ピンポーン
チャイムが鳴るや否や、返事も待たずにズカズカと家にあがり込んで食卓に来る者がいた。
シャクティだった。
ウッソ「なんだよシャクティ、朝っぱらから人ん家に無断であがりこんで!しかも左手に引きづってるの誰!?」
シャクティ「この人、畑にいたの。何やらこの家を見張っていたようだから怪しいと思って連れてきたの。」
アムロ「貴様、昨夜シャアの屋敷で
ミンチにされていた・・・」
カクリコンだった。あれから体勢を立て直し、一家を監視していたのだ。
シロー「コイツには後で聞きたい事が山ほどあるから俺が預かろう。しかしシャクティちゃん、ありがとう。こんな凶悪な男を連行するとは
大手柄だよ。たいしたもんだ!」
シャクテイ「いつものように畑の作物を無断で引っこ抜いてたら、この人が出てきたんです。暴れるし怒鳴るから、神にこの人が静かになるよう祈りを捧げたら、このように大人しくなりました。」
当のカクリコン、大人しくなったというより完全にノビてしまっている様子だった。
ウッソ「サイキッカーのパワーでねじ伏せたんでしょう、彼女には造作もないことです・・って又僕の畑で勝手な事を!」
その時シャクティはある者を見つめていた。それはロランだった。
シャクティ「そこの私と同じクロンボげな女の方、ロランさんですね。なんというお姿に変わられてしまって・・・」
ロラン「え、いや、実は・・・」
シャクティ「経緯や事情はどう在れ、お困りでしょう。私の祈りが届けば皆様の苦痛も一時は掬い取る事ができましょう。
わかりました、それでは・・・」
自分勝手に納得すると、シャクティはその場にひざまずき、黙祷し始めた。すると・・・
ロラン「あ、胸が引っ込みはじめた、体が元に戻ってゆく!」
一同「す、すごい!」
気を失っていたカクリコンが目を覚ました時、自分は見張っていた家に運び込まれて簀巻きにされていたのに気づいた。
監視していた家族が全員ここにいて自分を見下ろしている。
アムロ「おい、貴様が何のつもりで我々を見張っていたかは知らないが、これに懲りて2度と着け回すような事はするな。今度は昨日のようなミンチではすまないぞ。それと、誰かを探しているのならお門違いだ、ここにはお前の探している人間は居ない。例えば・・・」
そういってロランを振り向く。するとロランは上着を脱いで上半身裸になった。
シロー「ロランは見ての通り俺達の弟だ。ローラ・ローラなる女性は俺達の身内にはいないからお前の雇い主にそう伝えろ!それで今後何もしてこなかったらお前の犯行は不問にしてやる。だがそうならない時は、警視庁捜査08課が問答無用の家宅捜査を行うからそう思え!」
カクリコン「08課・・・貴様まさかあのシロー警視!」
震え上がるカクリコン。
アムロ「そういう訳だからお引取り願おう、ドモン、やれ。」
ドモン「おうっ!」
そういうと台所の勝手口を開け、ドモンはごみ袋を掴むようにカクリコンを持ち上げ、ひょいっと投げた。体は一気に5,600M先まで飛んでいった。
ほっとする一同。ロランが男に戻り、賊も追い払った事で、ロランをはじめ兄弟は安堵の空気に包まれた。
シーブック「いやぁ、いきなり事態が好転して良かったぁ!」
アル「ロラン兄ちゃん、男に戻れてよかった。」
カミーユ「これで変な奴等もロランには手を出さなくなるしな。」
ジュド・ガロ「(まだ写真とか撮ってなかったのに・・・)」
ウッソ「今度ばかりは本当に助かったよ、ありがとう。何よりも兄さんを元に戻してくれて・・・君は本当にすごい力の持ち主だ。」
だがシャクティは怪訝そうな表情を見せた。
シャクティ「皆さん、私は先ほど申しました、一時と。残念ながら神はロランさんにまだ試練を与え給うお考えです。ほら、見てください。」
ロラン「あぁ、また胸が膨らみ出した、ワ、何イタタタ、胸が張るー、痛ーい!」
ヒイロ「・・・何だか先ほどより大きくなっているぞ。」
シャクティ「私の祈りは反動があるんです。いつも効き目が無くなると前よりひどい事になってしまって…」
アムロ「そういう事はやる前に言ってくれ!ロラン、とにかく
服を着ろ!早くしないと」
ブシューッ!!
