ドーム・テーレマコスは、マリネリス峡谷中央に位置している。マリネリス峡谷というのは長さ四千キロメートルにも及ぶ火星最大の峡谷である。
マリネリス峡谷の西側から北へ登って行くと、火山地帯のタルシス地方に至る。
そこには太陽系最大の火山オリンポス山をはじめとした多くの死火山が分布しており、調査団のカナリヤが手始めに降りた地域はこのタルシス地方であった。
火星のテラフォーミングは完全ではなく、日中の空は薄い大気に浮かぶ塵によって黄昏時のように赤々と染まっている。
赤い日に照らされて、一機のMSが錆色の地面を掘り返し、慎重な動作でもって土の塊を傍らのコンテナに納めていた。
そのMSはコンテナの蓋を閉じると、体を解すように肩を一回転させて、上空にメインカメラを向けながら手に持ったスコップを地面に突き立てた。
「しかしまあ、辛気臭くなる空だな。火星人どもが陰気なのも頷ける」
『無意味な動作です。真面目に作業を行って下さい。次は深度二十メートル』
間髪入れず通信が帰ってきた。デイヴィッドは「はい、はい」と答えつつスコップの先を引っ掛けて空のコンテナを近くに寄せた。
『先ほども言いましたが、コンテナを乱暴に扱わないで下さい。不純物が混入します』
冷淡な女の声を聞き流して再び掘り始めたが、ある深度まで来ると、浅い所の土が崩れ落ちて新しく掘った部分が埋まってしまった。
『初めからやり直しです。そこから移動して、指定する別のポイントを掘ってください』
「だーもー、めんどくせぇ! 別にこのくらい構わんだろうが」
『駄目です。いいですか、正確な調査結果を得るためには――』
「はいはいはいはい! 調査結果云々調査結果云々ですね。わかったよ、やり直せばいいんだろやり直せば! ……畜生、かったりぃ」
グワッシュが乱暴にスラスターを吹かして穴から飛び出ると、その付近には同じように失敗した穴ぼこが幾つも空いていた。
指定されたポイントに着いたとき、出し抜けに三機のMSが轟音を立ててグワッシュの頭上を掠めて行った。
低空飛行の反動で塵が舞い上がり、グワッシュのメインカメラに張り付いた。
塵が収まるのを待ってカメラ脇の洗浄装置を起動し、視界が元に戻ると、もはや例の三機は豆粒ほどの大きさである。
カメラを最大望遠にして見ると、ガンダムムウシコスを先頭に、フライトユニットを装備した二機のドグッシュが追い縋っている様子であった。
高い旋回性能を持つムウシコスの滑らかな機動に付いて行くために、二機のグワッシュは右へ左へと忙しく大回りに飛んでいる。
「いい気なもんだ。こっちは健気に土を耕してるっていうのによ。……ところでヴァニナ嬢」
『気安くファーストネームで呼ばないで下さい。不愉快です』
「失敬、ヴァニナ・ヴァニニ女史。なあ、俺たち調査団の主な任務は、火星の地質やら何やらを調べることだろう」
『そうですが、何か?』
「だったらどうしてあの連中は優雅にお空を飛び回っているんだ? 新型の性能テストなんぞ後でいくらでも出来る。下っ端の俺一人に任せるよりか効率がいいと思うんだがな」
ヴァニナからの返答は無かった。
「フィリアも、スメッグヘッドとかいう偉い爺さんも向こうに付きっ切りだ。火星くんだりまでやってきてMS弄りたぁどういう了見だ?
やたらにいる研究員連中だってそうだ。こうして糞真面目に頑張ってるのは、あんたのほかに十人も居ないだろうが」
『機密事項です』
「そんなところは軍も民間も変わらんな。俺は堅気の職にありつきたいってのに……」
『口ばかり動かしていないで、手も動かして下さい。これ以上無駄口を叩いているなら、人事の方に報告させていただきますよ』
デイヴィッドはわざとらしいため息を吐いて作業を再開した。
いくらか掘り進んだとき、頭上にMSが静止しているのをセンサーが感知した。
ガンダムムウシコスであった。僚機のドグッシュを振り切ってしまったのか一機きりである。
ムウシコスは、グワッシュが頭を上げたことに気が付くと、ビームライフルの銃口をグワッシュに向けて、数回ほど打ち抜くような動作をした。
それから軽やかに宙返りをして見せ、遅れてやって来たドグッシュ二機から逃げるように飛び去って行った。
デイヴィッドはグワッシュの足元に荒々しくスコップを突き刺した。
「あの糞餓鬼、挑発してやがる」
『今ので土が崩れました。やり直しです。もっと慎重に行って下さい』
結局、作業を終えたのは空が青ばんでくる時刻であった。
パイロット用のミーティングルームで、フィリアがネルネとゲイリーを相手に今後の打ち合わせをしていると、自動扉が開いて、憔悴し切った様子のデイヴィッドが入って来た。
パイロットスーツから着替えもしないで、片手にヘルメットをぶら下げている。おそらくはつい先ほどまで働かされていたのであろう。
フィリアは真っ先に労いの言葉をかけた。
「デイヴ、おつかれさま」
デイヴィッドは長いすにどっかと腰を下ろして、持っていたヘルメットを叩きつけんばかりにテーブルに投げた。
「おい、フィリア。あの堅物、どうにかならんのか」
心底憎たらしげに吐き出された言葉に、フィリアは力ない笑いを浮かべた。
「ヴァニニ女史はなんというか、完璧主義者みたいなところがあるからね。ところで、グワッシュの具合はどうだった? 一応、マニピュレータの精度を調整し直してみたんだけれど」
「殴り合い仕様のブッシュのほうがまだマシだ。調査用ってんなら、卵摘める程度にはしてくれよ。そうでもないとあの女の御注文にはとても付いていけん」
ブッシュというのは現在の連邦軍主力MSの名である。
「無茶言わないでよ……」
「こっちの方が無茶なんだよ。三十六箇所だぜ、三十六箇所も穴堀やらされたんだぜ。賽の河原の赤ん坊じゃあるまいし」
「いやはや、それは災難でしたね」とゲイリーが言った。彼は、上がタンクトップで下がジャージという軽装であったが、汗が止まらないのか引切り無しに首筋や脇下をタオルで拭っている。
