「若手パン職人選手権?」
「うむ、毎年全国の各店が若手のパン職人を代表として一人出すことが出来るのだ。
シーブック君も既に新人職人ぐらいのレベルには達したと思う。
今年の大会にエントリーしてみてはどうかね?」
バイト先の
カロッゾパンでパン生地を捏ねていると
店長であるカロッゾにシーブックは突如そう持ちかけられた。
「でも・・・・僕バイトですよ?そりゃパン作りは覚えましたけど・・・・
それにうちにはザビーネさんがいるじゃないですか」
現在ザビーネは24歳、シーブックに比べれば大分年上だが、
十分に若手と言える年齢だった。
「残念ながら優勝した者はもう年齢に関係なく出場権を失うのだよ。
有望な若手職人の育成が目的の大会だからな」
「へ~、ザビーネさんってそんな大会にも優勝してるほどの
パン職人だったんですか!」
「まぁな・・・・・もう三年も前の話だ」
「セシリーは最近やっと興味を見せ始めたが、
やはり職人と呼べるレベルにはまだ達していない・・・・・
出てくれないかな?
シーブック君」
「でも・・・・・・」
「無理強いはよくないわよ、シーブックだって将来パン職人になるって
もう決めているわけでもないんだから・・・・」
「そうだな。
シーブック君が嫌なら仕方あるまい、
去年、一昨年に引き続き
カロッゾパンは棄権だな」
こう言われて黙っていられるほどシーブックは薄情ではない。
「・・・・・いえ、出ます!出させてください!!」
「そうか!」
「良く決心してくれたな、シーブック」
「そう・・・・出るからには頑張ってね!」
「何処までやれるかわかりませんが全力を尽くします!」
「ふっはっはっはっはっは、まぁそう緊張するな。
ただ朝パン主義者として恥ずかしくないパンを作ってくれればいい」
「・・・・・(こうして僕も朝パン主義にはまっていくのだろうか)」
「予選課題が届いたわよ、シーブック」
「あ、ありがとう。セシリー」
流石に全国からとなると膨大な数の参加者が出る。
よって予選でかなりの数が落とされてしまうのだ。
「予選課題は・・・・・な、なんとーーーーーーーー!!!」
「むぅ・・・・よりによってこの課題とは・・・・・」
[菓子パン、なお評価の際はより美味く且つ低カロリーなものを高得点とする]
「これは・・・・・厳しい課題が来ましたな、カロッゾさん」
「うむ、我が店の職人には不利な課題だ」
カロッゾパンは「朝パン主義」を掲げる店である。
(客はそう認識していないかもしれないが)
よって売っているパンは食事として食べる物が殆どで、
所謂菓子パンは作ってはいるものの質・量ともにたいしたことはなく、
その分野においては完全に近くのライバル・ドンキーパンに制せられていた。
なので当然シーブックも菓子パン関係を作るのは苦手な分野だった。
「しかも低カロリー・・・菓子パンといえば卵と砂糖がつき物、
それで低カロリーとなると全体のバランスを見極めるかなりの技量が必要だ」
「課題提出期限は・・・・今から一週間後か」
「もう飽きたよ~、確かに最初の頃より美味しいけど毎日じゃ飽きるよぉ」
「ごめんな、アル。でもあと2日だからもう少しだけ付き合ってくれ」
課題を受け取ってから既に五日が過ぎていた。
そしてその間の試作菓子パンの味見役は当然のことながら兄弟達だった。
「確かにそれなりに美味しいですけど・・・・・
正直に言えば
キースのドンキーベーカリーの方が上ですね」
「やっぱりか・・・・課題の低カロリーに挑戦する前に
美味しい菓子パンすら作れないなんて!!」
その間に確かにシーブックは菓子パン作りの腕を上げていたが、
やはり付け焼刃、「それなりのもの」は出来たがまだまだだった。
「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着いて・・・・・
焦った心でお料理を作っても美味しいものは作れませんよ」
流石に年季を感じさせる(同世代なのに・・・・)ロランの言葉に
落ち着きを取り戻すシーブック。
「そうだね・・・焦っていてもしょうがない。
もう一度基本から見直し・・・・・・ああぁ!!!」
「一体どうしたってんだい?シーブックの兄貴は」
「さぁ?お茶を飲んでいたら突如インスピレーションが湧いたらしくて」
「まぁとにかくもう大丈夫そうだな、後はシーブックのセンス次第だろう」
シーブックが課題のパンを提出してから三日後、一通の手紙が
カロッゾパンに届いた。
「おめでとう!予選通過よ!」
「そうか!良かった!!」
「ふっはっはっはっは、」
「やるな、シーブック・・・・・一体どんなパンを作ったのだ?」
「実は同じものを作っておいたんです、食べてみてください」
そういってシーブックが差し出したパンは不思議なパンだった。
普通より少し白めのパンの周りに茶色い膜ようなものがついているのだった。
三人は奇妙な外見に少し戸惑いながらパンを口に運ぶ。
「こ、これは!?周りの膜が口の中で蕩けていく!」
「ふかふかのパンと混ざり合っていく不思議な食感!」
「そしてこの膜の味は・・・・・砂糖醤油か!?」
「その通りです!」
シーブックの作ったパンはロランがお茶請けとして出した
「みたらし団子」にヒントを得て作った物だった。
「なるほど、味付けを外部に集中させることにより、
少量の砂糖でありながら強く甘みを感じるわけか」
「それでありながら直後に薄味のパンと混ざり合うことで
しつこさやくどさを感じないのね」
「通常みたらし団子は片栗粉でとろみをつけたたれを使うが、
これは砂糖と醤油の量を調節して煮詰めることによって
ペースト状に固めてあるのだな」
「ええ、味と粘度と口の中での蕩け方のバランスに苦労しました」
「ふっはっはっはっは!見事なパンだ!
