389 : 光の翼番外編 日登町防衛戦 1/52016/01/08(金) 18:34:23.73 ID:uuNg8Akk0
日登町警察交通課のビルギット・ピリヨはそれなりに機嫌が良かった。
最近はガンダム家の魔女が変な機械を作ることもないし、ミンチ仲間の集会に呼ばれることもない。
たまにバグに巻き込まれるのは、まあ愛嬌だ。
(これで仕事じゃなけりゃ、もっと良かったんだけどな)
内心でぼやく。非番の日だというのに呼び出され、警邏に回されたのだ。
署内で仲のいいレーン・エイムやトキオ・ランドールらによれば、輸送船襲撃事件の捜査に人員が割かれているのが原因らしい。
捜査に進展がなく上の連中が焦っていることは噂や雰囲気から察していたが、いくらなんでも気合を入れ過ぎではないかと思う。
考えていると前方にMSの姿を見つけ、ヘビーガンを乗せていたSFSを停止させる。
「…またか」
くすんだ白と黒に彩られた、糸目の(ようにも見える)機体だった。たしか名前はゾロとかいったか。
最近はマシンを白黒に塗るのが流行っているのだろうか。というのも、先ほどから同じような色のMSにばかり出くわすからだ。
有名なパイロットのパーソナルカラーにあやかって、同じような色で機体を塗装するというのは珍しいことではないが
これだけ多く見掛けるのは珍しい。
「…ン?」
コックピット内に響いた警告音に、意識を現実に引き戻される。見るとゾロがこちらに銃口を向けていた。
やばい。そう直感して、ビルギットは緊急脱出装置のボタンを押した。
胴体部を撃ちぬかれたヘビーガンが墜落したのは、そのすぐ後のこと。
それから、街をくすんだ白と黒のカラーリングのMSを埋め尽くすまで時間はかからなかった。

その頃、シローは警察署でコロニー襲撃事件の資料を整理していた。
「やはりゲッペルって男、怪しいですよ」
リディが持ってきたのは、調査中のゲッペルという科学者に関する資料だ。
「住所も資格も職歴も写真も、何もかもが滅茶苦茶です」
「やっぱり…それがカギになるか」
Gジェネ社研究コロニーの破壊事件後、捜査はかなり進んでいた。やはり容疑者のゲッペルという男の存在は大きい。
輸送船の積み荷に関しては誰もが口をつぐんでいたが、整備主任の男がようやく口を割ったと先ほどサンダースたちから連絡があった。
研究コロニー破壊事件についても、現場から多くの痕跡や証拠が見つかっていると担当のハリソンが言っていた。
「このまま順調に進めば、事件もすんなりと――」
ふと窓を見る。今日の天気は一日を通して快晴だという。外の景色もよく見える。
――黒いトールギスが、こちらにドーバーガンを向けている姿も。
「え?」
それをシロー達が理解する前に。ドーバーガンの銃口から光が噴き出した。