その姿はお世辞にも清涼味があるとはいえない。けれども長袖の三人は、数日間彼と顔をつき合わせているうちにそれに慣れてしまい、不快を感じることも無くなっていた。
「けっ、ぶんぶん飛んでただけの野郎がぬけぬけ言いやがる」
「なにカリカリしてるんだ? ポテチ食べるか?」
ネルネがそう言いながら、先ほどから食べていたポテトチップスの袋をデイヴィッドに差し出した。
手を汚さないためか、袋を持っていないほうの手には箸が握られている。
「いらん」
「なんだと! 木星圏産の一等品だぞ!」
「同情するなら機体をくれ。こちらとしてはあんたのドグッシュの寄贈をお勧めする」
「断る! あれは私専用のMSだ!」
やいのやいのと騒ぎ始めたデイヴィッドとネルネを横目に、フィリアは額を手で覆ったが、彼の内心は悪くない心地であった。
マリネリス峡谷の西側から北へ登って行くと、火山地帯のタルシス地方に至る。
そこには太陽系最大の火山オリンポス山をはじめとした多くの死火山が分布しており、調査団のカナリヤが手始めに降りた地域はこのタルシス地方であった。
火星のテラフォーミングは完全ではなく、日中の空は薄い大気に浮かぶ塵によって黄昏時のように赤々と染まっている。
赤い日に照らされて、一機のMSが錆色の地面を掘り返し、慎重な動作でもって土の塊を傍らのコンテナに納めていた。
そのMSはコンテナの蓋を閉じると、体を解すように肩を一回転させて、上空にメインカメラを向けながら手に持ったスコップを地面に突き立てた。
「しかしまあ、辛気臭くなる空だな。火星人どもが陰気なのも頷ける」
『無意味な動作です。真面目に作業を行って下さい。次は深度二十メートル』
間髪入れず通信が帰ってきた。デイヴィッドは「はい、はい」と答えつつスコップの先を引っ掛けて空のコンテナを近くに寄せた。
『先ほども言いましたが、コンテナを乱暴に扱わないで下さい。不純物が混入します』
冷淡な女の声を聞き流して再び掘り始めたが、ある深度まで来ると、浅い所の土が崩れ落ちて新しく掘った部分が埋まってしまった。
『初めからやり直しです。そこから移動して、指定する別のポイントを掘ってください』
「だーもー、めんどくせぇ! 別にこのくらい構わんだろうが」
『駄目です。いいですか、正確な調査結果を得るためには――』
「はいはいはいはい! 調査結果云々調査結果云々ですね。わかったよ、やり直せばいいんだろやり直せば! ……畜生、かったりぃ」
グワッシュが乱暴にスラスターを吹かして穴から飛び出ると、その付近には同じように失敗した穴ぼこが幾つも空いていた。
指定されたポイントに着いたとき、出し抜けに三機のMSが轟音を立ててグワッシュの頭上を掠めて行った。
低空飛行の反動で塵が舞い上がり、グワッシュのメインカメラに張り付いた。
塵が収まるのを待ってカメラ脇の洗浄装置を起動し、視界が元に戻ると、もはや例の三機は豆粒ほどの大きさである。
カメラを最大望遠にして見ると、ガンダムムウシコスを先頭に、フライトユニットを装備した二機のドグッシュが追い縋っている様子であった。
高い旋回性能を持つムウシコスの滑らかな機動に付いて行くために、二機のグワッシュは右へ左へと忙しく大回りに飛んでいる。
「いい気なもんだ。こっちは健気に土を耕してるっていうのによ。……ところでヴァニナ嬢」
『気安くファーストネームで呼ばないで下さい。不愉快です』
「失敬、ヴァニナ・ヴァニニ女史。なあ、俺たち調査団の主な任務は、火星の地質やら何やらを調べることだろう」
『そうですが、何か?』
「だったらどうしてあの連中は優雅にお空を飛び回っているんだ? 新型の性能テストなんぞ後でいくらでも出来る。下っ端の俺一人に任せるよりか効率がいいと思うんだがな」
ヴァニナからの返答は無かった。
「フィリアも、スメッグヘッドとかいう偉い爺さんも向こうに付きっ切りだ。火星くんだりまでやってきてMS弄りたぁどういう了見だ?
やたらにいる研究員連中だってそうだ。こうして糞真面目に頑張ってるのは、あんたのほかに十人も居ないだろうが」
『機密事項です』
「そんなところは軍も民間も変わらんな。俺は堅気の職にありつきたいってのに……」
『口ばかり動かしていないで、手も動かして下さい。これ以上無駄口を叩いているなら、人事の方に報告させていただきますよ』
デイヴィッドはわざとらしいため息を吐いて作業を再開した。
いくらか掘り進んだとき、頭上にMSが静止しているのをセンサーが感知した。
ガンダムムウシコスであった。僚機のドグッシュを振り切ってしまったのか一機きりである。
ムウシコスは、グワッシュが頭を上げたことに気が付くと、ビームライフルの銃口をグワッシュに向けて、数回ほど打ち抜くような動作をした。
それから軽やかに宙返りをして見せ、遅れてやって来たドグッシュ二機から逃げるように飛び去って行った。
デイヴィッドはグワッシュの足元に荒々しくスコップを突き刺した。
「あの糞餓鬼、挑発してやがる」
『今ので土が崩れました。やり直しです。もっと慎重に行って下さい』
結局、作業を終えたのは空が青ばんでくる時刻であった。
パイロット用のミーティングルームで、フィリアがネルネとゲイリーを相手に今後の打ち合わせをしていると、自動扉が開いて、憔悴し切った様子のデイヴィッドが入って来た。
パイロットスーツから着替えもしないで、片手にヘルメットをぶら下げている。おそらくはつい先ほどまで働かされていたのであろう。
フィリアは真っ先に労いの言葉をかけた。
「デイヴ、おつかれさま」
デイヴィッドは長いすにどっかと腰を下ろして、持っていたヘルメットを叩きつけんばかりにテーブルに投げた。
「おい、フィリア。あの堅物、どうにかならんのか」
心底憎たらしげに吐き出された言葉に、フィリアは力ない笑いを浮かべた。
「ヴァニニ女史はなんというか、完璧主義者みたいなところがあるからね。ところで、グワッシュの具合はどうだった? 一応、マニピュレータの精度を調整し直してみたんだけれど」
