしていた。
労働は過酷なものであり、まだ年端もいかないタオとマオには辛く厳しいものであった。
その頃に労働を強いていた里親の虐待を受け、兄弟揃って声をなくしている。
ディランはそんな二人を多額の資金と引き替えに引き取ったのだ。
「ディラン、君はどうかな?」
返答がないもう一人のパイロットに、マイケルはもう一度問う。
『すまない。大丈夫だ』
スピーカーから、まだ成熟しきっていない少年の声が響いた。
だがその声には似つかわしくない、とても落ち着き払った口調であった。
『また地球圏のバンドの曲聴いてたの?』
『あぁ。だがもう止めた』
ターニャに訊かれ、鋭い瞳の少年が、変わらず淡々とした口調で返す。
この少年、ディラン・クロスもまた、マイケルによって集められた少年兵の一人だった。
『隊長達が俺を拾ってくれたことには感謝している。その分の恩は返すつもりだ』
その年不相応の口調や性格は、この少年にもまた過去に何かがあったことを窺わせる。
しかし、マイケルもターニャも彼の過去を知らなければ、聞くこともしなかった。
ディランはモビルスーツのパイロットとして志願し、マイケルがそれを採用した。
ただそれだけ。マイケルにとっては、過去などは関係ない。
(……大人も子供も、生きるのに必死なんだ。特にこの火星圏ではね)
空しい時代だと、ディランは心の中で嘆いた。
「だから行くのさ。大人も子供も、生きるためにさ」
マイケル・ミッチェル隊が、静かに動き出す。
輸送船と思われる熱源は数個。
可能性が低いものを、マイケルとターニャが排除する。
残ったのは、二つの熱源。
しかもその熱源は、互いに近い距離にあった。
(カモフラージュ。けど、余りにも浅はかだよ。調査隊の諸君)
別の熱源と近いからといって、重なって輸送船の熱源が隠れるわけではない。
ステルス艦でもない輸送船が、そうそう簡単に姿を消せるはずもない。
これが、一般人と戦場に生きる者の、差。
確信をもって、マイケルは隊を熱源に向けて進めた。
しかし、その時……
『マイケル、熱源が動き出したわよ!』
「なにッ……?」
突然、熱源が移動を開始する。
それも、二つの熱源が、同時に。
「チィッ! 考えを改めねばならないかな。相手はなかなかのギャンブラーだ」
二つの熱源ということは、隊を二つに割かなければならないということ。
戦力を減少させれば、迎い討てると思っているのか。
「なんにしても気に入ったね。ターニャ、君はタオとマオを連れ、デブリが少ない方に逃げた熱源を追え!」
『了解したわ!』
3機のローズが一方の熱源を追う。
「ターニャには悪いことをしたかな……」
ディランが、怪しく笑みを浮かべた。
「密集地帯に逃げた熱源。もしそれが本ボシならば、僕は彼等と戦いたい!」
マイケルはディランと共に、デブリが密集する宙域に向け移動を開始した。
「敢えて危険に飛び込む。その意気込みは良し!!」
To Be Continued...