254 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 三の一投稿日:2006/12/23(土) 02:21:38 ID:???
一騒動が終わったあと、シーブックはヒイロに呼び出された。
何気なくついていくと、地下室に通された。上の部屋とは違い、まっさらな四角い部屋だ。白い壁がなんとなく圧迫感を感じさせる。暖房も何もないために凍えそうだ。
「こ、こんなところがあるなんて聞いたことないんだけど」
「俺が極秘で作った」
「なんとー!?」
「火消しは表だけの活動ではないからな」
言って、ヒイロは床に座るとノートパソコンを広げる。
「ヒイロ、さ、寒くないのか?」
「問題ない」
「いや問題とかそういうわけじゃなくて」
「余計な物資は盗撮・盗聴の隙を与える。問題ない、用事は一つだけだ」
言いながらヒイロはノートパソコンを起動させた。寒いのを我慢して、シーブックも画面を覗き込む。
外国語だらけの画面だった。どこかのホームページのようだが…
「ジュピターのホームページだ」
「ジュピターの!?」
「大々的に進出してきて、今はパン市場の六割を独占している」
「そ、そんなのいいのかよ!?」
「さらに問題なのは次だ」
ヒイロがキーボードを叩く。外国語の画面が閉じ、ファイルが次々に展開され、数値とグラフがびっしりと表示された。
「これは…株…じゃないな、物価か?」
「正解だ」
答えながらもヒイロの手は休まない。グラフがアップになり、文字も書き込まれていく。
『パン業界の物価変動』『ファーストフードの物価変動』……
「こ、これは…」
ヒイロがピックアップしていくグラフは、全て一つの特徴を持っていた。
ある時期を境に、下降しているのだ。上がることなく、下がり続けている。
『ジュピター日本進出』
境には、そう注がつけられていた。
「これ、デフレーションってやつだろ?」
「外国産業が入ってくれば、価格を廻って争うことはよくあることだ。俺はそれを正しいとも間違っているとも言うつもりはない。だがこれは…」
「ああ、異常だ」
シーブックはうなずく。
パン職人にとって、腕は無論大事だが、素材も大事だ。素材の味を引き出す、とは良い料理人によく言われることだが、どうしようもないクズ食材、手抜き食材では、並のパンは作れても優秀なパンは作れない。
値段が下がっては素材の質にまで影響が出てしまう。パン職人にとって、質は勝負のポイントだ。決して下げてはいけないのだ。だが…
(質の違いをカバーするほどの低価格で、パン屋の客までも取り込むなんて…!)
パンで勝負されるなら望む所だ。だがこんな形で客を取られては、納得がいくはずもない。
アル達の話を思い出す。大型スポンジケーキ一個99円。ありえない値段だ。採算が取れるわけがない。
まともなパン業者であれば、だが。
255 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 三の二投稿日:2006/12/23(土) 02:22:28 ID:???
「ヒイロ、ジュピターの噂とか、あるのか」
「悪い噂だ。ミミズの肉を使っている、クズ食材を高級と偽っている、職人が無免許…」
「……都市伝説っぽいのはいいからさ」
「なら他には、パンに有害物質が含まれている、と」
「なんとー!?」
ヒイロがまたも操作する。今度は表が浮き上がってきた。
『
強化人間の食事アレルギー』
卵、牛乳、魚、肉…
強化人間でなくともお馴染みのアレルギー食材が書かれている中、一つ異質なものがあった。
『ジュピター製のパン』
シーブックは半ば呆れた。
「なんで特定出来てるのに誰も追及しないんだ?」
「第一に証拠がない。第二に自分が
強化人間だと名乗り出る人間は少ない。第三に、追求しようとすれば潰される」
今度こそシーブックは口をあんぐりと開けた。もうこの部屋の冷気など意識していない。
「……証拠がないなんて言って。三つ目の理由で決定的じゃないか」
「そうだ。だから裏で火消しが動く」
言ってヒイロはノートパソコンの電源を切った。
「シーブック兄さん、
カロッゾパンまでジュピターの戦略に付き合おうとは思わないでくれ。下手をすれば、火消しが突き止める前に店が破産しかねない」
「……ヒイロ、お前、まさかそれに参加しようとか思ってないよな?」
「任務なら遂行する。違うのならやらない。それだけだ」
「…………」
火消し(プリベンター)が実際にどういう活動をしているのか、シーブックはよく知らない。普段のヒイロを見ていれば、何をしても無事に帰ってくるとは思うが…
「任務でも無理はするなよ」
「それは兄さんからの任務か?」
「……ああ」
「了解」
任務に無理をするな、という任務。矛盾している気がするが、これ以上に(ヒイロに対して)強制力のある言い方をシーブックは知らない。
シロー兄さんならもっと上手く言うんだろうな、と思いながら、地下室を後にする。
256 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 三の三投稿日:2006/12/23(土) 02:23:22 ID:???