「殴り合い仕様のブッシュのほうがまだマシだ。調査用ってんなら、卵摘める程度にはしてくれよ。そうでもないとあの女の御注文にはとても付いていけん」
ブッシュというのは現在の連邦軍主力MSの名である。
「無茶言わないでよ……」
「こっちの方が無茶なんだよ。三十六箇所だぜ、三十六箇所も穴堀やらされたんだぜ。賽の河原の赤ん坊じゃあるまいし」
「いやはや、それは災難でしたね」とゲイリーが言った。彼は、上がタンクトップで下がジャージという軽装であったが、汗が止まらないのか引切り無しに首筋や脇下をタオルで拭っている。
その姿はお世辞にも清涼味があるとはいえない。けれども長袖の三人は、数日間彼と顔をつき合わせているうちにそれに慣れてしまい、不快を感じることも無くなっていた。
「けっ、ぶんぶん飛んでただけの野郎がぬけぬけ言いやがる」
「なにカリカリしてるんだ? ポテチ食べるか?」
ネルネがそう言いながら、先ほどから食べていたポテトチップスの袋をデイヴィッドに差し出した。
手を汚さないためか、袋を持っていないほうの手には箸が握られている。
「いらん」
「なんだと! 木星圏産の一等品だぞ!」
「同情するなら機体をくれ。こちらとしてはあんたのドグッシュの寄贈をお勧めする」
「断る! あれは私専用のMSだ!」
やいのやいのと騒ぎ始めたデイヴィッドとネルネを横目に、フィリアは額を手で覆ったが、彼の内心は悪くない心地であった。
この調査団に集められたパイロットはデイヴィッドを含めて、皆灰汁の強い性格をしている。加えて、軍隊ではなく民間企業のMS隊である。
専門のカウンセラーも、実戦経験のある監督者もいない。階級も存在せず、支給される機体など待遇差もある。
本来ならば連邦軍にオブザーバーの派遣を要請するのであるが、とある特殊な事情のためにそれも出来ない。
名目上の指揮官はいるとはいえ、パイロット間の人間関係が険悪になることは容易に予想できた。
それが思いのほか上手くやってくれている。軽口を叩き合うこの三人なら戦闘で命を預けあう段となっても大丈夫であろう。
フィリア個人としては、少々妬ましく感じる点もあるが、一乗組員からしてみれば好ましい傾向であった。しかし、一つだけ懸念が残っていた。
「どこのどいつが痴話喧嘩してると思えば、Dランのおっさんじゃないか」
ガンダムパイロットのディック・オメコスキーである。名目上の指揮官である彼は、ミーティングルームに入るなり挑発的に口を切った。
いきり立っていたネルネも、彼女を宥めていたゲイリーも、途端に静かになってしまう。
「おっさんじゃない。お兄さんだ」
「二十六にもなりゃ、十分立派なおっさんだ。もうじきビール腹の仲間入りだぜ。健康のためにスカッシュをやる老いぼれの一人になるんだぜ。
アンタもそのうち、ミネラルウォーターを飲んでカロリーに詳しくなるんだろ? あと四年で、ほとんどジジイだ。三十だ。
もし俺だったら、あんまりにも気が滅入って首を吊るね」
「首吊りの足を引っ張るような御意見、ありがとさん」
デイヴィッドはディックと視線を合わせずにひらひらと手を振り、怒る様子を見せなかった。
かえって彼ではなくゲイリーのほうが恐縮して、止め処なく流れる汗を忙しく拭いている。
ディックの言ったことに関して思い当たるどころではない。ことごとく図星であったろう。
見かねたフィリアは、彼を嗜めようかと思ったが、彼の身分を省みてそれを断念した。ガンダムパイロットは『特別』である。
彼はある意味で、一部門の責任者でしかないフィリアよりも、第七次調査団総司令であり火星開発公社重役でもあるアルフ・スメッグヘッド博士に近い地位にいる。
自分の今後のキャリアと、いずれデイヴィッドに与えるポストのために、フィリアは当たり障りのない苦笑を浮かべるばかりであった。
専門のカウンセラーも、実戦経験のある監督者もいない。階級も存在せず、支給される機体など待遇差もある。
本来ならば連邦軍にオブザーバーの派遣を要請するのであるが、とある特殊な事情のためにそれも出来ない。
名目上の指揮官はいるとはいえ、パイロット間の人間関係が険悪になることは容易に予想できた。
それが思いのほか上手くやってくれている。軽口を叩き合うこの三人なら戦闘で命を預けあう段となっても大丈夫であろう。
フィリア個人としては、少々妬ましく感じる点もあるが、一乗組員からしてみれば好ましい傾向であった。しかし、一つだけ懸念が残っていた。
「どこのどいつが痴話喧嘩してると思えば、Dランのおっさんじゃないか」
ガンダムパイロットのディック・オメコスキーである。名目上の指揮官である彼は、ミーティングルームに入るなり挑発的に口を切った。
いきり立っていたネルネも、彼女を宥めていたゲイリーも、途端に静かになってしまう。
「おっさんじゃない。お兄さんだ」
「二十六にもなりゃ、十分立派なおっさんだ。もうじきビール腹の仲間入りだぜ。健康のためにスカッシュをやる老いぼれの一人になるんだぜ。
アンタもそのうち、ミネラルウォーターを飲んでカロリーに詳しくなるんだろ? あと四年で、ほとんどジジイだ。三十だ。
もし俺だったら、あんまりにも気が滅入って首を吊るね」
「首吊りの足を引っ張るような御意見、ありがとさん」
デイヴィッドはディックと視線を合わせずにひらひらと手を振り、怒る様子を見せなかった。
かえって彼ではなくゲイリーのほうが恐縮して、止め処なく流れる汗を忙しく拭いている。
ディックの言ったことに関して思い当たるどころではない。ことごとく図星であったろう。
見かねたフィリアは、彼を嗜めようかと思ったが、彼の身分を省みてそれを断念した。ガンダムパイロットは『特別』である。
彼はある意味で、一部門の責任者でしかないフィリアよりも、第七次調査団総司令であり火星開発公社重役でもあるアルフ・スメッグヘッド博士に近い地位にいる。
自分の今後のキャリアと、いずれデイヴィッドに与えるポストのために、フィリアは当たり障りのない苦笑を浮かべるばかりであった。
