私たちは町を走る。副隊長を助けに。
海に向かって吹く風の感覚も、駆け抜ける港町の街並みも、いつもと全く変わらない。
うだるような、高い湿度の日本の夏の温度も、いつもと全く変わらないのに。
ただただ何かが神経に呼びかけて急かしてくる。
急げ! 急がないと、何もかも失うぞって。
さっきのカルパッチョさんの死体を見てから、頭の中でうるさく響いてる。

今やっていることは? いつもみたいに走っている。何のために? 河嶋先輩を助けるために。
その後は……何をすればいいっけ?。大目標は皆で助かる! だけど、そのために何をすればいいんだろう。どこの部品かもわからないネジを必死になって削る。ちょっとそんな気分になってる。

前を走る愛里寿ちゃんの小さな背が揺れる。後ろを警戒する冷泉さんを横目で確認する。
愛里寿ちゃんは島田流の家元の一人娘、冷泉さんはあんこうさんチームの操縦手だ。

いつものなじみの神社を後方に見送った。崖沿いの海岸道はカーブに差し掛かる。

 (もったいない)

ここで一気にスピードを上げてドリフトをかける。車体が流れていかないように注意して、
インコースを思いっきり突く。そしたら右手にカラフルな車列を見送れるんだ。

……今は徐行運転だけど。

いきなり飛んできた弾丸に当たるだとか、紛争地帯みたいなことが現実で起きてる。
突然親しみ深い風紀委員長が亡くなっていて、おまけに面識があったはずの人が襲い掛ってくる。
今だって突然何が起こるかもしれない。

だから、なるべくかがんで見つからないように動かないとだし、角に差し掛かるたびに急停車。二人も私も河嶋先輩めがけてエンジン全開で走っていきたいのにな。

見慣れた海が夏の列日に照らされてきらきらと光っている。生温い風が崖から吹き降りた。

本当に──こんな時でなかったら海岸沿いをコースにカーレースでも開催したかった。決勝の時の練達したドライブテクニックを見るに、二人ともさぞかし速く動かせるんだろうな。もちろん私たちも負けちゃいない。自慢のソアラを駆り出して思いっきりぶっちぎってやるのだ。そうだ、ほかの高校の操縦手さんたちも呼んでこよう。全国戦車道最速レースだ!

(ちょっとハイになってるかな。明るいのは取り柄だけど気を付けないと)

気を引き締めなくては。

左手に公園が見えてきた。懐かしいな。幼いころはあんなふうなタイヤのおもちゃで遊んでたっけ。あの頃から今までずっと自動車のタイヤと一緒に走ってきた。
これからもあのタイヤ回して一本道を駆け抜けていくんだって、思ってた。それがいきなり特殊殲滅戦だとかで連れ去られて、殺し合いだとかで。目の前で人が死んで……。

ちょっと雲行きが怪しくなってきちゃった。それこそ今日みたいな夏の空みたいに……。

(いやいや。暗くなりすぎ。)

この子たちと自由に大洗を駆け回るんだ。もちろんミッコも、自動車部の皆も一緒に。

そうだ。そのために、大目標に向けて自分に今何ができるのかを考えなくちゃ。とりあえずできることできないことで脳を動かそう。ブレインストーミングってやつだ。

(まずできないことからだっけ? できること……いいやできないことからで)

戦略だとか戦術はレースでも戦車道でもないからあまり役には立てない。
戦闘や殺し合いは武器をもってるけど、全く心構えがないしする気もない。
いざ突然戦いだーってしたら完全に動揺する。
身体能力はふつう、あと悪い所は……ソバカスとか? 私はチャームポイントだと思ってるけど。

次は良いほうか。えーっと 
私は自動車部。車が大好き。最近は戦車も好きで好きな戦車は10式戦車。
戦車道を今年から始めて、ポジションは操縦手。全国優勝チームの一員だ!
もちろん車の運転は大大大得意。特にドリフトが大好き。どんな峠も超えてやる。

(うんうん、今の調子で、というかできるできないだった。ホシノ先輩に叱られる)

だから、そう、乗り物についてはとりあえずなんでも乗れて動かせる。……ここまでで見てないけれど。というかこれは戦車道女子なら誰でもそうか。次に手先が器用で大概の機械ならいじれる。ただ、専門的なものは設計図なりが必要。うん。このスマートフォンとか首輪とか。設計図があればどうにかできるかも、いやできる!

あとは、明るくて物おじしません。ソバカスがチャームポイント!