一同「うわーっ!!」
台所はコウの鼻血の豪雨に見まわれた。
一時的にとはいえ、敵に対してかなり有効な欺瞞情報を植え付ける事に成功した兄弟たち。
だが、最早巨乳美少女と成り果てたロランをこの家にこのまま置いていてはまずいとアムロは判断し、
しばらくはハイム家に匿ってもらう事を考えついた。電話での連絡は盗聴の恐れがある為、直接当家にお願いに窺う事にするとして、
それよりはまず、ロランはもとより家族全員がかぶった鼻血を何とかする事が先決となり、取りあえず朝から風呂に入る事になった。
最初はロランとアルが入浴し、続いてアムロとシロー、ドモンとコウ、シーブックとカミーユ、ヒイロとキラ、ジュドーとガロード、
といった具合で2人一組で入浴を済ませていった。そして最後は一人残ったウッソであった。
ウッソ「はぁ~まいったまいった、僕が一番最後だからあちこちに血が固まって落ちないや。それにしてもロラン兄さんの胸、でかかったなぁ。
生巨乳なんてはじめて見た。」
シャクティ「ほんと、男の人ってあんな巨大げな乳が好きなのかしら。」
ウッソ「う~んやっぱそうだね…っていつの間に!?こんな狭い湯船に裸で2人っきりなんて!第一君は僕を盾にして鼻血を浴びなかったから風呂に入らなくてもいいはずだろ!?」
シャクティ「今日は沐浴をしそびれたの。だからいまここでやってるの、私は気にしないからそのまま入浴を続けて。」
ウッソ「僕が気にするんだよ、もう上がる…って、腕掴まないで!ちょ、胸、当たってるよ駄目だろそんなことしちゃ!抱きつかないで、うわ、わかったわかりました心行くまで浸かりますから離れてよもう!!」
シャクティ「そう、心を乱しては駄目。遥かなるインダスの流れに身を任せて気持ちを穏やかにすれば、老若男女の区別など瑣末な事です。瑣末といえば、貴方にもカルルと同じ物がついているのね。」
ウッソ「こら、平然とした顔でどこ見て言ってんだ!瑣末って言うな!」
シャクティ「隠さなくてもいいわ、見なれてるから。カルルより大きいけどちょっと形が…」
ウッソ「そこまで言うな-ッ!!」
バッシャバッシャ
照れるあまりお湯をシャクティにかけまくるウッソ。シャクティも負けじとしぶきを立てる。
ウッソ「うわっぷ、やったなぁそれぇっ!」
シャクティ「きゃぁ、ウッソええいっ!」
ロラン「何だか賑やかに入浴してますね。最初はどうしたものかと思いましたけど。」
アムロ「ませガキと思ってたけどまだまだ子供だな。シャクティも妙な子だと思ってたけど、なかなかどうしてウッソにお似合いだな。」
ガロード「いいなぁ、俺もティファと一緒に入りてぇ。」
ドモン「俺がレインにそんな事をお願いしたら…ガクガクブルブル!」
キラ「(…仮にも中学生の男女が一緒に風呂に入ってるのを、何もとがめないのはいかがなものだろうか…)」
そう考えていたのは彼一人だけだった。
ようやく準備が整い、厳重な警備の元(上空よりガンダムウィングで監視)アムロはロランを連れて
ハイム家に向け出発した。因みにお供としてアルも同行している。
残った兄弟たちはそれぞれの役職を果たす準備を行い、あわただしく働きながら時を過ごした。
取りあえずの段取りが済むと、兄弟は鼻血の拭き掃除が済んだ台所に介し、静かにお茶をすすっていた。
いつもは話題に事欠かない兄弟たちのティーブレイクだが、実に口数が少ない。
カミーユ「ロラン、大丈夫かな…」
しーん
シーブック「…キエルさんとこなら心配ないだろ?」
しーん
ウッソ「胸、大きかったですね…」
しーん
ジュドー「…そうそう、俺なんか兄貴じゃなかったら顔埋めてみて-な、な~んて…ア、これ冗談!」
しーん…
シロー「・・・何か、会話が弾まんな。」
ドモン「俺達はともかく、あの光景はやはり、コウや下の者たちにはな…」
皆の脳裏にはロランのあのデカ乳が焼き付いているのだ。それを邂逅する度なんとも言えない気分になるのだった。
シャクティ「いいえ、嘘ね。ここにいる全員がロランさんの巨乳にメロメロなのよ。」
ギクゥッ!!