  •  ・ ・
390 : 光の翼番外編 日登町防衛戦 2/52016/01/08(金) 18:35:27.83 ID:uuNg8Akk0
厄介な事態になったものだ、とシャアは思った。社長室でデュランダルとチェスに興じていたら、町中でMSが暴れ出したのだから。
「MSを借りるよ。仲間たちのところに戻りたい」
「器をどのように着飾らせようとも、観客がいなければ成り立たん。そうだろう、器の私」
「ゲルググは私にくれ。古巣の防衛をしてきたい」
そう言って自称自分の分身たちが出ていく中、戦闘能力のないデュランダルはナナイに羽交い絞めにされもがいていた。
「会社に帰らせてくれ! タリアとレイが心配だ!」
「落ち着いてください!」
珍しく慌てた姿を見せるデュランダルを抑えるナナイと信頼できる部下たちに社内のことを任せ、急ぎ足で格納庫へと向かう。
「出せる機体はすべて出せ! SFSもだ!」
格納庫に向かいながら指示を飛ばしていく。赤い彗星と呼ばれた社長自ら陣頭指揮をとるというのだ。
社員である自分たちが出撃しないわけにはいかないと戦闘の準備を整えはじめていた。
「社長、数が足りません!」
「動くなら旧式のドダイでも構わん!」
旧式を使わせてまでSFSの使用にこだわるのは、単独飛行可能なザンスカール製の機体が敵の大半を占めていたからだ。
飛行能力の有無は重力下の戦闘においてかなりのアドバンテージである。
しかし宇宙での運用を前提として設計された重量級MSサザビーを乗せられるようなSFSは未だ開発されていなかった。
(サザビー専用SFSの完成を急ぐべきだったか…!)
「行け、ファンネル…!」
ファンネルを飛ばし、空に展開するシャッコーを三機撃墜する。
(やはり遅いな…!)
重力のある地上ではやはり勝手が違う。思い通りの動きをしないファンネルに、内心で舌打ちする。
撃ち漏らしたシャッコーが迫ってくる。そのシャッコーにいずこから飛んできたビームが直撃した。
「大尉!」
飛んできた機体は一見すれば戦闘機のようにも見えたが、シャアはよく知っていた。
Zガンダムのウェイブ・ライダー形態だ。
「カミーユか!」
「どうなってんですか、これ!」
「わからん! だが――」
「よくない状況ってのはわかるだろ、カミーユ・ビダン?」
言いながら隣に並んできたのは、ヤクト・ドーガを駆って順調に敵を撃墜していたギュネイ。
「SFSはどうした」
社内でも腕利きと評判の高いギュネイだ。優先的に配られていてもおかしくないはずなのだが。
「あんなもんに乗らないでも俺はやれますよ」
どうやら、こんな時にも変な対抗意識を燃やしているらしい。そういう問題ではないのだが。シャアは内心で頭を抱えた。
391 : 光の翼番外編 日登町防衛戦 3/52016/01/08(金) 18:37:57.25 ID:uuNg8Akk0
「社長とアムロ・レイの両方から教えを受けたっていうからどんなもんかと思えば、大したことなさそうだな。
 どうだ、一つ勝負をしないか」
「勝負?」
「簡単だよ。どっちがより多くの敵を落とせるか。次に爆発が起きたら開始で、敵がいなくなったら終了だ」
「今はそんなことやってる場合じゃないだろ」
「勝負を捨てて逃げるつもりか。お前の兄貴と社長の顔に泥を塗ることになるぜ」
「ギュネイ、やめろ。――カミーユ、今は街を守ることが先決だ。あんな誘いに乗る必要はない」
「…受けてやりますよ。それであいつの気が済むなら、安いもんでしょう」
いくら負けん気の強いカミーユでも、普段ならば状況を顧みないこの提案など一蹴しているところだろう。
しかし、尊敬するシャアとアムロの名前を出されては黙ってはいられなかった。
「…これが若さか
偶然やってきたカミーユはともかく、ギュネイには指揮を一部任せるつもりだったのに。
「男っていっつもこうだよね」
「まあ、あの二人がやる気を出すならそれもいいか…クェスは私と共に本社裏側の防衛に回れ」
いつの間にやらそばにいたクェスに指示を出した後、通信機で本社防衛にあたっていたレズンを呼び出す
「レズン・シュナイダー。工場のほうは任せるぞ」
「あいよ。無事守れたら…」
「社員食堂でお前のレーズンを優先的に仕入れる、だろう?」
レズンは副業で販売しているレーズンをネオジオンの社員食堂で使ってほしいと常々シャアに頼んでいた。
今日も社長室に直談判に来たほどだ。
「それならいいさ。戦力も少しはくれるんだろ?」
「カリスのベルティゴとSFS付きのギラ・ドーガを何機か連れていけ。指揮は任せる」
「了解。――そこのギラ・ドーガと白いの、私に続け!」
「「了解!」」