(うんん……どうにも冷静になれないね。極端に脳が動いてる)

拷問死体殺人、非日常が怒涛のように押し寄せてきている。その上で当事者意識を持つことができてない。初めにミッコと走ったときからふわふわした気分が抜けてない……。

『私は西住さんに対して、何を言えばいいんだろうな』

肉親を亡くすこと、あるいは親友が亡くなること。どちらも私が経験していないことだ。だからこそ冷泉さんのさっきの問いに対して、何も答えることができなかった。もっとも彼女も答えなんて気にしていなかったのだろう。そのまま会話は流れてた。

今考えると、彼女は西住さんに過去の自分を重ね合わせてしまったのだと思う。今の彼女は過去に折り合いをつけて生きているように見える。けれど、同じように肉親を突然なくした西住さん。彼女が感じるだろう悲しみとか苦しみとだか、そういういうものを敏感に感じとってしまったんだ。そしてそれを誰かには話さずにはいられないほど不安になったんだ。

いつも眠そうにしていていて、それでもやるときはやるタイプだってことしか知らなかった。

冷泉さん──。
(こんなに繊細で優しい人だったんだ)

武部さんがどうしてあんなに親身に面倒を見ているのかが分かった気がした。

今後親兄弟が死ぬとして、そのとき私はどう思うのか。あるいは自動車部の皆が死んだときは。……この殲滅戦で死んでしまったら? もしくは私が死んだときの自動車部の皆は?

数えきれないほどの仮定が脳内を回った。真剣に考えたところで答えが出ないであろう仮定だ。

ただ一つ確かなのは、それはまだ来ていないということだ。その時が来たらきっと予想もつかないような苦しみに襲われるだろう。きっと冷静じゃいられなくなって泣き叫んで死にたくなるかもしれない。しかしそれはそのときが来るまでわからないことなのだ。

だから今は自分にできることをする。

目の前にいる愛里寿ちゃんやそのときを超えてきた冷泉さん、自動車部の皆やミッコ。これまでに戦った人たち。彼女たちをその時から遠ざけるために。

ゴルフ場のロッジ前に差し掛かった。スマホがけたたましい音を立てる。彼女たちは互いに目を見合わせると、急いでロッジの中に入っていく。

誰かにとってのその時が迫っていた。


 ※ ※ ※


大洗女子学園学園艦の廃艦計画はつつがなく進んでいる。公の視点から見ても全く採算がとれていない、高度成長期に勢いで量産されたいわゆる護衛空母のような学園艦だ(型は正規空母だが)。この学園にしかない、独自の取り組み、部活動、地位貢献。調査を重ねても、どれもが評価に値しない。彼らにとってはプラスのマイナス材料ばかりだ。

そして、船底の治安は学園艦の例にもれず荒廃している。運営側の統制が緩んでおり、気の荒い船舶化の生徒たちやドロップアウト寸前の不良で無法地帯が形成されている様子。その上生徒数は年々減少。設備も老朽化しつつある。

調査結果として、学園艦を運営していくにあたっての意義が全く果たされていません。このような杜撰なモノに国民の血税は費やされてはならないでしょう。よりよい環境が未来ある学生たちには提供されるべきです。

ありきたりな不採算事業──廃艦の実施は容易だ。彼と彼が動かす部品たちはそう考えていた。

上もこのような事業をよこしてくれるとは、相当期待してくれているに違いない。そうだ、この機会により良い部下を選別しよう。これほどの良質な事業だ。できる部下たちにもおこぼれをふるまってやらねば。……そうそう忘れていた。すべてはこの国の学生たちのために。彼は一生懸命物事を進めていく。

ある日彼のもとを、小柄なツインテールの少女が訪ねてきた。彼女は廃艦計画進行中学園艦の生徒会長だかを名乗っていた。はあ、そんなものが何の御ご用件で?

廃艦計画における利害関係者の策定が完了し、住人達の転校先及び転職先の検討と学園間解体工事の費用の概算を各所に取らせているときのことである。

小柄なその少女は名のあるOGOBからの廃艦計画への意見、艦内生活者の反対嘆願書を引っ提げてきた。

うわ、面倒くさいとなった。彼は残業が続いていて──深夜どころか明け方にまで連日行われる業務、そしてそれは給与として評価されない──判断能力が落ちている状態にあった。