コウ「シャクティまたもやいつの間に!って言うよりそんな事あるもんか!」
ガロード「止めなよ、コウ兄さん。鼻血拭きなよ。」
シャクティ「私にはわかります、皆さんの意中の人とロランさんを、首を挿げ替えたらどの様になるかと想像したり・・・」
ギクゥッ
シャクティ「お風呂の中でロランさんの入浴の痕跡、例えば髪の毛やそれ以外の体毛が残っていないかなんとなく探してみたり…」
ギクゥッ!
シャクティ「あまつさえロランさんの使ったバスタオルの匂いをかいでみたり…皆さん、顔色が悪いですよ。」
ウッソ「・・・君は良くそんな悪い想像ができるね。」
シャクティ「皆さんの心の色がみえるの。それを言葉に変えたらこうなったの」
ウッソ「そんな馬鹿な!ふざけないでよ、兄さん達も何か言ってください!」
だが、ウッソを除いて全員が伏し目がちに下を向くだけだった。
ウッソ「・・・そんな、おかしいですよ、みんな!」
シャクティ「本当に、チェリーばっかりね。」
キラ「だって、ローラ姉さんは優しかったんだ…」
ウッソ「・・・その台詞は
追い討ちですよ。」
ウッソ「そもそも何でここに君がいるんだ、用も済んだし早く帰ってよ!」
シャクティ「そうはいかないわ、私、ロランさんに今後の一家の家事を任されているから。」
一同「何ぃっ!!」
シャクティ「ロランさんの他に誰が料理とお洗濯を?これからも忙しくなるというのに」
一同「確かに・・・」
シャクティ「アムロさんからも了解をえています。皆さんと共に生活をする事で、私自身も相手の脅威から身を守る事になりますし
私どもの生活費も浮きます。持ちつ持たれつですから、お気にせずに。」
カミーユ「そんな事、いつの間に・・・これから俺達は・・・」
ガロード「シャクティの作った飯を食べ・・・」
コウ「シャクティの洗濯した服を着るのか・・・」
シャクティ「私、口も硬いですから、先ほどの事は絶対に誰にも話しません。」
一言も返せず、無言で了承せざるを得ない兄弟たちだった。
ハイム家邸宅表玄関。
アムロ、ロラン、アルの3人をソシエ・ハイムが迎えに出た事で一騒動起きてしまった。
ソシエ「ちょっとなによロラン、女装はまだしもその大きな胸!?一体どういうつもり?」
ロラン「ソシエお嬢様、これには訳が…」
ソシエ「一使用人が、偽物とはいえ主人より胸大きくしてどうするのよ、取りなさい!」
何も知らずにロランの乳房を乱暴に鷲掴みするソシエ。
ロラン「痛ーっ!!!」
道中、胸が張って張って苦しんでいたロランは、今まで味わった事のない痛みを見舞われ、そのまま悶えて気絶した。
アル「ローラお姉ちゃんしっかりしてっ!」
ソシエ「え、やだ・・・本物・・・」
アムロ「ロランを介抱したい。色々込み入った事情がありまして、説明するにもここでは何ですので早く中にいれて頂きたい!」
ソシエ「・・・え、あ、はい!」
何が起きたか解らぬ体たらくのソシエだったが、アムロに強く促されるとすぐ、3人を応接間に通して姉達を呼びにいった。
ロランはアムロにお姫様抱っこで運ばれてソファに寝かされた。
やがてキエルにディアナも駆けつけて、気を失っているロランをくるりと囲んで一同に介した。
キエル「妹が大変な粗相を致しまして本当に申し訳ありません。深くお詫び致します。」