「ところで、微笑みデイヴさんよ。昼間、アンタが無様に地べた這いずり回ってるとき、ロックオンしてやったのがわかったか? 十回だ。あれが戦場なら、アンタは十回撃墜されてる」
「さすがはガンダムとAランクのエリートさんだ。その調子で実戦でも活躍してくれると助かる」
「三八式でも弾除けにはなるね。いざってときはアンタを盾にさせてもらう。心の準備を忘れんな、Dラン。……シュード主任、コイツはアルフの爺さんからだ」
ディックはひとしきりデイヴィッドを挑発すると、首だけをフィリアに振り向けて、テーブルの上にメモリースティックを放り投げた。
「こいつは、俺のガンダム、のテスト結果だ。明日までに整理しておけって、爺さんが言ってたぜ」
俺のガンダム、という言葉を強調して言った。そうしてディックは三人のパイロット仲間たちを見回し、はんっ、と見下すように鼻を鳴らしてからミーティングルームを出て行った。
乱暴に扱われたメモリースティックを携帯端末に差して、その中のデータを確認すると、フィリアの顔がさっと青ざめた。
「うそ。これ、ぜんぶ今晩中にやるの? みんなごめん! ちょっと時間がなくなっちゃったから、君たちの機体の件については明日にさせてもらうよ!」
デイヴィッドたちが返事をする間もなく、フィリアはスリッパをぱたぱたと鳴らして立って行った。
「さすがはガンダムとAランクのエリートさんだ。その調子で実戦でも活躍してくれると助かる」
「三八式でも弾除けにはなるね。いざってときはアンタを盾にさせてもらう。心の準備を忘れんな、Dラン。……シュード主任、コイツはアルフの爺さんからだ」
ディックはひとしきりデイヴィッドを挑発すると、首だけをフィリアに振り向けて、テーブルの上にメモリースティックを放り投げた。
「こいつは、俺のガンダム、のテスト結果だ。明日までに整理しておけって、爺さんが言ってたぜ」
俺のガンダム、という言葉を強調して言った。そうしてディックは三人のパイロット仲間たちを見回し、はんっ、と見下すように鼻を鳴らしてからミーティングルームを出て行った。
乱暴に扱われたメモリースティックを携帯端末に差して、その中のデータを確認すると、フィリアの顔がさっと青ざめた。
「うそ。これ、ぜんぶ今晩中にやるの? みんなごめん! ちょっと時間がなくなっちゃったから、君たちの機体の件については明日にさせてもらうよ!」
デイヴィッドたちが返事をする間もなく、フィリアはスリッパをぱたぱたと鳴らして立って行った。
立て続けに中心人物に去られてしまったパイロット三人は、やるべき事も特に無いので、食堂が開く時間が来るまで、下らない四方山話をして過ごした。
彼らの話題はグワッシュとドグッシュの性能差の話に始まり、ディックの悪口、さらには火星の食べ物の美味しさについての話へと転がり、
ディックの悪口に行き、さらにはムウシコスのデザインの酷評、それからディックの悪口と、ひどく盛り上がった。
主に気炎を揚げていたのは、意外にもゲイリーであった。
デイヴィッドとネルネが言うのを憚る事柄でさえも、彼はにこやかに、回りくどい言葉を用いてすらすらと吐き出した。相当な鬱憤がたまっていたのであろう。
彼らの話題はグワッシュとドグッシュの性能差の話に始まり、ディックの悪口、さらには火星の食べ物の美味しさについての話へと転がり、
ディックの悪口に行き、さらにはムウシコスのデザインの酷評、それからディックの悪口と、ひどく盛り上がった。
主に気炎を揚げていたのは、意外にもゲイリーであった。
デイヴィッドとネルネが言うのを憚る事柄でさえも、彼はにこやかに、回りくどい言葉を用いてすらすらと吐き出した。相当な鬱憤がたまっていたのであろう。
ゲイリーの正しい人付き合いに関しての演説が終わり、三人の間にお開きのけはいが感じられるころになって、デイヴィッドは降って沸いたように切り出してみた。
「俺たちはいつまで建前の調査なんかやらされるんだろうな。わざわざ火星に来たのは、土を耕すためじゃないってのによ」
「お前はなにを言っているんだ? 私たちの任務は、火星の調査とMSの性能テストだぞ?」
ネルネが首を傾げた様子を見るに、彼女もデイヴィッドと同じく何も知らされていないようである。
「はぁ? まさか知らなかったのか? ろくに働きもしない研究員連中を見れば、本当の目的が別にあるってことぐらいわかるだろうに」
ネルネはばかにされたと思ったのか、むっとして、デイヴィッドではなくゲイリーに食って掛かった。
「ゲイリー! もしや前も知っているというのか!」
「わ、わたくしは何も知らされておりませんよ」
ゲイリーは途方に暮れたような目つきでデイヴィッドを見やった。
その慌てた様子から、彼もネルネと同様であるとも思われたが、嘘を付けない性根のネルネとは違ってゲイリーの心中は見かけでは判断出来ない。
「教えろ、デイヴィッド! お前が知っているのに私が知らないなんて、不公平だ!」
「不公平も何も、知らんなら知らんでいい。一応守秘義務ってもんがあるからな。まあ、どっちにしろ近いうちにあんたたちも解るさ。
開発公社がガンダムなんて代物を持ち出したくらいだ。MSパイロットにも無関係な話じゃない」
そうは言ったものの、ネルネの追求は止まなかった。デイヴィッドの部屋にまで押しかけてくる勢いである。
彼は無い袖を振るわけにもいかず、相手をするたびに辟易していたが、ネルネが自室にやって来た際には、下宿にあった黴から培養したアルバート二世が役立った。
デイヴィッドが黒い塊を突きつけると、彼女は悲鳴を上げて逃げ出して行ったのである。
案の定、それから数日過ぎた晩、パイロットたちは調査団の派遣された本当の目的を知る事が出来た。
タルシス地方での調査を終えたカナリヤは真っ直ぐ北へ向かってテンペ地方で調査を行い、それからまた北上して、北極周辺の地域であるヴァスティアス・ボレアリスでの調査を開始した。
