268 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 六の一投稿日:2006/12/23(土) 02:42:07 ID:???
次の日の朝。
『本日は午前中は曇り、午後から一部で晴れ間が見えるでしょう。しかしお日様はそう長くは続きません、夕方には雪が降るでしょう。洗濯物を干す際には気をつけてくださいね』
「雪! 雪だってよアル兄ちゃん!」
「やったねシュウト! 約束どおり遊べるよ!」
と喜ぶ者もいれば、
「もう温室でないとダメだなぁ。霜も完全に降りちゃってるし、畑で残ってるのは雪割り草の世話くらいかな」
と考えを巡らす者もいる。
(どんなになっても、この家は平穏だな…)
しみじみとシーブックが思っていると、
「少年、食欲がないようだなぁ? ならば小生がいただくぞ!」
「
うあ゛ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛ぁあ゛ぁぁ」
「うおおおお、俺の焼きシャケぇ! キラ兄、今日こそは
ミンチにしてやるッ!」
「落ち着けシン! 俺のニンジンあげるから!」
「ローラ、愛しのローラぁ!」
「君を眺めることしかできない哀れな我々に、君の料理を恵んではもらえんかね」
「不法侵入しておいて何を言うか! キャプテン!」
「了解だ、アムロ」
(…いや、日常がこれだから、ちょっとくらいの異常でも動じなくなってるのかも)
そう考えると、揺れている最近の自分は何なのだろう、と思える。
「どうしたんだ、シーブック?」
「シロー兄さん…」
シローが声をかけてくる。不安げである。
シローにしてみれば、先日弟を疑ったという負い目がある。
カロッゾパンの状況もあり、弟はストレスをためているだろうと思ったのだ。
「兄さん…匿名リーク、どこから来たのか分からないのか?」
「予想はついてるよ。カロッゾパンとドンキーベーカリーを目の敵にしているところといえば、クロスボーン・パンガードかジュピターくらいのものだ」
「じゃあ…」
「令状がないんだよ」
シローが首を横に振る。
「捜査令状がなきゃ、俺たち警察は動けない。マスコミはそんなのなくても動けるけどな」
「…………」
269 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 六の二投稿日:2006/12/23(土) 02:43:31 ID:???
折しもTVでは新たなニュースを伝えている。
『次のニュースです。いまや怪盗キンケドゥ疑惑により注目されているカロッゾパンですが、クロスボーン・パンガードの元従業員がいることが判明いたしました!』
「!! アンナマリーさん!?」
アンナマリーとザビーネの二人は、元々パンガードのパン職人だ。確かにパンガードとのつながりと言えるかもしれないが…
『カロッゾパン、ドンキーベーカリー、クロスボーン・パンガードは地元パン市場のトップ3です。これら全てに怪盗キンケドゥが関わっているとなれば…』
「な、何言ってるんですか、このキャスター!」
ロランが驚く。拍子に皿を落としそうになり、慌てて掴み直す。
「なんで推測だけでこんなに盛り上がれるんだよ? これっておかしいんじゃないの?」
箸をぴこぴこさせながら、ジュドーが言う。
「……おかしい」
ぽつりとカミーユが呟く。
「どうしたのさ、カミーユ兄貴。珍しくしんみりしちゃって」
ガロードの揶揄に反応することもなく、カミーユは静かに言葉を紡いだ。
「悪意が渦巻いている。この日昇町を包み込むように…」
『今入ってきた情報です。カロッゾパン店長・カロッゾ=ロナ容疑者を暴行罪で現行犯逮捕しました』
全員の動きが凍りついた。
『なんだってー(なんとー)!?』
兄弟の驚きとは無関係に、キャスターはニュースを読み上げる。
『ロナ容疑者はかつてバグ製作に携わった元テロリストです。今回は連続窃盗団キンケドゥ=ナウの重要参考人として、任意同行を求めた際に抵抗、警官三人に全治二週間の骨折を負わせ……』
「カロッゾのおやっさんが!?」
「馬鹿な! そんな先走ったことを!」
『パン業界の闇を象徴するような事実が次々に浮かんできますが、どうでしょう、コメンテーターの…ザザ…』
キャスターが勢い込んで続けようとした矢先、画面にノイズが走る。
270 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 六の三投稿日:2006/12/23(土) 02:45:03 ID:???
