貿易政策(輸入関税、輸出補助金)

これまでの貿易理論では自由貿易を仮定していた。
ここでは、政府による介入によって自由貿易がどのように阻害されるかを見る。
  • 自由貿易と政府
  • 輸入関税
  • 輸出補助金
  • 政府の貿易介入の目的
  • 自由貿易への歴史的歩み


自由貿易と政府

これまでは貿易が発生する根元的な理由を追い求めた理論を紹介してきた。
そこでの理論はどれも資源配分を効率化し、生産量を増加させることを目指していた。
そのいずれの理論でも仮定として含まれていたのが自由貿易である。
自由貿易とは、貿易の市場に対して外部からの介入が行われないような貿易を指す。

その自由貿易を阻害する外部からの介入を行う主な主体は政府である。
介入の主な手段は関税、数量規制、補助金などがある。
これらの手段のことを貿易障壁と呼び、その中でも関税以外の貿易障壁を非関税障壁と呼ぶ。
今回は輸入関税と輸出補助金の経済に与える効果について分析を行う。
また、政治的な要素が大きく関わってくる貿易障壁として、輸出入の自主規制や自主拡大がある。
これについては次項で日米の事例を取り上げる。

その政府による貿易介入の効果を分析するのに、今回は余剰分析を用いる。
ここで、余剰について軽くおさらいをしておく。
余剰というのは社会における満足度のようなものである。
消費者の余剰を消費者余剰、生産者の余剰を生産者余剰と呼ぶ。
横軸に数量、縦軸に価格をとって下図1のように需要曲線と供給曲線を描く。
均衡数量をX*、均衡価格をp*とする。
均衡点を通る水平線(p=p*の直線)を引いたときに、この線と需要曲線で挟まれる領域を消費者余剰、
水平線と供給曲線で挟まれる領域を生産者余剰とそれぞれ呼ぶ。(下図2)

(図1、図2)

輸入関税

関税をかけると簡単に言っても何にかけるかによって呼び名が変わる。
数量や重量にかけられる税を従量税、価格にかけられる税を従価税と呼ぶ。
ある物品の価格をpとすると課税後価格p'は関税率t(100t%)を用いて以下のように表せる。
p'=(1+t)p

ここでモデルとなる国に小国の仮定と呼ばれる仮定をおく。
小国の仮定とはその国の経済規模が十分小さいため、
その国で起こった政策変更などのショックが国際市場に影響を及ぼさないというものだ。
つまりこの仮定があれば、この国で輸入関税を導入しても国際価格に影響は及ばない。
もう一つ、この国内では超過需要が発生しているという仮定をおく。
そもそも超過需要が発生していないのならば、輸入するインセンティブは存在しないのである意味当然とも言える。
よって国際価格pwは国内価格pよりも安いことになる。(図3)

(図3)

この状態の消費者余剰と生産者余剰は下図4の通りである。
国際価格での需要量D、供給量Sを用いると、輸入量はD−Sと表せる。
ここに関税を賦課し、国内価格をpからp'=(1+t)pに上昇させる。
その時の消費者余剰と生産者余剰は下図5の通りになる。
この際の輸入量はD−SからD'−S'に減少する。

(図4)(図5)

関税賦課によって余剰はどのように変化したのだろうか。
上図5の領域a,b,c,dで変化量を表すと、消費者余剰はa+b+c+dだけ減少する。
生産者余剰はaだけ増加し、関税収入としてcが発生する。
p'−pは財1単位当たりの関税収入を表し、D'−S'は関税賦課後の輸入量を表す。
cの領域は(p'−p)×(D'−S')であるため、これが関税収入を表すことになる。
関税は税金であるので、その分は最終的に国民生活に還元されるとする。
つまり結果的には−(消費者余剰の増分)+(生産者余剰の増分)+(関税収入)が最終的な余剰の変化量である。
よって−(a+b+c+d)+a+c=−(b+d)だけ余剰が変化する。
結果的には関税をかけることで国全体ではb+dの面積分だけ厚生は減少する。
このb+dの面積のことを死荷重と呼ぶ。

輸出補助金

輸出に補助金をかけ、輸出を促進させようというのが輸出補助金の目的である。
これをモデルを用いて検証する。
仮定として、小国の仮定と超過供給を導入する。
国際価格pである財に補助金率s(100s%)の補助金をかけるとp'=(1+s)pとなる。
補助金の分だけ国内価格が上乗せされているので、価格線は上にシフトする。
補助金賦課の前後の消費者余剰と生産者余剰は下図6,7の通りである。
この時輸出量はS−DからS'−D'に増加している。