太古には海であったと考えられているその地域であるが、調査もそこそこに、アルフ博士の指示で各機体の整備・改修が行われ、これまで研究室に篭って音沙汰の無かった研究員たちが、慌しく艦内を駆け回り始めた。
ビームライフル一挺しか装備していなかったガンダムムウシコスには、もう一挺のビームライフルに、二振りのビームサーベル、大型のロングレンジビームキャノン、
二基のビームディフェンスロッド、それから有線式オールレンジ攻撃兵装「キュイエール」が四基と、完全武装を施された。
二機のドグッシュもパイロットの適正に合わせて、砲戦仕様と中距離戦仕様に換装され、それぞれ脚部に陸戦用ホバーユニット「ズック」が装備された。
グワッシュはといえば、追加装甲が施され、その肥満と脆弱な機動性能を補うためか、高出力スラスターと追加バッテリーを兼ねた大型バックパックを背負わされている。
各部ハードポイントには、長短二本の高周波スコップと、各種グレネードに、ドグッシュの予備パーツを流用した対人バルカン砲二門、これまたドグッシュから拝借したシールドが接続されている。
「こいつは酷え……」
変わり果てたグワッシュを見て、デイヴィッドは思わず歎息を漏らした。重装備のうえ、近接戦仕様である。
ただでさえ性能で劣るというのに、彼に死ねと言っているとしか思えない。
「おい、フィリア。お前は俺にカミカゼでもさせるつもりか。まさか自爆装置なんて仕込んでないだろうな」
「僕が君の機体にそんなことするわけないでしょ。このグワッシュの装備は、他の機体と違って戦闘を想定してないんだよ。耐久性と可動時間を追及した結果、こんなになっちゃったんだ」
「何のために」
「そのことについては、これからスメッグヘッド博士が説明してくれるよ」
フィリアと別れてミーティングルームに向かうと、同じように呼び出されたネルネとゲイリーが坐って待っていた。
ゲイリーは相変わらず気味悪い笑みを浮かべ、ネルネはわけも無く得意そうな視線をデイヴィッドに送っている。
ディックが来る様子もなく、平パイロット三人だけがアルフ博士の話を聞くようであった。
「カナリヤはこれより北極冠のドーム・オデュッセイア跡地へと赴く。デイヴィッド・リマー、貴様は単独でオデュッセイア内へ進入してもらう。
ネルネ・ルネールネとゲイリー・ターレルの二名は、カナリヤ護衛のため付近で待機せよ。任務の詳細は現場で知らせる。質問は受け付けん。以上である」
アルフ博士は唐突に現れて、デイヴィッドの敬礼も待たずにすぐさま命令を述べると、言うべきことは言ったぞといわんばかりに、そそくさとミーティングルームを出て行ってしまった。説明にもならない説明である。
ネルネなどはしたりげに思案顔で幾度も頷いて見せていたが、実際のところ、博士の言葉はまったくといって理解していない。
しばらく経って、ゲイリーがいつもより余分に汗を搾り出しながら言った。
「考えてみれば、これは、妙なことになりましたね。はっきりと説明していただけなかったのが、せめてもの救いでしょうか……」
「あの爺さんは老い先が短いぶん、時間に吝嗇だってのもあるんだろうさ」
「なんだ? 二人とも、変な顔だぞ?」
ネルネの能天気な言葉に、デイヴィッドとゲイリーは頭を抱えた。
「ネルネ、ドーム・オデュッセイアがどういうところなのか知ってるか?」
「知らない」
「火星で一番初めに建造されたドームですよ。今からちょうど五百年前に、テラフォーミングの基点となったドームでもございます。学校で習いませんでしたか?」
「習っても覚えていない。何せ私は歴史科目で2以上の成績をとったことがないからな」
とネルネは薄い胸を張って言った。
「威張るな、ばか」
「なんだと! 私はばかじゃない! 勉強が出来ても頭が良いとは限らないって、母さんが言ってた! ばかって言うやつこそばかだ! このばーか!」
デイヴィッドは「この女、張り倒してやろうか」と思ったが、どうせ碌なことにならないと考えて、説明を続けてくれとゲイリーに目配せした。
「それでですね、ドーム・オデュッセイアは建造されてから百年後、つまりは四百年前にですね、事故を起こして閉鎖されたんですよ。
わたくしたちがこれから調査に向かうということが、どういう意味を持つのかお分かりになっていただけたでしょうか?」
「なるほど、遺跡探検ということか? ハニワとか、ドグウとか、大昔のビデオディスクに映っているみたいに、みんなで掘り出すんだな?」
わくわくと浮き足立った様子である。男二人は、深い深いため息を吐いた。
「カナリヤはこれより北極冠のドーム・オデュッセイア跡地へと赴く。デイヴィッド・リマー、貴様は単独でオデュッセイア内へ進入してもらう。
ネルネ・ルネールネとゲイリー・ターレルの二名は、カナリヤ護衛のため付近で待機せよ。任務の詳細は現場で知らせる。質問は受け付けん。以上である」
アルフ博士は唐突に現れて、デイヴィッドの敬礼も待たずにすぐさま命令を述べると、言うべきことは言ったぞといわんばかりに、そそくさとミーティングルームを出て行ってしまった。説明にもならない説明である。
ネルネなどはしたりげに思案顔で幾度も頷いて見せていたが、実際のところ、博士の言葉はまったくといって理解していない。
しばらく経って、ゲイリーがいつもより余分に汗を搾り出しながら言った。
「考えてみれば、これは、妙なことになりましたね。はっきりと説明していただけなかったのが、せめてもの救いでしょうか……」
「あの爺さんは老い先が短いぶん、時間に吝嗇だってのもあるんだろうさ」
「なんだ? 二人とも、変な顔だぞ?」
ネルネの能天気な言葉に、デイヴィッドとゲイリーは頭を抱えた。
「ネルネ、ドーム・オデュッセイアがどういうところなのか知ってるか?」
「知らない」
「火星で一番初めに建造されたドームですよ。今からちょうど五百年前に、テラフォーミングの基点となったドームでもございます。学校で習いませんでしたか?」
「習っても覚えていない。何せ私は歴史科目で2以上の成績をとったことがないからな」