公務員は公の僕であるため、そのような状態でも彼は彼女を対応せざるを得ない。耳から耳に流れていく高音で真摯なご意見を鷹揚に構えて余所行き笑いをしながら聞く。

だんだん彼は青春の名目で自分の貴重な時間が奪われることに腹が立ってきていた。イライラしていたので、余計な理論付けをした。本当に余計なことだった。

──続けていくにあたって、この学園艦独自の強みがなくてはねえ。
──この学園艦がなくてはなしえないもの。例えば戦車道の全国優勝とか。

まったくもって不可能な事柄であり、国家的プロジェクトの差し止めはこのくらいの無理難題なのだという比喩のつもりであった。

彼女は黙って聞いていた。泣き出したりせずそのまま帰ってくれよと思い浮かべたところで、彼女は、本当に優勝出来たら学園艦を存続させてくれますね、と繰り返してきた。

(本気か、コイツ?)さっきまで理路整然と道理を説いていたのに? 急に頭が悪くなったのか。なぜ?

──まあ、できれば存続には十分な理由となるでしょう。

つまり、存続させるということですね。彼はさらに面倒くさくなった。これから住民説明会やら反対運動やら、それに伴う裁判でこんなガキと関わる可能性があることに暗澹たる気持ちになった。

なっていたので、つい──言質を取らせない役人話法の使い方を忘れてしまった。


『うんまあ、存続させるでしょう』

約束ですよ! よろしくお願いします! 彼女は満面の笑みを浮かべて帰っていった。

うんまあ、そのまま素直に育って、できれば国のためになる女性に育ってください。

そんなことがあったことを彼が思いだしたのは、その女子学園の全国優勝を聞いてすぐのことである。


 ※ ※ ※


ちまちましたことは考えたくない。なりふり構わず生きていたい。
馬鹿になりたいわけじゃない。狂信的にもなりたくない。
ただ、いつだって、直球勝負で片を付けていくのだ。

そんなメグミの生き方としてあるのは、うまく生きることはうまく抑制をかけることだということだ。彼女は自我を発散できる場所を常に探していた。(有り体にいえばより良いストレス解消を求めていた)

自分をうまい具合にぶちまけることが出来れば、日々の困難や苦痛はすべてそのお膳立てに過ぎないのだ。

精神が安定している者は能力もまた向上していくもので、彼女の成績はそこそこ優秀だった。直感で楽しそうなサンダース学園に入学すると、これまた直感ですっきりしそうな戦車道を選択する。開放的なサンダースは新入生をいきなり戦車を操縦させてくれるのだが──彼女はそこでやられた。

他を圧倒するキャタピラはどんな障害物もひき潰す。砲塔から発射される砲弾は道を塞ぐ何もかもを打ち破る。

耐えて、走って、轢いて、撃って、叩いて、揺れて、歪んで、潰す。彼女は戦車道に熱中した。

自我の発揚として(つまりはストレス解消として)これ以上のものはないように思えたからである。
どんな訓練や勉強も戦車でぶっ放すという解放の前菜に過ぎず彼女は全く苦にもせずに、熱心に取り組んだ。いずれ報われる苦難であればどんなものでも楽しめる。彼女の人生哲学である。

試合において彼女は猛烈なチャージをかけて相手を追い込み、真正面から突き崩していった。悪路に戦車を進めて、敵からの砲弾を弾いて近づき、急所に砲塔を合わせて打ち抜く。戦略の全体図にこの抑圧と開放のサイクルを当てはめて、回し続ける。すべてをうまく当てはめて敵のフラッグ車を打ち抜く。それが、彼女の何よりの楽しみである。

ある時、彼女が車長として優良な戦力であると評価されたころ。試合後のミーティングを終えると、一年生の少女から話しかけられた。いかにも真面目そうに形式ぶって話すので、彼女は笑いながら少女の肩を揉んでやった。ひとしきり慌てた後、観念したように笑う。

 「ケイです。よろしくお願いいたします」

サンダースは学園艦を有する学校の中で、最も排水量の大きな学園艦を保有している。生徒数もそれに見合った人数を抱えていて、幼稚園から大学までの教育機関を網羅していることから、生まれてから成人するまでを学園艦で過ごすものもいるほどだ。超巨大資本がついていることから、学園設備も豪華なものを取り揃えており、いちいちサイズが規格外のものを取り揃えている。

さて、継続が見たら学園艦ごと乗船しそうなサンダース。協議においてもその富裕さはいかんなく発揮され、なんと保有している戦車数は全校中トップである。競技人口も、プラウダや黒森峰のように戦車道に特化している学校と並ぶほどに多い。

