259 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 四の一投稿日:2006/12/23(土) 02:29:44 ID:???
次の日。
予報通り、雪はやんでいた。しかし空は灰色の雲に覆われたままである。
『今日は一日曇りとなるでしょう』
天気予報のキャスターは、相変わらずの笑顔を貼り付けていた。

「やだねぇ、ただでさえ日が落ちるのが早いのに」
「雪のない冬なんて、クリープを入れないコーヒーみたいなもんだよな」
TVの天気予報を見て、ジュドーとガロードが愚痴る。
「ガロード、表現が古いぞ」
とツッコミながら、アムロが新聞を読んでいる。他、ヒイロは既に火消しのバイトで家を出ており、ロランとシーブック以外の兄弟は起きていない。
「あれ、二人とも、今日は早いですね。兄さんは嬉しいですよ」
「へへへ、まーね」
「俺達だって早起きするときもあるんだよ、ロラン兄」
二人にすれば、ファラ先生がメチャメチャ怖かったから、などとは言えるはずもない。
しかし昨日の騒動を知っている人間が一人、ここにいるのである。
「なんだ、ファラ先生に絞られたのか?」
シーブックが何気なく言うと、二人はそろって顔を引きつらせた。
(ホントこいつら分かりやすいな…)

260 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 四の二投稿日:2006/12/23(土) 02:30:36 ID:???
「なんで兄貴が知ってるんだよ!?」
「なんでって、昨日俺の目の前を爆走してったじゃないか。改造車とトナカイソリで」
「見てたんなら助けてくれたってさぁ!」
「俺らサンタのファラ先生にギロチンやられたんだぜ!? トラウマにもなるっての!」
シーブックの脳裏に、サンタコスチューム(ミニスカート仕様)のファラ先生がギロチン(いわゆる延髄切り)をしている光景が浮かぶ。
必死に頭の奥に追いやった記憶である。
「うわあああ! サンタファラなんて、せっかく忘れてたのに!」
「そうか? なかなか可愛いじゃないか」
にこやかなアムロの言葉に、朝の空気が凍りつく。
(アムロ兄、本気で言ってんの!?)
(兄貴…エロ大名とは思っていたけど、ここまでとは…)
(絶対ウッソはアムロ兄さんの背中を見て育ってるよ…)
などとやっていると、窓の外から、

シャン、シャン、シャン…

『げぇっ!! ファラ!!』
見事に二人は体を震わせ、我先にと朝食にとりかかる。
「あれはクリスマスの鈴の音じゃないんですか?」
「そうと分かっててもダメなんだよっ! 鈴の音って時点でアウト!」
「情けないぞぉジュドー=アーシタ! 女に怯えるとはなぁ!」
『だったらアンタも一度ギロチンにかかってみろや!!』

やはりいたギンガナムを、二人は外へ放り出す。
ちょうどそこにファラのトナカイソリが走ってきて、見事に跳ね飛ばしていたようだが、シーブックは何も見なかったことにした。
というかサンタファラの記憶は封印したい。

兄弟家の朝は今日も平穏であった。

261 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 四の三投稿日:2006/12/23(土) 02:31:53 ID:???
怪盗キンケドゥ本部(即ちシドの骨董屋地下)では、盗賊たちが集まっていた。集合をかけたのはトビアである。
キンケドゥ=シーブック、トビア、ウモン、キッド、シド。メンバーが一人いないだけで随分寂しく思えるものだ。
「二人の反応の記録を辿ってみたんだが…」
キッドがディスプレイの表示を切り替える。キンケドゥは昨夜のヒイロを思い出した。
「昨日の17時02分にゾンドとX2が起動、反応ロストが16分。場所はジュピター日本支部近く…随分遠くまで行ったもんじゃの」
「トビア、一体何があったんだ?」
「…………」
トビアはうつむき、震えていた。しかし意を決したように顔を上げると、一気に昨日の顛末をしゃべりだした。


ジュピターを調べよう。そう言い出したのはザビーネだった。
全員に話してから動こうとトビアは言ったのだが、ザビーネは聞かなかった。聞かないだけでなく、
『君はキンケドゥの指示がなければ動けないのかね? それでは奴にベルナデットを取られてしまうぞ』
ベルナデットを持ち出され、トビアは完全に頭に血が上ってしまった。
彼女がキンケドゥに好意を持っていることは、トビアも知っている。彼女にいいところを見せたいという下心があったのだろう、トビアはゾンド・ゲーで出た。ジュピター日本支部に行くためである。
だが、もう少しで着くというところで、迎撃部隊と鉢合わせしてしまう。
まるで待ち伏せしていたとしか思えないタイミングだった。バタラがわらわらと出てきた。
動転しながら、それでもショットランサーを撃っていた。ここで逃げてはベルナデットに笑われる、と半ば脅迫じみた思考をしていた。
そこに、さらに熱線が飛んできたのだ。見ればザビーネがバスターランチャーを構え、自分に狙いをつけていた。

「ザビーネさん!? どうして!?」
「単細胞はいい加減に直すべきだな、トビア君」
「どうしてあなたがそっちに!?」
「私は私が主と定めた者のために働くのみだ」
「じゃあ、僕らを裏切るっていうんですか! カロッゾパンは、セシリーさんはどうするんです!」
「……グッドラック」