アムロ「故意ではないのです、そうお気になさらずに…」
ディアナ「女性にしかわからない痛みですので、気にせずにはおられませんわ。」
ソシエ「本当にごめんなさい。ご免ね、ロラン。」
ソシエなどはすっかりしょげてしまい、寝ているロランに何度も謝っていた。
アムロ「とにかく、事の起こりと現状については更に深く説明したいと思いますので、聞いていただきたい。できれば御協力もお願いしたくはせ参じましたもので・・」
キエル「解りました。ロランの事で、私どもにできることでしたら尽力惜しまぬつもりですので、どうぞお聞かせ下さい。」
その後、場所を接見室に変えてアムロ、ディアナ、キエルの三者の間で話し合いが持たれ、ロランはしばらくハイム家で面倒を見てもらうことに決まった。
彼女の今後の身の振り方、ロランを狙う不貞な輩への対応が議論される中、ロランを看ているソシエがアルを巻き込んで又もやプチ騒動を起こすのだが、これは、
別の講釈にて。
一方、
ガンダム家宅。
時刻が正午に近づくにつれ、兄弟たちの緊張は高まっていた。
あのシャクティの初のまかないである昼食を食べる嵌めとなったのだ。
何を食わされるのか…
彼等の心配は募る。
カミーユ「ほら皆、胃薬だ、今のうちに飲んでおけ。」
シロー「いいか、絶対に無理はするな。腹が痛かったら、シャクティに気を使わずに正直に言うんだ。」
ガロード「ドモン兄さん、あんただけが頼りだ、兄さんの強靭な胃袋が・・・」
ドモン「俺一人でシャクティの大皿料理を平らげるのは無理だぞ!」
シーブック「でもこれからずっと俺達の食事をまかなってくれるわけだから、
いつまでも逃げるわけにはいかないよ。」
コウ「ドブ川のカラス貝を美味い美味いと言って食ってる人間の料理だしな…」
キラ「フレイに怪しい薬入りのチョコを食べさせられそうになるは、カガリにはチリソースまみれの
ピタサンドを食わされるは、そして今シャクティに得体の知れない食物を食べさせられそうになるは・・・」
ジュドー「ラクスさんに何とかして貰えよ、ったく!・・・あれ、ウッソは?」
ウッソ「兄さん達、用意ができました、台所に来て下さい。」
シャクティの手伝いをしていたウッソが血の間、もとい茶のまでたむろする兄達を呼びに来たが、
何故か彼の表情は明るかった。
一同「こ、これは!」
恐る恐る台所に来て皆驚いた。テーブルの上に並べてあるのは、誰もが思いもしなかった、実に
まともな料理が並べてあった。
チシャに玉ねぎのスライスのサラダ、おからの小鉢、身欠き鰊の甘辛煮、豆腐ステーキ、
ワカメと麩の味噌汁。メニュー自体は地味なのだが、シャクティの知られざるオーバースキルにより
盛り付け、彩りが端整で゙美しく、その沸き立つ香りが彼等の食欲を刺激せずにはいられぬ、
正に逸品ぞろいの食卓であった。
一同「シャクティ・・・」
彼等の瞳が彼女に対して感謝と友愛のまなざしを放ち、シャクティの笑顔がこの時は天使の微笑みに
映って見えた。
30分後。
ウッソ「ちょっとドモン兄さん、そんなに食べないで下さい、もうご飯のお代わりないですよ!ちょっと、
シーブック兄さん、人のおかず取らないで、あ、コウ兄さん僕のをあげるからしょげないで・・・
キラ兄さん嬉しいからって食事しながら泣かないで、ガロード兄さんジュドー兄さん茶碗を箸で叩くの止めて!