シーブック君!
この調子で本選も頑張ってくれたまえ」
「はい!!」
(なお劇中のパンを実際に作って不味くても当方は一切責任を負いません、ご了承ください(w))
「ではこれより!若手パン職人選手権決勝戦を行います!!」
ついにここまで来た・・・・・
シーブックは目を瞑り今までの対戦者のことを思い出す。
皆手強く素晴らしい職人さん達だった・・・・・
俺のパンを食わないか!?と妙に押しの強かった
覆面職人「ソイルゲート」さん・・・・・
作ったものがどう見てもピザだったから美味しかったのに得点は低かった可哀想な人だった・・・・
中の人については深く考えないことにしよう。
相棒と一緒に出てみた、と言っていた
カクリコン・カクーラーさん・・・・
「若手じゃないだろ、その顔は」の一言で退場になってたっけ・・・・
「俺はまだ24だ!」なんて叫んでたけどなんであんな嘘ついたんだろう?
料理に関する造詣が凄まじく深く、
その知識を応用した調理パンを得意とした
ジェリド・メサさん・・・・
もう負けたかと思ったけど「貴様は何時からパン屋になった!」という
シナプス審査員長の一括で反則負けになって勝ちを拾ったっけ・・・・・
- ろくな相手がいなかった気がするけど多分気のせいだろう。
うん、きっとそうだ。ここまで勝ち残れたのは運のお陰だというのも
きっと気のせいだ、僕の実力だ、多分。
「ここまで勝ち残るとは・・・やるねぇ、シーブック」
下らない考えに沈みこみつつあったシーブックを声が引き上げる。
「
キースさん」
そう、決勝に勝ち残った4人の職人の中にはドンキーベーカリーの
キースがいたのだ。
「お前がロランの兄だからって手加減はしないぞ!
今年こそ優勝してみせる!!」
キースは毎年かなりの上位に食い込んでいたのだが
未だ優勝の経験は無かった(参加してるんだから当たり前だが)
「僕も・・・・・全力で美味いパンを作ります!!」
「決勝の
ルールは至極単純、各自が一番素晴らしいと思うパンを作れ。
食材はどんなものでも揃えよう」
プロのパン屋ではないのだが、その食に関する高名さから
毎年審査員長に招かれているシナプスがそう宣言すると
シーブックを除く三人は一斉に食材置き場に向かった。
しかしシーブックはその場に立ったまま少し考えるといきなり小麦粉を取りに行った。
先に
キースとシーブック以外の二人の職人がパンを完成させた。
高級食材を作った豪華なパンで審査員達の評価は概ね高かった。
が、その中でシナプスの評価だけはなんと0点だった。
二人が文句を言うとシナプスは睨みつけて二人を黙らせた後こう一喝した。
「馬鹿者が!貴様らのパンには何の信念も
無い!!
ただ「美味いパン」を作ったに過ぎん!!
私は言った筈だ!「一番素晴らしいと思うパンを作れ」と!!
どんな食材でも用意すると言われてただ高級な食材を詰め込んだパンを出すなど
下衆のすることだ!!恥を知れ!!」
そして次に
キースがパンを出す。
「これは・・・・アンパン?」
「確かに美味しいですが・・・・・先程のパンに比べるとインパクトに欠けますな」
などと周りの審査員が言う中シナプスは無言でアンパンを口に運ぶ。
「むぅ!これは・・・!!」
唸るシナプス。
「どうかしましたか?シナプスさん」
「
キース、と言ったな。私は「どんな食材でも用意する」と言った。
しかし何故わざわざ餡子を自分で作った?
しかもごく普通の小豆で・・・・・・・」
「確かにシナプス審査員長がそう保証してくださるなら、
どんな美味しい餡子でも用意していただけたでしょう。
ですが・・・・・それでは美味しすぎるのです」
「美味しすぎる?」
「一番美味しい餡子を使えば、一番美味しい小豆を使えば
一番美味しいアンパンになるわけではありません。
饅頭と違いアンパンは周りのパンが餡子に負けてしまってはいけないのです、
両方が引き立つ餡子・・・・それは小麦粉などに合わせて
微調整が必要不可欠なので自分で一から作りました」
「そう力説するがそう美味しいとは私は思えんのだがね?
