288 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十一の一投稿日:2006/12/23(土) 03:25:51 ID:???
『ひゃーっはっはっは!!!』
ビームザンバーをビームサーベル二刀がかりで受け止める。そのたびに接触回線で、ザビーネの笑い声が聞こえてくる。
ヒイロが回線を切れといった理由がよく分かった。こんなものを始終聞いていては頭が痛くなる。
しかし…
『キンケドゥ! どうしてここにいる、キィィンケドゥゥゥゥ!?』
その言葉を聞き取った瞬間、シーブックは気がつけば、通信回線をオンにしていた。
『お前は地上にいたはずだぞ? ダメじゃないか上がってきたら!』
「……っ」
『ダメじゃないかぁ! ベラ様を巻き込んじゃぁぁ!!』
「うるさいっ!」
ザンバーを受け流し、距離を取る。限界以上の出力放出に耐え切れず、ビームサーベルが自壊した。
「俺だって…好きでみんなを巻き込んだんじゃない!」
追って来るX2をヒイロが止める。
「裏の人間が、簡単に表の人間を引っ張りこむべきじゃないって分かってる! だけど俺には譲れない目的がある! そのために仲間が必要で、仲間は俺に応えてくれた!」
シーブックはヴェスバーを構える。
「俺のわがままに…みんな付き合ってくれたんだ…キッドも、トビアも、シド爺さんもウモン爺さんも!」
X2がメルクリウスを突き放す。
「セシリーやカロッゾさんも、俺を知って…なのに俺を受け入れて!」
そのままX2はメルクリウスを斬り、あさっての方向へと蹴り飛ばす。
「だったら俺には! 今の混乱を収める義務があるんだ!
キンケドゥとしても、シーブック=アノーとしても!
怪盗の誇りにかけても、パン職人の誇りにかけても! ジュピターが許せない!
だから俺はここにいるんだ!」
言い訳に過ぎないと分かっていながら、叫ばずにはいられなかった。
これまでの自分のツケが今回ってきたのだと思った。
ザビーネの姿を借りて、『キンケドゥ=ナウ』に振り回された人々が今、自分を問い詰めているのだと思った。
だからシーブックは、全力で叫び返すしかない。自分の心を、全力でぶつけるしかない。
X2が向かってくる。
『ベラ様を、ロナ家の人々を巻き込んでかぁ!!』
「あんたをこのままにはしておけないんだよ! それはセシリーだって思ったことなんだ!」
『ベラ様…の…!?』
ふっ、とX2の勢いが弱まる。
正気がまだ残っているのか。それとも逆に、これがあんたの本心だからなのか…?
躊躇いが生まれる。だが、それではいけないと思い直す。
自分の行動の結果には、責任を持たなければならない。ならばこの現状は、キンケドゥを生み出した自分にも責任があると言える。
ならば仲間として、弟弟子として… 世間を騒がせた悪党として!
「俺は、あんたを撃つ!!」
二門のヴェスバーが火を噴いた。
289 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十一の二投稿日:2006/12/23(土) 03:27:15 ID:???
「まさか…」
必殺の一撃のはずだった。
ヴェスバーに対しては、クロスボーンガンダムのビームシールドも紙の装甲に等しい。
だが、その紙も三枚集まればどうなる?
「そうだ…俺だって考えた手じゃないか」
ビームシールド二枚とビームザンバー。これだけの壁を立てれば、ヴェスバーの一撃くらいは封じ込められる。以前、F91を相手にしたときの対抗策の一つとして、自分も思いついたものだ。
二門同時に撃つべきではなかった。時間差で撃つべきだった。
ヴェスバーは通常のビームライフルほどの連射ができない。エネルギーのチャージにほんの少しの時間がかかる。
その、ほんの少しが、致命的だった。
『罪を償え! キンケドゥ!!』
目の前にはX2。
――いつまで盗賊を続けるの?
セシリーの言葉が蘇る。
罪を償え。
そうだ。犯した罪は償わなくてはならない。
だが、ならばなぜ、アノー家を陥れた奴らはのうのうと生きている?
なぜ、リィズをあんな目に遭わせた奴は生きている?
(なぜ、俺は生きている?)
竜を狩らんとする者は、自らも竜になるという。
裏社会の非道を懲らそうとした自分は、立派に裏社会の一員となってしまっている。
(だが俺は…)
リィズの顔が浮かぶ。
アノー夫妻の顔が浮かぶ。
(俺は!)
290 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十一の三投稿日:2006/12/23(土) 03:28:55 ID:???
「俺は! まだ捕まるわけにはいかない!」
『その意気だ、
シーブック君!』
X2の動きが止まった。
戦場に響いた、唐突な声。しかもよく聞き覚えのある、くぐもった、低い男声。
全領域通信で無差別に送られているその声は…
「カロッゾさん!?」
シーブックが驚くが早いか。視界外から現れたラフレシアは、X2に体当たりし、そのままかっ飛んでいった。
ついでにヒイロのメルクリウスが触手に絡まってさらわれたようだが、シーブックにはどうすることもできなかった。
回線からはまだ声が響いてくる。
『ふはははは! ザビーネよ、我が
カロッゾパンの利益を考える余り朝パン主義の精神を忘れ去り、パンへ細工をするとは!
百万言を弄したところで罪は逃れ得ぬものと知れぇい!!』
『ク、ククク… ドゥガチ様が私にロナの名を継いでもよいと仰ったのだよ! わ、私の手で正しいパン作りを…!』
『……すまない兄さん、俺はここまでのようだ。任務、終了』
遠くで閃光が生まれた。
あまりと言えばあまりのことに、呆けてしまうシーブック。
と、そこに通信が入る。マザー・バンガード、ベラからだ。
『シーブック、今そっちに父さんが行った!?』
「あ、ああ、来たよ。体当たりしてきて、ザビーネとヒイロを押し流していっちまった」
『やっぱり…まだアレルギー治まってないのに』
「どうしてカロッゾさんがここにいるんだ? 逮捕されてたんじゃ…」
『それなんだけど…ザンスカール・コーポレーションが保釈金を出したらしくて…』
「……何故」
『さあ』
首を傾げる二人。マリアがカロッゾを慕っていることを、まだ二人は知らない。
「まあ、助かったからいいんだけどさ。じゃあ、ベラ、行ってくるよ」
『補給は? 修理とか、大丈夫?』
「ああ、なんとかなる。ヴェスバーもライフルも残ってるし…時間も惜しいし、何より戦いに行くんじゃないからさ」
『だけど、向こうはその気じゃないかもしれないわよ』
「そのときは逃げるよ。F91は逃げ足は速いんだ」
『……分かったわ。気をつけて』
「ああ」
通信を切る。ベラの不安げな顔が消えた。
一つ深呼吸をして、シーブックはF91をジュピター本社へ向かわせた。
「……ん…俺の…涙か…」
ヴァイエイトの残骸の中にトロワが取り残されていることを、このとき誰も知らない。
最終更新:2019年03月22日 21:55