(図6)(図7)

先ほどと同じように領域a,b,c,d,e,fでの余剰の変化を調べる。
消費者余剰:−(a+b)
生産者余剰:+(a+b+c+d+e)
補助金:−(b+c+d+e+f)
全体としてはこれを全て足し合わせると、−(b+f)の死荷重が発生する。

(図8)

政府の貿易介入の目的

貿易に対して関税などの政府介入を行うと死荷重が発生することがわかった。
死荷重が発生している為、国全体(その財市場全体)での厚生の総量が減少することになる。
そうであるにも関わらず、何故政府は貿易に介入し自由貿易を阻害するのだろうか。
その理由として考えられるものをいくつかここで紹介したいと思う。

1.幼稚産業の保護

幼稚産業とは国内でまだ成熟しておらず、海外との競争に勝つことのできない産業である。
そんな産業を国際競争力を持つ強い産業に育つまで保護するのが目的である。
しかしだからと言ってすべての産業を関税で保護するわけにもいかない。
そのため、どのような産業を保護すべきなのかという基準が必要になる。
経済学者のミルは、現時点では比較劣位産業だが将来的に比較優位産業に成長する産業を保護すべきであるという基準を考えた。
この基準のことをミルの基準と呼ぶ。
バステーブルはそれに加えて、成長後に保護するために支払った支出を十分取り返せるだけの規模になる見込みのある産業を保護すべきという基準を考えた。

2.失業の防止

同じ競争力を持たない産業には衰退産業がある。
衰退産業は時間が経つにつれどんどんと規模が小さくなっていく。
よって、長期的にみればその産業に従事する労働者は他の産業に移っていくことになる。
その際、一気にその衰退産業が衰退してしまえば街は失業者であふれてしまう。
それを防ぐために、産業を保護して衰退の速度を緩やかにしようとすることも目的としてあげられる。

3.税収確保

もちろん関税をかければ政府に税収が入ることになる。
輸入品に関税をかけることで財源を確保しようとするのは最も単純な理由だ。
関税を財源確保として用いるのは主に途上国である。
しかし関税は税負担の構造がいびつであるため、あまり望ましい方法とは呼べない。


またこれまでは小国の仮定をおいていたが、それを取り払った大国のケースでは1国の厚生が、今回の分析の結果とは異なり増加する場合もある。
この場合のことを最適関税と呼ぶ。しかし、この場合でも世界全体でみれば厚生の損失(死荷重)は発生する。

自由貿易への歴史的歩み

これまで政府が貿易に介入した時に、どれだけ損失が発生するかを見てきた。
つまり自由貿易から遠ざかるほど非効率的な貿易ということになってしまう。
そのせいもあり、世界中の各国は自由貿易を目指し貿易障壁を取り除く方向で動いてきた。
その自由貿易への世界の歩みを紹介したいと思う。

第2次世界大戦の反省と、上で見たような貿易理論による裏付けもあり、
自由貿易の推進が求められ、それを達成するための国際機関の創設が求められた。
第2次世界大戦の大きな原因となったのが、国際経済秩序の崩壊だった。
当時世界は1929年に始まった大恐慌による世界的な不況に襲われていた。
各国は自国の経済を立て直すために様々な政策を講じた。
そのうちの一つが経済のブロック化と呼ばれるものである。
これは市場の資金が外国に流出することを防ぐため、貿易を制限するという政策だった。
この政策をとることで生き残ることができる国は良かったが、そうでない国もあった。
その国が最終的に第2次世界大戦を引き起こしてしまった。

そこで戦後、アメリカを中心とした西側諸国がアメリカの国益と一致していたこともあり、
国際経済の立て直しと国際経済秩序の回復を目指して行動を開始した。
その行動はマーシャルプランなどの資金援助や貿易の拡大だった。
それを達成するために国際通貨基金IMF関税と貿易に関する一般協定GATTが作り出された。
GATTは1986年に始まったウルグアイ・ラウンドによってGATTは世界貿易機関WTOになった。
ラウンドとは自由貿易を推進するために加盟国間で行われる国際交渉である。
WTOの基本理念は自由貿易の推進である。
例外として関税などの貿易障壁に関する一定のルールを定めている。
最終更新:2013年11月12日 08:47