「およっ? なんだ、故障か?」
「キラ、すみませんが直してくれませんか」
「うう…じゃあ僕の朝食…」
「分かりました、僕の分を少しあげますから」
とやっていると、パッと画面が正常に写った。しかし今までのニュース番組ではない。
無機質な機械を背景にした、緊急用の画面である。
黒髪長髪で童顔の女性キャスターが、冷たい目をして睨み付けてくる。
「美人だ…」
「すぐにそう見れるお前がうらやましいよ、ウッソ」
「コウ兄さんも素直になればいいんですよ。綺麗なのは綺麗、これでいいじゃないですか」
言い切ったウッソだが、次の瞬間猛烈に後悔することになる。
『緊急ニュースです。低価格を売りにしているジュピター製のパンに、有害成分が含まれていることが判明しました』
『ヒイロぉぉ!!!??』
そう、そこに写っているキャスターは、女装こそしているものの、彼らの兄弟・ヒイロ=ユイその人であった。
髪や顔や体型は化粧
その他でごまかせるが、声まではどうにもならない。
「あ、あいつ女装嫌ってたんじゃなかったっけ」
「自制してるんだろう…リリーナ嬢の頼みなら殺人料理も顔色一つ変えず平らげる奴だぞ」
「無理するなって言ったのに…」
画面の中のヒイロは、表情一つ変えずに淡々とニュースを読み上げている。
『ジュピター製のパンを食べ続けた人々が、次々に倒れています』
テノールの声が響くと同時、画面がまたも切り替わる。
モザイクだらけの映像であったが、病院のベッドで苦しんでいるのは間違いなく、
「フォウ!? ロザミィ!!」
「スゥゥテェェラァァァ!?」
「プルに
プルツー! お前らまで! …こっちはマシュマーさん!?」
「こ、この金髪、まさかカリス!? 隣はギュネイさんか!?」
「ああっ、カテジナさん! 顔が見えないなんて、カテジナさぁぁん!!」
映像にヒイロの声が被さってくる。
『過去に強化処置を受けた人々はアレルギー症状を出しています。このジュピターアレルギーには年齢によって差があり、未成年は倒れて高熱を発します。成年の場合は…』
と、画面が切り替わる。そこに写っていたのは、
『サンタファラかよっ!?』
シーブックとガロードとジュドーの声がハモった。
モザイクだらけだが、赤白でトナカイソリで各所に大量の鈴をつけているとなれば、誤解のしようもない。
『成年の場合は、テンションが異常なほどに高まり、普段やれないことを躊躇なくやります。いわゆる泥酔状態になります』
それって本当にアレルギーなのか、とつっこむ人間はいなかった。
271 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 六の四投稿日:2006/12/23(土) 02:46:18 ID:???
「そうか…昼からファラ先生が外回りだったのも、サンタコスチュームでトナカイソリ走らせてたのも…」
「全部ジュピターパンのせいってわけか…」
「つまり俺達のギロチンの恨みは…」
「ジュピターにぶつけりゃいいってことだな…?」
「やるか、弟よ」
「やりましょう、兄さん」
「まてお前ら。相手は一企業だぞ!」
「けどさ、シロー兄貴…」
『この件に関してジュピターに問い合わせてみましたが、担当者の不在を理由に、
コメントを得ることは出来ませんでした』
「そりゃそうだろ、不祥事をあっさり認めることはしないって」
うんうん、とガロードが悟ったように頷く。
「ステラ…ジュピターめ、絶対に許さない…!」
シンの右手が真っ赤に燃えているのを、兄弟の誰もが見た…ような気がした。
『引き続き調査する方針です。以上、プリベンターからお伝えしました』
画面が元のニュース番組に戻った。
ぽかんとしていたキャスターは、慌てて話題をキンケドゥ疑惑に戻そうとするが、時間が押しているために締めるしかない。
ヒイロ、いやプリベンターの緊急ニュースは、ここまで計算していたのだろう。
「……ジュピターのパンは買うな。うちに
強化人間はいないが、悪い影響がないとも限らん」
「大丈夫ですよ、アムロ兄さん。うちはカロッゾパンとドンキーベーカリーからしかもらってません」
「買ってもいないんだよな、ロランは」
「それと!」
アムロが立ち上がり、兄弟を見回す。場が、しんと静まり返った。
こういうときは、誰もが口を閉ざし、長男の言葉を待つのである。
兄弟ではないギンガナムも、場の空気を感じ取り、居住まいを正した。
変態二人は…ミンチになっているので問題外である。
272 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 六の五投稿日:2006/12/23(土) 02:47:06 ID:???
「みんな、友人や恋人がジュピターパンにやられて、腹が立っていると思う。だが、ジュピターに殴りこみに行こうとは思うな」
「なんでだよ、アムロ兄!」
シンが真っ先に抗議する。ステラの苦しんでいる姿が頭から離れないのだ。
「シン、落ち着け。MSを持ち出して攻撃したら、俺達の方が犯罪者になるんだ」
シローが諭す。警察として、法の内にある者として、言わなければいけないことだった。
「だけど、あいつらステラを!」
「怒りは分かる。ジュピターが悪いのもな。だが、だからって殴りこみが正しいとは言えない。何のために法律や警察があると思ってる?」
「だからって、合法的手段じゃ遅いこともある!」
シーブックが立ち上がって叫んだ。
全員の視線がシーブックに集まる。ばつが悪くなったシーブック、頭を掻いて椅子に座る。
「確かに遅いこともあるが…」
「じゃあ駄目じゃないか! ステラはこうしているうちにも苦しんでるんだぞ!?」
「だからってジュピターを攻撃して、何になる」
静かに言ったのはカミーユだった。
全員が驚いた。こういう話になれば、真っ先に過激派になるのはシンとカミーユである。なのに今のカミーユはどうだろう。
「アレルギーを治すのは、医者と、彼女達の力だ。ジュピターを攻撃している時間があったら、彼女たちについて、励ますのが第一だろ」
「か、カミーユ兄…」
「ジュピターへの断罪は、シロー兄さんに任せようぜ。俺達は、彼女達を支える。ステラちゃんのこと好きなんだろう?」
「も、もちろんだ!」
「なら、ステラちゃんが苦しんでるとき、お前はどこにいる気だ?」
「お、俺は…」
シンは面食らっていた。まさかカミーユに諭される日が来るとは思わなかったのである。
それに、自分が目先の怒りにとらわれ、ステラを一人にしてしまいそうだったことに気付く。
アムロはそれを見て頷く。まさかカミーユが、とも思ったが、弟が成長していることは素直に認めようとも思う。
「カミーユの言うとおりだ。特に企業の被害者には、世間からの目が厳しい。みんな、ちゃんと支えてやるんだぞ」
『はい(うむ)!』
最終更新:2019年03月22日 21:15