ヒイロの部屋から出ると、ちょうどシローが帰宅したところだった。カバンをロランに預けている。
おかえり、と言おうとして、シーブックは見覚えのある顔がソファに寝ているのに気付いた。
「トビアっ!?」
弾かれたようにシローとロランが振り向く。だがシーブックは構わずトビアに駆け寄った。
手が冷たい。傷だらけで、服も髪もボロボロだ。
「シーブック、知り合いか!?」
「クラブの後輩だよ!」
答えながらシーブックはトビアを揺さぶる。
「おい、おいトビア! しっかりしろ!」
「し、シーブック、今は寝かせておいてあげないと!」
「あ、ああ…」
ロランに言われて慌てていたことに気付き、シーブックは手を放す。それでなのか、トビアがうっすらと目を開けた。
「トビア!」
はっとして、シーブックが呼びかける。目の前の人間を見とめ、トビアは口を動かした。
「キ…」
ガッと音を立て、再びシーブックはトビアをつかみ揺さぶった。
「トビア! 俺だ! シ ー ブ ッ ク だ!」
「え…」
「シーブックだよ! 分かるか、俺の言ってることが!」
「…………」
トビアの顔に理解の色が広がる。ああ、そうか、とでも言いたげにうなずくと、今度ははっきり言葉を紡いだ。
「シーブック=アノーさん…」
「ああ、そうだ。俺はシーブックだ」
シーブックはほっと一息つく。見ていたシローもロランも安堵の表情を浮かべていた。シーブックとは意味の違う安堵であるが。
257 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 三の四投稿日:2006/12/23(土) 02:24:29 ID:???
事情を聞くと、どうやらトビアはシャクティに拾われたらしい。シャクティがトビアを重そうに背負っているのをシローが見つけ、シャクティはそのまま帰してトビアを背負ってきた、ということだ。
「こんなになって、一体どうしたんだ?」
シローが聞くと、トビアはちらりとシーブックを見、それからシローに視線を戻した。
「グライダーの事故で… 飛びすぎて、空中分解して」
『げっ!』
期せずしてシローとシーブックのリアクションがハモった。
「よ、よく生きてたな、君…」
「通販で『セーフティーシャッター』っていうのを買ったんですよ。どんな窮地からも生還できるっていう…」
「ああ、キラやシンが使ってるアレか。通販なんてしてるのか…今度購入申請してみるかな」
「兄さん、陸ガン全部にセーフティーシャッターつけるの?」
「シローさん、ぶっちゃけ
ミンチの方が痛みも復活時間もリーズナブルですよ。もうこんなの使いません」
「お前
ミンチになったことあったっけ?」
「……ないです。ごめんなさい」
そんなこんなで、一度復活すれば後は早かった。ロランによる傷の手当てが済むと、いつものように腕白な笑顔を見せ、
「お世話になりました! さよなら!」
「ああ、気をつけて帰れよ!」
滞在時間三十分弱。トビアは帰っていったのである。
258 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 三の五投稿日:2006/12/23(土) 02:28:14 ID:???
トビアを見送った後。
「……シーブック、ちょっと来い」
シローに真剣な顔で言われ、シーブックはぎくりとする。まさかさっきの「キ…」でばれたのだろうか。言われるがまま、自分達の部屋へ入る。
シローとシーブックは相部屋である。警察と泥棒が同じ家の同じ部屋で生活しているというのも奇妙な話だ。
コートを脱ぐと、シローは床に正座した。
「シーブック」
「は、はい」
探られて痛い腹を持つシーブックは、緊張した面持ちでシローの真向かいに正座した。
「お前、キンケドゥとつながっているのか?」
直球だった。
さすがに面食らったシーブック。青緑の瞳を真ん丸にして一瞬言葉に詰まるが、頭を切り替える。
「ど、どうしてそうなるんだよ!?」
「俺だって弟を疑いたくない!」
大声を張り上げるシロー。握り締めた拳が震えている。それを見てシーブックは罪悪感に駆られるが、ここで認めるわけにはいかない。
「警察にな… 匿名で情報がリークされてきたんだ…
カロッゾパンは怪盗キンケドゥの隠れ蓑だって…」
「はあ!?」
本気でシーブックは驚いた。
カロッゾパンの面々がキンケドゥに関わっているのは確かだ。セシリーもカロッゾもキンケドゥの正体を知りながら黙秘しているし、ザビーネに至っては実行犯である。
だが
カロッゾパンを隠れ蓑にする? それは違う、とシーブックは言い切る。
隠れ蓑にしているのは、シドの骨董屋だ。
「なんで
カロッゾパンがキンケドゥと関係あるんだよ!? シロー兄さんはセシリーが泥棒だって言ってるのか!?」
関係ない、というのは嘘だ。だがシーブックには、セシリーには汚れて欲しくないという意識がある。だから盗みに関してセシリーに協力を頼んだことはない。
「そうじゃない。彼女は何も知らないかもしれないし、カロッゾさんもいい人だ。うちもお世話になっているしな」
「だったらどうしてそんなガセネタを!」
「ああ…すまん」
あっさり謝るシロー。
シローに確たる証拠などなかった。
カロッゾパンの面々を疑いたくないし、何より自分の弟が泥棒、自分の宿敵だとは思いたくなかった。だから直球でぶつけてみたし、予想通り弟は直球で返してきた。
やはりシーブックは違うのだ、と思う。
対してシーブックは、罪悪感に胸をわしづかみにされていた。自分の行動の責任を負う事は覚悟していたつもりだったが、近しい人や仲間が疑われるのは、自分が疑われることより辛い。
「悪かったな、シーブック。確認したかっただけなんだ」
そう言って立ち上がるシロー。その顔には先程までの険しさはなく、本当に申し訳ないと言わんばかりのものだった。
「……兄さんのせいじゃないよ」
シーブックは笑って見せた。笑顔がぎこちなくなったのは仕方ないと思う。それが一層、シローに弟の無罪を信じさせた。無理をしている、と取られたのだ。
確かにシーブックは無理をしていた。シローが信じるのとは別の意味で。
最終更新:2019年03月22日 21:02