273 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 七の一投稿日:2006/12/23(土) 02:48:31 ID:???
プリベンターニュースが終わった直後、ヒイロは化粧室に飛び込んだ。間もなくいつものタンクトップの少年が出てくる。
「よう、似合ってたべしっ!?」
声をかけてくる三つ編みの友人を殴り飛ばし、情報室へ一直線に向かっていく。
ジュピターに潜り込んだスパイと連絡を取るためだ。
「……状況は」
『よくないな。下は混乱しているが、上は全く動じていない。社長クラックス=ドゥガチに至っては、こうなることを予想していた節さえある』
「スキャンダルを予想…か」
『ジュピターは社長の統制が強い。下をいくらかき回しても、ドゥガチを揺らさなければすぐに立ち直ってしまう』
「勘違いするな、俺達は火消しだ。敵はジュピターそのものではない」
『……ああ、そうだったな、お前たちは』
「他には」
『アレルギーに関しては、トカゲの尻尾切りをするつもりのようだ』
「誰を切る」
『それは…むっ』
「どうした」
『……見つかった。脱出する』
「了解。援護を送る」
ふっ、と通信機器のランプが消える。
ヒイロは立ち上がり、カタパルトへと駆け出した。
走りながら、ふと思う。
自分が彼とコンタクトを取っていることを、兄が知ったらどう言うだろう?
274 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 七の二投稿日:2006/12/23(土) 02:49:24 ID:???
その日、学校は大騒ぎになった。
何気に
強化人間は多い。パンを食べて調子が悪くなった、という生徒が続出、ほとんど学級閉鎖状態である。
さらに普通の生徒も友人の見舞いに行ったり、付きっ切りで看病していたりで、クラスに出てきているのはごく一部。
さらには教師陣の中にも強化人間がいるため、そもそも授業が出来ない事態が多発。加えて不祥事も多発。
これではいかんと校長デュランダル、休校を決定。
教職員一同、まずは街中を爆走するサンタファラを捕らえるため、彼女の以前の勤め先であるザンスカール・コーポレーションに協力を頼もうとしたが、社長マリアが拒否。
なぜかと聞けば、
「カロッゾさんを助けるのが先です!」
たまたま脇で聞いていたいい人代表クロノクル、頭を抱えて社長室を退室。こっそりタシロを誘拐し、地球に降りてファラ捕獲作戦を展開。
イモムシ状態にまでロープでぐるぐる巻きにしたタシロを餌にファラを誘導、無事捕獲。タシロはギロチン乱舞の刑に遭ったが、尊い犠牲と教師陣は言った。
久々に感謝を受けて感激するクロノクル。が、直後に姉から無茶を押し付けられ涙することになる。
「トビア!」
「ベルナデット! 大丈夫? 君はジュピターのパンを食べてたよね?」
「う、うん…」
「……大丈夫みたいだね、全然普段と変わらないや」
「あ、あのっ」
「うん?」
「言わなきゃいけないことがあるの…キンケドゥさんに…」
「キンケドゥさんに? …僕じゃダメなの?」
「ううん、トビアを信頼してないわけじゃないの。だけど、これはキンケドゥさんじゃないといけないの」
「……ひょっとして、パン屋についてのこと?」
「うん」
「分かったよ。ちょっと待ってて」
275 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 七の三投稿日:2006/12/23(土) 02:50:49 ID:???
カロッゾパンは店を閉めている。
セシリーの話では、『カロッゾはライバル店の研究をするためにジュピターパンを食べていた』らしい。
時期が悪すぎた。理不尽に攻めてくるマスコミには腹も立っていただろう。理性のリミッターが外れたら、どういうことになるかは推測できる。
「でも、ジュピターパンが原因なら、そう重い罪にはならないんじゃないか?」
「心神喪失だって、無罪じゃないのよ、シーブック」
「だけど、執行猶予くらいはさ」
「だといいんだけど…」
ふう、と溜息をつくセシリー。そのまま椅子に腰掛ける。
ゴォォォォ…
ストーブの炎。二人の心を表すように、絶えず揺らめいている。
外にはマスコミが取り巻いている。ジュピターの不祥事とカロッゾパンへの疑惑は関係ないのだ。
(要は、俺がカロッゾパンと関係ないって示せばいいんだが…)
キンケドゥがわざわざ宣言しても、説得力はない。
(リークがガセネタだって証明できれば)
パンガードまでもキンケドゥ疑惑に包まれた今、リークしたと思われる相手はジュピターしかいない。だが忍び込んだところで、証拠物件が出てくるとは思えない。
リークは電話一本ですむのだから…。
着信音が響く。
「はいこちらキンケドゥ。どうした、トビア」
『ベルナデットが、話したいことがあるそうなんです』
「ベルナデットが?」
彼女がわざわざかけてくるとは珍しい。セシリーも不思議そうな顔をしている。
『ちょっと変わりますね』
「ああ」
♪クククロッ ククロッ クロスボーン♪ クククロッ ククロッ クロスボーン♪
(……トビアの奴、いつの間にこんな待ち受けメロディにしたんだ?)