恥ずかしいでしょもう・…シャクティ、くせになるからもうこれ以上何か作らなくて良いよ、君が食事できない。
お願い兄さん達、美味しいのはわかりましたから静かに食べて。」
所変わってハイム家邸宅。
協議を終え、ロランとアルを3人の女性に預けると、昼食の誘いを丁重に断り、
一人邸宅を後にした。向かう先はシャアの勤めるジオニック社。
程なくして本社ビルに到着、地下駐車場に誘導され、停車するとそこには
妙齢の美しい女性が待っていた。
「ラーカイラム社からお越しのアムロさんでいらっしゃいますわね。私、秘書の
ナナイと申します。お迎えに参りました、こちらへ。」
アムロ「シャアは今…」
ナナイ「社長はラボにてアムロさんをお待ちです。さ、どうぞ。」
ナナイに促されエレベータに乗りこむアムロ。彼女のボタン操作から、向かう研究所は
この更に地階であることを知った。
エレベーターの中で美人と2人きり。だからといってどきどきするような彼でもないが、
さりとて悪い気はしない。
噂でも良く耳にするシャアの美人専属秘書、ナナイ。
何か心に悪戯にも似たうずきが沸く。
アムロ「聞いちゃ失礼だろうけど君は、奴とは長いのか。」
ナナイ「もう4年ほど、公私に渡りまして・・・」
アムロ「おせっかいだろうけど、奴と付き合う女性は必ず不幸になる。」
ナナイ「彼が私を不幸にするなら、私が彼と幸せになるようにすればいいのですわ。」
アムロ「自信だね。まぁ、奴の幸せは兎も角、君が奴を繋ぎ止めてくれれば、僕としても
非常にありがたい。」
ナナイ「ですから今回の貴社への技術の提供と公開は、わが社として本来はしたくもない事でしたが
社長のたっての要望でありますし、私としても社長に余所見などしないで戴きたいものですから。」
アムロは彼女の言に、自分に対して刺があることを感知した。
アムロ「ひょっとして、僕が少なからず憎いかい?ロランの兄だから。」
ナナイ「男のままだったら、それでも何とかなっていたのに…
何で女になるんです!しかもララァ・スンに良く似た!」
さすがにアムロもドキッとした。心の中でわだかまっていた、言葉にしまいと
無理に忘却していたこの一言・・・
アムロは息苦しさを覚えてネクタイを緩めた。
ナナイ「彼女の名前を寝言で何度も聞きました。でも耐えたわ。シャアの目の前にいるのは
結局私だけなのだから…彼が手を伸ばして届くのは私だけだから・・・」
アムロ「・・・」
ナナイ「この頃やっとあの名前を聞かなくなって、時折遠くを見る癖も治っていたのに・・・
彼はまた4年前に戻ってしまったんです、ローラ・ローラのせいで!
彼は臆面もなく私に言ったわ、『彼女は私の母ともなれる女性だ』って・・・」
アムロ「シャアは・・・まだそんな事を・・・」
ナナイはアムロをきつく見据えて涙ぐんでいた。今にも胸にむしゃぶりついて
慟哭するのではないかとさえ思えた。
ナナイ「でも、私は彼の目を覚ましてやるんです、絶対に!どんな事をしても・・・」
アムロ「僕がシャアとやろうとしている事は、結果として君にもプラスになる。
第一僕は弟を、普通の男の子の生活に戻したいだけだし、たとえ性別を無視してでも
シャアがロランを我が物にしようなどと黙認など到底できない!