とネルネは薄い胸を張って言った。
「威張るな、ばか」
「なんだと! 私はばかじゃない! 勉強が出来ても頭が良いとは限らないって、母さんが言ってた! ばかって言うやつこそばかだ! このばーか!」
デイヴィッドは「この女、張り倒してやろうか」と思ったが、どうせ碌なことにならないと考えて、説明を続けてくれとゲイリーに目配せした。
「それでですね、ドーム・オデュッセイアは建造されてから百年後、つまりは四百年前にですね、事故を起こして閉鎖されたんですよ。
わたくしたちがこれから調査に向かうということが、どういう意味を持つのかお分かりになっていただけたでしょうか?」
「なるほど、遺跡探検ということか? ハニワとか、ドグウとか、大昔のビデオディスクに映っているみたいに、みんなで掘り出すんだな?」
わくわくと浮き足立った様子である。男二人は、深い深いため息を吐いた。
「あのな、お嬢ちゃん。ここは火星だ。石斧を持って駈けずり回っていた時代の地球人が飛んで来れたと思うか?」
「なら、グワッシュの初期型でも捜すのか?」
「時代を飛ばしすぎだ。四百年前ってのは、宇宙戦国時代、いわゆる『黒い時代』のまっただ中だ。『ブラックテクノロジー』――曲がりなりにも現代人なら、この単語に聞き覚えくらいあるはずだ」
「あ! それなら知ってる。よいこになろうブラックテクノロジー規制法だ。旧宇宙暦415年に制定された法律」
ブラックテクノロジーについては、ネルネも良く覚えていた。
宇宙史の授業はその時代になると、途端に習う事柄が少なくなり、試験に出るのはブラックテクノロジー規制法に関する問題しかない。
学生時代のネルネは、及第するためにその短い試験範囲を必死になって暗記したのであった。
旧宇宙暦415年、前述の通り地球を滅ぼすまでに争い、戦争上手になりすぎて疲弊した人類は、同じ失敗を繰り返さぬために、極端な技術進歩を抑制する技術規制法を制定した。
原子力、遺伝子操作、完全自律型人工知能、一部の精神医学、再生医学、青少年へ悪影響を及ぼす娯楽媒体等、一つ一つを挙げていけば優に万を超えるほど多岐に亘る技術研究及び所持が規制された。
研究所は閉鎖され、データや造られたものなども全て破棄された。つまりは宇宙時代の焚書である。
人類という種の永存を理念として掲げられたこれら宇宙連邦憲法は、ひとくくりに『ブラックテクノロジー規制法』と呼ばれている。
ブラックテクノロジーという呼び名は、その技術が用いられていた『黒い時代』に由来している。
たとえ絶え間なしに続いた戦争が無かったとしても、その時代は人類にとってあまり思い出したくない時代であろう。
旧時代の駄菓子のような毛色の人間が闊歩し、臓器製造施設では豚と人間の合いの子が生産され、愛玩用の人造人間が人権を叫び、めいめい勝手に自らこそ優良種であると主張した。
そればかりでなく、ある日の午後、たまたま職場から早く帰宅した夫は、彼の曾々々お祖父さんが裸の妻の上に乗っている現場を目撃した。
夥しい延命治療と冷凍睡眠によって、彼の御先祖さまは二百歳近くになっても二十代の若さを保っていた。
寝取られた夫の辛さ遣る瀬無さは相当のものであったろう。おぞましいというよりも、情けない時代である。
羞恥は嫌悪に勝る。それゆえに、一般に出回る歴史書からはその時代の記述が除かれている。
世を挙げてのきちがい騒ぎであり、誰しも忘れ去りたい事実であるから、捏造だと叫んで口から泡を飛ばす者は少ない。
「つまり、ドーム・オデュッセイアには、ブラックテクノロジーが眠っているってことか?」
「ああ」
「私たちは、そこの調査に行くのか?」
「そうです」
「いけないこと、なんだよな?」
「当たり前だ」
「連邦法に照らし合わせれば、銃殺刑は免れませんね」
「だったら!」
と言って、ネルネは両手でテーブルを叩いた。彼女の目は早くも涙ぐんでいる。
「別に連邦に見つかっても俺たちが銃殺されるってわけじゃない。せいぜい職を失う程度さ」
「ふぇ?」
「わたくしたちは、何も知らないんですよ。アルフ博士も仰ったでしょう? 質問は受付けないと。
わたくしたちはただ、お上の命令にしたがってMSを動かしているにすぎません」
「責任は全てあの偉い爺さんが被るってわけだ」
どうせ見つかりっこねえがな、とデイヴィッドは続けようとしたが、止した。
連邦からの至れり尽くせりの援助や、現在の火星の情勢など、確信するに足る理由が幾つか挙げられるが、滅多なことは口に出すものではない。
ネルネは少々元気を取り戻して、合間合間で空元気に転びつつも、生まれ変わったドグッシュの自慢話をぺちゃくちゃと続けている。
ゲイリーは相変わらず脂ぎった顔を拭っている。デイヴィッドは、ゲイリーと目が合ったときに、彼が自分と同じような意味のことを考えているのがわかった。
それから数秒後に、ゲイリーと目と目で分かり合ってしまった自分という人間がとことん嫌いになった。
「俺たちはいつまで建前の調査なんかやらされるんだろうな。わざわざ火星に来たのは、土を耕すためじゃないってのによ」
「お前はなにを言っているんだ? 私たちの任務は、火星の調査とMSの性能テストだぞ?」
ネルネが首を傾げた様子を見るに、彼女もデイヴィッドと同じく何も知らされていないようである。
「はぁ? まさか知らなかったのか? ろくに働きもしない研究員連中を見れば、本当の目的が別にあるってことぐらいわかるだろうに」
ネルネはばかにされたと思ったのか、むっとして、デイヴィッドではなくゲイリーに食って掛かった。
「ゲイリー! もしや前も知っているというのか!」
「わ、わたくしは何も知らされておりませんよ」
ゲイリーは途方に暮れたような目つきでデイヴィッドを見やった。
その慌てた様子から、彼もネルネと同様であるとも思われたが、嘘を付けない性根のネルネとは違ってゲイリーの心中は見かけでは判断出来ない。
「教えろ、デイヴィッド! お前が知っているのに私が知らないなんて、不公平だ!」