ごく普通のアンパンではないのかね?」
「ふ・・・・愚か者が。自分の手元の皿を見てみるが良い!!」
「え・・・・こ、これは!!」
先の二人が出したパンは全員が大部分を残しているのに対し、
キースが出したアンパンは全員が全部食べていた。
「真に美味い物は自己主張しすぎず、
自然に舌とのどを通り抜けていくものなのだ。
素晴らしいアンパンだったぞ、
キース・・・・・
では最後に訊こう、何故アンパンが一番素晴らしいパンなのだ?」
「それは・・・・・老若男女を問わず皆が好きなパンだからです!」
「うむ、見事な信念だ」
そう言いながらシナプスは8点の札を出す。
その瞬間会場中が拍手と歓声で包まれた。
8点、これは三年前のザビーネに並ぶ、シナプスが出した点としては最高点だった。
当然のことながら他の審査員の点も高い、殆どが満点の10点を出していた。
(やったぞ!今年こそ優勝だ!!)
そして最後にシーブックがパンを出す。
そのパンをみて審査員は一様に驚愕した。
「こ、これは・・・!!食パンだと!!!」
「シーブック!お前はこの決勝戦を愚弄する気か!!」
そう、シーブックが出したのは紛れも無い食パン、ごく普通の食パンだった。
「そんなつもりはありません、これが僕が「一番素晴らしい」と思うパンです。
バターを塗るなりジャムをつけるなりお好きな方法で食べてください」
それを訊いて審査員の一人がシナプスに耳打ちする
「シナプスさん、これはダメですよ。
このシーブックという少年はここまで勝ちあがったのはマグレみたいなものですし、
なんと言ってもバイトなんですよ」
しかしシナプスはやっぱりその男の言うことを無視して一口食べる。
「むぅ・・・・・少年、貴様は本当にこれを一番美味いパンダと思うのか?」
「はい、これが僕が「一番素晴らしいパン」だと信じるパンです」
「そうか・・・・・・
そして採点、殆どの審査員の点は低かった。
中にはなんと0点を出した審査員すらいた、しかし・・・・
「じゅ、10点!!?」
なんとシナプスだけはこの大会初の10点満点を出していた!!
「し、シナプス審査員長!その点は間違いではないのですか!!?」
「ふ・・・・愚か者が・・・・・真に「美味いもの」すらわからずに
このような大会を開いたのか?
少年、何を考えて食パンを出した?しかも何の変哲も無い食パンを・・・・
それをこの愚か者どもに教えてやれ」
「確かに何の変哲も無いパンかもしれません。
それは普段僕の働いている店で売っているのと全く同じ食パンです」
「なんと!!」
「普段作っているものと同じものだと!!?」
「失格だ!この大会を愚弄するにもほどがある!!」
騒ぎ出す審査員。
「黙れぃ!!」
しかしシナプスの怒声で静まる、そしてシーブックは続ける。
「白いご飯と同じくらい、食パンは当たり前なものでしょう。
朝ごはんには食パンか、白いご飯か、それくらい当たり前です。
でも・・・・だからこそ僕は食パンが一番素晴らしいと思います。
考えても見てください、ご飯は誰が炊きます?
母、妻、家族・・・・・そういった色んな人にとって一番身近で、
一番大切な人たちがとぎ、そして炊くものです。
それと同列にすら並べて貰えているのです、僕の焼いたパンが・・・・・・
これ以上パン職人として誇らしいことはないです。
だから・・・・・僕にとって食パンこそが「一番素晴らしいパン」です!!」
シーブックの点は四人の中で一番低かった。
だがその日一番の拍手と歓声はこの瞬間にあがった。
「君は確か
カロッゾパン代表だったな?」
大会が終わった後、シナプスはシーブックにそう話しかけた。
「え、カロッゾさんを知ってるんですか?」
「うむ、彼とは古い付き合いだ、
カロッゾは良き後継者を持たれたな」
「そんな・・・・・僕はまだバイトだし、それに結局決勝に残ったのは殆どまぐれで
点数も一番低かったし・・・・・・」
「確かに技量において君は決勝の職人の中で一番低かっただろう。
しかし・・・・・君こそ朝パン主義を継ぐに相応しい心を持つものだ」
「僕が・・・・・朝パン主義を?」
一度頷いてからシナプスは続ける。
「朝パン主義・・・・・それはただ朝食にパンを食べることを広める為のものではない。
朝食と言えばパン、そういった家庭が数多くある、それほどパンの存在はこの社会の中で大きい・・・・・
そのことを職人は常に忘れてはならない、そうした考えの下に生まれた主義なのだ」
「そう・・・・だったんですか」
「カロッゾさん・・・・」
「ん?何だね、
シーブック君」
「僕は今まで・・・・ある意味惰性でパンを作っていました。
でも、パンを作って売るって事はとても素晴らしく、そして責任重大なことだったんですね。
僕は・・・・これからは本気でパン職人を目指します!!
そして・・・・何時か世界一の職人になってみせます!!」
「ふっはっはっはっは!良い気迫だ!!だが世界二はともかく、
世界一にはそう簡単にはなれんぞ!!」
「?」
「何故なら・・・・・世界一とは私だからだ、ふっはっはっはっはっは!!」
最終更新:2018年11月21日 11:19