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下屋鋪 聡

大本営神奈川新聞の記者。
デイリーベイスターズで魅せる詩的な記事は「平成のヘミングウェイ」と称されるほどで、
独特な世界観に惚れたファンも多いとか。



2006

2006年6月16日(金)

降りしきる雨の中で若き4番がもがいていた。

2006年6月8日(木)

右腕で苦悶(くもん)の表情を隠しながら多村が救急車に運ばれていく。
その赤色灯がチームの危機と重なって見えた。

2006年5月14日(日)

宴の後のようなもの悲しいさが漂い、北海道の薫風もなぜか冷たい秋風に似る。

2006年5月5日(金)

ベンチ裏は鎮魂歌が奏でられているかのように沈んでいた。

2006年5月4日(木)

気持ちが、あきらめへと逃げてしまわぬうちに。

2006年4月28日(金)

力の差は、金城が出したグラブと白球の差と決して同じではない。

2006年4月20日(木)

春眠かと思いきや、若手が芽吹く新緑の季節ももう近い。

2006年4月16日(日)

前夜の闘争心は眠りとともに忘れ去られたか。

2006年4月13日(木)

まだ白星のない本拠地の夜空。雲に覆われ、探しても星はまだ見えてこない。

2006年3月27日(月)

不安が噴き出したと嘆くのはひとまず置いて、放たれた光をたたえよう。

2006年3月26日(日)

白星で気分よろしくシーズンインだ。

2005

2005年10月13日(木)

→しばし休まれよ

2005年9月30日(金)

横浜スタジアムに至福のときが訪れるのはいつだろうか。

2005年9月28日(水)

球団が一般企業ならば、破たん寸前である。

2005年9月11日(日)

救いは、応援に駆け付けた華やかなフェリス女学院大チアリーディング部の演技か。
暦のうえでは大気が冷えて露ができる「白露」を過ぎたが、この日の
横浜の最高気温は31度超。チームだけが、暦通りに冷えてきた。

2005年9月8日(木)

成長しきれない若手の役不足が引き出したものとも言える。
見たくはなくとも、口を開けた4年連続の深淵が視界に入る。

2005年9月5日(月)

分岐すべてにおいて力の差なのだろうか。

2005年8月25日(木)

優勝争いは遠のいたが、戦いはまだここにある。

2005年8月13日(土)

結局雨は降らなかっただけに、水に流すつもりは毛頭ないようだ。

2005年8月5日(金)

でも、ファンは同時に夢を見たいのだ。

2005年7月19日(火)

闘志同様に、リーグの火もまだまだ消せない。

2005年7月18日(月)

虎を止めろ。本当の戦いはこれから始まる。

2005年7月8日(金)

失速の横浜。今季最大の危機を迎えた。

2005年6月6日(月)

→三―二―一

2005年5月16日(月)

この試合が大きかったと振り返れる未来がくればいい。

2005年4月28日(木)

寒いスタンドの風景が、チームの危機と重なって見える。

2005年4月16日(土)

その好投はナインと、そしてファンの記憶に刻みつけられた。

2005年4月9日(土)

今季の横浜はなかなか負けない。

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最終更新:2011年12月02日 16:02