「不公平も何も、知らんなら知らんでいい。一応守秘義務ってもんがあるからな。まあ、どっちにしろ近いうちにあんたたちも解るさ。
開発公社がガンダムなんて代物を持ち出したくらいだ。MSパイロットにも無関係な話じゃない」
そうは言ったものの、ネルネの追求は止まなかった。デイヴィッドの部屋にまで押しかけてくる勢いである。
彼は無い袖を振るわけにもいかず、相手をするたびに辟易していたが、ネルネが自室にやって来た際には、下宿にあった黴から培養したアルバート二世が役立った。
デイヴィッドが黒い塊を突きつけると、彼女は悲鳴を上げて逃げ出して行ったのである。
案の定、それから数日過ぎた晩、パイロットたちは調査団の派遣された本当の目的を知る事が出来た。
タルシス地方での調査を終えたカナリヤは真っ直ぐ北へ向かってテンペ地方で調査を行い、それからまた北上して、北極周辺の地域であるヴァスティアス・ボレアリスでの調査を開始した。
太古には海であったと考えられているその地域であるが、調査もそこそこに、アルフ博士の指示で各機体の整備・改修が行われ、これまで研究室に篭って音沙汰の無かった研究員たちが、慌しく艦内を駆け回り始めた。
ビームライフル一挺しか装備していなかったガンダムムウシコスには、もう一挺のビームライフルに、二振りのビームサーベル、大型のロングレンジビームキャノン、
二基のビームディフェンスロッド、それから有線式オールレンジ攻撃兵装「キュイエール」が四基と、完全武装を施された。
二機のドグッシュもパイロットの適正に合わせて、砲戦仕様と中距離戦仕様に換装され、それぞれ脚部に陸戦用ホバーユニット「ズック」が装備された。
グワッシュはといえば、追加装甲が施され、その肥満と脆弱な機動性能を補うためか、高出力スラスターと追加バッテリーを兼ねた大型バックパックを背負わされている。
各部ハードポイントには、長短二本の高周波スコップと、各種グレネードに、ドグッシュの予備パーツを流用した対人バルカン砲二門、これまたドグッシュから拝借したシールドが接続されている。
「こいつは酷え……」
変わり果てたグワッシュを見て、デイヴィッドは思わず歎息を漏らした。重装備のうえ、近接戦仕様である。
ただでさえ性能で劣るというのに、彼に死ねと言っているとしか思えない。
「おい、フィリア。お前は俺にカミカゼでもさせるつもりか。まさか自爆装置なんて仕込んでないだろうな」
「僕が君の機体にそんなことするわけないでしょ。このグワッシュの装備は、他の機体と違って戦闘を想定してないんだよ。耐久性と可動時間を追及した結果、こんなになっちゃったんだ」
「何のために」
「そのことについては、これからスメッグヘッド博士が説明してくれるよ」
フィリアと別れてミーティングルームに向かうと、同じように呼び出されたネルネとゲイリーが坐って待っていた。
ゲイリーは相変わらず気味悪い笑みを浮かべ、ネルネはわけも無く得意そうな視線をデイヴィッドに送っている。
ディックが来る様子もなく、平パイロット三人だけがアルフ博士の話を聞くようであった。
「カナリヤはこれより北極冠のドーム・オデュッセイア跡地へと赴く。デイヴィッド・リマー、貴様は単独でオデュッセイア内へ進入してもらう。
ネルネ・ルネールネとゲイリー・ターレルの二名は、カナリヤ護衛のため付近で待機せよ。任務の詳細は現場で知らせる。質問は受け付けん。以上である」
アルフ博士は唐突に現れて、デイヴィッドの敬礼も待たずにすぐさま命令を述べると、言うべきことは言ったぞといわんばかりに、そそくさとミーティングルームを出て行ってしまった。説明にもならない説明である。
ネルネなどはしたりげに思案顔で幾度も頷いて見せていたが、実際のところ、博士の言葉はまったくといって理解していない。
しばらく経って、ゲイリーがいつもより余分に汗を搾り出しながら言った。
「考えてみれば、これは、妙なことになりましたね。はっきりと説明していただけなかったのが、せめてもの救いでしょうか……」
「あの爺さんは老い先が短いぶん、時間に吝嗇だってのもあるんだろうさ」
「なんだ? 二人とも、変な顔だぞ?」
ネルネの能天気な言葉に、デイヴィッドとゲイリーは頭を抱えた。
「ネルネ、ドーム・オデュッセイアがどういうところなのか知ってるか?」
「知らない」
「火星で一番初めに建造されたドームですよ。今からちょうど五百年前に、テラフォーミングの基点となったドームでもございます。学校で習いませんでしたか?」
「習っても覚えていない。何せ私は歴史科目で2以上の成績をとったことがないからな」
とネルネは薄い胸を張って言った。
「威張るな、ばか」
「なんだと! 私はばかじゃない! 勉強が出来ても頭が良いとは限らないって、母さんが言ってた! ばかって言うやつこそばかだ! このばーか!」
デイヴィッドは「この女、張り倒してやろうか」と思ったが、どうせ碌なことにならないと考えて、説明を続けてくれとゲイリーに目配せした。
「それでですね、ドーム・オデュッセイアは建造されてから百年後、つまりは四百年前にですね、事故を起こして閉鎖されたんですよ。
わたくしたちがこれから調査に向かうということが、どういう意味を持つのかお分かりになっていただけたでしょうか?」
「なるほど、遺跡探検ということか? ハニワとか、ドグウとか、大昔のビデオディスクに映っているみたいに、みんなで掘り出すんだな?」
わくわくと浮き足立った様子である。男二人は、深い深いため息を吐いた。
「カナリヤはこれより北極冠のドーム・オデュッセイア跡地へと赴く。デイヴィッド・リマー、貴様は単独でオデュッセイア内へ進入してもらう。
ネルネ・ルネールネとゲイリー・ターレルの二名は、カナリヤ護衛のため付近で待機せよ。任務の詳細は現場で知らせる。質問は受け付けん。以上である」
アルフ博士は唐突に現れて、デイヴィッドの敬礼も待たずにすぐさま命令を述べると、言うべきことは言ったぞといわんばかりに、そそくさとミーティングルームを出て行ってしまった。説明にもならない説明である。
