431 :
光の翼番外編 日登町防衛戦(3) 1/62016/01/16(土) 20:59:30.42 ID:lLYpKsf/0
襲撃の日、ジュドーはダンディライオン・コンツェルンの本社にいた。
「働かざる者食うべからず、欲しいものがあるなら体を動かせ。そうだろ、ガキの頃の俺」
声の主はグレイ・ストーク。ダンディライオン・コンツェルンの総帥である。未来のジュドーを自称する壮年の男だ。
「その言い方やめてよね。俺は俺であんたはあんたなんだから」
未来の自分などと言われて気分がいいはずもない。あくまでも彼と自分は別人であると認識していた。
ジュドーはここ二日、彼の手伝いをしていた。ミノフスキードライブ搭載MSに関する情報を得るためである。
この男はあらゆるところに顔が利くので、きっと何か知っていると踏んだのだが――対価として仕事の手伝いを要求されたのだ。
「児童労働ってやつじゃないの、これ」
「そういうセリフはジャンク屋家業をやめてから言うんだな。
自分で言うのもなんだが、お前はそこらの大人よりよっぽど使えるガキだ。使わんでどうする」
少年ながら機械いじりの技能は人並み以上でパイロットとしても優秀。その能力は現場でも高く買われていた。
「おほめ頂き恐悦至極。…そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの」
ちなみに二日間家を留守にしていたジュドーは犯人探しが打ち切られたことを知らない。
「安心しろよ、今日の仕事が終われば教えてやる」
「やった! で、今日の仕事って何さ」
ジュドーが聞くとグレイは嫌そうな、しかしどこか面白そうな顔をして言った。
「ラーカイラム社の重役と商談だ」
「ですからね、ストーク卿…」
数時間後。弟が近くで苦労していることなど知りもせず、アムロは必死に営業を行っていた。
ダンディライオン・コンツェルンが主体となって進めている外宇宙入植・開発プロジェクトに使用する作業用MSについて、自社のMSを売り込みに来たのである。
人類史上初の外宇宙への入植ということで注目度は高く、採用となれば知名度も評価もうなぎ上り。
しかも数千あるいは数万もの納入が確定するのだ。こんなおいしい話に各MS企業が食いつかないはずがなく、ラーカイラムも例外ではなかった。
「…ま、図面見る限り悪いもんじゃなさそうだが」
アムロの出した書類に一通り目を通したグレイが言った。敬語でないのは単純に堅苦しいことが嫌いだからだ。言うことにも遠慮がない。
「それは何より」
「――だが、良いもんでもねえやな」
「そうでしょうね」
「おいおい、半端ものを売り込むつもりだったのか?」
「いえ。MSというものは実際に見て動かしてもらわなければ、本当に良いものかわかりませんから。
書類と俺の説明だけでは、そういった感想になるのも無理からぬことだと思います」
遠慮がないのはアムロも同じである。普通の取引先を相手にこのような態度をとれば激怒されかねないが、グレイの場合はそうではない。
むしろへりくだるような態度をとるほどに心証が悪くなっていくのだ。そんな彼を気難しがりやの老人と嫌う業界人も多い。
「なるほどなるほど。道理だな」
グレイは笑った。
「つきましては、一度工場まで現品を見に来て頂けると…」
続くアムロの言葉は、突然の揺れにかき消された。
突然の振動に二人が外を見ると、金色に塗られたF99が窓の外からこちらを見据えていた。
432 : 光の翼番外編 日登町防衛戦(3) 2/62016/01/16(土) 21:00:57.64 ID:lLYpKsf/0
「なんだあれは…!?」
「悪いな、ちょっと野暮用ができた。見学については検討しておくから、ここでお開きにさせてくれや」
真剣な眼差しで金色の機体を睨み、グレイはアムロに言った。
会社の前ではZZガンダムとF99が対峙していた。所属不明のMSがこちらに向かっていると聞き、任された仕事を放り出してやってきたのである。
「どけよ」