君は僕が、シャアとロランが仲睦まじくする姿を見て喜ぶ兄だとでも思っているのか!」
ナナイ「・・・」
アムロ「君がこんな馬鹿げた事で心配する事などないようきっちりかたをつけてやる。
だがそこからは君と奴との事だから知らないが、ここまで僕に公言したからには
シャアのしつけをしっかりやれ!ロランにこれ以上迷惑かけないように!」
ナナイ「・・・ええ、言われなくとも。」
アムロ「・・・」
俯いて黙り込む2人。微かな機械の音が耳障りに響く。
女性を面と向かって罵倒するなど早々した事もなかったアムロには、
とても悲しかった。
ナナイ「・・・すみません、遂感情的になってしまって・・・」
アムロ「いや、こちらこそひどく言いすぎた。元はこちらに非があるのだし・・・」
ナナイ「実は誰かに自分の気持ちを聞いてほしかったんです。鬱屈した気分を払いたくて・・・
でも、事が事ですし誰にも言えなくて・・・それに私、これといって信頼できる友人もいなくて。」
アムロ「胸の痞えはとれたかい?」
ナナイ「ええ、おかげさまで。あの、あんなひどい事を言った後では信じてもらえないかも知れませんけど
損得抜きで
ロラン君を男の子に戻してあげたいと本気で思っているんです。だって、もし彼を
好きな女の子がいたらと思うと、とても可愛そうで・・・勿論、彼自身も。」
アムロ「それは僕も気がつかなかった・・・確かに、その通りですよ、ミス・ナナイ。」
ナナイ「私みたいな気持ちを味わうのは私だけで充分です。今この時、これからずっと・・・」
アムロはこの麗人に激しく好意を抱いた。それは恋愛でなく、全くの友情であった。
アムロ「ミス・ナナイ、先ほどの無礼をお詫びします。そしてお願いします。ロランの為に力を貸してください。」
ナナイ「ナナイで結構です。こちらこそ、よろしくお願いします。」
アムロは戸惑った。ナナイが右手を差し出してきたのだ。だがしっかりと我が手に取り、握手した。
ナナイがふと微笑んだ。そしてこう言った。
「やはり2人は友人ですのね。どことなくシャアに雰囲気が似てますわ。」
むっとするアムロ。
「あんな奴と似ているなんて、いつぞやの貴社とのプレゼンに負けたときより不愉快ですよ。」
その顔を見てくすくす笑うナナイ。そんな姿を見て、何か言い返す事ができず、
又むくれるアムロ。そしてエレベーターはいつ止まったかわからぬうちにドアを開いた。
気を失って夢うつつのロラン。
なんとなく聞こえる声はソシエだろうか。何故か妙に優しい響きだ。
彼女が自分に優しくするのは珍しい。気味が悪い。ぼやけた意識でそう思う。
いつものようにぶっきらぼうに振舞ってほしい。彼女がそういう態度を取るときは
必ず何かある。何か良からぬ企みがある時の声だ。
やめてほしいな、そんな猫なで声。いや、でもたまにはそういうのもいいかな。
いつも僕には怒ってばかりだけど、時々かけてくれる労いの言葉はとても心地いい。
ディアナ様やキエルお嬢様とは違う優しさが伝わってくる。良いな、あの声。
とても気持ちいい。そう、胸がとても、とても暖かく、あたた、かく、・・・なる・・・
とて・・も・・いい、気持ち・・・。あぁ、何か・・・今まで味わった事のない・・・あくぅ、いい・・・
なんだ・・・ろ・・・むね・・が・・あ、きもち、いい。あ、何だか、知らずに、声が・・・でちゃう・・・
あ、何だろ、もっと、あ、いい、いい・・・なにか・・・見えてきた・・・あれ、ソシエお嬢様だ・・・
何だかお顔が赤いな・・・何をされて・・・あれ、僕の胸を触って・・・なんでさすってるんです?