しかし、高校戦車道大会ではここ数年先ほどの強豪二校に阻まれている。原因として考えられるものは、校風がアメリカびいきで米軍の戦車以外を使いたがらないこと、西住流などに比べて未熟な戦闘教義など何点か考えられる。しかし、最も割合として高いのは指導体制にあった。

黒森峰はバックに西住流がついており、隊長は西住流のお墨付きの中でチームを指導することが出来る。プラウダは隊長の権限が異常に強い。おかげでチームの成績は隊長の能力がそのまま直結する。

対してサンダース。隊長は戦車道競技者の総選挙で選ばれる。このことから隊長の権限は大きい。が、サンダースの校風は実力主義である。チーム内の実力者たちは皆、己の努力に自負を持っているものばかり。勝利のために大胆な人事を行ったとしても、下手な抜擢はすぐに反発を招き、それが伝播すれば隊長はすぐに指導力を発揮できなくなる。人数が多くただでさえ統制が取りにくいのに、そのくせ気位が高い奴ばかり。だから他校のような指導体制が取れない。

「だからこの学校の隊長は隊員をいかに納得させるか、説得力が一番求められるんだって」

「説得力……ですか」

「そう、この人がこういうのなら間違っていない。この人の下でなら成長できる。この人は私をわかってくれているんだ。私も私がやりたいことをさせてくれるから今の隊長を信頼してる。ただ、それでも不満に思うこともあるわね」だからといって私もやりたいとは思わないけど……正直、そもそも高校生レベルに求められる水準の能力じゃないわ。「いちいち判断が妥当だったかどうかがを問われるから、いろんな方向の知見を持つことも必要」

「要するにサンダースの隊長にふさわしい人は、私じゃかなわないって他人に思わせるような──誰よりも強い人ってこと」

わかる? メグミの眼をケイは強く見返して威勢のいい返事をする。

「でも、その前! 隊長の資質っていうのはただ一つ」

「能力の高低だとか意志の強弱も関係ない!」

「ただ、自分の行動に命を懸けられるかどうかよ」

先輩からの受け売りである。カッコいいからメグミは一回言ってみたかったのだ。
しかし、彼女はは感慨に浸る。後輩の指導まで私もするようになったか。
戦車道。思ったより自分の心の中心にまで根を張っているものだ。

メグミは柄にもなくこれまでを思い返した。

戦車道を始めてから起きてきた出来事。振り返るたびにキラキラしたむず痒い感覚を覚えていることを思い出した。
いつもいつもどうしてこんな感覚がするのか、わかるまで探り続けようかと考えたりもしたが、毎回同じように深く分析せずに心の中にしまっていた。感覚に名前を付けたいが、名前が付いたらいちいち意識しそうで何となく嫌だという感情がある。(前に向かっていくときはそれだけに集中したいのだ)

ただ、この感覚はどうにも気分をウキウキさせてくれるなあ!
気分がよくなったので、彼女は後輩にお節介を焼いてやることにした。

「この学校のポテンシャルは、正直他校の比じゃないわ。お金と人員、あと向上心は力だもの」

「ただそれをフルに発揮できる生徒が今まで出てこなかっただけね」

改めてケイを見る。活力があってスタイルが良い、衆目を引く容姿。性格は向上心があって公平。才能は練習を見る限り、各方面に優れている。将来の隊長として申し分なさそうだ。

「あなたがそんな隊長になれるといいわね。頑張りなさい」

再びの威勢のいい返事を受けて微笑んでやる。まあ来年度の主力世代もうまくやっている。私たち三年生と後輩たちでこの子に教えられることをすべて教え込めれば、あながち夢でもないかもしれない。

まっすぐ強く進んでいれば、未来は明るいものだ。彼女はまた心の中にキラキラしたものを感じながら、その場を去った。


 ※ ※ ※


自由になろう。命を懸けて自由を掴み取ろう。って私は全力で行動してたんだけど。まさか裏切られるとは思わなかった。こう……今まで辛いことは見返りがあるから我慢できて、失敗したり成果が出なかったりしても将来の糧になると思ってたんだけど。

あそこであったことって、完全なる無駄。信じて、無力で、裏切られて、庇われて、殺した。人を信じられなくなったし、性格も落ち着いちゃった。

あのときは本当に信じていたのにね。向こうからしたらほかのすべてが先に裏切ったんだって気持ちだったのでしょうけど。それで殺された人から見たらたまったものじゃない。こっちもお前が私をここまで連れてきたんじゃないかって気持ちになったわ。