「悪いけどそういうわけにもいかないんだよ。こっちも、今あいつに死なれちゃ困るんだ。どうしてもっていうなら力ずくでどかしてみろ」
「俺はグレイに用があるんだ。お前なんかに構ってる暇は…ン?」
「…なんだよ」
「この感じ…グレイ? いや、微妙に違う…なんだ、こいつは」
「カムイもそうだけど、俺をグレイって呼ぶのやめてくんない? 俺にはジュドーっていうれっきとした名前があるの」
「うるさい、グレイモドキ。――わかったよ、そんなに邪魔したいなら相手してやるさ。十秒で沈めてやる」
周囲から大量のF99が飛び出してきて、ジュドーのZZガンダムを取り囲んだ。その数、二十近く。
「えーっと…それ、ちょっとズルくない?」
「戦いにフェアもアンフェアもあるものかよ」
顔を引きつらせて言うジュドーのことなどお構いなしに、F99の大軍がZZガンダムに襲い掛かった。
町が大騒ぎで、グレイのことも気になったアムロは彼の後を追うように出撃した。
「ちィッ、間に合わなかったか!」
視界にとらえたのは、下半身を失ったZZガンダムの姿。
「あのZZ…ジュドーか!?」
「アムロ兄! そっか、重役ってアムロ兄のことだったのか…」
ノイズ交じりの通信が返ってくる。ジュドー自身は無事のようだ。
「ジュドー、お前なんで…!」
「いやー、やられちゃってさ」
「そんなことを聞いてるんじゃない!」
ノイズ交じりの通信をかわすアムロとジュドーを後目に、グレイのガンプはスケイルのF99を正面にとらえていた。
この少年、以前ある事情で戦ってからグレイをつけ狙っており頻繁にMS戦をふっかけてくるのだ。
「F99か。悪趣味なペイントしやがって。…どうやって手に入れた?」
「胡散臭い爺さんにもらったのさ。こいつを使って町で騒ぎを起こせってね」
「…なんだってそんな話に応じた。ただで済まねえのはわかってるはずだろう」
「お前との決着と…この町の人間に俺たちの存在を刻み付けるためさ」
「なに…?」
聞き返すグレイに、スケイルはν
ガンダムとZZガンダムに一瞥をくれる。
「あいつと繋がりがあるお前はまだいいだろうが、俺たちは忘れられたらそれでおしまいだ。
だからここで一暴れして、二度と忘れられないようにするんだよ」
「言ってる意味はわかんねえが…止める気はねえんだな?」
「当たり前だろ。さあ、始めようか!」
ガンプとF99は同時に動き出した。
433 : 光の翼番外編 日登町防衛戦(3) 3/62016/01/16(土) 21:04:47.24 ID:lLYpKsf/0
四方から飛んでくるビームを、少ない集中力を総動員して避ける。
「マジかよ…」
強い。F99の基本性能はF97と大差なく、大した武器も持たない。ガンプでも苦戦はするだろうがまだ戦えると思っていた。だがこの金ぴかはどうだ。
「ちっ、試験機と思って油断すりゃあ…」
動きが単調に、そして鈍くなっているのが自分でもわかる。老いた体がMS戦についていけないのだ。
「ははッ、動きが鈍ってるぜ!」
それを好機と見るや、F99がビーム・サーベルを取り出す。そのままコックピットを貫こうとしたが、飛んできたビームに邪魔をされて阻まれた。
νガンダムが放ったものだった。
「お前!」
「ストーク卿とお前との間に何があるのかは知らないが、殺させるわけにはいかない」
「若造か!」
F99の姿を見て、アムロとジュドーは先日、家で上がった話題を思い出していた。
「試験機…光の翼…ウッソが言っていた奴か!?」
「何のことだか知らないが、いいさ! まとめて相手してやるよ、グレイと名前も知らない奴!」
「ジュドーの件も含めて、お前に聞きたいことができた! 俺の弟にちょっかいを出して、無事で済むと思うな!」
・ ・ ・
二対一。一見有利な戦いのはずだったが、思いのほか苦戦していた。
F99の"分身"である。これにはアムロも驚いたが、グレイは以前も経験していたことだった。
「いいか、若造! そいつは心に嘘をつける!」
「心に…嘘を?」
「それで自分の位置をごまかしてるんだ! ニュータイプの感性に頼ったら一生攻撃が当たらんぞ! 覚えとけ!」
