出発の刻
そこは一切光の届かない、地下室。そこには光を放つ、人がすっぽり入れるほど大きなカプセルのような、筒状のものがある。
その中に、実際に人が入っていた。見たところ、15歳か、16歳程度の少女だ。
巫女装束をまとい、胸の前で手を組んで、ひたすら何かを呟いている。
『ブゥゥゥンン・・・・・・』
唐突に、複数の羽虫が一斉に飛び立ったような音が地下室に響く。カプセルの上を見てみると、魔方陣が浮き出ていた。人の手で書かれたものではない。
一方、それを見届ける者がいた。
「やっと、か。」
低い声が地下室に響く。
「でも、この子は早い方ですわ。」
今度はキレイな女性の声がする。
カプセルに入った少女は、父上様と母上様だ、と心の中で言った。
「あんまり長い間、あんな暗いところに閉じ込めておくのは耐えられない。これで、やっと。」
「あの子は開放されます。この世にいる限り、あの子に開放はありませんから・・・」
「しょうがない、んだよな。」
低い声が呟いた刹那、刀を持つ音が聞こえた。女性が、これを・・・と言いながら男に刀を差し出す。それを受け取った男は、自分の目の高さで抜刀し、軽く振ってもう一度鞘に収めた。
「うむ・・・・・・。」
迷うように、唸る。しかしそれも一瞬。すぐ後に首を振って刀に向けて何かをささやく。すると、刀が中に浮き、勝手にまた男の手へ戻っていく。光を帯びて。
「桔梗、出てきなさい。」
黙ってカプセルから出る。何の抵抗もなく、ガラスをすり抜けてきた。
「とうとう、ですか。父上様。」
「すまない。・・・だが。お前には、死んでもらわなくては困るんだ。」
「大丈夫です。そういう運命に生まれてきたと知ったときから、運命は避けられないのだと、自分がみなを守れるのは光栄なのだ、たとえ自分の命を代償にしてもすばらしいことなのだと、ずっと思ってきましたから。」
本当に死を恐れていない、落ち着いた声でそう述べた。
「母上様、短かったですが、ありがとうございました。」
そういいながら男に近づく。刺してくれと、言っているように。
「・・・さぁ、父上様。わたくしを早く此処から出してください。」
男はうつむいたまま、わかった、とだけ言って、少女の心臓を一突き。
「桔梗・・・・・・・・っ」
女性が倒れる桔梗を抱きかかえる。
「もう、さよならです、母上さ・・・ま。また、会えると、いい・・・で、すね・・・・・・」
もう、魂は体を離れようとしているのに、桔梗は女性に笑いかける。お別れの言葉を言い終わった直後、血を吐いて・・・動かなくなった。
「いっ――――――いやああぁぁぁっっ!!桔梗ーっ!!」
少女が気がついたとき、手に切符を持って船に乗るために出来た列の中にいた。しかし、自分が生きていると錯覚はしなかった。何となく、本当に死んだと確信していた。
パッと海のほうを見ると、そこにあるのが水ではないことに気がついた。
「あれは、魂。」
ぼそりと、確認するように言った。
「よくわかったね。君、その格好からして“イケニエノミコ”だろ?」
同じ歳ぐらいの少年が話しかけてきた。どうやらこの人は、船員らしい。
「そう、だけど。何故わかった?」
「何十年此処に勤めてると思ってんだよ。」
先代の時にもいたのだ。随分前に死んだんだ。
「前のときはもっと愛想がよかったけれど・・・その若さじゃ、全然違うか。」
その言葉に文句を言おうとして、船出発の合図が辺りに轟く。
「オレ、この船に乗るから!!」
「私も。」
そういって二人は船に駆け込んだ。
最終更新:2008年10月10日 18:39