ネルネなどはしたりげに思案顔で幾度も頷いて見せていたが、実際のところ、博士の言葉はまったくといって理解していない。
しばらく経って、ゲイリーがいつもより余分に汗を搾り出しながら言った。
「考えてみれば、これは、妙なことになりましたね。はっきりと説明していただけなかったのが、せめてもの救いでしょうか……」
「あの爺さんは老い先が短いぶん、時間に吝嗇だってのもあるんだろうさ」
「なんだ? 二人とも、変な顔だぞ?」
ネルネの能天気な言葉に、デイヴィッドとゲイリーは頭を抱えた。
「ネルネ、ドーム・オデュッセイアがどういうところなのか知ってるか?」
「知らない」
「火星で一番初めに建造されたドームですよ。今からちょうど五百年前に、テラフォーミングの基点となったドームでもございます。学校で習いませんでしたか?」
「習っても覚えていない。何せ私は歴史科目で2以上の成績をとったことがないからな」
とネルネは薄い胸を張って言った。
「威張るな、ばか」
「なんだと! 私はばかじゃない! 勉強が出来ても頭が良いとは限らないって、母さんが言ってた! ばかって言うやつこそばかだ! このばーか!」
デイヴィッドは「この女、張り倒してやろうか」と思ったが、どうせ碌なことにならないと考えて、説明を続けてくれとゲイリーに目配せした。
「それでですね、ドーム・オデュッセイアは建造されてから百年後、つまりは四百年前にですね、事故を起こして閉鎖されたんですよ。
わたくしたちがこれから調査に向かうということが、どういう意味を持つのかお分かりになっていただけたでしょうか?」
「なるほど、遺跡探検ということか? ハニワとか、ドグウとか、大昔のビデオディスクに映っているみたいに、みんなで掘り出すんだな?」
わくわくと浮き足立った様子である。男二人は、深い深いため息を吐いた。
「あのな、お嬢ちゃん。ここは火星だ。石斧を持って駈けずり回っていた時代の地球人が飛んで来れたと思うか?」
「なら、グワッシュの初期型でも捜すのか?」
「時代を飛ばしすぎだ。四百年前ってのは、宇宙戦国時代、いわゆる『黒い時代』のまっただ中だ。『ブラックテクノロジー』――曲がりなりにも現代人なら、この単語に聞き覚えくらいあるはずだ」
「あ! それなら知ってる。よいこになろうブラックテクノロジー規制法だ。旧宇宙暦415年に制定された法律」
ブラックテクノロジーについては、ネルネも良く覚えていた。
宇宙史の授業はその時代になると、途端に習う事柄が少なくなり、試験に出るのはブラックテクノロジー規制法に関する問題しかない。
学生時代のネルネは、及第するためにその短い試験範囲を必死になって暗記したのであった。
旧宇宙暦415年、前述の通り地球を滅ぼすまでに争い、戦争上手になりすぎて疲弊した人類は、同じ失敗を繰り返さぬために、極端な技術進歩を抑制する技術規制法を制定した。
原子力、遺伝子操作、完全自律型人工知能、一部の精神医学、再生医学、青少年へ悪影響を及ぼす娯楽媒体等、一つ一つを挙げていけば優に万を超えるほど多岐に亘る技術研究及び所持が規制された。
研究所は閉鎖され、データや造られたものなども全て破棄された。つまりは宇宙時代の焚書である。
人類という種の永存を理念として掲げられたこれら宇宙連邦憲法は、ひとくくりに『ブラックテクノロジー規制法』と呼ばれている。
ブラックテクノロジーという呼び名は、その技術が用いられていた『黒い時代』に由来している。
たとえ絶え間なしに続いた戦争が無かったとしても、その時代は人類にとってあまり思い出したくない時代であろう。
旧時代の駄菓子のような毛色の人間が闊歩し、臓器製造施設では豚と人間の合いの子が生産され、愛玩用の人造人間が人権を叫び、めいめい勝手に自らこそ優良種であると主張した。
そればかりでなく、ある日の午後、たまたま職場から早く帰宅した夫は、彼の曾々々お祖父さんが裸の妻の上に乗っている現場を目撃した。
夥しい延命治療と冷凍睡眠によって、彼の御先祖さまは二百歳近くになっても二十代の若さを保っていた。
寝取られた夫の辛さ遣る瀬無さは相当のものであったろう。おぞましいというよりも、情けない時代である。
羞恥は嫌悪に勝る。それゆえに、一般に出回る歴史書からはその時代の記述が除かれている。
世を挙げてのきちがい騒ぎであり、誰しも忘れ去りたい事実であるから、捏造だと叫んで口から泡を飛ばす者は少ない。
「つまり、ドーム・オデュッセイアには、ブラックテクノロジーが眠っているってことか?」
「ああ」
「私たちは、そこの調査に行くのか?」
「そうです」
「いけないこと、なんだよな?」
「当たり前だ」
「連邦法に照らし合わせれば、銃殺刑は免れませんね」
「だったら!」
と言って、ネルネは両手でテーブルを叩いた。彼女の目は早くも涙ぐんでいる。
「別に連邦に見つかっても俺たちが銃殺されるってわけじゃない。せいぜい職を失う程度さ」
「ふぇ?」
「わたくしたちは、何も知らないんですよ。アルフ博士も仰ったでしょう? 質問は受付けないと。
わたくしたちはただ、お上の命令にしたがってMSを動かしているにすぎません」
「責任は全てあの偉い爺さんが被るってわけだ」
どうせ見つかりっこねえがな、とデイヴィッドは続けようとしたが、止した。
連邦からの至れり尽くせりの援助や、現在の火星の情勢など、確信するに足る理由が幾つか挙げられるが、滅多なことは口に出すものではない。
ネルネは少々元気を取り戻して、合間合間で空元気に転びつつも、生まれ変わったドグッシュの自慢話をぺちゃくちゃと続けている。
ゲイリーは相変わらず脂ぎった顔を拭っている。デイヴィッドは、ゲイリーと目が合ったときに、彼が自分と同じような意味のことを考えているのがわかった。
それから数秒後に、ゲイリーと目と目で分かり合ってしまった自分という人間がとことん嫌いになった。