ただ、勢いで撃つべきじゃなかった。感情的に撃ち殺したせいで、今まで私の中で回っていた循環がなんか……抜けてっちゃった。そのせいかたまにぼーっとするのよねー。

ああ、特殊殲滅戦。面喰ったけれれど、許せないって気持ちで動いた。素直に。そしたら、殺し合いやめろーって拡声器で聞こえてきて、馬鹿かと思ったら知波単生。三つ編み眼鏡の元隊長。やっぱりって気持ちになった。
まあ、襲われる前にさっさと連れ出したんだけど、やけに気が合ったの。

……根が知波単っぽいんじゃないのーってアズミには言われたけど、違うわよね……。そもそも玉砕突撃と直球勝負は違うから、私インテリな方だし。

とにかく彼女とチーム組んでゲーム打破のために動き出したわけ。幸先よく彼女の後輩と合流した後、最初の山場が襲ってきたの。突然銃持ったプラウダ生の襲撃。これはまずい。戦うか説得するかーって頭で考えているうちに彼女は動いてた。すごかったわ。錯乱してるプラウダ生を身一つで説得したんだから。

そのあとは、きっと何とかなる、何とかする! って気分で進んだ。

サンダースの隊長と合流、その後、聖グロの生徒、サンダースの後輩、黒森峰生徒、もう一人プラウダ生を保護。
最後にBC自由の特徴的?(変な口調だったわね。恩人をこう言うのは失礼だけど)生徒と合流。合計10人、これだけ集まればなんとかなるだろうって感じで、盛り上がってた。

……潮目が変わったのは一回目の放送の後ね。そこにいないサンダース生はほとんど死んでて、黒森峰とプラウダはほとんど死んでいない。みんながピリピリし始めて──仲間が殺し合いに乗ってると思われてるって疑心暗鬼になった黒森峰生とプラウダ生で喧嘩発生。

ここで知波単隊長の一喝が入って、確か、君たちは薄汚い殺人鬼とは違う。気高い抵抗者である、だったかしら。さすが知波単の隊長。と思いながら聞いてたのだけど、ひゅって変な音。音源のプラウダ生の方の顔色が変わった。

すぐに錯乱して喚き散らしだして、襲われたからしょうがないんだ、BCの奴が殺し合いに乗ってるのを見て、逃げてたら襲われて。銃を持ってたんだ、しょうがないんだ。

騒ぐだけ騒いだらもう一人のプラウダ生と出て行っちゃった。皆どうするんだって雰囲気だった。

私は率先して追いかけた。もう一人の知波単生と一緒に。ここが分水嶺だって無意識に感じたから。ここで踏みとどまらなきゃ、奈落に落ちるって。見晴らしのいい道を通って何とか彼女を連れ戻そうとしたんだけど──。

──となりの知波単の子の頭がはじけ飛んだ。その後は恐怖と驚愕で無我夢中。すぐに取って返して皆に伝えて、全員で動くことになって、隠れ潜んで進んだら、見るも無残な状態になったプラウダ生の死体が二つ。もうそれまでの雰囲気なんて吹き飛んで、皆が恐慌状態になった。

そのあと、とにかく拠点に戻って安全を確保することにした。皆が顔をうつ向かせて、ピリピリとした雰囲気で、とぼとぼと無言で戻った。

強行軍できた道を、敗残兵みたいに戻るうちに、知波単生の撃ち殺された子の死体まできた。知波単の隊長は死体に縋って泣いていた。皆も疲れ切った顔になって、泣きそうになってた。

そうしたら、こらえきれなくなったサンダースの後輩が言い出した。すべて黒森峰の策だったんじゃないかって。
あのときの喧嘩は二人をキルゾーンに追い込むための策略だったんだって、不合理なことを言いだした。

どう考えても彼女は錯乱していた。BCの子がすぐに制したけど、黒森峰の子は震えあがってた。皆に疑われてるって。なんとかしてって隊長の方を見て、……隊長も厳しい顔。そのまま隊長は決心した様子で泣き崩れている知波単隊長の方に歩いて行った。