どこの誰の歌なのかも謎である。
276 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 七の四投稿日:2006/12/23(土) 02:53:08 ID:???
『っと、あの、変わりました』
「よお、姫様。どうしたんだい?」
シーブックは、ベルナデットをよく『姫様』と呼んでいた。木星から地球に来て不安で泣いていた彼女を救ったのはトビアであり、その様子を童話の王子様とお姫様に見立てたのである。
そのくせトビアのことを『王子様』とは決して呼ばないあたり、男のプライドを分かっているというべきか、さすがアムロの弟というべきか。
『ジュピターのことで、話さなきゃいけないことがあるんです』
ジュピター。その単語を聞いた途端、シーブックの顔がさっと変わった。
「何か知っているのか?」
『…………』
「?」
しばしの沈黙。電話の向こうから逡巡の気配が伝わってくる。強い声をしてしまったかと思い、声を少し柔らかくした。
「まず、言ってごらん。そうじゃなきゃ俺も判断のつけようがないし、何を言ったって怒ったりしないから」
『は、はい…! あのっ…!』
プルプルプルプル!
着信音が響く。今度はセシリーの携帯だ。
かけてきたのはキッドだった。セシリーは慌てて電話に出る。
「もしもし!」
『セシリー、シーブック話し中なのか!?』
「ええ、そうだけど。彼に用事?」
『いや、別にあんたでもいい。今ニュース見てるか!?』
「え…いえ、見てないわ」
『今すぐ見ろ!』
大声だった。シーブックもそれを聞きつける。電話の奥でベルナデットも聞いたのだろう、怯えたような気配がした。セシリーが立ち上がり、TVをつける。
『えー、ただいま報道いたしました通り、元ジュピター社員、ザビーネ=シャル容疑者を業務上過失傷害の疑いで、書類送検いたしました』
『ザビーネ!?』
シーブックとセシリーの声がハモる。
『シャル容疑者は、元カロッゾパンの職人であり、さらにその前はクロスボーン・パンガードに所属していました。シャル容疑者はジュピターの売り上げ低下のためにわざとジュピターに入社し、パンの品質劣化を起こしたのではないかということです!
繰り返します、元ジュピター社員ザビーネ=シャル容疑者が、アレルギー発生を引き起こしたとして、業務上過失傷害の疑いで書類送検されました!
ジュピターでは今回のアレルギー騒動を日昇町のパン職人の嫉妬によるものとしており、カロッゾパン、クロスボーン・パンガードへの追求が激しくなるのは必至と見られています』
277 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 七の五投稿日:2006/12/23(土) 02:54:46 ID:???
「ザビーネさんが… 容疑者に…」
「なんだって!? ベルナデット、それ本当!?」
「今、ニュースでやってるみたいなの。どうして、どうして… …と…さま…」
「ベルナデット、今何て!?」
ベルナデットがいやいやをするようにかぶりを振る。トビアはうろたえながらも、彼女の背に手を添えた。彼女の顔を覗き込んでみる。
「
こんなこと、どうして!」
彼女は、泣いていた。
「こんなこと、どうして!」
「無茶苦茶な理屈だ!」
セシリーとシーブックはたまらず叫んでいた。
パン職人にとって、わざとでたらめなパンを作ることがどれほど忌まわしい行為であることか。
一瞬ザビーネが、本当にこのためにジュピターに潜り込んだのかと思ったが、それは本気の裏切りよりも許せないことだとシーブックは思った。
食に携わる者が、市場獲得のためにわざと有害物質を混入するなど、あってはならない。パン職人は消費者の命を握っていると言っても過言ではないのだ。
そしてザビーネはパン職人の誇りを捨てる人間であるとは思えなかった。カロッゾパンと職人の誇りを天秤にかけるとしたら、彼は間違いなく誇りを選ぶだろう。
どう考えても、このキャスター…あるいはこのニュースは、ジュピター寄りである。カロッゾパンを初めとする日昇町のパン屋に、何か恨みでもあるのだろうか。
キャスターは熱の入った様子で続ける。
『シャル容疑者は現在逃走中であり、警察当局では指名手配をする方針で…』
ブツッ
TVの電源が切れた。振り返れば、立ち上がったセシリーがリモコンを握っていた。
「セシリー?」
「もう…見てられない…!」
彼女は肩を震わせ、リモコンをテーブルにたたき付けた。
「セシリー!」
「シーブック!」
キッとセシリーが振り向く。うっすらと涙すら浮かんでいるが、その目は燃えるような激しさを持っていた。思わずたじろぐシーブック。
「私は…今日一日だけ、ベラ=ロナに戻ります!」
最終更新:2019年03月22日 21:16