なんでそんなにさすって・・・さすって・・・あ、もっと・・・え、もっと?
何で僕の胸さすってるんです?
ガバっと起き上がるロラン。目の前にソシエがいて、彼の両胸を触っていた。お互いに目が合って
絶句する2人。その時横でバタッと誰かが倒れる音がした。真っ赤な顔をしたアルだった。
アル「ソシエお姉ちゃんが・・・ローラお姉ちゃんに・・・エッチな事してるーっ!」
ソシエ「エ、・・・あの・・・ちが、ちが、全然ちが・・・」
ただうろたえるソシエ。状況を認識できないロランは何故か羞恥心だけが膨らんでいった。
ロラン「あの、僕、あ、え、やだ、そ、そんな、いや、いやー、きゃーっ!!」
ラボラトリーではクリーンルーム用の白衣をまとったシャアが、
アムロとナナイが来るのを今か今かと待ちかねていた。
シャア「弟の一大事なのに、随分と来るのが遅いじゃないか。」
アムロ「ナナイが迎えに行って、なかなか戻ってこないのが心配だったか、シャア?」
シャア「私の秘書をファーストネームで呼ぶとは大胆じゃないか。エレベーターの中で
何があったんだ?」
アムロ「妙な邪推などしてないか、シャア?僕と彼女の間によこしまな事など何もないぞ。
誰かと一緒にしないでほしいな。なぁ、ナナイ。」
ナナイ「社長、アムロさんは私の親しい友人ですの。遂先ほども、私のごく個人的な悩みについて
相談に乗っていただきまして。」
アムロ「彼女の優しさに気づこうともせず、未だにあちこちの女の尻を追い掛け回す甲斐性無しの
話だ。社長が秘書のプライベートに関わるのは宜しくはないと思うが、それでも聞きたいか?」
そう言ってアムロはにやりとし、横でナナイが、さも、してやったりというような表情でほくそえんだ。
シャアはあくまでうろん気な無表情を崩さずにいたが、アムロやナナイには彼の微妙な動揺が
窺い知れた。
シャア「時間も惜しいところだ。早速例の物を見てもらいたい。ナナイ、案内を。」
彼にしては誠に芸のない話題転換だが、アムロはそれ以上戯れることなく、研究所の奥に進んでいった。
一台の電子顕微鏡の前に案内され、アムロは促されるままそれを覗き込んだ。
すると、スコープから目を離さぬまま、驚愕の声を発した。
アムロ「これは・・・最新型のサイコ・フレーム!?」
シャア「そればかりではない、これにはターンAに使用されているナノマシーンも組み込まれている。」
アムロ「わが社でも現時点で開発を断念しているあれをか!?」
ナナイ「我が社では全く独自の見地から開発に取り組み、成功しました。ターンAガンダムの
ロストテクノロジーには到底追いつきませんが、我々は医療関連に用いるレベルで、研究を
進めています。」
アムロは軽いめまいを覚えた。自分が使っているνガンダムのサイコフレームでさえ、ジオニック社の
技術流出品であるというのに、あまつさえそれをやっと量産できるようになったのは去年の事だ。
今見ている最新型は更に10分の1くらいの大きさで、ナノマシーンまで含み済み。
弟のモビルスーツの技術を未だ解明できないでいるアムロとしては、悔しさと衝撃に大きく心を揺らされた。
アムロ『開発部に発破をかけないとな。今、ラーカイラム社は大きく水を開けられている。』
か細く一人ごちてはみたが、多分シャアの耳には届いているのだろうな。そう思うアムロであった。
どこか勝ち誇った雰囲気を醸し出し、シャアはアムロに厳かで静かに宣言した。
シャア「まだ重要なテストは残っているが、私は思いきってこれをロラン君に使ってみようと思う。」
最終更新:2018年11月06日 15:32