──申し訳ないが、彼女の首を落とさなければならない。

知波単隊長の顔が驚愕に染まってた。はくはくと口だけが動いているのが見えた。隊長は一瞬だけ目を背けて、説得するというよりは押し切るため、まくし立てて話した。

我々は脱出のために。できるだけ多くの首輪が必要なんだ。

それでも嫌だ嫌だと首を振って死体から離れようとしない。しびれを切らした隊長は、酷いこと言ったわ。

……そもそも君の迂闊な発言にも原因がある。

今から思うと、隊長も学生の小娘に過ぎなかった。私たち全員がそうだった。言わなくていいことまで言っててしまう。また全員が口ごもって、息苦しい沈黙が広まった。

沈黙を打ち破るようにBCの子が私ががやるって立候補したけれど、サンダースの後輩が仲間が乗ってるかもしれない奴には任せられないって言いだして、またバチバチ。

収拾がつかなくなったから、私がやると言うしかなかった。知波単隊長がまた驚愕してた。もう、猶予はなかったの。このままじゃ集団が空中分解する。この状況のままでバラバラになったら、もう絶対に脱出はかなわないって。

知波単隊長を隊長が抑えて、死体の首を落とした。信じられないほど嫌な感覚がした。とてもきつかったわ。きつかったけど、これが未来につながる道だからしょうがなかった。

脱出のためだから仕方がないって、その後全員が私を慰めてくれたけれど。私はずっと首を落として、茫然自失になって揺り動かされて頭を上げたとき。そのときの知波単隊長の凄惨な目が、忘れられない。

……その後? もちろん脱出なんてかなわなかったわ。ルミとアズミが殺し回ってたし。

私たちの集団は首輪を解析しようといろいろ弄繰り回したところで、急にサンダースの後輩が血を吐いて倒れた。それが始まり、動かなくなったその子から黒森峰の子が逃げ出した。私と隊長で後を追いかけたら、錯乱し始めて銃撃戦。もう生かして捕まえることはできないってことで隊長が射殺。

私は暗澹とした気持ちだったけど。隊長はそれどころじゃなかった。拠点に戻ってすぐに。もう無理だ。隊長が言い出して、そのままふらふらと出て行っちゃった。私は隊長を追いかけた。

まだなんとかなるって。希望は消えてないって。がんばって座り込んでる隊長の背中を説得してたつもりだったんだけど。もう生きてなかった。死体を説得してたの。隊長、血を吐いて死んでたわ。

取って返して、別れた人たちに追いついたら、聖グロの生徒は死んでいて、知波単の隊長とBC自由が一人ずつ向き合っている。お互いに銃を向けあって、にらみ合ってた。

ふらふら近寄って説明を求めたら、BCの子が話してくれた。食事や水に毒を混ぜていたのは彼女だって。嘘だって叫んで知波単の隊長に違うよねって言ったら。

ひきつった口でしょうがない、しょうがない。全部君たちのせいで、これもしょうがない。瞳孔の開いたどこを見ているのかもわからない乱れた眼で、私たちを睨みつけている。

……あのときが初めて、こう脳がガツンとやられて天地がひっくり返る感覚っていうのを味わった。
少なくとも皆が彼女の善性は信じていたから、彼女が真心で拡声器で呼びかけて、命がけでほかの生徒を説得したからあの集団を作れたのに。
私は動けなかった。知波単の隊長は銃をこちらに向けていても反応できなかった。そのうちに引き金が引かれて、弾が私に向かって飛んできて──。

BCの子が庇ってくれた。私は死なずに済んだ。弾切れの彼女に向けて私は銃を撃った。一度も使わなかったそれを。全弾。

あとは最初のやり取りの通り、知波単隊長は血まみれでこと切れた。うしろを見たらBCの子をアズミが看取っている。わたしは彼女が祈るのをやめるまでそれを見ていた。

そしてお互いに銃を向けあったところで残り三人になって殲滅戦終了。私は今ここにいます。

今考えると、脱出のための道筋とかあれこれ考えてはいた。でも、私って結局すでに分かっている道を選んで進むタイプで、暗闇のどこへ行けばいいのかわからない道を進んでいけるタイプじゃないみたい。

サンダースの隊長になろうとしなかったのもなれなかったのもそれが理由。多分ね。自分の責任に右往左往する奴が他人の責任を取れるわけじゃないってこと。ケイにはしたり顔で言っちゃったわ。


……結局、知波単の隊長もあのときの隊長も真の指導者には向いていなかったんじゃないかって、今は思う。彼女たちも私たちも決定的な場面で流されることしかできなかったから。自分で道を見出して進むこともその責任を取ることも出来なかったから。

ルミやアズミみたいな、こうするって決めてやり通せる鉄の意志はなかった。

あーあ、あの夏の日の胸のキラキラ、もっと味わっておけばよかった。

今じゃどっかに行って消えちゃった。


※ ※ ※




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最終更新:2023年09月15日 05:23