そして――ゾンド・ゲーは破壊された。

262 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 四の四投稿日:2006/12/23(土) 02:33:14 ID:???
「セーフティーシャッターがなければ墜落の衝撃で即ミンチでした。僕はあれのおかげで脱出できて、シャクティさんに拾われたんです」
トビアの話が終わると、沈黙が降りた。
ザビーネがX2を持ってジュピターに寝返ったのだ。そのダメージは、物資・人材・精神、全てにおいて計り知れない。
中でもキンケドゥの受けた精神ダメージは大きかった。
「何故だ、ザビーネ…あんたはパンの道を極めるんじゃなかったのか」
呆然と呟く。
兄弟子であり、仲間であり、ライバルであった男が、業者に入るなどとは信じられなかった。
しかし、ならばトビアの負った傷は何だというのだ。昨日の姿は。
X2がここにないのは何故だ。
「しばらく俺たち、動かない方がいいな」
キッドが言う。引き続きキーボードを叩いており、その表情は陰になって見えなかったが、声のトーンから十分に類推できた。
「ああ。ザビーネのこともあるが、昨日警察に匿名のリークがあった。カロッゾパンが俺達の隠れ蓑だって、な」
カロッゾパンが? どうして」
「普通に考えりゃ、X2使ってるのがザビーネだってジュピターにばれたんだしな。あいつが何にも言ってなくても、カロッゾパンが関係あるかもって思うだろ」
「じゃあ、リークしたのはジュピターってことですか?」
「確定じゃないけどな。怪しいってだけで」
厄介なことになった。全員の思いはそれだ。何のためにザビーネが裏切ったのか、そんなことを考える余裕はない。
キンケドゥは溜息を一つついた。
「怪盗キンケドゥ、活動休止だ。ここに集まることもしない方がいい。いつでも証拠になり得るものは処分できるようにしとかないとな。…が、シド爺さん、情報収集は引き続き頼む」
「キンケドゥ…」
「俺はリィズを助けるまでは、キンケドゥでいなければ…」
言いかけて、気がついた。
リィズを助ける。これはシーブックの目的である。それに仲間を巻き込んではいけない。あくまでこれは自分の目的で、皆は善意で協力してくれているだけなのだから…
「よし、了解じゃ。任せておけ」
キンケドゥの思考を遮るように、シドが頷いた。
目を丸くするキンケドゥ。シドはにやりと笑っている。
「ま、情報戦なら俺だってちょっとしたもんだしな。俺も手伝うぜ、爺さん」
努めて明るく、キッドが言う。キーボードを叩く手は休めない。
「では、ほとぼりが冷めたら活動再開じゃな。それまでにザビーネを懲らしめておかんと」
からからから、とウモンが笑う。
「そうですね。僕も一発くらい殴り返したいですし」
いつもの元気さで、トビアも言う。
「…………いいのか、みんな?」
問いかけて、慌てて言い直す。
「いや、頼んだのは俺だし、嬉しいんだが…表の生活のこともあるし、これは元はといえば俺の…」
「水臭いぜ、シーブック」
キッドはキンケドゥを『シーブック』と呼んだ。キーボードを叩き続けており、やはり表情は分からない。
「ここで抜けるような覚悟で盗賊しちゃいないって。俺らにだってそれなりの目的がある。それに俺らが抜けたら、お前はどうするんだよ。一人でリィズちゃんを助けられるか?」
「…………」
言葉に詰まるキンケドゥ。
カシャッ、と最後のキーを叩き、キッドは振り向いた。紛れもなく笑顔で。
「気にすんなよ。仲間だろ?」
その言葉に、トビアら三人も笑顔で頷いた。

263 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 四の五投稿日:2006/12/23(土) 02:34:20 ID:???
シドの骨董屋からの帰り道。バス停までの短い道のりを、シーブックとトビアは一緒に歩いていた。
「ごめんなさい、キ…シーブックさん」
トビアが謝ってきた。何のことかはすぐにピンと来た。
「やっちまったのは仕方ない。これから、動くときはまず全員に宣言すること。いいな」
「はい」
「それと、俺はセシリー一筋だから安心しろ」
「……はい」
「そうだ、セシリーに連絡してないな、お前が無事だって」
「セシリーさんも昨日のこと知ってるんですか!?」
「お前の叫び声を聞いたんだよ。驚いたぞ、あのときは」
「??? 叫び声?」
首をかしげるトビア。シーブックは苦笑した。
トビアにはニュータイプの自覚がない。シーブックもセシリーも彼の能力に気付いてはいるが、積極的に能力を開発させようとは思っていないし、トビアの両親もNT能力には全く無関心だ。
身近な人物が誰も言い出さなければこんなものなのだろう、とシーブックは思っている。



こうして一つの犯罪結社は存続を決定した。社会道徳上は大変好ましくない出来事である。
だが当人たちにとっては、これ以外の選択肢を考えることなどできなかった。

そう、この時点では。



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最終更新:2019年03月22日 21:07