201 名前:通常の名無しさんの3倍 :2010/08/12(木) 21:58:24 ID:???
前略、おふくろ様。
晴れて高校への入学を果たし、はや半年が過ぎました。
お陰様で学校にも慣れ、いい友人にも恵まれ、
健やかな学園生活を過ごしています。
今日は是非報告したいことがあり、筆を取りました。
なんと、俺にも恋人が出来たのです!
相手は2学期から転校してきたオードリー・バーンという女の子。
才色兼備で気品に満ち、それでいて少し世間知らずな、
俺なんかには勿体ないくらい素晴らしい女性です。
「バナージ!」
「あ、オードリー! 委員会の仕事、長かったね」
「刹那が『この学校の校章を
ガンダムにする』って言いだして
きかなくって。私はビグザムがいいんだけど」
「どっちも校章のモチーフにはちょっと……」
「ふふ、冗談よ。さあバナージ、一緒に帰りましょう?」
オードリーが口元を緩ませて笑顔を見せるたび、
世界が少し明るくなったような錯覚さえ起こします。
強い意志を湛えたエメラルド色の瞳は、宝石のような輝きと一緒に
色々な表情を俺に見せてくれます。
二人で並んで歩き出すと、どちらからともなく相手の手を取り、
顔を見合わせるのも一瞬、笑いあって帰路につくのです。
202 名前:通常の名無しさんの3倍 :2010/08/12(木) 21:59:23 ID:???
「それでね、お父様ったら私の制服の肩にトゲをつけようとするのよ」
「オードリーのお父さんって色々と世紀末なんだね……」
「まったくだわ。だいたい、セーラー服にトゲなんて」
「ひょっとしてお父さんも日常的にトゲを……ッ!?」
瞬間、俺は何かに突き飛ばされるように前のめりになりました。
実際には、俺の背後には何もいません。ただ、何者かの「気」が
暴風のようなエネルギーをもって、俺の背を押したのです。
何者かが放つ殺人的なプレッシャーに、自然と俺の身体は
ガタガタと震えました。酷い寒気が襲い、冷や汗が流れます。
いきなりつんのめって、次いでうずくまったかと思うと
身体を震わせ出した俺を見て、オードリーは声を荒げました。
「……お父様っ! いるんでしょう! 出てきて!」
オードリーの呼びかけに応じてか、電信柱の影から
2メートルをゆうに超える巨体が現れました。
実を言うと、こういうことは一度や二度ではありませんでした。
俺には、兄弟達の数人かが持っているような、他人の思惟を感じる
能力――ニュータイプ能力があるらしく、あまりにも
大きな敵意を感じ取ったために身体がついていかなくなるのです。
そしてその敵意の主は、どうやらオードリーのお父さんらしいのです。
203 名前:通常の名無しさんの3倍 :2010/08/12(木) 22:01:24 ID:???
「オ、オードリーのお父さん……」
「貴様にお義父さんなどと呼ばれる謂れはないぞ、小僧」
こちらの言葉をまるで受け付けない、硬い声音でした。
慣れ合いを拒絶する頑なさは、自分の娘と仲の良い男に
好ましい感情を抱き得ないからに他ならないでしょう。
「お父様、いい加減にして。娘がクラスメイトと一緒に帰っているのを
つけ回すなんて、普通ではないわ」
……オードリーには悪いけれど、オードリーのお父さんは
まるで鬼か悪魔のような形相で仁王立ちしています。
そんな自分の父親の威容にたじろくこともなく、エメラルド色の瞳に
強い意志を凝固させ、オードリーはお父さんを睨みつけます。
「私とバナージをつけ回したり、マリーダを監視につけたり。
お父様は何をなさりたいのですか?」
「その小僧がお前に相応しい男と認められんからだ。
だいたい、そんな軟弱な奴のどこがいいのだ」
「どこがいいだなんて、決められません。
強いて言うならバナージ・リンクスという人間の全てかしら?」
「子供の理屈だ、そんなことは許さんぞ」
オードリーの横顔から表情が消え、無言の睨み合いは続きます。
ざわりと背中を撫でる悪寒に耐えながら、俺は立ち上がりました。
205 名前:通常の名無しさんの3倍 :2010/08/12(木) 22:02:21 ID:???