心にある"自分の居場所"のイメージに嘘をつく。それに感応したニュータイプにはあたかも相手が分身しているように見えるというわけだ。
「新たなニュータイプの形か…」
「だが――弱点はある!」
グレイはコックピットに持ち込んだ"それ"を掴む。一対一では使うチャンスがなかったものだ。
「おい小僧ども、メインカメラの調整忘れんなよ!」
「…なるほど」
グレイの意図するところがわかり、コックピットで設定をいじる。――急な発光にも耐えられるように。
「昔取った杵柄、ってな!」
グレイが"それ"をばら撒いた。少し時間を置いて強い閃光が辺りを照らす。信号弾だ。
幻影に影はない。強い光で照らして、影ができた奴が本物というわけである。
「なに…!?」
影のある機体はあった。――二十機近い幻影のうちの半数ほど。
「こういうの、ビットMSっていうんだっけ? あいつの多才さには驚くばかりだよ」
落ち着きはらったスケイルの声が聞こえた。
「フラッシュシステムまで積んでやがるのか!」
ビットMSは一部のニュータイプにしか扱えないがその分強力で、決められた動作しかできないMDと違い手足のように動かせる。
ただでさえビットMSと本体の識別が難しいのに、さらにスケイルが作る幻と来た。
434 : 光の翼番外編 日登町防衛戦(3) 4/62016/01/16(土) 21:06:18.45 ID:lLYpKsf/0
「とんでもないな…」
小さいゆえに攻撃を受ければ簡単に壊れるファンネルとは違い、ビットMSの装甲は元となったMSと同等かそれ以上。
一機落とすだけでも相当な苦労を強いられる。ゆえに、
フラッシュシステム搭載MSを落とす場合は指揮官機を落とすことが最も有効な戦術となる。
しかし、ただでさえ見分けがつかないのに幻影まで出すのだ。がむしゃらに撃って当たるようには思えない。
攻撃の隙をつかれて落とされるのが関の山だ。
「(どうする…)」
アムロは考える。この状況を突破する方法を。
幸い、ミノフスキー粒子の散布はされていないから、相手に通信を行える。さらになぜかあのF99のパイロットはグレイに執着している。
そんな時。昔、学校の先輩に教わった非常に効果的な挑発の方法を思い出した。
「ストーク卿」
「なんだ、若造」
スケイルにこの会話は聞こえていない。
「今から、俺の言う通りにあいつを挑発してください」
「あいつを、俺が?」
「奴と因縁があるらしいあなたでなければだめなんです。…お願いします」
「…主義に反することは言わねえぞ」
ガンプとνガンダムの動きが止まった。
「ついにあきらめたか?」
「…スケイル。この街は関係ない。この戦いが終わったら手を引いてくれ。目的は俺だろ?」
「はははははっ! 何を言うかと思えば、あのグレイ・ストークが街の心配!? らしくないことを言うんだな!」
「これはお前のためでもある。お前はまだ目立った破壊活動をしていない。今なら、いつも通り俺とじゃれてたってことでごまかせるんだ」
「嘘をつけ。町のどこかにいるカムイと、お前の大事なお仲間のためだろ。誰かに頼って、寄生しなきゃ生きられない、情けない奴らだ。
その点、俺は違う! 一人きりでも生きていけるからな!」
「はっ。それこそ嘘じゃねえか」
言い切ったスケイルを、グレイは一笑に付した。
「…なに?」
「ビットMSを持ち出して、幻影を出して。そんなもんに頼らなきゃ旧式の中の旧式、オンボロのガンプと戦えねえお前が。
どの面下げて一人で生きていけるっていうんだ?」
「黙れよ…」
「はっきり言っちまえよ。俺が怖いってな。怖くて怖くて仕方ねえから、胡散臭い奴とつるんでまでそんなもん手に入れたんだろ」
「俺が貴様を怖がってるっていうのか!」
「違うか? 違うってんならかかってきな。来いよスケイル! ビットMSなんて、変な小細工なんて捨ててかかってこい!」
「こんな小細工に頼って勝つ…なるほど、つまらないな。こんなもの要らない」
ビットMSが動きを止め、幻影が消滅する。
「誰が…誰がお前なんか。はは、いいぜ。いいとも、こんな小細工なんかいらない。お前なんか、お前なんか怖くない!