「さて…」
敵は多数。町中に広がっているようだ。事が終わった後が面倒かもしれない。
戦いのさなかにそんなことを考えるのは、負ける気がしないからだろうか。

392 : 光の翼番外編 日登町防衛戦 4/52016/01/08(金) 18:39:26.99 ID:uuNg8Akk0
一方、デュランダルはナナイを振りほどいて単身で格納庫に向かっていた。この通路を抜ければ目的の場所にたどり着ける。
無意識に小走りとなっていたその足が止まった。格納庫の扉の前に肥満体の男が陣取っていたからだ。
デュランダルはその男を知っていた。シャアの分身の一人である、自称・三次元のシャア・アズナブル(以下実シャア)だ。
「やあ、二次元のロン毛の私」
実はデュランダル自身、あまりシャアの分身と扱われることを好ましく思っていない。
表向き受け入れている風を装っているのは、単純にその方が自分と会社にとって都合がいいからである。
趣味はさておき有能なシャアや他の人間はいい。彼らは自分と同質と呼ばれるだけの才能と利用価値がある。
「………その呼び方は好きではないな。どいてくれ、私は急いでいる」
「まあまあ待ちたまえよロン毛の二次元の私。短気は損気急がば回れ。ひとつ落ち着いてハンバーガーでも食べないかね」
しかしいつも何かを喰っては品のないジョークを飛ばし笑い声をあげているこの男に限ってはそうではない。
この男を自身と同質の存在として認めるということは、自らにこのような性質があると認めるようなものだ。
「急いでいると言ったはずだ。いい加減にしてくれないか」
「MSに乗るということだが、本気かね?」
「壊れたらいくらでも弁済してやるさ。だからいい加減どいてくれ」
「君がジオン製のMSに乗り込んだところで無駄だ。歩かせることもできまい」
「私はコーディネイターだ! 早くどきたまえ!」
いらだちが最高潮に達して、デュランダルはついに声を荒げた。デュランダルにとってタリアとレイは何にも代えがたい大切な存在なのだ。
「だめだな。これでMSと格納庫、それに君を失っては二次元の私に申し訳が立たない」
「いい加減にしろと言った! 邪魔立てするなら殴り倒してでも押しとお――がッ!?」
実シャアは憤怒して掴みかかるデュランダルの手を逆にひねりあげ、逆に押し倒した。
「何の訓練もしていない、先天的に運動が得意なだけのモヤシ野郎が私を殴り倒す。どんなコメディだね?」
こんな見た目でも軍人である。コーディネイターとはいえ特に鍛えているわけでもないデュランダルが相手になるはずがなかった。
「貴様…」
「落ち着いて話を聞いてくれるようになったところで、本題に入ろうか。
 私の乗るマシンにサブパイロットとして同乗してもらいたいのだが、どうだろう」
「な、に…?」
「いやなに。二次元の私は非常時でも私を人目につかせるのが嫌みたいでね。外部との応対を君にやってほしいのさ
 もちろん君の目的を果たす手伝いもしよう」
「………そういうことか」
「返事は? イエスかノーで応えてもらいたい」
「イエスに決まっているだろう、三次元のパイロットの私」
「よし、では行こうか」
393 : 光の翼番外編 日登町防衛戦 5/52016/01/08(金) 18:40:47.05 ID:uuNg8Akk0
「しかし…一つのMSに二人で乗るのか」
「HAHAHA、そんな馬鹿な。私としても男とぎゅう詰めは嫌だよ。それにゲルググもザクもズゴックも持っていかれてしまったので使えん。
 ちょうど、修理が完了したMAが一体あったからそれを拝借するのさ」
「これは…」
「アプサラス3。きちんと二人分の搭乗スペースが用意されている」
「ギニアス氏が怒るのではないかな」
「名前を変えてザフトで量産してやるとでもいえば黙るだろうさ。妹と同じようにアプサラスも愛している男だ」
実はアプサラス3は受注限定品であり、他のMSやMAなどと違って店で普通に販売されている代物ではない。
高すぎる製造コストとそれに伴う高価格化というのが表向きの理由だが、奇抜すぎるデザインが大衆受けしないだろうという判断によるものだ。
それをザフトで量産し店頭に並ぶようにしてくれるのならば、ギニアスも納得するのではないか――というのが、実シャアの見立てだった。
「勝手に決めてくれる」
「嫌ならやめるが」
「嫌とは言っていない。まあ、デザインは少々品性を疑うが…リデザインすればいいか。
 素体はやはり余りもののザクウォーリア…グフでもいいな。シグーも悪くない。エネルギーの問題は…ふむ」
いつも通りの冷静な商売人、そして科学者の顔になって考えるデュランダルを見て実シャアは軽く笑みを浮かべた。
事件後ゲルズゲー2<アプサラス>なるMAがザフト社より販売された。当然シャアは怒り狂ったが、ギニアスと首謀者二人は納得顔だったという。
「…それで、どこまで行く? やはりザフト社か」
「そうだな。レイは一人でもやれるだろうし、まずはタリアと社の安全を確認したい」
実シャアの問いで現実に引き戻されたデュランダルはすっかり落ち着きを取り戻していた。普段の調子を取り戻したらしい。
「よし」
「…手馴れたものだな」
「これでもアズナブル・ファミリーの一人なのでね。君と同じく。今後もよろしく頼むよ、二次元のロン毛の私」
「こちらこそだ、三次元のパイロットの私」
二人の"シャア"を乗せたアプサラスが、混乱渦巻く街へと出撃した。


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最終更新:2017年05月24日 20:52