「オードリー、ダメだ。そんな言い方したら」
気力を振り絞って声を捻り出すと、オードリーのお父さんは
じろりと視線だけをこちらに投げつけます。
「君のその毅然としたところ、俺は好きだけど……
そんな話し方は自分も他人も追い詰めてしまうだけだよ」
悪鬼羅刹も裸足で逃げ出さんという迫力のお父さんを前にしても
一歩も退かなかった瞳が揺れるのを感じました。
「お父様がどんな人か、何度も見ているでしょう?
結局、私だけが大事で、貴方が気に入らないのよ」
「だからって、お互い意地を張るだけじゃ、なんにもならないだろ」
オードリーは多分、人の上に立つ
人としての教育を受けたのだろうと
いつも思っていました。だから相手のことを見透かしたような
物言いもするし、自分を基準にして、他人を省みるということを
忘れてしまったりもするのでしょう。
でも、オードリーだって俺と同じ、まだ子供なのです。
自分から孤独を呼び込んでしまうようなやり方は、好ましいわけが
ありません。
「お父さんが認めてくれないなら、認めてもらえるように努力するよ。
俺のせいでオードリーとお父さんの仲が悪くなるのは嫌だ」
「バナージ……」
206 名前:通常の名無しさんの3倍 :2010/08/12(木) 22:03:07 ID:???
俺は、ぐい、と彼女の細い身体を引き寄せて、抱きとめました。
細いうなじから香水混じりの甘やかな香りが立ち昇り、
密着した互いの身体越しに心臓の鼓動が響いてきました。
「俺は、オードリーを独りにしたくない」
勿論、彼女を独占してしまいたいという気持ちもあります。
けれど、同時に彼女の周りには大勢の人達が関わっていて、
彼女自身にも立場や責任があるのだということも知っています。
お互いに恋をし合っている。愛し合っているのかも知れない。
でも、ただ二人ぼっちであるだけでは幸せにはなれないのです。
だから、俺はバナージ・リンクスとして。
オードリー・バーンの恋人として、責任を果たしたいと思うのです。
「……ありがとう、バナージ」
ぽつりと呟いたオードリーは、俺の背中に手を回してきました。
互いの体温を、熱を感じられる距離にいられること。
それが今は、一番の幸福なのかも知れません。
207 名前:通常の名無しさんの3倍 :2010/08/12(木) 22:10:06 ID:???
「……そこまでだ。そこのバカップル」
突然割り込んできた第三者の声に、俺達は驚いて固まりました。
左右を見回して声の主を探すと、俺とオードリーのすぐそばに
軽くウェーブした黒髪と浅黒い肌の少年が立っていました。
俺の兄弟の一人の、刹那・F・セイエイです。
恋人と抱き合っている様を身内に見られたのが気恥ずかしく、
俺とオードリーは顔を赤くしてすぐに離れました。
見れば、刹那は傘や竹刀や木刀を携えた「セブンソード」と称する
フル装備状態でした。きっとご町内の揉め事に「武力介入」して
きたのだろうと思っていると、
「オードリー・バーンの父親、
ドズル・ザビを紛争幇助対象と断定。
これより武力介入を開始する」
「え?」
反射的に振り返った目に、木刀を構えて飛び出していく刹那と、
赤黒いオーラを放ち、「気」の暴威を振るうオードリーのお父さんの
姿が映りました。
そう、刹那がいつからいたのかはわかりませんが、お父さんは
最初からいたのですから、俺がオードリーを抱きしめたところを
しっかりと見ていたはずです。
……ひょっとしなくても、俺はとんでもないことをしたようです。
208 名前:通常の名無しさんの3倍 :2010/08/12(木) 22:11:04 ID:???
「やらせはせん! やらせはせんぞぉぉぉぉ!!」
「貴様はガンダムではない……ビグザムだ!」
刹那はご町内の紛争根絶を掲げ、暴走するお父さんと戦います。
ちらとこちらを見やった刹那の眼は、「早く行け」と語っています。
俺はオードリーの手首を掴んで、声を弾かせました。
「こっちだ!」
ぐい、とオードリーの手を引いて、狭い路地裏に入りこみました。
どのみちあんな状態のお父さんには話は通じないだろうし、
刹那が介入してきたとなっては話がこんがらがるだけでしょう。
俺達は入り組んだ路地を迷うことなく、二人で駆け抜けて行きました。
互いの掌から伝わる熱が、今は何より心地よく感じました。
前略、おふくろ様。
俺とオードリーの恋路は、色々と複雑です。
互いに様々なしがらみがあり、互いに背負うべき責任もあります。
ですが……俺は今、とても充実した日々を送っています。
最終更新:2014年09月21日 20:11