こいつで直接ぶっ殺してやる!」
消えなかった最後の一機が降り立ち、ビーム・サーベルを手にしてガンプへと突っ込む。
「よし!」
ビーム・ライフルを向けるアムロの脳裏に、言葉が走った。グレイの声で、『撃つな』と。
435 : 光の翼番外編 日登町防衛戦(3) 5/62016/01/16(土) 21:08:46.93 ID:lLYpKsf/0
「悪いな、スケイル」
「なにが――!?」
「たしかにこいつはオンボロだが…パワーは最近のMSよりずっと強いんだぜ?」
ガンプが、いつの間にか足元まで這い寄っていたZZガンダムを掴んで、正面に向けた。
「準備はできてんだろ、ガキの頃の俺!」
「待ちくたびれて寝ちゃうところだったよ」
「上等! さあ、行くぜ!」
「「ハイ・メガ・キャノン!」」
二人の"ジュドー"の声が重なる。
ZZガンダムの額に備えられた射出口から放たれたハイ・メガ・キャノンの光が、間近に迫っていたF99を呑みこんだ。
場所は変わり、ダンディライオン・コンツェルンの格納庫。
頭に大きなタンコブをこしらえて涙目になったスケイルが簀巻きにされて転がっていた。
「…ちくしょう」
「大して暴れなかったからな。これで勘弁しといてやる。…後はこの若造の弟をハメやがったことについてだが」
「そんなこと知るか! 俺があれに乗るのは今日が初めてなんだからな!」
初めて乗った機体であの動きができるのか、と驚くアムロに、グレイが補足する。
「こいつはザンスカールが運営してる孤児院の出なんだよ。ガキのうちから英才教育を施して、未来の有力社員にするためにな」
「噂には聞いていましたが…」
「結局、ジェリド先輩を襲ったのは違うやつってこと?」
「だろうな。あの悪趣味な金色じゃ夜中でも目立つ。トリコロールのガンダムと見間違えるはずがねえ」
「そっか…」
「まあ、今はそんなこと言ってる場合じゃねえ。…町を襲ってるMS、止められねえのか」
「無理だね。俺に任された部下は全員好き勝手に暴れるよう命令してある」
「物理的に止めるしかないか…」
アムロが嘆息する。奇跡的にνガンダムに目立ったダメージはなかった。
「行くの、アムロ兄」
νガンダムに足を向けるアムロにジュドーが聞く。
「ああ。俺たちの町でこれ以上好き勝手されるわけにはいかないからな」
「俺たちも行けりゃよかったんだが…」
ZZガンダムは下半身を丸ごと失い、ガンプは派手な欠損こそないもののダメージを受けている。
急いで修理をさせているが、ジュドーたちはしばらく動けそうになかった。
「弾薬とエネルギーの補充ができただけでも十分ですよ。俺は一人でもやれますからね」
「すまんな。町を頼む」
「大丈夫です。町を守っているのは俺だけじゃありませんから」
「…そうだな」
「アムロ、νガンダム…出る!」
そう言い残し、アムロのνガンダムはいまだ戦闘の絶えぬ町へと飛び出していった。
436 : 光の翼番外編 日登町防衛戦(3) 6/62016/01/16(土) 21:10:06.70 ID:lLYpKsf/0
アムロが出て行って、スケイルを警備員に引き渡した後。グレイは機体の修理が完了するまでの間、格納庫にいた。
ZZガンダムの修理は二日や三日では終わらないということだったが、なぜかジュドーも一緒に。
「なんであの時、アムロ兄に撃たせなかったわけ?」
グレイがアムロに送った言葉はジュドーにも聞こえていた。
「向こうに小細工やめさせといて、こっちが不意打ちしたんじゃ不公平だろ?」
「あっちに言わせりゃ、戦いにフェアもアンフェアもないって話だったけどね」
「あいつは嘘が大嫌いなんだよ。特に、大人の嘘はな。俺も嘘は嫌いだ」
「あの攻撃は不意打ちじゃないっての?」
「落ちてた武器を拾って使うことの何が悪い」
「嘘はついてないからいいって?」
「いいんだよ。少なくとも、俺の機転で倒したことに変わりはないからな」
「ま、それもこれもわたくしめの活躍あってこそで」
「まあな。本当に良いマシンだよ、ZZってやつは」
「俺を褒めてよ、そこは」
言うと、グレイがくつくつと笑った
「お前がガキの頃の俺だったら当然やってくれるって信じてたからな」
「昔あんたも同じことやったって言いたいの?」
「いいや、そんなんじゃねえ。…なんつうかな、直感ってやつだよ」
「直感…」
「お互いニュータイプだ。しかもこれくらい年くっちまうと、共感した奴の人柄って奴がなんとなくわかるもんだ」
「それを褒め言葉ってことにしとくよ」
「そういうことにしとけ」
「ストーク卿! ガンプの修理できましたよ!」
「お、来たか――ぬわっ!?」
整備員の声に応えたグレイが転んだ。ジュドーが足払いをかけたのだ。
「て、てめえ!」
「このMS、借りてくよ!」
「お、おい! 借りてえなら他のがあるだろうが!」
「他のはなんか気にいらないんだよね。じゃ、そーゆーことで!」
軽快な足取りでガンプに乗り込み、そのまま出撃してしまった。
「まったく、あいつは…」
「どうしますか?」
「止めたって無駄だ。あの年ごろの子供は止めても止まらん」
グレイは苦笑した。スケイルといい、さながら出来の悪い孫のようだ。
「…まぶしいね、まったく」
アムロとジュドー。自分にとっては子供や孫も同然の二人の若さに少し羨ましさを感じながら、グレイは遠くなっていくガンプの後ろ姿を見送った。
最終更新:2017年05月24日 20:58